文化・芸術

2021年7月24日 (土)

「也留舞会」の狂言を観て

 知人の吉村さんが所属する「狂言 也留舞会」の発表会の案内を頂いたので名古屋能楽堂まで出かけた。昨年はコロナ禍の影響で開催されなかったが、今年はコロナ対策を十分にとっての開催であった。

 22日の変更になった海の日に行われた。午前10時から午後5時過ぎまで、3部に分かれて上演された。

 私は午前中は用があったので午後に出かけた。この日はとても暑くて鶴舞線丸の内駅から能楽堂まで歩くのが大変であった。能楽堂に着いたら体温を計り、連絡票に記入をしてマスクをして会場に入った。席は1つおきに座るようになっていて、かなりの人が入っていた。

 場内は涼しいかと期待していたが、暑く感じて汗が止まらなかった。マスクをしているので余計に暑く感じた。
 

 私が会場に入ったのは第2部2番目の「竹生島参」の終わりごろであった。次が「重喜」で小学2年生が重喜を演じていた。

 次が「寝音曲」これも初めての外題であった。その次が「盆山」次が「鐘の音」。主は奥津健太郎さんであった。次が「膏薬煉」で中学3年の野村さよさんは又三郎師の子どもかもしれないと思った。

 第2部は暑いこともあって眠気も催し、しっかりとは見ることができなかった。

 第3部は15時15分から始まった。知人は最初の「仏師」に素破として出演した。相手役は会主の14世野村又三郎さんであった。
 

 新しく建立した持仏堂に安置する仏像を買うために上京した田舎の男は、仏師を探すために物売りのように大声で「仏師」と叫んで歩く。それを聞いた素破(すっぱ=詐欺師)が言葉巧みに近づき仏像を売る。ところが本当の仏像ではなくおかめのお面をかぶって化けただけであったので、最後にバレてしまう。バレるまでのやり取りをおかしく演じる狂言であった。

 次の「柿山伏」も初めて見る狂言であった。山伏を中学3年の男子が演じ、相手役の柿畑の持ち主を奥津健太郎さんが演じた。

 大峰山・葛城山での修行を終えた山伏が、帰国の途中で喉の渇きを覚え、偶然見つけた柿の木に登り柿の実を食べる。そこに畑の持ち主が現れ、山伏をからかってやろうとする。そのやりとりがおもしろいのだ。

 ここまで見て用があるので帰ることにした。4時過ぎの日差しは和らいでいたがまだ暑く、そろりそろりと歩いて地下鉄まで行った。

 狂言の観客は出演者の知り合いだろうと思うのだが、女性がほとんどであった。男性はどうして少ないのだろうと思った。出演者もプログラムを見るとほとんど女性であった。女性の方が文化的関心度が高いのだと思われる。

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                           仏像になったところ

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2021年4月21日 (水)

春の院展を見に行った

 土曜日に日本語教室に行ったら、Mさんが「斎藤さんが院展に入選したそうよ」と教えてくれた。斎藤さんが絵を描くことを知らなかったので驚いた。

 春の院展は松坂屋でやっていて、見に行くつもりであったのがすっかり忘れていた。Mさんは「明日の日曜日で終わりよ。見に行きたい」と言ったので、行くことになった。私は松坂屋の株主優待券をもっているので同伴者1人は入れるのだ。日曜日の2時に美術館入り口で会う約束をした。

 ネットで調べたら2時ごろは一番混む時間帯になっていた。最終日だし心配であったが。2時に美術館に入った。あとはそれぞれが自由に見て回ることにした。

 院展は以前にも何度か見に来たことがあったが、久しぶりなので新鮮であった。最終日で2時なのでやはり見に来た人が多かった。中には係の人がたくさんいた。他の人と間隔を空けることや話を慎むことなどの注意書きを持っていた。

 同人や無鑑査の作者の作品が展示されていた。人物画も静物画も風景も写実的なのが多かったが、色彩はそれぞれの特色を出していた。院展の作品は日本画だし親しみやすい。ゆっくりと見て回った。

 斎藤さんの作品の写真を撮りたいと思ったのでパンフレットを見たが、どこにも撮影ご遠慮下さいと書いてなかった。でも黙って撮ってはいけないと思い、近くにいた会場監視の係の人に尋ねたら、「みなさん撮っておられますよ」と言ったので、スマホを出して撮った。フラッシュなしできれいに撮れるし音もしないので迷惑にはならない。気になる絵を数点撮った。近くには監視をしている人がたくさんいたが何も言われなかった。

