音楽

2018年2月25日 (日)

第36回名東区コーラス交歓会を聴く

 2月23日に名東文化小劇場で「第36回名東区コーラス交歓会」があった。私は名東文化小劇場へ行くのは初めてであった。ネットで調べて地下鉄上社駅の上にあることが分かった。

 会場受付に着いたのは、9時20分ぐらいであったが、開場は9時45分だからそれまで待つように言われた。開演時刻は10時なので開場は10時30分だろうと見当をつけて行ったのだが、開演15分前だとは驚いた。プログラムのどこにも開場時刻は書いてなかった。

 45分になったので中に入ったら、出演者の席が指定されていて一般席は後ろの方であった。私は前の方にないかと思って前に行ったら、右の5列目に3つだけあった。会場はほとんどが出演者で一般の人は少なく、しかも男性は2~3人しかいなかった。

 定刻に始まって挨拶の後コンサートが始まった。最初は発声練習を兼ねて声だしで、そのあと「わがまち名東」という歌を歌った。初めて聴いたがなかなかいいメロディであった。

 コンサートは10時から13時半までが予定されていた。PTAコーラスが12校で後はコーラスグループが10グループで全部で22あった。

 私は最後まで聴く予定で行ったので全部聴いた。ほとんどのグループが少人数で6名とか7名とか8名のグループもあった。一番大きいのでも16名であった。

 高齢者ばかりのグループも2つあった。「名東区コーラス交歓会」なのに参加グループは女声コーラスばかりであった。それでも区の中でこういう発表の場があるのは大変いいことだと思った。我が昭和区にはそういうものはない。

 驚いたのは4グループを指揮する指揮者が1人、3グループを指揮する指揮者が1人、2グループを指揮する指揮者が1人いたことだ。

 プログラムに印を付けながら聴いたが、そのグループも上手であった。よく声の出ているグループがほとんどで、綺麗にハモッていたので感心した。PTAコーラスが多いので期待をしていなかったのだが、意外にうまかった。

 振りを入れたり、衣装に凝ったグループもあり眼でも楽しませてくれた。アカペラも2グループありとてもよかった。

 トイレ休憩なしなのがきつかったが、十分楽しむことができた。36回にもなるのにMさんのおかげて初めて知ったのだが、もっと早くから知りたかったと思った。

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2018年1月 3日 (水)

昨年末は第九を歌えなかった

 12月24日に「第10回東海東京証券ゴールデンライフステージ2017」が愛知県芸術劇場大ホールであった。知り合いが出演するので聴きに行った。5階の天井桟敷であった。

 プログラムの題は「交響曲第九番『歓喜の歌』&小林幸子クリスマスコンサート」。ちょうどクリスマスイブであった。

 第一部はクラッシックで、演奏は名古屋フィルハーモニー交響楽団。指揮は円光寺雅彦さんで、幕開けはヘンデルのオラトリオ「メサイア」よりハレルヤコーラスであった。250人のゴールデンライフステージ合唱団が歌った。私も数年前に歌ったことがあるので懐かしかった。

 次に歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲よりアヴェ・マリアをソプラノの森麻季さんが歌った。素晴らしい歌声であった。

 3番目は、歌劇「カルメン」より闘牛士の歌”諸君らの乾杯を喜んで受けよう”をバリトンの宮本益光さんが朗々と歌った。

 4番目は、歌劇「カルメン」よりハバネラをメゾソプラノの林美智子さんがきれいに歌い上げた。

 5番目は、歌劇「ツーラントットより誰も寝てはならぬをテノールの中鉢聡さんが気持ちを込めて歌った。

 最後は恒例のベートーベンの交響曲第九番「合唱付き」作品125より、第4楽章。ゴールデンライフステージ合唱団の見せ場であった。昨年までは私も参加していたのだが、今年は年齢制限により出られなかったのが残念でならなかった。「歌う阿呆に聴く阿呆同じ阿呆なら歌わにゃ損損」だが、どうしようもなかった。歌を歌うのに年齢制限はどんなものか。元気で歌唱も衰えてなければ高齢でも頑張っている姿は聴く人に励ましになると思うのだが。

