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2017年6月26日 (月)

大阪・奈良・京都旅行―⑧―

 最後の日は、当初は神戸へ「神戸牛」を食べに行きたいということであったが、ランチでも3500円以上はするのでやめにして、難波周辺を見て歩くことになった。

  この日も9時出発の予定が、前夜に夜遅くまで遊んで帰ったダニエルが起きられず、結局10時を過ぎてしまった。チェックアウトを済ませて荷物はホテルに預けて出た。

  エマが黒門市場を見たいというので、日本橋まで行って千日前線に乗り換えた。たった1区なので日本橋から歩いてもよいのだが、地下鉄で行った。

  外に出て歩いて行くと見覚えのあるところにでた。2日前に歩き回ったときここまで来ていたのだった。

  黒門市場は長い通りになっていた。通りの両側に様々な店が並んでいた。売っている品と値札を見ながら歩いたが、誰もが値段が高いことに気付いた。大きなエビが1500円とか2000円で売っていたり、小さなホタテガイを600円で売っていたりした。

  どの店も焼いたり煮たりして売っていて、買ってその場で食べたり、歩きながら食べたりしていた。私はいつも買い物に行くので値段は知っている。野菜でも果物でも魚介類でもすべてが30%ぐらいは高かった。普通「市場」というと小売より安いはずだが、黒門市場は逆であった。

  私たちは何も買わずにただ見て歩いた。黒門市場の終わるところの角にカレー屋があった。値段は高くなかったのでその店に入った。真面目そうな主人と奥さんでやっている店であった。店の名は、「カレー ニューダルニー」と言った。

  それぞれが好きなカレーを注文した。私は780円のビーフカレーにした。レトロな風味のカレーであった。店の主人と話をした。エマはfacebookに載せると言っていた。

 主人に「黒門市場はどうして値段が高いの?」と尋ねると、「中国人が非常に多くて売れるので高くしてある」と言っていた。確かに中国人で溢れていて、彼らは珍しい物を買って食べるから高くても売れるのだ。

 「日本人は困りますね。」と言うと、「表の店では買わない」と言った。裏で店の人と交渉して買うのだ。このカレー店の値段は正直に付けてあった。

 カレー店から少し行って、黒門市場の終わりの辺りに、傘専門の店があったので中に入った。珍しので尋ねると、傘の卸問屋だと言った。小売りは面倒なのでやりたくないが要望があるのでやっていると話した。

 前日NHKのアサイチだったか、最軽量の折り畳み傘のことをやっていた。一度実物を見て見たいと思っていた。尋ねると置いてあると言った。

 黒の折り畳み傘で晴雨兼用で男女とも600円だと言った。卸だから安いので他だとうんと高いと言った。李さんもエマもダニエルも傘をたくさん買った。土産にするのだという。私も男女の折り畳み傘を1本ずつ買った。

 その後キッチン用品などの問屋街、千日前道具屋筋に行った。エマは料理が得意なので喜んでいた。細かいものをいろいろ買って、さらにたこ焼き器を買った。重たいのに持って帰るのだ。

 その通りには蝋で作った見本を売っている店があった。そこでエマはサンプルなどを買っていた。本物そっくりに上手に作ってあった。

 そこから日本橋に出て難波まで歩いて行った。グランド花月劇場のあるところに出た。その隣に「千日前たこ焼き道楽わな」という店があったのでたこ焼きを買った。店の裏にちょっとした場所があってそこで食べられるようになっていた。値段が手頃でおいしかった。

 帰りは歩いてホテルに戻った。荷物を貰って地下鉄で新大阪まで行った。自由席を買ったが新幹線は座ることができた。しかし、京都からは乗客が多く、新大阪で乗ってよかったと思った。

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                      黒門市場入口
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                      黒門市場中ほど

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                     お勧めカレー店
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                      千日前道具屋筋

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                       たこ焼き店

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2017年6月25日 (日)

大阪・奈良・京都旅行―⑦―

 大徳寺の後は金閣寺へ行った。エマとダニエルは前回来たときに行ったことがあるのだが、ナヒードや李さんが見たことがないので見せたいということであった。

  バスは大徳寺前から何本も出ている。59系統の金閣寺行に乗ったが、金閣寺道と金閣寺前のバス停が二つあることが分かった。どちらで降りたらよいのか分からないので乗客に聞いたら「金閣寺道」だと教えてくれた。

  ではなぜ「金閣寺前」というバス停があるのだろう?と思った。こちらの方が近そうだからである。京都市営バスはなぜ分かり難いバス停にしているのか、なぜわかりやすいものにしないのか、観光都市として恥ずかしいと思った。日本人だから迷うのか、外国人は迷わないのだろうか?

