災害

2018年7月12日 (木)

自民党のノー天気

 西日本を中心に降り続いた記録的大雨は、7月9日になって「平成30年7月豪雨」と名付けられたそうだ。確認された死者の数は、11日の夕方178となっている。安否不明者も多く、今後さらに増えるのはまちがいない。

  立憲民主党の枝野幸男代表は、「東日本大震災に次ぐ大規模災害だ」と述べたが、未曽有の豪雨災害である。東日本大震災の時は「想定外の」と言われたが、今回も「想定外」だといいたいのであろう。

  大雨特別警報が11府県にもわたって発令されたことは前例がないし、避難指示対象は83万9289世帯・187万8007名、避難勧告対象は101万4930世帯・232万1947人にも及んでいたのだ。

  気象庁はすでに7月5日午後2時に東京と大阪で異例の緊急会見を開いて警告していた。この時点で8日午前まで豪雨が続くだろうと報じられていた。

  同じ5日夜、赤坂の衆議院宿舎で“宴会”が開かれたというのだ。2013年4月から始められた自民党議員の有志による「赤坂自民亭」と銘打つ会合だという。特別ゲストとして安倍晋三首相が招かれた。

  その「赤坂自民亭」の楽しそうな写真を2枚添えて、西村康稔官房副長官は5日午後10時2分、SNSにアップした。

  「今夜は恒例の自民亭。衆議院宿舎の会議室で、月一回食べ物やお酒を持ち寄り、党幹部と若手議員のざっくばらんに話す懇親会。選挙区の悩みを相談したり、地元の名産PR。今日は、安倍総理、岸田政調会長、竹下総務会長が勢揃い。和気あいあいの中、若手議員も気さくな写真を取り放題!正に自由民主党党。」と、るんるんの気持ちをツイートしたのだ。

 この投稿の主西村氏は、官房副長官として平成30年7月豪雨非常災害対策本部の会合にも参加。要するに政府として災害に責任を持つ立場なのだ。また第2次安倍内閣、同改造内閣、第3次安倍内閣で防災担当の内閣府副大臣を務め、安倍政権における“危機管理の専門家”としてのキャリアを積んできた。

  「『命を守る防災・危機管理 その瞬間、生死を分けるもの』(プレジデント社)という著書もあり、同書の帯に安倍首相が『大雪、土砂災害、火山噴火……。数々の災害に、彼が最前線で指揮を執ってくれた』と推薦コメントを寄せている」そうだ。(東洋経済)

 自民党は安部1強で君臨し、やりたい放題、言いたい放題で麻生財務相などは何度も放言をしているが平気の平左である。それほど強いので西村氏も調子に乗ってしまったのであろう。しかし、ネットでは大きな批判をあびたといわれる。批判されるのは当然である。

 防災のエクスパートを自他ともに認める西村氏ともあろう人が自慢して軽々しくツイートしたのだ。それも大豪雨の特別警報が出ている最中にだ。

 菅官房長官は「やるべきことはやっている」といつもの通りの発言をした。安倍首相は外遊を取りやめ、岡山県を視察したが、それがやるべきことはやっているということなのか。

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2018年7月 9日 (月)

西日本などに大きな被害をもたらした凄い豪雨

 気象庁は数十年に一度の重大な災害が予想される「大雨特別警報」を6日から7日にかけて9府県で出した。隣の岐阜県は8日になっても警報は継続していた。

 8日朝刊によると、西日本豪雨で51人が死亡し、58人が行方不明だという。サブタイトルには23府県863万人に避難指示・勧告が出されたという。

 テレビニュースの映像で観ると、岡山県の倉敷市では多数の家が2階まで水に浸かっていた。また以前に山崩れで被害をだした広島市ではまた山が崩れた。

 大学まで南紀新宮市に住んでいたが、あの辺りは大雨が降ることの多い地域であった。それでも一度床浸水を経験しただけであった。そのとき見舞いとして乾パンを支給されたことを覚えている。

 高校卒業した頃の夏、熊野川の大橋が道路近くまで濁流が来たことがあり、見に行って写真を撮った。おそらくその時が一番凄い雨であった。

 大学3年のときに、伊勢湾台風があり、夜中に物置小屋に入って雨風を凌いだが、あの台風では名古屋の南部一帯は冠水をして甚大な被害を蒙った。

 大学を卒業してからは名古屋に住んだので、大雨で近くの山崎川が氾濫したのを見たが、我が家の辺りは何ともなかった。

 名古屋でもたしか庄内川が氾濫して西区で大きな被害が出たことがあったが、その時も我が家の辺りは被害がなかった。

 ここ数年「これまでに経験したことがないような豪雨」ということをよく聞くようになった。「大雨特別警報」のことだ。その度にそれまで被害がなかった場所で大災害が起きる。それも「半端でない」。

