芸能

2021年3月28日 (日)

第70回日本舞踊稲垣流 豊美会公演

 25日に御園座で日本舞踊稲垣流豊美会の公演があった。4代目家元継承披露公演、2代目家元稲垣豊美13回忌追善公演と副題がついていた。知人のお嬢さんが名取で出演されるので入場券を頂いた。

 御園座が新しくなってからは初めてであった。新しい御園座を見るのも楽しみであった。12時過ぎに劇場に入ると、マスク着用と手指の消毒と名前・電話番号の記入を求められた。コロナ対策であった。

 今回は70回記念公演ということで御園座が使用されたのだろう。ロビーには花輪がずらりと並んでいた。ロビーは予想していたより狭かった。

 1階の会場に入ると6番の「禿」をやっていた。最後尾に立って終わるのを待った。座席は2人ごとに空席が一つ取られていた。ほぼ埋まっていた。ただ花道の両側はコロナ対策で空席にしてあった。

 「禿」が終わると空席がないか探して前の方に行った。空席と思われるところには持ち物が置いてあった。でも7列目ぐらいに空席があったのでそこに座ったが、ほぼ中央の席でよく見られてよかった。

 次は長唄の「越後獅子」で中学生と高校生が踊った。演目によっては舞台に地方がついた。13人いた。14番の「鷺娘」の後「京鹿子娘道成寺」は有名な演目で楽しみにしていた。大きな鐘が舞台に吊るされていた。両脇には小坊主が10人座っていた。最後には大きな鐘の上に上った。演じたのは稲垣友紀洋さんで家元の娘だと思う。

 20番目には家元の稲垣友紀子さんが富本「花小袖」を踊ったが素人目にも上手であった。

 1人が踊る舞台で背景、大道具など大掛かりで大変な費用が掛かるだろうと思った。隣の席の人が「金が大変だろうね」と話しているのが聞こえた。

 「賤の小田巻」「雪傾城」「大原女」と長い演目が続いた。24番目は特別出演の立花寶山さん、立花車扇さんの二人によるこれも有名な「連獅子」であった。ここまでほとんど女性ばかりで男性がでたので目を引いた。

 その次は25番、お目当ての稲垣舞蝶さんの常磐津「三ツ面子守」であった。花道から登場した背中に赤ん坊を負った子守が花道でひと踊り。舞台に行って赤ん坊を下すと、おかめの面をつけて踊った。面を福の神にかえて踊り、面を取り換えて踊った。ヒョットコの面もあった。三つ面というのはそういうことかと思った。 常磐津の言葉がこれまでの長唄などと違っ分かりやすかった。コミカルな演目で楽しかった。

 上演中ところどころの幕間で日本手拭いが舞台から投げられた。何回もあったがみな前の席までしか届かなかった。京鹿子娘道成寺のあと小坊主が花道まで出てきて投げたので運よく私の席まで届いた。しかも二つも拾った。隣の席の老女が頂戴と言ったので一つあげた。

 日本舞踊は鬘をつけて綺麗な髪飾りをして豪華な衣装で踊るのできれいである。体のしなや手の動き足運びで表現する。小道具は扇、紐、手ぬぐい、房の付いた棒などを使っていたが扇が多い。

 素人の私には上手下手は分からない。ただ見て楽しむだけである。でも古典芸能の一端に触れることができて有難かった。

 全ての座席には話を控えて下さいとう張り紙がしてあったのに、演技中に話をしている人がいたり、弁当を食べたいる人達もいた。ただ以前のように写真のフラッシュがなかったのはよかった。

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2020年11月26日 (木)

生まれて初めて能楽堂でのライブの「能」を観た

  知人の吉村さんが松月会という能と囃子の公演の案内を送ってくれたので観に行ってきた。プログラムは新聞紙1枚ぐらいの大きなものであった。そこに演目と出演者がぎっしり書いてあった。開催日は勤労感謝の日の23日で、午前9時半上演開始で終演が午後7時であった。

  吉村さんが出るのは11時40分ごろからなので開始からそれまでの演目を観るつもりで出かけた。会場の名古屋能楽堂に着くと新型コロナウイルス対策で受付に住所氏名電話番号を記入し、手の消毒をして、大きなモニターで体温を計った。36.4度であった。それを記入した。

