教育・生涯学習

2017年4月 3日 (月)

着々と進む戦前回帰への地ならし

 文部科学省は新しい道徳教科書の検定で、東京書籍の1年用の道徳教科書の教材「にちようびのさんぽみち」の中にあった記述を「パンや」から「和菓子屋」に変えさせた。「我が国や郷土愛」の要素が不足しているというのが理由であった。

  東京書籍は文部省の意見を「忖度」して、「パンやさんは、おなじ1年生のおともだちのいえでした」という原文を「前後の文脈を変えて「にほんのおかしやで、わがしというんだよ」などと修正したというのだ。

  「和菓子屋」に比べて「パンや」がどうして「郷土愛不足だというのであろうか。街では和菓子屋はあまり見かけず、洋菓子屋の方が多いし、我が家の近辺の和菓子屋でも洋菓子と両方を売るようになって久しい。子どもたちも和菓子よりケーキなどの洋菓子の方を好むと思われる。

  パンは日本では多様なパンがつくられ、アンパンなどはフランスでも人気があると聞く。サンドイッチでも日本風にアレンジされて大量に売られている。日常生活に定着したパンが和菓子より郷土愛にもとるとは屁理屈である。

  また、学研教育みらいの1年生用教科書では、「アスレチックの公園」が「和楽器店」に入れ替えられて合格したという。やはり「忖度」したのだ。

  外国から来たものではなく、「和」がつけば日本的なものとみなすという短絡的な発想である。文部科学省の役人の頭は単細胞だとしか言いようがない。「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」を育むのはそうした発想では無理というものである。

  また、「武道」に「銃剣道」を取りいれるというニュースがあった。「銃剣道」と言えば戦前の学校には模擬銃があってそれを使って訓練されていた。私は幸か不幸か、その年齢になっていなかったので経験していないが。女子は長刀だったと記憶する。

  銃剣道といえば、白兵戦を想定したものである。戦争そのものの訓練である。それを復活するというのだから時代錯誤もいいところである。

  極めつけは、「教育勅語」の復権である。安倍政権は、教育勅語を学校で取りあげることを容認する閣議決定をした。とうとうここまで来たかと戦慄を覚える。

   しかし、教育勅語は明治天皇によって臣民に与えられた心構えなのだ。親に孝行をし、兄弟仲良く、夫婦睦合い、友達を大切にしなさいという儒教の徳目を並べている。稲田防衛相のように、教育勅語のこうした中身は肯定できるというのが自民党議員たちの大半の意見であると思われる。

 そうであろうか。教育勅語の要諦は、臣民がこうした徳目をしっかりと身に着け行うことで、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」にこそあるのだ。天皇に忠良な臣民を育て、何か危急のときには身命を擲って天皇のために死ぬということを説いたものである。

 実際戦前はその通り実行され、1銭5厘の赤紙1枚で戦地に狩り出された臣民は、「天皇陛下万歳」と死んでいったのである。「身を鴻毛の軽きにおく」ことをよしとされたのだ。そこには人権もなにもなかったのである。

 今、自民党と公明党が手を組んで安倍政権が進める戦前回帰の政策の数々は、気が付いたときはすでに遅しとなるであろう。そのことに気付くべきである。

 

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年3月16日 (木)

面白かった「多文化共生理解講座」ダイアン吉日師の話

 3月13日午後愛知国際プラザでAIA愛知県国際交流協会主催の「多文化共生理解講座」がボランティア研修会を兼ねて開かれた。2階のアイリスホールがいっぱいになるほどの盛況であった。

  この日の講師は落語家のダイアン吉日氏であった。英語の落語が聞けるということでそれを目当てに参加したのだ。

  会場には.緋毛氈で覆われた特設の高座が作ってあった。私はダイアン氏が男性の落語家だと思っていたが、登場したのは春らしい桃色の着物を着た白人の女性であった。

  私はダイアン吉日という落語家がいることは全く知らなかった。なにしろ現在日本には800人もの落語家がいるのだ。いくら落語が好きな私でも知らない落語家がいっぱいいる。