  「金閣寺道(みち)」で降りて金閣寺の方へ歩いて行った。入場券を買い中に入った。池の向うに金色に輝く金閣寺が立っていた。写真スポットで写真を撮った。何度見てもいい眺めであった、ここでも中国人が目立った。金閣寺の近くまで歩き、順路に従って出口へ向かった。

  次はバスで竜安寺へ行った。竜安寺に来るのは何十年ぶりかであった。入口を店の人に聞いた。静かなたたずまいの石畳の道を歩いて行った。拝観券を買って竜安寺の中に入った。ガイドはなかった。縁側に座って石庭を眺め、写真を撮った。大徳寺とは違い撮影は禁止されていなかった。

  パンフレットには石庭を眺めて、各自が自由に思考を巡らせばよいと書いてあった。石庭の解釈は見る人に任されたいるのだ。イギリスから来たマークは竜安寺石庭が一番良いと話していたのを思い出した。

  竜安寺の近くにはいろいろ有名な寺があるが、次は清水寺に行くことにした。反対側の東山まで行かなければならない。四条通を通るバスに乗った。1時間ほど乗って乗り換えの河原町バス停で降りたが、同じところから清水寺方面のバスが出ているのだと思っていたら、バス停がとびとびにならんでいて、どこから乗ればよいのか分からなかった。外国人も困るだろうと思った。

  これから行っても、拝観時間は短いので清水寺には行かないことにした。エマとダニエルとナヒードはビールを飲みたいと言ったので、私たちは1時間後に待ちあわせることにして別れ高島屋デパートに行った。李さんと張さんは帽子を見に行った。私は椅子に座って待っていた。

  隣に男性が座っていた。私がトイレに行っている間に戻ってきた李さんは、その男性と話していた。広東人だと分かったので話をしたのだそうだ。李さんは帽子は高いので買わなかったと言っていた。

  5時にエマたちが戻ってきた。手頃な値段の店を見つけたと言った。ナヒードはそこで別れると言った。それで京都駅に行くバス停を探した。道案内のボランティアがいてバス停を教えてくれた。私たちが乗る阪急電車の乗場のあるマルイの前であった。そこで別れて私たちは地下へ降りて行った。

  電車乗場が簡単に分かると思っていたが、どこにあるのか分からなかった売り場の人に聞いて分かったがかなり遠方であった。

 地下鉄で難波から大国町に行きホテルに戻った。しばらく休憩をして夕食を食べに行った。駅のすぐ近くの「天下一」というレストランに入った。中華中心の単品を選んで注文する店であった。

 夕食後コンビニで酒でも買おうと覗いたが、エマがスーパーの方が安いと言ったので一緒にスーパーに行った。そのスーパーは酒だけでなく商品のほとんどが安かった。酒を買ってホテルに帰った。外で飲むよりはるかに安くついた。エマとダニエルはまた難波へ遊びに出かけた。

 

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2017年6月22日 (木)

大阪・奈良・京都旅行―⑥―

 第3日目6時に大浴場に行った。この日は中国人が2人入りに来た。出発は8時半の予定であったが、御前様だったダニエルが起きて来ず、9時15分ぐらいにホテルを出た。ホテルのすぐ近くに9時からやっている大衆食堂を見つけたのでそこに行った。おかずがいろいろ皿に乗っていて値札が付けてあった。好きな物を選んで食べられるのだ。

 ご飯と味噌汁とおかずを2品選んだ。少しずつ他の人とシェアをしたので品数は増えた。手頃な朝食の店であった。

 この日は京都へ行くので四つ橋線で梅田まで行った。梅田も大きな駅でJRに乗り換えるのに人に尋ねながら行った。始発の快速に乗れたので席を確保できた。

 京都駅でナヒードと中央改札口で会うことになっていた。落ち合ってまず市バス案内所に行った。地下鉄で行ってバスセンターでバスに乗り換えるとバスがたくさん出ていることが分かった。