 天気の神様がいて、今度はあそこだと指示をしているのかと思いたいぐらい、新しい場所で大災害が起きている。今回も広島市安佐北区の住宅地以外は、新しい地域だと思われる。

 年々豪雨の規模が大きくなっているようで台風や大雨が怖い。台風のときは竜巻や突風がよく起きるようになった。

 このようなことになってきたのは、やはり地球温暖化と無関係ではないと思う。トランプ米大統領は関係ないと言い張って、CO2削減条約から離脱したが、その米国でも豪雨や大氾濫や大規模山火事などが発生している。

 これまでにない大豪雨はヨーロッパでも南アジアでも南米でも起きており、地球規模の異変である。

 この自然災害は避けようにも避けられないのが現状である。各国が環境問題に真剣に取り組み、気象異変を軽微にするよう努力するしかないのではないか。

 

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2017年11月27日 (月)

地震に弱い韓国の家

 24日の朝日新聞朝刊に「地震の備え もろい韓国」という記事があった。11月15日に韓国の慶尚北道・浦項市で起きた地震が韓国社会にショックを与えているというのだ。韓国気象庁によると、地震の規模はマグニチュード5.4で日本の物差しでは震度4弱と推定されている。

 ショックを与えたのは震度4程度の地震で、一千棟以上の建物が損壊し、76人が重軽傷を負ったからである。この地震があったことは小さく報じられていたがそんなに大きな被害があったことは初めて知った。

 以前韓国に旅行した時、韓国のアパートなどの建物を見て「こんなアパートだと地震ではひとたまりもない」と思ったのを思い出した。地震国の日本と違って素人目にもやわな建て方であった。

 そのことを日本語教室の韓国人学習者に話したら、韓国は地震がほとんでないから大丈夫と言っていた。日本の隣の国でありながら韓国には地震がほとんどないというのは驚きであった。日本は沖縄から北海道までどこでも地震が起きるし、大地震もしょっちゅう起きているというのに。

 名古屋では長い間地震を感じないが、これまでの経験から揺れ具合を感じて震度はいくつか大体判定できる。ちょっとつよくゆれたら震度4だが大丈夫である。ところが韓国では震度4で被害が出たのだからショックなのも無理はない。

 大学の4階建て建物から次々と煉瓦の外壁が落下したり、5階建ての集合住宅が土台から大きく傾いたり、81世帯が入居する住宅の天井が落ちて修理不能になったりしたという。

 韓国の成均館大の金真求教授は「耐震構造の欠如と手抜き工事が被害を大きくした。韓国全体に共通する問題だ」と指摘したそうだ。

 地震が少ない国に住むのは羨ましいことだが、東日本大震災のとき福島原発事故で言われたように「想定外のこと」では済まされないことだ。万が一を想定しておくことが求められる。

 我が家も耐震補強はしたが、果たしてどのくらいの地震に耐えられるのか未経験である。想定されている南海トラフの大地震が来ないことを祈っている。

 

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2016年9月10日 (土)

MEGA CRISIS 異常気象との闘い」を見て

 9月1日に放送されたNHKスペシャル「MEGA CRISIS 異常気象との闘い」を録画しておいて見た。

  いつの頃からか台風や落雷や竜巻などに因る被害が多くなり、今年も台風が初めて東北地方に上陸し、北海道をも2回も襲い、河川氾濫などで予期せぬ被害を蒙った。

  番組では、台風が発生する地点が北上してきていると言っていた。確かに今回の11号や9号、奇妙な動きをした10号など日本の近くでエネルギーを蓄えている。

  折も折り、中国の杭州ではG20が開催され、地球温暖化に関するパリ協定に、中国と米国が批准したことが発表された。京都議定書では米国は横を向いていたことから見ると大きな進歩ではあるが、遅きに失した感も否めない。

  かなり前から元米国副大統領のゴア氏は、地球温暖化について警鐘を鳴らしていた。米国にも先見のある人物もいたのである。

  地球温暖化が、化石燃料を燃やすことによる二酸化炭素の増大が原因であるという指摘は、20年以上も前からなされていたが、それを受け入れようとする空気は世界に少なかった。しかし、近年世界各地で気象異常による大災害が頻繁に発生するに及んで、ようやく認めざるを得なくなったようだ。

