宗教

2020年7月13日 (月)

「あの世」について

 朝日新聞9日朝刊の「寂聴 残された日々」というエッセイは「書き通した『百年』」という題で書いている。

 九州の大雨に触れた部分で「テレビに映る町を埋める大水や、屋根の吹き飛ばされた人家を見ると、平安時代の大雨の民衆の姿を見ているようで、気が遠くなる」と書き、そのあとに以下の分が続く。

 「ふと気が付くと、こんな時、すぐ電話で便りを問いあった親しい身内やなつかしい友人のほとんどが、今はいない。彼等の命は果たしてあの世とやらで、互いにめぐりあえているのであろうか。やがてそちらへ行きつく自分は、先に行ったなつかしい人たちに、果たして逢うことが出来るのだろうか。
 

 出家して、47年にもなるが、正直なところ、あの世のことは何一つ理解出来ていない。親しい人、恋しい人はほとんど先にあの世に旅立ってしまい、あの世からは、電話もメールも一切来ない」
 

 寂聴さんが「あの世」について触れたこの部分を読んだとき、「アッ!?」と思った。寂聴さんは出家して47年の天台宗の僧侶である。京都の寂庵に住んで、作家活動の傍ら全国を飛び回って大衆に説法をしている。私は1度も聞いたことはないが、大変人気があるようだ。


 おそらく仏教に基づく講話をしているのであろうが、その中で「あの世」のことも話しているのではないか。なぜなら「あの世」は仏教にとって中心の命題だからである。

 日本の仏教ではどの宗派も死ねば「あの世」に行けると説いているはずである。「彼岸」というのは「あの世」のことである。

 宗派の違いは「あの世」への行き方の違いであると私は解釈している。例えば天台宗から出た法然や親鸞などは「南無阿弥陀仏」を唱えることによって「あの世」に行けると説いた。
 

 俗説では「あの世」は「極楽浄土」とされ、仏教伝来以来天皇や貴族は極楽浄土に「往生」出来ることを願って東大寺や宇治平等院のような大きな寺院を建立した。
 

 「あの世」について寂聴さんが何も知らないと書いているのは興味深いが、実は誰にも分からないのである。死後の世界があるにしても「現世」に戻った人がいないからだ。
 

「あの世」つまり「極楽浄土」に「往生」できることは人々の願望なのである。苦楽の多い「現世」から解放されて、死後は永遠に極楽で生きながらえることが出来ることを信ずることによって、「現世」での心の安寧を得るのだ。

 釈迦は「あの世」については語っていない。「涅槃」つまり「悟り」の大切さを説いたと理解している。寂聴さんは「悟り」を得ていると想像するのだが。

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2019年12月18日 (水)

カトリック南山教会聖堂での待降節行事

 先日、オルガンの秋ブランチクリスマスコンサートに行ったとき、南山教会での待降節行事のチラシがあった。「みんなで歌おう!パイプオルガン・合唱・聖歌・ハンドベルによる 音楽のアドベントカレンダー、そしてクリスマスのお話」というタイトルであった。

 南山教会は我が家から近くにあり、以前にもコンサートに行ったことがあり知っていた。私はキリスト教徒ではないが、そういう制限はないようなので出かけた。

 プログラムには次のように書いてあった。

 ――西ヨーロッパのキリスト教会では、12月25日の4週間前の日曜日(今年は12月1日)からクリスマスぜんじつの24日までの、今の時期を、キリスト降誕を待ち望み、私たちの心の準備をもする時期として、「待降節(アドベント)」と呼びます。

 例えばドイツでは、もみの木リースや、最近ではモダンなフラワーアレンジメントにろうそくを4本立てたものを用意し、第1待降節の日曜日にはろうそくを1つ、第2待降節の日曜日にはろうそくを2つ、灯す習慣があります。クリスマスが近づくにつれて、増す「光」は、近づいてくるキリストの降誕を象徴するだけでなく、降誕とそして再臨をも待ち望む希望が増していることも表しています。

 そして、12月25日が本来のキリストの西端のお祝いである「主の降誕の祭日」、いわゆるクリスマスであり、1月6日(もしくは2月2日)まで「降誕節」は続きます。

 24日に「クリスマスイヴ」として祝われる伝統は、祝日当日が始まる夜中よりすでに教会で祈りが捧げられていたことによります。

 愛であり、光であり、その創造物である人間を、無限の愛で抱擁する神が、人間もその神の愛の一部でありえること、その愛によって神のいのちとして迎えられることができるように、神の子であるイエス・キリストを人間として、人間の救いのために遣わした記念、これがキリスト教会の祝うクリスマスです。ーー

