(19)いくつかの大事だと思われること
① 短いセンテンスで話す
センテンスが長いと格好良いと思いがちであるが、会話でも文章でもセンテンスは短い方が相手に分かりやすいのである。接続詞はなるべく避けてセンテンスを完結させるようにするとよい。
② 母語からの直接的な翻訳はしないように気をつける
日本語の単語を思い浮かべて、それを英語に翻訳して話そうとするとそれに対応する適当な単語や表現が見当たらず四苦八苦することが多い。日本語と英語(外国語)は別の言語だから等号で結ばれるような関係にはないと思うべきである。だから説明的に表現したり、別の言い方を工夫したりすることが求められる。
「花冷え」とか「春の嵐」などの英語や他の外国語の対応句はないはずだ。
③ 間違いを恐れない
外国語を話す場合、日本人は文法的間違いを恐れる傾向がある。とにかくどんどんと話すことにトライすることが大事である。私が知る限り、英語を学ぶ日本人でも、日本語を学ぶ外国人でもおしゃべりな人は上達が速い。
また、間違えたときは、しまったと後悔するので脳に強力に定着しやすいのだ。
脳科学者の茂木健一郎さんは、NHKのプロフェッショナルで次のように話している。
「後悔しているとき特に活発に働いているのは眼の奥にある「眼窩前頭皮質」だということが分かった。そこは環境の変化に適応する適応力を司る場所だったのだ。
後悔することは環境に適応し自らを成長させることである。後悔をするということは次からは後悔しないように工夫することなのだ。
後悔は”反省”(単なる振り返り)ではなく、後悔をすることにより、脳の中では”現実”(実際に起こったこと)と”想像”(もしこうやっていたらこうなっていたのに)の比較がされるのだという。あれやこれやと比べながらどうすればよかったのか、これからはどうするとよいのかなどを思い巡らせるのだ。
そのときに”くやしい”とか”悲しい”とかのネガティヴな感情が起こり失敗の経験が脳に強く刻まれる。そして、その失敗を繰り返さないための適応力が向上すると考えられている。」
私の経験でも、英会話クラスで間違えてしゃべって、家に帰る途中とか布団に入ったときとかに突然、「ああ、あの時はこういえばよかったのだ」と思いつくことよくある。間違えて後悔することは大事なのだ。
④ 忘れることを恐れない
英語に限らず、年齢を重ねるたびに物事を覚えることができなくなり、覚えていたことをとっさの場合に思い出せないことが多くなる。新しい単語やイディオムを覚えようとしても、そのときは覚えたつもりでも次の日になると忘れてしまっている。
思い出すことでも同じである。先日もこんなことがあった。population人口)と言おうとして、popularityと口に出てきてしまったのだ。覚えているはずのことが出なくなり、次の日辺りにひょいと思いだすのだ。
結局は、繰り返し繰り返し対象言語に触れることしかないのだと思う。子供が母語を覚えるのもそれに日常茶飯に触れているから自然に覚えて行くのだ。相撲取りも同じである。
⑤ 体験的に見つけたこと
その一つは、 シャドウイングができるようになるまで繰り返し聴くことである。私は毎朝ウオーキングをしているが、その時に同じ中国語のテープばかりを聴いたのだ。するとある時自分がテープを聴きながらシャドウイングをしているのに気づいた。同じテープを聴き続けているうちに自然にシャドウイングができるようになっていたのだ。同じことを英語でも試してみたら、やはりシャドウイングができた。
つまり、外国語のテープを聴くにしても、同じものを繰り返し聴きシャドウイングができるようになるまで続けることが大事だということだ。
その二は、授業の録音をして次の日に聴くことである。これはICレコーダーを買って最近になって英語会話のクラスの録音を始めた。そして次の日のウオーキングのときに聴くのだ。するとインストラクターが教えてくれたことなどがよくわかることを発見した。授業のときだけだと忘れてしまうことがもう一度聴くことによって確認されるのだ。もし、若ければ一度聴きかえすだけでも覚えられるかもしれない。復習が大事だということを今更ながらに知ったのである。
(20)日本語学習のやさしいところ
私は中国語も勉強したが、こちらは発音では「四声」が難しく、発音のたびに頭の中で「これは一声?二声?」というように、チェックをしなければならない。「声調」を間違えると全く駄目だからだ。声調さえなければと思うのである。