  ダイアンさんはイギリスのリバプール出身で、あのビートルズと同郷だそうだ。出囃子にはビートルズの曲を使っていた。

 子どもの頃、彼女の家には世界各国の人形があったそうで、それを見て世界に憧れ、4歳の時に世界を旅しようと思ったそうだ。そして大きくなるとバッグパッカーとして世界60か国を回ったという。彼女はアドベンチャーが好きなのだそうだ。だから訪れた土地でスカイダイブをしたり、ラフティングをしたり、バンジージャンプをしたりしている。

 日本に来たのは27年前だそうだ。日本中をヒッチハイクしたそうだ。そして大阪で桂枝雀の英語落語を見て興味をもち、枝雀の手伝いをしたのが落語を始めるきっかけであった。

 ダイアンさんの凄いところは、アドベンチャー精神だけでなく、物事を極めるというところだ。もともとはグラフィックデザイナーをしていたそうだが、日本が好きになり、日本文化に興味を持ったので、生け花、茶道、着付けなどを習った。ただ習っただけでなく、それぞれ免許をとって師匠となったのが凄い。着付けの先生として日本人に教えているのだという。

 着物が大好きで、和服を400着、帯を200本以上持っているという。部屋の壁にびっしりとつるしてある写真を見せてくれた。外国に行くときは必ず着物を持って行って着るのだそうで日本人も真似ができない。

 他にも凄いと思ったのは、バルンアートの専門家でもあり、バルンを持って東北の被災地を慰問したり、他の国でも教えたりしている。バルンで帽子と服を作り着ている写真を見せてくれた。

 さらに凄いのは、笑いを深めるためにわざわざインドまで出かけ、Laghter Yogaの創氏者から学んで、その師範となり、ついでAmbassador任じられたことだ。この日も講演の最後の方でLaghter Yogaを実際に体験させてくれた。それについては別項で取り上げたい。

 落語はもちろんプロで、古典落語をもとにしたものと創作落語を英語でやり、世界各国を回っているという。扇子と手ぬぐいという小道具だけで、1人で何人ものキャラクターを演じ分ける落語(traditional story telleing)は素晴らしいと話していた。

 耳で覚えたという日本語はペラペラで、分かりやすい笑いに溢れた講演であった。

 Images_2

Images_3


Images_1





 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月14日 (火)

教育勅語排除の国会決議

 森友学園の「瑞穂の国記念小學院」は籠池理事長が申請を取り下げた。狙いはこの問題をうやむやのうちに終わらせようという魂胆だと思われる。

  安倍首相夫人の昭恵氏は、塚本幼稚園で折角教育勅語や五箇条のご誓文の暗記をしたり、天皇崇拝や韓国・支那をヘイトする教育を受けても、公立の小学校に入ればそれが失われると危惧して、この記念小学校の名誉校長を引き受けたのであった。

  幼稚園児に教育勅語の暗記をさせること自体が教育法として間違っているが、それ以外にも教育勅語そのものが、天皇のためにいちでも命を捧げるというものであり、戦後23年の国会で排除の決議がなされたものなのだ。それを立派な教育だと感動する昭恵氏はとんでもないアナクロニズムである。

  Yahooニュースで、教育勅語排除の国会決議を見つけたので下記にコピペしておく。

 なお、この元はhttps://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/20170310-00068538/

 教育勅語等排除に関する決議

  民主平和國家として世界史的建設途上にあるわが國の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となつている教育勅語並びに陸海軍軍人に賜りたる勅諭その他の教育に関する諾詔勅が、今日もなお國民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、從來の行政上の措置が不十分であつたがためである。

  思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八條の本旨に從い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。

 右決議する

 出典:昭和23619日 衆議院本会議

   教育勅語等の失効確認に関する決議案

   われらは、さきに日本國憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが國家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に拂拭し、眞理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている。

   しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかりわれらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる。

   われらはここに、教育の眞の権威の確立と國民道徳の振興のために、全國民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力を致すべきことを期する。