 合唱指導の近藤惠子先生の指導が素晴らしいので大変よくまとまっていて声もよく出ていた。自分が出ていると聴くことができないのでこういうふうに聴こえるのかと思いながら心の中で歌って聴いた。

 第2部の小林幸子クリスマスコンサートはガラッと変わって楽しいステージであった。幕開けはステージ一杯の大きな孔雀模様の衣装で登場した。その後は白や赤や黒の衣装に替え舞台上での早変わりもあった。

 後半は和服で演歌を歌った。そして最後は多分紅白で使った舞台いっぱいの衣装で終った。映像を多く使い、売れない時代のことなどを紹介していた。苦労した時代もあったことを知った。

 小林幸子のステージは初めてであったが歌がうまいことがよく分かった。素晴らしい歌声とエンターテイナーであった。

 クリスマスイヴに楽しいコンサートのひと時を過ごしたが惜しむらくはステージに立ちたかった。

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2017年10月20日 (金)

昭和生涯学習センター祭りに出演

 10月14日、15日は恒例の昭和生涯学習センター祭りが開催された。私の所属する昭和男爵コーラスは今年も出演をした。

 コンサートは14日の午前中に開かれた。天気予報ではこの日は雨が降ると言っていたが幸いなことに曇りで雨が降らずホッとした。

 8時45分の集合して、控室の和室で身体をほぐしたり、簡単な発声練習をした。その後9時45分からリハーサルを30分間やった。

 コンサートはいつも女性コーラスのポテトチップスと一緒にやっている。10時半からポテトチップスが出演し、11時から私たちが出演した。

 ポテトチップスは昭和生涯学習センター設立当初からのグループなのでもう38年ぐらいの歴史を持つはずだ。メンバーは15人が舞台に立った。濃い黄色のおそろいのユニホームであった。

 指揮者は創立当初からの奥田洋子先生でピアノは竹市めぐ先生であった。曲目は次の通である。

 さびしいカシの木  犬が自分のしっぽをみて歌う歌  この2曲は「やなせたかし」作詞であった。

 ともだち(永六輔詞 いずみたく曲)  365日の紙飛行機(秋元康詞 角野寿和曲)

 BELIEVE 杉本竜一詞・曲)  全員合唱は「紅葉」であった。

 スイートポテトは平均年齢は高いがきれいな声で、女学生のような柔らかいハーモニーであった。  

 我が昭和男爵コーラスは、最初8名の団員が会場にいて、「線路が続くよ」という誰でも知っている歌の一番の歌詞の部分を歌い、ラララ・・・から残りの8名が会場に歌いながら歩いて入った。そして2番まで歌った。調子のよい楽しい歌である。

 2番目は、「遥かな友に」というこれも有名な磯部俶作詞作曲歌である。友を思う静かな歌である。

 3番は武田哲八と海援隊が歌ってヒットした「贈る言葉」であった。これは編曲を桜メイさんに依頼をしたいわば男爵のオリジナルであった。

 最後は「小雨の丘」で、戦前に小夜福子が歌った曲である。サトウハチローが亡き母を偲んで作った詞に服部良一が曲をつけた。しんみりした歌だがあんまりしんみりと歌わないようにと言われた。

 全員合唱は「線路は続くよ」を歌った。

 今回は18名全員が参加できて結成10年間の積みかさねた力量を発揮して歌った。声もよく出ていてきれいにハモッっていたという感想をもらった。

 私も含めて高齢者が多いので暗譜が大変であった。何とかぼろを出さずに歌えたと思う。

 

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2017年10月 6日 (金)

名古屋男声合唱団コンサート

 9月30日に、名古屋大学豊田ホールで「名古屋男声合唱団」のコンサートがあった。私も昭和男声コーラスという合唱団に属しているが、このコンサートのことを知らなかった。知人のMさんが教えてくれてチケットも買ってくれた。それでこの日を楽しみにしていた。

