面白い話題

2017年11月22日 (水)

3歳でシナプスの形成が完了

 「脳はバカ、腸はかしこい」(藤田紘一郎著)の106ページに以下のようなシナプスの形成について書いてあった。興味深かったので取り上げた。

  人間の赤ちゃんの脳は牛や馬などの他の動物に比べると、大きく成長して生れて来るという。

  体重は大人の約20分の1なのに、脳の重さは大人の4分の1もあるというのだ。そんなに大きく生まれて来るとは知らなかった。

  母親の胎内で卵子が受精すると、その後42日間で赤ちゃんの脳は40%分も成長するそうだ。42日というと僅か1か月と12日程度である。42日目に最初の神経細胞(ニューロン)が作られて、120日後には、その数が1000億にもなるという。毎秒9500個のニューロンが作られているというから驚きである。しかしそれ以降は、そのもの凄い成長がピタリと止まるというのだ。

  生まれる60日前、ニューロンは互いにコミュニケーションを取り始め、軸索という神経突起が伸びてニューロン同士がつながり、シナプスという連結が形成されるのだそうだ。このシナプスは生後3年間で完成されるという。3歳の時点で1000億個のニューロンが互いに連結し、たった1つのニューロンにつき1億5000個ものシナプスが形成されるというのである。

 しかし、3歳以降に不思議なことが起こる。脳は、入念に作られた回路の多くを使わないように仕向けるというのだ。使われなくなった回路は使用不能となり、壊れ始めるという。こうして3歳から15歳までのあいだに使われなくなった無数のシナプスが失われ、16歳ごろには、回路の半分が使い物にならなくなり、修復も不能だというのだ。

 人間の成長過程で脳の中でこのような事態が進んでいたことは初めて知ったが、どうしてせっかく作った回路を使わなくなるのかについての説明はなかった。しかし大変興味深い話しである。

 ※参考:ニューロン

  脳を構成する主役は「神経細胞」である。神経細胞は、電気信号を発して情報をやりとりする特殊な細胞だ。その数は大脳で数百億個、小脳で1000億個、脳全体では千数百億個にもなる。

 一つの神経細胞からは、長い「軸索」と、木の枝のように複雑に分岐した短い「樹状突起」が伸びている。これらの突起は、別の神経細胞とつながり合い、複雑なネットワーク「神経回路」を形成している。神経細胞は、細胞体と軸索と樹状突起で一つの単位として考え、「ニューロン(神経単位)」とも呼ばれる。

 細胞体の大きさは、大きいものでは10分の1mm以上あるが、小さなものではわずか200分の1mmしかない。大脳では1立方mmに10万個もの神経細胞が詰まっている。そして脳全体の神経細胞から出ている軸索や樹状突起をすべてつなげると、100万kmもの長さになる。 この複雑で巨大な神経細胞のネットワークを電気信号が駆け巡り、高度な機能が生まれてくるのである。

 ※参考:シナプス

 軸索の末端は、こぶ状に膨らんだ形をしており、「シナプス」と呼ばれる。シナプスは次の神経細胞と密着しているのではなく、数万分の1mmほどのすき間「シナプス間隙」がある。軸索を伝わってきた電気信号は、シナプス間隙を飛び越えることができない。では、どうするのだろうか?

 シナプスでは、電気信号を化学物質の信号に変えて次の神経細胞に情報を伝達しているのである。電気信号が伝わってくると、シナプスにある小胞から「神経伝達物質」という化学物質が、シナプス間隙に分泌される。神経伝達物質が、次の神経細胞の細胞膜にある受容体に結合すると、電気信号が生じて情報が伝達されるのだ。シナプス間隙の伝達にかかる時間は、0.1~0.2ミリ秒ほどである。神経伝達物質および神経修飾物質はアセチルコリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど、現在までに数十種類が発見されている。

 ※詳しくはhttp://www.brain.riken.jp/jp/aware/synapses.html

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2017年11月14日 (火)

男性が小便をするとき立ってするか、便座に座ってするか。

 男性が洋式便器で小便をする場合、立ってするか便座に座ってするかを調べた数字が発表された。NPO法人日本トイレ研究所が10日、「いい(11月)トイレ(10日)の日」に合わせて、アンケート結果を発表したのだ。

