話題

2018年7月 3日 (火)

定年後の年金収入での生活

 Diamond Onlineを見ていたら、「75歳で老後資金底突きも!定年後の企業年金が多い人ほど危ない」という記事があった。今は65歳の年金支給開始で、それまでは働くことになるが、私の場合は60歳で定年、即年金支給開始であった。ただ現在のように定年後の再雇用は無かったので、辛うじて1年だけ非常勤講師を見つけて働いた。

  記事の場合、企業年金を受ける人のことを対象にしている。私の場合は共済年金なので事情が異なるが、退職したらそれまでの年収の1/3以下になってしまった。この記事にも書いてあるように、その頃は現職の時の年収と年金の落差が非常に大きかったのだ。年功序列で最高の年収になって退職であったからだ。

  それに1年目は現職のときの収入にもとずいて税金を払わなければならなかったからショックが大きかった。

  でも、強烈なパンチをくらったのと同じであったので、すぐに生活スタイル、つまり金銭の使い方を考えなければならなかったのがよかったのかもしれない。

  まずシュミレーションをした。どうししても出費が必要なものは何かを考えた。毎日の食費、税金とか老朽化した設備の買い替えなどだ。衣服などは新しく買う必要はなくなったし、本も本当に欲しいものに絞り、図書館で借りることにした。

毎年、年末になると総決算をして支出を点検した。しかしそれも面倒になったので4年目からは勘によるドンブリ勘定でやってきた。

  困ったのは年々年金が減額され、介護保険料、健康保険料が高くなったことであった。以前にも書いたと思うのだが、年金は22年間で40万円ほど減らされた。

  それでも何とかやっていけるのは、節約である。好きなビールは第3のビールだし、日本酒は安くて旨いのを探して買っている。それに家飲みが主で外食もしない。健康のために1日2食にした。

  一番有難かったのは物価があまり上がらなかったことであった。安倍政権になって年2%上昇を目指しているが達成できないのは嬉しい。

  先のDiamond Onlineの記事が忠告するのは、収入が減ったらそれに支出を合わせることが大事だということである。それは当然のことで、そうしなければ75歳で老後資金が底を突くのは当然である。

  幸い私はこれまでのところ底は突かなかった。心配なのは安倍政権による年金削減、保険料値上げ、消費税10%など国民無視の政治である。物価も2%上げるなどと言わず下げるようにしてほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月16日 (金)

一気に下がり始めた野菜の値段

 このところ春めいて来て、風は強い日があるが気温は暖かくなってきた。もう3月中旬である。直に桜の便りも聞かれよう。

 ここに来て嬉しいことがある。それは野菜の値段が急激に下がり始めたことだ。昨年の秋以来天候不順などが影響して野菜の値段は高くなるばかりであった。正月が過ぎても一向に下がらず野菜を買うときはいつもためらっていた。

 ところが5日ほど前スーパー八百鮮に行ったら、非常に大きな鹿児島産ブロッコリーが1個100円で驚いた。そのあとスーパー山中に行ったら何と98円であった。

 八百鮮ではその他に水菜と小松菜が組合せ自由で150円であった。つい先日までどちらも1把で198円していたのだ。高い時は250円以上していたはずだ。

 おとといまた八百鮮に行ったら、何とホウレンソウの大きなのが2把で100円であった。この日の目玉賞品らしかった。

 ホウレンソウも最近まで1把で200円近くしていて、高い時は300円以上だったと思う。正月の頃は小さなホウレンソウなのに高くて買えなかった。

 菜花も1把200円近くしていたのが100円を割った。あまり高い値段が続くのでこのまま下がらないのではないかと心配していたが、ここに来て一気に下がり始めたので嬉しい。レジの店員に安くなったから今週は3回目だよと話した位だ。

 私の好きなデコポンも安くなった。5kg入り「秀」の愛媛県産「しらぬい」が980円だったので箱で買って来た。「しらぬい」はデコポンの元の名前である。「デコポン」は熊本産の「しらぬい」のブランド名である。