  右決議する。

出典:昭和23年6月19日 参議院本会議

◎以下は渡辺輝人弁護士のコメント

 例えば、衆議院の決議は「これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。」としたうえ、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 」とする憲法98条の本旨に基づいて「排除」を決議しています。

  現に明治憲法と教育勅語の下で教育を受けてきた国会議員たちが、自民党の先達にあたる保守系の議員も含め、全員で、教育勅語が日本国憲法に反すると考え、「排除」「失効確認」の決議をしたことは極めて重要です。 

 

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年3月 4日 (土)

森友学園経営塚本幼稚園を訪問し感激する昭恵夫人

 友人が送ってくれたフジテレビの動画を見て驚愕した。安倍首相の昭恵夫人が幼稚園児の言葉に感激し涙ぐんでいるのだ。2014年4月のことである。

 昭江夫人の傍には籠池理事長が立って園児たちが昭恵夫人に話すのだ。話の内容はとても幼稚園児が自らの考えでいえるものではなく、丸暗記をさせられたことは明白である。

 

 園児たちはが、「日本国、日本国のために活躍されている安倍晋三内閣総理大臣を、一生懸命支えていらっしゃる昭恵夫人、本当にありがとうございます。ぼくたち・わたしたちも頑張りますので、昭恵夫人も頑張ってください」と話すと、安倍昭恵夫人は「感動しちゃいました」と答えているのである。

 こんなミエミエの演出に感動するという何と安っぽい感性の持ち主かと呆れてしまう。

籠池理事長が「中国から、何? 言って」と園児たちに促すと、
園児たちは「中国から鉄砲とかくるけど、ぜったい日本を守ろう」と言う。
籠池理事長が「安倍総理大臣を応援してあげてくださいよ!」と言うと、
園児が「はい!」と答える。

 それを聞いて 昭恵夫人は「ありがとう。おうちに帰って安倍総理大臣に伝えます。みんなを守りますように、みんながそう言っていたことを伝えます」と言うのだ。
籠池理事長が「うれしいですか?」と園児たちに聞くと、 園児たちは「はい!」と答える。

 籠池理事長はさらに、「『日本を守ってください、お願いします』と、昭恵夫人にきちんと伝えてください」と言うと、 園児は「日本を守ってくださいね」と言う。それに対し 昭恵夫人は「ちゃんと伝えます。ありがとう」と 昭恵夫人は、満面の笑みを見せたのである。そして、子どもたちと集合写真を撮っていた。

 何も分からない幼児に頭から覚えさせ、反芻させているだけである。これは洗脳以外の何ものでもない。恐ろしい教育である。この幼稚園では、教育勅語、五箇条のご誓文などを暗記させ、毎日復誦させているのだ。そして神道による教育をして日本は天皇の国だと植え付けている。

 そんな教育に昭恵夫人は、素晴らしい教育だと感動し、それを引き続いてやれるようにと安倍晋三記念小学校の名誉校長を引き受けたのであった。この動画の中で園児たちは、「安倍記念小学校をよろしく」とお願いしている。

 明治の日本に戻ることを考える日本会議の会員が閣僚の多数を占める安倍内閣は、森友学園をそのための教育をする先兵として応援しているのだ。だから稲田防衛相や海上自衛隊などが 感謝状をだしているのである。

 ※動画

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170301-00000247-fnn-soci

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年2月15日 (水)

昭恵夫人が名誉校長の小学校は偏向教育ではないのか

 昨日とりあげた塚本幼稚園は愛国幼稚園ともいわれるらしい。大阪・淀川区にある。この幼稚園では、幼稚園児に「教育勅語」や「五箇条の御誓文」を暗唱させるほか、伊勢神宮への参拝や自衛隊の記念式典で園児らが演奏したり、日の丸と旭日旗を振らせるなど、露骨なまでの“愛国教育”をおこなうことで知られている。

  右翼が賛同するのは当然で、日本のこころを大切にする党の中山斉彬や西村眞悟、田母神俊雄、竹田恒泰といった連中の推薦メッセージが園のHPに掲載されていたこともあるそうだ。