 会場に入ると、観客はまだパラパラであった。椅子には1人おきに座るように指示がしてあった。私は正面の3列目に座った。

 これまで吉村さんは狂言で出演をしていたのでいつも狂言を観に来ていたが、今回は小鼓を打つということであった。

 私は日本の伝統芸の能については、恥ずかしながら全く知識がなかった。ライブの能は以前に栄で「薪能」を観たことがあっただけで、能楽堂での能は観たことがなかった。だからある意味で興味深々であったが、分かるかどうかは非常に不安であった。

 9時半になると最初の演目「高砂」が始まった。太鼓、大鼓、小鼓、奏者が正面に並び、右手に謡の人が5人並んで演じられた。あの有名な「高砂やこの浦・・・」が聞こえて来た。プログラムには「囃子」と書いてあった。

 続いて習の独鼓五段、独鼓鮎の段、私でも名前だけは知っている「敦盛」「羽衣」「四海波」…と続いた。謡独特の素晴しい声で、女性も交じっていた。

 バチで叩く太鼓は日本舞踊でも使われている。大鼓(大つづみ)は高い音でよく響いた。小鼓は低い音であったがいずれも大河ドラマなどで聴くあの音である。

 「蝉丸」のときは笛も加わったがピーッツという独特の音であった。謡は鼓などの伴奏で謡われるのだが、言葉が聞き取れないことが多く一種の音楽として耳に入って来た。

 時間が押して、吉村さんが小鼓で出る「清経」は12時ごろから始まった。能面を付けた女性と男性、それに清経に仕える男性の3人が登場する能であった。清経は1時間も続いた。予め吉村さんが粗筋を送ってくれたので何となく分かった。清経を演じるのは当代屈指の能楽師梅若万三郎師、大鼓は師匠の河村真之介師で、吉村さんはその中で小鼓を担当したのであった。全曲を打つのは初めてであったそうだ。

 吉村さんのお陰でよい勉強をさせていただくことができた。私は疲れたので清経を観たら帰った。あとで分かったのだがこの日「能」はもう一つ「葵の上」があったのだ。「清経」の前ぐらいに行って「葵の上」まで見ればよかったのだ。残念であった。

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            高砂   囃子

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               清経 能 

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             清経の妻

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           清経に仕える男

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           清経の登場

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             清経

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2020年11月18日 (水)

お笑いにもっと政治風刺や社会風刺を取り上げて欲しい  

 テツ&トモという芸人がいる。「何でだろう?何でだろう?」と歌って、テツの方が体を激しく動かして飛び回り、トモの方はギターで伴奏をする芸で人気を集めた。今でも同じ芸で活躍をしている。テレビにも出ていて健在である。「何でだろう?」と疑問に思うことを歌にして落ちをつければよいのだからネタが切れることはない。

よく似た発想の芸人に堺ススムがいる。堺の方はピン芸人で、「なーんでか?」と聴衆に考えさせてオチをつける。こちらも健在である。

 その昔一世を風靡した風刺漫談家にウクレレ漫談の牧伸二がいた。「あーあ,やんなちゃった、ああ、ああ、驚いた」と言って世間風刺をしていた。

 現役では同じようにウクレレを使うピロキという芸人がいるが、彼は自分の日常のことで笑いをとるだけである。

 ところでテツ&トモだが、惜しいことに政治風刺ネタを扱うことはないようだ。政治風刺ネタを取り上げれば面白いだろうにと思う。「テツ&トモが政治風刺ネタをしないのは何でだろう?」と言いたくなる。

 だいたい何千人といる芸人で政治ネタを取り上げる芸人は一組しかいないようだ。安倍元首相の真似などをして皮肉る芸をしているザ・ニュースペーパーぐらいだ。

 政治を風刺するネタを扱うとテレビには出してもらえないから扱わないのだろうと思われる。ザ・ニュースペーパーも滅多にテレビには出ない。

 江戸時代の昔からお上の政事や社会の風刺は川柳や狂歌で行われて来たようだ。川柳には「役人の子はニギニギ(賄賂)をよくおぼえ」とか、狂歌には「太平の眠りをさます上喜撰(蒸気船)、たった5杯で夜も眠れず」などが教科書にの載っていた。