 道順を考えてまず大徳寺に行き、それから金閣寺と竜安寺に行くことにした。京都のバス停にはバスが接近すると知らせてくれるようになっていた。さすが観光地だと思った。

 大徳寺にはこれまで2度行ったことがあるのだが、塔頭の大慈院で泉仙の鉄鉢料理やっているのでそこへ案内したいという狙いもあった。

 大徳寺は臨済宗の大きな寺で中には塔頭がいくつもある。まず大仙院に案内した。受付の女性が上手な英語で応対をした。中に入ると尾関宗圓師がいた。83歳だということであった。

 寺の中の案内は先ほどの女性で庭の説明や襖や文字の説明などを英語で大変詳しく分かりやすくしてくれた。ナヒードなどはいろいろ質問をしたが上手に答えていた。私は英語が上手で分かりやすく感心したと女性に言った。

 一回りして戻ると、尾関師がまだいた。著書や筆で書いた言葉を並べて売っていた。以前来た時も同じ場所で尾関師と話したことを伝えた。その時師が言ったのは「退職をしたら奥さんを大事にしなさい。お金に困ることはありません」という言葉であった。それから20年余りなんとか食べて来られたのだから当たっていると思った。

 大仙院を後にして、大慈院へ行った。鉄鉢料理はいいのだが調べたら3400円ほどした。だから食べるかどうかはともかく見るだけでも・・・と行ったのだ。結局外から見ただけで食べずに帰った。

 大徳寺では英語で詳しく案内をしてもらえたのが有難かった。大徳寺を出て門前の蕎麦屋で蕎麦の昼食を食べたなかなかおいしい蕎麦であった。

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2017年6月21日 (水)

大阪・奈良・京都旅行―⑤―

 二月堂を見た後、若草山の方に歩いて行った。修学旅行生はバスの方に行ったようで人数は減っていた。

  若草山は若草に蔽われていた。墨や筆の店で張さんは入って見た。書道をやっているので興味があったのだ。

  そこから春日大社に行った。道の両側に春日灯籠が並んでいた。春日大社は大きな神社で敷地が広大である。奈良の鹿は春日大社の使いだと言われる。

  敷地を通り抜けるのにずいぶん歩いて疲れた。そして振出の興福寺の東屋に来た。駅前の朝見た商店街をもう一度見たいというので見に行った。エマとダニエルとナヒードはビールを飲みたいと言った。それで1時間後に入口で落ち合うことにした。私と張さんたちは商店街を見て回った。

  李さんは、奈良は自然に囲まれて静かでよかったと言った。できるものなら奈良に土地を買って家を建てて住みたいと言った。エマはもし実現したら奈良にゆっくり来られるからいいと言った。

  近鉄で難波まで戻った。ナヒードと別れて、夕食を食べる店を探して歩いた。戎橋筋やその辺りの筋を探したがこれはという店がなかった。やっとお客が店先で食べている店を見つけ、その人にこの店はどうかと尋ねたらいい店だと言ったので、入ることにした。1階は満席で2階に通された。メニューを見ていて、「お通し」が380円としてあるのを見つけた。エマはそんなものに金を払いたくないと言って出ることにした。

  店を出てまた歩き回った。ある店に入ろうとしたら、満席であった。エマがどこかよいい店を紹介してくれるように言ったら、紹介してくれた。ところがそこへ行ってみると、何と先ほど逃げ出した店であった。やむなくまた探して歩いた。

  かれこれ1時間ぐらい探して歩いたことになる。入ったのは焼き肉店であった。客はたくさん入っていた。どうやら韓国系の店のようであった。生ビールが税別190円を売り物にしていた。そこでダニエルはビールを4杯も飲んだ。私も2杯飲んだ。2杯でも他の店より安かった。

  夕食を食べ終わると、私はカラオケに行こうと言った。でも、張さんと李さんはホテルに帰ると言った。私たちは駅前にある「ジャンガラ」というカラオケボックスに入った。

 フロントで幾らか尋ねたら「1時間2020円」と言った。それで飲み放題だと言ったので有難いと思った。私は一部屋の代金だと思っていたのだ。

 ビールや酒を取ってカラオケを歌った。エマは確かに歌はうまかった。ダニエルはそうでもなかった。私は英語の「Tennessi Waltz」「My Way」や中国語の「北国乃春」などを歌った。エマは上手だと褒めてくれた。

 1時間経ってフロントに行って金を払う段になって「6060円です」と言われた。何と一人の代金が2020円だったのだ。もし酒を頼まなければ1人880円だと言った。フロントの女の子はそういう説明なしに2020円とだけ言ったのであった。騙された感じであったが仕方なく払った。

