音楽

2021年1月27日 (水)

「私は左手のピアニスト~希望の響き世界初のコンクール~」を見て 

 1月2日にNHKBS1で放映された「私は左手のピアニスト 〜希望の響き 世界初のコンクール〜」を録画してあったのをやっと見た。

 左手で演奏するピアニストとして舘野(たての)泉さんのことは知っていたが、このコンクールは左手のピアニストの智内威雄(ちないたけお)さんが実行委員長として立ち上げたものであった。
コンクールが行われたのは2018年11月で、大阪府箕面市のメイプルホールで3日間にわたって開かれた。音楽史上初となる左手で奏でるピアノコンクールであった。

 プロ部門とアマチュア部門に分かれて行われた。出場したのは病気や事故で右手を痛め左手の演奏を選んだピアニストたちであった。両手で弾けなくなった悲しみを癒やすのは、やはりピアノであった。出場者たちは左手だけで演奏する曲に出会い、その新たな音楽の世界に魅了され、挫折から希望を見出していた。

 何人かの出場者のエピソードを交えて番組は進んだ。その中で左手のピアノ音楽について知ることができた。この音楽分野の発展は第一次世界大戦で右腕を失ったピアニスト達が曲を作り、その数は数千曲にもなったという。残された左手でピアノ演奏を表現するという試みは成功し、その当時のクラシック音楽界に一大旋風を巻き起こした。

 智内さんによると、レオポルド・ドフスキー(1870年生~1938年没) / ヨハン・シュトラウス2世「宝石のワルツ」ラヴェルやプロコフィエフをはじめ、実に多くの著名な近代作曲家が左手のための楽曲を書き、ほとんどの有名なオーケストラが演奏会でとりあげるほどになったそうだ。

 ところでプロのピアニストを始め、アマチュアでもピアノが弾けなくなるのは「局所性ジストニア」によるものだそうだ。神経疾患の一つで、脳が誤作動を起こしそのために右手の動かしたい部位が思うように動かなくなる病気なのだ。リハビリによって日常生活はできるが、治療法は今のところないという。

 番組では何人かの人達が練習している様子とか家族の様子などを伝えていた。驚いたのは、演奏される曲の響きが、左手で演奏しているところを見なければ片手の演奏とは分からない素晴らしいものであった。一流の作曲家が作った曲はもちろん、演奏するピアニストが自分で作曲した曲も含めて素晴らしかった。

 左手のピアノ曲はペダルを使って音の調整をするので響きが素晴らしくなるのだそうだ。演奏を見ると鍵盤をすべて使っている。ピアノはオーケストラだと言われるが本当にそれを実感することができた。

 プロの音楽家のうち100人に1人は音楽家のジストニアを患っているといわれているそうだ。

 プロ部門で1位は高岡準さん、2位はタイのチャイキティワッタナ・ガンさん、3位は2人いて、瀬川泰代さん、高校生の早坂眞子さんであった。

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2020年12月12日 (土)

オルガンの秋 ブランチコンサート

 昭和男爵コーラス指揮者の加藤佳代子先生から案内をもらって「名古屋オルガンの秋のブランチコンサート」に行ってきた。以前は名古屋オルガンの秋のコンサートの案内を貰っていたのだがいつのまにか来なくなっていた。新型コロナウイルスの関係で来ないのかと思った。

 コンサートは12月9日に芸術劇場コンサートホールであったのだが、コンサートホールでのコンサートはこれで今年2回目であった。

 ブランチコンサートなので開演は10時半だったので、当日券を買うために10時少し前にホールに着いた。20人ぐらいの人が並んでいた。見ると床に立ち位置を示すシールが貼ってあった。

 10時に開場するとマスク着用、手指の消毒が義務付けられていた。なぜか体温を計る器械はなかった。

 いつものように2階席に行って2列目の中央に座った。開演までにかなりの人が入ったので意外であった。座席は自由席なのでデスタンスはとってなかった。観客はほとんどが高齢者であった。ブランチコンサートだから仕事のある人は来られないから当たり前のことであった。

