教育・生涯学習

2018年1月31日 (水)

教育現場が委縮しているという記事

 DIAMONDonlineに福井新聞デジタルからの転載記事があった。「ため口の生徒、一喝したいが躊躇 保護者、教委の存在よぎる」というタイトルであった。以下に記事をコピペし最後に感想を書く。

 ――学校現場が萎縮している、と福井市の公立中に勤務するベテラン男性教師(58)は訴える。

 「先生が『バカ』なんて言うていいんか? 教育委員会に言うぞ」

 騒がしさを注意された生徒の一部が、インターネットから得たであろう情報をちらつかせ、同級生と話すような「ため口」で教師に迫る。一喝したいが、保護者や市教委の存在がよぎり躊躇する。そんな光景が当たり前のようにあるという。

 同市の20代の教師は池田中の男子生徒自殺の調査委員会報告書に戸惑う。大きな声で叱る。忘れた宿題を何度もやらせる。自殺の要因に挙げられた点は、普段やっている指導と変わらない気がしたからだ。

 「大声を出さず、一人一人の心情を思って…」。頭では理解できるが、それで授業中に騒がしい生徒や、意図的に宿題をやらない生徒は変わるのか。手に負えない生徒を見るたび疑問が浮かぶ。

 福井市教委には毎年120件前後、保護者からの「訴え」が直接届く。「学校で受け止めているものを加えればもっと多い」(市教委)。

 同市の中学校に勤める50代後半の校長は「学校に対する批判、非難の声が強すぎないだろうか」と考えている。「教師が“聖職”と呼ばれていたころは、学校で問題が起きると、親御さんはまず子どもたちが何をしたかを確認してくれた」。今は教師の言動だけを切り取って、あげつらうかのようなケースが少なくないと感じる。

 福井市の50代の女性教師も「能力のある先生が、親とのトラブルに悩んで疲弊していくケースを何回も見てきた」と話す。

 正しくても生徒に強く言えない先生、騒いで注意されても謝らない生徒、過ちを犯した子を怒れない親…。現場教師の話からは、かつてと一変した3者の姿が浮かび上がる。

 校長や女性教師らベテランは「親御さんが学校と一緒に考えてくれれば、子どもは期待以上の成果を出す」と強調する。逆だと子どもが抱える問題は解決せず、むしろ悪化するという。――

 私は教育現場から離れて20年以上になるので現在の様子は全く分からない。私が勤めている頃にも中学校が荒れたし、退職する頃には小学校も荒れた。これについては以前にも書いたことがある。

 記事の中にあるように「生徒や児童が教育委員会に言うぞ」と教員に向かって言うということも出始めていた。最初は親が子どもの前でそう言っていたのでろうが、実際に事あるごとに教育委員会に電話をする親が増えて行ったのであった。

 こうした風潮は全国的なものだと思われる。記事の中の校長の「学校に対する批判、非難の声が強すぎないだろうか」という受け止めはその通りなのだと思う。

 私が教員になった頃は、戦後15年ほど経っていたが、まだ「聖職者」と言われていた時代であった。給料は安いが尊敬の眼で見られていた。親は子どもを注意したり叱る時、「先生に言うよ」と先生を権威として借りていたものであった。学校での児童の様子を話すと素直に聞いてくれた。

 それがいつの頃からか少しずつ変化し始めて、親は先生を見下しはて監視するようになったのだ。一説では高度経済成長で親の経済的地位が高くなったためだという。

 親の態度が変わったので子どもの学校や教員に対する態度も変わったのだと思う。私が現職の頃は、親と教師がお互いに理解しあって、補い合って、子どもを教育していくという理想に燃えていたものであった。こういう記事を読むと今の現場の教員がどれほど辛苦を舐めているかと心が痛む。親が自己中になったと言われるが、それではよくなるはずがないことをよく考えるべきである。

