旅行・地域

2018年5月 2日 (水)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑳―

 指宿温泉の後高速道路を使って一路鹿児島空港へ向かった。空港に着くとガソリンを入れてレンタカーを返して、そこから入口まで送ってもらった。レンタカーも空港返しなので便利だと思った。利用者も多いようであった。

 

 17時前にチェックインを済まし、後は18時15分の出発まで各自が時間をつぶした。私は薩摩揚げを買っていなっかったので買った。

 

 中部空港には定刻に着き、特急のミューで金山駅まで行った。有難いことにYさんの御嬢さんが車で迎えに来てくれた。

 

 楽しい中之島旅行は終わった。天気に恵まれたのが幸いであった。釣りをしたり、御岳に上ったり、毎日温泉に入ったり、満天の星を見たりして、命の洗濯ができた。私の場合、念願の手品を学校やデイサービスなどで披露できたのがよかった。

 

 中之島はトカラ列島に7つある人が住む島の中で一番大きい島だが、人口は160人だとHPに書いてあった。それでも歴史民俗資料館や天文台があり中心の島だと思った。

 

 トカラ列島については日本書紀に記述があるというから驚いたが、中之島には縄文時代の遺跡があるのだから、そんな昔に人々はどうやって渡ったのだろう。

 

 歴史民俗資料館にある船のレプリカは木造の丸木舟であった。昔は自分たちで造ったのだろうが、今は造る人はいないだろう。

 中之島では細い笹竹が生えているところが多い。そこを焼いて畑にし3年ごとに繰り返すということであった。

 中之島旅行で、YさんとKさんは、手や足の露出部に発疹ができた。私たちはタバコを飲む人がブヨか何かに噛まれたのだと言っていた。ところが名古屋に戻って4日後にSさんの発疹がでた。Sさんは皮膚科に行ったが虫に噛まれたのだろうと言われたそうだ。5日後にマスターに発疹が出た。6日後に私に発疹が出た。

 キンカン、オロナイン、フィーメリナ軟膏と3種の薬を使ってみた。そして10日目に皮膚科に行った。医者は何かの虫の粉が付いたのだろうと言った。藪などをくぐるとそういうことがあると言った。結局分からないままに月末にやっと治った。

 以上で旅行記を終わる。

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                      中之島の珍しい生き物
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                     コケシのような人形

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                         神様

 

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2018年5月 1日 (火)

 秘境 トカラ列島中之島旅行―⑲―

 「薩摩白波」は有名な芋焼酎の銘柄である。その工場が枕崎にあるのは知らなかった。工場に入ると説明を聞いた後案内板に従って見学した。酒蔵の見学をしたことは何回かあるが焼酎は初めてであった。甕がいっぱい並んだ部屋や発酵をする部屋など見て回った。そして楽しみな試飲の部屋に来た。

  工場限定の焼酎とかいくつかの焼酎の試飲をした。甘いのや匂いのよいものなどいろいろあった。マスターとKさんたちは限定の焼酎を買っていた。私は送料がかかると思って買わなかったが、後で聞いたら金額で送料は無料になったのだという。

  「白波」の工場を見て外に出たときみんなで写真を撮った。サツマイモのビールが試飲できるというのでそちらに行こうとしたら、他の人は出発だと言ったので仕方なく諦めた。サツマイモをあしらったビールは、どんな味が知りたかったので非常に残念であった。

  「白波」工場見学の後、魚市場に戻った。頼んであった鰹のタタキを貰って2階のレストランへ行った。昼時なので3人はアサリ定食を注文した。大きなどんぶりにアサリがたっぷりと入っていた。こんなのは見たことがなかった。

