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面白い話題

2023年9月 9日 (土)

子どものころは「団扇」で暑さをしのいだ

 暑い日がまだ続いているが、朝のウオーキングのとき、8月の終わりごろからコオロギの鳴き声を聞くようになった。また、日中は34度前後ととても暑いが、吹く風に何となく秋の気配を感じるようになった。

 人間は自然の気配を感じることで季節の移り変わりを感じるのかと思うが、虫たちも同じなのだろうか。

 「暑さ寒さも彼岸まで」というが、今年はどうなのであろう。この夏は毎日エアコンを利用して凌いできた。暑い日中は「冷房」にし、夕方からは「涼風」とか「除湿」している。寝ている間も「除湿」を付けっ放しである。電気代がどうなっているかは知らない。

 エアコンがあるから今年の異常な暑さもしのげたが、これがエアコンのない昔だったらどうなるのだろうと思った。我が家には今も「団扇」が5~6本ぐらいある。みんなコマーシャルでもらったものばかりだ。でも、使ったことは1度もない。

子どもの頃はエアコンも扇風機もなかったから、どこの家庭でも「団扇」であおいで暑さをしのいていた。

 戦後は夕涼みも必須のものであった。気温が下がる9時近くまで外で夕涼みをしていた。そのときも「団扇」が活躍した。

「夕涼みよくぞ男に生まれけり」という言い草があるが、男は裸であった。女性でも半身裸の人が多かった。そんなとき「団扇」は風を作るだけでなく、蚊を追い払うためにも使われた。

 昔は部屋の戸を開けっ放しにして「蚊帳」を使って寝ていたが、その蚊帳に入るときにも「団扇」で煽いで蚊が来ないようにしてさっと入った。

 いつの頃からか「盆踊り」がなくなったが、昔は盆踊りが盛んで夏の夜の楽しみの一つであった。踊るときにも「団扇」を腰に挿したりしていた。女性の浴衣と「団扇」は粋な物であった。

 昔は薪や木炭が使われたから火をおこすのに専用の「渋団扇」を使った。大きくて表面に茶色い渋が塗ってあった。

 ところで今の人は「団扇」を「うちわ」と読めるだろうか。ふとそんなことを思った。暑さをしのぐアイテムは「団扇」から扇風機へと変わっていった。

2023年9月 7日 (木)

「らんまん」は史実と真逆の大フィクション

 NHKの朝の連続テレビ小説「らんまん」は今月末で終わる。このドラマは現在は植物学者牧野富太郎(ドラマでは槇野万太郎)とその妻寿恵の物語として描かれている。

 寿恵が貧しい家計を切り盛りしていて、万太郎は素晴らしい妻を持ったものだと感心して観ていた。寿恵を演じる浜辺美波は日本髪がよく似合う美人でぴったりはまっている。貧乏学者の万太郎は何と幸せな男だろうと思う。

 ところが9月5日にスマートニュースで「研究費を『女遊び』で使い込む!植物学者・牧野富太郎の『ヤバすぎる倫理観』」という記事を読んで、本物の牧野富太郎はとんでもない破天荒の男だと知った。

 ドラマは牧野富太郎という人物の一部を使って作られた大フィクションだったのだ。記事によると、裕福だった造り酒屋の実家「岸屋」を破産させるほどに荒い金遣いは有名で、その財政破綻した実家の用事で高知に戻っておいて、なぜか当地でクラシック音楽の普及活動に目覚め、ここでも巨額の私財をなげうった」という。その間に長女を亡くしている。「らんまん」ではその辺のことは描かれていない。

 菓子屋の娘寿恵を見染めたのは事実だが、そのとき牧野に従姉妹の猶という妻がいて離婚したことは描かれていない。

 寿恵のお陰で三菱創始者の岩崎弥太郎の知己を得ることは描かれているが、膨大な借金を助けてもらったことは描かれていない。

 万太郎は結婚当初から根津の貧乏長屋に住んでいるが、本当はどこに住んでいたのだろう。飯田橋近辺の武家屋敷のあったところで、家賃も8倍だったという。その金は実家から出してもらっていたそうだ。