 30日のNHKニュースでは、福井の自殺について取り上げていた。「指導死」というのだそうだ。過激な指導により生徒をいたたまれなくし、あげくの果ては自殺に追い込むというのを「指導死」というそうだ。新しい概念が作られたのだ。

 福井の場合、校門のところで辺りに響き渡るような大声でどなり散らしたとNHKは言っていた。それは確かに行きすぎである。

 しかし、現場でどうにもならない好き勝手な行動をする生徒が増えているのだから児童生徒を指導、叱責する場合どのような言葉や使い方をしたらよいのかの範例が必要であろう。

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2018年1月23日 (火)

「小中教員独自補充1万人」という記事

 朝日新聞1月21日朝刊のトップ記事は「小中教員独自補充1万人」だった。全国の公立小中学校教員の定数は国によって定められており、毎年5月1日現在の児童定数や、いじめ・不登校などの事情を考慮して国が決定するのだ。費用は1/3が国庫負担となっていて、17年度は事務職員らの分も含めた1兆5248億円であった。

  しかし、現実はそれでは不足するところもあるので、都道府県・政令都市の教育委員会が計約1万人の教員を独自予算で配置しているのだという。17年度は9997人で、この7年間で3割ふえているのだそうだ。

  87%もの教委が「教員の多忙化解消のためには、教員数の増加が必要」だとしている。それで独自配置をしているのだ。少子化に伴って教員の定数が減り、一方で授業時間数が増え、特別支援学級への配置や外国人児童の増加などで教員の業務がふえているという。

  公立小中学校教諭の勤務時間が10年前と比べて1日当たり30分から40分増えているそうだ。

  私が教員になったのは1962年だったと思うが、2年目に60名のクラスを持たされた。教室は後ろの壁まで机が並んでいた。当時は1学級の児童数が48人だったと記憶する。それから日教組の学級定員削減の運動もあり減ってきた。学級児童43名の頃、イギリスの教員から30名だと聞いて驚いたことがある。現在はどのくらいなのは全く知らない。

  私が勤めていた頃から教員の雑務が多く、仕事を家に持ち帰ることは当たり前であった。現在なら許されないことだが、帰りの電車の中で成績を出したこともあり、通知表を家で書くのも毎度のことであった。部活は全くの奉仕であったが若い教員は部活に熱を入れてやっていた。

  年次有給休暇も制度としてはあったが、実際は行使することが出来なかった。そのため名古屋などで年休闘争というのが行われた。私の場合現職の間年休を取ったことはほとんどない。そういった点は改善されていると思うが、教員の多忙化は今も変わらないようだ。

  私が現職の頃よかったとのは、有給休暇のように制度上はあっても有名無実という曖昧さがあったが、その曖昧さのお蔭でよかったこともあった。

 例えば勤務時間である。4時になればいつでも自由に学校を出ることができた。残った仕事は家に持ち帰るのだ。だから教員になった頃は、4時になると酒を買って来た飲み会が開かれることも度々あった。

 名古屋に来た頃はパチンコが好きな教務主任が率先して「さあ行くぞ」とパチンコ屋へ繰り出したものであった。

 今と違って夏休みは休みだという感覚で捉えられていた。だから旅行に行ったり自由にできて有難かった。私たちは教員には残業手当がない代わりだと思っていた。

 話しを元に戻して、教員の補充のことだが、これは当然国が予算を組んでやるべきことである。教員の雑務の整理は私が勤めていた頃から言われていたが、未だに言われているとは驚きである。

 1万人という教委が補充する教員がおそらく正規の教員ではなく、臨時雇いの教員ではないかと思う。そういう姑息なやりかたでなく、きちんと法律にもとずいて正規の教員として国が予算を組むべきだ。

 

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2017年11月19日 (日)