  マスターとYさんと私は朝食をたくさん食べて来たので、鰹のタタキでビールを飲んだ。枕崎は台風で有名だが何もないところだと思っていたら、意外にも賑やかな町であった。

  食事の後指宿に行く。YTさんがいい露天風呂があると言った。途中に無人駅があるので立ち寄ることになった。本当に小さな駅で草が茫々と生えていた。YTさんの家はその近くにあった。月に3万円の家賃で借りているのだそうだ。近くには小さな港もあった。便利ではないがいいところだと思った。

  YTさんの家には上がらないで外だけを見て指宿方面に出発した。ときどき線路を左に見ながら走った。「鶴瓶の家族に乾杯」で指宿をやったばかりであった。どの辺に来たのかと思ったが分からなかった。走って行くとやがて開聞岳が見えてきた。Kさんが昔開聞岳に来て非常に印象に残っているので是非行きたいと言っていたところだ。

  開聞岳は富士山のように形のよい山であった。残念ながら春霞でくっきりとは見えなかった。でも、道筋どこからでも見ることができた。

 YTさんが「玉手箱温泉」という露天風呂に案内してくれたが、あいにく休業日であった。仕方がないので同じ経営の普通の温泉に行った。砂風呂もあったが、他の人たちはみな経験者で、砂風呂は後が大変だと言ったので諦めた。

 大きな温泉で湯はちょっと熱かった。それで長くは入れなかった。温泉から出た後売店を覗いたら野菜などが安かった。葉物野菜を少し買った。

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                        開聞岳
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                         開聞岳

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                      玉手箱温泉

 

 

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2018年4月30日 (月)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑱―

 12日は旅行最終日。最初に予定では鹿児島市内観光だったが、フェリーの欠航で最初の日に済ませたので、この日は指宿に行くことにした。Kさんがレンタ―カーの手配をしてくれた。

  枕崎に住むYTさんが、枕崎に来ると魚市場があり、いい鰹節などが買えると言ったので枕崎に寄ることになった。グルメのKさんは枕崎は鰹節の名産地だと言った。私は土佐の高知しか知らなかった。Kさんは「本枯」を買いたいと言った。私は「本枯」も知らなかった。最高級の鰹節のことだという。

  朝食はホテルのバイキングで食べた。Sさん以外はみんな来たが、Sさんだけ来ないのでどうしたのかと心配であった。私は例によってたっぷりといろんな物を食べた。

  出発まじかにSさんに連絡すると「どうして呼んでくれなかったの」と不満そうであった。レンタカーがホテルに来て乗り込んだ。運転はKさんが最後までしてくれるのだ。

  YTさんは枕崎までは一般道路でも変わらないと言っていた。最初の一部だけ高速道路を使ってあとは普通の道を走った。初めての鹿児島なので沿線の景色を眺めた。

  枕崎に近づくと仏壇の広告がやけに目立つようになった。こんな端っこに?と思ったが、どうやら川内市辺りが仏壇生産地らしい。業者が集まっている感じであった。

  枕崎に入ると枕崎駅があった。Kさんは「ここは鉄ちゃんの聖地だ」と言った。「何のこと?」と聞いたら、鉄道ファンの来たい場所なのだそうだ。枕崎駅で鉄道の線路が終わっているのだ。車を降りてその辺りを見て回り写真を撮った。時刻表を見て驚いたことに列車の本数がほんの僅かしかないのだ。

  駅舎は真っ黒で船の形をして立派だが無人駅であった。列車がほとんど来ないのだから無人も当然だ。YTさんと連絡を取って先導してもらい魚市場に行った。入口で藁で鰹の身を焼いていた。鰹のタタキを作っているのだそうだ。初めて見た。

  魚市場には店がたくさんあったが客はまばらであった。YTさんの知り合いの女性が勤めている店に案内された。そこで初めて「本枯」という最高級の鰹節を見た。薄鼠色をしていて堅く叩くといい音がした。

