話題

2017年4月14日 (金)

政治・社会風刺の漫才・コントがないのは表現の自由が弱い

 明治になって日本は欧米化したが、表現の自由は認められてなかった。だから集会には官憲がチェックに入り、政権に不都合な発言がないかチェックをした。日本帝国憲法ができてからはあなおひどくなり、昭和になり軍部が実権を握り、治安維持法ができると、表現の自由は全くなくなった。

  戦後できた現行憲法では表現の自由が認められている。しかし、日本では政治を風刺したり、社会を風刺するコントや漫才はほとんど育たなかった。

  私はテレビで漫才や落語やコントなどのお笑い番組をよくみるが、政治や社会を風刺したものを見たことがない。時事漫才で人気があるというコンビの存在を聞いたことはあるが、そうしたものはテレビには出演させてもらえないようだ。風刺といえばごくたまに一言か二言政治を皮肉るものを聞いたことはある程度である。

  フランスでは強烈に風刺するコントがあって、一度テレビでサワリを見たことがある。日本のお笑いは日常のどうでもよいことをもとにして無理に笑わせようとしているから本当に面白いものは育たない。

  本当は時事ネタをもとにして風刺をすれば面白いものがいくらでもできるとおもうのだ。安倍政権になって安保法制、特別秘密保護法、憲法9条解釈変更の閣議決定、武器輸出3原則変更、森友問題、稲田防衛相の発言、法務相の発言、文部科学省の天下り、復興相の被害者切り捨て発言・・・・面白いネタがごろごろしている。それなのに誰一人としてそうしたものをネタとして取り上げない。

  政治や社会を風刺するコントや漫才・漫談などが出てこないというのは、そうしたものを題材に取り上げると政権側からにらまれるし、テレビに出してもらえないと「忖度」するからだと思う。

  それと政治・社会ネタが上演できないというのは文化の程度が低いというのも理由の一つにあげられよう。また市民の意識教養のレベルが低いことも反映していると思うのだ。

  爆笑問題などは思い切って政治・社会風刺のネタで漫才を刺激してもらえないものだろうか。ヒロシも自虐ネタでなく風刺ネタに切り替えたら人気が復活すると思うのだが。

 大事なことは、風刺ができる真の表現の自由を獲得することである。「共謀罪」法によって今表現の自由がさらに狭められようとしているのだ。

 江戸時代でも面白くて歴史に残る風刺があったのだ。

 ・役人の子はにぎにぎをよく覚え(賄賂を風刺)

 ・上喜煎たった4杯で夜も寝られず(黒船来航を風刺)

 戦時中にさえこんな替え歌があった。高峰三枝子の「湖畔の宿」をもじって。

 ◎和歌山県南紀では、

 昨日生れた豚の子は  ハチに刺されて名誉の戦死 

 豚の遺骨はいつ帰る  4月八日の朝ぼらけ

 豚の母さん悲しかろ

 ◎岐阜県に住んでいた私の友人は、

 きのう召された蛸八が 弾に当たって名誉の戦死

 蛸の遺骨はいつ帰る 骨がないので帰らない

 蛸の親たちゃかわいそう

 次の動画は面白い。少し速すぎるが。ぜひ見ていただきたい。

https://youtu.be/0eC4wpeI4_Q

 

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2017年3月 9日 (木)

いいね、名古屋のフードドライブ

 家庭で余った食べ物を必要な人に届けようという「フードドライブ」が名古屋でも始まったと7日の朝日新聞に出ていた。7日から始まり、12日まで試験的に実施するというものだ。

 記事にするのなら(記事にすべきトッピクだが)始まってからでなく、始まる前にしてほしかった。

 食品の寄付を受け付けるのは、エコパルなごや(052-972-2390 中区栄1丁目 地下鉄伏見駅から南へ、御園座の前を通っていくと消防署があり、そのビルの8階)。ついでにいうと、エコパルなごやがどこにあるかは説明していないので不親切な記事だ。。