  日本語ボランティアから早く帰れたので、13時10分ごろには名古屋大学駅に着いた。プラットホームは高齢の人がいっぱいであった。この人たちはコンサートに行くのだなと思ったら、案の定外に出ると豊田講堂へ向かう人が続いていた。

  入口の外にまで列ができていたので並んだが、みんな高齢者であった。13時半開場のところ、来場者が多いからか早く開場したのでよかった。

  中に入るとすでに1階の良い席は埋まっていた。2階もかなり埋まっていたが、運よく最前列中央の席が一つ空いていた。

  豊田講堂は名古屋大学の講演会には来たことがあるが、コンサートは初めてであった。音楽だから会場の何処にいてもそう変わりがないと思うが、豊田講堂は横幅が広くてコンサート向きではないと思った。聴衆は満席であったがほとんどは高齢者であった。

  プログラムを見て分かったのだが、名古屋男声合唱団の平均年齢は76歳ぐらいらしかった。私の合唱団とそれほど違いはない。それで聴衆も高齢者なのであろう。

  14時開演で壇上には団員が並んだ。やはり白髪ばかりであった。前列には椅子に座っている人が3人いた。団員はさすがに多く、70名近くいるようであった。凄いと思ったのは、団内指揮者が3人いることであった。この日は3人が指揮をした。

  3部に分かれていて、第一部は「懐かしい歌たち」であった。すべてアカペラで歌われた。男声合唱はアカペラがいい。70人近くいるのでボリュームもあるし、ハモッた響きもよい。

  Freie Kunst(自由の歌)  Die Nacht(夜)

 死んだ男の残したものは(谷川俊太郎詞 武満徹曲)

 いぬふぐり   心さわぐ青春の歌  12人の盗賊

 Nobody Knows De Teouble I've Seen

 Soon Ah Will Be Done

 第2部は、「70年代のフォークから 笠木透を偲びつつ」

 木村恵理氏の編曲であった。

 私に人生といえるものがあるなら   500マイル

 春の雪  海に向かって  わが大地のうた

 「わが大地のうた」は笠木透の作詞だが後はアメリカ民謡であった。

 第三部は 林光へのオマージュ

 鳥の歌  夢  告別  石ころの歌   ここまではピアノ伴奏があった。

 ゴールドラッシュ は、ピアノ、ベース、ドラムスが伴奏した。しかし、この歌詞は何を言いたいのか不明の奇妙な歌であった。

 星めぐりの歌(宮沢賢治詞)

 アンコールは林光の「浜辺の歌」でとてもきれいな合唱であった。

 この合唱団は名古屋大学男声合唱団のOBを中心に作られたもので創立13年目だそうだ。さすがにOBなど合唱経験者ばかりで素晴らしい男声合唱であった。何よりも曲目がバラエティに富んでいたので楽しく聴くことが出来た。

 平均年齢は負けないが団員数17名のわが合唱団では出せない音で羨ましかった。

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2017年9月28日 (木)

第15回ミュージックベルコンサート

 近所の清水さんがミュージックベルのグループを作って活動しておられるので、クリスマス会や福祉祭などで聴いている。その関係で数年前にミュージックベルコンサートを聴きに行った。そのときアンケートに住所などを書いたので、以来案内が来るようになった。

 今年も9月24日にイーブルなごやホールでコンサートを開くという案内をもらったので楽しみにしていた。

 オープニングは初参加の三重県から来たミュージック パレットというグループで、メンバーの半数ほどは障害者であった。練習が大変であったそうだが、上手に演奏した。

 曲は、365日の紙飛行機、 乾杯の歌、 糸

 2番目は、Bouqet de bellというグループで、2001年から始めたそうだが、この日は2名での演奏で、ビートルズの曲を楽しく演奏した。1人20個ぐらいのベルを操るのは大変だと思った。

 Ob-La-Di,Ob-La-Da,  Hey Jude,   Eight days a week,  Let It Be

 3番目は、ミュージックサークル アンダンテ   結成20年になるそうで、ディズニーの曲を演奏した。第28回ミュージック合奏コンテストで2部門で金賞を取ったというだけあって、リズムに乗っていい演奏であった。このグループは4名だった。