英会話をマンツーマンで学ぶ人たち

 NHKのドキュメンタリ番組「英語教室でシー・ユウ・アゲイン」を録画しておいて見た。私自身長年英会話を勉強していて関心があるからだ。

  大阪の梅田駅近くのビルのワンフロアにその英語会話教室がある。フロアには畳1畳ほどの広さのブースが並んでいて、そこでマンツーマンで教えてもらうのだ。

  ワンセット40分で5000円からだという。どんな場合に高くなるのかは触れていなかったので分からない。小学生から70代の人まで700人ほどが登録されていて、毎日朝早くから100人も勉強に来るという。1日に40分授業を何回やるのかは不明であった。

  英語を教える教員は世界50か国から来ているのだという。様々な英語を選べるようになっているらしい。

  授業は自分でトピックスを選んで40分間先生と話し合うやり方のようだ。つまり自分が喋りたいことを喋れるようにということらしい。

  生徒には高等学校の英語の教員とか、小学校の教員とかもいて、その他にキャリアアップをしたい人や海外旅行で英語を使えるようにしたいという人などさまざまである。

  朝何時からやっているのかは不明だが、出勤前に寄って行く人も多くいるようだから7時ぐらいからやっているのかもしれない。

  とにかく英語会話を勉強したい、スキルアップしたいという人たちがたくさんいるのを知って驚いた。しかも40分で5000円以上も払ってだ。

 私の英語クラブではネイチヴスピーカーを雇っている。月に5000円だが1回2時間で、月に4回~5回ある。しかも半年ごとの清算で余剰金がでれば返金される仕組みだ。

 トピックス方式なので梅田の英会話学校と同じで、各自がトピックを選んで自分のレベルで英語を話すのだ。異なるのはマンツーマンではなく、グループ学習になっていることだ。しかし、これにはこれのメリットがある。他の人の英語から学ぶことが出来るという点だ。

 1回2時間で5人のトッピックを取り上げるのだ。つまり一つのトピックに20分ということになる。トピック提供者は3分間英語で話し、それについて順番にコメントや質問をする。インストラクターが間違いを正したり、よい表現を教えてくれるのだ。

 

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2017年7月21日 (金)

日本語教室体験学習 AEDの使い方

 7月15日に愛知国際プラザで日本語ボランティアスキルアップ講座の一環として、体験型日本語教育があった。リソースルームの人たちが担当をしてワークショップを進めた。

  テーマは、「AEDの使い方」であったが、AEDの使い方の勉強を通して、日本語を学ぶというものであった。

  ボランティアは5つのグループに分かれて、日本語教室から名参加した学習者が2名ずつ配置された。

 初めに内臓の位置についてや、AEDがどんなときに必要かなどの学習をした。全体説明とグループごとの話し合いであった。

  次に日本赤十字の方から、AEDの使い方の説明があり、その後グループごとにAEDを実際に使って練習をした。

  学習者は中国、フィリピン、タイ、ベトナムなどからで、自分の国にはAEDはないと言っていた。学習者は興味深く実習に参加していた。

  AEDを使うときのポイントは、

  ①倒れている人を見つけたら傍に寄り「大丈夫ですか」と声を掛けることである。その時の姿勢や肩の叩き方なども勉強した。

  ②次は息をしているか確かめるのである。腹の辺りをななめから眺めるとわかりやすい。

 ③息をしていなかったら、誰か周囲の人に「誰か来てください」と手を振って叫んで、助けをよぶのだ。

  ④集まってきたら、ひとりに「119番をお願いします」と頼む。

  ⑤もう一人の人に「AEDを持って来て下さい」と頼む。

  そして他の人にも手伝ってもらって蘇生術を施すのだ。鳩尾の上ぐらい、肋骨のところに手を組んで手のひらを下にして置き、肘をまっすぐに伸ばして、5cmぐらい胸が沈むほど強く押すのだ。タッツ、タッツ、タッツと 速く30回押す。或る学習者が骨が折れたらどうするのかと聞いた。答えは「骨は後で治せるが、命を失ったらどうにもならない」であった。