 私は落語が好きだが、社会風刺の落語にどんなものがあったのかは知らない。ネットでは、「落語は古来より世の中を風刺する芸能のひとつでした。昔の人々はつらい世の中にあっても、わさびのきいた落語をとおして世の中を笑い飛ばし、たくましく生きてきました」とあったが。

 外国では政治風刺のネタを扱ったものがよくテレビにも出ると聞く。お笑い番組がテレビでよく放映されるが、日本のお笑い芸人も政治風刺や社会風刺をどんどんと取り上げて欲しいものだ。

 もしやれば、テレビを監視している菅政権から即時ストップがかかるのは見え見えであるが。

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2020年4月26日 (日)

「笑点」を見て笑おう

 笑うと健康に良いと言われている。癌などの人も良くなるとも言われる。大声を出してワハハと笑うのをやっている人や笑いヨガというのもあるようだ。

 私はお笑い番組が好きで以前は「エンタの神様」などを見ていたが、今は「お笑い演芸館」を見ている。日本の話芸というタイトルで放送している落語も見ている。

 お笑い演芸館は漫才が中心だが、なかなか面白くて笑えるものが少ない。そこへ行くとお笑い番組ではないが、「新婚さんいらっしゃい」は桂文枝の巧みな司会でいつも笑うことができ好きな番組である。

 最近また見だしたのが「笑点」である。笑点は50年になった。長寿番組である。中村八大作曲のテーマミュージックが軽快である。

 司会が5代目円楽の頃はいつも見ていた。その後桂歌丸になり、現在は春風亭昇太である。

 Wikipediaによると「寄席においてトリ(最後を飾る出演者)がいない場合、それに代わる最後の演目として観客へのいわばアンコールに相当するサービスとして行われていたもの。余興として、その日の寄席の複数の出演者が再び登場し、観客からテーマをもらって互いに芸を競い合った。

 歌舞伎の『大切』(一日の興行の最終幕最後の場面)にちなんだ名であり、『喜利』は客も喜び、演者も利を得るという意味の当て字である。このように『大喜利』は寄席のプログラムを指す言葉であったが、そのうち出し物そのものを表す語となっていく。

 『笑点』での大喜利が定着したため、近年のテレビ番組やインターネット上などで行われる『大喜利』は、司会者の出題に対して、ひねりを効かせて答えるといった、言葉遊びゲームの集合そのものを指すことが多いが、本来この形式のものは、様々な大喜利のうち『とんち』と呼ばれるものである。

 元来の大喜利ではこの他に、歌や踊りの披露、三題噺、にわか(即興の芝居。数人の芸人が幽霊に扮して登場する道具入りの怪談噺など)、芸人による相撲、裁判の真似事など、趣向を凝らしたさまざまなものが行われている。』と説明してある。

 「笑点」の大喜利は上記のような題目はほとんど使われず、司会者が出したお題について、ひねりの効いた面白い答えを返すものとなっている。
・既存のキャラクターや極端な設定のキャラクターを登場させ、それがどんな言動を取るのか想像して答える
・あったら嫌なものを考える
・一枚の写真に面白いセリフを当てる
・言葉を面白く言い換える

 現在の笑点は、小遊三,好楽、木久扇、三平、円楽,たい平の6人が回答者で、それぞれが知恵を絞って面白い答えを出している。小遊三は下ネタがらみ、好楽は自虐、木久扇はおとぼけ、三平は真面目、円楽は政治風刺、たい平は物まねという特徴がある。

 言葉の遊びなので頓智、洒落、駄洒落などで聞いていて思わず笑ってしまうものが多い。

 あのうまい答えが当意即妙に出るのだとしたらすごいと思うのだが、実際はどうなのだろうか。事前にお題が知らされていて作って来るのではないかと想像している。

 回答者がお互いをけなしたり、バカにしたりするのも笑いを誘っている。

 現在は地上波テレビで中京テレビが毎週日曜日の午後5時半から放映しているが、その他に、BS日テレが火曜日、水曜日、木曜日の午後7時から「笑点なつかし版」として過去の番組の中から放送している。円楽や歌丸の司会が見られるので楽しい。

 新型コロナウイルスで自宅に籠らされているが、笑点は笑えるので見て笑うことで脳からいいホルモンが出るだろうと思っている。

 

 

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2019年3月 4日 (月)