  昭恵夫人は過去に塚本幼稚園を訪問した際に「感涙にむせんだ」そうだ。籠池森友学園総裁が園児に「安倍首相ってどんな人ですか?」と問うたとき、園児が「日本を守ってくれる人」と答える姿を目にして感動したのだという(産経ニュース15年1月8日付)。

  「FRIDAY」(講談社)12月23日号によると、籠池総裁は「(昭恵夫人は)名誉校長就任を依頼した時、「

『即断でハイと言っていただきました。ありがたいお話ですね』とその事実を認めている。

  昭恵夫人は学園の広告塔の役割を果たしている。首相夫人が名誉校長ということで、どれだけ箔がつくことか。

  同幼稚園には安倍首相も講演に来ることになっていたそうで、その広告には、次のような部分があったそうだ。

  「尖閣諸島・竹島・北方領土(樺太の半分・千島列島・歯舞・色丹・択捉・国後)は 日本固有の領土です。日本人および日本国は矜持を持って堂々と対峙せねばなりません。
しっかりとした歴史観・国家感を持ち、それに裏打ちされた方向性と実行力を持ったリーダーに委ねたい。

  その最も有力な人物こそ、第90代内閣総理大臣 安倍晋三先生です。来る9月16日 安倍晋三先生が塚本幼稚園に講演に来られます。」

  一国の総理大臣がわざわざ幼稚園の要請に応じて講演に来るというのは生半可なことではない。普通あり得ないことである。つまり、安倍首相の肝いりだということだ。

  籠池総裁は瑞穂の國記念小學院のカリキュラムの特長についても「『教育勅語』」を中心に据えた『修身』や四書五経を学ぶ『儒学』、ご皇室の成り立ちや『古事記』『日本書紀』を学ぶ『国際日本学』などをとおして、日本人としての魂をしっかり育ててまいります」と言っているという。(致知2015年4月号)

 教育勅語は書き出しが次のようである。

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此
レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民

 神代の時代から連綿と続くと謳い、我が国体の精華と述べ、汝臣民と説くのである。まさに天皇主権であり、国民は臣としてひれ伏したのであった。教育勅語は現行憲法の国民主権とは真逆である。それなのに教育勅語を暗誦させるというのは憲法違反も甚だしい。いくら私立小学校とはいえ許されることではない。

 しかし、安倍夫妻はそれを当然だと認めているのである。安倍政権が目指す改憲の方向を先取りしていると考えているのであろう。

 自民党は昨年、教員の偏向教育の調査をした。平和とか戦争反対などを唱える教員を知らせるようにということであった。現行憲法に明記する「平和」「戦争放棄」を順守することがなぜ偏向になるのであろうか。教員の大半は公務員であり、憲法に従うことを宣誓しているのだ。首相以下憲法を守る義務があるのだ。

 一方、私立小学校や幼稚園とはいえ、上に挙げたような戦前の教育をしてよいものであろうか。それこそが憲法違反の偏向教育ではないか。こういうことが首相の応援のもとに推奨されていることは由々しきことである。

| | コメント (0)

2016年11月22日 (火)

後輩に聞く教育の現場

 後輩の現職教師が送ってくれた教育現場の現状を以下に紹介する。

 「教室に軍靴の音が聞こえる」というショッキングな見出しである。刺激的なタイトルで驚かれたことでしょう。「何を大げさなことを言っているのか?安保法制が実行段階に入り、南スーダンへの駆けつけ警護が発動したとはいえ、そこまで軍国化が進んでいることはないだろう」と思われるかも知れせん。しかし、今、学校で起こっていることを冷静に考えると、学校で子どもたちや教師にかけられる指示や命令は、私には軍靴の音に聞こえてなりません。

 全国津津浦々で「学校スタンダード」というものが教育委員会を中心に進められています。私の職場のあるA市では「A市スタンダード」と言っていますが、学びスタイルとか別の呼び名で行っているところも多いようです。