 エマとダニエルはそれからまた飲みに行くと言って街に消えて行った。一人でホテルに帰り、寝たのは11時であった。

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                     ダニエルと話す高校生

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                    二月堂からの眺め

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                        春日大社
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                         焼 肉

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2017年6月19日 (月)

大阪・奈良・京都旅行―④―

 2日目の朝、5時20分ごろに起きて洗顔し6時になってから10階の大浴場に行った。ブラインドを開けると見晴らしがよかった。入浴者は他にはいなくてゆっくりと入った。熱過ぎずよい湯加減であった。

  8時にホテルを出て、難波まで行き、近鉄で奈良に行った。車中でエマが、昨夜はあれからカラオケバーに行ったと話した。点数が出るカラオケで最高得点を取ったと言った。エマがカラオケをやるのは全く知らなかったので驚いた。それで「私がカラオケ代を出すからカラオケボックスに行こう」と言ったら二つ返事でOKした。

  奈良迄は直ぐであった。近鉄奈良駅に着くと構内売店で柿の葉寿司を買った。奈良名物の寿司を味わってもらおうと思ったのだ。

 駅をですと奈良公園まではまっすぐに行けばよいことが分かった。駅の近くの商店街で朝食を摂ろうと店を探したが、まだ開店をしていなかった。横丁に入ったところで手頃な店を見つけたが、やはり開店は11時であった。それで諦めてコンビニで弁当を買うことにした。

  弁当を持って少し歩くともう鹿が10頭ほどいた。学生にしきりに餌をねだっていた。エマは興奮してしきりに写真を撮っていた。私は150円で鹿せんべいを買ってエマに渡した。これから奈良公園に行くといくらでも鹿はいるよと話した。エマもダニエルもせんべいを与えて大喜びであった。

  前日2日目は奈良に行くと言ったとき、エマはお寺や鹿など全然興味がないと言っていたのだが、仕方なく奈良に来て鹿を見たとたんコロッと気持ちが変わったのであった。それからは鹿をみるたびに興奮していた。

  興福寺の前に東屋があったのでそこで弁当を食べた。それから興福寺の五重の塔を見て猿沢の池に行き塔が水面に映ったのを撮ったり、池の周りを歩いたりした。

 それから奈良公園を歩いて東大寺へ向かった。修学旅行の学生たちが道路いっぱいになって歩いていた。これほど多くの学生を見たのは初めてであった。その他に中国人などもいて、東大寺に中に入れるのか心配であった。

 南大門で仁王像を見たとき、李さんが素晴らしいと言っていた。私も改めて素晴らしい彫刻に見入った。

 切符を買ってから整理係りの人に尋ねたら一方通行になっていると言った。中に入ると仕切りがしてあって一方通行で混雑を避けていた。以前来たときとずいぶん変わったものだと思った。

 大仏を見た後、エマがオーストラリアから来ている友人が奈良駅に来ていると言った。その友人はタクシーで東大寺まで来るということであった。それで池の傍で待った。その間にダニエルは女学生からインタビューを受けていた。たどたどしい英語で質問されていた。英語の勉強にいいことだと思って見ていた。埼玉県の高校生だと言った。

 30分ぐらい待ってエマの友人のナヒードが来た。そこからは一緒に見て回ることになった。エマは相変わらず鹿に夢中で鹿せんべいを買って与えたり写真を撮ったりしていた。そして奈良に来てよかったと言っていた。

 次に二月堂に向かった。修学旅行のコースなのでよく知っている。二月堂の前の広場でソフトクリームを買って食べた。それから二月堂に上がった。休憩所がありお茶を無料で提供していた。そこでしばらく休憩をした。 

Img_2788                    柿の葉寿司店
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                    興福寺五重の塔

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                     猿沢の池
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                     東大寺大仏殿
Img_2816                     大 仏
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                      脇 侍







 

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2017年6月18日 (日)

大阪・奈良・京都旅行―③―

 ホテルで一休みして疲労が回復したので道頓堀へ向かった。難波までは地下鉄で一区なので歩いてでも行けるのだが、私の体力を気遣って地下鉄で行った。

  難波駅は新宿のように人が多く、地下通路があちこちにあった。ときどき尋ねながら歩いた。地上に出ると目の前が戎橋筋であった。そこを通り抜けると道頓堀だということであった。