  心臓圧迫の後、人工呼吸をする。練習なので人工呼吸用の口に当てるものを使ったが、実際の場合は持っていないのでやらなくても仕方がないということだ。顎に手を当てて上に上げ鼻をつまんで相手の口に大きく口を開いて当てて思い切り2回吹き込むのだ。

 救急車が来るまで心臓圧迫を続けるのである。これは大変労力がいる仕事なので他の人と交代でやることが大事だ。

実習の後、振り返りをして学習したことをグループで話し合って、それを発表した確認した。

 この学習を通じて、学習者はAEDの使い方と、必要な日本語を学習した。

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2017年4月 3日 (月)

着々と進む戦前回帰への地ならし

 文部科学省は新しい道徳教科書の検定で、東京書籍の1年用の道徳教科書の教材「にちようびのさんぽみち」の中にあった記述を「パンや」から「和菓子屋」に変えさせた。「我が国や郷土愛」の要素が不足しているというのが理由であった。

  東京書籍は文部省の意見を「忖度」して、「パンやさんは、おなじ1年生のおともだちのいえでした」という原文を「前後の文脈を変えて「にほんのおかしやで、わがしというんだよ」などと修正したというのだ。

  「和菓子屋」に比べて「パンや」がどうして「郷土愛不足だというのであろうか。街では和菓子屋はあまり見かけず、洋菓子屋の方が多いし、我が家の近辺の和菓子屋でも洋菓子と両方を売るようになって久しい。子どもたちも和菓子よりケーキなどの洋菓子の方を好むと思われる。

  パンは日本では多様なパンがつくられ、アンパンなどはフランスでも人気があると聞く。サンドイッチでも日本風にアレンジされて大量に売られている。日常生活に定着したパンが和菓子より郷土愛にもとるとは屁理屈である。

  また、学研教育みらいの1年生用教科書では、「アスレチックの公園」が「和楽器店」に入れ替えられて合格したという。やはり「忖度」したのだ。

  外国から来たものではなく、「和」がつけば日本的なものとみなすという短絡的な発想である。文部科学省の役人の頭は単細胞だとしか言いようがない。「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」を育むのはそうした発想では無理というものである。

  また、「武道」に「銃剣道」を取りいれるというニュースがあった。「銃剣道」と言えば戦前の学校には模擬銃があってそれを使って訓練されていた。私は幸か不幸か、その年齢になっていなかったので経験していないが。女子は長刀だったと記憶する。

  銃剣道といえば、白兵戦を想定したものである。戦争そのものの訓練である。それを復活するというのだから時代錯誤もいいところである。

  極めつけは、「教育勅語」の復権である。安倍政権は、教育勅語を学校で取りあげることを容認する閣議決定をした。とうとうここまで来たかと戦慄を覚える。

   しかし、教育勅語は明治天皇によって臣民に与えられた心構えなのだ。親に孝行をし、兄弟仲良く、夫婦睦合い、友達を大切にしなさいという儒教の徳目を並べている。稲田防衛相のように、教育勅語のこうした中身は肯定できるというのが自民党議員たちの大半の意見であると思われる。

 そうであろうか。教育勅語の要諦は、臣民がこうした徳目をしっかりと身に着け行うことで、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」にこそあるのだ。天皇に忠良な臣民を育て、何か危急のときには身命を擲って天皇のために死ぬということを説いたものである。

 実際戦前はその通り実行され、1銭5厘の赤紙1枚で戦地に狩り出された臣民は、「天皇陛下万歳」と死んでいったのである。「身を鴻毛の軽きにおく」ことをよしとされたのだ。そこには人権もなにもなかったのである。

 今、自民党と公明党が手を組んで安倍政権が進める戦前回帰の政策の数々は、気が付いたときはすでに遅しとなるであろう。そのことに気付くべきである。

 

 

 

 

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2017年3月16日 (木)