 オルガニストの吉田文さんは名古屋女子大で教えているので、音楽表現ゼミナールの学生たちが10数人来ていた。開幕は彼女らのハンドベルで「お部屋を飾ろう」が演奏された。ハンドベルの音色は独特でいい。

 2曲目がヨハン・セバスティアン・バッハの「待降節・主よ、いらしてください」のオルガン演奏であった。久しぶりに聴く生のオルガンの響きがよかった。

 3曲目はソプラノ独唱で本田美香さんがカンタータ”Num komm,der Heiden heiland"BWV61よりをオルガンの横のステージで歌った。オペラでデビューしたというだけあって広い会場でもよく届いた。

 4曲目はヨハン・セバスティアン・バッハ/シャルル・グノー アヴェ・マリアを加藤佳代子先生が歌った。

 5曲目はフランツ・シューベルトのアヴェ・マリアを本田さんが歌った。

 6曲目はジクフリッド・カルク=エラート 天使の挨拶(アヴェ・マリア)をオルガンで演奏した。

 7曲目はリクエスト曲でガブリエル・フォーレ ピエ・イェズ(世の救い主、イエス・キリスト)を本田さんが歌った。

 8曲目もリクエスト曲でセザール・フランクのパニス・アンジェリクス 加藤先生が歌った。

 9曲目はハンドベルでクリスマス・ジョイ ~もろびとこぞりて・来たれ友よ~

 10曲目はLeroy anderson:A Christmas Festivalのオルガン演奏。

 11曲目はハンドベル演奏でき「よしこの夜」

 最後も「きよしこの夜」を日本語で加藤先生と本田さんがデュオで歌った。

 終演は11時半でちょうど1時間であった。耳に慣れ親しんだ曲が多く、バラエティに富んでいて、私はクリスチャンではないがとてもよいクリスマスコンサートであった。
 

 

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2020年11月22日 (日)

加藤佳代子オンエアーライブコンサート案内

 昭和男爵コーラス指揮者の加藤佳代子先生が無観客のライブコンサートをされるという案内をもらった。

 電気会館のザ・コンサートホールで演奏されるそうだが、どのようなコンサートになるのか興味深々である。無観客なので入場料は取ることができない。コンサートホールを借りてビデオで撮ってYOUTUBEにアップするそうだが費用が相当かかると思う。

 加藤先生のメールをコピペしておく。ぜひ視聴してみて欲しい。

 

加藤佳代子ソプラノ 日本歌曲コンサート

  2020年11月28日(土)19:00~19:30

  曲目:『パリ旅情』深尾須磨子・詩/高田三郎・曲

  ピアノ 虫明知彦


 こちらのURLをクリックしてください。(視聴無料)
 
https://www.youtube.com/channel/UCf7bwKJcfdRrwlRtNNe9UEA?view_as=subscriber


 この状況の中で私に何が出来るだろうと考え抜いた結果、明るく笑顔で生活しながらも、孤独と向き合い自らの足で強く歩む人々を生き生きと描いたこの作品を母語で
ある日本語で皆様にお届けしたいと思いました。

 ホームグラウンドのように親しみのある電気文化会館ザ・コンサートホールから初の無観客ライブ配信です。

 当日、会場内にはご入場いただけませんのでスマホ、タブレット、パソコンでお楽しみいただけましたら幸いです。

 画面を通して、電波にのせて皆様とつながれますように♫
        

              加藤佳代子

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2020年10月28日 (水)

第24回 NPOとうかいマスターズオーケストラ演奏会

 25日の日曜日14時から、愛知県県立芸術劇場コンサートホールで、NPOとうかいマスターズオーケストラの演奏会があった。タイトルは「第24回 人生の達人のための音楽会」。Mさんから入場券を頂いたので聴きに行ってきた。

 いつもはしらかわホールで行われるのだが、新型コロナウイルスの関係で「密」にならないように、芸術劇場コンサートホールにしたのだそうだ。

 開場間際にコンサートホールに着いたが、観客は列を作っていた。観客の層も若いい人から高齢者まで幅が広いと見受けた。「人生の達人?」ということで高齢者ばかりかと思ったらそうではなく、幅広い達人たちがいたのはよかった。