  11月10日がトイレの日だというのは知らなかったが、こういう調査があることも初めて知った。それによると、男性の44%は自宅のトイレで座って排尿する――。尿が飛び散らないよう配慮する「座って派」と「立って派」(55%)が拮抗(きっこう)している実態が明らかになったそうだ。

  私はずっと立って小便をしているが、婿の家に行くと座ってすることを要求される。それは立ってすると小便が飛び散って汚れるからだ。

  トイレ研は1980年代から子どものトイレ環境の改善や、災害用トイレの普及に取り組んでいるという。今回は10月、20~69歳の全国の男性515人にウェブ上で排尿の実態や悩みを聞いたのだ。

 座って派の内訳では、家族に言われたのでという人の割合は、自分の意思とする人の4分の1以下。自発的な人が多かった。なるほど自分から座って小便をする人が増えているのかと思った。

  ネットで調べていたら下記のような調査があった。

  TOTOのアンケート調査では、2004年は23.7%だった座りションが2009年にはなんと33.4%に上昇!2009年には3人に1人は座りションスタイルになったというのだ。

 「当然立ってする」と答えた人が54.4%で一番多い。が、「自分の意思で座ってする」という人も34.9%を占めているのだ。さらに「家族に言われるから座ってする」という人も6.7%いたそうだ。

 男性の小便の仕組みを説いたものもあった。

 「男性が用をたすとき、おしっこの流れはしずくに分裂し、尿道口から約15センチの範囲で飛び散ります。『便器に当たる前に、すでにしずくになっている』とHurd氏はBBCに語っています。『このしずくが、ズボンにしぶき状の汚れをつくる犯人で、洋式トイレで立って小便をするとそれなりにあちらこちらに飛び散ります。よく独身女性の家に男性が出入りするようになるとトイレが臭くなると聞きます』」

 我が家が今度買い替えたパナソニックのトイレには台所洗剤で泡を出す仕組みがついていて、男性が小便をするとき泡を出してからすると小便が飛び散らないという。

 しかしもし上記のように尿道口から15cmで尿が分裂するのが正しければ、泡に到達するまでに飛び散ってしまうことになる。さてどうしたものか?

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2017年11月13日 (月)

夜目遠目笠の内、バックシャン

 毎朝雨が降らなければウオーキングに出かけているが、最近は日の出が遅くなって5時といえばまだ真っ暗である。天気がよいと星が2つか3つ見ることができる。子どもの頃は満天の星であったがこの頃はどうして星が見えないのだろうと思いながら歩く。

  夏の頃は5時は明るく、歩いたりジョギングをしている人も多く見られたが、11月の中旬ともなればぐんと数が減った。そんな中でもそれまで見かけなかった人を見ることがある。新手の人が現れたのだ。

  大体歩いたりジョギングをする人は決まった時間に歩くようである。それで長く歩いていると顔を覚える。

 今朝のことである。いつも男の人と一緒に歩いている中年の女性がいる。夫婦ではなさそうだがいつも二人だ。その女性はやや太り気味で顔はどう見ても美人とはいえない。ところが今朝薄暗い街灯の灯りの中から現れた顔を見たら普段よりずっときれいに見えたのであった。

  そのとき私の脳裏に「夜目・遠目・笠の内」という言葉が浮かんだ。昔は女性がきれいに見えるのは夜暗いところ、遠くから見たとき、笠をかぶって顔がはっきり見えない時だということでこういうフレーズがあったのだ。何十年ぶりかでこのフレーズを思い出したのだ。

  明るい夏にウオーキングで見かける女性も遠くの方から歩いてくるのを見ると確かにきれいな人に見えるが、だんだんと近づいて来ると期待外れのことが多い。街中ではなおさらである。

  おわら風の盆に行ったとき、編み笠を深くかぶった女性の踊り手がみんな一様にきれいに見えた。編み笠の下からのぞきこんで確かめたいくらいであった。現代でも雨の日とか日傘をさした女性はきれいに見えることが多いものである。