  番組でも取り上げていたが、米国西部での山火事、北極の氷河の溶解と崩落、凍土地帯の溶解によるメタンガスの発生などの他に、我々が知るだけでも、オーストラリアのブッシュファイアーやインド洋沿岸諸国の大氾濫、ヨーロッパでは大雨による大氾濫、アメリカや中国などの砂漠の増大・・・・いろいろ挙げられる。

  番組では凍土地帯の凍結が溶けることで、地中に閉じ込められていたあメタンガスが地上に放出され、それが地球温暖化にとって二酸化炭素の25倍も危険であると言っていた。地中に穴を開け点火するとボーッと火柱が上がる映像があったのには驚いた。

  凍土地帯は日ごとに溶けていっており、北極の氷も崩落を続けている。別の番組では、北極の氷山が溶けることによる海水面の上昇の危機を伝えていたのを思い出す。いずれは東京も水没するところが出て来ると言っていた。

  突然積乱雲が現れ、急速に発達し、猛烈な雨をもたらすことが各地で見られる。それについての研究が紹介されていたが、予測の実用化には10年ほどかかるという。

  一昨年ぐらいから見られる「これまで経験したことがないほどの大豪雨」という現象。災害大国の日本でさえも対処しきれないでいる。

  他には落雷について取り上げていた。私も落雷は大変恐怖を覚える。昔から「地震、雷、火事、親父」というように恐ろしいものである。その落雷が昨年名古屋では2000件以上あったというのだ。くわばらくわばらである。番組では落雷が信号機だけでなく、病院の医療機器やサーバーなどさまざまなところに致命的な被害を与えることを指摘していた。コンピューター化した現代ではその影響は私のような個人も含めて計り知れないのだ。

  この番組を見て改めて異常気象の怖さを知り、それに対する地球規模の対策が後手になっていることを残念に思った。しかし、こうなったのは自民党政権的表現をすれば、「自己責任」である。つまり地球から見れば、自業自得なのである。すべて人間が、もっと言えば先進国の人間が引き起こしたことなのである。

 地球温暖化をこれ以上ひどくさせない手立てを、先進国も途上国も真剣に取り組まなければ、ごく近い将来地球は大変なことになることを番組は警告している。

 

 

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2015年7月13日 (月)

名古屋市防災センターを見学

 7月11日(土)は国際プラザ日本語教室土曜日午前クラスの1学期最後の日であった。ささやかにおにぎりとから揚げの弁当を食べた後、名古屋市防災センターの見学に出かけた。

 防災センターは港区役所の隣にあった。地下鉄で市役所駅から乗り換えなしで約20分で港区役所駅に着いた。

 天気は梅雨晴れでよかったが、その分とても暑く、地下鉄の出口への階段でもむっとするぐらい暑かった。

 私は防災センターに来るのは初めてなので楽しみであった。私が教えていた学習者のKさんの息子も一緒に来ていた。小学校1年生だが大変明るくて利発な子だった。見学を楽しみにしているようであった。

 防災センターに入ると、若い女性の職員が案内をしてくれた。外国人がいるのを意識してかゆっくりと説明をしてくれた。

 最初は地震体験であった。大きなダイニングキッチンが造ってあり、そこで体験をするのであった。テーブルの脚につかまり、できるだけ頭を低くするとよいと言った。地震が終わったらまず火の元を消すこと、ドアや窓を開けること、家を出る前に電気のブレーカーを切ることが大事だと話した。

 私とKさんと息子は最初のグループとして地震の体験をした。濃尾地震の揺れだと言った。かなり強い揺れで机の脚にしがみついていた。そのあとガスコンロを切ったり、ドアや窓を開けたり、ブレーカーを切ったりした。

 地震の揺れは、関東大震災、東南海大地震、三河地震、阪神淡路大地震などの揺れがあった。関東大地震は強い揺れのようであった。私とKさん親子は阪神大地震も試してみた。濃尾地震より強かった。

 私は東南海大地震は経験をしている。昭和19年のことで戦争中なので大きく報じられることはなかったが、外で野宿をしたことを覚えている。

 地震体験は起震車よりはるかにリアルな体験ができた。その後は南海トラフの説明を聞いた。いつ来るか分からないがきっとあると想定されている地震のことで詳しい説明があったが、外国人には難しかっただろうと思う。

