教育・生涯学習

2021年7月19日 (月)

IT時代で手狭になった教室

 16日の朝日新聞に「教室『もっと広く』文科省が通知へ」という記事があった。今春から小中学生に原則1人1台の情報端末が配備され、より大きな机が必要になり、教室が手狭になっているからだという。

 多くの学校で必要になる老朽化対策と一体で教室の拡大を行うことを提案するという。直ちに対策が必要な築40年以上の公立小中学校は、昨年時点で約46%に上るという。

 これまでの机の面積は60cm×40cmだったが、新規格では65cm×45cmにするそうだ。その他に電子黒板や保管庫を置くスペースも必要だ。

 この記事を読んで、二つのことを思った。その一つは60年ほど前に教員になった時のことだ。知多の田舎の学校で最初の年は児童数が35人ぐらいだったが、次の年には49人を受け持ったことを思い出す。教室の前から後ろまでぎっしり机がならんだ。

 児童数が増えた理由は愛知用水の工事であった。工事関係人が家族連れできたので一気に増えたのであった。

 その後も学級定員はずっと40人以上で、名古屋に転勤しても退職するまで定員は変わらなかったように思う。

 もう一つは、パソコンのことだ。退職まじかになって学校にパソコンが入った。まだWindowsの初期のパソコンであった。パソコンのために教室が1つ用意され、週に1回ずつ児童がパソコンに触ったが、パソコンは確か2台ぐらいで、グループで交代にパソコンに触れた。パソコンを操作すると言っても、起動したり、ソフトを立ち上げたりすることであった。パソコンが1台50万円もしていた時代である。教員の中でもまだワープロが全盛時代であった。

 あれから28年ぐらい、今やタブレットパソコンを1人1台という時代になったのだ。今の学校の現状は全く知らないが、今の子どもたちはパソコンやスマホを扱う子が多いと思うし、インターネットも自由に使えるのであろう。まさに隔世の感がある。

 IT時代になって、それに応じて教室の広さも変わっていくのだ。

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2021年6月 1日 (火)

教員免許更新は即刻廃止ずべし

 30日の朝日新聞に教員免許についての特集記事があった。安倍政権時代の2009年から教員免許は10年ごとの更新を義務付けられてきた。更新するためには一定期間の講習を受けなければならない。

 忘れていて更新をしないと免許を失い教員をできなくなる。しかしうっかり失効で免許を失う教員がけっこういるという。

 その講習だが、教育委員会が行う研修と内容が重なることがあるという。また講習は土日や夏休みなどに自費で受けなければならず教員の負担が非常に大きい。

 免許の更新が必要なのは運転免許と教員免許だけで、医師、弁護士、保育士などは更新がない。

 どうして教員免許だけ更新が必要なのだろうか。しかも10年ごとにやらなくてはならないのだ。日本以外では米国だけが更新制度があるがその他の国ではない。

 私が教員をしていた頃は教員になると4月すぐに新任教員の研修が行われた。その後も年に何回か教育委員会などの研修会があった。

 そういう研修会を官制研究会と呼んでいた。それに対し、自主的な研究組織があり、民間教育と呼んでいた。児童言語研究会、作文の会などや社会、理科、算数、音楽、体育、英語などさまざまな全国的な民間研究グループがいろいろあった。

 それぞれの民間研究グループは、児童生徒を大事にする教育について日夜研究を重ね、研究成果をまとめた雑誌や書籍や夏休みを利用して開く全国的研究大会などで一般にも広げていた。

 私は国語の研究をする児童言語研究会と作文の会に属して研究をした。それ以外に算数は遠山啓先生の指導法、水泳はドル平泳法・・・というように、属していない研究会の指導法を自分で学んだ。

 また、日教組は指導法研究会を持ち全国的に研究を進めていたが、文部省などからは嫌われていた。

 教員の多くは官制研究会、民間の自主的研究会、組合の研究会などそれぞれが自分で選んで指導法の研鑽をしたのであった。

 記事では、早稲田大学の由布佐和子教授が「制度を廃止し自主的な学びを」とコメントしているが、その通りである。教員は自主的に研修することが大事なのだ。それを安倍政権は免許更新という名目で一律に押し付けの講習を義務付けたのだ。狙いは安倍政権が望むヒラメ教員を造成し、いつかは戦前のような教育にしたいという深慮遠謀があるのではないかと勘繰るのだ。

 教員免許更新制度はすぐにでも廃止すべきである。

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2021年4月20日 (火)