 斎藤さんの作品は出口近くにあり、そこには初入選の人の作品が集められていた。樹林を同色のカラーで細かく描いた作品であった。院展らしいいい絵だと思った。

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           斎藤さんの絵

 

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2020年2月 2日 (日)

素晴しかったコート―ルド美術館展

 英国のコート―ルド美術館が改装中のため、収蔵品が日本に持ってこられ展覧会が開かれている。愛知県美術館(芸術セン

ー10階)では、3月15日まで開催されている。Img_2058

 私は、招待券を貰ったのだが、その有効期間が2月9日までとは知らなかった。気づいたので慌てて28日に観に出かけた。水曜日だったが、意外にも会場には多くの人が来ていて並んで観ていた。

 「魅惑の印象派」という、サブタイトルの通り、印象派画家の作品を展示していた。展覧会が始まるころ、テレビでも紹介されたので予備知識を持ってはいたが、音声ガイドを借りてゆっくりと観て回った。作品に添えられている解説もほとんど読んだ。

 コート―ルド美術館展は、大金持ちのコート―ルド氏が奥さんと一緒に収集した作品が多く、彼は美術のために美術館を建て、多額の資金を提供して作品の研究に資したそうだ。自分のためのコレクションではなく、みんなのためのコレクションであることが素晴らしい。

 展示はセザンヌの作品から始まるが、コート―ルドは最初にセザンヌの作品に惹きつけられたようだ。私はパリに行ったとき、セザンヌの作品をいくつか観たが、ここにあるのはそれらとは違う作品で、セザンヌの表現方法の解説もとても勉強になった。彼は遠近法とか正確な描写ではなく、彼のイメージを絵の中に表したようだ。

 セザンヌは「カード遊びをする人々」という同じ絵を5枚も書いているのも興味深かった。カード遊びのテーブルが傾いているのも彼の表現方法だとか。

 セザンヌをはじめ、印象派の画家たちが日本の絵の作品から影響を受けていることも興味深かった。印象派の画家は戸外に出て戸外で作品を仕上げることがあり、特注の舟を用意してセーヌ川に浮かべて風景画を描いたというのも面白かった。

 ルノアール、ゴッホ、マチス、マネ、モネ、ピサロ、ゴーガン、モディリアニなど多くの画家の作品を比べて観ることができた。ところどころに詳しい大きな絵の解説が用意されていたので、大変良い助けになった。

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2020年1月24日 (金)

区民ふれあい芸術祭に昭和男爵コーラスも出演!

 昭和文化小劇場ができてから、恒例となった「区民ふれあい芸術祭」が今年も同劇場で開催される。日時は、2月8日日曜日、午前10時から19時までまる1日である。

 参加グループは、ダンス、ハワイアン、バレー、日本舞踊、ハーモニカ、ハンドベル、オカリナ、民謡、コーラス、詩吟、交響楽団、など多彩である。

 私たちの昭和男爵コーラスは、女声コーラススイートポテトと共に、14時50分ぐらいから出演する。昭和男爵コーラスの曲目は、「たそがれの夢」「遠い世界に」「季節の中で」「昴」の4曲である。

 発表が近づいてきたので今日も練習をした。日頃の練習の成果を発揮できるかどうか。「ふれあい芸術祭」のステージはコーラスや歌にとっては非常に不利である。それは反響板が使えず、しかもステージのサイドも開けっ放しなのだ。だから音が散ってしまうのである。それでも我慢してステージに立つしかない。

 平均年齢76歳ぐらいの高齢コーラスグループだが、結成13年のキャリアをぶつけたい。ぜひ多く方に聴きに来てほしい。入場は無料である。随時出入りができる。

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2019年10月12日 (土)

結局諦めた「表現の不自由展」

 「表現の不自由展」が再開されてからどんなものかこの目で確かめたいと思っていた。でも毎日何か用があって会場へ行くことができなかった。新聞でどうやって入場券を買うのか、入場券はいつ、どこで買うのか調べたがそういう記事はなかった。ただ抽選があるということや誓約書をかかされることや時間に制限があることなどしか分からなかった。

 11日に暇ができたので12時ごろ家を出て栄に行った。オアシスに行くと市のインフォメーションセンターがあった。試しにそこで聞いてみようと思って入った。

 幸いというか、他に客はなく係の女性が3人いた。不自由展のチケットはどこでかえばよいのか尋ねたら、「ここで買えます」と言った。いくらか尋ねたら、トリエンナーレの1日券を買えばよいと言った。別の人が「抽選があります」と言った。