  ところで「笠」のことを発音から「傘」のことだと思っていたが、ネットで調べて「笠」のことだと分かった。音が一緒なのでこんお歳まで勘違いをしていたのだ。

  昨日はこんなことがあった。今池で地下鉄を降りたら、すぐ前を女性が2人歩いていた。一人は背が高くておしゃれで、背筋が通っていて、足もすらっとしていて、歩き方もきれいであった。もう一人は普通の若い女性で別にどうということはなかった。

  きれいな女性の姿を見ながらどんな顔の女性が見て見たいと思いながら後ろを歩いて行った。きっと桜通線で乗り換えるだろうからどこかで顔を見られると思っていたら、女性は構内のカフェに入って行った。

  そのとき私は「バックシャン」という言葉を思い出していた。大学生の頃「バックシャン」という言葉をよく聞いた覚えがある。「シャン」というのはドイツ語だと聞いた。「バック」は英語だと思うから合成語でおそらく昔の大学生がそういっていたのだと思う。後ろから見たら美人だという意味だ。確かに後ろ姿が凄い美人で前に回って顔を見たらがっかりという人もいる。

 大学生の頃はきれいな女性のことを「シャン」と言っていたのを思い出す。「○○はシャンだね」などと男子学生は批評していたものだ。

「バックシャンの画像」の画像検索結果

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2017年11月 8日 (水)

結婚条件の変化

 「脳はバカ、腸はかしこい」という藤田紘一郎著を読んでいたら、結婚条件の変化を書いてあった。この本が書かれたのは2011年末だから、データは少し古くなる。

  その頃東京都が実施した調査によると、未婚の女性に「結婚相手の年収はどのくらいを望むか」と質問したら、「年収600万円以上と回答した人は40%いたということだ。「年収に拘らない」は約30%で、「200万ぐらいでいい」と答えた人はたった4%だったそうだ。

  東京大学の石浦章一教授(当時)は、適齢期の女性が結婚しなくなった原因は結婚相手の年収だと指摘している。

  石浦教授が東京都の未婚男性の年収を調べたところ、年収600万円以上を稼いでいる男性は3.5%しかいなかったそうだ。年収400万円~600万円が19.5%、年収200万円~400万円が43.2%だった。

  女性が相手に望む年収と現実の間には大きなギャップがあったのだ。しかしこのデータは安倍政権前のものである。小泉政権後非正規雇用者が増え続け、それに伴って収入は減ってきている。非正規雇用者は4割台になってしまった。結婚できるほどの収入がなく、諦めている人が大いに違いない。

  一方次のようなデータを紹介している。楽天グループの結婚情報サービス「オーネット」が2011年に行った調査では、20代~40代の適齢期女性の重視するものとして、1位が性格、2位が愛情、3位が健康で年収は4位だったという。

 ここまでは先の本からの引用で以下はネットからである。

  以前3高と言われたときがあった。バブル期のことである。高身長、高学歴、高年収がそれであった。

  次が、3低で、平均的な年収、平凡な外見、平穏な性格となり、その後4低、つまり低姿勢、低依存、低リスク、低燃費となった。低姿勢は女性に威張らない、低依存は家事を女性に頼らない、低リスクはリストラされない、低燃費は節約できるだそうだ。

  経済状況や生活の仕方がはっきりと反映していることが分かる。平均的な年収と言っていた頃はまだましだったのかもしれない。リストラされないとなるとまさに労働環境の悪化を映している。共稼ぎが必須となれば、家事・育児を女性だけに任せる訳にはいかない。

  戦前・戦後は亭主関白と言われていて、私などもその傾向があるが、私の場合は1人で稼いでいたので、家事・育児は妻の務めで不思議はなかったのだ。もし共稼ぎだったら当然家事分担をしただろう。

  ところで、今はどうかをネットで調べたら、

 1位は価値観が合う。

 2位は性格。

 3位は食事の好みが合う。

 4位は安定した経済力。

 食事の好みが合うというのは意外な感じを受けた。私の場合は食事は何でも食べるので妻が作ったものに不服はない。

  人口の減少が大問題だと選挙の時安倍首相は訴えたがこれは政治の問題である。結婚しやすい条件を整備するのが政治の役目なのだ。

 安部政権は、アベノミクスを推進とか、女性活躍社会とか、働き方改革などと声高に言っているが、一般の人々の暮らしはよくならないし、働き方改革は企業が労働者を使い潰すだけであり、女性活躍は29か国中世界で下から3番目である。保育所問題でも分かるように共稼ぎさえままならないのだ。