 全部指定席にして「密」にならないようにしたのだそうだ。私の席は3階3列であった。3階の席には何度か座ったことがあるが、音がよいと言われる。確かに天井で反射してすぐ来るのでよいのだろう。

 演奏が始まって気が付いたのだが、私の席からは舞台全体の様子を見下ろすので、演奏の進行に従って各楽器の動きがよくわかった。演奏する人の顔や動きもはっきりと観られた。

 菅首相が口にした「総合的・俯瞰的」というコトバが頭に浮かんだ。この場合はまさに「総合的・俯瞰的」がぴったりであった。そういう意味でもコンサートホールの3階席はよいと思った。

 聴衆はホールの中にまんべんなく入ってこのオーケストラの人とのつながりの深さを知った。

 通例年に2回のコンサートが開かれるのだが、今年はコロナのために4月は開催できなかったので、久しぶりのコンサートだそうだ。新型コロナ禍のためどこの音楽活動ももろに影響を受けている。

 この日演奏されたのは、
   ドヴォルザーク  チェコ組曲 Op.39
      

        ドヴォルザークの出世作となった「スラヴ舞曲集」の翌年に作曲された。前奏曲(牧歌)、ポルカ、メヌ

        エット、ロマンス、フィナーレと続く。 
  

   モーツアルト  ホルン協奏曲 第3番K。447
  

        モーツアルトの作曲したホルン協奏曲は、伴奏オーケストラの編成が弦楽合奏と2本のクラリネットと2本の

        ファゴットになっている。そんためにオーケストラ全体の響きが他の3曲とは少し違った音色になっている

        という。
 

        ホルンの独奏は水谷仁氏


   ドヴォルボルザーク  交響曲第8番 と短調 Op.88
  

        ドヴォルボルザークは母国愛にあふれた作曲家であった。この曲は特にその様子がうかがえる作品だとい

        う。牧歌的で叙情豊かなメロディからはチェコの風景ばかりか、その国の人々の生活の様子や生き方、自国

        に対するプライドまで感じることができるという。
 

  久しぶりに聞くオーケストラの生演奏。それを3階席から総合的・俯瞰的に楽しむことができた。マスターズオーケストラならではの演奏であった。
 

                      ※とうかいマスターズオーケストラ 【検索】

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2020年10月26日 (月)

女声コーラス ブルーローズ コンサート

  知人のMさんが所属する女声コーラス「ブルーローズ」のコンサートが名東文化小劇場であったので聴きに行った。新型コロナウイルスがまだ広がっているこの時期にコンサートとは・・・と思った。

 当日は天気が悪く雨の予報が出ていたので傘を持ってバスででかけた。会場に着くと受付で名前と電話番号を記入し、手指の消毒をした。新型コロナ禍の中で集会では名前や連絡先を書くのはどこでもやっている。中には住所と年齢なども書かされるところもある。

 開場時刻になって中に入った。観客は10人ぐらい座っていた。座席は密にならないように開けて座るようになっていた。開演時刻になるともう少し増えるのかと思っていたが、20人程度であった。密の心配は全くなかったが、歌う人たちには張り合いがないだろうと思った。