 その後体験コーナーで、「聖者の行進」のピアノに合わせて手や足を使ってリズムを練習し、それから練習用のベルが配られて、ステージの人の色の団扇に合わせてベルを鳴らした。私はド音のベルであった。曲は聖者の行進の最初の部分であった。

 休憩の後、4番目のグループは、Marbleで、2008年より活動してきたが、今回は2名の演奏であった。団員の募集を呼びかけていた。

 クラリネットをこわしちゃった、 オー・シャンゼリゼ、 魔女の宅急便、 クシコスポスト

 クシコスポストはピアノが加わって演奏したが、あの運動会で使われる速い曲を上手に演奏した。

 5番目は、Sonnetteで、2002年の結成で、第26回ミュージックベル合奏コンテスト金賞だそうだ。このグループは4名だった。

 アメージンググレーズ、 東京ヴギウギ、 河の流れのように、RPG

 ジャンルの異なる曲をうまく演奏していた。

 最期の6番目は、Twinkleで、ピアノとベルが二人の演奏であった。第26回ミュージックベルコンテストテクニカル部門銀賞受賞だそうだ。お客様を笑顔に!がモットーだということで、パフォーマンスを入れた演奏が楽しかった。

 せっかくの楽しい、いい演奏を聴かせてくれたのに、聴衆が少ないのが非常に残念であった。演奏するグループも最初のグループ以外は2名~3名で、どのグループもメンバーを増やしたいと言っていた。ミュージックベルへの関心が低いのか、余り知られていないのだろうかと思った。

 女性会館ホールは音響効果がよくないので、音響の良い文化小劇場を探すとよいのではないだろうか。

  主催のミュージックベルの会 ブログ

 http://bellnokai.exblog.jp/

 連絡先 山本 (052)805-7798  Email : yukariy@eos.ocn.ne.jp

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                       アンダンテ

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                         Marble

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                         Sonnette

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                         Twinkle

 

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2017年8月19日 (土)

恩田陸著「蜜蜂と遠雷」―音楽の天才の凄さ

 新聞で恩田陸著の「蜜蜂と遠雷」の広告を2度見てこの本が直木賞と本屋大賞をダブル受賞したことを知った。最初「蜜蜂」と「遠雷」という無関係のものをくっつけた題名に興味をもったが、広告を見て国際音楽コンクールを通じて主としてピアノ音楽を描いたものであることに惹かれた。

 以前に原田マハの絵画に関する小説を2冊読んだことがあり、音楽を舞台としてどのように描いてあるのか、絵画はまだ具象であるが消え去る音楽をどのように描くのかを知りたいと思った。それで書店を巡ってこの本を見つけて買った。

 手に取ったら厚さが3cmぐらいあったのでびっくりした。買う前は厚させいぜい2cmぐらいと予想していたのだ。読み終わったときページを見たら508ページあった。

 読み始めたが、視力がアンバランスで、右目でしか焦点を合わせられないので読むのが一苦労であった。以前はページの右上から左下にかけてブラウズして読むことができたのに、今はそれが出来ないのだ。だから読み終わるのに3週間余りも要した。

 読み始めてすぐ面白いと感じた。主要登場人物の1人の風間塵という異色の少年や栄伝亜夜という少女とマサル・カルロとの最初の出会いのエピソードなどだ。

 風間塵の設定が面白い。養蜂家の父を持ち、ホフマンという世界的なピアニストに指導を受け秘蔵の弟子なのだが、ピアノが家にないのでピアノがあるところで弾かせてもらっているのだ。しかし、音感が非常に素晴らしく、自分でも調律ができるのだ。ステージで弾く前に周りの物の反響まで計算に入れるのだから本当にそんな人がいるのか?と思ってしまう。

 栄伝亜夜という20歳の女性は屋根を打つ雨だれの音にも音楽を感じてしまうという音感の持ち主である。マサル・カルロスは子どもの頃亜夜と出会ってピアノを始めるのだ。それが芳ケ江国際コンクールで再び出会う。マサルはジュリアード音楽院の学生で幅広い音楽で才能を発揮している。

