宗教

2021年9月 5日 (日)

理解しがたいタリバン

 タリバンが再びアフガニスタンの支配者となった。タリバンとは若い神学徒という意味だとどこかで読んだが、彼らはイスラム教の教え、イスラム法によって統治すると言っているようだ。

 前回は女性の就労や教育を受ける権利を奪われた。その後政権が代わって女性の社会進出や教育を受ける権利が認められた。ところがタリバンが政権につくことによって再び女性の権利などが抑えつけられると危惧されている。

 メディアが報じるところによると、美容院などが閉鎖に追い込まれたようだ。タリバンの連中はみな立派な髭を持っている。男性に対しても髭を伸ばすように強制しているようだ。私など髭が薄いので伸ばしても口の周りやあごに少し無精ひげができる程度だ。そういうのは認められるのだろうか。

 スマートニュースを見ていたら、タリバンが人気歌手を銃殺したと報じていた。隠れていたところを見つけて殺したのだ。タリバンによるとイスラムの宗教で使われる僅かな音楽以外は一切禁止すると言っている。音楽を禁止するなど信じられない。

 私はイスラム教のことは全く分からないが、女性に肌を見せることを禁じたり、収入を得る仕事を禁じたり、教育を受けさせなかったり、世界の常識から理解しがたいことだ。

 また、自爆テロを行うがそれは本人が進んでやるのか強制されてやるのかどちらだろう。多分強制によって自爆させるのだと思うのだが。自爆して死んだら天国へ行けるということらしいが、そういうことを神が認めるのが信じがたい。

 そういうタリバンがどうして武力によるとは言え、アフガニスタンで政権を倒すことができたのか理解に苦しむところである。

 国外にいるアフガニスタンの人たちは世界各地で助けて欲しいとデモや集会をして声を上げている。日本政府や欧米諸国やアジアの国はタリバンに国民の権利を奪い抑圧することがないよう働きかけるべきだ。

 世界的にコロナが猛威を奮っているが、アフガニスタンのコロナはどうなっているのだろうう。メディアでは報道しないが心配である。

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2021年8月21日 (土)

神も仏も同じー日本人の鷹揚な受け止め方

 日本では神社とお寺が共存し、神社の中に仏教関係のものが一緒になっているのをよく見かける。豊川稲荷、日光東照宮などがそうだ。

 どうして仏教と神社が共存できるのか不思議であったが、YahooニュースでAera dotの「お盆に考えたい不思議な日本人の宗教観 そもそも神と仏の違いとは?」という記事を見つけ、読んでみたら明快に説明がしてあった。

 「お盆で行うさまざまな行事は、仏教のものだと思いがちだが、実は元をたどるとまったく違うことがわかる。もともとのインド仏教には、偶像を作ることも祖先を敬う考えもなかった。」と書いてあるが、原始仏教に興味を持ち多少勉強していたのでその通りである。釈迦は偶像を崇拝すること、死後の世界のことなどは説かなかった。自分自身の心の持ちようについて悟りを開き、それを説いたのだと理解している。

 釈迦の教えは仏教として伝播していくうちにいろいろな物が付け加えられて変化していったのだ。記事では「インドから中国へ伝わった仏教は、儒教などの影響を受け、祖先崇拝の要素が取り込まれた。仏教が東アジアへ広がるにつれ、仏像が誕生し、祖先(自然も含む)を大事にすることで現在に福がもたらされる、といった教えに変化していくのである。」と述べている。

 祖先崇拝が儒教の影響であることは知らなかった。タイやベトナムやマレーシアなどで立派な仏像を見るが、ミャンマー、スリランカなども同じである。どこが仏像の発祥地なのだろうか。ネットで調べたら西北インドのガンダーラ地方もしくは北インドのマトゥーラ地方という説があるようだ。

 「仏壇に置く『位牌』も、本来は儒教の葬礼から派生したものだ。死者の『官位』を書く『牌』(ふだ)という意味から来ていて、日本で一般に広まるのは江戸時代になってからである」と説明している。江戸時代から普及したとは歴史が浅い。仏像は伝来以来作られているから、それまでは仏像を置いて先祖の供養をしていたのだろう。