  値段は予想していたより高くはなかった。女性が「出来合いの削り鰹より本枯を買って削った方がいいですよ」と言った。家には鰹節削り器がないので削ってもらうことにした。

私が子どもの頃は家に鰹節を削る道具があって、ときどき削らされたことを思い出した。昔はいい出汁を使っていたのだと思った。

 本枯は目方で値段が決まるらしく、それぞれ違っていた。私は1290円のを1本買って削ってもらった。器械で削るのだがものすごい量になったのでびっくりした。それを2つのポリ袋に入れて圧縮して空気を抜いた。

  私は他に鰹のハラミで作ったものを2種類買った。冷やした方がいいというので買ったものをハッポウスチロールの箱に入れてドライアイスを詰めてもらった。

 買い物が済むと、YTさんが「薩摩白波の酒蔵がある」と言ったのでそこへいくことにした。出かける前に下の魚屋で鰹のタタキを作っておいてもらうよう注文した。

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                       船の形の枕崎駅

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                       線路止め
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                       枕崎駅ホーム
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                       鰹を燻す藁

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                      これから燻す
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                       1本の鰹を削ると

 

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2018年4月29日 (日)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑰―

 一緒に旅行したYTさんは枕崎から自動車で来て、駐車場に停めてあるからホテルまで送ると言ったので有難かった。鹿児島フェリー港で降りると駐車場へ行った。まだ新しいトヨタのランクルであった。

  鹿児島中央駅西のアービック鹿児島まで送ってもらってそこで別れた。YTさんは枕崎まで帰るのだ。

  チェックインをして支払いも済ませ、部屋に荷物を置いてロビーに集合した。天文館まで電車で行って夕食を食べるのだ。最初に日に鹿児島を観光したので勝手は分かっていた。繁華街の天文館で降りると、私のiphoneで「天文館で焼き肉の美味しいところ教えて」というとすぐに反応していくつか表示された。

  歩いて行くと焼肉通りと言ってもいいような焼肉の店がたくさんある通りに出た。Kさんは豚肉がいいと言ったが、他の人は牛肉がよいと言ったのでよさそうな店を探した。

  両方食べられる店があったのでそこに入った。先客がいたがまだ多くはなかった。メニューを見てKさんとマスターが注文をした。Kさんは詳しいので尋ねたら、家族でよく焼肉店に行くのだと言っていた。それでKさんが「焼肉奉行」になっていろいろと世話をしてくれた。私は焼き肉を食べに行ったことがほとんどないのでお任せであった。

 Kさんはワイン、他の人はビールと芋焼酎で焼き肉を味わった。そのうちに店が立て込んできて満席となった。それでビールのお代わりを注文してもなかなか出てこなかった。でも客が多い店はいい店だからよかったと思った。〆は石焼ビビンバをシェアして食べた。払いは一人3500円であった。

 市内電車で鹿児島中央駅まで帰ったのだが、私は他の人たちと離れて座ったので下車するのが遅れた。降りると誰もいなかった。見当をつけて歩いて行くとマスターのような人が地下に入って行くのが見えた。それでそちらに行ったら全く違っていた。マスターに電話をしたが出なかった。

 仕方がないので中央駅まで戻りホテルに帰った。フロントで聞いたらまだ誰も戻っていないと言った。またマスターに電話をしたが出なかった。他の人の電話番号は知らなかったので聞いておくべきだったと後悔をした。

 部屋に入ってしばらくするとノックの音があり、マスターたちがいた。「どこに行ったのか心配して探した」と言った。私は訳を話した。とんだハプニングであった。後で分かったのだが、マスターたちは私が来ないのでまた停留所に戻ったのだそうだ。申し訳ないことをした。

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                       天文館の通りの一つ

 

 

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2018年4月28日 (土)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑯―

 往路と違って、海は風波は立っていたが、穏やかでフェリーは揺れることもほとんどなかった。私たちは食堂に行って昼食を摂ることにした。カレーが手頃なので注文したが、なかなかできて来なかった。カレーは作り置きができるので電子レンジで温めるだけだと思うのだが。