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2017年10月28日 (土)

スタンプを使うのはオジン?10代の若者のスタンプ離れ

ちょっと前にYahooニュースで「スタンプを多用するのはオジンだけ」という記事を見たことがある。私はオジンではなくおジイだが、ときどきスタンプを使っている。ただ無料で手にいれたものだけなのでいいのは余りない。無料でもいいのが手に入るらしいがやり方が分からないのだ。

 ときどきいいスタンプをもらうと、どうやって手に入れたのだろう?と思うことがある。外国からもらったスタンプには独特のいいものがあるので嬉しい。

 ところで22日のYahooニュースに、「若者はスタンプを使わない?」という記事があった。

「若者はもうLINEスタンプは使わない」と10月3日放送の『踊る!さんま御殿!!』でみちょぱことモデルの池田美優(18)が発言し、話題となっているというのだ。

 みちょぱはLINEスタンプは面倒くさく、「了解だったら『り』、マジだったら『マ』」と一文字で返していると語っていたそうだ。池田美優個人が使わないのか、それとも若者一般がそうなっているのか。英語圏でもネット特有の略語を使っているが。

 若者たちのLINEとLINEスタンプ利用の実態について、ITジャーナリストの高橋暁子氏が解説している。

  それによると、私のような高齢者も使う人が増えたLINEであるが、10代の中ではLINEの利用が変化しつつあるのだという。

―プリキャンティーンズラボの「10代女子のスマホアプリに関する調査2017」(2017年9月)によると、中学生以下と高校生以上で「流行っているアプリ」が異なることが分かった。中学生以下ではLINEが圧倒的トップであり、SNOW、Twitter、MixChannelの順だった。一方、高校生以上ではInstagramがトップであり、続いてTwitter、SNOW、LINEの順だったのだ。―

 私はLINEが主でTwitterは使わないし、Instagramも入れてはいるがほとんど使わない。facebookをたまに使う程度である。

   ―小中学生などでは、いまだに「LINEがやりたいからスマホがほしい」という希望は根強い。ところが、高校生以上になるとLINEのやり取りは当たり前となり、トレンドではなくなっている。それどころか、「LINEの需要は減った」という声も出てくる。話を聞くと、Twitter上やTwitterのDMでやり取りしたり、「面倒だからLINE電話する」という子も。ー

 以前LINEのいじめが問題になったが、最近の若者はLINEのやり取り自体を面倒と感じているようだという。確かに読んだとか読まないとか絶えず気を遣うのは面倒くさいだろう。そいうわけでやり取りが減少し、スタンプの利用も減っているらしい。

 ―メールや電話の代わりになり、リアルタイムにやり取りできる点がウケてLINEの利用は広がった。ところが、今や無料通話ができるサービスは拡大しており、FacebookやSNOWなどでも可能だ。また、元々メッセージのやりとりができるサービスとしてTwitterが10代に広く普及している。若者たちにとっては、スタンプ送信がセットのようになっているLINEより、基本テキストのみで送れるTwitterの方が気楽という面もあるのかもしれない。―

    最近は、スタンプよりもエフェクトを使った写真や動画のコミュニケーションに夢中になっているようだという。旅行社の企画で大事なのはinstagramに投稿できるような写真が撮れるところを入れることだと言われる。

 多様なコミュニケーションシステムがあるので、若者はいろいろ新しいものを利用しているようだ。そこがオジンと若者の違いなのであろう。

 ところで高橋暁子氏の見方は高校生までとなっているが、それ以上の30歳前後の若者はどうなのだろうか?それについては触れられていないのが惜しい。

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2017年10月22日 (日)

 小池にはまったドングリたちという記事

 yahooニュースに東洋経済ONLINEの「小池にはまった『どんぐり』たちの大変な末路」という記事があった。副題に「元の木阿弥?『希望の党』崩壊で民進党再結集か」とあった。