 この他にコンクールのコンテスタントとして、普通の市民生活をしながら音楽をやっている高島明石という人物がからむ。

 コンクールの審査員が13人いる中で、嵯峨三枝子というピアニストとマサルの指導者のナサニエル・シルバーバーグがこの小説の重要人物である。

 浜松国際コンクールを元にした芳ケ江国際コンクールは、2週間にわたる長丁場のコンクールで、第一次予選300人のコンテスタントの中から第2次に残れるのは24人で、第3次まで残るのは12名である。その中からオーケストラとの共演をする本選に残れるのは6名に過ぎない。

 このコンクールは国際的にも知名度を上げて来ており、注目されているコンクールである。そこでの出場者の中で上記の3名に焦点が当てられて物語が進むのだ。

 この小説を読んでプロの音楽家(この場合はピアニストだが)というものが天才とは言えどんなに凄いものかが分かった。

 楽譜を読んだだけでも演奏できるとか、即興での演奏ができるとか、たくさんの曲を暗譜しているとか、それだから演奏を聴いて批評したり学んだりできるのだとか・・・・そういうことが分かった。

 私のような音楽音痴は演奏会を聴いてもただ聴いているだけである。それ以上のことは何もない。演歌とかポピュラーソングを聴いてうまい、下手が分かる程度である。

 楽譜はもちろん読めないし、音楽の才能がゼロに生まれたことが残念でならない。かろうじて合唱はやっているがそれだけである。音感もリズム感も拍感もゼロに近い。

 この小説では、登場人物を内面からと他者の眼で描くことによりコンクールと音楽を描いている。その筆致は素晴らしい。よくもこんなにいろいろな言葉を駆使して表現できるものだと感心する。ただそれが余りにも詳細なので読むのは大変であるが。

 作者の恩田氏は浜松国際コンクールに4度通って構想を考えたそうだが、それにしても音楽を描くにはその曲についても、音楽についても理解する才能がないとできない。

 この小説を読む副産物としてコンクールの内幕や参加者の心理などを知ることができる。

 

 

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2017年7月10日 (月)

混声合唱団ホッとスルーズコンサート

 7月2日に、混声合唱団ホッとスルーズの創立20周年記念演奏会が昭和文化小劇場で開かれた。この合唱団は地域合唱団である。プログラムによると、平成7年に村雲婦人会コーラス部として誕生したそうだ。

  平成17年には男性も加わり、「混声合唱団 ホッとスルーズ」が結成された。指揮は当初から亀井澄子さんである。地元の中学校の文化祭、シニアコーラス交歓発表会、女性会の行事などで演奏をしてきたそうだ。

  私がホッとスルーズを知ったのは、我が昭和男爵コーラスも参加したシニアコーラス交歓発表会であった。団員のEさんがホッとスルーズにも属していたからだ。ユニークな名のこじんまりした合唱団であったが、その時もう10年経っていたのだっだ。

  そのうち我が合唱団に入ったKさんがホッとスルーズにも所属していることが分かった。Kさんは体調を壊して退団されたが、その後Mさんと知り合いホッとスルーズは身近な合唱団としてシニアコーラスでも注目してきた。

  それでホッとスルーズが昭和文化小劇場でコンサートをやると聞いたとき驚いた。あの小さな合唱団が小劇場を埋めるほどの聴衆を集められるのだろうかと思った。

  当日開場10分後ぐらいに行ったら場内はほぼ満席であった。私の杞憂は霧消した。入場のときもらったプログラムは立派なもので、他に小さなプレゼントもついていた。これだけの人数を集められたのは、地域に根差した合唱団だからだと思った。女性のパワーがそれを可能にしたのだろう。

 プログラムを見ると、指揮者の亀井澄子さんは知り合いの奥さんであることが分かった。またバイオリンを演奏した水野章子さんは娘さんで、司会をしたのは関西でアナウンサーをしているという息子さんだと分かった。ご主人も特別参加でテナーに入っておられた。