「落語と漫才、楽しめるのは?」という記事

 2月23日の朝日新聞「be」読者と作る欄に「落語と漫才、楽しめるのは?」という記事が載った。それによるとトータルとして落語が61%、漫才が39%であった。

  最近落語家がふえ70人もいるというから驚きだが、東京ではちょっとしたサロンのようなところでも落語の席を設けるところが増えているようだ。

  beによると、落語が好きな理由は、

 ①古くから練られてきた笑い話

 ②落語家の芸を感じられる

 ③じっくいり聴ける

 ④漫才よりゆったりしている

 ⑤共感できる噺が多い

  などとなっていた。

  漫才が好きな理由は、

 ①掛け合いがおかしい

 ②テレビで手軽に観られる

 ③すぐ笑える

 ④現代の話しをしている

 ⑤時間が短い

 ⑥わかりやすい

  私はお笑が好きで落語も漫才も見るがどちらかというと落語派である。前にも書いたと思うが東京に行くと新宿末広亭に行く。寄席に行けば落語も漫才も色物も見られるが、主は落語である。

  江戸時代には江戸に400もの寄席があったそうだが、今は浅草演芸場、池袋演芸場、上野鈴本など僅かしかない。

  お笑い番組はときどきブームのようにできては消えていく。今はテレビで見られるのは「お笑い演芸館」ぐらいで、落語はNHkが日曜日午後2時に放送するものぐらいである。

  落語がよいと思うのは、噺が古くからよく練られて作られていて、新作でも巷の機微をうまく取り上げて笑いを誘っているからだ。

  漫才やコントを目指す若者も多く、競争は激しいと言われるが、落語に比べて昨今の漫才は怒鳴ったり、叩いたり、がさついていて、受け狙いが多く、言葉のおかしさで笑いをとる昔の漫才のような良さが無くなった。

 

 

 

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2018年7月20日 (金)

也留舞会創立100周年記念大会を観た

 「狂言 也留舞会」の創立100周年記念大会が16日に名古屋能楽堂であった。知人の吉村さんが所属していて出演するので案内をもらったのだ。10時開演に間に合うように出かけたが、丸の内駅で地下鉄を降りると炎天下を会場まで歩いた。暑くて汗が湧き出てハンカチで拭いながら歩いた。

  会場に着くと正面の3列目に席を取った。しばらくは汗が出ていた。10時少し前に番外狂言小舞 「田植」というのが野村又三郎師によって舞われた。おめでたいもののようだ。

  10時からプログラムに従って狂言の数々が演じられた。最初の4つ、「福の神」、「引括」、「柑子」はNHK文化センターで勉強している人たちによるものであった。「引括」は覚えるのが難しいのか2組共セリフをトチって後見に助けられていたが、懸命に演じていてよかった。

  吉村さんは、狂言語(語り)「那須語」を演じた。演者自身による口語訳のものが配られていたので、内容は把握することができた。これは有名な那須与一が平家の扇を射落とす話しで私もよく知っていた。

  判官と与一を語る時場所を移動させていたので落語みたいだと思って観ていた。年期が入った演じ方はさすがだと思ったが、残念であったのは、言葉が明瞭に聞き取れなかったことだ。口の中にこもってしまって外に出て行かないのだろうと感じた。次の伊藤という女性の朝比奈語はもっとひどかった。こういう語りは言葉がはっきりと発話されないと、文語だけに聴衆に伝わらない。これが講談であれば張り扇も使って明瞭に語られるであろうと思った。

  「井杭」では井杭を小学6年生が演じ、何某を高校3年生が演じ、算置を又三郎師が演じた。他にも「魚説法」には大学4年生、中学3年生が、「重喜」には尚学年生、「痺」には小学年生と6年生、「盆山」には高三、中三が、「成上り」には中三と中一が、「雷」には高三と中一というように、若い子たちがたくさん出演していて熱演し頼もしかった。

  私は吉村さんが参詣人を演じた「福の神」まで観た。ここまで5時間余りさすがに疲れを感じたので退出した。「福の神」はプログラムのトップでNHK文化センターの人たちによって演じられたが、吉村さんたちの方がしっかりとしていた。またセリフもよく分かった。残念であったのは福の神が最後に謡うところで言葉が聞き取れなかったことであった。大事な言葉を言ったはずなのでプログラムにでも書いてあるとよかった。