 祖先崇拝は仏教が入って来る前から日本にはあったそうだ。縄文時代にすでにあったという。それで仏教が日本に入って来るともともと祖先崇拝はそのまま受け入れられたようだ。
 

 「仏教伝来当初は、排仏派(仏教反対派)の物部氏と崇仏派(仏教推進派)の蘇我氏(加えて聖徳太子)が争い、やがて戦にまで発展するほどだったが、次第に(平安時代にはすでに)仏教と神道は融合していき、神社とお寺の線引きはどんどん曖昧になっていく。」と説明している。

 釈迦が説いた仏教は偶像崇拝とか祈りを捧げるとか願望実現を託すと加護とか・・・そういったものには無縁であったのに、現世のご利益を託すものに変わってしまった。天然痘撲滅を祈願して聖武天皇が建立したと言われる東大寺は正式には金光明四天王護国之寺で護国を託している。神社はもともと祈りや加護の対象であるからいいが、仏教も神社と変わりがなくなってしまったのだ。

 神社もまた仏と融合している。八幡神社をは、ながく守護神は八幡大菩薩という名の仏さまだった。記事は次のように説明している。

 「つまり、江戸時代までは神さまでもあり仏さまでもあった。こうして日本では、神さまと仏さまは一体であり、別名をもつものと考えられてきた。天照大神は大日如来であり、素戔嗚尊(スサノオノミコト)は牛頭天王(ごずてんのう)、大国主神は大黒天というように、八百万の神々は仏の化身であるという考え方(これを本地垂迹〔ほんじすいじゃく〕説という)で吸収したのである」。日本史で習ったが忘れていた。何とも融通無碍な考えではないか。

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2020年7月13日 (月)

「あの世」について

 朝日新聞9日朝刊の「寂聴 残された日々」というエッセイは「書き通した『百年』」という題で書いている。

 九州の大雨に触れた部分で「テレビに映る町を埋める大水や、屋根の吹き飛ばされた人家を見ると、平安時代の大雨の民衆の姿を見ているようで、気が遠くなる」と書き、そのあとに以下の分が続く。

 「ふと気が付くと、こんな時、すぐ電話で便りを問いあった親しい身内やなつかしい友人のほとんどが、今はいない。彼等の命は果たしてあの世とやらで、互いにめぐりあえているのであろうか。やがてそちらへ行きつく自分は、先に行ったなつかしい人たちに、果たして逢うことが出来るのだろうか。
 

 出家して、47年にもなるが、正直なところ、あの世のことは何一つ理解出来ていない。親しい人、恋しい人はほとんど先にあの世に旅立ってしまい、あの世からは、電話もメールも一切来ない」
 

 寂聴さんが「あの世」について触れたこの部分を読んだとき、「アッ!?」と思った。寂聴さんは出家して47年の天台宗の僧侶である。京都の寂庵に住んで、作家活動の傍ら全国を飛び回って大衆に説法をしている。私は1度も聞いたことはないが、大変人気があるようだ。


 おそらく仏教に基づく講話をしているのであろうが、その中で「あの世」のことも話しているのではないか。なぜなら「あの世」は仏教にとって中心の命題だからである。

 日本の仏教ではどの宗派も死ねば「あの世」に行けると説いているはずである。「彼岸」というのは「あの世」のことである。

 宗派の違いは「あの世」への行き方の違いであると私は解釈している。例えば天台宗から出た法然や親鸞などは「南無阿弥陀仏」を唱えることによって「あの世」に行けると説いた。
 

 俗説では「あの世」は「極楽浄土」とされ、仏教伝来以来天皇や貴族は極楽浄土に「往生」出来ることを願って東大寺や宇治平等院のような大きな寺院を建立した。
 

 「あの世」について寂聴さんが何も知らないと書いているのは興味深いが、実は誰にも分からないのである。死後の世界があるにしても「現世」に戻った人がいないからだ。
 

「あの世」つまり「極楽浄土」に「往生」できることは人々の願望なのである。苦楽の多い「現世」から解放されて、死後は永遠に極楽で生きながらえることが出来ることを信ずることによって、「現世」での心の安寧を得るのだ。