日本語教室が再開してすぐキャンセルに

 17日の土曜日、愛知国際プラザの日本語教室が久しぶりに再開されるというので、1日中雨が降るという天候であったが出かけた。会場について手の消毒をし検温をした。新学期なので受付をすませた学習者が8人いた。

 そこへ日本語教室の課長がやってきて、「20日から愛知県にまん延防止等重点措置が適用されることになったので、来週からの日本語教室は中止になるだろう」と言った。詳しくはホームページで知らせるのでそれを見るように来た学習者に伝えて欲しいと言った。それで私が英語でその旨を伝えた。

 ただせっかく来たのでその日は授業をすることは構わないということであった。私が教えていた学習者のINさんも来ていた。11人来た学習者をボランティアが分担して授業をした。

 私の教えるINさんは、国際プラザで開催する日本語教室に火、水、金、土の午前午後も申し込んでいた。どうしてそんなにやるのかと尋ねたら早く日本語が上手になりたいからだと答えた。

 授業後ボランティアの打ち合わせがあった。課長が参加して、対面の日本語教室ができなければONLINEでやるつもりだと話した。これまでに5回、ZOOMの勉強会を持って希望するボランティアでONLINEでやれるように準備をして来た。
金曜日の午後にやる予定が決まっていたが、我が土曜午前のクラスでは土曜日にやりたいと希望を出し、OKとなった。

 新型コロナウイルスはいつ終息するか全く見当がつかないので、対面式の従来の授業は今年中は無理だろうという。今年はONLINEでの授業にトライすることになりそうだ。

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2021年2月23日 (火)

形容動詞という呼び方

 中学校で初めて文法というものを習ったと記憶するが、様子を表すものを学校文法では形容詞と形容動詞という分け方をしていた。

 美しい、おいしい、楽しい…というような語句が形容詞の仲間で、きれいな、静かな、親切な…のような語句が形容動詞と呼ばれている。

 どうして形容動詞というのかは知らなかったが、習ったままにそういうものだと覚えていた。

 日本語教室で外国人に日本語を教えるようになって、外国人向けには語句の形で見分けられるように、イ形容詞,ナ形容詞と呼んでいることを知った。「美しい」は言い切りの形がイで終わっているのでイ形容詞で、「静かな」は言い切りの形がナで終わっているのでナ形容詞である。とても分かりやすい。どうして学校文法では難しい呼び方をするのだろうと思ったものである。

 「日本語びいき」(清水由美著 中公文庫)を読んでいて、その由来を知った。形容動詞はむかしナリ活用だった語句の仲間で、ナラズーナリーナルーナレバーナロウのようにラ行動詞の活用に似た変化をする。それで意味は形容詞だが変化が動詞みたいなので形容動詞と呼んだのだと説明してあった。

 外国人向けの日本語文法を考えた人は誰だか知らないが、イ形容詞,ナ形容詞と名付けたのは凄いと思った。

 50年ぐらい前に、国語学者の大久保忠利先生から、国連に登録されている日本語文法が当時400以上あるということを聞いたことがある。エッ、そんなにもあるのと驚いたので今でも覚えている。

 有名なのは橋本文法、時枝文法で、文部省は学校文法を使っていた。しかし、いずれも形容詞、形容動詞という品詞分類をしていた。せめて学校文法には、イ形容詞、ナ形容詞という呼び方を取り入れたらよいのにと思う。

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2021年1月17日 (日)

中国人母親が見た日本の幼稚園のよいところ

 newspassを見ていたら「恐ろしい! 日本は『中国で軽視されがちなこと』を子どもにちゃんと教えていた」という記事があった。中国メディアの快資訊が載せたものだ。
 

 中国では「子どもの未来は祖国の未来」とよく言われ、多くの親が子どもの教育に力を入れている。しかし、中国と日本では幼児教育も大きな違いがあるという。
 

 この母親の見るところでは、日本の幼稚園は「生活力」を培わせている点が中国と大きく異なるという。生活力には、靴の履き方、整理整頓、手洗い、箸の使い方、トイレ、あいさつ、「ありがとう」や「ごめんなさい」と言うことの大切さなどが含まれると紹介している。

 確かに日本では靴の履き方、靴箱へのしまい方、身の回りの物の整理整頓、手洗い,箸の使い方、鉛筆の持ち方、トイレ、挨拶、、「ありがとう」や「ごめんなさい」・・・・もろもろのことを家庭も含めてきちんと教える。小学校でも低学年のときにさらに教える。

