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災害

2024年4月10日 (水)

台湾の地震対策の動きの速さに驚く

 台湾の東部。花蓮市の避難所は地震が発生した直後から準備が始まったという。サンデーモーニングでしっかりした避難所が設営されているのを観て驚いた。

 2時間後にはテントを設置して、3時間後には被災者を受け入れ、4時間後には設備がほぼ整ったという。

 台湾は日本と同じ地震が多いい国だというが、日本とは地震対策が雲泥の差である。

 体育館には個室のような空間があり、アロマオイルのマッサージもあるという。体育館の中と外には、プライバシーが確保できる防災テント70個を設置、簡易ベッドもあり、屋外にはシャワー用のテントもある。

 能登地震のの体育館の避難所とは何という違いだ。

 食事は弁当の他ピザやサンドイッチ、お菓子はお茶などが常にそろうという。
体育館のステージは、子どもが遊べるスペースで、すごろくや絵本、人形、カードゲーム、ゲーム機などが用意されているという。

 3日朝の発災から1時間後には、市や支援に当たる各NGOを結ぶLINEのグループチャットが立ち上がり、必要な物資の情報交換を始めていたのだ。

 これまでの経験を生かして、いざというときの対策の仕組みができていたのだ。日本も台湾に学ぶことができないのであろうか。

2024年2月20日 (火)

南海トラフ巨大地震でどうなるのか

 能登半島地震によって、南海トラフ地震が現実味を帯びてきた。南海トラフ地震によって名古屋地方はどうなるのだろうと心配である。

 ネットを見ていたら、名古屋を「とてつもない揺れ」が襲う…「南海トラフ巨大地震」発生時の「愛知県の凄すぎる被害想定」と言う記事があった。それによると、

 「愛知県の南海トラフ巨大地震(過去地震最大モデル)による被害想定は、全壊・消失建物約9万4000棟、死者約6400人。そして、名古屋市の南海トラフ巨大地震(あらゆる可能性を考慮した最大クラス)による被害想定は、死者6700人、地震動による全壊棟数3万4000棟と推計している。」とあった。

 安普請の我が家も倒壊するだろうと思っている。一応耐震補強はしてあるのだが、いい加減なものだと感じているので能登半島地震の被害家屋を見ると倒壊するに違いない。

 「愛知県は南海トラフ巨大地震の強震断層域(津波断層域の主部断層)に近接している。そのため、県内の大部分が最大震度6強~震度7の極めて激しい揺れが想定されている。
 

 つまり、大都市の真下(深さ16km)で起きた直下型地震、阪神・淡路大震災(1995年)のような、凄まじい揺れが長時間続く可能性がある。阪神・淡路大震災の時、激しい揺れは約15秒間(破壊継続時間)だった。たった15秒で、死者・行方不明者6437人、重軽傷者43,792人、全半壊建物24万9180棟という、大きな被害を出した恐ろしい揺れだった。
 

 南海トラフ巨大地震が発生すれば、その恐ろしい揺れがもっと長く続く可能性がある。気象庁の震度階の説明を要約すると、「震度7の揺れに襲われれば、人は立っていることができず、はわないと動けず、揺れに翻弄され、飛ばされることもある。固定していない家具のほとんどが移動したり倒れたりし、飛ぶこともある。壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する建物が多くなる。補強されているブロック塀でも破損するものがある。木造建物(住宅)は傾くものや、倒れるものが多くなる」。

 何とも恐ろしい大地震が想定されている。

 建物が倒壊すれば下敷きになって大けがをするか死ぬかもしれない。仮に生きたとしても水や食糧などを取り出すことができないであろう。

 もっと心配なのは南海トラフ大地震が起きたとき、名古屋やその近辺だけでなく、さらに広範囲で大被害が出るであろう。関西や東京でも震度7ぐらいがあるともいう。もし広範囲で大被害がでたら、能登半島地震や阪神淡路地震どころではない。能登半島地震でも断水、停電、交通不能など手の施しようがないのだから、南海トラフ地震では悲惨な状況になると思われる。

 政府や自治体はそうした状況にどう対処するのか準備しているのだろうか。南海トラフ地震は完全に想定されているのだから、対策も立てておかなくてはならない。

2024年1月19日 (金)

大地震の経験

 元日の能登半島地震から2週間が経った。毎日テレビや新聞では被害の状況が報道されている。海底が隆起するなど地殻変動の大きな地震であった。輪島では朝市の街が消失した。未だに家屋の被害の全容が掴めていない。

 17日には阪神淡路大震災から29年が経った。新聞には能登半島地震と共にという約4000個の祈りの紙灯篭の写真が載った。阪神淡路大地震は私の教員生活が終る直前であった。