面白かった「多文化共生理解講座」ダイアン吉日師の話

 3月13日午後愛知国際プラザでAIA愛知県国際交流協会主催の「多文化共生理解講座」がボランティア研修会を兼ねて開かれた。2階のアイリスホールがいっぱいになるほどの盛況であった。

  この日の講師は落語家のダイアン吉日氏であった。英語の落語が聞けるということでそれを目当てに参加したのだ。

  会場には.緋毛氈で覆われた特設の高座が作ってあった。私はダイアン氏が男性の落語家だと思っていたが、登場したのは春らしい桃色の着物を着た白人の女性であった。

  私はダイアン吉日という落語家がいることは全く知らなかった。なにしろ現在日本には800人もの落語家がいるのだ。いくら落語が好きな私でも知らない落語家がいっぱいいる。

  ダイアンさんはイギリスのリバプール出身で、あのビートルズと同郷だそうだ。出囃子にはビートルズの曲を使っていた。

 子どもの頃、彼女の家には世界各国の人形があったそうで、それを見て世界に憧れ、4歳の時に世界を旅しようと思ったそうだ。そして大きくなるとバッグパッカーとして世界60か国を回ったという。彼女はアドベンチャーが好きなのだそうだ。だから訪れた土地でスカイダイブをしたり、ラフティングをしたり、バンジージャンプをしたりしている。

 日本に来たのは27年前だそうだ。日本中をヒッチハイクしたそうだ。そして大阪で桂枝雀の英語落語を見て興味をもち、枝雀の手伝いをしたのが落語を始めるきっかけであった。

 ダイアンさんの凄いところは、アドベンチャー精神だけでなく、物事を極めるというところだ。もともとはグラフィックデザイナーをしていたそうだが、日本が好きになり、日本文化に興味を持ったので、生け花、茶道、着付けなどを習った。ただ習っただけでなく、それぞれ免許をとって師匠となったのが凄い。着付けの先生として日本人に教えているのだという。

 着物が大好きで、和服を400着、帯を200本以上持っているという。部屋の壁にびっしりとつるしてある写真を見せてくれた。外国に行くときは必ず着物を持って行って着るのだそうで日本人も真似ができない。

 他にも凄いと思ったのは、バルンアートの専門家でもあり、バルンを持って東北の被災地を慰問したり、他の国でも教えたりしている。バルンで帽子と服を作り着ている写真を見せてくれた。

 さらに凄いのは、笑いを深めるためにわざわざインドまで出かけ、Laghter Yogaの創氏者から学んで、その師範となり、ついでAmbassador任じられたことだ。この日も講演の最後の方でLaghter Yogaを実際に体験させてくれた。それについては別項で取り上げたい。

 落語はもちろんプロで、古典落語をもとにしたものと創作落語を英語でやり、世界各国を回っているという。扇子と手ぬぐいという小道具だけで、1人で何人ものキャラクターを演じ分ける落語(traditional story telleing)は素晴らしいと話していた。

 耳で覚えたという日本語はペラペラで、分かりやすい笑いに溢れた講演であった。

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2017年3月14日 (火)

教育勅語排除の国会決議

 森友学園の「瑞穂の国記念小學院」は籠池理事長が申請を取り下げた。狙いはこの問題をうやむやのうちに終わらせようという魂胆だと思われる。

  安倍首相夫人の昭恵氏は、塚本幼稚園で折角教育勅語や五箇条のご誓文の暗記をしたり、天皇崇拝や韓国・支那をヘイトする教育を受けても、公立の小学校に入ればそれが失われると危惧して、この記念小学校の名誉校長を引き受けたのであった。

  幼稚園児に教育勅語の暗記をさせること自体が教育法として間違っているが、それ以外にも教育勅語そのものが、天皇のためにいちでも命を捧げるというものであり、戦後23年の国会で排除の決議がなされたものなのだ。それを立派な教育だと感動する昭恵氏はとんでもないアナクロニズムである。