  挨拶によると、也留舞会をつくったのは又三郎師の祖父の十二世野村又三郎で後進の育成のためであったそうだ。大正7年6月28日に東京麹町の能楽倶楽部で第1回研究会を開いたという。戦中・戦後の一時休会もはさんで100周年となったそうだ。100年というのは大した歴史だと思う。

 私たちが狂言や能を観ることは少ないが吉村さんのお蔭で何度か観ることができ古典芸能への眼を開かせてもらって感謝している。これからも未来に向けてすそ野を広げて行ってほしいと思う。

 

 

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2018年5月22日 (火)

第33回橘座公演 桂小南独演会

 毎年春と秋の2回行われる「橘座公演 桂小南独演会」が、5月19日(土)に愛知産業大学工業高校たちばなホールであった。

 私はこの橘座公演を楽しみにしていて、いつも聴きに行っている。地元大須の人たちの協力もあって無料で行われるのが凄い。
 
 今回は桂小南で落語芸術協会に属していて、昨年9月に三代目桂小南を襲名したばかりである。私は小南の落語を聞くのは初めてだった。
 
 上方落語だと思っていたら、初代と先代は上方落語を東京で演じたらしいが、3代目桂小南は埼玉県春日部市の出身だ。最初に演じた「そば清」という落語の中で脱線をして春日部の小・中学生時代のことを話して笑いを取っていた。
 
 「そば清」は上方落語であらすじは、
 
 江戸。そば屋で世間話をしている客連中は、見慣れぬ男が大量の盛りそばを食べる様子を見て非常に感心し、男に対し、男が盛りそばを20枚食べられるかどうか、という賭けを持ちかける。男は難なく20枚をたいらげ、賭け金を獲得する。

 悔しくなった客連中は、翌日再び店にやってきた男に30枚への挑戦を持ちかけるが、またしても男は完食に成功し、前日の倍の賭け金を取って店を出ていく。気の毒がったひとりの常連客が、「あの人は本名を清兵衛さん、通称『そばっ食いの清兵衛』略して『そば清』という、大食いで有名な人ですよ」と、金を奪われた客連中に教える。

 悔しさがおさまらない客連中は、今度は50枚の大食いを清兵衛に持ちかける。清兵衛は自信が揺らぎ、「また日を改めて」と店を飛び出して、そのままそばの本場・信州へ出かけてしまう(演者によっては、清兵衛は行商人として紹介され、信州へ商用で出かけたと説明する)。

 ある日、清兵衛は信州の山道で迷ってしまう。途方にくれ、木陰で休んでいると、木の上にウワバミがいるのを見つけ、声が出せないほど戦慄する。ところがウワバミは清兵衛に気づいておらず、清兵衛がウワバミの視線の先を追うと、銃を構える猟師がいるのが見える。ウワバミは一瞬の隙をついてその猟師の体を取り巻き、丸呑みにしてしまう。

 腹がふくれたウワバミは苦しむが、かたわらに生えていた黄色い(あるいは赤い)草をなめると腹が元通りにしぼみ、清兵衛に気づかぬまま薮のむこうへ消える。清兵衛は「あの草は腹薬(=消化薬)になるんだ。これを使えばそばがいくらでも食べられる。いくらでも稼げる」とほくそ笑み、草を摘んで江戸へ持ち帰る。

 清兵衛は例のそば屋をたずね、賭けに乗るうえ、約束より多い60枚(あるいは70枚)のそばを食べることを宣言する。大勢の野次馬が見守る中、そばが運び込まれ、大食いが開始される。清兵衛は50枚まで順調に箸を進めたが、そこから息が苦しくなり、休憩を申し出て、皆を廊下に出させ(あるいは自分を縁側に運ばせ)、障子を締め切らせる。清兵衛はその隙に、信州で摘んだ草をふところから出し、なめ始める。

 観客や店の者は、障子のむこうが静かになったので不審に思う。

 一同が障子を開けると、清兵衛の姿はなく、そばが羽織を着て座っていた。例の草は、食べ物の消化を助ける草ではなく、人間を溶かす草だったのである。

 桂小南は噺の一部を変えていたが、そばを食べる仕草をいろいろと演じうまいものであった。

 仲入りのあとは「お楽しみ」ということで題名が知らされていなかったが、帰宅後ネットで調べたら「甲府い」という噺であった。初めて聴く噺だった。

 「甲府い」あらすじ

 《「甲府い」あらすじ》

 甲府から仕事を得るために江戸に出てきた善吉。法華宗の信者でもあった善吉は、「仕事を得て一人前になるまでは故郷に帰らない」と願をかけてきたものの、財布をすられ一文無しに。