 「学校スタンダード」は、「standarad」という英語が意味する「標準」とか「基準」といったものを「学習基準」や「校則」「学習スタイル」を地区・市内の全校を画一的に指導することで、大量退職を終え、年齢層の大幅な若年化を迎えた学校原画で、効率的な学校運営・g買う衆指導を進めようという意図で行われているものです。

 教育内容への明らかな行政の介入ですが、大きな権限を持つ新教育長のもと、あちことで強力に進められているのが実態です。

 「ゼロトレランス」というものもあります。これは「zero」「tolerance(寛容)」の文字通り、不寛容を是とし、細部まで罰則を定めそれに違反した場合は厳密に処分を行う方式です。広島の中学生の自死で大きな問題になった学校でも行われていました。

 こういった「ゼロトレランス」や「スタンダード」で、子どもたちに一体どんな「力が育つのでしょうか。A市スタンダード」では、授業の始まりと終わりに立って挨拶を求めています。その際、「語先後礼」といって、「お願いします」と言ってkら頭を下げることを求めています。

 「筆箱には、鉛筆5本、赤鉛筆と物差し、消しゴム1つずつ」というきまりもあります。「右手が耳につくように挙手をする」なんてものまであります。「スタンダード」をきっかけに、校則の見直しや厳選と言ったことが行われていた学校に再び「きまり」があふれかえるようになりました。

 子どもに要求されるのは、そお¥のきまりがどういう必要から生まれ、それを守ることでどんあ便利なことがあるのかという理解ではなく、訳もわからないけれど、黙ってやらされることに従う従順さです。

 日本の学校では、「子どもの権利条約」は死文と化しました。元々、政府はまともに実行するつもりはありませんでした。子どもの権利委員会から幾度、勧告を受けても放って置きました。それだけでなく、「子どもの権利」を尊重する世界の流れに逆行する「スタンダード」や「ゼロトレランス」が子どもたちに求める従順さは、元々人間が持っていた「パイオニア」の側面をも否定しています。「学習テスト体制」や「新指導要領」が描く子ども像も一部のエリートが大部分の大衆を引っ張る社会を想定しています。

 これは、かつて日本で幾多の人権を圧殺し、無辜の民を戦禍の渦に放り込んだかつての軍国主義とどこが違うのでしょう。

 教室にいる私の耳に、軍靴の音が響いて仕方がありません。

※戦時中の教育は、画一化、お上の決めたことに有無を言わさず従わせることであった。挨拶の仕方とか筆箱の中身まできまりで決めるというのは恐ろしいことである。すべて決められた通りに守らされることで創造性や批判精神が失われてしまう。お上の決めたことに従順に従う人間をつくることがまさに安倍政権が目指すところであるのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年11月21日 (月)

名古屋大学レクチャー2016公開講座

 名古屋大学レクチャー2016公開講座に申し込んだら聴講券のハガキが来たので楽しみにしていた。今回の公開講座は、11月19日に名古屋大学豊田講堂であった。レクチャーをするのは大阪市立大学、滋賀大学名誉教授の宮本憲一博士であった。久々にアカデミックな雰囲気を楽しむことが出来るのだ。

  演題は「持続可能な社会への道」―戦後公害の歴史的教訓から―」というものであった。会は学長の挨拶のあと、最初に帝京大学教授の寺西俊一氏の「戦後日本公害史と宮本経済学の意義」という解説があった。

  その後名古屋大学レクチャー盾の贈呈式があり、レクチャーをした栄誉を称える名古屋大学最高の賞が宮本教授に贈られた。

  講演は2時から始まった。ステージ中央に大きなスクリーンが下され、パワーポイントを使ってレクチャーが進められた。文字が画面いっぱいに書いてあり、読むのも大変だったが、メモを取っている内に画面が変わってしまうので残念であった。

  市場主義経済学では、自然破壊や公害患者の被害は社会的費用として、コストに参入せず、むしろプラスとして評価する。しかしこれは誤りである。だから「環境経済学」を創るのが生涯の仕事となったと話された。

