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2021年10月14日 (木)

100均のフェイスタオルで十分だ!

 スマートニュースを見ていたら、「バスタオルをやめたらいいことばかりでした」という記事があった。筆者は”しーな”という主婦らしい。

 使っているのは『ホテルスタイルタオル(ビッグフェイスタオル)』だそうで、普通のフェイスタオルよりちょっと大きめのようだ。

 やめてよかったのは、次の3点だという。

①洗濯が楽、 ②普通のハンガーに掛けられる、  ③収納スペースを取らない
 

 その他に値段が安いこともあげられよう。この人の使っているタオルは500円~700円ぐらいだそうだ。

  この記事のタイトルに目がとまったのは、私は85年の人生でバスタオルをほとんど使ったことがないからだ。子どもの頃は戦争で品物がなかった。タオルではなく日本手ぬぐいだった。

 戦後になってフェイスタオルが出回るようになっても、入浴にはフェイスタオルを使い、バスタオルを使うことはなかった。

 友人や職場の人たちとの旅行では、他の人は宿やホテルのバスタオルを使っていた。中にはバスタオルでナイトいけないという人もいた。

 私も用意されたバスタオルを試しに使って見たことがあるが、どうもしっくりしなかった。

 入浴して体を拭くとき、フェイスタオルの方が使いやすくてきれいに拭き取れるのだ。

 最近は100均でフェイスタオルを買っているので10枚買っても1100円である。肌触りや色をいろいろ選ぶこともできる。中国製やベトナム製などだが食べ物とは違うので気にすることはない。

 「我が家にとっては『時短・省スペース・節約』と、いいことだらけでした!」と書いている”しーな”さんに教えてあげたいくらいだ。

 ちなみに妻は100均の白いフェイスタオルを入浴、手拭きなどの他に雑巾を作ったり、台拭きにしたり様々な用途に使っている。

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2021年9月29日 (水)

「じいじ」という呼び方

 9月25日の朝日新聞「いわせてもらおう」に「じいじ」という言い方が2回、フロントランナーに1回出ていた。「じいじ」というのは孫などがおじいさんを呼ぶとき使う呼び方でおばあさんの場合は「ばあば」というようだ。

 「じいじ」「ばあば」はよく聞いたり見たりする使い方である。いつの頃から使われるようになったのかは知らない。コトバンク大辞泉には「《「じじ(祖父)」の音変化》祖父をいう幼児語。⇔ばあば」と簡単な説明であった。

 幼児が言いやすいように「じいじ」「ばあば」と使っているうちに子どもが成長してもそのまま使っているのであろう。

 これによく似た呼び方に「父ちゃん」「かあちゃん」がある。私の場合この呼び方で育てられたので大きくなったら恥ずかしくて言えなかった。「お父さん」「お母さん」なら恥ずかしくないのにと思ったことであった。成人すると「おやじ」「おふくろ」と呼んでいた。

 それで子どもができたとき、私は「お父さん」「お母さん」と呼ぶようにして育てた。だから子どもたちは大きくなっても違和感なくそう呼んでいる。

 ところで「じいじ」「ばあば」だが、私には残念ながら孫がいないのでこれまでに誰からも「おじいさん」と呼ばれたことがない。もし孫がいても「じいじ」とは呼ばせない。「おじいさん」がいいと思う。私自身は祖父をおじいさん、祖母をおばあさんと呼んでいた。

 世間では「じいじ」「ばあば」が多いようだが、そのうち別の呼び方に変わっていくのだろうか。

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2021年9月10日 (金)

学歴による社会の分断 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」について

 スマートニュースを見ていたら「学歴による社会の分断 『日本人の3人に1人は日本語が読めない』調査結果も」というセンセーショナルな見出しの記事があった。それによると、以下のような4つのことが分かったというのだ。根拠とするところは2011~12年にOECD(経済協力開発機構)が実施した「国際成人力調査」PIAAC(ピアック:Programme for the International Assessment of Adult Competencies)だそうだ。

【1】日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない(正しく読解できない)
【2】日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない
【3】パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない
【4】65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない

 日本は江戸時代にでも寺子屋などがあり教育に力を入れて来たが、明治になって学制が敷かれ義務教育によって誰もが小学校で教育を受けれれるようになった。それで識字率は今では99%だが、世界から見ると23位なので驚いた。
先だっての学力調査で小学生の結果が落ちて来たとあった。また、パソコンやスマホの普及によって読解力などが落ちて来たと指摘する学者もいる。