 聖堂のバルコニーにオルガン奏者の吉田文さんと合唱隊がいて、祭壇の前にハンドベルの学生がいて演奏をした。司祭は祭壇の下手で聖書の一節を朗読した。

 ハンドベルの「ウエールズ地方民謡『お部屋を飾ろう』」の演奏から始まった。ついで「グレゴリオ聖歌」を聖歌隊がうたった。

 そのあと、音楽によるアドベントカレンダーとして、

14日 聖歌「高く戸を上げよ」(聖歌隊)、 G,ウンベハウン作曲「高く戸をあげよ」(オルガン)  

15日 J・S・バッハ 「目覚めよ呼ぶ声あり」(オルガン)

16日 バッハ 「神の御子が来られる」(オルガン)

 17日 グレゴリオ聖歌(聖歌隊)

 バッハ 「全能の神に賛美を」(オルガン)

18日 グレゴリオ聖歌「天よ、露をしたたらせ」(聖歌隊)

19日 グレゴリオ聖歌「おお エッサイの切り株」(聖歌隊)

20日 FR・リスト編曲 「アルカデルトのアヴェ・マリア」(オルガン)  

21日 A。ギルモン「ヘンデル作『ユダス・マカベウス』のコラール『シオンの娘よ、喜べ』によるパラフレーズ

22日 グレゴリオ聖歌「来てください、民の救い主」(聖歌隊)

 バッハ 「いざ来たりませ、異邦人の救い主よ」(オルガン)

23日 聖歌「いま来たりませ」(聖歌隊)

    ばっは「いざ来たりませ、異邦人の救い主よ」(オルガン)

 そして24日 聖書朗読(ルカによる福音書1章26節~37節

 グレゴリオ聖歌「アベ・マリア」(聖歌隊)

 聖書朗読(ルカによる福音書1章38節)

 聖歌「エッサイの根より」(聖歌隊)

 C.sattora- 「エッサイの根より(1輪の薔薇が咲いて9(オルガン)

 聖書朗読(ルカによる福音書2章1節~7節)

 グレゴリオ聖歌 「今日キリストがお生まれになった」(聖歌隊)

 CI.ダカン「ノエル」(聖歌隊&オルガン)

 聖書朗読(ルカによる福音書2章15節、16節)

 聖歌「まきびと」(全員で)

 聖書朗読ルカによる福音書2章17節~21節)

 合唱 ヘンデル「メサイヤ」より「ハレルヤ」(聖歌隊)

 平和を求める祈り 全員で朗読

 

 聖書朗読(ルカによる福音書2章8節~14節)

  聖歌「あら野のはてに」(ハンドベル)

  聖歌「あら野のはてに」(全員で)  

主の祈り  グレゴリオ聖歌(聖歌隊)

クリスマスを迎える心の準備 「もろびとこぞりて~来たれ友よ(ハンドベル)

 「もろびとこぞりて」参加者が歌う

 聖歌 O Sanctissmima (聖歌隊)

 聖歌 「いざ歌え」(全員で)

 聖歌 「いざ歌え」(全員で)

 奏楽 「しずけき真夜中(ハンドベル)※(きよしこの夜のメロディ)

 聖歌 「しずけき真夜中」(全員で)

 こういうキリスト教会での待降節行事を見たのは初めてであったが、プログラムには歌詞や主な言葉が書いてあり、キリスト降誕までのプロセスがやクリスマスの意味がよくわかった。異教徒の私の取っては良い勉強になった。

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2019年6月23日 (日)

仏典に性差別があるのを知らなかった

 18日火曜日の朝日新聞「仏典の性差別をどうする」という記事があった。リードには、「#MeToo運動や入試における女性差別の表面化を機に、ジェンダー平等の意識が改めて高まるなか、佛教界でも差別との向き合い方が問われている。受け継がれてきた経典には、現代の目で見ると差別的な記述がある。(1部省略)」と書いてある。

 真宗大谷派東本願寺が開いた企画展「経典の中で語られた差別」で、世界人権問題研究センターの嘱託研究員、源淳子さんが準備した女性差別に関するパネルが、同派の意向で展示されなかったという。