  四大環境問題は、熊本水俣病、福島原発事故、神通川イタイイタイ病、沖縄辺野古基地だと指摘された。

  そして戦後の公害の歴史を話された。公害病の原点は熊本の水俣病にある。それが新潟の水俣病に波及し、神通川のイタイイタイ病が起き、四日市の大気汚染公害が起きた。イタイイタイ病は解決した。四日市の公害は公害対策の原点となった。その辺のことを資料を使って詳しく説明された。

  公害は生物的弱者(年少者、高齢者、病弱者)から始まる。そして社会的弱者に集中する。絶対的・不可逆的被害(死亡、不治、自然破壊・・・)である。

  No more 四日市というスローガンで、静岡県の三島。清水、沼津で公害反対の市民運動が誕生した。それが公害対策基本法制定につながった。各地に公害反対運動が広がった。

  公害解決の二つの道、それは①革新自治体の誕生、②企業城下町で公害裁判であった。パワーポイントで詳しく説明された。

  1974年には公害健康被害補償法が世界で初めて制定された。

  公害対策では女性が差別される。それは逸失利益が考慮されるからだ。

  OECDの日本への評価は、公害の防除には成功した。企業に負担をさせたのはよい。環境の質の向上はまだだ。

  70年代、80年代は日本がリードしたが、今はEUがリードしている。

  不況・新自由主義政策で公害対策が後退した。(アメリカに端を発した金融恐慌など)

  環境政策の市場化が問題であると指摘した。

  日本の環境問題は、原発事故、水俣病、アスベスト対策、沖縄辺野古基地の自然環境破壊だという。

  「持続的可能な発展とは、将来の世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、今日の世代の欲求を満たすことである」

  西欧型の近代化は終焉したがそれに代わるものを見いだせていない。

  環境と開発に関するリオ宣言(27か条)が大事だと言われた。

  「持続可能な発展から 維持可能な社会へ」このフレーズに現在の危機感が表現されているようだ。宮本氏は今重大な転換期に立っていると指摘した。世界の平和、核戦争をしないこと、環境や資源を守ること、生態系の危機、貧困問題など。こうした問題をどう解決し維持可能な社会をつくるかの岐路にあるというのだ。

 宮本名誉教授は、85歳とは思えぬはっきりとした話し方で、パワーポイントを駆使してレクチャーをされた。その極一部しかメモできなかったが、話の核心は捉えたつもりである。でも間違った受け止めがあるかもしれない。

 パリ協定がトランプ氏によって無視され、ISなどによるテロがはびこり、新自由主義経済が広がり、中国やロシアなどによる領土拡張主義が当然とされ、再生可能エネルギーより原発が利用され、21世紀は不安の世紀である。

 私たち1人ひとりが取り巻く環境や地球や世界に関心を持ち関わって行くことが大事だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月15日 (金)

恐ろしい自民党の偏向教育実態調査

 自民党のホームページで学校教育における政治的中立性についての実態調査」というタイトルのページを設けている。

  (党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です

  学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。)

  戦後70年、教員は戦時中の大政翼賛の小国民教育で教え子を洗脳し、戦地に送り出したことを深く反省し、「二度と戦争はしない」「教え子を戦場に送らない」を合言葉に、憲法と教育基本法にもとづく平和教育を行ってきた。

 それが自民党・公明党が安保法制を集団的自衛権行使可能にし、いつでも自衛隊を戦場に送れる法にしたことを受け、「子どもたちを戦場に送るな」は偏向教育だと言い出したのだ。「憲法9条を守ろう」とか「戦争反対」「世界から核兵器をなくせ」などはみな偏向教育とされるのであろう。

 そして実態調査をするとして、投稿フォームまで用意をした。〔そこで、この度、学校教育における政治的中立性についての実態調査を実施することといたしました。皆さまのご協力をお願いします。》とつづけ、投稿フォームを設置。氏名や性別、連絡先などとともに、《政治的中立を逸脱するような不適切な事例を具体的(いつ、どこで、だれが、何を、どのように)に記入してください。)

 政治的中立性の名の下に、「教え子を戦場に送らない」はイデオロギー教育だとして、実態調査というやり方で”密告”を要求しているのだ。逆に「みなさん、政府に協力して喜んで戦場に出かけましょう」とやれば、それは中立を保った立派な教育であるというのであろうか。