 こうしたことはいずれも中国の幼稚園では軽視されがちだという。私は中国の幼児教育は知らないので意外な感じを受けた。

 次に、日本の幼稚園における最も重要な学習は「遊ぶこと」だと指摘。遊びを通じて体力を養い、「人間関係や生活環境に溶け込み改善することの意識」、「言葉によるコミュニケーション」を学ぶことを紹介している。中国では国語や算数などが最も重要な学習と考えているという。
 

 このほか、幼稚園では雨の日を除いて毎日近くの公園へ散歩に行くと紹介。外で遊ぶことで自然に接する機会があると同時に、子どもは小さな怪我をよくするものだと指摘した。しかし、日本の保護者は子どもが「ちょっとした傷」を作ることに怒るどころか、「自分を守ることを学べるので良いことだ」と考えると伝えた。これは、子どもが傷を作ろうものなら激怒する親が多い中国とは大きな違いと言えるという。

 確かに買い物に行く途中で公園を通ると保育園児が保母さんに連れられてやってきて遊んでいる。日光を浴びて遊ぶことはとても大事なことだ。

 子どもの傷についての考え方の違いも面白い。日本では昔から遊んで傷を作ることで叱られることはなかった。
 

 公園に行くことで道路の横断の仕方など交通ルールを学ぶこともできると称賛。こうした教育のおかげで、小学校に入ると自分で登下校できるようになると感心している。中国には小学生の集団登校はないのだろうか。

 この母親は日本の幼稚園に子供を入れてよかったと思っているようだ。

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2020年12月22日 (火)

オンラインで多文化共生理解講座聴講

 19日(土)に愛知県国際交流協会が主催する「多文化共生理解講座」があった。この講座はZOOMを使ってのオンラインで行われた。

 講師は前任の愛知県国際交流員と現職の愛知県国際交流員で、米国人の前任者は米国に帰っているのでニューヨークからの参加であった。現職の人は日本人の母を持つ人でマレーシアや米国で住んでいたと言っていた。二人とも日本語は日本人並みに流ちょうに話していた。

 レクチャーだと思っていたらそうではなかった。愛知県国際交流協会の職員がMCを務めて、二人に交互に問題を提起して話すことを振っていた。二人共米国人でニューヨークの人は日本文化が好きだと言っていた。ミックスの人は海外経験が豊富のようであった。

 話題は日本の印象とか日本に来て受けたカルチャーショックとかニューヨークの現状とかなどで、多文化共生についての講師の経験や考えなども聞いていた。

 最後に質問やメッセージをメールで送る時間があってそれに答えていた。私は何も質問しなかったが、米国での人種差別の問題について尋ねればよかったと後悔している。

 米国では時間について日本の様なきっちりしたところがなく緩いと言っていた。また個人主義で自分の意見をはっきり言うと言った。

 ニューヨークではPCR検査がいつでもどこでも無料で受けられるそうで、行列を作って並んでいる人たちの写真が心象的であった。日本は相変わらず検査が広がっていないのはいったい何が違うのかと思った。

 話の内容はこれまで知っていることで新鮮味はなかったが、ZOOMで直接聞けるとことがよかった。ZOOMでの聴講はこれで二回目であった。会場に出かける必要がなく自宅で気楽に参加できるところがよい。

 

 

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2020年10月23日 (金)

学校連絡デジタル化

 文部科学省が20日、押印を省き、デジタル化を進めるよう、全国の教育委員会に通知した。朝日新聞によると、保護者や学校関係者からは「便利になる」と歓迎の声が上がる一方で、教員の負担が軽減されるのか疑問視する声もあるという。
 

 25年前に退職する頃になって、ようやくコンピューターが児童生徒教育用に2台ほど入った。その頃はワープロが普及し始めていたので文書作成にはワープロを使ったが、多くの教員は手書きでそれをファックスでコピーして印刷していた。

 その後パソコンが普及し始め、インターネットが使われるようになった。今やインターネットは誰でも使う時代である。ガラ携でもメールのやり取りはできるが、スマホの普及によってインターネットがより便利になった。

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、オンライン授業まで一気に行われるようになった。

 考えてみれば学校のデジタル化は遅すぎた感がある。もっと早くからやれたはずだが、おそらく機器の普及が足かせとなって文科省はためらっていたのだろう。

 デジタル化をするにはどの家庭にもスマホかパソコンがあることが前提になる。記事によると福岡県の公立中学では家庭の通信環境について調べたら、約5%の家庭は対応できなかったという。今や子どもでもスマホを持つ時代だが、コロナ禍によって保護者が職を失う人も増えたはずだ。