 そのパネルは、女性は修行しても仏になれないとする「女人五障」、女性は親、夫、子に従うべきだとする「三従(しょう)」の教えのほか、女性は男性に生まれ変わって成仏できる「変性男子(へんじょうなんし)」思想を紹介するものであったという。源さんは公開質問状を出して外された理由をただしたそうだ。

 真宗大谷派が女性差別の仏典を真正面から取り上げず、隠そうとしたようだ。私はこの部分を読んで、佛教にそういう女性差別の考えがあることを初めて知って驚いた。また、これまで放置されてきたことにも驚いた。

 Wikipediaには、「三従」について「龍樹菩薩の大論九十九巻では、女人の三従さんじゅうについて、幼則おさなきときは父母に従い、少則わかきときは夫に従い、老則おいたるときは子に従うとし、属するところなきは悪名を受けるとした。これは仏教特有のものでなく、儒教書のひとつ『礼記』及び『儀礼』にもみえる。 」としている。私の子どものころは、一般に言われていたが、儒教から来たものだと思っていた。仏教経典にもあるということは儒教の影響を受けたのではないか。

 「五障」とは、「五障(ごしょう)とは、ブッダ入滅後かなり後代になって、一部の仏教宗派に取り入れられた考えで、女性が持つとされた五つの障害のことである。「女人五障」ともいう。女性は梵天王帝釈天魔王転輪聖王仏陀になることができない、という説である。 」と説明している。

 釈迦は「仏陀」になることは説いたが、梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王などについては説いていない。これらはヒンズー教の影響で誰から取り入れたものだと思う。

 釈迦入滅後かなり年月が経ってから経典が作られたというから、釈迦はこのように言われた(如是我聞)というようにして古い経典は書きはじめられるが、釈迦が説いたことそのままでなく、口伝を文書化した人の考えも入ったことは十分に推察できる。

 Wikipediaは更に、「大智度論では、五礙(ごげ)と称す。三従とセットにされ、「五障三従」と称する用例もある。釈迦の言葉ではなく、仏教本来の思想ではない。ヒンドゥー教の影響から出てきた考え方とされる。 」私もこの説明に賛同する。

 そして釈迦は次のように言ったと紹介している。「人にはいろいろの種類がいる。心の曇りの少ないものもあれば、曇りの多いものもあり、賢いものもあれば、愚かなものもある。(中略) また人には男女の区別があるが、しかし人の本性に差異があるのではない。男も女も道を修めれば、然るべき心の道筋を経て悟りに至る(仏陀になる)であろう。

 私が知る限り釈迦は差別をしなかった。誰でも仏陀になれると説いた。それが本当の仏教である。

 この男女平等の時代に、今なお男女差別を温存している仏教は早急にその経典を捨てるべきである。

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2019年2月28日 (木)

墓をどうするかという問題―②―

 朝日新聞の記事によると、今のような墓石を建てるようになったのは江戸時代中期からだそうだ。「○○家之墓」という墓碑も天皇制を支えた家制度の道徳規範が行き渡る明治末期からだという。

  戦前は家制度で家督相続があった。その名残の古い習慣や意識が残っていたのが、家族の形や価値観が多様化するようになって変わってきたのだ。

  新聞の有名人死亡欄を見ていると、この数年「近親者で営みました」というのが多い。20年余り前までは有名人や地位や資産がある人たちは葬儀場や寺などで大きな葬儀をしたものであったが、それが無くなって来た。

  墓をどうするかという問題もそうした変化と時を同じくして起きて来ているようだ。日本最初の散骨は1991年「葬送の自由を進める会」が海で行ったのだという。

  「直葬」という葬儀を行わないやり方も増えて来ているようだが、火葬場で遺族が遺骨を一切拾わないという「0葬」というのもあると知って驚いた。「ゼロ葬」は宗教学者島田裕巳氏の名づけのようだ。

  親鸞は「自分の遺体は鴨川に流して魚に食べさせよ」と遺言したというが実際はどうだったのか?釈迦も葬儀とか供養とかは言っていないようだから弟子たちが勝手にやったことだろう。