 集まった食品はNPO法人「セカンドハーベスト名古屋」を通じて、福祉施設や生活に困っている人たちに届けられるそうだ。

 名古屋市の企画で始まった「フードドライブ」は、5月中旬から定期的に開催する予定という。受付時間は、午前9時半~午後5時まで。

 寄付できるのは、

 ○包装や外装がはそんしていない

 ○未開封

 ○賞味期限が1か月以上先

 ○包装や外装を他のものに移し替えていない(米は除く)

 ●受付ない物は、生鮮食品、冷蔵冷凍食品、瓶詰の食品

 特に足りない食品は、米、缶詰、インスタント・レトルト食品、乾物(パスタ、うどん、そばなど)、菓子、調味料(油、醤油、味噌、砂糖など)シリアル、飲料、フリーズドライ食品、嗜好品(コーヒー、お茶など)赤ちゃん用食品(粉ミルク、離乳食など)

 2015年度に市内の家庭からでた食品ロスは推定7万7200トンだそうだ。家庭以外にレストランやコンビニや食品店などから出るフードロスは膨大なものがあろう。

 アメリカやフランスなどでそうした食糧を集めて必要な貧しい人に届けるという活動をテレビなどで見たことがある。今回の取り組みは愛知県下では初めてだというが、子どもの貧困、女性の貧困などが叫ばれ、子ども食堂などの活動が見られるなか、とてもいいことだと思う。

 一般の市民は余ったものがあっても、それをどこに届ければよいか分からないから捨ててしまうのだ。はっきりとした集積場所が分かればその気になってきをつけるであろう。運ぶのは敬老パスがある高齢者に頼めばよい。運賃は要らず、ボランティアとして活動してもらえるだろう。

 

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2017年2月23日 (木)

「スマホ育児」問題の根っこ

 携帯電話が普及し始めてどのくらいになるのであろうか。私が携帯電話を持つようになったのは遅かった。スマホに切り替えたのが3年前である。今ではガラ携と呼ばれる携帯電話も機種が少なくなり、いろいろなタイプのスマホの時代になった。

  パソコンが出始めた頃は3年で大きく変わると言われていたが、スマホはもっと速いように思う。どんどん新機能が増え新製品が出ている。

  今や小学生から高校生までスマホを持っている人が増えていてさまざまな問題も引き起こしている。そんななか、先日の朝日新聞やYahooニュースには「スマホに育児をさせないで」という警告記事が出ていた。

  忙しい母親が赤ちゃんや幼児にスマホを持たせてそれでおとなしく遊ばせるというのだ。買い替えたとき、古いスマホを与えることもあるようだ。

  <子どもたちは、スマホとどう接しているのか。2015年に公表された総務省情報通信政策研究所の調査によれば、0歳から6歳までの未就学児のスマホ利用では、YouTube などの「動画閲覧」や「写真閲覧」が多くを占めていた。知育アプリの利用率も高く、未就学児の約4割が使用。小学校1〜3年になると「ゲーム」が最多というデータが出ていたという。>

 スマホは動画が見られるし、テレビもある。ゲームはいっぱいあるし、音楽を聴いたり、ピアノを弾いたりすることもできる。幼児がメールやニュースを使うことはないが、遊ぶにはいい玩具かもしれない。

 それにスマホは操作性もよくなっている。<スマホは小さな手でも持てるサイズで、キーボードを使うパソコンや携帯電話と違い、子どもでも直感的に操作できる。加えて、文字が読めなくても、今は音声認識機能が向上しているので、タイトルをつぶやくだけで、動画が検索できてしまう。>

  30年以上も昔、「テレビ育児」ということが言われた。今のスマホ母親はテレビ育児で育った世代かもしれない。時代が変わって「スマホ育児」だというわけだ。

 「スマホ育児」については、すでに2013年、公益社団法人日本小児科医会は「スマホに子守りをさせないで!」と提言を示したポスターを全国の病院に5万枚配布したという。このポスターは「画面を使ってあやすと育ちをゆがめる可能性がある」「親子の会話や体験を共有する時間が奪われる」など、スマホを使った育児に警鐘を鳴らすものだったそうだ。