 そんな中でコロナ禍によって文科省はタブレットを全児童生徒に持たせるようにすると言った。愛知県の高浜市のように全校生徒・児童にタブレットを持たせた自治体もある。

 2021年中には全国の学校でタブレットが行きわたるであろう。そうすれば通信環境はインターネット接続の問題だけになる。貧しい家庭には環境を整える補助をして全家庭でインターネットを使えるようにすればよいのだ。

 ネットで連絡ができるようになれば担任と保護者との連絡が24時間いつでもやれるようになる。単なる連絡事項だけでなく、ネットでの相談もできる。これまで連絡帳でやって来たことがネットで速くできるようになる。

 ただ、通知表などはこれまで通り紙が良いと思う。ネットでの保存と違い,きちんと保存でき、いつでも見ることができるからだ。

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2020年10月 7日 (水)

SEC(昭和英会話クラブ)40年の歴史に幕

 昭和英語会話クラブ(略称SEC)は2020年9月29日約40年の歴史の幕を閉じた。SECを設立したのは1981年1月21日であった。1980年に昭和社会教育センターができ、その講座に英語会話ができた。受講者は40名ぐらいあったと思う。講師は向陽高校の藤吉睦夫先生で、レッスンは当時としては珍しい英語で行われた。

 受講者の中には海外旅行へ行ったことがある人とか多少は英会話ができる人もいたが、私や美智子さんのように全くの初心者もいた。私などはNice to meet youも知らなかった。でも、藤吉先生による英会話のレッスンは新鮮で楽しかった。この講座は2期続いて終わった。

 そのときこのまま終わってしまうのはもったいないということで、有志25人で英語会話クラブを作ることになった。講師はセンターに頼んでおいて米国人のJulia Sopalskiさんを見つけてもらった。

 それ以来インストラクターはネイチヴスピーカーもしくはそれに準ずる人に依頼する決まりとなった。米、英、加、豪、フィリピン、スリランカ、ブルガリア、ポーランドなどさまざまであった。インストラクターのキャリアも大学教授、言語学者、高校教師、ハーバード大卒、大学医院生・・・など多彩であった。

 オリジナルメンバーで最後まで残ったのは美智子さんと私の二人であった。40年も続くとは夢にも思っていなかった。気が付いたらいつの間にかそれだけに年月が経っていたという感じであった。

 今年になっても加入希望者は何人かいたが、新型コロナウイルスの関係もあって会を開けなくなり、再開したときには、メンバーも6人となり、会を維持することができない状況になったので閉じることにしたのであった。

 再入会した一郎さんが27年半、多津子さんが約18年、妙子さんが約16年半、照枝さんが約15年半、洋子さんが約14年であった。みんな長い間在籍し高齢となった。最後のインストラクターはオーストラリアのSallyさんであった。

 SECはただ英会話を学ぶだけでなく、メンバーとの交流が楽しみであった。クラブでは毎年旅行や忘年会または新年会などをやっていた。SECのメンバーでインストラクターの国イギリスとスコットランドを訪ねたのは楽しい思い出であった。

 Sallyさんとは一郎さんの案内でタイ旅行をしたのもよい思い出となった。

 しばらくはSECロスが続くかもしれない。
 

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2020年9月29日 (火)

少人数学級実現への動き

 私が現役の頃国語教育の研究をしていた「児童言語研究会名古屋支部」の児言研便りが届いた。それによるとコロナ禍の中で「少人数学級が必要!」といいう運動が広がっていることを知った。日本教育学会、全国連合小学校長会、全国市長会、全国町村会など次々に少人数学級の要望を表明しているという。

 国会でも取り上げられ、7月16日には教育研究者有志12人(乾彰夫氏、佐藤学氏、前川喜平氏、山本由美氏など)が呼びかけ人となり、「安心・安全な少人数学級を速やかに実施してください。授業を詰め込みすぎず、仲間との学びと豊かな学校生活を保障してください」との全国署名を開始した。(これより先にも全国各地で、少人数学級を求める署名はてんかいされていた。全国署名は約40日間で15万筆集められ、9月17日に文科省に提出された。この署名だと思うが私も賛同をした覚えがある。