 釈迦は「あの世」については語っていない。「涅槃」つまり「悟り」の大切さを説いたと理解している。寂聴さんは「悟り」を得ていると想像するのだが。

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2019年12月18日 (水)

カトリック南山教会聖堂での待降節行事

 先日、オルガンの秋ブランチクリスマスコンサートに行ったとき、南山教会での待降節行事のチラシがあった。「みんなで歌おう!パイプオルガン・合唱・聖歌・ハンドベルによる 音楽のアドベントカレンダー、そしてクリスマスのお話」というタイトルであった。

 南山教会は我が家から近くにあり、以前にもコンサートに行ったことがあり知っていた。私はキリスト教徒ではないが、そういう制限はないようなので出かけた。

 プログラムには次のように書いてあった。

 ――西ヨーロッパのキリスト教会では、12月25日の4週間前の日曜日(今年は12月1日)からクリスマスぜんじつの24日までの、今の時期を、キリスト降誕を待ち望み、私たちの心の準備をもする時期として、「待降節(アドベント)」と呼びます。

 例えばドイツでは、もみの木リースや、最近ではモダンなフラワーアレンジメントにろうそくを4本立てたものを用意し、第1待降節の日曜日にはろうそくを1つ、第2待降節の日曜日にはろうそくを2つ、灯す習慣があります。クリスマスが近づくにつれて、増す「光」は、近づいてくるキリストの降誕を象徴するだけでなく、降誕とそして再臨をも待ち望む希望が増していることも表しています。

 そして、12月25日が本来のキリストの西端のお祝いである「主の降誕の祭日」、いわゆるクリスマスであり、1月6日(もしくは2月2日)まで「降誕節」は続きます。

 24日に「クリスマスイヴ」として祝われる伝統は、祝日当日が始まる夜中よりすでに教会で祈りが捧げられていたことによります。

 愛であり、光であり、その創造物である人間を、無限の愛で抱擁する神が、人間もその神の愛の一部でありえること、その愛によって神のいのちとして迎えられることができるように、神の子であるイエス・キリストを人間として、人間の救いのために遣わした記念、これがキリスト教会の祝うクリスマスです。ーー

 聖堂のバルコニーにオルガン奏者の吉田文さんと合唱隊がいて、祭壇の前にハンドベルの学生がいて演奏をした。司祭は祭壇の下手で聖書の一節を朗読した。

 ハンドベルの「ウエールズ地方民謡『お部屋を飾ろう』」の演奏から始まった。ついで「グレゴリオ聖歌」を聖歌隊がうたった。

 そのあと、音楽によるアドベントカレンダーとして、

14日 聖歌「高く戸を上げよ」(聖歌隊)、 G,ウンベハウン作曲「高く戸をあげよ」(オルガン)  

15日 J・S・バッハ 「目覚めよ呼ぶ声あり」(オルガン)

16日 バッハ 「神の御子が来られる」(オルガン)

 17日 グレゴリオ聖歌(聖歌隊)

 バッハ 「全能の神に賛美を」(オルガン)

18日 グレゴリオ聖歌「天よ、露をしたたらせ」(聖歌隊)

19日 グレゴリオ聖歌「おお エッサイの切り株」(聖歌隊)

20日 FR・リスト編曲 「アルカデルトのアヴェ・マリア」(オルガン)  

21日 A。ギルモン「ヘンデル作『ユダス・マカベウス』のコラール『シオンの娘よ、喜べ』によるパラフレーズ

22日 グレゴリオ聖歌「来てください、民の救い主」(聖歌隊)

 バッハ 「いざ来たりませ、異邦人の救い主よ」(オルガン)

23日 聖歌「いま来たりませ」(聖歌隊)

    ばっは「いざ来たりませ、異邦人の救い主よ」(オルガン)

 そして24日 聖書朗読(ルカによる福音書1章26節~37節

 グレゴリオ聖歌「アベ・マリア」(聖歌隊)

 聖書朗読(ルカによる福音書1章38節)

 聖歌「エッサイの根より」(聖歌隊)

 C.sattora- 「エッサイの根より(1輪の薔薇が咲いて9(オルガン)

 聖書朗読(ルカによる福音書2章1節~7節)

 グレゴリオ聖歌 「今日キリストがお生まれになった」(聖歌隊)