 ステージには段が置いてあったのでその上で歌うのかと思ったら、ステージの前の方に立って、ソーシャルぢスタンスを取って、普通とは違うフォーメンションであった。

 プログラムは2部に分かれていた。

 第一部は

  セレナーデ  シューベルト

  菩提樹    シューベルト

  Stand Alone  久石譲

 前の2曲は若い頃女学生に好まれてよく歌われていた曲だ。きれいにハモッていた。ただ静かな曲なので声量が抑えられていた。

 そのあと団員は衣装を代えに下がった。その間指揮者が2曲歌った。
  

   椿姫より プロバンスの海と陸

   エロディア―ドより 儚(はかな)い幻

 朗々とした歌声が会場に響き渡った。

 衣装を写真のようにユニークなものに着替えて第2部が始まった。
 

   心の瞳 三木たかし
  

 この歌を歌い終わった時、ブラボーという声があり、みんなが大きく拍手をした。確かに素晴らしい歌声であった。


  時代   中島みゆき

  Believe  杉本竜一

 その他赤とんぼなど2曲歌われた。いずれも素晴らしかった。惜しむらくは会場にせめて100人ぐらいは聴衆がいればよかったのにと思った。新型コロナと夜のコンサートで出にくかったのかもしれない。
 帰るとき入り口に大きなモニターが置いてあった。何だろうと思って近寄ったら、体温を測る機械であった。体温は36.4度であった。初めて見たが便利な体温計があるものだと思った。  

当日は天気が悪く、雨の予報が出ていたので傘を持って地下鉄駅までバスででかけた。X

会場に着くと受付で名前と電話番号を記入し、手指の消毒をした。新型コロナ禍の中で集会では名前や連絡先を書くのはどこでもやっている。中には住所と年齢なども書かされるところもある。
開場時刻になって中に入った。観客は10人ぐらい座っていた。座席は密にならないように開けて座るようになっていた。開演時刻になるともう少し増えるのかと思っていたが、20人程度であった。密の心配は全くなかったが、歌う人たちには張り合いがないだろうと思った。
ステージには段が置いてあったのでその上で歌うのかと思ったら、ステージの前の方に立って、ソーシャルぢスタンスを取って、普通とは違うフォーメンションであた。
プログラムは2部に分かれていた。
第一部は
  セレナーデ  シューベルト
  菩提樹    シューベルト
  Stand Alone  久石譲
前の2曲は若い頃女学生に好まれてよく歌われていた曲だ。きれいにハモッていた。ただ静かな曲なので声量が抑えられていた。
そのあと団員は衣装を代えに下がった。その間指揮者が2曲歌った。
椿姫より プロバンスの海と陸
エロディア―ドより 儚(はかな)い幻
朗々とした歌声が会場に響き渡った。

 衣装を写真のようにユニークなものに着替えて第2部が始まった。
  心の瞳 三木たかし
  この歌を歌い終わった時、ブラボーという声があり、みんなが大きく拍手をした。確かに素晴らしい歌声であった。
  時代   中島みゆき
  Believe  杉本竜一
 その他赤とんぼなど2曲歌われた。いずれもよかった。惜しむらくは会場にせめて100人ぐらいは聴衆が要ればよかったのにと思った。新型コロナと夜のコンサートで出にくかったのかもしれない。
 

 帰るとき入り口に大きなモニターが置いてあった。何だろうと思って近寄ったら、体温を測る機械であった。体温は36.4度であった。初めて見たが便利な体温計があるものだと思った。  

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           コシノジュンコ氏デザインの衣装

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2020年5月 8日 (金)

古関裕而作曲とは知らずに歌っていた曲のなんと多いことか

 四月から始まったNHK朝の連続小説「エール」は作曲家古関裕而と妻の金子の物語である。

 古関裕而の名は子供の頃からよくきいていたが、どんな曲を作ったのかは知らなかった。

 5月3日にNHKが放送した「あの日 あのとき あの番組『作曲家 古関裕而~昭和を奏でた音楽人生」を見て、そこで取り上げられていた歌の数々は、いずれも私がよく知っていて口ずさんだものばかりであった。

 驚いたのはそれらの歌を作曲したのが古関裕而であったことだ。あんなにたくさんの、私の世代なら誰でも知っている歌が古関裕而作曲だったとは!