 私は「不自由展のチケットはないのですか」と再度尋ねたら、「トリエンナーレの券が必要です」と言った。1日券は1600円だという。「ほかのイベントも見ることができますよ」と言った。

 1時近くになっていたし、暑い日で身体が怠かったので「表現の不自由展」だけを見たかった。「1600円は高いですね。不自由展だけを見られるようにすればいいのに」と言ったら一人の人が頷いていた。

 不自由展は再開をしたが、実に不自由な展覧会だ。展覧会というのは時間中はいつでも自由に入れて好きなだけ見られるべきだ。それなのに入場人数を制限し、入場時間を制限し、誓約書までも書かせる。せめて「表現の不自由展」だけの入場券を作ればよいのにそれもやらない。何というやり方だと思った。1600円払って券を買っても抽選で外れる確率が高いなんて馬鹿げている。芸術の冒涜である。見たい人がたくさんいるのだから券を売って抽選なしで必ず見られるようにすべきだ。

 再開したから表現の自由は守ったなどととてもいえたものではない!

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2019年8月25日 (日)

クリムト展

   5月に東京へ行ったとき上野の西洋美術館でクリムト展をやっていたが見損なった。残念に思っていたら7月から豊田美術館に来ることがわかった。主催は朝日新聞であった。我が家はずっと朝日新聞を購読しているので、販売店に招待券を欲しいと言ったらくれた。8月31日までの期間限定の招待券であった。早くいかなけらばと思っていたが、暑い日が続いたり、いろいろとやることがでてきたりでなかなか行く日がみつからなかった。

 23日に雨がぱらついていたが思い切って行くことにした。ネットで豊田美術館への行き方を調べたがわからなかった。名古屋からは地下鉄鶴舞線で行けるはずだと思っていたが、地図で見ると名鉄三河線とJR線しか載っていなかった。

 とにかく鶴舞線で豊田市駅まで行ってそこで行き方を聞こうと決めた。9時7分御器所発の電車に乗った。豊田市駅には40分ほどで着いた。駅に着くとホームの反対側に名鉄三河線の赤い電車が入ってきた。それで納得した。ここで三河線になるのだ。それならそれで何故地下鉄で行ける豊田市駅をネットの地図に表記しないのかと思った。

 駅で名鉄観光の女性に美術館への行き方を尋ねた。まっすぐに行けば表示が所々にあることが分かった。美術館方向を示す矢印に従って歩いて行った。大変親切に表示されていた。左手に松坂屋があるところで左折して階段を下りた。今度は地面に美術館の方向の表示があった。美術館までは表示を見ながら歩いて行ったが、100mごとに表示があった。

 美術館は駅からとても遠かった。近くに来たら名鉄三河線が走っていてそれに沿って行ったが、急な坂道で歩くのが大変であった。後ろから来る人に何人も追い抜かれた。10時開館にぎりぎりで着いた。もうたくさんの人が来ていた。

 入館すると音声ガイダンスを借りた。500円だと思ったら550円だった。高いと言ったら今回は550円値上げだと言った。

 展覧会は第1章が「クリムトとその家族」、第2章が「修業時代と劇場装飾」、第3章が「私生活 Klimt's Women and Children]、第4章が「ウイーンと日本1900」、第5章が「ウイーン分離派」、第6章が「風景画」、第7章が「肖像画」、第8章が「生命の円環」というように8章に分けて展示されていた。

 第2章では、クリムトが描いた少女の像が初めにあったがその精密な写実的な絵を見てクリムトは非常に優れた技法を身に着けていたことが分かった。その続きに真っ裸の男性裸体像が3点あった。男性のペニスをあからさまに描いた絵は初めて見たが、わいせつ物展示にひかからないのかと思った。非常にリアルな絵であった。

 クリムトは絵画の技法が高く評価されていたので、劇場や王室からも依頼があり、緞帳を作ったり、王妃の寝室の絵を描いたりした。また父親が彫金師であったので、彫金もできたからサチュロスとニンフという彫金の作品もあった。

 クリムトは生涯結婚をしなかったが、周りには常に多くの女性がいて、なんと14人もの子供を作っていたそうだ。モデルの女性も子供を産んだ人が何人かいたようだ。妊婦の絵も描いているがアトリエにはそういう女性もいたらしい。彼は「自分には関心がないが、女性が好きだ」と言っている。晩年といっても55歳で亡くなっているからまだ若いが、「生命の円環」にまとめられているように、生や死に関心をもったようだ。亡くなった老人の顔や女性の顔などを描いている。