 今年は2017年だからもう3年も経過している。今では「スマ放置」(子どもにスマホを渡して遊ばせておくこと)という言葉も登場し、議論を呼んでいるという。我が子を文字通り「放置」する状況に陥らないためには、親はどうすればいいのか。子どもを持つ親は真剣に考えるべきであろう。

 しかし、この「スマ放置」問題は、社会問題だけではなく、「政治の問題」である。安倍政権になって、大企業と富裕層優遇政策をとるようになり、社会の格差がさらに進み、貧困層が拡大している。

 「子どもの貧困」が叫ばれ、生活のために子どもを放置せざるをえない親が増えているとNHKスペシャルでは言っていた。現在は個人の責任だとされているが、本来は「政治の貧困」から来たものだと捉えるべきである。

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2017年2月22日 (水)

タダ同然の国有地払下げと安倍晋三記念小学校

 先だって取り上げた安倍首相夫人が名誉校長としてこの4月に開校する森友学園は、「安倍晋三記念小学校」という校名が考えられていて、寄付金もその名前で集められたという。

  「森友学園の理事長である籠池泰典氏が昨日発売の「週刊文春」(文藝春秋)の取材に応じ、「安倍晋三記念小学校」という校名にすることを安倍首相本人に内諾を得ていた、と答えた」。というのだ。あの「文春」の取材だから本当だろう。

 これについて17日の国会で追及され、安倍首相は知らないと白を切った。ウルトラ右翼の教育をする小学校に、フルネームで名前を付けようというのだから、思想的には完全にこの学校の教育方針と一致していることが分かる。

  それも問題ではあるが、森友学園の敷地を、国有地から約1/10の価格で払い下げてもらったと言う方がさらにひどい問題である。約14億円のものを1億3000万円で買ったと言われている。

  <売却されたのは、豊中市野田町の約8770平方メートルの国有地。近畿財務局が2013年6~9月に売却先を公募し、昨年6月に大阪市内で幼稚園を営む学校法人「森友学園」に売った。契約方法は、公益目的で購入を希望する自治体や学校法人、社会福祉法人などを優先する「公共随意契約」がとられた。

  この契約について、地元の豊中市議が昨年9月に情報公開請求したところ、財務局は売却額などを非公表とした。朝日新聞も同年12月に公開請求したが、今年1月に同じく非公表とされた。国有地の売却結果は透明性と公正性を図る観点から、1999年の旧大蔵省理財局長通達で原則として公表するとされている。だが、財務局は取材に「学園側から非公表を強く申し入れられた。公表によって学校運営に悪影響が出るおそれがある」と説明した。>(LITERA記事から)

  さらに、森友学園は昨年4月6日に国(大阪航空局)から、ゴミ撤去費用として1億3千万円を受領していることが明らかになった。つまり14億の土地をタダ同然で手に入れたと言うことになる。

 どうして一介の学園がタダ同然の値段で手に入れることができたのであろうか。安倍首相は「売却に私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と大見得を切ったそうだが、そんなことに誤魔化されず徹底的に追及してもらいたい。

 ※次のサイトに詳しい

 http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-1582.html

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2017年2月 9日 (木)

トランプ大統領と米国メディア

 トランプ大統領は自分のことを批判するメディアは徹底的に毛嫌いし、よいしょしてくれるメディアは大歓迎する。

  モスクワの高級ホテルでの複数女性との破廉恥な行動を報じたCNNについては、「CNNなんぞ見ないよ。フェイク・ニュースを見ているのは嫌だからね」と言い、また「ニューヨーク・タイムズとワシントンポストでの私の報道は、間違いと怒りがいっぱいで、実はニューヨーク・タイムズは……減少する一方の購読者と読者に謝罪した。彼らは最初から私のことを誤解しており、ずっとそのままだ。きっと変わることはないだろう。不正直だ」などと言いたい放題にこきおろす。