 戦時中、戦後とも新宮市に住んでいた私自身の大地震の経験としては、1回目が1944(昭和19)年12月7日午後1時に発生した東南海地震海洋プレートの沈み込みに伴い発生したマグニチュード7.9の地震である。国民学校3年生でちょうど授業中であった。地震が起こると担任の先生が机の下に隠れろなどと指示をだした。ところが一人の子が教室を飛び出して階段を下りていったが、転んで転がり落ちて行った。

 地震が収まると運動場に集まり下校したが、途中倒壊している家があった。二階建ての家は二階部分が下に落ちているのがあった。幸い我が家は少し壊れただけであった。戦時中なのでこの地震は秘密にされたという。

 戦後の昭和46年12月21 日 4 時 19 分、和歌山県潮岬沖約 78km、深さ約 24km を震源とするマグニチュード 8.0 の大地震が起きた。

夜なかに寝ていると大きな揺れが来て一旦布団にもぐりこんだが危ないと思って小さな庭に飛び出した。神倉山という山の方を見ると、山が光で輝いていた。

 地震が収まると近所の人たちと近くの畑に避難した。布団を持ち出して土の上に敷いた。幸いこの地震では家は一部壊れただけで近所の家も1軒が半壊になっただけであったが、確か街の方は火災で焼けたと思う。私の小学校の講堂は避難所となった。

 その他三河地震や福井地震なども経験している。

 今怖れているのは南海トラフ大地震だ。いつ来てもおかしくないと言われており、今回の能登半島地震との関連性などの記事もある。

 もし、名古屋市で南海トラフ関連の大地震が起きたらどう対処するのか。行政は対策を用意しているのだろうか。能登半島の小さな市町村でも大変なのに名古屋のような大都市だと大混乱は必至である。

2023年6月13日 (火)

消防局の巨大地震対策冊子

 名古屋市消防局から、「南海トラフ巨大地震から生き延びる!」という冊子が届いた。南海トラフ地震はいつ起こっても不思議ではないということでテレビ等でも警戒が呼びかけられている。

 この冊子は参考になることが書いてあるが、これまでトラフ地震が起きてないからよかったものの、もう少し早く配布されてもよっかったのではないか。

 住宅の耐震対策や非常持ち出し品の例などが書いてあるが、その他によかったのは、下の写真にある自宅周辺の災害リスクを確認するための地図である。

 学区を中心としてその周辺地域を含んだ地図で、危険度を色分けしてある。それによると、我が家は、想定震度6弱、建物倒壊危険性5%未満、液状化の可能性中、火災危険性100棟以上500棟未満、となっている。

 建物倒壊危険性は我が家の場合耐震補強をしてあるものの築50年以上の木造家屋で安い木材でできているので危険性が高いと思っている。

 液状化の可能性はないのではないかと思っていたが、この地図では中に入っているのでがっかりした。

 非常用持ち出しについては、何十年も前に作ったのが物置にいれてあるはずだか点検はしていない。この際改めて作らなければと思っている。

 アンケート調査用紙が入っていて、
   

  1.寝室のテレビ等の転倒防止対策をしているか。
  

  2.消火器や消火スプレーなどを設置しているか。

  3.感震ブレーカーを設置していあるか。

  4.火災警報器を設置してあるか。

  5.住宅用火災警報器の作動確認を定期的に行っているか。
 

 以上5項目に答えると、希望の防災用品を無料でくれるとあった。

 南海トラフ大地震はいつ来るか分からないのでよい刺激になった。

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2023年2月16日 (木)

天災と人災

 トルコの大地震から1週間余が過ぎた。国連人道問題調整事務所によると、トルコでは6500棟以上の建物が倒壊し、シリアでは550棟以上が倒壊し、1570棟以上が深刻な被害を受けたと言われる。死者は両国で3万5000人を超えたが、さらに増えると予想されている。

 テレビで地震で崩壊した街を見ると地震の怖さが伝わってくる。トルコやシリアの人たちの悲しみや辛さは想像を絶する。

 この被害は天災である。天災は突然やって来る。日本も南海トラフなどの大地震がいつ起きてもおかしくないと言われている。トルコで起きたことは明日の日本で起きることかも知れないのだ。

 しかし、いずれにせよ「天災」である。もちろんトルコで多くの建物が倒壊したのは弱い建築をした「人災」とも言われているが。

 一方ウクライナでは、ロシアの勝手な攻撃によって多くの街が破壊され、一般市民が犠牲になっている。その酷さはトルコ地震にも匹敵するぐらいだ。しかし、ウクライナの破壊はまさに「人災」である。プーチンという魔性大統領の命令の下ウクライナ侵攻が始まり、もうすぐ1年になろうとしている。そして、ロシアはさらに大規模な攻撃をしようとしていると言われる。

 ウクライナへのロシアの攻撃はプーチンが「止め」と言えば、すぐにでも終わることである。この「人災」には腹が立ってしょうがないが、どうしようもない。国連さえも無力である。