 風景画を描くようになったのは、田園に避暑に行くようになってからで、印象派のような風景画を描いている。ウイーン分離派を作ってからはよりも自由な発想の絵を描いている。正方形の中に描かれているのが特徴のようだ。

 万国博覧会を機にジャポニズムが欧州で関心を持たれたが、クリムトの絵にもその影響と思われるものがある。金を使ったり、着物の柄のような模様や浮世絵風のデッサンなどがあった。

 肖像画の傑作は「オイゲニア・プリマフェージの肖像」だと思われる。右手に男の生首を持ち、左の乳をはだけて満足そうな眼付をしてながめている。ポスターに使われている肖像だ。

 クリムト展を初めて見たが、彼については何も知らなかった。多彩な活動をした優れた画家であることを知った。豊田美術館という不便なところへウイークデーに次々に来る人を見てその人気ぶりが分かった。土曜日曜を避けて行ったのに大変な混雑で意外であった。

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2019年8月 5日 (月)

トリエンナーレ「表現の不自由展・その後」が見られなくなり残念

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が75日間の予定がたった3日で見られなくなった。河村市長が抗議をしたという新聞記事を見たときすぐに見に行けばよかったのだが、あいにく他用があって行けなかった。次の日の新聞には一面トップニュースとして、テロ予告や脅迫が相次いで中止になったと出ていた。

 電話やメールによる抗議や脅迫は、1千件以上あったという。中には京アニ事件に悪のりしたガソリンを撒くというファックスまであったそうだ。こうした抗議や脅迫は、そうすることを楽しむという連中も結構いるのではないかと思った。

 抗議の対象は不自由展のどの展示なのかは新聞では分からないが、記事から推察すると、韓国の慰安婦を表現した少女像や作品に憲法九条を守る趣旨の紙をつけて東京都美術館から撤去を求められた作品、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像などのようだ。

 こうしたことから考えるとネトウヨやそれに類する人たちの起こした抗議・脅迫のように思われるがどうであろうか。それにしてもこうした展覧会が脅迫によって中止に追い込まれるというのは残念でならない。

 見る機会を失ったので展示内容のことは全く分からないが、各地公共施設で展示できなかった作品を集めて「表現の不自由」を考えてもらおうというのは良い企画だったと思う。それを気に食わないからと脅迫でやめさせるというのはまさに表現の自由が危機的状況に来ていることを示唆している。

 日本ペンクラブの「同感であれ、反発であれ、創作と鑑賞のあいだに意思の疎通し合う空間がなければ、芸術の意義は失われ、社会の推進力たる自由の気風も萎縮させてしまう」という声明に賛成ある。声明は河村名古屋市長が展示中止を求めてことについて「行政に要人によるこうしたはつげんは政治的圧力そのものであり、憲法21条2項が禁じている『検閲』にもつながる」と指摘しているがもっともである。

 見る機会を閉ざされたことが非常に残念でならない。

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2019年7月19日 (金)

狂言を見た

 7月15日に名古屋能楽堂で也留舞会の狂言の会があった。知人の吉村さんが出るので見に行った。 午前10時半から午後6時までの長い会であった。私は11時20分ごろ会場に入った。

  1部と2部に分かれていて、1部には小学生や中学生や高校生なども出演していた。そのせいか観客に子供の姿が見られた。  子供たちが演じたのは「いろは」、「しびれ」を「痺」、「梟山伏」、「口真似」などであった。みんな一生懸命演じていた。高校生になるとさすがに上手であった。

  吉村さんは狂言小舞「蝉」を語りながら舞った。 第一部は1時20分ごろに終わり2時まで休憩であった。休憩が長いのでもてあました。

  第二部は会場がほぼ埋まるほどたくさんの人が入った。私も第二部から見に来ればよかったと思った。

  「腰祈」、「太子手鉾」、「不見不聞」、「盆山」、「さっか」「鐘の音」、「因幡堂」、「隠狸」まで見て遅くなるので後はみなかった。

  吉村さんは隠狸を師匠の野村又三郎さんと演じた。「太郎冠者のたぬきがりの噂を聞きつけた主人が、早速問いただすが、太郎冠者は白のと言って答えない。そこで主人は一計を案じて、酒をたっぷり飲ませる。そして歌や舞を踊らせ腰に下げていたタヌキをとってしまう。