 古関裕而は昭和10年に「船頭可愛や」で初めて大ヒットをしたというが、子供の頃よく耳にし自然に覚えたものであった。

 戦争中に軍部に協力して愛国の歌を作ったが「愛国の花」「露営の歌」「若鷲の歌」「暁に祈る」などは絶えず流され、ことあるごとに歌ったものであった。「若鷲の歌」などは子どもの私に、将来海軍軍人になる夢を抱かせたものであった。

 古関裕而は戦後、若鷲の歌などを歌って戦地で死んでいった若者のことを知り、深い後悔の念にかられたという。「長崎の鐘」を作ったとき、そうした気持ちも込めて作曲したと言っていた。

 戦後すぐにラジオで「鐘の鳴る丘」が放送されたが、いつも楽しみに聴いていた。その主題歌も古関裕而の作曲であったのは知らなかった。

 コーラスで歌った「高原列車は行く」も彼の作曲であった。有名な「君の名は」も古関裕而作曲であったとは知らずにいた。

 面白いのは、早稲田大学の応援歌と慶応大学の応援歌、阪神タイガース歌と巨人軍の歌というライバル同士の歌を作曲していることだ。

 古関裕而が凄いのは独学で音楽の勉強をして、クラッシックの曲から歌謡曲や行進曲まで幅広く、生涯に5000曲以上も作曲したことだ。

 こういう人を天才というのだろうが、如何に才能があったとはいえ、独学で作曲法や演奏や指揮などもマスターしたのは凄い。残念であったろうことはせっかくイギリスの作曲コンクールに入賞したのに、不況のためにイギリス留学を断念したことであった。もし、留学が実現していたらどんな作曲家になっていたかと思うと惜しくてならない。

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2020年2月25日 (火)

加藤佳代子ソプラノリサイタル

 2月22日土曜日、午後2時から伏見の電気文化会館 ザ・コンサートホールで、私が所属する昭和男爵コーラスの指揮者加藤佳代子先生の「CD発売記念 加藤佳代子ソプラノリサイタル」が開かれた。An Eavening  Hymn 夕べの賛歌というタイトルであった。

 世界的なリュート奏者佐藤豊彦氏がプログラムの曲をすべて解説したのがよかった。アーチリュートは佐藤氏に師事した桜田亨氏。

 プログラムは、英語で歌うイギリスの曲で

 夕べの賛歌、 つかの間の音楽  いずれもヘンリー・パーゼル

 変わることのない愛 ニコラス・ラニエー   クラローナ  ジョン・ブロウ

 リュートソロ エアと角笛  ヘンリー・パーセル

 イタリア語で歌うイタリアの曲

 あの蔑みの眼差し  ああ、つまづき倒れる私  いずれもクラウディオ・モンテヴェルディ

 リュートソロ ガリアルダ ラ・クラウディア―ナ  ピエトロ・パオロ・メリイ

   休憩

 引き続きイタリアの曲で

 どうか戻ってきておくれ、私の幼子よ  麗しい真紅のバラよ いずれもジュリオ・カッチーニ

 我が魂よ、今こそ別れの時  ジローラモ・フレスコバルディ

 フランス語で歌うフランスの曲

 リュートソロ  アントレー第3番  ロベール・パラール

 ため息をつくような人間をやめよ  ピエール・ケドロン

 楽しもう 甘美なやすらぎを  ミシェル・ランベール

 アンコールは歌った曲の中から1曲、歌い方をがらりと変えて歌ったが曲名は分からなかった。

 休憩をはさんで、2時間。3か国語で歌い大変だったと思うが、古い時代のソプラノ歌唱で表情豊かに歌われ、心が癒される感じであった。伴奏は控えめな音量のリュートだけであった。プログラムにはどの時代に作られた曲かが書かれていなかったので残念であった。でも、リサイタルは素晴らしいものであった。加藤先生のこれまでを集大成したものであろう。

 CDについては、中日新聞で紹介された下の写真を見ると分かる。

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2019年12月16日 (月)

楽しかった 名古屋オルガンの秋 ブランチコンサート

 名古屋オルガンの秋が主催するブランチコンサート「クリスマス☆幸せと平和の響きが、11日に愛知県芸術劇場コンサートホールであった。オルガン奏者は吉田文さん。昭和男爵コーラスの指揮者の加藤佳代子先生もソプラノで出演した。他にもう一人、本田美香さんというソプラノ歌手も出演した。