 メインの野菜が高い時は他の野菜も高かったが、ホウレンソウ、小松菜、水菜などが下がったので他の野菜も値を下げて行くだろうと思われる。

 春になって野菜の栽培が順調にいけば値段が安定するだろうと期待している。ベジタリアンではないが野菜は大事な食物だから値段が安くあって欲しい。

※13日のYahooニュースにも一部の野菜の急激な値下がりを報じていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 9日 (金)

「敬老パス」利用制限検討中の記事を読んで

 3月7日の朝日新聞に「「敬老パス』の利用制限検討」という記事があった。名古屋市は6日の市議会本会議で、「敬老パス」に利用制限を設けるかどうか検討する方針を示したというのだ。

 敬老パスを利用する運賃が半年で50万円を超す人がいたことを理由に挙げているそうだ。敬老パスを利用している65歳以上の市民は約33万人いるが、昨年3月から半年間の利用状況を集計したら、上位10人の利用額は約41万8千円~約51万5千円だったという。利用回数の最多は2357回で1日平均13回使ったことになるという。

 半年で50万円、1日平均13回も使うのはどんな人かはカードを見れば分かるはずだが、いったい何のためにそんなに利用するのだろう。何か商売でもしていて頻繁に地下鉄やバスに乗るのだろうか。本人以外に敬老パスを貸して不正利用をしているのだろうか。

 私は割合出かける方なので、敬老パスは大変重宝している。1回乗れば往復するから2回になる。週に3回程度だから6回として半年ではせいぜい150回程度だと思う。金額にすれば7万円ほどだと思う。

 敬老パスがあるお蔭で高齢者が気楽に出歩くことができ、高齢者の生活を豊かにしたり、健康の維持につながっていると思う。さらに高齢者が出歩くことで金を使うだろうから経済効果も大きいであろう。また、健康な高齢者が増えれば、医療費の節約にもなる。もっとも長生きをする人が増えると医療費や介護費なども多く必要となるかもしれないが。

 いったい異常な使用をしている人がどのくらいの人数いるのか調べることが必要だと思う。そのうえで使用制限をするのはよいかもしれない。何十万円は如何にも多すぎるから半年で15万円までとか上限を設けるのだ。

 4月以降にアンケートを実施して適正な使用額や回数について市民に聞くそうだ。、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 8日 (木)

偽南高梅?

 私は和歌山県みなべ町の特産の南高梅の蜂蜜漬けの物が好きで、ずっと「千里庵」の「くずれ梅」を買って食べて来た。最初は知人に貰って食べたのだが、美味しかったのでそれ以来取り寄せている。

 「くずれ梅」は等外品だが、味は変わらないと思うのだ。他の梅は高いのでほとんど買わない。手頃な「くずれ梅」か「ハニー梅」を買っている。人にも勧めているが好評である。

 先日、知人が通販のカタログで特売の「つぶれ梅」を見つけたので買わないかと誘ってくれた。どんな品か分からないが、確かに値段は安いので試しに買って見ることにした。

 1週間余りで品が届いた。「紀州南高梅 つぶれ梅 はちみつ」とパッケージには貼ってあった。早速食べてみたが、味はいまいちであった。

 知人は「『くずれ梅』は2つでも3つでも食べられるが、これは1個しか食べられない」と言っていた。

 南高梅は中国産の梅を使ったものもあると聞いたことがあるので、ネットで調べてみた。驚いたことに「南高梅 つぶれ梅」と称するのが183もあることが分かった。人気ランキングまでつけてあった。

 だが、その中に私が買った商品は見当たらなかった。それでみなべ町役場で聞いてみることにした。なんと「うめ課」というのがあった。電話をしたが全然つながらないので、産業課に電話したら分からないからと言って「うめ課」につないでくれた。

 課員に、みなべ町に「株式会社スターヒルズ」があるかと尋ねたらすぐには分からないから調べて電話をすると言った。

 しばらくして、電話があり、やはり分からないと言った。パッケージの会社の所在地と電話番号を知らせた。すると所在地はマンションになっていると言った。

 パッケージには販売者スターヒルズと書いてあり、産地は「紀州産」となっていて、生産者の名は書いてない。どうも怪しいと感じたので、うめ課の人にそちらでもよく調べてほしいと忠告した。 