その点日本語は声調は無いし、アクセントさえあいまいである。学者の研究によると、アクセントのない所の方が多いのだそうだ。これは外国人が日本語を学ぶ場合の大きなメリットである。
中国語では、聴き取りが最も難しい。理由は、日本語にない音がいろいろとあること、同音意義語や声調が同じ単語があること、単語の種類や数が多いこと、故事成語がよく使われることなどである。
そこへ行くと、日本語は母音が5つしかないし、音も120程度である。英語にいたっては発音は単語の数だけ覚えなければならないのだ。
中国語の易しいところは、読むことである。日本人にとっては漢字が共通している部分が多いので、簡体字と簡単な文法さえ覚えてしまえば新聞を読むことは可能である。通常1年間ぐらい中国語を勉強すれば何とか新聞を読めるようになると言われる。
同じように中国人が日本語を学習する場合、漢字に関しては非常に有利である。
外国人が日本語学ぶ上でもう一つの利点は、平仮名の存在である。
日本の小学校では、1年生に作文を書かせるときに、「話すとおりに書けばいいんだよ。」と教える。何故か?一年生では5月までに平仮名の読み書きができるように指導することになっている。平仮名さえ書けるようになれば、漢字を知らなくても文章は書けるのだ。また、一年生では、お話タイムを作って簡単なお話を口頭でさせるので、作文のときにも話したとおりに平仮名で書けばいいということになるのだ。
同じことは外国人にも当てはまる。平仮名さえ書けるようになれば、覚えた日本語を書くことができるのだ。
英語の場合はそうはいかない。単語の綴りを覚えないといけないからだ。
(21)英語の指導について
日本では2010年から、小学校でも英語の学習が始まり、4年生以下は年に20時間、5年以上は35時間の勉強をすることになった。また、高等学校では英語教師は英語で授業をしなければならなくなった。
その点に関して、先の川崎さんは、次のように提案をしている。
「生活に密着した英語の導入を図るには、英語による指示をパターン化する「指示英語」の定着を図る必要がある。」と。
私もかねてから小学校も含めて学校で英語を教えるとすると「指示」や「受け止め」の英語を教師が身に付ける必要があるだろうと感じていた。留学経験がない者にはどのようにすればよいのかと思っていた。確かにさまざまな場面を想定してそれに見合った指示や受け止めの英語の例文を覚えることは有効であろうと思う。
これはネイティヴでない教師が外国語を教える場合には言えることであろうと思う。
(22)日本語教師に望まれること
外国人に日本語を教える場合にインストラクターに必要なことをメモ風に書いておきたい。
・ 日本語の標準の発音が明確にできること。
・ 文字を筆順も含めてきれいに正確に書けること。
・ その場にあった指導法がとれること。
・ 文法、語法などの知識。
・ 日本の文化、生活習慣についての知識。
・ どうしても媒介言語を使いたいときは間違った使い方をしないように気をつける。
終わりに
日本では、英語偏重がまかり通り、NHKは英語番組だけを増やしているし、文部科学省も小学校からの英語教育を実施する。
5月3日の朝日新聞によると、ベネッセによる中学校英語教員対象の調査では、英語教育が変わっても「英語を話せる日本人は増えない」と考えていることがわかったという。英語を話せるというレベルをどう考えるのかも前で述べたように問題であるからこれだけでは何ともわからない。
今や英語は世界共通語のような存在となって英語を話せないと何かにつけ不利な状況が生まれてきている。アメリカ人やイギリス人など英語を母国語をする連中がのさばる勢いである。アメリカ人は英語しか知らない人が多いと聞く。英語が通用するから英語で十分だと考えているのだろう。
こんなことでいいのだろうか?と危惧する。世界にはいろんな言語があるからそれを尊重することがまず大事である。ドーデの「最後の授業」ではないが、母国語をきちんと話すことは大事なことである。母国の言葉や文化を学んで守りその上で外国の言語や文化を学ぶことが肝要であろう。英語はその中のひとつである。
それに英語にもいろいろあるのだからそのローカル性を認めて行くことが大事だと思う。日本人は日本的英語でいいのだ。堂々と日本英語を貫き相手が分からなければ分かる努力をしろというぐらいの気概が必要だ。
また、日本に来る外国人は日本語ぐらい勉強してから来たらどうかと言いたい。
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