 第1部  「愛をこめて」

   LOVE AND PEACE-私たちは歌い続ける

   広い宇宙はお父さん

    この街で

   霜月の午後~奥様お手をどうぞ

   ああ人生に涙あり(水戸黄門より)

 どの歌も、選曲がよくいいメロディや歌詞の歌ばかりであった。合唱もハーモニーがよく、声もよく出ていて気持ちよく聴くことができた。最後まで聴きたかったのだが、私は、この日時間を間違えて「組曲 悪魔の飽食」のチケットを買ってあったので、ここまで聴くと残念であったが、会場を後にした。

 この後の曲は、聴衆と一緒に歌おうということで、

 上を向いて歩こう    たなばたさま

 第2部は、寺岡悦子合唱曲

 おたまじゃくしは、 ゴーヤのつるが、 白菜 ぎしぎし、 さくら, あくしゅ

 第3部 歌は生きる力

 一週間  灯  故郷の人々   アメイジンググレイス

 プログラムに、指揮者が書いておられる言葉を拾うと、次のようなのが目についた。[選曲]『何を歌うか』を決めるときには、

    むつかしいことを    やさしく

    やさしいことを      ふかく

    ふかいことを       おもしろく

    おもしろいことを     まじめに

    まじめなことを      ゆかいに

    あくまでも         ゆかいに

 この井上ひさしさんのことばを思います。

 私の求める良いウタ(詩・詞)は、こういう歌です。深い思索から生み出された平易なことばで書かれた、美しい日本語の響きと実感のある良いウタ。思わず口ずさみたくなる魅力的で美しいメロディー。ウタの感性とぴったり合ったよい曲。またはよい編曲の品の良い作品。 

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2017年7月 8日 (土)

混声合唱組曲「悪魔の飽食」愛知公演

 混声合唱組曲「悪魔の飽食」 第27回全国縦断コンサート愛知公演が7月2日に日本特殊陶業市民会館フォレストホールであった。同じ男声合唱団に属するKさんが出演するというので券を買ってあった。 

  当日は、もう一つのコンサートを一部聴いてから行ったので、オープニングの合唱「いま わたしたちは」は聴くことができなかった。会場に着くと挨拶をしていた。

  会場は3階席まで満席でおどろいた。幸い指定席なので8列目のいい席であった。第一部のティンティンさんの中国琵琶の演奏から聴くことができた。ティンティンさんは中国琵琶を幼少のころから学び、日本に来て中部大学の講師をしながら、演奏活動を続けているそうだ。

  自分が作曲した「春雨」「長安への道」「木蘭の涙」の3曲を演奏した。琵琶の図柄は正倉院にある中国琵琶のものを写したそうだ。指ではじいて演奏するのだが、とてもきれいな音色で、日本の琵琶と違って高音を使うように感じた。

  ティンティンさんは西安の出身だそうで、それで日本の遣唐使が長安に行ったことをモチーフに「長安への道」を作ったと言っていた。私も西安には5度も行ったことがあり懐かしく聴いた。

  次は、TAJIMI CHOIR JAPAN(多治見少年少女合唱団とシニアコア)

  童声(女声)合唱とオーケストラのための「響紋」 2台のピアノで「妨げ」になる音を弾き、合唱がきれいに歌うのであったが、初めて聴く演奏であった。

  もう一つは、唱歌四季より「夕焼け小焼け」

  どちらも合唱のレベルの高い演奏で大変よかった。

  第2部は 対談で、プログラムには森村誠一氏となっていたが、悪魔の飽食のための合奏団の委員長の田中氏と作曲者の池辺晋一郎氏の対談であった。池辺氏はダジャレをよくとばすそうで、対談でも何度も飛ばして笑いを取っていた。

  悪魔の飽食は、森村誠一氏の詩をもとにしているそうだが、最初16節あって、長すぎるのでそれをそのまま組曲にすると大変だから、田中氏や池辺氏らで「編詩」をして7節にしたのだそうだ。