 行き倒れ寸前のところで、豆腐屋にあった卯の花を盗み食いしてしまい、店の若いもんにとっちめられてしまう。

 そこに出てきた店主。訳を聞くと可哀想になったうえ、店主もまた法華宗。人手が足りなかったこともあり、善吉を働かせることにした。

 店は法華豆腐とあだ名される人気店。特に人気なのが、ごまがたっぷり入ったがんもどきだと言う。店主から「豆腐ぅー、ごまいり、がんもどき」という売り声を教えられ、それを言いながら、一生懸命売り歩いた。

 あっという間に3年が過ぎ、気づけば善吉は立派な豆腐屋の一員に。
店主も、その妻も、善吉の誠実な人柄に一目置いていた。

 二人にはお花という一人娘がおり、善吉を婿に迎えるのが良いのではないかという話があがる。お花も、善吉の話をすれば顔を赤らめる始末なので、話はすぐにまとまった。

 豆腐屋の養子に入った善吉。善吉は早くに両親を亡くし、甲府にいた叔父に育てられた。その叔父に結婚の報告をしたいから5、6日暇をもらいたいと申し出る善吉。ついでに、願掛けをしてきた身延山へもお参りしたいという。

 翌日、早速荷物をまとめ、お花と二人、いつもと違う綺麗な服装に身をつつんだ爽やかな若夫婦が、甲府に向かって街道を歩いて行く。

 それを見た町人は、いつもと違う二人の様子に驚き「二人してどこへ行くんだい?」と声を掛けた。善吉はいつもの売り声の調子で答える。
甲府いー」
続いてお花がお参り、願ほどき」

 桂小南は声が大きいがマイクの加減か大きくても発音が明瞭でないところがあった。また、体を前に折って低くして話すのが特徴のようだ。

 「開口一番」は三遊亭遊七で女性であった。女性の落語家は珍しいのでよかった。

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2017年12月14日 (木)

M1グランプリを観たがついていけない今の漫才

 M1グランプリを録画しておいて観た。4300組ほどのエントリーがあって、9組が選ばれ、さらに敗者復活戦から1組が加わって10組で準決勝戦をして、3組が決勝に勝ち残るというやり方であった。

今年は和牛、ミキ、トロサーモンの3組が残って結果はトロサーモンが4票、和牛が3票を獲得し1000万円とハワイ旅行を手にしたのはトロサーモンであった。1000万円もさることながらこれで箔が付き仕事が増えるだろうからそちらの方が有難いであろう。

  M1グランプリは毎年観ている。今年はこれまでで一番面白いと審査員が評していたが、最近の漫才はどこが面白いのか私にはさっぱり分からない。

 最終組に残った上記の3組をもう一度観てみたが、やはり面白いとは思はなかった。その後で「お笑い演芸場」の大木こだま・ひびきの昔からやっているネタの漫才を観たが、いわゆるしゃべくり漫才というやつで言葉で笑いをとっていて面白かった。

  私はエンタツ・アチャコの漫才からずっと漫才を観ているが、昔の漫才は話芸がよくて面白く見られた。関西の漫才も東京の漫才も面白かった。

  東京では、青空千夜、一夜、青空球児・好児、春日三球、照代、コロンビアトップ・ライト、獅子てんや・わんや、人生幸朗、生恵、Wけんじ、B&B,星セント・ルイス、内海桂子・好江、松鶴家千代若・千代菊、爆笑問題、あした順子・ひろし・・・・。

  上方では、エンタツ・アチャコ、ミスワカな・島ひろし、ミヤコ蝶々・南都雄二、秋田Aスケ・Bスケ、オール巨人・阪神、おぼん・こぼん、かしまし娘、太平サブロー、シロー、中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・こいし、都蝶々、横山やすし、西川きよし、宮川大助・花子、・・・・。

 漫才は言葉を使って二人の掛け合いで笑いを誘う芸である。昔の漫才には洒落とかダジャレとかオチとか言葉による面白さがあった。ところが昨今の漫才は奇をてらったり、 大げさな動作などで笑いをとろうとしている。