  Yahooニュースで、教育勅語排除の国会決議を見つけたので下記にコピペしておく。

 なお、この元はhttps://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/20170310-00068538/

 教育勅語等排除に関する決議

  民主平和國家として世界史的建設途上にあるわが國の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となつている教育勅語並びに陸海軍軍人に賜りたる勅諭その他の教育に関する諾詔勅が、今日もなお國民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、從來の行政上の措置が不十分であつたがためである。

  思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八條の本旨に從い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。

 右決議する

 出典:昭和23619日 衆議院本会議

   教育勅語等の失効確認に関する決議案

   われらは、さきに日本國憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが國家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に拂拭し、眞理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている。

   しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかりわれらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる。

   われらはここに、教育の眞の権威の確立と國民道徳の振興のために、全國民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力を致すべきことを期する。

  右決議する。

出典:昭和23年6月19日 参議院本会議

◎以下は渡辺輝人弁護士のコメント

 例えば、衆議院の決議は「これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。」としたうえ、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 」とする憲法98条の本旨に基づいて「排除」を決議しています。

  現に明治憲法と教育勅語の下で教育を受けてきた国会議員たちが、自民党の先達にあたる保守系の議員も含め、全員で、教育勅語が日本国憲法に反すると考え、「排除」「失効確認」の決議をしたことは極めて重要です。 

 

 

 

 

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2017年3月 4日 (土)

森友学園経営塚本幼稚園を訪問し感激する昭恵夫人

 友人が送ってくれたフジテレビの動画を見て驚愕した。安倍首相の昭恵夫人が幼稚園児の言葉に感激し涙ぐんでいるのだ。2014年4月のことである。

 昭江夫人の傍には籠池理事長が立って園児たちが昭恵夫人に話すのだ。話の内容はとても幼稚園児が自らの考えでいえるものではなく、丸暗記をさせられたことは明白である。

 

 園児たちはが、「日本国、日本国のために活躍されている安倍晋三内閣総理大臣を、一生懸命支えていらっしゃる昭恵夫人、本当にありがとうございます。ぼくたち・わたしたちも頑張りますので、昭恵夫人も頑張ってください」と話すと、安倍昭恵夫人は「感動しちゃいました」と答えているのである。

 こんなミエミエの演出に感動するという何と安っぽい感性の持ち主かと呆れてしまう。

籠池理事長が「中国から、何? 言って」と園児たちに促すと、
園児たちは「中国から鉄砲とかくるけど、ぜったい日本を守ろう」と言う。
籠池理事長が「安倍総理大臣を応援してあげてくださいよ!」と言うと、
園児が「はい!」と答える。

 それを聞いて 昭恵夫人は「ありがとう。おうちに帰って安倍総理大臣に伝えます。みんなを守りますように、みんながそう言っていたことを伝えます」と言うのだ。
籠池理事長が「うれしいですか?」と園児たちに聞くと、 園児たちは「はい!」と答える。

 籠池理事長はさらに、「『日本を守ってください、お願いします』と、昭恵夫人にきちんと伝えてください」と言うと、 園児は「日本を守ってくださいね」と言う。それに対し 昭恵夫人は「ちゃんと伝えます。ありがとう」と 昭恵夫人は、満面の笑みを見せたのである。そして、子どもたちと集合写真を撮っていた。

 何も分からない幼児に頭から覚えさせ、反芻させているだけである。これは洗脳以外の何ものでもない。恐ろしい教育である。この幼稚園では、教育勅語、五箇条のご誓文などを暗記させ、毎日復誦させているのだ。そして神道による教育をして日本は天皇の国だと植え付けている。

 そんな教育に昭恵夫人は、素晴らしい教育だと感動し、それを引き続いてやれるようにと安倍晋三記念小学校の名誉校長を引き受けたのであった。この動画の中で園児たちは、「安倍記念小学校をよろしく」とお願いしている。