  戎橋筋の入り口にマツモトキヨシがあった。李さんが友人から頼まれたものがあったので店に入った。大きな店なので目当ての品物はあった。その他にインドメタシンの塗り薬を買って私の割引をつかって10%安く買えた。

  エマは顔の保湿剤を探した。1階に行ったり、地下に行ったりして安いのを探した。それで気が付いたのだが、店員はほとんどが中国人で、しかも名古屋と違ってたくさんの店員がいた。店内の掲示も中国語であった。

  そのあと戎橋筋を歩いてウインドウショッピングをした。人が溢れているぐらいいた。ほとんどが中国人のようであった。子ども連れや年よりの中国人もいた。

  戎橋筋から道頓堀に出て飛び込みで有名な橋を渡った。心斎橋筋に向かった。心斎橋筋はかなり長いので、最後までは歩かず、途中で引き返した。

  夕食にお好み焼を食べることにしてあった。ホテルのフロントでどこがよいか聞いたら、「鉄板焼き わらい」がよいだろうと教えてくれた。それで道頓堀まで戻って、その店をさがして歩いた。お好み焼の店はたくさんあったが目指す店はなかなか見つからなかった。ある店の女店員に聞いたら、知らないと言ったが、その隣の店が「わらい」であった。おわらいを地で行ったようなことであった。

 中に入るとまだ客は少なかったが感じの良い店であった。壁一面にメニューが貼ってあった。店員にどれがいいか聞いたら、「わらいスペシャル」980円がお勧めだと言った。私はそれにした。他の人はそれぞれ好みのものを注文した。

 テーブルの鉄板が温められたので、そこで自分で焼いて食べるのかと思ったら、焼いたお好み焼きが運ばれてきた。それを鉄板に置いた。その他にゲソなど単品も注文してシェアした。生ビールを飲みながら食べたらとても美味しかった。Cafe Vitaのマスターが、「お好み焼は飛び込みでなく調べて行った方がよい」と言っていたがその通りだと思った。

 帰りは裏通りを歩いて難波駅まで行った。ダニエルとエマは飲みに行くと言ったので別れた。ホテルに帰ったら10時であった。

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2017年6月17日 (土)

大阪・奈良・京都旅行―②―

 切符売り場は16階にあり、そこまではエレベーターで行き乗り換えるのだ。入場料は2000円であった。展望台行のエレベーターに乗ると、「天井を見てください」と言われた。動き出すと星のような光が降ってくる感じで宇宙にいるようで、エマは喜んでいた。

  下りると予想に反して広い空間であった。周囲ガラス張りの展望室は大変広かった。そして大阪市内だけでなく、遠く生駒山や六甲山や大阪湾などが見渡せる素晴らしい眺望であった。まさに「はるかす」であった。

  ガラスにはそこから見られる主なものがイラストと文字で書いてあり、容易に対照して見ることが出来るようになっていた。

  足元には天王子動物園や学校や道路などもよく見えた。大阪城は遠すぎで肉眼では見つけられなかった。「あべのはるかす」に上るには、双眼鏡が必要だと思った。

  ゆっくりと見ながら歩いて、何時の間にか1時間ほど経っていた。なるほど1時間かかるというのは本当だと思った。約束の時間に遅れないように下に下りた。16階からはエスカレーターで降りて行った。張さんたちがパンを持って待っていた。

  「あべのはるかす」は2000円払っても登ってよかったと思った。エマたちも満足していた。

  外に出てはるかすの建物の写真を撮った後、天王寺動物園のある公園を歩いて新世界へ向かった。途中で道が分からなくなり尋ねながら行った。

  新世界に着くと、「串かつだるま」を見つけた。「二度づけ禁止」と書いてあったので、間違いないと思った。Cafe Vitaのマスターから通天閣の下の「串カツだるま」が美味しいと聞いていたのだ。支店のようであった。店の前には何人か並んでいた。しばらく待って中に入った。それぞれが好きな980円のセットを注文した。揚げたての串カツなどはどれも美味しかった。支払は私がした。