  その一方で、「フォックス・ニュースは非常にいい。フォックスなら何をやっていても感謝を述べたい」とツイートする。フォックス・ニュースは保守共和党寄りで、ほとんどがトランプに親切なニュースを報じることで知られている。

  自分を誉め称えないメディアはすべて、「不正直」や「フェイク・ニュース」だと指弾し徹底している。

  ホワイトハウス主席戦略官のスティーブン・バノン氏は1月末、ニューヨーク・タイムズに電話をかけ、「メディアは野党と同じだ。この国を理解していない。なぜトランプが大統領に選ばれたのかも、まだわかっていない」と述べ、「メディアは黙っていろ」と告げた。

  バノン氏と言えば、選挙でトランプ陣営を勝利に導きその功績で抜擢された。そして今やトランプ政権の実力者とみなされている。以前は、極右メディアの『ブライトバート・ニュース』の会長を務め、自身も女性蔑視や人種差別発言をすることで知られている。

  今度のイスラム7か国の人の入国禁止の大統領令も彼が書いたと言われる。

  このように一国の大統領、しかも世界の指導的大国のトップが、あからさまにメディアを嘘つき呼ばわりしたり、政権の主要人物が電話をして嚇すということなどあっていいものだろうか。

  さらにホワイトハウス報道官ショーン・スパイサー氏は、記者の質問にまともに答えずトランプ大統領を持ち上げるばかりで、この点はトランプ氏と全く同じである。

  また、メディアによく出る大統領顧問のケリーアン・コンウェイ氏は、テレビでは一方的に話すばかりだという。

  メディアがトランプ政権を非難すればするほど、ホワイトハウスはメディアへの不信感を煽り、支持者から歓声が上がる。アメリカの報道メディアは、その悪循環にすっぽりと陥っているところだとDiamond on lineの記事は指摘する。その通りだと思う。

  これがエスカレートしていくと、強権独裁政治に進むであろう。恐ろしい話である。

  メディアは「嘘」や「虚偽」という言葉を使い始めているそうだ。。「トランプ大統領、メディアを批判しつつ2件の虚偽を働く」(ニューヨーク・タイムズ)といったように。また、テレビ局の中には、ホワイトハウスの記者会見をリアルタイムで中継するのをやめたところもあるという。録画に調査したことを加えて正確な報道をするためだという。

  面白いのは、ワシントンポストがワシントンポストのように、ファクトチェックがトランプのツイート上で見られるようなブラウザー用の拡張機能を独自に開発したということだ。「RealDonaldContext」という拡張機能をインストールすると、トランプ大統領のツイートの同じ画面上で、同紙が不正確な記述をファクトチェックした結果が表示されるようだ。(以上はDiamond on line記事を参考にした)

  「RealDonaldContext」のダウンロードサイト(https://chrome.google.com/webstore/detail/realdonaldcontext

 

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2017年2月 1日 (水)

ツイッター大統領

 トランプ米大統領は、選挙中からツイッターを駆使し、大統領になってからもツイートをやめない。それどころか外交の手段としても使っている。

  28日の朝日新聞朝刊は、「トランプ政権の政治手法が浮き彫りになってきた。相変わらずツイッターで個人や企業の狙い撃ちを続け、ついにメキシコ大統領を狙う『外交手段』に発展させた。」と書いている。

  29日午前9時前に「メキシコが壁の費用を払いたくなければ、今度の会談を取りやめた方がいい」と、31日に予定されていた首脳会談を取引(ディール)の材料にした。それに対してメキシコのペニャニエト大統領は反発して、「米ホワイトハウスに今朝、会談には行かないと伝えた」とツイーとした。