 地震は天災だから止めようがないが、人災の戦争は止められるはずだが、プーチンのような悪魔に対しては無力を嘆くしかない。

2021年7月 7日 (水)

東日本大震災の津波から村を守った村長がいたことを知った

 16日のNHCの講話であの東日本大震災による大津波から村を守った水門があることを初めて知った。テレビや朝日新聞で東日本大震災の大津波の被害については繰り返し見て来たが、全く被害がなかった村があることは知らなかった。

 日経新聞が報じたのをもとにした話だと聞いたので、帰宅後ネットで調べたら記事が出て来た。

 その村は岩手県普代村で最北端に位置する村だという。普代村は普代川の河口を中心にしており、1896年の明治三陸地震の津波でも大きな被害を受け、死者と行方不明者は1000人以上にのぼったそうだ。

 それを家族から聞いて育った元村長の和村幸得氏が15.5mという高さの水門を作ったのだ。

 和村村長は10年間村長を務め、国や県に水門の必要性を繰り返し主張。約40年前、県と村が35億円を支出し、巨大な水門を建設することが決まった。

 しかし村民は猛反対をしたという。明治時代に大被害を受けたとはいえ、いつ来るか分からない次の大津波に備えるより、その金を他のことに回してやって欲しいことがいろいろあっただろう。しかし和村村長は村を救うという強い信念で断固として譲らなかったのだ。

 明治三陸地震の津波の高さは約15メートルであったが、村長は15.5メートルにすることを貫きとおした。

 東日本大震災の津波で水門をわずかに超えたそうだが民家に被害はなかった。海に近い土地には小中学校の校舎もあった。もし水門がなければ流されていたであろう。

 長さ約200メートルの鋼鉄製の水門は87年に完成。和村元村長は津波の14年前に88歳で亡くなった。もし長生きして水門が村を救ったことを知ることができたならどんなに良かったかと思うのだが。

 でも、反対をした人も含めて村の人たちはみなどんなに感謝をしていることであろうか。凄い村長がいたことを初めて知って深い感銘を受けた。

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2021年5月26日 (水)

直接聞いた東日本大震災

 近くにできた客を集めて宣伝する店の女性店長Tさんが、自分が体験した東日本大震災の話しをした。

 Tさんは東松島市に住んでいたが、仙台の専門学校に通って勉強をした。東日本大震災が起きた10年前の2011年3月11日はちょうど卒業式の日で、母親と共に着物を着て卒業式に臨んだ。

 卒業式は午前中に無事に済み、先生や学生は7階建てのビルの7階にあるレストランで楽しくパーティをしていた。14時46分突然ビルが揺れた。一番高いところなので揺れはとても大きく、倒れて失神した学生もいたそうだ。

 パーティをしていた人たちは助かったのだが、Tさんのお母さんは先に帰っていたので心配であった。この日JRで地震と津波による事故があり、乗客に多くの死傷者がでた。お母さんはその列車に乗る予定だったという。ところがお母さんは和服を着ていたので速く歩くことができず列車に遅れてしまった。

 お母さんは次の列車の乗ったのだったが、地震で列車が止まったのはその線で一番高いところだった。乗客は誘導されて逃げたがその方向は津波が来る方であったという。乗客の中に漁業関係者が乗っていてそちらに逃げてはいけないと言い、皆を高い山の方に逃げさせた。もし海の方に逃げていたら命はなかったのだ。

 お母さんは帰って来なかった。Tさんたち家族はお母さんを1週間探したが全く手掛かりがなかったそうだ。お母さんは自力で小学校まで行ってそこにいた。お父さんが小学校を見に行ったときお母さんはいなかったが、お父さんが小学校を離れた後にお母さんは小学校に着いたのだった。その後家族は一緒になることができた。

 Tさんの家はもちろん津波で破壊されてしまった。写真を見せてもらったが、屋根と柱はあるが部屋の中は泥やながれてきたものなどでひといものであった。

 Tさんは卒業式のあった日に東日本大地震に遭遇し、死ぬ思いをしたのだが、お母さんも偶然が重なって命が助かった。人間いつどこでどうなるか分からないのだ。

 私が東日本大震災の話しを当事者から直接聞くのは初めてであった。心にずんと打つものがあった。

 

2021年3月13日 (土)

南海トラフ大地震が来たらどうする?