  船には水とお茶の設備が何カ所かあった。食堂はくつろぐ場所にもなっていて、自動販売機を設置してあった。Sさんは待てないらしく何かを買っていた。

  鹿児島まで7時間半、カレーを食べた後はどうやって過したらよいのだろう。こういうときは時間が経つのが遅いのだ。

  しばらくは部屋で横になったが眠れなかった。また食堂に行くと、マスターやKさんが宿の主人と話をしていたのでそれに加わった。

  島の人たちは70歳になると、敬老でフェリー代が無料になると言った。島では土葬かと聞いたら、今は火葬だと言った。島で亡くなれば鹿児島まで運んで焼いてもらうのだという。ただ、ほとんどの人は最後は鹿児島の病院で亡くなると言っていた。

 また、40歳台の人までは島に住むと450万円で住居を改装してもらえ、2年間は生活費の補助が出ると話していた。若い人を呼び寄せるのが狙いなのだ。

  その後休憩所に行って何となくテレビを観た。昔の西部劇をやっていた。途中からなので訳が分からなかったが暇つぶしに最後まで観た。ジェームス・スチュアートなどかつての西部劇俳優がでていた。

  フェリーにはWiFiがあったが、たくさんの人が使うせいか、電波は捉えてもニュースなどの表示がでないのでスマホは使えなかった。西部劇の後の京都の織物の番組を観るともなしに眺めた。

  中之島で一緒になった人がきて座ったのでその人と話をした。島が見えて来てやがてアナウンスが入り口之島に入港すると分かった。それでデッキに上がった。

  口之島から鹿児島までまだ時間がかかる。休憩所に戻った。YTさんは男性とずっと話し込んでいた。その人が行ったので私はYTさんと話をした。ずっと話していたYTさんの相手は中之島で知り合った蝶の理学博士であった。凄いカメラを持っていたが中之島では主に蝶などの写真をとったのだそうだ。蝶の写真の本も出版しているそうでYTさんはいい人と知りあえてよかった。

  やっとのことで鹿児島湾に入ったが、そこから鹿児島まではまだかなり時間がかかるとKさんが言った。薩摩半島を遠くに見て船は進んだ。行きには分からなかったが鹿児島湾は広い大きな湾であった。

  18時半、フェリーは定刻に港に着いた。Yさんが早く出口に行った方がよいというので急いで行った。切符を渡して船を降りた。長い船旅がやっと終わったと思った。

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                       Goodby!中之島

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                    フェリーのカレー
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                        口之島港

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                         鹿児島湾

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2018年4月27日 (金)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑮―

 宿へ戻ると、他の人たちは温泉へ行くところだった。車に乗せてもらって港近くの温泉へ行ったが満員だった。それで東の温泉に行った。

  この温泉も海岸にあり道より低い。中に入ると似たような温泉であった。ただ海水が多く混じっているようで塩からかった。上がりのシャワーも何となく塩からい気がした。3カ所あるうち入っていないのは山の方にあるという温泉だけであった。

  帰りは、YTさんとKさんが「支所の近くから橋を渡って行くとすぐ宿に出る」と言ったので、そこで車から降りてYTさんと歩いて行った。YTさんはあちこちを歩き回っているので島のことがよく分かったのだ。急な狭い坂道を上ると本当に直ぐ宿に出た。温泉や港へも近道だったが明日は変えるので時すでに遅しであった。

  宿に戻ると荷物の整理をしてバックに詰めた。バックで持って来てよかったと思った。最初はスーツケースの重さが2.7kgもあるのでそれを減らすためであった。でも、使って見ると衣類などは抑えると小さくなったり変形するのだ詰めやすいのだ。

  最後の晩の夕食にはトンカツが出た。刺身は宿の主人が釣って来たマグロだという。マスターが持って行った焼酎などがなくなったので、マスターは宿の焼酎を1本買った。アルコールはすべてマスターの奢りで感謝、感謝であった。