 「らんまん」で史実と同じなのは、万太郎の家が裕福な酒屋であったこと。小学校中退であったこと。東大との関係、植物の研究ぐらいだという。

 万太郎はいつも背広と着ているが、牧野にとって植物とは「愛人」で、銀座の美女に会いに行くようなパリッとした洋装をして野山での調査をしたという。地方に行くときは一等車に乗って、一流の旅館に泊まったという。そんな贅沢が薄給の助手に許されるわけもなく、彼の借金は現代の日本円に換算して数千万円にまで膨れ上がったそうだ。

 でも、牧野博士は運のよい男で、二人のパトロンを得ている。岩崎弥太郎の他に、神戸の大地主で、まだ25歳の池長孟(いけなが・はじめ/たけし)が、牧野が作製した膨大な標本を担保に、彼の借金の肩代わりをしてくれただけでなく、身の回りの世話をするメイドまで付けてくれたというのだ。

 牧野博士は性豪でもあったようで、13人の子どもを作ったほかに女遊びもしたり、14歳の少女を好きになったりしている。晩年には「性(せい)の力の尽きたる人は、呼吸(いき)をしている死んだ人」という歌を残しているという。

 「らんまん」では清貧で植物研究一筋の真面目な万太郎として実物とは真逆な人物像が描かれているのだ。この記事を読んで、「らんまん」への興味が失われてしまった。

2023年8月31日 (木)

可憐なのにヘクソカズラ(屁糞葛)とは

 21日の朝、ウオーキングの途中で遇った石部さんが道の傍のアベリアの間に咲いている小さな花を見つけて「これ、クソカズラだと思うけど本当はなんというのかな」と言った。

 私はスマホのグーグルにあるグーグルカメラでその花を写して調べたら、「へくそかずら」という名前だと分かった。「くそ」の他に「へ」までついていた。どんな匂いがするのかと嗅いで見たが何も匂わなかった。どうしてこんな名前が付いたのかと思って、牧野富太郎博士に聞いてみたいと思った。

 家に帰ってから、グーグルで調べてみたら、次のように書いてあった。

「ヘクソカズラ(屁糞葛、学名: Paederia scandens)は、アカネ科ヘクソカズラ属の蔓(つる)性多年草で、やぶや道端など至る所に生える雑草。夏に中心部が赤紅色の白い小花を咲かせる。葉や茎など全草を傷つけると、悪臭を放つことから屁屎葛(ヘクソカズラ)の名がある。別名で、ヤイトバナ、サオトメバナともよばれる。」

 漢字で書くと「屁糞」とそのものずばりである。山崎川沿いにはヘクソカズラが咲いているところが数か所あった。下流に向かって左側の道沿いのアベリアの茂みの中に咲いている。次の日葉などを傷つけてどんな匂いがするか調べてみたが、格別変なに臭いはしなかった。

 さらに次のような記述もあった。「元々は屁臭(へくさ)だったものが転訛したともいわれている。日本最古の和歌集である『万葉集』の中にも「屎葛(くそかずら)」の名で詠まれている」。

 さう莢(けふ)に、延()ひおほとれる屎葛(くそかずら)、絶ゆることなく宮仕へせむ

「さう莢(けふ)」はジャケツイバラのことです。これに、屎葛(くそかずら)が絡み付いているというのです。ヘクソカズラの様にいつまでも宮仕えをしようという意味。

 地方により、サオトメバナ(早乙女花)、サオトメカズラ(早乙女蔓)ともよばれ、かわいらしい花を咲かせる様子や、花を水に浮かべた姿が田植えをする娘(早乙女)のかぶる笠に似ていることにちなみ名付けられたものである。早乙女花はきれいである。

 またヤイトバナ(やいと花・灸花)という別名があるのは、「やいと」とは灸のことを指し、花を伏せて置いた姿が灸に見えることや、花の中が赤い様子が灸を据えた跡に見えることに由来するという。このほか、ウマクワズ(馬くわず)という別名もあるそうだ。

 英語でも似たような名前である。スカンク・ヴァイン(Skunk vine:スカンクの蔓の意味)、スティンク・ヴァイン(Stink vine:臭い蔓の意味)というそうだ。

 花言葉は、「人嫌い」、「意外性のある」である。

 ヘクソカズラという花は生まれて初めて見た。

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2023年8月27日 (日)