 そのあと昭和の建物の部屋に入って、3D眼鏡を掛けて映像を見た。これから起きるかもしれない地震のリアルでバーチャルな映像であった。津波の様子も描かれていた。もう一つは伊勢湾台風の映像であった。

 最後は煙の体験であった。煙にまかれたら体をできるだけ低くして、ハンカチなどで口や鼻を覆うとよいと言った。ハンカチを少し濡らすともっと良いと言っていた。

 暗い煙が充満した部屋に入っていくつかの部屋を回って出てくるという仕掛けになっていた。

 三つの体験がメインで、あとは消防隊の服装をして消防車に乗って写真を撮ったりして楽しんでいた。

 Kさんの1年生の息子は大変良い体験ができたと言って喜んでいた。大人にとっても良い体験であった。

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2014年11月17日 (月)

日本語教室で防災訓練授業

 私がボランティアで参加している愛知国際プラザの日本語クラスで、2週連続で防災の授業を実施した。

  日本は災害の多い国で、地震、暴風、津波、豪雨などいつ災害に見舞われるか分からない。外国から日本に来ている人たちにも、災害への知識を持ってもらおうという趣旨であった。

  第1週目は、私たちボランティアが分担をして、大地震をテーマにして講義をした。大地震のビデオを見せたり、地震が起きたときどうするとよいかを教えたり、避難場所の存在を知らせたり、災害伝言板や災害ダイヤルの練習をしたり、緊急時に備えて自分を知らせるフォームの記入の練習をしたりした。

 私はIphoneに「災害伝言板」を2つ入れてある。1つはWEB171でもう1つはauのである。その「防災速報」というアプリも入れてある。

  難しいと思ったのは、学習者のレベルがまちまちなのを一緒にやったので、初級者にはどこまで理解できたかということだ。 映像は見れば分かるし、実物を用意したり、絵を用意したりし、事前に打ち合わせもしたのだが。

  第2週は、日赤から来てもらって、避難所についてをテーマに実習をした。日赤からは「日赤奉仕団」というボランティアが来て実習の手伝いをしてくれた。

  避難所になるのは、大抵は学校の体育館だということで、大会議室にゴザが敷かれて、その上で話を聞いたり実習をした。

  実習は2つで、最初は風呂敷を使ったバッグの作り方であった。2枚の大きな風呂敷を用意して3人一組で作った。

  風呂敷の1枚を使って、まず、対角線の2つの角を中心まで二つに折る。それをまた2つにおる。それをまた2つに折ると幅が細く帯状になる。

 次に、もう1枚の風呂敷の対角線の2つの角を1回結び、それを先に作った帯の真ん中にしっかりと結ぶ。残った2つの角は、帯の両端と結んで出来上がりである。

  風呂敷は便利なものだが、いつも2枚をどこかに入れておくと、買い物でもバッグ代わりになるからいいと思った。

  次の実習は、避難所で支給される毛布を使って、羽織る物を作ることであった。毛布の1/3ぐらいを折り、折り目を上にして羽織る。腰から下を包んで、ロープなどで腰のあたりを結ぶ。

  上の方は胸のところで合わせて、洗濯バサミでとめる。両腕の先を洗濯バサミでとめる。それで簡単な和服のようなものが出来上がる。頭が寒いときは肩から引き揚げて頭に被る。

  洗濯バサミは大きいもの3個、ロープは腰に2重に巻けるくらいの長さがよいが、ネクタイでもよいし、縄跳びでもよい。

  私は子どもの頃、南海大地震の時第一夜は外で避難生活をし、次の夜からは学校の教室に避難したことがある。でも、大人になってからは、避難の経験はない。こういうことを知っておくのも大切だと思った。

 後で災害用の乾パンやビスケットの試食をした。

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2014年5月11日 (日)

原発事故を予見した本―「巨大地震」―③―

「巨大地震―首都は炎上しているか!?」という本が提起するもう一つの地震の怖さは、”火災旋風”である。


 火災旋風というのは、広域に発生した火災による竜巻で、高温の旋風である。火災が発生すると、そこに上昇気流が生じ、熱せられた空気が上方へと移動し旋風となる。それに炎が伴うと火災旋風となるのだ。(P.138)

 関東大震災のときには、すざまじい火災旋風が起き、本所被服廠跡広場には荷物を持った4万人もの人々が避難したが、そこへ3方向から火炎が迫り、竜巻となって襲い掛かり、阿鼻叫喚の事態となった。そして38000人もの人が亡くなったのである。