 その上しゃべるテンポが非常に速い。だから録画をして聞いても聞き取れないことがよくある。会場でライブで聞いている人たちは面白いのが伝わるのか、笑い声が聞こえる。でも、テレビで観ると全然面白さが伝わってこないのだ。今の漫才はテレビには向いていないのかも知れない。

 その点落語はテレビで観る話芸である。ラジオで聴いても面白いものもあるが、仕草が見られないのでテレビで観るべきである。

 漫才はこの辺りでもう一度原点に帰って、二人の掛け合いによる言葉の芸を磨いてほしいものだ。落語は古典として保存され継承されているが、漫才にはそうしたものはなく、消えていく芸である。それが常に新しいものを追求しなければならない宿命なのだろうが、話芸として聞くに堪えるものを創りだしてほしい。

 

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2017年8月31日 (木)

第67回 日本舞踊稲垣流豊美会を観た

 第67回日本舞踊 稲垣流 豊美会の公演が8月27日に金山の日本特殊陶業会館ビレッジホールであった。知人の御嬢さんが名取なので券を頂いて観に行った。

 11時半開演だが1時間ほど遅れて入場した。ちょうど第一部が終わったところでよかった。会場に入ると前の方の席には物が置かれていた。下手側に花道があり、その向こうの席には数人座っていた。それでそちらの席は特別席か尋ねたら、一般席だと言ったのでそちらに行った。花道で遮られて一旦外に出ないと行けないのでそちらは空いているのだ。

 第2部は古典の部で、長唄、常盤津、清元などの踊りであった。

1.小唄  扇かざして、  .長唄 松の緑  引っ込みはセリを使っていた。

2.長唄 菊づくしは子どもたちが上手に踊った。

 面白かったのは3の常磐津 釣り女であった。狂言を元にして作られたもので、大名が太郎冠者を連れてある神社へ嫁取り祈願に出かける。その夜夢にお告げが現れる。眼が覚めると釣竿が1本落ちている。その釣竿で嫁を釣れということだと察し釣竿を出すと、何と美女が掛かる。太郎冠者が持っていた酒で祝言の盃を交わす。

 太郎冠者が、自分も嫁が欲しいからと釣竿を借りて釣ると、醜女が掛かる。太郎冠者は嫌だというが、女は結婚を迫る。

 狂言仕立てでセリフも入るが、踊りも部分もありうまくできていた。太郎冠者の演技は勝れていた。

 4. 俚奏楽 雪の山中  5.長唄 鶴亀  宝船  6.筝曲 鶴寿千歳  

 7. 長唄 松の寿  8.小曲 灯籠流し と続いた。

 9は、稲垣舞蝶さんの「藤娘」で見事な藤の花が舞台いっぱいに垂れ下がっている中で踊っ

 た。最初は藤の花を持って黒の衣装で踊り、衣装を青に換えて踊った。その後また衣装を換えて踊った。20分もある長い踊りであったが、見事に踊った。

 10.常盤津 祭りの花笠  11.傀儡師 の2つはベテランと見うけた。祭りの花笠は花道から登場した。 

 12.お染久松は幼稚園児と1年生のコンビで、花道から登場した。可愛い仕草に会場から「可愛い!」と言う声が上がっていた。

 第2部のトリは、家元の稲垣友紀子さんら3名の踊りで、さすがに見ごたえがあった。会場からもいいねと言う声が聞こえた。

 2部は3時間半もあったので観疲れたから第3部は観ずに帰った。今年は金山のビレッジホールを使ったのでセリや花道があり、気合の入れ方も違ったように感じた。舞台装置が大きくて豪華であった。

 私は日本舞踊を観る機会はないので、日本的な伝統文化に触れる良い機会であった。Sさんに感謝である。

 案内のチラシに演目の下に演者の名が入ってなかったのが残念であった。来年は入れてほしいと思う。

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2017年5月24日 (水)

第31回橘座公演―柳亭市馬独演会

 21日に第31回橘座公演があった。「柳亭市馬独演会」である。東京に行ったとき末広亭でもらったパンフレットには柳亭市馬は落語協会会長だと書いてあった。

  午後一時開演の開口一番は弟子の柳亭市坊が務めた。まだ若い落語家だ。落語では演題はめくりに書かないし、口でも言わないが、有名な「たらちね」であった。もともとは上方落語で「延陽伯」と言っていたものを、江戸に持ち込んで「たらちね」として演じられたのだ。