 吉田文さんのオルガンコンサートは13年ぐらい前に加藤先生から紹介されて,いつも聴きに行っていたのだが、最近はご無沙汰していたので楽しみであった。

 プログラムは、10時5分からプレコンサートで、名古屋女子大生のハンドベルの演奏があった。曲目は「お部屋を飾ろう」、「きよしこの夜」、

 次が「クリスマスへの期待」というタイトルで、ハンドベルの「クリスマス・ジョイ」「もろびとこぞりて」「来たれ友よ」

 吉田先生が教鞭をとっておられる名古屋女子大学生のハンドベルはクリスマスらしい雰囲気を添えて綺麗なベルの音になごまされた。

 そのあと、オルガン演奏で、ヨハン・セバスティアン・バッハの「今来たれ、異邦人の救い主よ」

 ついで、リクエストから、やはりバッハの「目覚めよと呼ぶ声あり」、「アレクサンドル・ギルモン」、ヘンデルの「ユダス・マカベウス」より「シオンの娘よ、喜べ」によるパラフレーズ

 次は、クリスマスの恵みというタイトルで、二人のソプラノ歌手が交互に歌った。

 ヘンデルの「シオンの娘よ、大いに喜べ」 本田美香さん、「彼は羊飼いのように」 加藤佳代子先生

 デュエットでバッハの「優しくも愛らしきイエスさま」  讃美歌 「もろびとこぞりて」、「まきびと」、「荒れ野の果てに」 

 デュエットはとてもきれいで、讃美歌は誰でも知っている曲で親しみがあった。

 つづいて「クリスマスの楽しみ」と題して、西田さんのフェリックス・バーナードの「ウインター・ワンダーランド」、これは日本語訳で歌われた。

 次が加藤先生の有名な「ホワイト・クリスマス」。ビング・クロスビーのとは出だしが違っていたが後半は同じであった。英語で歌った。

 その後はリクエストに応えて、何と米津弦師の「パプリカ」をオルガンで演奏した。

 それから、会場のみなさんと「きよしこの夜」を歌った。

 最後はグスタフ・ウンベハウンの「祝祭的前奏曲 『いざ歌え、いざ歌え」

 クリスマスコンサートということで、ソプラノを交えて、しかもなじみのある歌を含めて演奏され、パイプオルガンの響きと共に素敵な演奏会であった。

 ※次回のブランチこんさーとは、2020年6月10日 愛知県芸術劇場コンサートホールの予定

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2019年12月15日 (日)

驚き!2019 音楽の集い(あま市)―②―

 プログラムのあいさつの中には次のように書いてあった。

 令和の時代が始まりました。美しいハーモニーの時代ともいえます。あま市立美和中学校は、「合唱」をとても大切にしています。年々、合唱のレベル・意識はとても高くなり、合唱は、美和中生徒の誇りであると言っても過言ではありません。

 一方、地域にも、音楽を愛好する方々が数多くいりゃっしゃいます。合唱団や交響楽団、吹奏楽団など、数々の発表会も盛んです。芸術的志向が高い街であるということもできます。

 旧美和町には音楽が好きな市民が多いらしいと知った。前常任指揮者の照喜名名古屋音大名誉教授も住んでおられるようだ。今回の女性ソリスト二人も美和中出身だそうだ。

 こういう環境の中で素敵なコンサートを学校行事として鑑賞できる生徒たちは非常に恵まれている。プログラムには次のようにも書いてあった。

 そこで、音楽文化に恵まれ、はぐくまれた美和中学校生徒と市民の皆さんがコラボレーションをして、本物の感動を求め、地域の文化に貢献できればと願い、この集いを計画しました。初めてのこころみです!「新しい伝統文化のはじまり」と考えています。

 コンサートは午後2時に始まり3時半近くに終わった。

 一部は、交響曲 第9番 ニ短調 作品125 「合唱付」第4楽章 (ベートーベン)

 指揮 柴田 祥  ソプラノ  宇佐美朋子東京芸術大学院生   アルト  竹島杏奈  東京音楽大学講師

 テノール  大西由則  名古屋音大教授   バリトン  澤脇達晴  名古屋芸大大学院教授

 「第九」交響楽団    「第九」 市民合唱団  女声合唱団「虹のかけはし」  あま少年少女合唱団  美和中学生

  徒有志

 私は久しぶりの第九で、ホールの最後部へめがけて思い切り歌った。Iさんも言っていたが終わった後すっきりした。

 二部は、美和中学校 学年合唱

 第一学年 混声3部合唱「パプリカ」   第二学年混声3部合唱「ふるさと」(詞 小山薫堂 曲 youth case)