 読んでみたらなるほどという記事であったが、その中に面白い表現があった。それは童謡の「どんぐりころころ」の歌を引用したものである。 

 ―追い風があっという間に逆風に変わった希望の党の候補者たちは、希望どころか絶望の淵で最後の訴えにのどを嗄らす。まさに「小池にはまったどんぐりたち」の悲しいあがきともみえる。

  ゴルフに例えればコースの右側に打つ安倍自民と、左側に打つ革新勢力の対決の中で、「空いているフェアウェーど真ん中を狙う」と胸を張ったゴルフ大好きの小池氏が、結党というティーショットをど真ん中に飛ばしながら、ピンをデッドに狙うはずのセカンドショットを大ダフリして、グリーン手前の池に入れたような状況だ。思わず「お池(小池)にはまってさあ大変」という童謡・どんぐりころころの一節が頭に浮かぶ。―

  この歌の一番は、

 どんぐりころころ どんぶりこ おいけにはまって さあたいへん

 どじょうがでてきて こんにちわ  ぼっちゃんいっしょに あそびましょ

 この「どんぐり」を民進党から希望へ慌てて合流した連中と見るならば、ピッタリのパロディである。「おいけ」は「小池」に置き換えると小池がリセットした希望の党になる。「ぼっちゃんいっしょに あそびましょ」はいっしょになって安倍下しをしましょと読み替えることができる。「どじょう」は若狭か細野か小池か?

 記事には次のような部分がある。

―40人を超す大所帯の参院民進党は、小川敏夫議員会長が早々と「民進党再結集論」を打ち出すなど選挙後の希望合流には否定的。最終的に両院議員総会で否決されれば合流は白紙に戻り、民進党は存続することになる。まさに「元の木阿弥」だ。 

 その場合、前原氏は代表を辞任したうえで離党し、希望に入党するしかなくなる。そうした手続きが終わらないと希望の党の全陣容は固められず、小池代表の進退や首相指名候補決定もその後に協議するしかないのが実情だ。 

その一方で、民進党存続が決まれば、両院議員総会で新代表選出の必要があり、党籍維持を前提に代表経験者の野田、岡田両氏と参院議員の蓮舫氏のいずれかが代表再登板となるとのシナリオがささやかれ始めている。

 さらに、選挙後の民進党と立憲民主との連携も浮上しつつある。一躍「リベラルの星」となった立憲民主の枝野代表は民進存続の場合の統一会派結成に意欲的とされ、選挙戦でも野田、岡田、蓮舫各氏が民進系無所属や立憲民主組への応援活動を活発化させている。 

野田氏ら無所属組の多くが民進党を存続させて立憲民主と組めば衆院勢力(会派)は希望を圧倒し、最大野党として自公政権と対峙する構図が出来上がる。

 すでに、そうした事態を想定してか、当選有力な民進出身の希望公認候補の中には選挙後の「離党、民進党復党」を狙う動きも出始めているという。民進党が今回衆院選に候補者を出さなかったことで、ルール上は希望公認での当選者は小選挙区、比例を問わず、選挙後の離党・復党が可能だからだ。―

 歌の2番は、

  どんぐりころころ よろこんで しばらくいっしょに あそんだが

  やっぱりおやまがこいしくて ないてはどじょうを こまらせた

  いっしょに選挙を闘ったが、希望の党の小池人気がなくなったので、あちこちで離反する者が出始めた。選挙が終わるとやはり元の仲間のことが恋しくなり、戻りたいと言い始める。小池や若狭や細野などは困ったことになったとなるだろう。

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2017年10月 7日 (土)

凄い成長、今年のスズメ瓜

 我が家の小さな庭に自生したスズメ瓜が何時の間にか蔓を伸ばして驚くほど成長した。最初はモミジの木の根元に芽を出したのだが、園芸用の棒を当てて片方を隣の木に沿わせておいた。芽が出たのは5月頃だったと思うのだが、最初のうちはなかなか蔓が伸びなかった。