 署名は引き続き進められ、12月末に2回目の集約がされることになっている。このような運動や世論の高まりによって、政府・文科省の中でも前向きな動きがでるようになったそうだ。菅政権はぜひ重要案件として少人数学級を実現させてほしいものだ。

 日本の対GDP比での公的支出は、OECD加盟国38か国で下から2番目の低さである。日本は2.9%、OECD平均は4.1%である。せめてOECD平均並みに引き上げるだけで、10万人の教員を増やして少人数学級を実現することは可能だという。
30年ぐらい前現職の時確か4学級定員が40数人であったが、その頃スコットランドに行ったとき、現地の先生から30人学級だと聞いたことがある。日本との違いの大きさに驚いたものであった。
ネットで調べたら、次のような記事があった。自民党内にも少人数学級実現の動きがあるのだから実現性は高い。
 

 自民党教育再生実行本部(本部長・馳浩元文部科学相)は24日、1クラス30人以下の少人数学級の実現に向け、政府に義務教育標準法の改正を求める決議を採択した。同日、馳本部長らが萩生田光一文科相に決議文を手渡した。
 公立小中学校の学級は、標準法に基づき1クラス40人以下(小学1年のみ35人以下)で編成している。決議では、新型コロナウイルス対策で「3密」を回避し、パソコン端末の活用も進める観点から「きめ細かな指導の充実を図ることが不可欠だ」と指摘。少人数化は段階的に導入することとし、2021年度の予算編成過程で必要な財政措置を検討するよう要請した。
 

 少人数化に必要な教員数は8万~9万人程度。自治体が計画的に人材や教室を確保できるよう、方策を示すことも求めた。

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2020年2月 6日 (木)

昭和・平成前半の頃の教育現場

 「ニュースパス」を見ていたら、「昭和生まれが経験した学校の"常識"『教室で先生が喫煙』『真夏に休憩せずに部活していた』」という記事があった。それに触発されて書いた。
 

 私が教員になったころは、たしかにたばこの好きな教員は教室で煙草を吸っていた。職員室で煙草を吸うのは当たり前で、そこここで紫煙がたち上っていた。私は煙草は吸わないが伏流煙をいつも吸わされていた。
 

 「先生がチョークとか黒板消し投げたりしてた」これも私が中学生高校生の頃よく目にしていた。教員になっても投げつけている教員がいた。
 

 戦後でも体罰に関する考えは戦前を踏襲していて、5年生の頃、復員した教員が「鉄拳制裁」というあだ名で恐れられていた。私も一度叩かれそうになったが叩かれなかった。

 頭をコツンとやるのは誰もやっていて、おでこをパチンとはじく教員もいた。女の先生でも長い物差しでパチンとやる人がいた。

 体罰は容認されていて父母からも何も言われなかった。というより「先生厳しくしてやって下さい」と体罰をやるように言う父母も多かった。

 廊下で立たせるとか、水の入ったバケツを持って立たせるというようなこともあったし、罰に廊下の雑巾がけを50回などというのもあった。

 体罰について厳しく言われるようになったのはいつ頃からだろう?私の記憶では退職する間際まで体罰があったように思うのだが。

「給食残せない。昼休みでも授業始まっても食べ終わるまで食べさせられる」さすがに授業が始まっても食べている子どもを見たことはないが、私もある女の子に厳しくしたことがあって、今でも思い出すと胸が痛む。
 

 ただ、私は自分食べられる量を盛り付けてもらうようにさせていた。私が退職まじかになって、クラスに甲殻類アレルギーの子がいて驚いたことがある。それまでは食物アレルギーについては全く聞いたこともなく、子どもたちも好き嫌いは別として何でも食べていたからだ。

 「予防接種の注射針が使いまわし。よく無事だったと思う」というのがあったが、校医が毎年注射をすることがあったが、注射針はアルコールで消毒して確かに使いまわしていた。使い捨てになったのはずっと後のことだと思う。

 昔は熱中症などという言葉はなく、真夏の日差しの中で顔も体も真黒く焼くのがいいとされていた。だから炎天下でも部活も認められていた。ただ、水分を摂ると疲れるという理屈で、水分補給が制限されていた。今では信じられないようなことであった。
 

 今でも忘れられないのは、バレーボールの試合について行ったとき、指導教官が試合の前に昼食を食べさせなかったことだ。私は時間も十分にあるし、食べさせた方が力が出ると思ったのだが、その教師は「食べると力が出せない」と言っていた。
 

 昔は今と違って信じられないようなことが教育現場で当たり前のこととしてまかり通っていたのだ。

 

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