明けの明星と面白い雲

 26日の朝、4時45分ごろに家を出てウオーキングに出かけた。3分ほど歩いて通りに出ると、東の空に星が一つ金色に輝いていた。金星か木星だろうと思って、スマホにある星座アプリで調べたら「金星」であった。

 星を見るのは実に久しぶりであった。この夏は雨の降らない日が続いたが、日の出前後に歩くことが多いので星は見ないのだ。
 立秋が過ぎているのでもう秋なのかもしれないが、秋は星がきれいに見える日が多いはずだ。

 山崎川の道を歩いて瑞穂スタジアムの近くの左右田橋まで来ると赤く輝く雲が見えた。黒い雲の向こうに重なって頭を出していた。それが下の写真である。

 もう一つの大きい雲の写真は前日の15日に撮ったものだ。私は雲を見るのが好きで形や色の面白いものを見るのが楽しい。

 以前「雲は自然が描く芸術だ」と書いたことがあるが、まさに自然が作り出す芸術である。ただ、雲の色や形は刻々と変わってしまうのが残念ではある。写真に撮るには,見ていいなと感じたときに撮らないといけない。

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          明けの明星

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           26日の雲

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           25日の雲

2023年8月19日 (土)

オニヤンマ君は本当に効くの?

 スマートニュースを見ていたら、「身に付けるだけで蚊が逃げ出す『神アイテム』を発見 全人類を救う機能に目を疑う…」という大げさなタイトルの記事があった。

 「オニヤンマ君」というオニヤンマそっくりのグッズをぶら下げたり、身につけたりするだけで蚊などがよってこないというものである。

 実は私は以前に知人の紹介で「アキアカネ君」を買ったことがある。そのことをブログにも書いた。

 ドラッグストアのマツモトキヨシで買ったのだが、そのとき「オニヤンマ君」も売っていて値段は税込みで1150円だったと思う。アキアカネ君は小さいが値段が安いし、知人が持っていたので買ったのであった。

 アキアカネ君を身につけて庭に出てみたが半ズボンの裸の脚に蚊が止まった。上半身に付けていたので効き目がないのかと思ったが、それ以来試してはいない。

 オニヤンマ君は大きいので目立つかもしれないが、本当にこの記事が言うように効き目があるのだろうか。

 この商品は2020年に発売されて以降、殺虫剤や忌避剤を使わない「世界初の虫除けグッズ」として注目されているというのだが。

 販売元である株式会社Eikyuによると「ハエ、蚊、アブ、蜂等の天敵とされているトンボの王様『オニヤンマ』を身に付ければ、捕食されることを恐れた虫が本能的に寄ってこないのではないかというアイデアから生まれた商品」だという。

 この記事を見て、アキアカネよりオニヤンマを買った方がよかったかなと後悔している。

 もし、この記事のような凄い効き目があるのなら、東南アジアやアフリカなどの蚊による伝染病で悩まされているところには素晴らしい朗報になる。それらの国々でどんな効果を上げるかを是非知りたいものである。

 せっかく買ったのだからアキアカネ君を持ち出して使っていようと思う。

 

2023年8月14日 (月)

子どもの声は騒音か?

 12日の朝日新聞の記事に「子どもの遊ぶ声 騒音ですか」というのがあった。子どもの遊ぶ声がうるさいという苦情の例がいろいろ書いてあった。小学校の体育館の音もうるさいという苦情もあるという。保育園などもこまっているようだ。

 私が子どものころは子どもはみな外で遊んでいた。私の住んでいたところは路地の両側に戸建ちの家があるところだった。その路地や近くの通りで子どもたちあ遊んだ。

 女の子は縄跳びやお手玉などをし、男の子はビー玉とかショウヤ(私たちはシャッケンと言っていた)とかコマ回しなどをした。時には柔らかいゴムボールで野球をすることもあった。女の子や男の子が一緒になってかくれんぼや石けりなどをすることもあった。

 遊ぶときは子どもだから声が出るのは当然で、ワイワイ、ガヤガヤと叫んでいた。それでも近所から苦情がでることはなく楽しく遊ぶことができた。

 今の子どもは外で遊ぶことが少ないように思う。タブレットやスマホなどでゲームなどをやっているのだろうか。息子や娘が子どものころは家の前の通りで賑やかに遊んでいたが、今は子どもの数そのものが少なくなったせいかそういう姿を見ることもない。息子や娘の時代でも子どもの声がうるさいということはなかったように思う。