  食後は新世界やジャンジャン横丁を見て回り、通天閣の下にも行ったが、登らずに下から眺めた。あちこちの店の前などにシンボルのビリケンさんの像が置いてあった。

  今宮駅から地下鉄で大国町へ行き、ホテルに戻った。そして預けた荷物を受け取って、部屋に行った。

 ホテルは10階まであり、最上階には大浴場があった。私たちの部屋は4階で、キーやエレベータではICカードをタッチする仕組みで、大変新しい方式であった。

 部屋はあまり広くはなかったが、ダブルベッドが二つ入っていた。エアコンや加湿器などもあり設備はよかった。

 1時間半ほど一休みしてから道頓堀に行くことにした。私はしばらく昼寝をしたが、ずいぶん体が楽になった。

 フロントに降りて行くと、夕方なので帰って来る人のために、無料のコーヒーや冷たいお茶などが用意してあった。

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2017年6月16日 (金)

大阪・奈良・京都旅行―①―

 先月末に中国から夫婦一組が来て我が家に泊まった。その後オーストラリアから若い夫婦一組が来た。5日から8日まで関西へ旅行に行った。宿泊地は大阪でエマがオーストラリアからインターネットで予約をしてあった。

  7日朝8時の地下鉄で出発し、名古屋駅に行った。チケット売り場で新大阪までの自由席券を買った。名古屋からは必ず座れると予想したからであった。

  切符を買った後構内の売店でそれぞれ弁当を買った。私は鯖寿司を買った。李さんも同じものを買った。9時3分の博多行きの2号車に乗ったら案の定がらがらであった。4人対面のシートに座った。

  車内で買った駅弁を食べた。美味しいと言っていた。のぞみは速いので10時前に新大阪に着いた。そこからは地下鉄御堂筋線に乗った。大阪に来るのは10数年ぶりであったが、予め調べてあったので順調に行った。

  難波の次の「大国町」までだが途中駅はそれほど多くなかった。後で分かったのだが、「大国町」は大変便利なところにあった。難波まで1区で天王寺までもすぐであった。

  大国町駅で降りると、ホテルまで歩いた。途中に回転寿司の100円という大きな看板が出ていたり、かどやレストランがあった。ということはその辺りは人が集まる街だということが分かった。

  ホテルには5分ぐらいで着いた。驚いたことにホテルはファミリーマートの上にあり、入口は幅1間だった。フロントも小さかった。でも、英語や中国語対応のスタッフが何人かいた。台湾人と韓国人だとネームタグから分かった。日本人の女性は英語を話した。何とシドニーにいたことがあると言った。

  私たちは、ホテルに荷物を預けて地下鉄で天王寺まで行った。最初はジャンジャン横丁や通天閣に行くつもりであったが、天王寺に着くと、「あべのはるかす」に駅からつながっていることが分かった。近鉄百貨店の上にあるのだ。

 はるかすに登るか尋ねたら、エマとダニエルは登りたいと言った。張さんと李さんは百貨店を見て歩くと言った。案内所で聞くと見学には30分から1時間要すると言ったので1時間後に案内所で会うことにした。

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                    あべのはるかす

「ジャンジャン横丁 大阪 像」の画像検索結果

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2017年6月 9日 (金)

御心配をおかけしました。元気です。

 blog開設以来一度も休まず、blogをアップロードしてきたが、この6日、7日、8日と初めて休んでしまいまった。それで何人かの方から心配をしているメールや電話をもらった。毎日続けているblogを載せないと「あいつ死んだのだはないか」とか「入院したのでは?」などと思われるとは思っていたが、その通りになってしまった。

  糸井重里のように「ほぼ毎日」としておけばよかったのだが、連続を目指したのがいけなかったようだ。

  休んだのは、海外から知人が5人来て関西地方を案内したのでく暇がなかったのだ。スマホから書こうと思ったのだが、パスワードを持って行かなかったので書けなかった。

  大阪を中心にして、奈良、京都と大変楽しい有意義な旅をすることができた。毎日相当の距離を歩いたので疲れた。旅行記はいずれ書くつもりでいる。まずは元気でいることのお知らせである。

 これからも覗いて頂きますようよろしくお願い致します。

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                   アベノはるかすからの眺め
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                        アベノはるかす
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                      ジャンジャン横丁
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                       柿の葉寿司店

 

 

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2017年5月23日 (火)

ゴールデンウイーク後半は東京へ―⑥―

 東京旅行の最終日に、私だけ高尾山に登った。京王線の沿線にある高尾山へは以前から登ってみたいと思っていた。ブラタモリなどで高尾山の魅力が紹介され、その思いは一層強くなっていた。

  しかし、ゴールデンウイークなどの休日は大変な混雑だからやめた方がよいと婿たちがいうので諦めていた。高尾山は東京都心部から近く手頃な山なので大変な人気スポットなのだ。