 それが8月に入ってからだと思うが気が付くと生垣の上を這っていた。八月の下旬には小さな実をつけていた。実は9月になって少しずつ増えて行った。

 中旬ごろ見たときはところどころに実をつけていて、一つ二つ赤い実もあった。蔓は木に登り生垣を這っていた。木からモミジの木にまで伸ばしてとうとうモミジのてっぺんまで到達していた。

 毎朝見ていたのだが、スズメ瓜は一体いつ伸びはじめいつ蔓が分かれてどんどん伸びたのかサッパリ不明である。なかなか実をつけないと思っていたのに、いつのまにかたくさんの実をつけていた。

 このスズメ瓜は昨年たまきさんから頂いた種を育てたものである。昨年は百合が植えてある大きな植木鉢に種を蒔いたのだが、それほどは成長しなかった。それでも秋になると10個余りの実をつけた。

 その実を蔓ごと家の中につるして置いたら赤や黄や緑のきれいな色に変わった。その実からできた種を5月頃撒いたのだが芽が出なかったので諦めていた。

 ところが地面に自生で芽がでたのであった。おそらく実が落ちて種が越冬したのだろう。それが見事に成長したのだ。なぜか8月頃新しい芽を見つけたがそちらは1mぐらい伸びたが駄目になった。

 スズメ瓜の葉っぱは枯れるのが速く枯れ始めるとみるみる枯れてしまった。もう少し緑の葉っぱを保ってくれるといいのにと思ったのだが。

 今年はたくさんの実ができたが、さて、来年はまたスズメ瓜を成長させることができるであろうか。

 スズメ瓜を昨年中日ビルの花屋で5個150円で売っていた。珍しいので売れるのであろう。しなみにカラス売りも蔓がよく伸びる。一昨年までは隣家からカラス瓜の蔓が伸びて来て我が家の庭でも実をつけていた。

 カラス瓜は子どもの頃よく山へ取りに行ったものだが、スズメ瓜は一昨年まで知らなかった。色が変化して楽しめる丸い小さな瓜である。

先日収穫したが、知らない間にいっぱい実ができていて驚いた。珍しいので知人に分けてあげるつもりだ。

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                         9月13日
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                          9月23日

                         丸いのは実

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                      とれた実の一部
            

 

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2017年8月17日 (木)

ゴカイの血液が代替血液になるか?

 Yahooニュースを見ていて面白い記事を見つけた。釣り餌につかわれているゴカイが人間の血液の代替血液としての可能性があるというのだ。

  発見したのはフランスの研究チームで、ゴカイの血液に類まれな酸素運搬能力があることを見つけたというのだ。それを人間の血液の代用物として活用することで、人命を救ったり、手術後の回復を速めたり、移植患者の役に立ったりする可能性があるというのである。

  私は昔釣りに凝っていたころ海辺の釣りに出かけるとき、釣り餌屋でゴカイを買って餌にして釣っていた。ミミズとヤツデの合いの子みたいで血液で赤い色をしていた。ゴカイが外国にもあるのは知らなかった。

  研究したのはフランスの生物学者グレゴリー・レイモン(Gregory Raymond)氏である。彼は「ゴカイのヘモグロビンはヒトのヘモグロビンの40倍以上の酸素を肺から各組織に運ぶことができる」「また、すべての血液型に適合できるという利点もある」と話している。

  ゴカイの中のヘモグロビンは血中に溶けて存在し、ヒトのように赤血球に含まれているわけではない。だから血液型が問題とならないのだ。しかもその成分は、ヒトのヘモグロビンとほぼ同じだという。

  あのゴカイにそんなすぐれたはたらきがあったとは。血液型を問わないというのもすばらしい。

 レイモン氏率いるチームは2015フランス西部ブルターニュ(Brittany)地方の海岸線にある養魚場「アクアストリーム(Aquastream)」で、毎年130万匹以上のゴカイを生産しているという。

 医療の世界がゴカイに関心を持つきっかけは、2003年に欧州で狂牛病が大流行し、世界中でHIV(ヒト免疫不全ウイルス)がまん延したことで血液の供給に影響が出始めたことだったそうだ。
 
 2006年には大掛かりな研究が行われ、ゴカイの可能性が実証された。酸素を豊富に含んだゴカイの血液が人体に安全なことが証明されれば、敗血性ショックに対処でき、移植用臓器の保存にも役立つ。