  島を後にする日がやってきた。最後の温泉に入りに行き、出るとき封筒に1000円を入れて名前を書いて置いてきた。後から行ったYTさんがそれを見つけて箱の中に入れてくれたそうだ。Yさんは支所に持って行くのが一番良いと言っていた。島の人だけでなくよそ者も来るのでその方が安全だと言った。寄付をすると名前が掲示されるので今頃は出ているであろうか。

  朝食のあと宿代を清算した。3泊3食+帰る日の朝食付で26680円だった。

  本当なら4拍の予定であったが、初日に船が出なかったので3泊になったのだが、ちょうどよかったと思った。もう1泊したらやることが何もないからだ。YTさんのように島を歩き回るしかない。

 フェリーの出航は10時半なので9時半ごろ港へ行った。 波止場に着くとヨットが停泊していた。韓国のソウルから来たのだという。女性1人と男性2人であった。男性一人は日本語が話せた。そこへマスターがやってきたので「この人は韓国語が話せるよ」と言った。マスターは韓国語で話をした。

 こんなヨットを持っているということはかなりの金持ちだと思った。マスターの話しでは、フィリピンへ行くと言っていたとか。ヨットで太平洋を航海すうるのは波で大変だろうと思った。

  フェリーが入るのでヨットを移動する方がよいと言った。ヨットの友綱が食い込んでいたのでYTさんやKさんが手伝った。やっとのことで綱をはずしヨットは移動して行った。

  港には本田さんや若い子連れのママさんたちが来ていて、トカラのちょっとした土産物を売っていた。私も家への土産にいくつか買った。考えてみれば島で金を使うのがこれが最初で最後であった。

  きっと本田さんたち若いママが土産物を売るというアイディアを思いついたのだろう。島の人たちにはそういう智慧は働かないのだとマスターがコメントしていた。

  Yさんの奥さんの姉などが見送りに来ていた。宿の主人は鹿児島の病院へ行くのだと言っていた。

 フェリーは奄美大島から順に島を巡って戻って来るのだ。港に入ると方向を転換して岸壁に付けた。

 私たちは直ぐに乗船をした。部屋に行き荷物を置くとデッキに上って出航の様子を見た。

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                       最後の夕食                 


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                    ソウルから来たヨット
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                     入港するフェリー
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                    方向転換するフェリー

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               港から見た中之島と御岳(9日)

 

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2018年4月26日 (木)

 秘境 トカラ列島中之島旅行―⑭―

 本田さんが車で迎えに来てくれ、学校まで行った。中之島中学校、中之島小学校と表札に書いてあった。コンクリートの立派な校舎で運動場も広かった。

  職員室に行き校長先生に挨拶をし、手品を披露する時間を作って頂いたことに感謝をした。校長先生は「現在小中合わせて20名ですが、この20年間で一番多いです」と話した。2月に昨日道であった2人が転校してきたので増えたのだと思った。

  体育館に案内されて驚いたのは名古屋の体育館より立派なことであった。数年前に改修されたようであった。床に中学校と小学校の子たちが2列に座っていた。その前に頼んでおいた小さな机があった。

  1時10分から1時半までの限られた時間なので急いで手品をした。シルクを結ぶ手品をいくつかやった。子どもたちは真剣に見てくれた。 

  一本のロープが長くなったり、長短の2本になったり、同じ長さになったりして、結んだシルクを解くとき中学生が出てきて手伝てもらった。シルクが外れて1本になると驚いていた。

  鉄の輪と靴紐の手品で輪が外れたり、紐の途中でとまったりするのも不思議がっていた。最後に輪と紐を渡して調べてもらったが普通のものなので首をかしげていた。

  薔薇カードやカードを引いてもらったら1億円札に変わっている手品、ロープとリングを使った手品なども楽しんでくれた。もっといろいろ見てもらいたかったが時間が20分しかないので残念であった。それでも学校で手品を見せるという希望が叶えられてよかった。