  トランプ大統領は、朝4時ごろに起きてツイートすると言われる。20日の就任後、1週間で約40回ツイート。自身への抗議活動や批判的なメディアを攻撃し続けている。

  彼のフォロワーは世界で2200万人に及び、影響力は計り知れないという。朝日新聞はトランプ大統領のツイートを「指先介入」だと書く。

  大統領が「指先介入」で外交や政策を動かすというのは異常事態である。世界が彼のツイートに注目し動かされるのだ。

  私はツイッターをやったことがないから知らないが、日本語の場合は140字以内だと聞く。ショートメールにほぼ近い字数である。

  たったそれだけの字数の中でメッセージを書くとなると、ほんのポイントだけということになる。自分の印象を一言で述べるには大変都合がよい。しかし、論拠をあげた論理的な発信はできない。だから言い放しである。感情の赴くままに言い放つだけなのだ。彼のツイートを見れば一目瞭然である。

  彼は大統領就任後の演説で「私はメディアと戦争をしている。彼らは地球上で最も不正直だ」と非難した。これは選挙中にメディアがトランプ叩きをしたことを根に持っているのであろう。

  トランプ氏は気に入らない情報に対し、「虚言」「誇張」を駆使してやり返す。彼は昔からやられたら徹底的にやり返すと言われてきた。

  大統領就任式に集まった人数をメディアが、オバマ氏のときの1/3と報道したことを「ウソだ」と怒り、「これまで最高の人数だ」とした。そして「オールターナティヴ・ファクト(もう一つの事実)」とコンウエイ大統領顧問が強弁した。

  ツイートで根拠を上げず言いたいことを言い、感情に任せて発信し、言いたい放題である。彼がメディアを嫌うもう一つの理由は、メディアに接すると言い放しが出来ないからである。何らかの説明をしなければならず、根拠を提示する必要があるからだ。

  それにしても、ツイッターによって政治や外交を進めようという恐ろしい大統領が現れたものだ。私にはヒトラーの再来をすら予感させる。

  世界第一の大国の大統領として、思慮深い、他の人の言葉に耳を傾け、真摯に向き合える振舞をして欲しい。かなわぬことであろうが。

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2017年1月28日 (土)

メキシコ国境の壁建築費用をメキシコに払わせられるのか?

 トランプ大統領は、選挙中から「不法移民の流入を防ぐためにメキシコとの国境に壁を築き、建設費用をメキシコに払わせる」と言っていた。大統領になると25日にメキシコ国境への壁建設など不法移民対策強化の大統領令に署名をした。これによって彼が言っていたことが現実のものとなった。

  メキシコと米国の間の国境線は3000km以上あるとテレビニュースで言っていた。現在は有刺鉄線などで守られているようだが、簡単に国境を越えられるのであろう。

  どのくらいの高さの壁を造るのか、材料は何を使うのか分からないが、3000kmにわたって壁を建設するのは大変なことだ。

  世界的に有名な壁は、万里の長城がある。古代中国が夷敵を防ぐために造ったもので、壮大な壁である。まさかあのような長城を造るのではあるまい。

  現代ではベルリンの壁が有名である。東西のドイツを分断していた壁が崩壊したのはまだ記憶に新しい。ドイツのメルケル首相は東ドイツ出身だというのも歴史のなせる運命であろう。

  これらの壁を造った方は自分勝手に造ったのであって、相手側にその費用を払わせた訳ではない。

  身近なところで、隣家との仲が険悪になって壁を築いたとしよう。それは築く方の負担である。隣家に費用を出させることはできない。

  トランプ大統領は、メキシコに壁建設の費用を出させるというのだが、どんな秘策があるのであろう?

  メキシコのペニャニエト大統領は当然ながら「メキシコはどんな壁にも建設費は支払わない」と真っ向から費用負担を否定したが、当然のことである。国境に壁を造るのは造る方の勝手だが、その費用を相手側に払わせることは合意がなければできない。

  この費用負担についてどうやるのかは、どのメディアも触れていない。私の推測では、メキシコに陰に陽に圧力をかけて金を出させようというのだろう。メキシコにはそんな圧力に屈しないでもらいたい。