 ついでに「千里庵」を聞いたらみなべ町にあると言ったので安心した。

 偽の南高梅かどうかは現時点では定かではないが、中国産の梅で作って「南高梅」を語っているかも知れないので注意が必要だ。

Img_3888

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 2日 (金)

学生の読書離れ&本屋の閉店

 昨日の英会話クラブで、Tさんが話したトピックは「大学生の50.3%が読書をしない」という中日新聞の記事をもとにしたものであった。そんなにもいるのかと驚いた。

  ネットで調べたら、1977年 13.2%、1986年 24.6%、1989年 31.6%、 1997年 41%というデータ(大学生協連調査)があった。それから約20年経って50%を超えたことになる。

  読書をする学生が減って来ている理由を、多くの大学関係者は大学生の忙しさをあげている。最近は授業の出欠が厳しくチェックされるので授業には出るが、その後生活のためにアルバイトに精を出す学生が増えたのだという。

  一方、京都大学の根井教授は、80年代以降に始まった実学重視の風潮と読書離れの動きが関係しているとみている。

 読書に使う時間が減る一方で、スマホに費やす時間が増えているのは事実だが明確な関連性はないと大学生協の真田企画室長は言っている。

 生協の読書ガイド誌「読書のいずみ」の編集に携わる渡辺氏は「本をよく読む学生と、読まない学生の二極化が進んでいるように感じます。本好きの学生の中では、小説を読む人は少なく、ビジネスや自己啓発の本を読む人が多いのが最近の特徴です」と語っている。

 2月28日の朝日新聞には、「街の本屋消えゆく都市部」という記事があった。作家の林真理子氏が愛する名物書店、東京・代々木の幸福書房が閉店をしたというのだ。

 東京・大阪で大型店が10年間で約3割ふえた一方、中小書店は3割も減ったというのだ。その上ネット書店が抬頭し、中小書店の経営を圧迫しているのだ。

 本が売れないということは前から言われており、林真理子さんの小説でも触れられていた。また、この記事によると雑誌が売れなくなったという。週刊誌も週刊文春、週刊ポスト、週刊現代などきわどい見出しの記事やセックス記事を盛って売ろうとしているが、売り上げは減って行く一方だと言われる。

 新聞も売り上げが減って来ているから活字離れが進んでいるのだろう。でも、ネットで記事を読むことができるから、活字離れではなく、金がかかる雑誌とか新聞紙とかのような、印刷されたものへ金を使うことが減っているのだろう。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 2日 (金)

小中学校の集団ワクチン注射を止めたら高齢者のインフル死亡が増えた?

 Yahooニュースに次のような記事があった。「小中学生のワクチン集団接種 をやめたら、インフルエンザ で亡くなるお年寄りが増えた。なぜ?」

  インフルエンザワクチンの集団接種と高齢者のインフルエンザ死亡増加とどんな関係があるのかと興味をそそられた。

  この冬はインフルエンザが大流行し、A型とB型が同時進行しているのも珍しいことだという。厚生労働省が1月26日にまとめたインフルエンザの発生状況によると、全国の推計の患者数は約283万人で、調査を始めた1999年以来最多となった。学級閉鎖や学年・学校閉鎖になった保育園、幼稚園、学校の数は、21日までの1週間で7536カ所にのぼっているというのだ。

  今から31年前に当たる1987年までの11年間だけだったが、小中学校でインフルエンザワクチンの集団接種が義務づけられていて、大半の子どもが学校で接種を受けていた時代があった。

  私も保健室に子どもを並ばせて予防接種を受けさせた覚えがある。ついでに教員も接種をしてもらった。子どもに移すといけないからだ。

  それが無くなったのは、ワクチンを接種した後に高熱を出して後遺症が残ったと、国に損害賠償を求める訴訟が相次いだからだ。そこで、こうした社会情勢を背景に政府は法律を改正し、1987年に保護者の同意を得た希望者に接種する方式に変更、 1994年には、打っても打たなくてもいい任意接種に変わったという。