 CI.ダカン「ノエル」(聖歌隊&オルガン)

 聖書朗読(ルカによる福音書2章15節、16節)

 聖歌「まきびと」(全員で)

 聖書朗読ルカによる福音書2章17節~21節)

 合唱 ヘンデル「メサイヤ」より「ハレルヤ」(聖歌隊)

 平和を求める祈り 全員で朗読

 

 聖書朗読(ルカによる福音書2章8節~14節)

  聖歌「あら野のはてに」(ハンドベル)

  聖歌「あら野のはてに」(全員で)  

主の祈り  グレゴリオ聖歌(聖歌隊)

クリスマスを迎える心の準備 「もろびとこぞりて~来たれ友よ(ハンドベル)

 「もろびとこぞりて」参加者が歌う

 聖歌 O Sanctissmima (聖歌隊)

 聖歌 「いざ歌え」(全員で)

 聖歌 「いざ歌え」(全員で)

 奏楽 「しずけき真夜中(ハンドベル)※(きよしこの夜のメロディ)

 聖歌 「しずけき真夜中」(全員で)

 こういうキリスト教会での待降節行事を見たのは初めてであったが、プログラムには歌詞や主な言葉が書いてあり、キリスト降誕までのプロセスがやクリスマスの意味がよくわかった。異教徒の私の取っては良い勉強になった。

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2019年6月23日 (日)

仏典に性差別があるのを知らなかった

 18日火曜日の朝日新聞「仏典の性差別をどうする」という記事があった。リードには、「#MeToo運動や入試における女性差別の表面化を機に、ジェンダー平等の意識が改めて高まるなか、佛教界でも差別との向き合い方が問われている。受け継がれてきた経典には、現代の目で見ると差別的な記述がある。(1部省略)」と書いてある。

 真宗大谷派東本願寺が開いた企画展「経典の中で語られた差別」で、世界人権問題研究センターの嘱託研究員、源淳子さんが準備した女性差別に関するパネルが、同派の意向で展示されなかったという。

 そのパネルは、女性は修行しても仏になれないとする「女人五障」、女性は親、夫、子に従うべきだとする「三従(しょう)」の教えのほか、女性は男性に生まれ変わって成仏できる「変性男子(へんじょうなんし)」思想を紹介するものであったという。源さんは公開質問状を出して外された理由をただしたそうだ。

 真宗大谷派が女性差別の仏典を真正面から取り上げず、隠そうとしたようだ。私はこの部分を読んで、佛教にそういう女性差別の考えがあることを初めて知って驚いた。また、これまで放置されてきたことにも驚いた。

 Wikipediaには、「三従」について「龍樹菩薩の大論九十九巻では、女人の三従さんじゅうについて、幼則おさなきときは父母に従い、少則わかきときは夫に従い、老則おいたるときは子に従うとし、属するところなきは悪名を受けるとした。これは仏教特有のものでなく、儒教書のひとつ『礼記』及び『儀礼』にもみえる。 」としている。私の子どものころは、一般に言われていたが、儒教から来たものだと思っていた。仏教経典にもあるということは儒教の影響を受けたのではないか。

 「五障」とは、「五障(ごしょう)とは、ブッダ入滅後かなり後代になって、一部の仏教宗派に取り入れられた考えで、女性が持つとされた五つの障害のことである。「女人五障」ともいう。女性は梵天王帝釈天魔王転輪聖王仏陀になることができない、という説である。 」と説明している。

 釈迦は「仏陀」になることは説いたが、梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王などについては説いていない。これらはヒンズー教の影響で誰から取り入れたものだと思う。

 釈迦入滅後かなり年月が経ってから経典が作られたというから、釈迦はこのように言われた(如是我聞)というようにして古い経典は書きはじめられるが、釈迦が説いたことそのままでなく、口伝を文書化した人の考えも入ったことは十分に推察できる。

 Wikipediaは更に、「大智度論では、五礙(ごげ)と称す。三従とセットにされ、「五障三従」と称する用例もある。釈迦の言葉ではなく、仏教本来の思想ではない。ヒンドゥー教の影響から出てきた考え方とされる。 」私もこの説明に賛同する。