 2015年、この代用血液の臨床試験が始まった。2016年、ゴカイのヘモグロビンはフランス西部ブレスト(Brest)の病院でヒトの腎移植10例に使用された。現在フランス全土で60人の患者がこの臨床試験に参加している。

 もうすでにフランスでは臨床試験までおこなわれているのだ。レイモン氏は「ゴカイから抽出した細胞外ヘモグロビンの特性は、移植した皮膚の保護や骨再生の促進に役立つばかりか、万能血液の誕生につながる可能性もある」と述べているそうだ。

 ゴカイなぜそんなにも多くのヘモグロビンを蓄えているのか。それは満潮時に海の底に沈んでいる間に多量の酸素を蓄え、干潮で水から出ても8時間以上も生き延びることができることにある。

 この研究が進んで安全に人間の血液の代替が可能になれば、大勢の移植患者を救う可能性があり、凍結乾燥されたゴカイの血液が、通常の輸血用血液の重要な代替品となり、戦場や災害現場で役立つ日が来るであろう。海に囲まれた日本ではゴカイの養殖は容易である。大きな産業に育つかもしれない。(AFP=時事記事を参考に)

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2017年7月16日 (日)

面白い!大阪府議会参考人招致での籠池氏の発言

 森友学園問題で、7月10日の大阪府議会の参考人招致での発言をテープ起こししたものと、動画が下記のサイトで見ることができる。お勧めである。

 ただ、あの巨額の土地代値引きがどうして可能であったかについてははっきりしていないのが残念至極だ。

 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/388862

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2017年7月13日 (木)

「ブラジャーとパンツ姿で逮捕」という記事

 Yahooニュースを見ていたら、下の記事がネットで話題となっているというのを見つけた。

 〈JR静岡駅前の広場で衣服を脱ぎ、ブラジャーとパンツだけの姿になったとして、静岡中央署は8日、公然わいせつの疑いで、静岡県沼津市に住む無職の女(43)を現行犯逮捕した。「暑かったので服を脱いだ」と供述している。〉

 JR駅前でブラジャーとパンツ姿になれば、今の日本では好奇の耳目を集めるだろうし、警察に捕まって注意を受けることは必定であろう。

 これがビキニ姿であったらどうなのか。やはり駅前のような場所ではふさわしくないと逮捕されるのだろう。ビキニは海岸や河川やプールでは誰も咎めないが、それ以外の場所ではよくないと考えられる。

 この記事を見たとき、私の子どもの頃は、上半身が裸の女性はいくらでも見かけたことを思い出した。特に年寄りははずかしげもなく腰巻だけで道を歩いたり、夕涼みをしたりしていた。

 さすがに若い人は裸になることはなかったが、人前で授乳するのは普通に見られた。多分私も母親から人前で授乳されたことがあるだろう。記憶がないだけである。

 近所に高等女学校の校長の奥さんが住んでいて、その奥さんは戦時中シミーズを着用していた。近所でも我が家の母は家では上半身裸であったし、お向かいのおばあさんは裸で出歩いていた。シミーズ姿が子ども心に眩しかったのを覚えている。

 その頃は道路は舗装されていなくて、石ころや土の道路であった。道を通る年輩の女性は腰巻を上にあげて小便をしていたものだ。誰も咎めなかったし、変だとも思わなかった。

 水泳に行くと、おばさんたちは白い下着で泳いでいた。田舎のことだし水着などという洒落たものはなかったのだ。男たちは六尺という褌姿で水泳をしたり、道路を歩いていた。特に土方という肉体労働者は見事な肉体を晒していた。

 子どもの私は川に泳ぎに行った帰り、エッチという黒い小さなものを当てただけの姿で街の中を歩いて家まで帰ったこともあった。

 夏の夕涼みは毎晩のことであったが、男は大人も子供も下を隠しただけの裸であったし、女性は年配の人は上半身裸であった。

 いったいいつごろまでそういう習慣があったのか定かではないが、高校・大学の頃はまだそれが残っていた。多分高度成長あたりから徐々に消えて行ったのではないかと思う。

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