  コミカルな演技で酒によって踊る様子をうまく演じていた。又三郎さんは、さすがに師匠だけあってすばらしい発声であった。

  狂言は、舞台装置が何もなく、言葉で描いていくので、見ているほうは想像力を働かしてみなければならない。また、真面目に演じて面白さを出すので、独特のナンセンスコメディだ。

  さつかは面白そうな表現だと感じたが、残念ながら言葉が聞き取りにくくて内容が掴めなかった。聞き取れるように発声すべきであろう。

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2019年2月 4日 (月)

昭和区「区民ふれあい芸術祭」

 昨年昭和文化小劇場のこけら落としで「区民ふれあい芸術祭」が開かれた。今年は2回目である。区内で音楽や舞踊の活動をしているグループにとって発表の場があることは有難い。 

 「区民ふれあい芸術祭」は下記のちらしのように午前10時から午後18時半まで長時間である。

 私が所属する「昭和男爵コーラス」も出場することになった。時間は午後の15時40分ごろの予定である。

 曲目は、「アカシアの花」「北上夜曲」「この素晴らしい愛をもう一度」「あの鐘を鳴らすのはあなた」の4曲である。

 会場の昭和文化小劇場は地下鉄川名駅下車2番出口徒歩2分。

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2018年6月 9日 (土)

名古屋ボストン美術館へ行ってきた

 2月18日~7月1日まで名古屋ボストン美術館で開かれている「GREATE COLLECTORS:BOSTON展」へ行ってきた。

  名古屋ボストン美術館は閉鎖されると聞いていたので、この展覧会が終わると閉鎖だと思っていたのだ。ところがこの後開かれる「ハピネス」が最終展だと分かった。「ハピネス」は7月24日~10月8日までだ。それで前売り券を1100円で買った。

  本家のボストン美術館はボストンにある。私はボストンに行ったときボストン美術館には是非行きたいと思って行ったのだ。ロダンやゴッホなど馴染みの作家のもの以外に、日本の浮世絵やエジプトの出土品などが豊富に展示されていたのを思い出す。

  名古屋ボストン美術館はボストン美術館の収蔵品から選んで持って来て展示するのだ。今年で20年になるというが閉鎖されるのは残念である。

  今回は全部で80点の作品が展示してあった。GREATE COLLECTORSというのはエジプトや中国や日本などで美術工芸品を集めた人のことで、精力的に収集して米国に持ち帰ったのだ。

  資金も大変だと思うが、江戸末期ごろに船で運ぶのも大変であっただろうと思った。今と違って船も動力も小さかったから途中で事故にあったらどうしようもない。

  私は音声ガイドを借りて見て回ったが、時間があったので説明を全て読みながら見て行った。それで全部を見るのに2時間半もかかってしまった。疲れたがよい時間を過ごせた。

  展示は古代エジプト美術から始まった。ボストン美術館には何万点ものエジプト・スーダンなどの出土品があるそうだ。大英博物館に行ったとき膨大なコレクションがあり驚いたが、エジプトの貴重な遺産が国外に行っているのだ。

  エジプト関係はメンカウラー頭部、ツタンカーメン頭部など11個であった。エジプトにも行ったことがあるのでそれを思い出しながら見た。

  次は、中国美術でボストン美術館が中国美術に関心を持ったのは大徳寺の五百羅漢図がボストンに行ったことがきっかけのようだ。

  陣容の九龍図巻という大作や周季常の観舎利光図など6点であった。

  次が日本美術で英一蝶の涅槃図や曽我蕭白の風仙図屏風、飲中八仙図、歌麿の三味線を弾く美人図など15点であった。

  4番目がフランス絵画で、ミレーの編み物の稽古、ブドウ畑にて、モネは睡蓮など4点でルーアン大聖堂は初めて見る描き方の作品であった。シスレー、コロ、セザンヌなどが続いて、最後はゴッホの郵便配達人とその奥さんを描いた子守唄ゆりかごをゆらすであった。ゴッホは異彩を放っていた。

 私は英国、ニューヨーク、ボストン、フランスなどで印象派の作品をたくさん見た。親しみやすい画風である。

 5番目はアメリカで12作品。アメリカの画家は馴染みがないが、なかなかの力作があると感じた。

 6番目は版画と写真で、エッチングの小品が多かった。

 最後は現代絵画で5点。日本の村上隆「If the Double Helix Wakes Up・・・」緑や青を使った抽象画の大作であったが、私はこの作家を知らなかった。

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                 飲中八仙図 中央の掛け軸は釈迦の涅槃

        対照的に扱っている

 

 

 

 

 

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