  本田さんのご主人も見に来てくれて嬉しかった。

  学校の後、本田さんはデイケアセンターで14時30分からお年寄りに見せる手筈も取ってくださっていた。それまでの時間を使って診療所の待合でお母さんと幼児に手品を見せてもらってもよいということであった。本田さんは歴史民俗資料館の仕事があるので一旦戻られた。

  このひ診療所には鹿児島から日赤の医者と看護師が来ていて島の人たちが診察を受けるのだそうだ。待合室で手品を演じた。ただ小さい子の中には動き回る子もいて大変であった。たた1人一生懸命見ている子がいた。後で聞いたら本田さんの息子だそうで、手品が好きなのだと言っていた。

  本田さんが戻ってきて診療所の隣のデイサービスセンターに案内してくれた。3人の世話をする人と10人ほどの高齢者がいた。

  時間は機にしなくてよいということでよかった。それで持って行った手品をみんな見せた。お金を白紙に変える手品の時、札を借りたいと言ったが誰も持っていないと言った。私は「この島ではお金を使うところがないから財布は持たなくてもいいのですね」と応じた。一人の世話をする女性が千円札を持っていてそれを借りてやった。「白い紙は今夜12時に1万円札に変わります」と言って笑わせた。一億円札に変わる手品の時も12時に枕元に1億円が置いてありますと言って笑わせた。

  靴紐と鉄の輪やロープにシルクを結んで解く手品や薔薇カードなども喜ばれた。4枚の白いトランプがウサギのトランプに変わり裏の模様が消える手品も不思議がってくれた。

  大きいカードで作った手品やロープ、シルクの手品など持って行った手品をみんな見てもらった。裏の矢印の方向を当てるのも面白がってくれた。

  最後に皆さんに手品のタネを2つ上げた。1つは模様が変わって1円玉になる手品。もう一つは超能力の紙であった。

  本田さんと知り合ったお蔭で念願だった中之島で手品を見てもらうことが出来て心から感謝している。

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                     中之島小中学校

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                    体育館で手品を披露

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                     中之島診療所

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                    デイサービスセンター
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                   高齢者に手品を披露
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2018年4月25日 (水)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑬―

 中之島第3日、午前中はYさん運転の車で灯台がある海岸に出かけた。海岸沿いの道を東へ行った。支所や診療所、郵便局、もう一つの温泉などがあり、やがて学校があった。YTさんは学校の裏から見るととても景色がよいと言っていた。車から見ても確かに良い景色であった。

  学校を過ぎると道路工事をしていた。道が分かれていて海岸の方に行った。坂を上って行くと牛小屋があった。右手に海岸が見えており方向としてはよいと思われた。進んでいくとヘリポートがあり、車に驚いてトカラヤギが数頭逃げて行くのが見えた。

 ヘリポートで降りてその辺を散策したがヤギはどこかへ行って見えなかった遠くに海が見えた。そこからさらに車で進んだ。するとヤギが道路を横切るのが見られた。

 かなり走ったところでその先に進めなくなった。舗装道路がなくなり、その先は危険だとかいてあった。そこで左の舗装道路の方に行ったが、両側から笹が垂れていてそれをかき分けながら進んだ。YTさんが「自分の車なら来ないね」と言った。どうやら道が違ったようだ。結局その道も進めなくなったのでUターンをして戻ることにした。

 戻る途中で牛が牧場に出ているのが見られた。行には牛舎の中にいた牛のようであった。

  支所の近くまで戻りそこで車を停めてYTさんたちは郵便局に聞きに行った。鳥居のところに案内板があり、その横の道を行けば行けるのだが、工事中で通れるかどうか分からないと書いてあった。