  政権がいつも正しいことをやるとは限らない。それは戦前の軍国主義教育でいやという程知ったことである。イラク戦争だって過ちであったと米国も英国もオランダも認めたではないか。そういう戦争に子どもたちを送らないということの何処が間違っているのか。

 政権の意向に反する者はすべて「偏向」であると決めつけようという戦慄すべきことを自民党は始めたのだ。参院選挙前にこのホームページは作られたようだが、2/3を獲得した今、ますます牙を剥いて来るに違いない。あの北朝鮮のような密告による統制を事もあろうにこの日本でやり始めたのである。

※密告フォーム

 https://ssl.jimin.jp/m/school_education_survey2016

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年3月 1日 (火)

高校生の校外での政治活動届出不要は当然だ

 原発問題、集団的自衛権閣議決定や安保法制などで高校生の中にも集会やデモを企画したり、参加する動きが広がっている。18歳選挙権も認められたことだし、高校生が社会問題や政治問題に関心を持ち積極的に行動することは大変よいことである。

 文部科学省はそれまで通知で禁じていた高校生の校外での政治活動を解禁し、今年1月には学校への事前届け出を認める考えを示した。朝日新聞の調査によると、全都道府県と政令指定都市では、4府県と2市が「届け出は不要」としているそうだ。

 愛知県は「生徒の判断に縛りをかけてはいけないと考えた」と説明。大阪府は「校外活動を全て把握するのは難しい」としているという。あの大阪府が届出不要としているのは意外であった。北海道や東京都など27自治体は「判断は各校に任せる」としている。「検討中」と「未検討」が33自治体あるそうだ。

 集会に参加する高校生たちは「届け出制はちょっと怖い。学校に白い目や偏見で見られるような気がして、参加しづらくなる」といったそうだ。仙台市の担当者の心配も同じで「生徒が政治活動に参加しにくくなる恐れがある」と校長らに説明したという。

 「進学校なので『そんな時間があったら勉強しろ』と嫌味を言われそう」

 「政治に眼を向ける1歩が踏み出せなくなる」

 などという高校生の意見はその通りだと思う。政治活動に参加することも立派な勉強なのだが、親からすれば進学には役立たないというのだろう。

 とにかくこうしたことは生徒の自主判断に任せることが大事である。安倍政権の本音は何とかして政治参加を食い止めたいということだろうが、安保法賛成の団体もあるのだからそうした集会に参加するのは歓迎するだろうから、両刃の刃である。

 高校生ともなれば大いに社会問題、政治問題の関心もち、SEALDsの学生のように勉強をして、自分の考えを持って参加などをして欲しいと思う。

 名古屋でも開かれた、T―ns SOWLなどの高校生の活動に大いなる拍手を送りたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月22日 (日)

ネットで見つけた「外国語を学ぶメリット}

 スマートニュースを見ていたら、「外国語を学ぶ7つの意外なメリット」という記事を見つけた。私も外国語を勉強してきたし、外国人に日本語を教えているので興味をひかれ読んでみた。

 1.母国語が進歩する

  第二言語を勉強するだけで、第一言語の文法、語彙、話し方のスキルが目覚ましく進歩するとい

  これまであまり意識したことがなかったが、言われてみると無意識のうちにそういう能力が鍛えられることは想像できる。自分としては話し方や対人の接触の仕方が変わったように思っている。

 2.集中力が高まる

  複数言語を話す被験者が言語理解のタスクをこなしている際に、彼らの脳をfMRI(機能的磁気共鳴画像)で観察した研究があるという。

  それによると、複数の言語を話す人は1つしか話さない人より競合する単語をふるいにかけるのが上手いことがわかったそうです。競合する単語を排除するこの能力は、気が散る環境でも特定の作業に集中できる、という利点があるそうだ。

 3.よくある脳の病気を予防する

  脳に関して言えば、外国語の学習はアルツハイマー病や認知症の予防になるか、発症を4.5年遅らせることができる。これは最も効果のある薬でも6〜12か月しか症状を遅らせることがないのに比べるとはるかに強力だそうだ。何とも嬉しい話である。