  ところが今回妻は登らずに、私だけなら娘が同行してもよいということになった。それでこの機会を外してはならないと登ることにした。

  当日は早めに起きて朝食を済ませて8時ごろに家を出た。早めに行けばそんなに混んでないだろうということであった。京王線調布駅までバスで行って、コンビニでペットボトルを買って電車に乗った。

  見ると車内は登山の恰好をした人たちばかりであった。みんな登山靴やしっかりした服装をしていた。私の靴はウオーキングシューズであったし、街歩きの恰好であった。

  1時間ほどで高尾山駅に着くと、しっかりした登山の服装の人たちは下りて行った。多分そこからはきつい登山ルートがあるのだろうと思った。

  私たちは次の高尾山口駅で降りた。ここではたくさんの人が下りた。駅は変わったデザインであった。駅を出ると店が並んでいる道を歩いて行った。しばらく行くとケーブルカーの駅があり、その手前に登山口があった。看板の地図で見ると一番やさしいルートであった。道路は舗装されていた。

  高尾山にはルートが6つあり、難易度によって1から6まであった。私たちは1を選んだのだ。1とはいっても坂は急なところが多かった。鴬がないていて鳴き声を聞きながら登った。時間が早いのでさすがに登る人は少なかった。途中で降りてくる人がいて早く家を出たのだろうと思った。

  軽自動車が登ってきたので、舗装してあるのは上に荷物を運ぶためだと分かった。1時間ほど登るとケーブルカーの終点があり、鳥居が立っていた。登って行くと薬王院へ行く道が分かれていた。しんどいのでそちらへは行かなかった。

  一歩一歩登って行くと、見晴らしの良い場所があった。遠くに都心が望まれた。

  30分余り上ると「高尾山」と書いた山門があった。入ると山伏が1人出てきた。そして10時からここでご祈祷があり、そのあと「天狗のおとし文」を配ると話した。10人の山伏がそれぞれ違う文を配るから全部集めとよいだろうと言った。また、高尾山の神仏習合の話や、どうして高尾山が重要な場所なのかを話した。山上からははるか遠くの国まで見渡すことができるので昔は要所であったのだという。

  面白そうだから10時まで待つことにした。しばらくすると法螺貝の音が聞こえ、山伏の列が現れた。そして祈祷所の前まで来ると整列してご祈祷を始めた。そのあと手に持ったオトシブミを配った。私ももらった。「こだわりを捨てなければ決断できない」「くじけない強い心を育てる」などという言葉を名刺大の紙に印刷してあった。私は8枚集めたが、10枚は集められなかった。

  その近くに上の社に登る石段があって、登って行くと神社があった。さらに建物の際を上って山頂の方に行けるのだ。歩いて行くとやっと山頂が見えてきた。手前に便所があったので入ると、大きな便所であった。たくさんの人が登るので便所も大きいのだ。

  山上には広場があって、人々が持って来た弁当などを広げていた。私たちも娘が用意したおにぎりを食べた。山上からは遠くの山々が望まれた。説明によると富士山も見ることが出来ると書いてあった。かすみがかかっていたが、よく見ると正面に富士の姿を見ることができた。

 案内所で地図をもらい、他のルートの状況を尋ねた。そして4号ルートを降りることにした。途中は自然がいっぱいのコースで道は荒いところもあると言った。細い道で至る所に木の根が出ていて石がごろごろしていた。滑らないように気を付けて歩いた。そんな道を登って来る人と次々に出会った。中には赤ん坊を抱えている若い母親もいた。自分だけでも大変なのにと思った。

 50分ぐらい下りると吊り橋があった。それを渡って行くと店があるところに出た。その店で土産を買った。さらに行くとケーブルカーの駅に出たので、そこからはケーブルカーに乗ることにした。麓まで6分ほどであった。麓の店でソフトクリームを食べた。

 高尾山に登るのは舗装の道でもかなり疲れた。やはり年は争えないと感じた。おそらくもう登らないだろう。登ってよかったと思った。

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                                             高尾山口駅舎

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                     ケーブルカー乗り場
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                    都心を望める場所

Img_2624                 
                        高尾山山門

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                      山伏のご祈祷
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                        神社

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                     599mの山頂広場

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                    山頂広場から富士を望む

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                    4号ルートの木の根道
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                         釣り橋

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