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生き方

2023年12月16日 (土)

老後にお勧め 金のかからない趣味をという記事

 スマートニュースに「お金をかけずに楽しめる『老後の趣味』10選」という記事があった。
  

  ①ウォーキング
  ②ストレッチ・ヨガ
  ③図書館
  ④語学学習
  ⑤落語
  ⑥写経
  ⑦ジグソーパズル
  ⑧手芸・編み物
  ⑨囲碁・将棋・麻雀
  ⑩保護猫ボランティア
 

 退職後は何か趣味とか活動に参加することは大事だと思う。その中で金をかけずに時間だけかけてできることはいいことだ。
 

 私はウオーキングは40年間続けている。ウオーキングは有酸素運動だし、早朝に歩いているので春から秋は睡眠に良いと言われる太陽の明るさを浴びることができる。冬でも日の出頃は太陽の光を浴びられる。
 

 以前はウオーキングから帰るとストレッチをしていたが、今はやめてしまった。
 

 図書館は瑞穂図書館が遠くへ移転したので利用していない。
 

 語学学習はテレビで続けている。
 

 落語は昔から好きなので録画して聞いている。

 写経はしていない。以前は習字をしていたが一度止めたら続かなくなった。

 ジクソ―パズルはやらない。

 手芸・編み物はやったことがない。

 囲碁・将棋・麻雀は若い頃はやったが老後はやっていない。

 保護猫ボランティアというのは聞いたことがあるがやらない。

 ここに上げれれていない趣味で、マジックをやっている。また、趣味かどうか分からないが脳を使うためブログと書いている。その他に外国人に日本語を教えるボランティアをしている。

 

2023年11月 7日 (火)

「貢献寿命」が大事だという

 多くの人が長生きをするようになって、「平均寿命」より「健康寿命」が大事だと言われている。

 しかし、幸せな晩年を送るためにはなにが必要なのか―洋の東西を問わず、人間社会が長きにわたって向き合ってきた難問だという。

 おカネ、健康はもちろん大切である。老いについて研究する老年学の世界で、本当に幸せな晩年を迎えるためには、「貢献寿命」が大切であることがわかってきたというのだ。

 ニッセイ基礎研究所・上席研究員の前田展弘氏によると、人生100年時代になって、生きていることの幸せを感じながら歳を重ねていくためには、身体的・金銭的な健康だけでは不十分で、社会と接点を持ち、誰かの役に立っていると感じられる『貢献感』が大切なことがわかってきたという。

 この貢献感を得られる期間を『貢献寿命』と定義し、この寿命を延ばすことが幸せな晩年を送るために必要と考えられるようになってきたというのだ。

 近年の研究によって、定年後も社会とつながりを持つことが心身の健康状態を改善し、死亡率の低減につながることが次々と明らかになっているという。誰かのために行動する人は、そうでない人と比べて幸福度が高く、健康長寿だという研究結果があるという

 どうしてか。誰かのために行動して喜ばれた場合、脳から『オキシトシン』というホルモンが分泌される。これが分泌されると、心身ともにリラックスして、高齢者にとって大敵であるストレスを軽減してくれるというのだ。

 ストレスが軽減されれば、血圧が安定し、生活習慣病の予防にもつながる。結果、長生きにつながる。

 さらに、人のために行動することは認知症の予防にもつながるという。

 昔の人は「隠居」というのが老後に理想で、私の祖父などは50歳でリタイアしたという。でも、今は働けるうちは働くのが社会や人とのつながりになり貢献をすることになる。

 何かのボランティアをすることもよいそうだ。ボランティアをしている人は死亡率が低いという研究もあるという。主婦の様に家庭の中で家族のために働くのもよい。

 私は退職後28年間余外国人に日本語を教えるボランティアをして来た。70歳からは男声合唱団を作り歌っている。その他にマジックで慰問活動をしてきた。そうした「ことも米寿まで生きて来たのに役立っているのかもしれないと思う。妻は外には出ないが家事をせっせとやっている。それで長生きをしているのかもしれない。

 自分では貢献をしているという自覚がなくても、脳は「貢献感」をとらえているようだ。ボランティアをしている人は海馬の委縮が少ないという。

 今は65歳定年になって、さらに70歳定年などとも言われているが、ながくはたらくことで寿命が延びるのであろうか。興味をひくところである。

 60代、70代は今の時代、まだまだ若いので、体力や頭脳を存分に活かして、何か人様のお役に立つ、喜ばれることをやることが大事だという。それが貢献寿命を延ばすのだ。

 