 堤防のところに珍しい鳥を見つけた。じっとして動かないので写真に撮ることが出来た。中之島には珍しい鳥が来るようなのでその一つかなと思った。帰ってから野鳥写真家の山口さんに写真を送って尋ねたら、ありふれた「イソヒヨドリ」のオスだということであった。メスは黒っぽい地味ないろだそうだ。がっかりしたが、トカラ列島は野鳥が飛来する場所でとは言っていた。確かに鳥の声はよく聞いたが分かったのは至るところにいるウグイスだけであった。

  待っていると3人のグループが通りかかりSさんにトイレはどこかたずねた。韓国人だと分かった。マスターを呼んだら韓国語で話した。ヨットで島を回ってやってきたらしい。女性1人と男性2人だった。支所の中にトイレがあって使えると教えて上げた。

  YTさんたちが戻ってきてやはり案内板の通りでよいことが分かった。工事のところは通れるかどうかは不明であった。

  道は最初の日に行った道と同じであった。あの時工事で通れなくてひきかえしたのだが、今度は通してもらえるか尋ねてみようということになった。

 トカラ馬牧場を通って御池の近くで分かれている道を右に行ったら、Sさんたちが「標識は左だとかいてある」と言ったのでバックで戻って左の道を行った。前日に来た道でしばらく行くと海が見えてきた。下に降りて行ったら道路工事をしていた。Yさんたちが通れるかどうか聞きに行ったがやはりダメであった。見上げるような高いのり面の上の方で4人の人が崩落防止の工事をしていた。まるでロッククライミングのようであった。

 仕方なく私たちは戻ることにした。歴史資料館や天台などの前を通って宿に戻った。本当ならヤルセ灯台があるセル岬まで行ければ一番良かったのだが行けなくて残念であった。

 昼近くになっていたので昼食を摂った。私は12時40分ごろに本田さんが迎えに来てくれ学校へ行くことになっていた。午後は他の人たちは別の行動をした。

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                     案内板がある鳥居

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                 ヤギがいたヘリポート
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                  ヘリポート付近

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                   ササをくぐり進む
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                      イソヒヨドリ(オス)

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                                        通行止め

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                  命綱をつけて工事

 

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2018年4月24日 (火)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑫―

 宿へ戻ると下着と靴下の洗濯をした。自動洗濯機の使い方をSさんに教えてもらったので自分でやれたが、洗濯槽に入れて洗剤を加えてスタートボタンを押すだけでいいとは何とも便利になったものだと感心した。所要時間は30分ぐらいと表示される。

  洗濯したら軒下に干すのだが、ハンガーの数が少なくしかも古くて壊れたものもあった。靴下をつるすものも洗濯バサミが壊れた物もあり大変だった。

  ハンガーなどは安いのだからある程度の数は揃えて欲しいと思ったが、万事いい加減であった。

  6時半から夕食でこの日のメニューは宿の主人が釣ったアジのフライとサワラの刺身がメインであった。マスターが持って行ったおいしいビールと限定焼酎を飲んだ。

  7時40分ごろ天文台の本田さんの迎えの車が来た。この夜も天文台に星を見に行った。昨夜と違う星をリクエストして見た。本田さんは2晩も見に来たのは初めてだと言っていた。

  外に出ると灯りを消して黒い星空を見上げた。名古屋に帰るともうこのような星空は見られないと思いながら見た。

  私は中之島に行ったらマジックを見せたいと思って、持ち運びやすいロープやシルクやカードなどの手品を用意していた。宿の主人に学校と連絡を取ってくれるように話してあったが、新学期が始まったばかりで時間が取れないということであった。こういうことは島へ来る前に言ってくれないと駄目だと言った。

  それで本田さんに手品のことを話したら、子どもたちも喜ぶだろうし、次の日の朝子どもを送って学校へ行くから校長先生に話してみると言った。さらにお母さんたちにも呼びかけてみると言ってくれた。私は嬉しくてよろしくお願いしますと頭を下げた。私の電話は使えないのでKさんのスマホに返事をもらうことにした。