 同時にワクチンそのものの効果を疑問視する声も広がり、かつて100%近かった小中学生の接種率は、90年代、極めて低くなったというのだ。

  東京都内のある小学校を24年もの間、インフルワクチンの接種状況と学級閉鎖との関連を観察してきた慶応大の研究によると、ワクチンが集団で接種されていた時期、希望者だけに接種した時期、そして任意接種になった時期、再び増えてきた時期など5期に分け、その間の接種率と学級閉鎖の数の推移を比べたら、ワクチンの接種状況との相関性が明らかになったそうだ。

 大半の子どもが打っていた4年間の学級閉鎖の日数は1.3日。それが緩和されると接種率の低下と反比例する形で8.3日、20.5日と増えていく。1996年には、この学校の児童の接種率は0.1%まで下がった。

  集団接種をやめて接種率が下がると、その分インフルエンザになる子どもが増えるし、逆に上がると減ることが分かったのだ。

  それだけでなく、意外なことが分かった。それは小中学生の集団接種の停止は、接種を受けた小中学生だけではなく、もっと小さい幼児やお年寄りにも影響を及ぼしていたことだった。

  子どもへの集団接種が始まると、インフルエンザで亡くなるお年寄りの数(超過死亡)は減った。そして、集団接種がなくなったあたりから再び増えたのだ。

  子どもにワクチンを打つことが、子どもたち自身の発症や重症化を抑えていただけでなく、インフルエンザで亡くなることの多い高齢者の発症をも抑える役割を果たしていたことが分かるというのだ。

 小中学生への集団接種が、社会のほかの集団にも与える影響は「間接予防効果」(集団免疫)と呼ばれ、各国のインフルエンザ対策に大きな影響を与えた。

 一定割合の集団にワクチンを打つ取り組みを続ければ、それは接種を受けた本人や集団に免疫をつけるだけでなく、やがてその社会全体に免疫をつけることになるのだという。

 面白い研究である。最近はインフルエンザワクチンなどやらなくてよいという主張をする近藤誠医師のような医者もいる。確かに人によっては副作用で苦しむ人もいるだろう。私もこの数年はワクチンを打っていない。しかし、集団接種が社会的予防効果をもたらすとしたら、再考が必要かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月11日 (火)

人生の最期をどう迎えるか

 人生は過ぎてみると速いものである。「朝に紅顔あって世路に誇れども、暮れ(夕べ)に白骨となって郊原に朽ちぬ」(和漢朗詠集下)と言われるように瞬きの間の感がする。

  人生の最期をどのように迎えるのかは誰にも分からない。地震や津波や風水害などの天災以外にも交通事故や病気などで最期を迎えるのかも知れない。釈迦ではないが、その心がけを普段からしておくことが大事だと思うようになった。

  7月8日の朝日新聞朝刊に「最後の時 どんな形で」という記事が載った。二人の有識者へのインタビューであった。

  その一人、会田薫子東京大学特任教授の話の中で次のことに注目した。病院に入院して延命治療を受け、さまざまな管につながれることを「スパゲッティ症候群」というのだそうだ。最後までできるだけの治療を尽くしてあげたいという家族の意識も背景にあるという。

  思えば私の妻の両親もそうであった。救急車で救急病院に運ばれ点滴等のチューブにつながれた。その病院はそういう患者を受け入れて金儲けをする病院だとすぐに分かったがどうしようもなかった。

  幸いというべきか二人とも入院後1週間以内に亡くなったから苦痛の時間は短かった。しかし当時は延命治療を当然と考えていたから、できるだけの手当てをして欲しいと思っていた。

  会田教授によると、点滴による水分や栄養分の補給は、最もよく行われる終末期医療だが、本人には苦痛を伴うという。

  針を何度も刺すのは痛いし、余分な輸液は気道内の分泌物を増やし、痰の吸引による苦痛や気道が閉塞するリスクを高め、心臓や肺への負担が大きいという。義父母の場合も痰の吸引をしたが見ていても苦しそうで、自分はして欲しくないと思った。

  会田教授は、「人は死期が近づくと、鎮痛作用がある脳内物質が増えます。水分や栄養分を補給せずに看取るのが、もっとも苦痛が少ないのです」と語っている。同じような考えは近藤誠医師やその他の医師によって言われている。