2023年6月23日 (金)

金は元気なうちに使えという和田医師

 「80歳の壁」がヒットして以来、次々と本を出して売れっ子になった、老年医療の専門家である和田秀樹医師が書いた「幸齢者」からダイジェストした記事をネットで見つけた。

 和田医師は、長年にわたり老人医療の現場で大勢の高齢者を診てきて、1つ気づいたことがあるという。たとえば、ヨボヨボになる、歩けなくなる、寝たきりになる、認知症がひどくなる……といったことが起こる。そうなると、人間は想像以上にお金を使えなくなるというのだ。

 たしかにそんな状態になったら自分で出歩いて金を使うことはできないであろう。ただ、高齢者施設の利用などで金は必要になる。知り合いの女性で、最近夫が高齢者施設に入り15万円ほどかかることになったが、年金をすべて使ってしまうので自分の生活をする金が足りなくなったというのだ。

 和田医師は、「自活が徐々に難しくなって、特別養護老人ホームや介護つきの有料老人ホームなどに入ることになったとしても、介護保険が利用できるので毎月の費用はおおよそ年金の範囲内に収まるものです。」という。

 確かに知り合いの女性の場合も、夫の分は夫の年金の範囲で収まっているが、自分の生活費に苦慮しているのだ。

 施設に入るようなことになったとき、「無理して蓄えなんかしなくてよかった」「もっと人生を楽しめばよかった」「損した」という心情になる高齢者がたくさんいるという。其れはそうかもしれない。老後のために金を残した場合は後悔することもあるだろう。

 和田医師は、だからこそ、マインドリセットをして、お金は有意義に使えるときに使ったほうがいい、心が満たされるような使い方をどんどんしたほうがいい、というのが、提案だというのだ。

 私はケースバイケースだと思う。自分の財政的状態を調べて、どのくらい使ってもよいかを考えることが大事であろう。
老後のために2000万円残そうなどと言われたことがあって、老後の金が心配だという人が多くなったようだ。

 ただ、和田医師がいうように、子どもに残そうとか孫に残そうとかいうのなら、それはやめて、自分のために使って少しでも楽しい老後を送った方がよいというは傾聴に値する。

 私は戦前戦後の厳しい時代を経験しているので、金をセーブして使う生活をして来た。おそらく私と同じ高齢者は多いと思われる。

 和田医師の提案も一理あると思うので、残り僅かな老後を出来るだけ好きなものを食べてやりたいことに金を使って行きたいと思うようになった。でも、意欲が衰えて来たことは確かで、行動に移すことにしんどさを覚えるようになった。

 和田医師は何歳ぐらいの高齢者を対象にアドバイスをしているのか不明だが・・・。結局のところ、人間、死ぬ間際に残るのは「思い出」しかないと指摘する。

 「もっとおいしいものを食べておけばよかった」「世界一周旅行に行っておけばよかった」「退職金で、欲しかったポルシェを買っておけばよかった」……やりたいことがあるなら、全部やっておくべきだと。

2023年3月12日 (日)

和田氏は「高齢者は金を使え」という

 スマートニュースに「精神科医・和田秀樹が『高齢者こそお金を使った方がいい』と断言する理由」という記事があった。DIAMOND ONLINEの記事で、和田氏の著書『90歳の幸福論』(扶桑社)より一部抜粋・編集したものであった。

 人生100年時代、老後資金に頭を抱える日本人は少なくない現状があるが、和田氏は、「歳を重ねるほどお金を使った方がいい」と断言しているという。

 90代まで生きると考えたとき、多くの人が心配するのがお金と介護の問題についてだろうという。「老後資金は足りるだろうか」「年金はだいじょうぶだろうか」「老人ホームに入るお金はあるのか」などである。私もその点を心配している。

 私の母は「お父ちゃんが元気なのが大事」が口癖せであった。父の年金だけが頼りであったからだ。それは今の我が家にも当てはまる。私が生きている間はよいが、死ぬと妻への年金は大きく減額されるからだ。