   ある長屋に住む独り者の八五郎。大家さんに呼ばれ、「店賃の催促かい?」と勘ぐりながら戦々恐々伺ってみれば、何と縁談話。相手の娘の『年は二十』で『器量良し』、おまけに『夏冬のもの(季節の衣類・生活道具)いっさい持参』という大盤振る舞い。

  独り者には願ってもない縁談、しかし話がうますぎる。不審に思った八五郎、大家さんに問いただしてみると、やはりこのお嬢さん『瑕』(きず)があった。

  厳格な漢学者の父親に育てられたせいで『言葉が改まりすぎて、つまり馬鹿丁寧になってしまい、言うことが何が何だかわからなくなった』。かく言う大家も、先だって彼女に道で出会った途端『今朝は土風激しゅうして、小砂眼入(しょうしゃがんにゅう)し歩行為り難し』とあいさつされ、仰天したらしい。

  初対面の八五郎が名前を尋ねると「自らことの姓名は、父は元京の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。母は千代女(ちよじょ)と申せしが、わが母三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴を夢見て妾(わらわ)を孕めるが故、垂乳根の胎内を出でしときは鶴女(つるじょ)。鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後これを改め、清女(きよじょ)と申し侍るなり

  単に名前を聞いただけなのに、両親の出自から自らの誕生秘話、幼名と改名に至るまで、全部漢文調でよどみなく並べ立ててのけたから大変である。八五郎はますますわけがわからなくなってくる。

  つまり江戸っ子の八五郎と嫁になった娘とのやりとりの滑稽さを笑いとした落語である。本当は長いのだが端折って話した。

  次は市馬の「お楽しみ」で、前半は師匠の柳家小さんにまつわるエピソードをいろいろ語って笑いをとった。長いのでそれで終わるかと思ったら、「粗忽の釘」という有名な落語に入った。

  この落語は末広亭に行ったとき聞いたが、そのときは米丸に時間をとられて、桂枝太郎の持ち時間が短くなって、かなり端折って話された。今回は前振りが長かったもの末広亭で聞いたのよりは長く演じた。

  もともとは 宿替え』(やどがえ)という上方落語の演目の一つ江戸落語では粗忽の釘』(そこつのくぎ)の名で演じられている 長屋慌てものが引越しをする際のドタバタを描いた作品で、全て演じ通せば長時間のネタとなるが、途中を省略、もしくは打ち切って時間調整をすることが可能な演目である。

  引っ越した長屋で女房に箒を掛ける釘を1本打ってくれと言われ、大工の亭主はいやいや8寸の瓦釘を打つ。ところが壁を突き抜けて隣家に出てしまう。それで謝りに行くが、最初はお迎えに行ってしまう。そこで女房との馴れ初めを話す。家を間違えたと知り、隣家へ行く。そのやり取りを面白く語って笑わせる。

  お仲入りの後は、市馬の「二番煎じ」であった。

 原話は、1690年元禄3年)に江戸で出版された小咄本『鹿の子ばなし』の「花見の薬」。これが同時期に上方で改作され、『軽口はなし』の「煎じやう常の如く」になり、冬の夜回りの話となった。

 はじめは上方落語の演目として成立した。東京へは大正時代に5代目三遊亭圓生が移したといわれる。

 江戸のある町内の番小屋で夜回りの人たちが酒やししの肉などを持ち込んで禁じられている酒盛りをする。そこへ役人がやってきて見つかってしまう。酒を土瓶でかんして飲んでいたのでそれは風邪薬だという。役人は風邪を引いているから飲ませろという。そして一人で飲んでしまう。たまらない町内の人たちは「もうありません」と言うと、役人は一回りしてくるから、「二番煎じを用意しておけ」というオチである。

 この噺は酒を飲むしぐさや肉やネギを食べる仕草がふんだんに演じられそれが見どころの一つとなっている。さすがに市馬は上手に演じていた。柳亭市馬は噺を語る時いつも笑顔をたやさないのもよい。

 落語は言葉で笑いをとるようにストーリーが巧みに作られていて面白い。また、演者によって違うから同じネタを何度聞いても面白く聞ける。橘座のお蔭で一流の落語家の噺を聞くことが出来るので嬉しい。

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