 【1】日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない(正しく読解できない)というのは、どんな文章について言っているのだろうか不明だ。今の若い人たちは新聞を読む人が少なくなったので新聞がピンチだと言われる。そういうことも影響しているのだろうか。

 【2】「日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない」というのはどうだろう。これも根拠が分からないが、計算で言うと九九と3桁の加減だと思う。そしてそれを使った文章問題だから簡単なものだと思うのだが。

 【3】「パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない」というのはどんなスキルを言うのだろう。ワードやエクセルを使うことやメールを送ることを指すのだろうか。これも何を基本的な仕事というのか不明である。

【4】「65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない」というが、高齢者は元々パソコンに苦手であるが今の65歳ならもっと使える人が多いのではないだろうか。若い人たちでも肉体労働の人たちは使えないということだろうか。

 私が現職の頃やっと学校に数台のパソコンが入り子どもたちもたまに触れることができるようになった。1990年頃の話しである。以来インターネットが発達し、パソコンも年々改良された。コロナのお陰で今や子ども一人に1台のタブレットが供給されるようになった。

 大人もスマホを持っていない人は少ないであろう。スマホは小さいだけで立派なパソコンである。3人に一人がパソコンを使えないとは到底信じられない。

 

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2021年8月31日 (火)

「褞袍」を何と読む?

 スマートニュースに「なんて読む?」という漢字クイズがたくさん出ている。その中に「褞袍」というのがあった。しばらく考えて「どてら」だと思い答えを見たら合っていた。

 「褞袍」の字を見て、子どもの頃父親が褞袍を着て座っていた姿を思い出した。自分も褞袍が欲しくなって高校のころ母親に作ってもらった記憶がある。

 南紀新宮市に住んでいたが冬はやはり寒かった。当時は暖房と言えば火鉢であった。火鉢に手を当てれば暖かく感じるが部屋の中を温めることはできなかった。

 夜寝るときは湯たんぽを使っていた。ブリキの様なもので作った容器にお湯を入れて熱いので布でくるんで足元に置いて寝た。陶器でできたものもあった。電気こたつができて湯たんぽが取って代わられた。

ところで褞袍だが、綿を入れて作ってあり、足元までの長い着物なのでそれを羽織って勉強すると寒さが防げた。今なら羽毛を入れて作るであろうがその頃はそんな洒落たものはなかった。

 褞袍も湯たんぽも今では死語になってしまったと思うが、褞袍を着て受験勉強をした頃がなつかしい。

 褞袍の語源をネットで調べたら次のように出ていた。

 江戸時代の方言辞書『物類称呼』に「襦袢、北国及び東奥の所々にて、ててらといふ」とあり、襦袢の異名で「ててら」と呼ばれていたことが分かる

 江戸末期には、丹前とほぼ同じ物を指すようになり、現在では丹前を「どてら」と呼ぶ。
どてらの対象が襦袢から丹前になった理由は、元々、襦袢が広袖の上着を指していたことに関係すると思われる。


「ててら」の語源や、「ててら」が「どてら」に転じた理由については分かっていない。

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2021年8月 2日 (月)

朝日be「化粧したいですか」の調査を読んで

 7月31日の朝日新聞beに「化粧したいですか」という調査が載った。それによると、「はい」が26%(内訳は男性7%、女性47%)、「いいえ」が74%(内訳は男性93%、女性53%)であった。回答者は1567人。

 ところで「化粧」について、調査では定義されていないが、クリームや乳液などを塗ることではなく、その上にほほ紅をさしたり、口紅を付けたり、マスカラをしたりすることを指すのだと解釈した。
 

 男性でも7%の「はい」があるが、ずっと以前から若い男性には念入りに顔や髪の手入れをする人が増えていると言われていた。中には毎朝1時間以上もかけるという人がいると聞いて驚いたことがある。
 

 女性は年頃になると、化粧をしたくなるものと思っていたが、「いいえ」が53%もあるのは意外であった。その理由は、「必要性を感じない」が626人、「面倒くさい」が595人であった。女性でも面倒だと感じるのだ。