 私は30年ほど前まで教員をしてきたが、子どもの声がうるさいという苦情を学校がうけたことはなかった。子どもたちに放課後遊ぶとき気を付けるように指導したこともない。むしろ外で遊ぶことを勧めたくらいだ。

 子どもの声がうるさいと言われるようになったのはいつごろからだろうか。知りたいものである。人々の寛容性がなくなって自己中になったということなのだろうか。

 記事には、ドイツでも子どもの声がうるさいということが問題となり、ドイツでは法によって「子どもの声はお騒音ではない」と規定したそうだ。ドイツは進んでいると思った。

2023年7月31日 (月)

合理的なギンヤンマの取り方

 私が子どものの頃住んでいたところは少し歩くとすぐに畑や田んぼがあった。田の間には小川が流れていた。中学校に行くときは田や畑の間の道を歩くこともよくあった。

 子どもの頃の夏の楽しみの一つはギンヤンマをとることであった。その取り方は今思うとあの地方独特のものであったと思う。どうしてかというと、祖父母が住む今の東海市に来たとき、その取り方を誰もしらなかったからだ。

 どういうやり方かというと、水に強い雁皮という薄い半紙を小さく切って、それに小指の爪くらいの大きさの小石を包んだものを2個作る。包んだものを80cmぐらいの糸につけるのだ。つまり糸の両端に小石を包んだものがあることになる。

 それを持って夕方田んぼへいくと、高いところをギンヤンマがたくさん飛んでいた。それをめがけてその糸を投げるのだが、持ち方があって、糸を半分に折り右手で持ち、小石の方を左手で持って投げ上げるのだ。

 するとギンヤンマが虫と間違えて小石に向かって来る。そして開いた糸にからまり石の重さで落ちてくるという訳だ。

 まだ、小さい子どもの頃はお兄さんたちがギンヤンマをとっているのを見て羨ましかったが、大きくなって自分でもやれるようになると、田んぼへ行ってギンヤンマを取るのが楽しみであった。

 ただギンヤンマが田んぼの中に落ちてしまうと取れないので広い道とか畑のあるところでやった。今でもその様子が目に浮かぶ。

参考 ギンヤンマ銀蜻蜓、Anax parthenope)は、蜻蛉目(トンボ目)・ヤンマ科に分類されるトンボの一種。日本では全

  国に広く分布し、ヤンマ類の中ではよく見られる種類である。

  特徴

 頭から尾までは7cm、翅の長さは5cmほどの大型のトンボである。ヤンマとしては体長に比して翅が長い。頭部胸部が黄緑色、腹部が黄褐

色をしている。オスとメスは胸部と腹部の境界部分の色で区別でき、オスは水色だがメスは黄緑色である。翅は透明だがやや褐色を帯びてい

て、メスの方が翅色が濃い。昔はオスを「ギン」、メスを「チャン」と呼んでいた。

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2023年7月24日 (月)

思わぬところにセミの抜け殻

 我が家の庭は猫の額ほどの小さなものだが、毎年7月に入ると庭の土に穴が開き、セミが出ていく。たいていは近くの木に登って殻をぬぐようだ。それはセミの抜け殻が残っているからわかる。

 ときどき背丈の低い茗荷の葉っぱなどに止まっていたリすることもある。先日驚いたのは下の写真のように私の電動アシスト自転車に抜け殻がついていたことだ。どうやって登ったのか、こんなところでも殻をぬぐのかと思った。

 我が家から巣立ったセミは我が家のモミジやネズミモチなどの木でやかましく鳴く。木で鳴いているときセミを見つけようとするのだがとても難しい。これまでにやっとのことで2回見ただけである。いずれもクマゼミであった。

 子どもの頃よくセミを取りにでかけたものだが捕まえるのは難儀であった。最近の子たりは蝉取りをするのだろうか。先日の朝一人の子どもがタモをを持って歩いているのを見たが。まずセミを見つけるのが難しいし、タモで獲るのは容易ではないだろう。