 そして釈迦は次のように言ったと紹介している。「人にはいろいろの種類がいる。心の曇りの少ないものもあれば、曇りの多いものもあり、賢いものもあれば、愚かなものもある。(中略) また人には男女の区別があるが、しかし人の本性に差異があるのではない。男も女も道を修めれば、然るべき心の道筋を経て悟りに至る(仏陀になる)であろう。

 私が知る限り釈迦は差別をしなかった。誰でも仏陀になれると説いた。それが本当の仏教である。

 この男女平等の時代に、今なお男女差別を温存している仏教は早急にその経典を捨てるべきである。

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2019年2月28日 (木)

墓をどうするかという問題―②―

 朝日新聞の記事によると、今のような墓石を建てるようになったのは江戸時代中期からだそうだ。「○○家之墓」という墓碑も天皇制を支えた家制度の道徳規範が行き渡る明治末期からだという。

  戦前は家制度で家督相続があった。その名残の古い習慣や意識が残っていたのが、家族の形や価値観が多様化するようになって変わってきたのだ。

  新聞の有名人死亡欄を見ていると、この数年「近親者で営みました」というのが多い。20年余り前までは有名人や地位や資産がある人たちは葬儀場や寺などで大きな葬儀をしたものであったが、それが無くなって来た。

  墓をどうするかという問題もそうした変化と時を同じくして起きて来ているようだ。日本最初の散骨は1991年「葬送の自由を進める会」が海で行ったのだという。

  「直葬」という葬儀を行わないやり方も増えて来ているようだが、火葬場で遺族が遺骨を一切拾わないという「0葬」というのもあると知って驚いた。「ゼロ葬」は宗教学者島田裕巳氏の名づけのようだ。

  親鸞は「自分の遺体は鴨川に流して魚に食べさせよ」と遺言したというが実際はどうだったのか?釈迦も葬儀とか供養とかは言っていないようだから弟子たちが勝手にやったことだろう。

  チベット仏教だったと思うが「鳥葬」の所もあり親鸞と同じ発想だ。ゴビ砂漠では砂に埋めて自然に風化させるのを見た。

  近頃では遺骨でペンダントや置物などを作るサービスあるとNHKでやっていたが、随分と変わって来たものである。

  墓の代わりに納骨堂が増えて来たが、安くても60万円以上150万円ぐらいとかなりの金がかかる。それでも全国で50万基もあると記事に書いてある。

  火葬場で遺骨を拾わないという考えには目が開かれた。葬儀の自由や直葬ぐらいまでは頭が回ったが遺骨は拾ってどこかへ納めるものと思い込んでいたのだ。

  考えてみれば遺骨を拾わなければならないという決まりはない訳で、海や山に散骨をするのなら同じことである。

  故人を祀るということに関しては、写真や遺品もある訳で、要は故人をどう接遇するかという問題である。つまり心の問題なのだ。心の中で故人のことを偲んでいればそれでよいのだともいえる。

  そうなると墓は無くてもよいもので、叔父や私のように断絶するのであれば墓も要らないのだ。高い永代供養料を払って納骨堂に入れたとしても、永代ではなく20年ぐらいだと言われる。名前だけが永代なのである。

  自分が元気なうちに死後をどうしてほしいか身内と話し合って決めておくことが大事だということである。

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2019年2月27日 (水)

墓をどうするかという問題―①―

 私の母方は主教は神道だが墓は江戸時代からずっと寺の墓地にある。墓地の土地を寺から借りていたの買っていたのかそれは分からない。

  叔父が亡くなって子どもがいないので家が絶えることになった。もちろん血としては弟や妹の所に続いているが直系としては終わりを迎えたのである。

  それで寺にある墓地に埋葬したのだが、寺の住職から1年6700円を請求された。そして神道だから寺の檀家にならないのなら墓をたたむように言われた。

  これまでどうなっていたのか不明だし、いきなりそう言われてもこちらとしては困る話だ。察するに、家が絶えたのでこの機会に追い出そうということなのだろう。

  問題は墓地としての土地を江戸時代から使って来たいきさつが分からないことだ。住職は寺の好意で貸して来たというが本当にそうかということもわからないのだ。先祖が金を払って永代に使えるようにしてあったのかもしれないのだ。 とにかく叔父が亡くなるまでは墓地の金をはらえとか返せという問題はなかったのだ。