 火災旋風は東京だけでなく、高層ビルが立ち並ぶ現在の都会ではビル風を引き起こすので、ビル周辺の火災が火災旋風になりやすいという。

 さらに東京のある関東地方南部には「南関東ガス田」があり、国内の天然ガス埋蔵量の9割も占める日本最大のガス田だそうだ。

 2004年には千葉県九十九里浜のイワシ館で天然ガスによる爆発事故が発生。2005年には東京都北区の温泉掘削現場で天然ガスが墳出して火災を起こした。2007年にも同様の事故が起きている。

 東京直下型地震の発生を考える時に、日本最大のガス田の存在を無視することができないと指摘している。(P.145)

 東京都の被害想定に火災旋風やガス田は入っていないそうでとんでもないことだと言っている。さらにガソリンを積んだ自動車対策もされていないという。

 以上、この本が指摘している東京直下型地震の対策の不備については2007年までのものであり、現在はどうなっているかは分からない。東日本大地震を教訓として進んだ対策が出ていればよいのだが。

 

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2014年5月10日 (土)

原発事故を予見した本―「巨大地震」―②

 「大地震の発生を考えた場合、最も危険なのが原子力発電の施設です。日本ではすでに55基が稼働しています。(2006年12月現在)計画中のものまで含めると、その数は69基になります。全発電量の35%を原発でまかなっており、日本はアメリカに次ぐ原発大国になっています。現在、日本は政治主導で原発開発を推進しており、プルサーマル計画、高速増殖炉計画に対しても積極的なアプローチをしています。」(P.166)と書いている。この本が出版されたのは、2007年だから、東日本大震災の4年前である。

 続いて原発が何故危険なのかを次のように書いている。
「何よりもおそろしいのは、原発が建設されている場所です。日本の原発はその多くが構造線の上に立地しています。」として、どの構造線の上にどの原発があるか書いている。残念ながら福島原発は書かれていない。

 「このように、危険性が高いと考える場所に、これほど多くの原発を建設してきた国は日本以外にはありません。それでも政府はM8クラスの地震が起きても安全性に問題がないと言い続けています。」(P.167)

 それまでにも事故は度々起きているが、原発は絶対安全だと言ってきたので事故を隠ぺいしていると指摘している。

 原発にはBWR型(沸騰水型軽水炉)とPWR型(加圧水型軽水炉)の2種類の原子炉があるが、東北地方にはにはBWR型軽水炉が設置されているという。そしてBWR型軽水炉の方が危険性が高いというのだ。理由はいざというときに原子炉を停止させるのに下から上に制御棒を入れるので難しいのだそうだ。

 PWR型は地震国には向いてなく、巨大地震を想定した設計にはなっていないという。福島第一原発の原子炉はそのアメリカ製である。
 安倍政権は原発を30年以上使用すると言っているがとんでもないことである。この本では、原発について、「原発は複雑系の超大規模施設であり、原子炉炉心、原子炉圧力容器、原子炉格納容器、制御棒駆動機構、配管系、タービン、原子力発電設置基盤等を含めた複雑系の施設です」と述べ、その安全対策は慎重かつ十全でなければならないと言っている。

 こうした設備は高熱や放射能で疲労が生じ脆性破壊を起こす。だからアメリカでは耐用年数がきめられているが、日本では決められていないのも問題があると指摘している。

 福島第一原発の4基の原発が地震と津波で破壊されたことはこの本が危惧していたことが不幸にも現実となったのだ。その予見に今更ながらに感服する。

 

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2014年5月 9日 (金)

原発事故を予見した本―「巨大地震」から―①

 前にblogで取り上げた河村光恵さんから送って頂いた「巨大地震―首都は炎上しているか!?」という本を読んで驚いた。原発は決して安全でないことを地震との関連で詳しく指摘してあるからだ。


 この本が出版されたのは、2007年10月だから、福島原発事故の3年半前のことである。この本でもし日本で地震が原因で原発事故が起きたら大変なことになると書いてあることが現実となったのだ。

 著者は、濱嶌良吉氏と浅井隆氏である。濱嶌良吉氏は河村さんの弟だという。出版は第二海援隊。なお、以下に書くことは2007年時点のことであることを頭に置いてほしい。

 この本では、地震のメカニズムについて図入りで詳しく書いてあるが、私には難しくて理解できない部分が多い。しかしながら言わんとすることは十分理解できた。

 大事なことは、日本では阪神・淡路大震災を境に、地震の予知については東海大地震以外はしないことになったが、地震の予知は絶対に必要であり、しかも、2日前の予知を目指すべきだというのだ。