和田氏は言う。高齢者は、お金については心配しすぎなくていいと。なぜなら、人間は年齢を重ねるほどにお金がかからなくなるからだという。

 食欲も少なくなり、食べる量が減るし、我が家の場合、外食はしないし、飲み会はまったくなくなった。コロナ以後は旅行もしなくなった。コロナが終っても、我が家では妻が外出できないので、娘のいる東京にいくこともできなくなった。

 被服費に関しては買うのは下着ぐらいで、上着などはこれまでに買ったものさえ着る機会がなくなった。

 家を増築した時のローンもとっくに返したし、教育費も不要である。

 ただ、昨年から今年に掛けて光熱費がものすごく高くなったし、物価が高騰し、食料など生活必需品が買いづらくなった。年金生活者にとっては物価の高騰は怖い。

 和田氏は、「いまするべきことは、『こうなったらどうしよう』という不安を抱くのではなく、「実際にどのくらいのお金が老後になったら必要なのか」をきちんと考えておくことです。死後の世界へお金は持って行けません。だから、必要な分だけあれば十分です。」と言っている。

 私はどのくらいの金が必要なのかを一度も考えたことがなく、どんぶり勘定でやってきた。和田氏が言うように必要な金のシュミレーションをすることは大事だろう。

 その上で高齢者は使える金があったらどんどん使うことで経済に寄与することもできるというのだ。

2023年1月12日 (木)

1円の節約は1円の稼ぎ

 ネットの記事で知ったことだが、ハーバード大でという異色のタレントであるお笑いタレントの「パックン」(パトリック・ハーラン)は、無駄遣いは大嫌いで、飛行機はエコノミー席で、ません。服は5年に一度買うだけで高級ブランドの服も買はないという。靴下は同じものを20足まとめ買いし、片方が破れても、もう片方が無駄にならないようにしているという。
 

 買い物も安いスーパーを選んだり、ひとつのものを長く使い続けたりして、コツコツと節約を続けているそうだ。
 

 タレントだけでなく、投資家として知られ、金融教育の講師として全国各地で講演会も行っているというから、パックンは収入は相当あるはずだ。
 

 それなのに節約生活をするのは、子どもの頃母と2人暮らしで、生活保護を受けるほどの極貧を経験したからだという。食費は1日300円程度、牛乳も飲んだことがないという。

 10歳から新聞配達のアルバイトを8年間して家計をたすけたという。勉強ができたので一念発起して、借金をしてハーバード大に入学したそうだ。

 パックンは「日本では節約を『ケチくさい』と考えている人が少なくありません。でも、アメリカの格言に『1セントの節約は1セントの稼ぎ』というものがあります。節約で余らせたお金も、れっきとした自分の財産です」と言っている。

 「1セントの節約は1セントの稼ぎ」というのは初めて知ったが、素晴らしい考え方だと感心した。

 私はスーパーで食品などを買うときなるべく割引のある日に買い物に行くとか、普通の日でも割引のあるものを買うようにしている。食品は賞味期限が近くなると安くなるが、賞味期限など気にしない。

 友人に「車は動けばよい」と言って、高い車が買えるのに安い車に乗っているとか「宿は寝られればいい」と言って安い部屋でも平気な人がいる。私も影響を受けて安い車、寝られれば良いの精神を学んでいる。パックンに通じるところがある。

 退職後は金を稼ぐことはできなくなったが、「1円の節約は1円の稼ぎ」と考えれば結構稼いでいることになると知った。今年は物価が大きく上がり、生活を圧迫する年になるが、この精神を大事にして乗り切りたい。

2022年9月11日 (日)

和田医師の4つの提案

 「80歳の壁」など高齢者の生き方についての本を出して今売れっ子の和田秀樹医師が徹子の部屋に出ていた。たまたまテレビのスイッチを入れたらその番組をやっていたので見たのだ。

 和田医師は元気な80代を迎えるために次の4つの提案をした。

   その①は「生活に変化を」
   その②は「肉を食べる」
   その③は「80代は我慢をしない」
   その④は「残存能力を生かす」

 私は86歳の終わりに差し掛かった。ここまで生きてきたことが信じられないくらいだ。有難いことに80代に入っても大病をすることもなく元気に過ごしてきた。コロナ禍になってこの3年間は英語クラブがおわりになり、コーラスが休みになった。日本語教室も休みになったことがあった。そういうことで家にいることが多くなり、生活の変化が少なくなった。