  池辺氏の話の中で、戦争を扱った曲には、「加害」「被害」の他に「自害」があるというのが印象的であった。悪魔の飽食は加害の要素が強い曲だ。「自害」は日本が戦争で大変な被害を蒙ったが、その他に戦時体制に組み込まれることによって生活が破壊され、自由や権利が損なわれるなどの「自害」を受けたというのである。

  今また安倍政権によって、日本は戦前回帰へ引きずり込まれようとしている。特別秘密保護法、集団的自衛権容認、安保法制、共謀罪法などで戦争ができ、監視される社会になろうとしているのだ。これはまさに「自害」である。

 もう一つ、池辺氏は「音楽で戦争をやめさせるというようなことはできないが、人々の肩を組ませることはできる」と語ったことも心に残った。

  第3部の混声合唱組曲 「悪魔の飽食」は、この曲を歌うために合唱団が全国から応募した人たちで作られている。愛知県からは170名、その他の県からは250名もが参加したという。指揮は作曲者の池辺晋一郎氏であった。

  プログラムにすべての詩が載せてあったので、それを見ながら耳をそばだてて聴いた。コンサートに来て詩を見ながら聴いたのは初めてであった。重い内容を理解すべくそうしたのであった。

  森村誠一氏のメッセージ

  まずは、小説、原発を舞台にした「死の器」から始まった。その中に旧満州731部隊日本陸軍の細菌戦争部隊の存在があまり知られておらず、「死の器」執筆中、731部隊に触れた。「死の器」が完成し、書店に並べられ、読者の1人から「自分は戦時中、731部隊の少年隊員であったが、あなたが書いた731部隊の実体はちがう。もし実体を発表したければ、協力します」と申し出てきた。そして、まだ隠されていた恐るべき731部隊のの実体を知らされた。これをきっかけに、これまで口をつぐんでいたもっとも汚い実体を元下級隊員たちが次々に告発してきた。そいsて「悪魔の飽食」に成長し、神戸市役所センター合唱団団長・田中嘉治氏の目に触れ、「これを詩にして、合唱組曲として、全国、世界に知らせたい」と熱っぽく申し出て来た。

 731の恐るべき素顔を詩に変えるのは無理だと思ったが、田中氏の、このような手段を選ばぬ戦争の悪夢を二度と見ぬよう歴史の教訓として歌いたいと離れぬ田中氏の熱意に感動して、16節の原詩を書いた。(後半は省略)

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2017年5月 4日 (木)

民謡剣持会の29回発表会

 4月30日に中川文化小劇場で民謡剣持会の第29回発表会があった。同会に所属しているSさんが知らせてくれるので都合がつく限り聴くことにしている。この日は最初案内を頂いたときには都合が悪かったのだが、予定が変わって行けるようになった。

  第29回ということは、コンサートの進行の中で知ったのだが、平成1年に第1回をやっているということである。平成と共に歩んできたのだ。天皇が退位の意向を示しておられるので、2年ぐらいの間に年号が変わるかもしれない。剣持会も発表会をやめるのか?というと、そんなことはない。

  現在の会主の剣持雄介さんは33歳だと言っていたから、これからますます発展していくのであろう。両親もまだ若いし、妹の麻美さんも優勝旗が飾ってあった。(どの大会で優勝したのかはアナウンスが不鮮明で聞き取れず)とにかく父の剣持豊さん、母の剣持陽子さん、剣持雄介さんも全国大会優勝だと紹介されていた。一家で実力者揃いということのようだ。

  発表会は12時に開始し、16時半に終了した。休憩なしなので4時間半はかなり聴く方も疲れる。ただ、しまいの方で恒例の抽選会があるので楽しみではあった。これまでは新潟の清酒であったが、今年は「こしひかり」が賞品であった。私は籤運がないので今年も当たらなかった。

  ところで肝心のコンサートだが、開幕は会員全員による「長崎ぷらぷら節、「関の鯛釣り唄」の合奏でにぎやかに始まった。

  女性合唱「十日町小唄」、男声合唱「秋田酒屋仕込み唄」のあと、震災を慰労するという思いを込めて熊本民謡が歌われた。若々しい声の麻美さんの「おてもやん」、巧みな歌いまわしの洋子さんの「ポンポコニャ」、熟練の歌声豊さんの「田原坂」であった。