 トランプ大統領のやり方は相手にありもしない思いつきの難題をツイートして、相手を困惑させて自分に有利に導こうというやり方だ。トヨタにしても何も悪いことはないどころか貿易摩擦以来米国に工場を建設し、雇用を生み出すのにも貢献して来たのだ。それなのに難癖をつけてトヨタから金を引き出させた。

 メキシコよ、難癖に屈するなと言いたい。

ここまで書いたところで、Yahooニュースに米国のショーン・スパイサー大統領報道官が26日、壁建設の資金源として、メキシコからの輸入品に20%の関税を掛ける計画だと語ったと出ていた。

 それによって、「年間100億ドル(約1兆1400億円)を調達でき、壁の費用はその師くっみだけで捻出できる」と説明した。FTAをやめて、高い関税を掛けるということなのだと分かった。

 

 

 

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2017年1月23日 (月)

福沢諭吉は軍国主義者だったとは!

 1月27日号の週刊朝日の記事がYahooニュースに出ていた。「福沢諭吉は民主主義者でなく軍国主義者だった」というタイトルである。

  それを読んで私は仰天した。なぜならあのお札にまでなった福沢諭吉をさ「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」という「学問のすすめ」の冒頭の句で民主主義者だと思いこんでこの年まで来たのだから。

  この記事によると、「天は人の上に・・・・」という句は、「・・・言えり」と、伝聞形で書かれているので、アメリカの独立宣言意訳して引用したのであって、福沢自身の言葉ではないと指摘している。

  記事は「美味しんぼ」の作者雁屋哲氏が書いた「マンガまさかの福沢諭吉」へのインタビューである。

  雁屋氏が福沢に関心を持ったきっかけは「中学高校で教わった通り、福澤諭吉は民主主義の先駆者だと思い込んでいました。ところが30年ほど前にあるきっかけから福澤の『帝室論』『尊王論』を読むと、日本国民は『帝室の臣子(家来)なり』と書かれていて驚いた。世間の福澤諭吉像を覆すような文章がどんどん出てくる。それが興味を持った始まりです。」と述べている。

  日本国民は「帝室の臣子なり」とは、まさに教育勅語で「汝臣民」と天皇が言ったそれである。私などは戦時中嫌という程聞かされた言葉であった。

  雁屋氏は、「『学問のすすめ』だけを読んでも『分限(身の程)を知れ』『(自分の)身分に従え』など、およそ自由平等とは程遠い言葉が次々に出てくる。教育のない者を『無知文盲の愚民』と呼び、そうした人々を支配するには力ずくで脅すしかないと言いきっています。独裁者でもここまで露骨なことは言えません。」と述べている。

  福沢の智のない者は愚民だと蔑み露骨に差別する意識に驚くほかない。この考えは安倍政権の教育政策にも反映されている。一部のエリートとその他多数の凡才に分けて、エリート支配の社会にし、凡才は安手の労働力として使おうというやり方である。小泉政権後非正規社員が増加の一途をたどっているのもその現れである。

  つづいて次のように述べている。「 教育といっても、福澤は政府が政治をしやすいような人間になるために学問を推奨し、その結果、国民に報国心を抱かせようとしていた。そうなると『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』は単なるキャッチコピーに過ぎません。最初にこの言葉に興味を持った人を、民主主義とは反対の方向へ導こうとする。これでは思想的な詐欺と変わりありません。」

  思想的詐欺とは言い得て妙である。その通りだ。治めやすい臣民をつくろうとしたのだ。

  「福沢は明治15年につくった時事新報で、『自分が一番やりたいことは国権皇張だ』と言っています。これは日本の権力を他の国に及ぼすという意味。つまりアジア侵略です。侵略される側からしたらたまったものではありません。日本最大の新聞を発行し、慶応の塾長も務めた人間がこんなことを堂々と述べていたのです。もともと福澤の大本願は日本を『兵力が強く』『経済の盛んな国にする』こと。そのために天皇を国民の求心力の象徴として利用しました。」と述べている。