  次の朝8時ごろに電話があり、校長先生は了承してくれ、昼休みの20分間に体育館に小中学生を集めてくれることになった。

  またこの日は鹿児島から日赤の医者が健診に来るのでみんなが集まるからその機会を利用できるかもしれないと言った。学校だけでなく島の人たちにも見てもらえればこんなに嬉しいことはない。

 本田さんのママさんパワーはすごいと感心した。

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                     夕 食
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                  港から御岳を望む
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                    海の向うの島

 

 

 

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2018年4月23日 (月)

秘境 トカラ列島中之島旅行―⑪―

 午後はフェリーが着く岸壁に行った。本当は昨日釣りをした岸壁に行きたかったのだが、工事をしていて入れなかったのだ。

  YTさんは1人で昆虫を探して歩いて来ると言って出かけていった。Kさんは蟹などの餌を探すと言って岩場の方に行った。残りの4人は岸壁の角の深いところへ行った。

  Yさんとマスターが釣りをした。最初にYさんがベラを釣り上げた。しかし、その後はなかなか当たりが来なかった。前日はマスターが一番多く釣ったがこの日はダメなようであった。

  フェリーが着く辺りでは同じ宿に宿泊している人がルアーで釣っていたが釣果は芳しくなく場所を変わっていた。

 しばらくすると奄美大島まで行くフェリーが入ってきて港内で方向を転換した。人々が集まって鹿児島からの荷物を下していた。宿の人も2台の車で荷物を取りに来ていた。

  Kさんが戻ってきた。カニなどが少し採れたようであったが温泉の影響であまりいないと言っていた。Kさんが来たのでSさんはルアーを借りて釣り始めた。

  私は他の人場釣るのを見ていたが退屈であった。そこへYTさんが戻ってきた。そしてなかなか面白いところがあると言った。それで私はYTさんとそちらに行くことにした。

  YTさんの案内で坂道を登って行った。ところどころに家があった。大きな木から根がいっぱい出ているところでYTさんは珍しい木だと言った。それを写真に撮った。

  歩いて行くと変わったお墓が一つあった。タイルで造った1.5m四方位の台座の上に古い墓が載せてあった。花が活けているのでいつもお詣りに来るようであった。

  さらに歩いて行くとビワ園があった。ビワの実には袋が掛けてあった。YTさんはもっと奥に行くとビワ園があると言った。Yさんの親せきのビワ園かも知れないと思った。

  Yさんの話しではこの時期ビワの収穫があるはずであったが、時期を間違えていた。5月の初めなのだそうだ。

  ビワは中之島の大事な特産なのだが日持ちがしないので鹿児島に出荷するだけだという。マスターはハイモアに漬けることで日持ちを長くして名古屋などに出荷できないかと考えていた。それで実験するためにハイモアを持って来ていた。確かめられなくて残念であった。

  道の両側にはツワブキが続いていて、バナナの木もたくさんあった。その一つの木に珍しくバナナがなっていた。YTさんは丸いのは花だと言った。ガジュマルの大きな木もあった。とにかく新緑の中にところどころに家があるという感じである。

 帰り道港の近くの坂で子どもが3人登って来るのが見えた。呼び止めて聞いてみると小学校5年生と6年生で家は直ぐ近くのようであった。2か月前に引っ越してきたと言っていた。HPによると中之島の人口は160人で-2となっていた。この家族が来て160人になったのだろう。

 子どもたちを呼び止めたので、ポケットに持っていた手品を見せた。そして回すと1円玉のようなものが現れ1円玉が出現する手品と超能力の紙をあげたら喜んでいた。

 その後海岸まで降りて行って温泉に入った。マスターたちも釣りを終えて入ってきた。この日はYさんが一番だったと言っていた。

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                       袋を掛けたビワ

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                     根っこがいっぱい

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                       面白い形の木

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                     バナナの花と実

 

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