  知人のKさんのご主人が先だって亡くなられたが、主治医の岡田医師は食べたくないのなら食べなくてよいと言われ、自然な状態での最期を勧められた。1週間ほどで静かに息を引き取られたと聞く。

  昔は自宅で亡くなるのが普通であった。特に治療をする訳でもなく、布団の上に寝て静かに最期を迎えた。私は何度か立ち会ったが苦しむ様子は見なかった。

  会田教授は、「治療、救命が最上の価値と教育されてきた医師は、人工的な延命措置をやめることに心理的抵抗が極めて大きい。でも、命を縮めると捉えるのではなく、機械的な延命によって本人の尊厳を損なっている状態を止め、患者の価値観に照らし、本人らしい人生の終え方に貢献するのだと、意識を180度かえるべきです。点滴を望む家族の意識改革も必要です」と述べている。

  医療技術が進歩し、それに頼ってやれるだけのことはやり尽くすのが倫理的にもよいのだと、医師も家族も考えがちだが、そうではなく、死んでゆく本人が幸せになる方法を探ることが大切で、人工的な延命治療をしないというのも選択肢の一つだと指摘している。

  これに関連して、木澤義之神戸大学特命教授は、次のように述べている。

  「昔はいわゆる危篤の状態になれば。長生きはできませんでした。でも今は、医療技術の進歩によって、そこからも長く生きられる。選択肢が増えた分、どんなケアを受けて、どんな最期を迎えたいか、自分で考える時代になってきたと言えます。

 自分の考えや気持ちを、代理決定をするであろう家族などと十分話し合っておくことが大切です。」

 さらに緩和ケアの大切さを説いている。「緩和ケア医の重要な仕事は、患者に最期のときを充実して過ごしてもらうこと。その目的のために、患者が望む生活や受けたい治療を調整し、痛みやつらさを和らげる」だという。

 しかし、日本の緩和ケアはガンに偏りすぎていると指摘する。2015年に日本で亡くなった約129万人のうち、7割はガン以外だという。癌患者は人生の最終段階でも緩和ケア病棟や在宅で手厚いケアが受けられるが、癌以外の患者では難しい。この状況を改善するべきだと指摘している。

 癌以外の患者は緩和ケアが受けられないとは知らなかった。日本の医療は遅れているのだ。一日も早く改善してほしい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年6月 2日 (金)

前川前事務次官は立派である

 AERAによると元文部科学省官房審議官で、京都造形芸術大学教授の寺脇研さん(64)は、5月22日、「森友学園問題と同様、加計学園問題でも都合の悪い情報は、どんな手を使ってでももみ消そうとする官邸サイドの暴走が止まらない。小説か映画のようなことが実際に起きている」と語ったそうだ。
 

 読売新聞が社会面で「前川前次官 出会い系バー通い」と文科省在職中に新宿・歌舞伎町の出会い系バーに頻繁に出入りしていたこと報じた。出会い系バーは売春の温床にもなっており、「教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ」と読売新聞は書いた。
 

 前川氏がとんでもない人間だと思わせ、信用できない人物だという印象をあたえようとしたのだ。寺脇氏は「官邸寄りのメディアに情報をリークし、記事を書かせたのではないか」という。サンデーモーニングでも同様の指摘をしていた。

 前川氏自身は、この記事について、「すでに辞任し、一私人となった今、なぜあのような記事が出るのか不可解だ。記事を読み、『加計学園のことは話すな。話すとひどいことになる。こうして実際に起こったでしょ』と、私に対する威嚇と感じました」と言っている。その通りだろう。

 前川さんは現在、自宅から離れて生活していて。官邸の様子を知る文科省の後輩から「しばらく海外に出て、逃げたほうがいいのではないか」と忠告も受けたそうだ。身の危険を感じているのであろう。

 前川氏は現在、自宅から離れて生活している。17日に朝日新聞が「総理のご意向」と書かれた文書の存在を報じて以降、官邸の様子を知る文科省の後輩から「しばらく海外に出て、逃げたほうがいいのではないか」と忠告も受けた。身の危険すら感じているのであろう。
 