  チベット仏教だったと思うが「鳥葬」の所もあり親鸞と同じ発想だ。ゴビ砂漠では砂に埋めて自然に風化させるのを見た。

  近頃では遺骨でペンダントや置物などを作るサービスあるとNHKでやっていたが、随分と変わって来たものである。

  墓の代わりに納骨堂が増えて来たが、安くても60万円以上150万円ぐらいとかなりの金がかかる。それでも全国で50万基もあると記事に書いてある。

  火葬場で遺骨を拾わないという考えには目が開かれた。葬儀の自由や直葬ぐらいまでは頭が回ったが遺骨は拾ってどこかへ納めるものと思い込んでいたのだ。

  考えてみれば遺骨を拾わなければならないという決まりはない訳で、海や山に散骨をするのなら同じことである。

  故人を祀るということに関しては、写真や遺品もある訳で、要は故人をどう接遇するかという問題である。つまり心の問題なのだ。心の中で故人のことを偲んでいればそれでよいのだともいえる。

  そうなると墓は無くてもよいもので、叔父や私のように断絶するのであれば墓も要らないのだ。高い永代供養料を払って納骨堂に入れたとしても、永代ではなく20年ぐらいだと言われる。名前だけが永代なのである。

  自分が元気なうちに死後をどうしてほしいか身内と話し合って決めておくことが大事だということである。

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2019年2月27日 (水)

墓をどうするかという問題―①―

 私の母方は主教は神道だが墓は江戸時代からずっと寺の墓地にある。墓地の土地を寺から借りていたの買っていたのかそれは分からない。

  叔父が亡くなって子どもがいないので家が絶えることになった。もちろん血としては弟や妹の所に続いているが直系としては終わりを迎えたのである。

  それで寺にある墓地に埋葬したのだが、寺の住職から1年6700円を請求された。そして神道だから寺の檀家にならないのなら墓をたたむように言われた。

  これまでどうなっていたのか不明だし、いきなりそう言われてもこちらとしては困る話だ。察するに、家が絶えたのでこの機会に追い出そうということなのだろう。

  問題は墓地としての土地を江戸時代から使って来たいきさつが分からないことだ。住職は寺の好意で貸して来たというが本当にそうかということもわからないのだ。先祖が金を払って永代に使えるようにしてあったのかもしれないのだ。 とにかく叔父が亡くなるまでは墓地の金をはらえとか返せという問題はなかったのだ。

  今後どうするかは近々母の法事があるのでその時に相談しようと思っている。

  そんなとき、23日の朝日新聞の「B」に「『墓じまい』してどこに移す?」という記事が載った。何か参考になるかもしれないと思い読んでみた。

 リードには次のように書いてある。

――多死社会となり、「お骨」を巡る状況が大きく変わろうとしている。核家族化が進み、墓の維持が困難になったとして「墓じまい」する人が増えている。お骨の4引っ越し先として合葬墓や最新式納骨堂などが続々と誕生。「家」から「個」へ。墓のかたちが多様化する一方、遺骨を墓に入れない選択をする人も。最新のお骨事情とは。――

 私も妻ももういつ死んでもおかしくない年齢になったし、娘はいるが孫はいないので昔風にいうとお家断絶が目の前に迫っている。だから遺骨や墓の問題は自分で考えておかなければならないと思っている。

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2018年12月21日 (金)

こういう僧侶もいるんだ!「四苦に立ち向う僧侶」

 17日に放送されたNHKプロフェッショナル「生老病死 四苦に立ち向う僧侶 高橋卓志」を見た。昨今お寺離れ、葬式離れが進んでいる中で、700軒の檀家があり、700年の歴史をもつ松本市浅間町の寺の住職高橋卓志師を取り上げたものだ。

  番組では今最も人気がある僧侶だと言っていた。全国から教えを乞いに来る僧侶がおり、葬儀会社の講演も多いという。

  彼の葬式のやり方は、故人や残された家族に寄り添ったもので、従来のやり方ととは違う個別の葬儀である。彼は100人いれば100人の送り方があると言い、葬儀屋任せではなく手作りの葬儀を高橋師自らが作ってきたのだ。

  彼は葬儀の前日に、家族の中で一番悲しむと思われる人からいろいろと話を聞き出し、それをパソコンを使って写真を入れた物語にする。そして式の始めにその映像を流して故人について、家族の思いなどを知ってもらうのだ。

  番組では2回葬儀の場面があった。ピアノ教師の女性の葬儀では、葬儀屋の祭壇を借りてのものではなく、彼が費用をかけないように工夫して個人に合ったものを作った。高橋師が作った物語の映像をながし、ピアノ教師であった母親のために娘が曲を演奏した。