  そのあと4人の子どもたちが上手に歌った。ところどころに特別出演者の唄や踊をはめて一般会員の唄が続いた。前半15人のあと三味線合奏で「嘉瀬の奴踊」「りんご節」「六段」が連続で演奏された。

 後半は18人の会員が歌った。どの会員も張りのある上手な歌い方であった。唄によって三味線の数が増えたり、尺八だけとか横笛だけとかお囃子があったりなかったりとか太鼓がなかったりとかいろりろあって面白かった。

 その後は会主の両親と麻美さんのファミリーの唄で、特に印象に残ったのは剣持豊さんの巧みな歌い回しと美声の「相撲甚句(花づくし)」であった。

 プログラムの最後は「音心伝心」銘打っての剣持雄介さん、橋本大輝(ひろき)さん、米谷大輔さんに三味線の津軽中村祐太が加わった若手の演奏であった。

 ざんねんだったのは、進行のアナウンスがはっきりと聞き取れない部分が多かったことだ。それと全員合奏のときは後列と前列で段差をつけて顔がよく見えるようにしたらよいと思う。西洋音楽のコーラスなどでは必ずそういう配慮をしている。

 今回は演奏中にフラッシュが一度もなかったのがよかった。写真撮影は遠慮してほしいというようなアナウンスがあったからかもしれない。デジタルカメラではフラッシュは必要ないのだ。フラッシュなしなら迷惑を掛けない程度に撮影してよいのではないか。

 来年は30周年ということで、金山のビレッジホールで4月29日(日)に開催されるそうだ。

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2017年4月12日 (水)

百花百草園でコンサートを聴く

 高岳から北に行ったところに「文化の道」がある。そこの清水口近くに百花百草というのがある。古い民家だが中にガラス張りの小さなホールが造ってあり、ピアノも置いてある。そこで第10回チューリップフェアというのが四月1日から22日まで開かれている。ちなみに入場料は500円。

 7日(金)の午後、昭和男爵コーラスの指揮者加藤佳代子先生が指揮する女声コーラス「原コール・フリンメル」のコンサートがあった。加藤先生に案内を頂いたので聴きに行った。

 百花百草というのは全く知らなかった。中に入るとホールの隣にチューリップをたくさん植えた花畑があってチューリップが見ごろであった。その脇の建物では絵手紙展をやっていた。

 コンサートは14時に始まった。ベージュの上着に紺のスカートの女性が15人並んだ。創立40年になりみなさん孫がいると言っていた。我が男爵コーラスも高齢だがこの女声合唱団も高齢であった。でも若い声を出しますよと自己宣伝をしていた。

 プログラムは多彩で、

 ロシア民謡    赤いサラファン、カリンカ

 聖歌        聖ネポムクの前夜祭、 Ave Maria

 わらべ歌     ずいずいずっころばし、 向う横丁

 未来へ

 この後10分の休憩

 混声合唱組曲  「四季」より 春、秋

 Ave Maria

 ホームソングメドレー  サンタルチア、 帰れソレントへ、 オー ソレ ミオ

 TOMORROW

 最後に聴衆と一緒に 朧月夜を歌った。

 原コール・フリンメル合唱団は、40年の歴史のある合唱団だけによくまとまって、声量もありきれいなハーモニーであった。ソプラノ、メゾソプラノ、アルトの3部合唱のようであった。レパートリーが広くロシア民謡、ナポリ民謡、日本の歌など多彩で、言語もドイツ語やラテン語の歌もあった。

 ここのホールは音を吸収するのか反響は少なく堅い感じがした。聴衆は高齢の女性がほとんどであった。我々もそうだが高齢になっても合唱を楽しむのはとてもよいことである。

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                          入口
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                        玄関横の庭Img_2434
                         ホールの外

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                      チューリップの庭
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