 出会い系バーに行き始めたきっかけは、出会い系バーのことをテレビのドキュメンタリー番組で知ったことだという。経済的に困窮した女性が朝まで居場所代わりに使ったり、そこで見つけた男性客に体を売ってお金を稼いだりしている実態が衝撃的だったという。
 

 それで実際に生の声を聞きたくて足を運び始め、多いときは週に1度のペースで店に通い、女性たちの身の上話に耳を傾けたそうだ。

 「この状態を何とかしなければという思いは、仕事の姿勢にも影響した。高校無償化や大学の給付型奨学金などに積極的に取り組んだ」というから水戸黄門のようなもので、褒めるべき行動である。
 

 AERAによると、前川さんは辞任後、二つの夜間中学校の先生、子どもの貧困・中退対策として土曜日に学習支援を行う団体の先生として、三つのボランティア活動をしているそうだ。前事務次官としてきっと年金は高額であろうが、普通天下りをして現職時代と同じかそれ以上の収入が得られるのに、ボランティアとは立派である。

 菅義偉官房長官が「怪文書みたいな文書」とする文書について、「私が現職時代に担当課の職員から受け取った文書と朝日新聞が報じた文書は同じもの。日付や名前が入っていないことなどから怪文書呼ばわりされたが、あれは部下が上司に説明するためのレク用の資料です。その場限りの資料。名前や日付が入ることはない。霞が関で働く人であれば、あれを怪文書と言う人はいない。」
 

 政治家と官僚は感覚が異なるのだろうか。平気で黒を白と言ったり、知らぬ存ぜぬと否定するのが常道となっているが。

 「加計学園の獣医学部新設に関する文書は、非常に歪められた行政の実態を示す文書だ」と指摘する。
 

 「獣医学部新設の設置認可は文科大臣に与えられた権限だが、新設を認めてこなかったのだから国民に新たなニーズを説明しなければならない。しかし、獣医学部新設が必要という新たな根拠を示すよう再三、内閣府に求めたが、それを示すこともなく、ただ2018年4月開学が大前提でスケジュールを作れという無理難題。内閣府の性急さ、強硬さは尋常ではなかった」
 

 総理のご意向を忖度して何が何でもと押し通したのだ。「いずれにせよ、そうした言葉があると、意識せざるを得ない。さらには、加計学園の理事長は安倍首相の親友。そこは想像しちゃいますよね。忖度というか、暗黙のプレッシャーはありました」と語っている。

 文書の存在や忖度の存在についてはっきりと話した前川氏は本当に立派である。それを否定するために、前川氏の人格攻撃をするというのは卑劣極まるやり方である。森友問題の籠池氏も同じやり方で問題の本質を隠されようとしている。同根である。

「前川事務次官 画像」の画像検索結果

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年4月14日 (金)

政治・社会風刺の漫才・コントがないのは表現の自由が弱い

 明治になって日本は欧米化したが、表現の自由は認められてなかった。だから集会には官憲がチェックに入り、政権に不都合な発言がないかチェックをした。日本帝国憲法ができてからはあなおひどくなり、昭和になり軍部が実権を握り、治安維持法ができると、表現の自由は全くなくなった。

  戦後できた現行憲法では表現の自由が認められている。しかし、日本では政治を風刺したり、社会を風刺するコントや漫才はほとんど育たなかった。

  私はテレビで漫才や落語やコントなどのお笑い番組をよくみるが、政治や社会を風刺したものを見たことがない。時事漫才で人気があるというコンビの存在を聞いたことはあるが、そうしたものはテレビには出演させてもらえないようだ。風刺といえばごくたまに一言か二言政治を皮肉るものを聞いたことはある程度である。

  フランスでは強烈に風刺するコントがあって、一度テレビでサワリを見たことがある。日本のお笑いは日常のどうでもよいことをもとにして無理に笑わせようとしているから本当に面白いものは育たない。

  本当は時事ネタをもとにして風刺をすれば面白いものがいくらでもできるとおもうのだ。安倍政権になって安保法制、特別秘密保護法、憲法9条解釈変更の閣議決定、武器輸出3原則変更、森友問題、稲田防衛相の発言、法務相の発言、文部科学省の天下り、復興相の被害者切り捨て発言・・・・面白いネタがごろごろしている。それなのに誰一人としてそうしたものをネタとして取り上げない。