「いいえ」でも化粧するという人は、「マナーだから」が90人、「なんとなく」が63人、「不健康に見える」が56人、「周囲から浮く」が38人、「すっぴんが嫌い」が19人となっていた。多分みな女性が答えたのだと想像する。

 カナダやアメリカに行ったとき高齢の女性で化粧をしている人が多いと感じた。高齢になっても化粧をしてきれいに見せるのはよいことだと思ったし、高齢の人に化粧を勧めるセラピイもある。認知症にもいいと聞いたことがある。

 繁華街に出かけるとたまに化粧をした高齢女性を見かけることがあるが、日本人は昔は高齢女性は地味であることが美徳であったからか現代でも化粧はしないようだ。

 私は一度も化粧に関心をもったことがない。若い頃はポマードを髪につけて髪を分けるのが流行ったから使ったが、そのうちポマードが流行らなくなったのでやめてしまった。以来、整髪料なども使わないし、化粧水も使わない。

 オーストラリアに行ったとき、知人など現地人はみな日焼け止めなどを使っていたが、私は一度も使ったことがない。

 子どもの頃は夏は太陽に焼けて黒くなるのが勧められていて、2学期が始まると、互いに黒さを自慢し合ったものであった。今からは考えられないことである。そのくらいだから男子が化粧どころか顔の手入れをするなどは考えられないことであった。

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2021年7月10日 (土)

スマホが脳に与える影響

 今やスマホは世界中で使われ、小さな子供から高齢者まで普及している。電話を発明したベルがこのことを知ったら驚愕するであろう。

 スマホは持ち運びのできるコンピュータで、これ一つあればほとんどのことができてしまうから、生活するうえでの必須アイテムである。

 いったい一日にどのくらいの時間スマホに向かっているのだろうと思ってネットで調べたら、日本人の平均は1日2~3時間、学生だと6時間も使うとあった。

 これほどスマホに向かっていると、脳にもよくないのではないかと思っていたら、ダイヤモンドオンラインにスマホは脳を悪くするという記事があった。 

 スマホの使い過ぎが脳に負荷をかけ、記憶障害や判断力の低下、集中力の低下を引き起こすと言われているそうだ。そして一つの実験を紹介してあった。「5分間のスマホ利用で記憶に重大な障害」というもので外国のものだ。

【健常者64人と軽度認知障害者20人を実験群、健常者36人を対照群として次の実験を行った。

 実験群に対しては、最初に10個の単語を見せ、それを思い出しながら書き出してもらうテストを行う。それを(1)スマホを使う前、(2)スマホを5分間使った直後、(3)スマホを5分間使ってから5分後――という3パターンでスコアを比較する。

 一方、対照群はスマホを使わず、実験群と同じ時間間隔でテストを行った。

 その結果、実験群ではスマホを使った直後の健常者のスコアがもっとも低く、3回目の測定(2回目の測定から5分後)はスマホを使った直後よりもスコアは良かったが、スマホを使う前のスコアよりも下だった。

 反対にスマホを使わなかった対照群は1回目、2回目、3回目とテストの度にだんだんとスコアが上昇、すべて実験群を上回った。またスマホを使った60~80歳の老齢者は、若い年齢層に比べてスコアの低下が大きかった。】

 スマホを使うことが単純な作業でも影響を与えるというのは興味深い。高齢者は若者より良くなかったというのも理解できる。

 なぜ、このようなことが起きたのか?記事は次のように解説している。

【認知心理学にはワーキングメモリー(作業記憶)という概念がある。脳は作業に必要な情報を一時的に記憶し、作業が終わると必要な情報と不要な情報を整理して、不要な情報は消す。その一時的な情報整理の作業を行う場所がワーキングメモリーだ。

 ワーキングメモリーで情報は整理され、記憶されるが、スマホを四六時中使っていると常にワーキングメモリーに新しい情報が入るため、整理する暇がない。そのため、記憶が定着せず、記憶力が落ちることになる。スマホは本当に記憶力を低下させるのだ。】

 ワーキングメモリについて知らなかったので、ネットで調べたらいろいろな説明があった。その一つ。

【ワーキングメモリは認知心理学で用いられる構成概念で、作業記憶、作動記憶と呼ばれることもあります。脳の前頭前野の働きの一つで、作業や動作に必要な情報を一時的に記憶し処理する能力で、私たちの行動や判断に影響しています。なかなか馴染みのない言葉ですが、実は私たちの日常に深く関係している機能なのです。