  「富国強兵」は明治政府の基本政策であり、安倍政権が憲法を変えて目指すのも明治への回帰である。

  さらに次のように指摘する、「日本が朝鮮支配を進めるために福澤が果たした役割は小さくなかった。詳しくはマンガを読んでほしいのですが、朝鮮宮廷内で起きたクーデターを計画したうえで実行にも加担し、明治政府が仕掛けた日清戦争では言論であおりまくった。戦争に勝つと国権皇張ができたと嬉し泣きしています。

  そのうえ軍は天皇直属であり、日清戦争は外交の序開きだと言うなど、侵略している意識すらなかったのです。戦争になったら国のために死ぬことが大義だと言い、教育勅語を歓迎した人物が民主主義者のわけがありません。

  福澤は天皇制絶対主義や皇国思想を日本人に浸透させ、朝鮮人、中国人への激しい侮蔑心をあおった。そのレールの上を走り、日本は第2次世界大戦に負けました。アジア蔑視は、現代の日本人にまで尾を引いています。」

  朝鮮・中国を侵略する日本を思想的にバックアップしたというのだ。福沢諭吉の本当の姿を知る意味についてこう語っている。

 「日本がなぜこうなってしまったのか。まずそれを考えるには、その大本の思想をつくりだし、日本人を洗脳した福澤を正しく理解することが必要です。そのうえで真の日本のあるべき姿を議論できると考えています。」

 これまで民主主義者として教えられてきた福沢諭吉が、敗戦に至るまでの富国強兵路線、天皇崇拝の理論的支柱であったとは驚き以外の何ものでもない。これまで福沢をそういう目で見た人がいなかったのも不思議である。

 雁屋氏は、日本会議や安倍総理がいうところの「美しい日本の伝統」について、「日本会議の言う日本の伝統とは討幕後の明治時代に意図的につくられたもの。大日本帝国時代のわずか80年の歴史だけをもって、日本の伝統ということ自体がおかしいのです。」と指摘している。これも大事な指摘である。

  

「福沢諭吉 画像」の画像検索結果

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2016年12月19日 (月)

高齢者ドライバー事故

 高齢者ドライバーの事故について新聞やテレビでよく見掛けるようになった。私も高齢なので、妻や娘から運転をやめるようによく言われる。でも、運転免許の更新ができたし、認知症はなさそうなので、週に1度程度近場を運転をしている。余り車を動かさないものだから、先日もバッテリーが上がってしまった。

  12月16日の朝日新聞に興味深い記事が載っていた。「高齢ドライバー 統計とイメージに差」という見出しであった。

  新聞やテレビによると、高齢者ドライバーの事故が多いように感じるが、それは「アジェンダ設定機能」というものでそうなるのだというのだ。初めて聞いた言葉である。

  メディアには議題(アジェンダ)設定機能というものがあり、「今どんなことが問題か」を指し示す役割があるというのだ。それで、いったん、社会的なアジェンダになると、普段なら優先順位が低いケースでも、積極的に報じられるようになるというのである。

  最近、高齢者事故のニュースが多く取上げられるきっかけになったのは、10月末に横浜で起きた事故であろうという。この事故は、登校途中の小学生たちを87歳の男性が運転する車がはね、少学校1年の男の子が死亡、児童を含む6人が重軽傷を負った。この悲惨な事故の衝撃が非常に大きかったので、「高齢者ドライバー」というアジェンダが設定され、それに適合する報道が増えたと推測すると言っている。

  では、自動車事故による死亡者数はどうなっているかというと、過去20年間にわたって、減り続けているという。これは知らなかった。過去最多の1970年には、16000人を超す犠牲者が出たが、昨年は4117人だったという。これには驚いた。

  同じ日のNHKの朝のニュースでは、事故が減ったのは、自動ブレーキシステムが普及し始めたことが大きいと報じていた。

  ところで65歳以上の高齢者を見れば、減り方は鈍く、昨年の交通事故死亡者の54.6%と過去最高を記録したという。しかも半数は歩行中に起きた事故だという。私も気を付けてはいるが、いつ不注意で事故を招くかもしれないと自戒している。