 3月11日、午後2時46分、東日本大地震犠牲者追悼式の中継をNHKテレビで見ながら、黙祷を捧げた。天皇はお言葉の中で、歴史的に幾度も大災害に見舞われてきた日本は、これからもいつ災害が起こるかも知れないから教訓を受け継いでいかなければならない。そして、災害の経験と教訓を忘れず、常に災害に備えておくことは極めて大切なことだ」と言われた。

 週刊誌には南海トラフなど日本の何カ所かで巨大地震がいつ来てもおかしくないと警告している。我が名古屋市も南海トラフ地震の該当地域にあり、もし大地震が起きれば大変な被害が起きると想定されている。

 南海トラフや東京直下の大地震が起きれば東日本大地震を超える大変な被害が出るだろう。そうなるとそのあとの救護や被害処理が想像もつかないぐらい大変だろう。その後の復興費用だけでも東北復興の32兆円をしのぐ巨額のものになるだろう。
 

 大地震は突然に起きるから、どこにいるとき遭遇するかは分からない。私は子どもの頃に南海大地震を経験したが、確か12月の夜で寝ている時であった。また、東海大地震は国民学校3年の時で、授業中であった。今もその時のことをまざまざと覚えている。

 我が家は一応耐震の補強をしてあるが、マグニチュード7とか8以上の大地震に耐えられるかどうかは不明である。私が住んでいる町内では大地震への対策は何もされていない。津波は多分ここまでは来ないだろうが、火災が起きたらどうするのかとか家が倒壊したらどうするのかなど行政は考えているのであろうか。

 菅首相の言う「自助」でまず対処しなければならないが、次の「共助」は何もできていないのだ。河村市長はいったいどうしているのかと言いたい。

2020年9月11日 (金)

米カルフォルニアの山火事

 7日にたまたま見た米ABCニュースがすざまじい山火事の様子を伝えていた。米国のカリフォルニア州では毎年山火事がおきているが、今年も次々に山火事が発生して、50か所で起きていると言っていた。

 映像で見ると物凄い勢いで木々が燃え、延焼して高級住宅も燃えていた。ある場所では山火事に追われて川辺にたくさんの自動車が集まって救助を待っていた。
 

 ロスアンジェルスでは6日に、熱波の影響で49.6度を記録したと言う。日本では先日40度を記録したところがあったが、50度というのはどんな熱さであろうか。人間や動物などが耐えられないと思うのだが。

 異常な高温と乾燥によって山火事が相次ぎ、消火活動もままならず、燃え広がっていると言う。空から消火剤を撒いたり、地上では消防隊がホースで放水していたが焼け石に水の状態のようだ。手の施しようがないらしい。

 ネットのニュースでは、ロスアンジエルス近郊のサンバーナーディーノ市ではパーティの仕掛け花火がもとで約35平方キロメートル、東京ドーム750個分を焼き尽くしたそうだ。

 州知事は非常事態宣言を発令し、鎮火のめどが立たない地域住民2500にんに避難指示を出したと言う。

 以前オーストラリアで広範囲の山火事があったが、こうした山火事は乾燥した気象がもたらすものである。地球上では日本や中国では豪雨に見舞われているが、逆に異常乾燥に襲われているところもあるのだ。

 こうした異常気象は地球温暖化と無関係ではないが、米トランプ大統領は地球温暖化などないとうそぶいている。二酸化炭素排出を制限するパリ協定からも離脱した。これだけ自国がやられても認めようとしない傲慢さだ。

2020年4月14日 (火)

火災保険の契約を更改して

 10年掛け捨ての火災保険が満期になるので契約更改をすることになった。保険代理店が変わったので新しい代理店から説明に来た。

 説明を聞いていて分かったことだが、保険の補償内容について無知であることが分かった。

 火災保険というのは、火事で家が燃えたときの補償だけだと思っていたのだが、いろいろな補償がついていることが分かったのだ。

 火災は当然として、落雷、破裂、爆発なども補償される。近年雷が多いので落雷に見舞われることがあるかも知れない。
 

 次に、風災,雹災、雪災の補償がある。とくにここ数年強い台風とか突風があるので風災は必要である。一番多い補償は火災ではなく、風災だそうで、なんと55.6%を占めるそうだ。火災は6.3%である。

 次に多いのは破損・汚損で22.3%である。窓ガラスの破損とか水道管の破損などだ。その他に、水濡れ、盗難、水災がある。我が家は高い土地にあるので床した浸水などは心配ないが、水災というのは下からの水の浸水だそうだ。

 このようにいろいろな補償が付いているので、これからは注意して覚えておかなければと思った。

 これまで地震保険はつけていなかったが、説明を聞いて全損というのは津波で家が流されてしまう場合ぐらいで、建物が倒れたのでは補償の査定が低いと言った。それに5年ごとにつけなければならないし、それほどメリットはなさそうなのでつけないことにした。南海トラフの地震が叫ばれていることは知っているが。

 私の年からすると、これからいつまで生きられるか不明だが、思い切ってこれまで通り最長の10年の掛け捨てにした。
今の保険は確定申告はできないそうで本当の掛け捨てになる。

 なお、火災保険料は10年間で私の場合33000円も上がった。

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