 和田医師は前頭葉を使うことが大事だと言っていた。それには変化のある生活をつくることだというのだ。徹子さんは毎日変化があっていいと評していた。

 私は魚が好きだが、妻が豚肉や鶏肉をよく使うので肉はまあまあ食べている。あの有名な日野医師は肉を食べることで有名であった。黒柳徹子も肉を食べるそうである。

 我慢をしないのも大事だという。やりたいことをどんどんやって生きるのがよいのだ。年金生活なので金銭的な面では我慢をすることが多い。タバコはやらないが、酒は晩酌を続けて来た。でも、この1年ぐらい前から量を減らして、日本酒を1合飲んでいる。我慢をしているわけではないが慣れてしまった。

 認知症の人でも全ての能力を失う訳ではなく、やれることが残っているからその部分を生かしてやればよいと和田医師は言っていた。物忘れは多くなったが、他のことはやれているのでやれることをやるようにすることだと思う。新しいことを始めるのもよいと思うのだが以前のような意欲がなくなった。

 

2020年1月 2日 (木)

NHK「偉人たちの健康診断 ベートーベン、第九誕生 難聴との闘い」がよかった

 70歳のときに合唱を始めて、合唱団の指揮者の紹介で、中川区制70周年の第九合唱団に加わって、初めて第九を歌って以来、第九を歌うのが楽しみになった。交響曲第九を作曲したベートーベンが、音楽家として致命的と思われる難聴に苦しみながら作曲を続け、第九を作って3年後に亡くなった。偉大なる作曲家ベートーベンの難聴について取り上げたのがNHKの「偉人の健康診断 ベートーベン、第九誕生 難聴との闘い」であった。

 ベートーベンは宮廷音楽家の父ヨハンの子としてドイツのボンで生まれた。父親の英才教育により13歳の時宮廷オルガニストになった。当時宮廷音楽家は貴族たちのために貴族の望む音楽を作り演奏する職人であった。その地位は低くコックなどと同じ使用人であったそうだ。

 ベートーベンはそんな音楽家に疑問を抱くようになった。ベートーベンが18歳の時フランス革命が起きた。それに触発されて「僕の芸術は僕と同じ貧しい人々の運命の改善に捧げなければならない」(親友ヴェーゲラーへの手紙)と考えた。そこでオーストリアのウイーンに行った。

 そして出版社と契約して楽譜を売るというやり方をにした。また、コンサートを開き、入場券を売って音楽を市民に開放した。コンサートでは5万円もする高い席もあったが、ほとんどは安い席で最低は3500円であったという。演奏会に革命をもたらしたのだ。貴族のための音楽から市民のための音樂へと転換させたのである。

 ベートーベンが難聴を発症したのは20歳代であった。将来を嘱望された演奏家であったが、作曲家として生きることにしたのであった。彼は難聴と闘わなければならなかった。ボンの彼の生家の博物館には、ベートーベンが使った金属製の補聴器が残っているが、難聴が進むにつれて大きく重くなった。

 ウイーンの隠れ家だった博物館にはピアノが残されているが、鍵盤の前に蓋がなく、直接音が聴けるようになっていて、その上を大きな反響板が覆っている。そこに頭を入れて音を聴いたのだ。

 難聴を治すために良いと言われたことはいろいろと試したそうだが、どれも役に立たなかった。ベートーベンは自殺を考えたが、踏みとどまった。弟に当てた手紙(1802年)で「僕は自分に課せられている使命を果たすまではこの世を去ることはできない」と書いている。

 難聴は年と共に悪化したが、それと共に高音を避け聞き取りやすい低音と中音を使うようになった。彼は「人の話し声は聞こえるが意味がさっぱりわからない」と言っていた。それを現代医学で検討すると「内耳の高音を聞き取る部分が壊れたからだ」という。病名は若年発症型両側性感音難聴ではないかと言われる。日本には約4000人いると言われる。

 その彼が最後の交響曲第九では超高音を使っている。どうしてそうなったのか。ベートーベンは第九の第4楽章に「合唱」を入れた。合唱の言葉によって音だけでは表せないメッセージを伝えたかったのだという。彼はシラーの詩を使った。

 その中に「時の流れが厳しく分かつものを喜びの神秘的な力が再び結ぶ」という1節がある。「時の流れが厳しく分かつもの」とは「身分や階級の差別のこと」だという。「喜び」とは「自由」のことで「自由」を使うと権力ににらまれるので「喜び」(Freude)を使っているのだという。