  最近の報道では、「加害者としての高齢者」が強調される傾向が強いので、高齢ドライバーによる事故が増えていると思う人が多いかもしれない。調べてみると、年齢層別で比較すると、最も死亡事故率が高いのは、16歳から24歳の若者だそうだ。

  2015年  全世代平均      4.4件/10万人

        若者          7.6件

        高齢者(65歳以上) 5.8件

 年齢階層で見ると

        80歳~84歳     11.5件

        85歳以上       18.2件

        16歳~19歳     14.4件

 事故の実数では、40歳~44歳の世代が一番多く死亡事故を起こしているそうだ。85歳以上

 の3倍を超しているという。

 高齢者の事故が目立っているのは、高齢者の人数が増えていることも関係しているのではと言っている。確かに平均年齢も健康年齢も高くなっているから、事故を起こしたり、事故に遭ったりする人も多くなるであろう。運転免許返納も含めて考えなければならないと思う。

  以上は神里達博朝日新聞客員論説委員の論考に感想を加えたものである。

 

 

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2016年12月 8日 (木)

汽車があった時代、人の荷物を持ってあげるということは普通

 朝日新聞に、原節子さんのエッセイが見つかったという記事が載っていた。原節子さんが26歳のときに、久留米市の「想苑」(1946年)という雑誌に掲載されたものだという。

  エッセイは省線電車(旧国鉄)でのエピソードを紹介したものである。その一つは、赤ん坊の激しい泣き声に、「やかましいゾッ!」などの怒声が上がったが、突然「母親の身にもなってみよ。心で泣いてるぞ!」との声で静まり返り、その声は「烈々たる気迫に充ちていた」という。

  二つ目は、座席の若い女性が、乳児を抱いて立つ母親にだっこさせてください」と手をさしのべたが、ある紳士が「抱いてあげる親切があったら、席を譲り給え」と怒鳴る光景に、原さんは「紳士は『善』を知っているといえよう。けれども『善』を行えないたぐいであろう」と皮肉っているという。

  これを読んだとき、私が高校生の頃でも、大学に入ってからでも、電車や汽車など乗り物で座っている人が、自分の前に荷物を持っている人が立っていたら「荷物をお持ちしましょう」と言って膝の上にのせる光景をよく見たことを思い出した。

  人に席を譲ったり、荷物を持ってあげたり、席を詰めて座れるようにしたり・・・ということは、当たり前のことであった。汽車では座席が向かい合いであったから、遠くに行くとき、前の人と話をしたり、食べ物を貰ったり、上げたりしたことが普通に見られた。私は大人になったら何かを上げたいと思い、それを楽しみにしていたものであった。

  また、見知らぬ人の振舞に注意をする大人もよく見かけたものであった。今では注意をしようものなら何をされるか分からないという恐怖感があって、見て見ぬふりをしている自分である。

  このブログで以前に「道を尋ねること」について書いたが、それに対し、「人の気持ちも考えずに道を聞くな!」というコメントを何度も繰り返されたことがあった。以来、道を尋ねることについてトラウマになってしまった。

  日本人が育んできたよい習慣はどこにいってしまったのであろうか。汽車がなくなったことと時期的におなじくしているような気がしないでもない。汽車はスピードが遅く、揺れや音が大きく、煤をまき散らすから快適ではなかったが、乗客をのんびりさせるものであったように思う。だから客席が社交の場にもなったのだろう。

 電車になって、スピードが速くなり、人を目的地に早く着きたいという気持ちにさせる。新幹線ものぞみになってさらに所要時間が短縮された。今や目的地に速く運ぶ手段となってしまった。かつての汽車の時代の様に人々をつなげ、思いやりあう側面がなくなってしまった。

 物事には必ず表裏があるから、よいように思われることでも、別の見方をすればよくない面が見えるものだ。席を詰めて上げる、譲ってあげる、物を持ってあげる・・・などのあった時代が懐かしい。

 

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