  第三学年  混声3部合唱「Gifts]

 いずれも指揮は女生徒で、ピアノとオーケストラの伴奏で歌ったが、よくまとまっていてよかった。

 最後は美和中校歌の斉唱で、先輩の女性ソリスト二人も一緒に歌った。とてもよい校歌である。

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2019年12月14日 (土)

驚き!2019 音楽の集い (あま市)―①ー

 10月の初め頃だったと思うが、コーラス仲間のIさんから「第九を歌わないか」と誘われた。あま市の美和文化会館で歌うのだと言った。参加費は通しで参加する人は7000円。本番も含めて最後の3回参加の人は2500円だと言った。この3年ぐらい第九を歌っていないので久しぶりに参加することにした。

 長い間歌っていないので思い出せるか心配であったが、練習用のCDを録音したのがICレコーダーに残っていた。それで毎朝ウオーキングにいくとき聴きながら歩いた。えらいもので概ね覚えていて、しっかりと頭に叩き込むことができた。

 本番は12月12日(木)だが、その前日と前々日も最後の練習やオーケストラとの音合わせがあった。3日間とも美和文化会館ホールであった。オーケストラは若手のアマチュアの人たちが40人ほどのものであった。本番にはティンパニーなどがくわわるようであった。コントラバスは一人であった。

 合唱団は第九を歌うために集められたもので約100人であったが、驚いたことに小学校1年、2年、3年ぐらいの女の子が5人いた。他に中学生の男子と女子が数名いた。その他は大部分が高齢者であった。第九を歌うのが大好きな人が集まっているようであった。オーケストラも合唱団も同じステージに上がった。最初の日はうまく歌えるかどうか心配であったが、あまりミスをせずに歌うことができた。

  当日は、11時半ごろに受付を済ませて、45分に舞台に上がり、ゲネプロをやった。私は指揮者の前で3列めであった。ゲネプロの後控室に戻った。1時15分ぐらいだったか、中学生が次々に入ってきた。それを見て驚いた。ホールの一番後ろに行くと、会場は中学生で埋まっていた。これでは一般の人は入れない。

 受付に行ってどういうことかと尋ねたら、今日は美和中学校の会だと言った。そんなことは聞いていないというと募集の時にそう書いてあったはずだという。私はSさんから聞いたのでそのことを知らなかったのだ。そこに私が知らせた知人のKさんが来たので、入れてもらえるように頼んだ。合唱指導者の照喜名先生が来たのでどういう会なのかと尋ねたら、美和中学校の学校行事だと言った。だから一般の人は入れないのだという。「遠くから来たのだ何とかいれてやってほしい」と念をおした。

 美和中学の学校行事として組まれていると聞いて大変驚いた。あま市にはいくつの中学校があるのか知らないが(後で調べたら5校)一つの中学がアマオーケストラ、参加費を取る合唱団、大学教授などのソリスト4名、指揮者などを組織して学校行事としてこのような大規模のコンサートを開けるのは異例のことである。以前は美和町だったので、町に一つしかない中学だからまだ分かるが、あま市の他の中学はどうなるのだろうと思った。

 プログラムには主催はあま市立美和中学校運営協議会(音楽の集いじっこおう委員会)、あま市立美和中学校、あま市教育委員会となっている。教育委員会が主催に加わっているということは七宝や甚目寺にある中学校には別の形の、何か大規模な行事を応援しているのだろうか。

 美和文化会館は田んぼの中にあり不便な感じがしたが、中には図書館も併設されている。夜には写真のようにイルミネーションで飾られていた。イルミネーションは大規模なもので会館の周りが飾られていたが、こんな辺鄙なところに、誰が見にい来るのだろうかと思った。

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             オーケストラの練習

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