 明治の日本に戻ることを考える日本会議の会員が閣僚の多数を占める安倍内閣は、森友学園をそのための教育をする先兵として応援しているのだ。だから稲田防衛相や海上自衛隊などが 感謝状をだしているのである。

 ※動画

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170301-00000247-fnn-soci

 

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2017年2月15日 (水)

昭恵夫人が名誉校長の小学校は偏向教育ではないのか

 昨日とりあげた塚本幼稚園は愛国幼稚園ともいわれるらしい。大阪・淀川区にある。この幼稚園では、幼稚園児に「教育勅語」や「五箇条の御誓文」を暗唱させるほか、伊勢神宮への参拝や自衛隊の記念式典で園児らが演奏したり、日の丸と旭日旗を振らせるなど、露骨なまでの“愛国教育”をおこなうことで知られている。

  右翼が賛同するのは当然で、日本のこころを大切にする党の中山斉彬や西村眞悟、田母神俊雄、竹田恒泰といった連中の推薦メッセージが園のHPに掲載されていたこともあるそうだ。

  昭恵夫人は過去に塚本幼稚園を訪問した際に「感涙にむせんだ」そうだ。籠池森友学園総裁が園児に「安倍首相ってどんな人ですか?」と問うたとき、園児が「日本を守ってくれる人」と答える姿を目にして感動したのだという(産経ニュース15年1月8日付)。

  「FRIDAY」(講談社)12月23日号によると、籠池総裁は「(昭恵夫人は)名誉校長就任を依頼した時、「

『即断でハイと言っていただきました。ありがたいお話ですね』とその事実を認めている。

  昭恵夫人は学園の広告塔の役割を果たしている。首相夫人が名誉校長ということで、どれだけ箔がつくことか。

  同幼稚園には安倍首相も講演に来ることになっていたそうで、その広告には、次のような部分があったそうだ。

  「尖閣諸島・竹島・北方領土(樺太の半分・千島列島・歯舞・色丹・択捉・国後)は 日本固有の領土です。日本人および日本国は矜持を持って堂々と対峙せねばなりません。
しっかりとした歴史観・国家感を持ち、それに裏打ちされた方向性と実行力を持ったリーダーに委ねたい。

  その最も有力な人物こそ、第90代内閣総理大臣 安倍晋三先生です。来る9月16日 安倍晋三先生が塚本幼稚園に講演に来られます。」

  一国の総理大臣がわざわざ幼稚園の要請に応じて講演に来るというのは生半可なことではない。普通あり得ないことである。つまり、安倍首相の肝いりだということだ。

  籠池総裁は瑞穂の國記念小學院のカリキュラムの特長についても「『教育勅語』」を中心に据えた『修身』や四書五経を学ぶ『儒学』、ご皇室の成り立ちや『古事記』『日本書紀』を学ぶ『国際日本学』などをとおして、日本人としての魂をしっかり育ててまいります」と言っているという。(致知2015年4月号)

 教育勅語は書き出しが次のようである。

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此
レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民

 神代の時代から連綿と続くと謳い、我が国体の精華と述べ、汝臣民と説くのである。まさに天皇主権であり、国民は臣としてひれ伏したのであった。教育勅語は現行憲法の国民主権とは真逆である。それなのに教育勅語を暗誦させるというのは憲法違反も甚だしい。いくら私立小学校とはいえ許されることではない。

 しかし、安倍夫妻はそれを当然だと認めているのである。安倍政権が目指す改憲の方向を先取りしていると考えているのであろう。

 自民党は昨年、教員の偏向教育の調査をした。平和とか戦争反対などを唱える教員を知らせるようにということであった。現行憲法に明記する「平和」「戦争放棄」を順守することがなぜ偏向になるのであろうか。教員の大半は公務員であり、憲法に従うことを宣誓しているのだ。首相以下憲法を守る義務があるのだ。