 第九の合唱の中で非常に高音の部分があり、ソプラノ泣かせでもあるが、バスでも高くて私など出せ音がある。それほどの高音を使ったのは全世界に呼びかけるためにあえて使ったのだという。さらにベートーベン自身が聴くことができなかったので理想とする音を使えたのだと解説していた。

 第九の合唱は体力がいるが、歌った後は気持ちがよい。自由と平等と愛のメッセージを自分自身や聴く人に訴える素晴らしい合唱である。

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2019年12月30日 (月)

長生きは運でなく習慣で決まるという広告

 26日の朝日新聞に、101歳の現役医師が書いた本の広告が載っていた。そこに「長生きは『運』でなく『習慣』で決まる」というキャプションがついていた。この医師は現役でバリバリと働ける「秘策」をすべて解説したとあった。その内容の一部が紹介されていた。

 ◎毎日30分の散歩で歩ける体を保つ。→私は毎朝70分ほど歩いている。以前より15分以上遅くなった。

 ◎太陽の光を1日15分浴びる。→多分OKであろう。

 ◎短時間の昼寝をする→夜はよく寝ているのに、最近眠くなって昼寝を体が要求するようになった。

 ◎毎朝、足腰の柔軟体操をする→ウオーキングのあと風呂かシャワー、その後に自己流ストレッチをしている。

 ◎猫背にならないよう、意識する→「猫背は治る」という本を読んだり、「ガッテン」でやった猫背を治す運動をしている。

 ◎毎日15種類以上の野菜をとる→野菜はとっているが、15種類はとても。

 ◎粗食ではなく、肉をしっかり食べる→肉もそれなりに食べている。

 ◎ヨーグルト、チーズなどの発酵食品を欠かさない→カスピ海ヨーグルトを作って食べている。味噌汁も毎日飲む。

 ◎果物は少量でも毎日食べる→1日2回必ず果物を食べている。

 ◎体の土台となるカルシュウムをたくさんとる→海藻やシラスなどカルシュウムの多い食物を食べ、サプルメントも摂っている。

 ◎老化を防ぐオリーブオイルをとる→エゴマオイルを摂っている。

 ◎緑茶を飲んで活性酸素を減らす→お茶かほうじ茶をのんでいる。

 ◎甘いものを食べない→餡の饅頭程度。

 ◎玄米や白米を適度に食べる→白米だがご飯は食べている。

 ◎塩分を減らして素材を味わう→OK

 ◎トランス脂肪酸を含むパン、お菓子、インスタントラーメンを食べない→心がけている。

 ◎加工食品を口にしない→妻が作ったものを食べているが味噌、醤油などは仕方がない。

 ◎薬は必要最低限におさえる→ビタミンや酵素以外は気を付けている。

 ◎ちょっとした体の変化に気づく→OK

 ◎笑顔を作ると楽しい気分になる→心がけている

 ◎一番のボケ防止は会話→人と交わるようにしている。

 ◎死ぬまで未知のことに挑戦する→好奇心は失っていない。

 ◇「イライラしない」→安倍政治やトランプ政治には腹が立つ。

 ◇「できない」ことより「できる」ことに目を向ける→心がけたい。

 ▼水1日に2リットル飲んで血行をよくする→NO

 ▼週1の薬膳スープで生命力アップ→薬膳スープそのものを知らない。

 ▼「今日からあと10年はがんばる」と毎日決意する→それほど生には拘っていない。

 この医師のチェックリストは以上のような結果である。長生きについては成り行き任せである。ただ健康を保つように気を付けてはいるがどうしようもないこともある。私は「運」だと思っている。

 

 

2019年9月 7日 (土)

池澤夏樹氏の「身に染みる衰え 老いては若きに席を譲ろう」を読んで

 朝日新聞9月4日朝刊の「終わりと始まり」欄に、池澤夏樹氏のエッセイが載った。タイトルは「身に染みる衰え 老いては若きに席を譲ろう」であった。私自身衰えを身に染みて感じているので 、「身に染みる衰え」が興味を誘った。読んでみると、大半がどれほど衰えてきたかについての列挙であった。そのほとんどがわが身に照らして頷けるものであった。