  今後どうするかは近々母の法事があるのでその時に相談しようと思っている。

  そんなとき、23日の朝日新聞の「B」に「『墓じまい』してどこに移す?」という記事が載った。何か参考になるかもしれないと思い読んでみた。

 リードには次のように書いてある。

――多死社会となり、「お骨」を巡る状況が大きく変わろうとしている。核家族化が進み、墓の維持が困難になったとして「墓じまい」する人が増えている。お骨の4引っ越し先として合葬墓や最新式納骨堂などが続々と誕生。「家」から「個」へ。墓のかたちが多様化する一方、遺骨を墓に入れない選択をする人も。最新のお骨事情とは。――

 私も妻ももういつ死んでもおかしくない年齢になったし、娘はいるが孫はいないので昔風にいうとお家断絶が目の前に迫っている。だから遺骨や墓の問題は自分で考えておかなければならないと思っている。

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2018年12月21日 (金)

こういう僧侶もいるんだ!「四苦に立ち向う僧侶」

 17日に放送されたNHKプロフェッショナル「生老病死 四苦に立ち向う僧侶 高橋卓志」を見た。昨今お寺離れ、葬式離れが進んでいる中で、700軒の檀家があり、700年の歴史をもつ松本市浅間町の寺の住職高橋卓志師を取り上げたものだ。

  番組では今最も人気がある僧侶だと言っていた。全国から教えを乞いに来る僧侶がおり、葬儀会社の講演も多いという。

  彼の葬式のやり方は、故人や残された家族に寄り添ったもので、従来のやり方ととは違う個別の葬儀である。彼は100人いれば100人の送り方があると言い、葬儀屋任せではなく手作りの葬儀を高橋師自らが作ってきたのだ。

  彼は葬儀の前日に、家族の中で一番悲しむと思われる人からいろいろと話を聞き出し、それをパソコンを使って写真を入れた物語にする。そして式の始めにその映像を流して故人について、家族の思いなどを知ってもらうのだ。

  番組では2回葬儀の場面があった。ピアノ教師の女性の葬儀では、葬儀屋の祭壇を借りてのものではなく、彼が費用をかけないように工夫して個人に合ったものを作った。高橋師が作った物語の映像をながし、ピアノ教師であった母親のために娘が曲を演奏した。

  司書として図書館で働き若くしてガンで亡くなった男性の葬儀は、映像ではなくその男性が選んだ書籍の書棚をバックにして行われた。

  般若心経の核心を説明し、最後の部分を唱和するように言い、「喝」と引導を渡すのは此岸から彼岸へ渡る舟の艫綱を切ることだと言った。渡って行くのを見送りましょうと話した。そして名前を呼べばいつでも帰ってきますよとも話した。

 高橋師は檀家の人たちに日常から関わりを持ち、話を聞いたり、援助をしたりしていて、死が近づいた人には心を和らげるように接していた。

  高橋師は住職とは「十職」だと言った。ただお経をあげ葬式をするだけではなくさまざまな仕事をこなすことが大事だという。そういえば空海はため池を掘って回った。

 平成になってお寺や僧侶離れが進んだのは、旧態然としたやり方の中で胡坐をかいて、高いお布施を要求してきたことによる自業自得である。

 いかめしい袈裟を着て、上から目線でもったいぶって、お経さえあげていればよしという法事や葬儀のやり方では、もう人はついていかない。金を得るための葬式仏教ではすたれるだけである。

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2018年2月15日 (木)

葬儀って、何だ―⑧―補遺

 朝日新聞に2月4日、2月11日の日曜日に「弔いのあり方」という記事が掲載された。まだあと2回続くようだ。

  葬儀は「こじんまり」とやりたいというのが多い。やはり費用がかかることとへの不満があると考えられる。

  2月4日付の記事では「経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から算出した2000年以降の葬儀1件当たりの平均費用は140万7千円~152万1千円の範囲で推移している。」という。非常に高額な費用が要ることが分かる。