 日本では現在数十秒前の予告が行われているが、それでは事実上何の対処もできない。しかし、もし2日前に予知できればさまざまな対策が立てられ、みんなが心の準備もできる。特に原発については停止作業などの安全対策を取ることが可能だ。

 日本政府が地震予知をしないのは、正確な予知は不可能だという理由からだが、この本ではフランスでは人工衛星を打ち上げて、10時間前までに地震発生を予知できるところまで来ている(2007年以前に)という。さらに中国、ロシア、台湾も地震予知のための人工衛星の打ち上げ計画を持っているというのだ。(現在はどうなっているのか知りたいものだ)

 日本では串田嘉男という人が電磁波の変化に注目し、地表面にはプラスの電荷が集積し、電離層にはマイナスの電荷が集積するのを利用して、地震時に発生した高密度の電荷で、FM波が反射されるのを受信して予知をすることを研究していることを紹介している。

 人工衛星を打ち上げることやこうした研究を進めることで、2日前の地震予知は可能になるから、そうしたことに金を使うべきだと言っている。

 本当に2日前までに予知ができるようになればどれだけ助かるか、金の面からみても計り知れないと思う。

 もう一つの大事な指摘は、地震研究についてである。政府が進めている地震研究は、一つひとつの断層を詳しく調べて、そこでの地震発生の確率を出すことだが、それでは不十分だという。これまでに阪神淡路大震災、中越地震、福岡県西方地震、能登半島地震などみな想定外の地震とされてきたが、それは個々の断層だけを見ているからだというのだ。

 地震の発生を想定する場合、断層系をまとめて構造線としてとらえ、それらの構造線がブロックになって動いているという見方が大切だと述べている。日本の代表的な構造線には、中央構造線、柏崎・千葉構造線、糸魚川・静岡構造線があるという。

 巨大地震―首都は炎上しているか!?

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2014年3月11日 (火)

また3.11が巡ってきた

 今日は4年目の3.11である。もうまる3年がたってしまった。テレビで被災者の女性が「早かった3年」と言っていたが、本当にその通りである。

 私はテレビの映像や新聞の報道でしか東日本大震災の様子やその後を知ることはない。あの津波の映像は何度も見たが、そのものすごい破壊力に絶句するだけである。

 一度も現地に行っていないので、映像と文字から想像をするしかないのだが、想像力の乏しさに自分ながらがっかりしている。

 昨日のNHKおはよう日本で、現地からの放送をしていたが、気仙沼で陸に乗り上げた船が壊されてしまい更地になってしまった。地元住民の7割が保存に反対であったというから已むを得ないことだ。その場所であの津波の語り部をしている男性が言っていた。「船の写真を見せながら話をするのだが、実物を見ながら話すのと全く違う。こちらの気持ちが伝わらない」

 その通りだと思う。映像は無いよりはましだが、生で見たものから受けるインパクトとは比べ物にならないのだ。

 よく想像力を働かせるようにと言われるが、想像力だけでは現実を体感できないもどかしさを痛感する。

 「経験したものにしか分からない」という言葉もよく聞くが、その通りだと思う。想像力の限界である。しかし、語り継ぐことは大事である。

 いまなお10万人もの方々が仮設で暮らしておられたり、避難生活を送っている人が27万人もいる。元の土地を離れざるを得なくなって生活をしておられる。一日も早い対応が望まれるが、東北8県で「災害公営住宅」の完成はたったの1011戸だけである。計画は29500戸というのに。人手不足で復興予算が3兆円も余ってしまっているというが、 その予算も5年と期限が切られているのであまり関係ないことに使われるおそれがあるとか。

 復興予算25兆円はどこに消えてしまったのであろうか。許せないのは、復興予算を全く関係ないところに流用していることだ。

 福島第一原発では汚染水の流出が続いており、止める手立てもない。現地で働く人々の15000人以上が規定量以上の被爆をしていると新聞に書いてあった。廃炉に至るまでの道筋は描かれていない。除染もまだ十分に進んだとは言えない。

 福島の原発事故で懲りなけらばならないはずなのに、安倍政権は原発再稼働と新たな建設まで予定している。

 原発と原爆はもう要らない。地球上から消し去るべきである。それを世界に訴えることができるのは日本だと思うのだが、政治の方向は真逆である。

 3.11は大地震や大津波などの自然災害だけでなく、原発事故という人為災害についても考え続けなければいけないメモリーの日である。ただ思いだし記憶するだけでなく、今後どうするのが一番よいのかを考える日である。

 

 

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