 私が子どもの頃はトリモチを細い竹の先に巻き付けて取っていたように思う。

 クマゼミもボツボツ終わりになってきたようだ。ウオーキングのときアブラゼミの死骸が道に落ちているのを見ることがあるがアブラゼミはまだ鳴くのだろうか。

 ネットによると、クマゼミが増えていて、アブラゼミが減っているとあったが、私の実感でもそのように思う。以前はよく見たのにアブラゼミの鳴き声が少ないようなのだ。

 私はよく見るアブラゼミよりクマゼミの方が好きであったが、アブラゼミがすくなくなると好みが逆転するかも知れない。

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                  セミの幼虫が抜けた穴

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        こんなところで脱皮

2023年7月21日 (金)

外国人が見た日本の不思議

 ネットニュースを見ていたら「海外から来た人が『不思議に思う』日本人の行動」という記事があった。

①ビジネスシーンなどで何度もお辞儀する行為。

 西洋人のほか、お辞儀文化のある東アジアの人々にとっても、日本人がビジネスや接客で何度もお辞儀をするのは不思議なようだ。中国や韓国では、極端に媚びる場合など、ごく稀な行為という。
 日本は古来からお辞儀をするのが大切な礼儀で、場面に応じたお辞儀を幼少の頃から親や学校で教えられてきた。学校でh授業の毬にお辞儀をする。

②よく自転車に乗る。

 外国人、特にアジアの人たちから言われることだというが、中国はかつて自転車の洪水であったのを見たことがある。駅前に大きな駐輪場があるのも日本らしい光景と感じるそうだ。

 日本は1.8人に1台の割合で自転車を所有している。オランダ、ドイツ、北欧諸国などに次ぐ世界的に高い所有率となる。中国が3.7人、韓国は5.0人に1台なので、日本は東アジアで突出した自転車大国だという。

 中国は日本より多いと思っていたが、今では車や電動バイクが普及して自転車が少なくなったのだろう。

③全裸で温泉に入る。

 温泉に入る際、海外では水着着用が一般的で、全裸になる国は少数だという。

④頻繁にマスクをつける。

 コロナ禍以前でも、花粉症や、インフルエンザ対策でマスクをつける人をよく見かけた。外国ではコロナが下火になったらすぐにマスクをしない人が増え得たようだ。

⑤お礼のチップを断られる。

 アメリカやイギリスなど、チップを渡す文化がある国は多い。そのため、日本の飲食店でお礼のチップを断られると、驚いたりショックを受けたりする人がいるそうだ。

 アメリカなどに行ったとき、チップが必要なので何と不便な習慣だと思った。イタリアなどではトイレに入るにもチップがいる。

 どこの国でもそうだが、自分たちが普通にやっていることでも他の国の人から見ると不思議に見えることはある。国や民族によって文化や習慣が違うのだから自然のことである。他の目を通して自分たちの行為について気付くのは良いことだ。

2023年7月10日 (月)

日本に来てよかったこと

 日本語教室で教えている学習者に日本に来てよかったことは何かと尋ねた。ベトナム人の女性は「ゴミの処理と交通」と言った。

 名古屋のゴミの処理は厳しく、分類をしてださねばならない。その女性は例えばペットボトルのラベルをはがし、中を水で洗い、キャップは外して出していると言った。ちなみに日本のペットボトルのラベルは簡単に剥がせるがベトナムのはそうはいかないと言っていた。ルールを守ってゴミ処理をやっていることは素晴らしいと褒めてあげた。

 地下鉄などの交通網が発達しているのもよいと言った。ベトナムではハノイとホーチミンに地下鉄が1路線あるだけで建設はまだこれからだ。みんなバイクを利用しているので市内のバイクの交通量はものすごいものだ。

 中国人の女性は赤信号で自動車がきちん止まるのがよいと言っていた。中国と比べて日本は交通ルールがよく守られているという。またこの女性は、ヨーグルトやジュースなど飲み物やスナック菓子などが安くて美味しいと言っていた。

 ベトナムの男性は、給料が3倍になったことが嬉しいと言っていた。でも、円安で部ベトナム通貨にすると大きく減るのが残念だと言った。

 七夕について話題にした時、中国では願い事は恋愛関係のことだけを書くが、日本は短冊にいろんな願い事を書くのがよいと言った。七夕はもともと中国から日本やベトナムに伝わったもので、ベトナムでは中国式の七夕だそうだ。

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