  私の母は13年前に亡くなったが、生存中に自分の葬儀費用として300万円を用意していた。母はどこにも旅行に行かず、美味しい物を食べに行くことをせず、つましい生活をして貯めたのであった。母の唯一の見栄?は葬儀に世間並の費用を使うことであり、もう一つの配慮は私たち子どもに葬儀費用で迷惑をかけないということであった。

  記事によると「定産業実態調査によると、14年の葬儀業者の年間売上高は推計1兆3700億円にのぼる」という。大変旨みのあるビジネスであるようだ。

  また、「お布施を除いた葬儀の費用について、15年に全日本冠婚葬祭互助協会がネットアンケートで調べたら、101万円~150万円が最多であった」という。残念ながらお布施については記載がない。是非調査をしてほしいものだ。

  葬儀をこじんまりとやりたいということで、家族葬が増えていて2/3は家族葬だと記事は書いている。新聞に出る訃報をみていても「近親者で営んだ」というのが多く、私たちの周りでもそういう人が多い。

  11日の記事では、明朗会計を謳う「イオンのお葬式」とユニクエスト・オンラインの「小さなお葬式」が紹介されている。

  イオンのお葬式で一番依頼が多いのは、49万8000円の「家族葬」で通夜、告別式、初七日などが含まれるという。その他に「1日葬」が34万8000円で、「火葬式(直葬)」が19万8000円である。

 「小さなお葬式」は「イオンのお葬式」よりそれぞれ5000円安くなっている。それにしても私の見るところではまだ高いと思う。もっともっと安くやれないものかと思う。

 ちなみに「イオンのお葬式」が紹介するお寺のお布施は、「火葬式」が4万5千円、「一日葬」が7万5千円、「家族葬」が15万円だそうだ。家族葬の場合、通夜、告別式、火葬場、初七日を含むのだろう。おそらく戒名料も含むと思われる。詳細はイオンに聞かなければ分からない。

 ただこれで見ても、私の妙心寺派の檀那寺はべらぼうであることが分かる。それは導師の坊さんから55万円と言われたことと、金額が余りにも高額であることだ。本願寺の坊さんでやった知人のKさんのように10万円なら納得がいく。

 とにかく人の不幸で金を儲けようという葬儀ビジネスの魂胆はいかにも浅ましい。

 

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2018年1月20日 (土)

葬儀って、何だ?―⑧―

 Yahooニュースを見ようとしたら、「小さな葬式」という広告が目に入った。NHKで紹介されたと謳っているので、中を覗いて見た。

  一般的に葬儀をすると全国平均で122万円かかると言われていると書いてあった。私の母が7年ほど前に亡くなったとき、実際は弟が仕切ったので詳細はわからないが、そのくらい掛かったと思う。

  その他にいろいろな費用が派生して総計では1000万円以上かかる場合があるという。説明によると、どうしてそんなに高いのか。お棺代は3万円~8万円ぐらいと言われるが、実質費用はたった8000円だというのだ。適正な価格を何も知らないのをいいことに高額な費用を要求されるのだという。

  その葬儀社では、適正な価格として19万3000円として、さらにそれ以上の料金が派生しないようにしているそうだ。

  そこに含まれているのは、寝台車、役所手続き、お棺、骨壺、自宅飾り、安置料、ドライアイス、枕飾り、着物、お棺用布団、霊柩車、お別れ用花、火葬料、スタッフだという。これらは必須のものと言える。

  上記の料金は「小さな火葬式」の場合で、搬送→火ご安置→火葬となっている。つまり、通夜や葬式は行わない最もシンプルなやり方である。これでも費用は19万3千円だが、早割を申し込むと17万8000円になると宣伝している。50%の人がこのやり方の葬儀を選んで好評だと言っている。

  平安会館のスタッフが10万円で葬儀をすると宣伝しているところもあると言っていたから、ネットで探せばもっと安いところもあるのだろう。

  この葬儀社では、通夜抜きの「小さな1日葬」で34万8000円、「小さな家族葬」なら49万8000円だそうだ。以上の葬儀にはお寺は含まれていないことに注意。

 以上はあくまでも参考のために取り上げたことで、平安会館や紫雲殿に見積もらせてみようと考えている。いずれにせよ予め元気なうちから準備をしておいてその場に立って誤魔化されないようにしておくことが大事だ。

 

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