 ワーキングメモリの役割は、入ってきた情報を脳内にメモ書きし、どの情報に対応すればよいのか整理し、不要な情報は削除することです。ワーキングメモリの働きによって、瞬時に適切な判断を行うことができます。

 例えば、私たちが会話ができるのは、相手の話を一時的に覚えて(記憶)、話の内容から相手の意図をくみ取り(整理) 、話の展開に従って前の情報をどんどん忘れる(削除)という作業を無意識に行っているからです。このような情報処理の流れは、読み書き、運動、学習等、日常における様々な活動に関わっています。】

 なるほど脳にはそういう働きがあるのか。スマホの使い過ぎはそれを狂わせるのか。ちなみに私はスマホは電話とLINEの他には検索エンジンで調べることとニュースを読む程度である。ゲームやYuoTubeなどはやらない。blogを書くのはパソコンでやっている。

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2021年7月 4日 (日)

サングラス

 7月3日の朝日新聞be、「サザエさんをさがして」はサングラスを取り上げていた。サングラスと言えば、私にとって強烈な印象を与えたのは連合軍司令官マッカーサー将軍が厚木飛行場で飛行機から出てくる姿であった。黒いサングラスをかけて確かパイプを口にくわえていたように記憶するが、その姿が実に格好良かった。

 日本でサングラスが売られるようになったのは戦後の何時のことだろう。母方の叔父がマッカーサーの様なサングラスを買って得意げに見せてくれたのを思い出す。

 サングラスは日本ではよくないイメージがある。タモリはサングラスを売り物にしているが、最初見たときとても違和感を感じた。テレビに出るときにするものではないと思った。

 サングラスをすると目を見ることができないのでその人がどんな人か分からなくなるのだ。だから悪事を働くときはサングラスをかけてやるようだ。

 記事によると、北海道大学の結城教授の実験が紹介されていて、他人の感情を知りたいとき、顔のどこに注目するかを日米核00人の学生を対象に調べたそうだ。

 わかったことは、「日本人は相手の目の形を、アメリカ人は相手の口の形を重視する」ことだという。

結城教授の考察は、

 ①目の動きは意図的な制御が難しく、口の動きは制御が容易。

 ②感情を表に出さないことを求められる日本人は、目だけに本心が表れやすい。

 ③そのため日本人は相手の目だけを見がち。

 ④だからサングラスに抵抗感が強いと考えられる。

 意識してはいなかったが、心理的にはその通りで、目を見ることができないサングラスは不気味さを感じるのだ。

 「逆に米国人は、口と目の両方に感情が正直に出がちなため、動きが大きな口の動きを重視する。だからマスクに抵抗感が強い」と結城教授は言う。

 英語の発音は口の動きが大きく、日本語は口をほとんど動かさない。アメリカ人は表情が大きく豊かだ。欧米人がマスクを嫌うのもそういうことであったのか。

 私は夏の暑い日差しを避けるための薄い色が付いた眼鏡を持っているが、ほとんど使ったことがない。サングラスをかけた人を見るとどうしてかけているのだろうと思う。たまに日が出ていない時間にサングラスをかけた人を見るが、表情を見られたくないのかなと思う。

「目は口ほどにものをいう」という諺があるが、サングラスで目を隠されては困る。

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2021年6月16日 (水)

父親の呼び方

 6月12日の朝日新聞「be」に、「父親を『パパ』と呼びますか?」というアンケート調査が載っていた。意外だったのは、「いいえ」が何と94%もあったことだ。世間では「パパ」「ママ」が多いと思っていたが、それはドラマなどの世界のことだというのだ。

 私は子どものころ、「父ちゃん」「母ちゃん」と呼んでいたが、中校生頃になると恥ずかしく感じるようになった。そして、大学生になると陰では「おやじ」「おふころ」と呼ぶようになった。その方が大人になった気分であった。

 そういう経験から、結婚して子どもができたとき、「お父さん」「お母さん」と呼ばせるようにした。以来ずっと今も「お父さん」「お母さん」と呼んでくれている。

 アンケートの集計では、

 お父さん 846人、おやじ 301人、お父ちゃん 195人、 父ちゃん 135人、倒産 128人、パパ 86人、おとん 

30人、名前で呼ぶ 23人、おっとう 15人、お父さま とうさま 11人、おとっつぁん 10人、おやっさん 9人、父上 

7人、おやじどの 4人、ととさま 4人、パピイ 3人となっていた。

 母は自分の父を「おとっつぁん」と呼んでいた。昔の小説を読むと「おとうさま」とか「父上」などが見られたが、上流の家庭であった。「おとん」は大阪辺りであろう。外国式に名前で呼ぶのは近すぎてどうかなと思う。