  司書として図書館で働き若くしてガンで亡くなった男性の葬儀は、映像ではなくその男性が選んだ書籍の書棚をバックにして行われた。

  般若心経の核心を説明し、最後の部分を唱和するように言い、「喝」と引導を渡すのは此岸から彼岸へ渡る舟の艫綱を切ることだと言った。渡って行くのを見送りましょうと話した。そして名前を呼べばいつでも帰ってきますよとも話した。

 高橋師は檀家の人たちに日常から関わりを持ち、話を聞いたり、援助をしたりしていて、死が近づいた人には心を和らげるように接していた。

  高橋師は住職とは「十職」だと言った。ただお経をあげ葬式をするだけではなくさまざまな仕事をこなすことが大事だという。そういえば空海はため池を掘って回った。

 平成になってお寺や僧侶離れが進んだのは、旧態然としたやり方の中で胡坐をかいて、高いお布施を要求してきたことによる自業自得である。

 いかめしい袈裟を着て、上から目線でもったいぶって、お経さえあげていればよしという法事や葬儀のやり方では、もう人はついていかない。金を得るための葬式仏教ではすたれるだけである。

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2018年2月15日 (木)

葬儀って、何だ―⑧―補遺

 朝日新聞に2月4日、2月11日の日曜日に「弔いのあり方」という記事が掲載された。まだあと2回続くようだ。

  葬儀は「こじんまり」とやりたいというのが多い。やはり費用がかかることとへの不満があると考えられる。

  2月4日付の記事では「経済産業省の特定サービス産業動態統計調査から算出した2000年以降の葬儀1件当たりの平均費用は140万7千円~152万1千円の範囲で推移している。」という。非常に高額な費用が要ることが分かる。

  私の母は13年前に亡くなったが、生存中に自分の葬儀費用として300万円を用意していた。母はどこにも旅行に行かず、美味しい物を食べに行くことをせず、つましい生活をして貯めたのであった。母の唯一の見栄?は葬儀に世間並の費用を使うことであり、もう一つの配慮は私たち子どもに葬儀費用で迷惑をかけないということであった。

  記事によると「定産業実態調査によると、14年の葬儀業者の年間売上高は推計1兆3700億円にのぼる」という。大変旨みのあるビジネスであるようだ。

  また、「お布施を除いた葬儀の費用について、15年に全日本冠婚葬祭互助協会がネットアンケートで調べたら、101万円~150万円が最多であった」という。残念ながらお布施については記載がない。是非調査をしてほしいものだ。

  葬儀をこじんまりとやりたいということで、家族葬が増えていて2/3は家族葬だと記事は書いている。新聞に出る訃報をみていても「近親者で営んだ」というのが多く、私たちの周りでもそういう人が多い。

  11日の記事では、明朗会計を謳う「イオンのお葬式」とユニクエスト・オンラインの「小さなお葬式」が紹介されている。

  イオンのお葬式で一番依頼が多いのは、49万8000円の「家族葬」で通夜、告別式、初七日などが含まれるという。その他に「1日葬」が34万8000円で、「火葬式(直葬)」が19万8000円である。

 「小さなお葬式」は「イオンのお葬式」よりそれぞれ5000円安くなっている。それにしても私の見るところではまだ高いと思う。もっともっと安くやれないものかと思う。

 ちなみに「イオンのお葬式」が紹介するお寺のお布施は、「火葬式」が4万5千円、「一日葬」が7万5千円、「家族葬」が15万円だそうだ。家族葬の場合、通夜、告別式、火葬場、初七日を含むのだろう。おそらく戒名料も含むと思われる。詳細はイオンに聞かなければ分からない。

 ただこれで見ても、私の妙心寺派の檀那寺はべらぼうであることが分かる。それは導師の坊さんから55万円と言われたことと、金額が余りにも高額であることだ。本願寺の坊さんでやった知人のKさんのように10万円なら納得がいく。

 とにかく人の不幸で金を儲けようという葬儀ビジネスの魂胆はいかにも浅ましい。

 

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2018年1月20日 (土)

葬儀って、何だ?―⑧―

 Yahooニュースを見ようとしたら、「小さな葬式」という広告が目に入った。NHKで紹介されたと謳っているので、中を覗いて見た。

  一般的に葬儀をすると全国平均で122万円かかると言われていると書いてあった。私の母が7年ほど前に亡くなったとき、実際は弟が仕切ったので詳細はわからないが、そのくらい掛かったと思う。