  米国神経学学会は、2つ以上の言語を話すと脳の中の神経経路を増やすことになり、それにより情報処理をするチャンネルの数が増加することを示す研究を発表しているという。

  14日のNHKスペシャル「認知症の予防」で、歩くことなど脳のチャンネルの活性化によって認知症の予防ができると言っていたことと通じる。

 4.数学のスキルが向上する  

  2007年にマサチューセッツ州で精力的な研究を行った合衆国外国語教育協議会は次のような発表をした。

  「外国語を学習する子供たちは、たとえこの第二外国語学習のせいで数学の勉強の時間が無くなっても、学校時代は外国語を勉強せず数学の授業を多く受けている学生より優れた成果を挙げている」

  おいおい本当かよ・・・と言いたいところだが、何だか小学校での英語教育への援軍のようにも受け取れる。

  さらにミシガン大学言語学習誌に発表されたArmstrong氏とRogers氏の1997年の研究では、外国語を週に90分だけ1学期間勉強した学生は数学と国語で著しく高い点数を取っているという。私は算数・数学が大の苦手だが、学生時代は英語も苦手であった。

  後からわかったことであるが、新しい言語の構造を学ぶことは論理的で構造的な思考を必要とするので、これは理に適っている。言語学習における記憶術のような記憶のテクニックも数学で大きな役割を果たしているという。

  論理的な思考は私も好きである。外国語の学習が影響しているのだろうか。

 5。あらゆる学習が速くなる

  2007年にマサチューセッツで行われた同研究では、言語学習を通した「認知障害解決のエクササイズ」は何を学習する場合にも直接適用できるという結論に達しているという。

  記憶力も新しい言語を学習すると向上する。より多くの情報を吸収して記憶することが学習曲線を著しく短くする。以前見たことがあるものを学習しなおすのではなく新しい情報を学ぶことにより多くの時間を費やすことになるからだそうだ。

  二か国語を話す人は普通の人よりマルチタスキングをすることに優れているという研究報告もあるという。

 6.外交的になり、人に好かれるようになる

  言語学習は新しい言語を話すことだけではなく、新しい文化を体験することでもあります。その通りである。

  学習中の新しい言語の練習をして上達するためには、その言語を母国語として話す先生について勉強して、会話を交わしたり、その言語を使う集まりに出席する必要がある。外国人と話すことは外国語学習過程の一部なのだ。

  外国語で話すことで得られる体験は、人と会って話す経験と基本的には同じである。外向的で社交的になるスキルは人生の別の分野にも直接転用可能である。

  確かに英語会話を勉強することで英語自体が持つ能動的な発想や英語圏の人物の積極的な生き方を取り入れることができる。

 一番重要なのは、言語学習は自分とは異なる他人の立場になって考えたり全く異なるものの見方で世界を見ることになることでる。従って、他人に対する共感力が発達する。それは私も実感していることである。

 7.創造性が倍になる

  新しい言語を話すと、使い慣れていない言葉で物事を考えないといけないことがよくある。

 しっくりきて他人に意味が通じるような文を1つ作るために、しばしば言葉を集めてパズルのように合わせる必要がある。それにより枝分かれ的な思考のスキルを向上させて、問題に対して複数の解決策を着実に考える訓練をすることになるというのである。

 この「枠にとらわれない」試みを実践していることが、多言語を話す人の方が単一言語を話す人より創造性が高いと研究者が結論付けた理由である。

8.自信が高まる

 何かを成し遂げようとして成功すると、それがどんなに小さな成功であろうと自信のレベルが高くなる。

 ネイティブスピーカーと30秒だけ会話ができることでさえ、自信がぐっと強くなる。なぜならば、前にはできなかったことができたからだ。

 できる→自信→できる→自信・・・の螺旋状のサイクルが向上につながって行くのだと思う。

※出典

7 Surprising Benefits of Learning a New Language (Backed by Research)

 Sean Kim(訳:春野ユリ)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