 一方、私立小学校や幼稚園とはいえ、上に挙げたような戦前の教育をしてよいものであろうか。それこそが憲法違反の偏向教育ではないか。こういうことが首相の応援のもとに推奨されていることは由々しきことである。

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2016年11月22日 (火)

後輩に聞く教育の現場

 後輩の現職教師が送ってくれた教育現場の現状を以下に紹介する。

 「教室に軍靴の音が聞こえる」というショッキングな見出しである。刺激的なタイトルで驚かれたことでしょう。「何を大げさなことを言っているのか?安保法制が実行段階に入り、南スーダンへの駆けつけ警護が発動したとはいえ、そこまで軍国化が進んでいることはないだろう」と思われるかも知れせん。しかし、今、学校で起こっていることを冷静に考えると、学校で子どもたちや教師にかけられる指示や命令は、私には軍靴の音に聞こえてなりません。

 全国津津浦々で「学校スタンダード」というものが教育委員会を中心に進められています。私の職場のあるA市では「A市スタンダード」と言っていますが、学びスタイルとか別の呼び名で行っているところも多いようです。

 「学校スタンダード」は、「standarad」という英語が意味する「標準」とか「基準」といったものを「学習基準」や「校則」「学習スタイル」を地区・市内の全校を画一的に指導することで、大量退職を終え、年齢層の大幅な若年化を迎えた学校原画で、効率的な学校運営・g買う衆指導を進めようという意図で行われているものです。

 教育内容への明らかな行政の介入ですが、大きな権限を持つ新教育長のもと、あちことで強力に進められているのが実態です。

 「ゼロトレランス」というものもあります。これは「zero」「tolerance(寛容)」の文字通り、不寛容を是とし、細部まで罰則を定めそれに違反した場合は厳密に処分を行う方式です。広島の中学生の自死で大きな問題になった学校でも行われていました。

 こういった「ゼロトレランス」や「スタンダード」で、子どもたちに一体どんな「力が育つのでしょうか。A市スタンダード」では、授業の始まりと終わりに立って挨拶を求めています。その際、「語先後礼」といって、「お願いします」と言ってkら頭を下げることを求めています。

 「筆箱には、鉛筆5本、赤鉛筆と物差し、消しゴム1つずつ」というきまりもあります。「右手が耳につくように挙手をする」なんてものまであります。「スタンダード」をきっかけに、校則の見直しや厳選と言ったことが行われていた学校に再び「きまり」があふれかえるようになりました。

 子どもに要求されるのは、そお¥のきまりがどういう必要から生まれ、それを守ることでどんあ便利なことがあるのかという理解ではなく、訳もわからないけれど、黙ってやらされることに従う従順さです。

 日本の学校では、「子どもの権利条約」は死文と化しました。元々、政府はまともに実行するつもりはありませんでした。子どもの権利委員会から幾度、勧告を受けても放って置きました。それだけでなく、「子どもの権利」を尊重する世界の流れに逆行する「スタンダード」や「ゼロトレランス」が子どもたちに求める従順さは、元々人間が持っていた「パイオニア」の側面をも否定しています。「学習テスト体制」や「新指導要領」が描く子ども像も一部のエリートが大部分の大衆を引っ張る社会を想定しています。

 これは、かつて日本で幾多の人権を圧殺し、無辜の民を戦禍の渦に放り込んだかつての軍国主義とどこが違うのでしょう。

 教室にいる私の耳に、軍靴の音が響いて仕方がありません。

※戦時中の教育は、画一化、お上の決めたことに有無を言わさず従わせることであった。挨拶の仕方とか筆箱の中身まできまりで決めるというのは恐ろしいことである。すべて決められた通りに守らされることで創造性や批判精神が失われてしまう。お上の決めたことに従順に従う人間をつくることがまさに安倍政権が目指すところであるのだ。

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