  その他にいろいろな費用が派生して総計では1000万円以上かかる場合があるという。説明によると、どうしてそんなに高いのか。お棺代は3万円~8万円ぐらいと言われるが、実質費用はたった8000円だというのだ。適正な価格を何も知らないのをいいことに高額な費用を要求されるのだという。

  その葬儀社では、適正な価格として19万3000円として、さらにそれ以上の料金が派生しないようにしているそうだ。

  そこに含まれているのは、寝台車、役所手続き、お棺、骨壺、自宅飾り、安置料、ドライアイス、枕飾り、着物、お棺用布団、霊柩車、お別れ用花、火葬料、スタッフだという。これらは必須のものと言える。

  上記の料金は「小さな火葬式」の場合で、搬送→火ご安置→火葬となっている。つまり、通夜や葬式は行わない最もシンプルなやり方である。これでも費用は19万3千円だが、早割を申し込むと17万8000円になると宣伝している。50%の人がこのやり方の葬儀を選んで好評だと言っている。

  平安会館のスタッフが10万円で葬儀をすると宣伝しているところもあると言っていたから、ネットで探せばもっと安いところもあるのだろう。

  この葬儀社では、通夜抜きの「小さな1日葬」で34万8000円、「小さな家族葬」なら49万8000円だそうだ。以上の葬儀にはお寺は含まれていないことに注意。

 以上はあくまでも参考のために取り上げたことで、平安会館や紫雲殿に見積もらせてみようと考えている。いずれにせよ予め元気なうちから準備をしておいてその場に立って誤魔化されないようにしておくことが大事だ。

 

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2018年1月17日 (水)

葬儀って、何だ?―⑦―

 日本人は主に仏教徒と言われるが、心から仏教を信じている敬虔な仏教徒はどのくらいいるだろうか。ほとんどいないのではないか。

  その証拠に、生まれるとお宮参りをし、七五三をやり、新年には神社へお参りに行く。だが初詣ではお寺も賑わう。また、二月の節分には観音様へお参りに行ったり、豆まきをしたりするが、最近で「恵方巻き」を恵方に向かって食べるなどということも出てきた。

 クリスマスやバレンタインデーやハロウインを楽しむかと思うと、結婚式はキリスト教会でという人も多い。そして死んだら仏教で葬儀をする。キリスト教徒でない限り教会ではやらないし、神道でもやる人は珍しい。

 要するに日本人は便利主義者であり、多神教なのだ。何しろ神様の数だって半端ではない。八百万(やおよろず)である。

  「葬式仏教」と言われるようになって久しく、最近では仏教による葬儀にも疑問を持つ人が増えてきている。そしてお寺離れも増えているのだ。

  私は訳の分からないお経で葬儀をするよりも、個人を身内で偲んで、個人のことを語り合ったり、もし個人が好きな音楽があったら、それを遺体の前でみんなで聴いて偲んだりするのがよいと思う。

  一番大事なことは「死」について、縁起でもないと忌み嫌うのではなく、自分が死んだ場合どうしてほしいかを家族に伝えておくことだと思う。

  有名人では「生前葬」をする人も現れたが、庶民は家族葬がよいと思うのだ。そのやり方も自分の好みでやってもらえばよい。

  亡くなった時最低限必要なことは、遺体をどうするかということである。病院で亡くなれば、運搬車が必要だ。遺体を安置する場所や遺体の処理も必要である。病院で亡くなれば看護師が遺体を清拭して寝巻を着せてくれるが、自宅の場合はどうするかだ。遺体を入れる棺桶も必須である。そして火葬場まで運ぶ手段も考えねばならない。

 葬儀をやってわかったことは、上に書いたような最低限必要なことは葬儀社に依頼するしかないことだ。

 そこで遺体の搬送車代は幾らか。棺桶は幾らか。納棺料は幾らか。安置する部屋の借り賃は幾らか。霊柩車は幾らか。遺影写真は幾らか。これらを葬儀社で調べておくのがよい。

 葬儀社は会員になると割り引き特典がありますよと宣伝しているが、本当に安くなるのかどうか。葬儀社によっては3000円で会員になれるところもあるし、当日でも会員になれるところもあるので調べておくことが大事だ。私の場合、平安会館に積み立てがあったのでそれを利用したが、そのために却って高くついたという印象があるのだ。

 どういう死に方をするかは死んでみなければ分からない。大地震などの大災害で死ねば個人での葬儀はできないかもしれない。だからあくまでも何事もなく普通に死に身内でやってもらえる場合ということになる。