 足元がおぼつかない。その通りである。駅の階段の上り下り、特に降りるときは慎重である。なるべく手すりの傍を下りたり上ったりする。おない年の知人で階段を降りるとき滑って大けがをした者がいる。歩道のわずかなくぼみも躓くと大変だ。一度つまずいて足をしたたかいたtメタことがある。立つとふらつくことがある。

 キーボードの入力が遅くなったのも同じだ。スマホでは音声入力を使うからずいぶん助かっている。池澤氏は小さな字が書けないと言っているが、私は書けないことはないが字を書くこと自体が面倒に感じるのだ。相続に関する手続きで住所や名前を書かされることが重なったが、億劫で嫌になってしまった。

 池澤氏は「身体能力が足りないからエネルギーを節約する。つまり、すべたが横着になる」と言っているが、その通りである。何かをすることが面倒なのだ。だから机の上も乱雑に積み上げられていく。断捨離をしなければと思い始めてかれこれ5年以上なにもできていない。

 池澤氏は視力の衰えを嘆いているが、私は白内障の手術をしてからとてもよく見え、眼鏡を外せば小さなルビでも読むことができる。新しいことが覚えられないのは同じだ。本を読んでもテレビを見てもすぐに忘れてしまう。カレンダーが頭に入っていないと池澤氏は言うが、私も若いときはすべて頭に記憶していて手帳などは使ったことがなかったのに、今ではカレンダーやスマホのカレンダーに予定を書いておく。困ったことにそれでも約束を忘れてしまうことがよくある。

 池澤氏のエッセイを読んでいて、一体何歳なのだろうと気になっていたが、文中に74歳と2か月と書いてあった。何だ、そんなに若いのかと驚いた。75歳を超えて後期高齢者になった時、だんだんと衰えを自覚するようになり、80歳を超えてさらに衰えがひどいと感じるようになった。

 毎朝ウオーキングをしているが、前にも書いたように、後から来たおばあさんやおじいさんにも追い抜かれることが多くなった。普通に歩いているおじさん以下の人には絶対抜かれてしまう。

 老いは人それぞれだが受け入れていくしかないことである。いろんな有名人が90歳台、100歳台で年を取ることについて本を書いている私は1冊も読んだことがない。自分で老いの道を探って生きてきたし、これからもそうするつもりだ。

2019年6月30日 (日)

良寛の詩「余生」

 我が家の近くにCafe VitaというCafeがあったとき、毎週日曜日に「モーニングサービス」を食べに行っていた。仕切りが6つついた白い皿に6種類のおかずがついて、パンとコーヒーとこだわりのゆで卵もついて550円であった。コーヒーのお替りはじゆうであった。

 そのCafeにいつもモーニングを食べにくる常連が自然にできた。みな高齢者であった。自然にテーブルを囲むようになり、談笑しながらモーニングのひと時を楽しんでいた。一度テレビの取材があり放映されたことがあった。

 そのCafeは2年ぐらい前にやめてしまったので非常に残念であった。常連の内GさんとMさんとYさんは別のCafeでモーニングを食べるようになった。それで私も時々呼んでもらい参加している。

 先日、Gさんだデイサービスにカラオケがあると言ったので、「カラオケをやるの?」と尋ねたら、「私はやらない。私は詩吟をやる」と言った。詳しく聞いて驚いた。85歳のGさんは詩吟を長いやっていて師範の免許を持っているというのだ。

 そしてGさんはパス入れを出して、「いつもここに良寛の『余生』という詩を入れて持っている」と言って、見せてくれた。小さな紙切れに詩が書いてあって、吟ずるときの符牒が入っていた。その詩を小さな声で吟じてくれた。良寛の心境を表したとてもよい詩であった。私はスマホのカメラに収めた。

           余 生        良寛

        雨晴れ 雲晴れて 気もまた晴れる

        心清ければ 偏界 物 皆清し

        身を捨て 世を捨て 閑人となり

        初めて月と花とに 余生を送る

 良寛は47歳より新潟出雲崎の五合庵に住み、質素で無欲の自由人として過ごした。お椀1個と錫杖で托鉢をし、子どもたちと日が暮れるのを忘れて遊ぶこともあったようだ。

 この里に 手毬つきつつ 子どもらと 遊ぶ春日は暮れずともよし

 悟りの境地にあったことをうかがわせる。良寛がもし今の世の中を見たらどう思うであろうか。

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