 どう呼ぶかはその家庭の躾けとかコミュニティによって影響されるのだと思われる。

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2021年6月15日 (火)

シミチョロ

 暑くなったので襟のついた半そでのTシャツを上着として着ている。ボタンを上まですればよいのだが、空気を入れるために一番上のボタンは留めないで着ている。

 昨日食事をしているとき、妻が「白いシャツが見えているよ」と言った。下着は丸首の白いシャツを着ているので襟の部分がちょっと覗いているのだ。本当はVネックの下着を着ればよいのだが丸首もあるのでそれを着ていたのだ。

 ちょっと覗いているのは確かにみっともない。その時、ふと思い浮かんだ言葉があった。「シミチョロ」である。おそらくこの言葉は今は死語となっているであろう。後期高齢の女性なら知っているかも知れないが。

 戦後アメリカの文化が入ってきて、若い女性はシミーズを着るようになった。中年や年寄りはまだ腰巻や着物を着ている人が多かった頃である。

 その上夏になると暑いので女性も上半身裸の人が多かった。私の母も家ではその仲間であった。そんなときに、近所に女学校の校長先生の奥さんがいて、その人はシミーズを着ていた。夏はシミーズ姿であった。子ども心にシミーズはいいなと思ったものであった。
ところで「シミチョロ」だが、女学生など若い女性で時たまシミーズの裾がスカートの下からチラッと見えている人がいた。その様子を「シミチョロ」と言ったのである。

 シャツでも見えるのは格好が悪いがシミーズの場合はもっとみっともない。女性の下着だからである。今と違って足でさえ膝下まで隠していたのであった。

 念のために「シミチョロ」をネットで検索したら、いくつもヒットしたので驚いた。昭和40年頃まで使われていたらしい。シミーズはその後スリップに変わったが、「スリチョロ」とは言わない。スリップになって見えなくなったのかもしれない。

 ここまで書いてまたネットで見ていたら、いつのころからか「シミチョロファッション」というのがあると出ていた。スリップの裾にレースの模様がついていて、それをわざわざ見せるらしい。そういえば若い子でレースの裾を見せているのを見たことがある。シミチョロだと思って見ていたがわざとだとは!時代も変わってきたものである。

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2021年6月12日 (土)

マスクで変わる人の見方

 9日の羽鳥モーニングショーで、0「若者とマスク」について取り上げていた。新型コロナウイルス禍でマスク着用が義務ではないが強く要請されて以来、マスク着用の習慣のない西欧諸国もマスクをするようになった。もともとマスクをする習慣のある日本ではほぼ全員が真面目にマスクをしている。初めのうちはマスクをしない人もいてマスク警察などというマスクをしない人に注意する人まで現れたくらいだ。

 私は道を歩いているとき、自転車で行くとき、他の人との距離があるときはマスクをしないが、一般の人はマスクをしているので感心する。

 それだけ行きわたったマスク着用だが、着用によって人との接し方が変わったというのが番組が取り上げた内容であった。

 驚いたのは、昨年4月に大学に入学して他の人のマスクがない顔を見たことがないという学生がいることだ。オンライン授業の時はマスクを取るので見るという学生もいた。

 マスクをしていると自分がマスクを外した顔を見られたときどう見られるかを気にするという若者もたくさんいた。確かにマスクをしていると目と額しか分からないから、どんな顔の人なのか想像するよりほかはない。

 それで若者の恋愛観も変わって来たというのだ。マスクを外して見せてとは言いにくいので、マスクのない顔を見るには食事に誘って食べるところを見るのが一番だという。マスクをしていることによって顔を見て好きになるとか、一目惚れをするとかいうことがなくなったという。

 私のような高齢者でも初めての人を見たとき、この人はどんな人だろうと推察することが難しい。

 悪いことをする連中はマスクのようなもので顔を隠すがそれはどんな人物かを知られないようにである。同様にマスクは人をも隠すのだ。

 

 

 

 

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