 私は家族と、生きていて歩ける兄弟姉妹での家族葬でよいと考えている。そして、葬儀はよく歌った「第九の第4楽章」、大好きな「美しき青きドナウ」、カラオケでよく歌うフランク・シナトラの「マイウエイ」「エーデルワイス」岸洋子の「希望」越路吹雪の「愛の讃歌」、昭和男爵コーラスで歌った「遥かな友へ」「小雨の道」「贈る言葉」を録音したCDなどをかけて偲んで欲しい。宗教抜きの人前告別式がよい。私は結婚式も人前であったのだ。遺灰は太平洋の黒潮に散骨して貰えばよい。できれば故郷の新宮の海へ。

 

 

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2018年1月16日 (火)

葬儀って、何だ―⑥―

 今回久しぶりに葬儀を主宰してつくづく考えさせられた。いったい「葬儀って、何だ?」ということだ。

  おそらく自分や身内の葬儀について予め考えて計画を立てている人はほとんどいないであろう。昔は部落には講があったが、現代では私のようにどこかの葬儀社の会員になっていて、突然訪れる「死」に対して葬儀社の言うがままに葬儀を進めるのではないだろうか。

  経を挙げてもらう僧侶については、檀那寺がある人はそこに頼むであろうし、ない人は葬儀社などに紹介してもらうであろう。私の妻の両親のときはそうであった。

  私は神道の葬儀については、母の実家が神道なので3回経験したことがある。神道は大変簡潔である。神主さんんが祝詞(のりと)を用意してきてあげるのだが、戒名はなく本名で故人について述べ、御幣を振ってお祓いをする。参列者は霊前に榊をあげるのだ。

  神主さんへのお礼も大変少額であったと記憶する。私は神道がいいと思ったものだ。

  私はこれまで一度もキリスト教や他宗教の葬儀に出合ったことがないのでさっぱり分からないが、友人の話によるとキリスト教は多額の寄付を要求されると聞く。

  話しを元に戻して、葬儀について考えると、葬儀とは故人を送る儀式である。その送り方には民族によってもいろいろあるようだが、要するに故人のことを偲び遺体を土葬とか火葬などにすることである。同じ仏教でもチベットでは「鳥葬」で山の鳥に供すると聞いた。

  ゴビ砂漠へ行ったとき、砂漠に土盛りがいくつか見られたが、砂漠へ持って行ってそこに埋めるのだと思った。土盛りはやがては風によりなくなるのだろうが、それについてどうするのかは知らない。

  葬儀についても、私の母方の祖父のときは、身内は白い衣を着て、額に幽霊が付けているような三角の白い形をつけて、葬列を作って歩いて火葬場まで行った。いつのまにかそういうやり方はなくなった。葬儀のやり方も時代を反映して変わって行くのだ。

  この頃では「直葬」と言って、遺体を直接火葬場まで運ぶというやり方もある。主に身寄りのない孤独死の人を役場などがそのようにして弔うのだが、私の知人は、「俺が死んだら直葬にして、遺灰は海に撒くように家族に言ってある」と話していた。

  遺灰の扱い方も海に散骨するとか、樹木葬にするとかいろいろあるようだ。中国の「改革・開放」経済政策を進め、現在のような中国の発展のもとを築いた鄧小平は、葬儀は行わず遺灰は中国の領海に散布された。彼は唯物論者だから魂の存在などは信じなかったものと思われる。

  前にも書いたように、釈迦の時代は「輪廻転生」が一般的に信じられていたが、佛教の創始者「釈迦」は霊の存在とか輪廻転生とかはないと考えていた。また仏教による葬儀についても考えていなかった。釈迦が亡くなってその死を悲しむ弟子たちがたくさんいたであろうが、釈迦自身は悲しむではないと教えた。また偶像崇拝も説かなかった。釈迦は「生老病死」を超越した思想を説いたのであった。

 極楽浄土とか輪廻転生とか霊の存在などについて仏教に取りいれられたのは、佛教が伝播する中で、後世の僧侶によってなされたのだ。同じ仏教でも宗派がいろいろあり、国によっても同じ国の中でも異なるのはそのためである。

 経典は膨大なものがあるが、それは釈迦の後の世の高僧によって付加され伝承されたからである。宗派は自分に都合の良い経典をもとにしているのだ。

 

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