  政治や社会を風刺するコントや漫才・漫談などが出てこないというのは、そうしたものを題材に取り上げると政権側からにらまれるし、テレビに出してもらえないと「忖度」するからだと思う。

  それと政治・社会ネタが上演できないというのは文化の程度が低いというのも理由の一つにあげられよう。また市民の意識教養のレベルが低いことも反映していると思うのだ。

  爆笑問題などは思い切って政治・社会風刺のネタで漫才を刺激してもらえないものだろうか。ヒロシも自虐ネタでなく風刺ネタに切り替えたら人気が復活すると思うのだが。

 大事なことは、風刺ができる真の表現の自由を獲得することである。「共謀罪」法によって今表現の自由がさらに狭められようとしているのだ。

 江戸時代でも面白くて歴史に残る風刺があったのだ。

 ・役人の子はにぎにぎをよく覚え(賄賂を風刺)

 ・上喜煎たった4杯で夜も寝られず(黒船来航を風刺)

 戦時中にさえこんな替え歌があった。高峰三枝子の「湖畔の宿」をもじって。

 ◎和歌山県南紀では、

 昨日生れた豚の子は  ハチに刺されて名誉の戦死 

 豚の遺骨はいつ帰る  4月八日の朝ぼらけ

 豚の母さん悲しかろ

 ◎岐阜県に住んでいた私の友人は、

 きのう召された蛸八が 弾に当たって名誉の戦死

 蛸の遺骨はいつ帰る 骨がないので帰らない

 蛸の親たちゃかわいそう

 次の動画は面白い。少し速すぎるが。ぜひ見ていただきたい。

https://youtu.be/0eC4wpeI4_Q

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 9日 (木)

いいね、名古屋のフードドライブ

 家庭で余った食べ物を必要な人に届けようという「フードドライブ」が名古屋でも始まったと7日の朝日新聞に出ていた。7日から始まり、12日まで試験的に実施するというものだ。

 記事にするのなら(記事にすべきトッピクだが)始まってからでなく、始まる前にしてほしかった。

 食品の寄付を受け付けるのは、エコパルなごや(052-972-2390 中区栄1丁目 地下鉄伏見駅から南へ、御園座の前を通っていくと消防署があり、そのビルの8階)。ついでにいうと、エコパルなごやがどこにあるかは説明していないので不親切な記事だ。。

 集まった食品はNPO法人「セカンドハーベスト名古屋」を通じて、福祉施設や生活に困っている人たちに届けられるそうだ。

 名古屋市の企画で始まった「フードドライブ」は、5月中旬から定期的に開催する予定という。受付時間は、午前9時半~午後5時まで。

 寄付できるのは、

 ○包装や外装がはそんしていない

 ○未開封

 ○賞味期限が1か月以上先

 ○包装や外装を他のものに移し替えていない(米は除く)

 ●受付ない物は、生鮮食品、冷蔵冷凍食品、瓶詰の食品

 特に足りない食品は、米、缶詰、インスタント・レトルト食品、乾物(パスタ、うどん、そばなど)、菓子、調味料(油、醤油、味噌、砂糖など)シリアル、飲料、フリーズドライ食品、嗜好品(コーヒー、お茶など)赤ちゃん用食品(粉ミルク、離乳食など)

 2015年度に市内の家庭からでた食品ロスは推定7万7200トンだそうだ。家庭以外にレストランやコンビニや食品店などから出るフードロスは膨大なものがあろう。

 アメリカやフランスなどでそうした食糧を集めて必要な貧しい人に届けるという活動をテレビなどで見たことがある。今回の取り組みは愛知県下では初めてだというが、子どもの貧困、女性の貧困などが叫ばれ、子ども食堂などの活動が見られるなか、とてもいいことだと思う。

 一般の市民は余ったものがあっても、それをどこに届ければよいか分からないから捨ててしまうのだ。はっきりとした集積場所が分かればその気になってきをつけるであろう。運ぶのは敬老パスがある高齢者に頼めばよい。運賃は要らず、ボランティアとして活動してもらえるだろう。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