文化・芸術

2009年11月 7日 (土)

落語論―堀井憲一郎著―を読む

 私は、落語が好きで、東京に行くと必ず寄席に寄って落語を聞く。新宿末広亭など昼席もしくは夜席でも色物を交えてかなりの長い時間楽しめて料金も安い。

 名古屋で落語を聞こうとすると、数千円はする。だからなかなか聞きにはいけないので残念である。

 先日、図書館に行ったら、新刊書の書架に「落語論」(堀井憲一郎著、講談社新書)を見つけた。面白そうなので借りてきた。

 読み始めてみるとユニークな落語論であることがわかった。いきなり落語はライブとして存在すると言うのだ。

 引用する。

 「言葉は落語の一部にすぎない。

 落語について語る。

 落語とは、ライブのものである。

 会場に客がいて、その前で演者が喋る。それが『落語』である。

 場。客。演者。

 このどの要素が落ちても落語は成立しない。それが落語なのだ。」

 オチまでついている。それはともかく私も賛成である。落語はやはりライブがいちばんである。もちろん音楽だって演劇だってライブがよいに決まっている。でも、落語はライブであるべきだということを思っていない人が意外に多いように思う。

 子どもの頃は、粗末な真空管式ラジオで落語を聞いたものだ。その頃、有名な落語家であった、柳昇、円生、文楽、志ン生、金馬、歌笑・・・・。いろいろな落語家の落語をラジオで聞いて楽しんだ。田舎に住んでいたし、ラジオしか聞く手段がなかったのでから仕方がない。

 テレビなら演者の仕草を見ることはできるが、ラジオだから演者の仕草を見ることができない。それでも噺しぶりや落語の筋(著者は落語にはストーリーはないというが)が楽しかった。

 大人になってたまに落語をライブで聞く機会があると、楽しさは格別であった。だから落語はライブであるべきだという論には納得するのだ。

 寄席に行くと、めくりがあって、縁者の名前だけが書いてある。いつも不思議に思ったいたが、落語というものは、演者が高座に上がって、その日の客の様子を見て、何を話すかを決めるのだとどこかで聞いて知った。

 この本によると、落語の題名なんてないのだという。前の人が何をやったかを後の演者が知るために適当に名前をつけてあるだけだという。演題は符丁だというのだ。なるほどと思った。

 落語には正しいテキストはないということも初めて知った。「・・・・のような噺」があって、それに演者が脚色をするもののようだ。だから演者によって噺が異なっている。古典落語とはそういうものだのだそうだ。

 登場人物のキャラクターというのもないのだという。言われてみればそうかもしれないと思う。これも演者が好きなように脚色するのであろう。

 落語にはたいていオチ(下げ)がある。でも、これも重要なものではないのだという。客に終わったぞという合図なのだそうだ。まあ、オチがあると余計に面白く感じるように思うのだが。

 「目の前にいる客を何とかしたい、という気持ちが落語そのものなのだ。」だから落語を聞かせられるのはせいぜい100名から200名か適正な人数だという。「この人たちをどうにかしたい、という気迫と意識が落語をいろんな形にしていく。その落語家の発する"気”をどれぐらい受け取れるかが、落語のおもしろさなのだ。」と書いている。

 林家三平などはその”気”だけでもっていたのかもしれない。それにしても”気”を受け取るのだとすればまた落語の聞き方も違ってくると思う。

 ここまでは、まだ第1章の範囲である。この後の落語論を読むのが楽しみである。 

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2009年10月26日 (月)

初めて詩吟の吟詠大会を聴く

 10月25日(日)に名古屋の芸術創造センターで曾山流樹徳吟詠会、柳光会第五回吟詠大会が開催された。

 名古屋華マジカルグループのMさんが出演されるので見に(聴きに?)出かけた。私は、詩吟とは縁がなくこれまで直接詩吟の吟詠を聴いたことはなかった。もちろんドラマなどで吟ずるのを聴いたことはある。

 大会は午前9時45分から始まったが、メインは午後だということで昼から出かけた。新栄駅出口でHさん待ち合わせた。劇場に入って行くと花が所狭しと飾られていた。丁度記念式典が始まったところであった。運よくいい席が空いていて座れた。

 壇上には左側に女性の先生たち、右側には男性の幹部やベストが並んでいた。来賓挨拶などは関係がない者には退屈であった。

 セレモニーの後、青年部の吟詠で始まった。若い人でも詩吟をする人がいることに驚いた。

 その次は、各段位の優勝者が吟詠をした。

 その後は、総本部上席師範吟詠、来賓吟剣詩舞と続いた。詩舞や剣舞もあった。筑前琵琶も詩吟の中に入るとは知らなかった。旭光会会長、副会長が吟じた。

 一番のメインは、唐代の詩人白楽天の詩を構成した構成吟であった。ナレーションがあり、白楽天の事跡を辿りながら詩が吟じられた。平安時代日本に大きな影響を与えたということで、それに関連した和歌が吟じられた。

 男性によって、西行法師の

「なげけとて 月やはものをおもわする かこち顔なる わが涙かな」

 平安朝の女性に扮した女性二人が、大江の千里の

「月見れば ちじにものこそかなしけれ わがみひとつの 秋にはあらねど」

をそれぞれ吟じた。女性のひとりがMさんで堂々と美しく吟じていた。

 今回、詩吟なるものを初めて聴いた。尺八と琴による伴奏がうまくあっていて心地はほいのだが、どの吟詠も同じような節回しに聞こえた。

 口を大きく開けて、腹の底から朗々と吟じているので健康にはとってもよさそうだ。

 詩吟をいうのは、日本で発達した文化だと思うのだが、それだけに級とか段位とか師範とか家元とかいろいろあるようで、華道や茶道の世界と似ているようだ。

 Mさんのお陰で詩吟を直接聴くことができ、日本文化のひとつに触れることができたのはよかった。

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2009年10月25日 (日)

パイプオルガンとメゾ・ソプラノによる「聖母賛歌」

 10月24日(土曜日)18時から、中村区岩塚の五反城教会でのコンサートに出かけた。吉田文さんが演奏するパイプオルガンとメゾ・ソプラノ歌手のアグネス・エルケンスさんの独唱での「聖母賛歌」であった。

 17時半ごろ、岩塚駅②出口に出たが、高速道路の高架があっても方角が全くわからなかった。街頭に地図があった。西洋人が見ていた。私も教会を探したが地図には載っていなかった。そこへ男の人が来て、「教会は行くのですか?」と声をかけてくれた。その人も教会に行くのだと言った。その人についていった。

 教会に入ると、まだ数人しか来ていなかった。でも、6時近くになるとかなりの人が入った。面白いことに女性より男性の方が多かった。

 定刻より5分遅れて始まった。最初に吉田さんからコンサートの説明が10分ほどあった。

 6時15分にパイプオルガンの演奏から始まった。バッハの「私の魂は主をあがめ」だ。荘厳な響きが鳴り渡った。

 次いで、バルコニーでメゾ・ソプラノの歌がアカペラで歌われた。

 3番目は、高田三郎の「雅楽の旋法による聖母賛歌」で歌とパイプオルガンで演奏された。ちょっと変わった演奏であった。

 4番目は、バルコニーで、ピンゲンのヒルデガルト マリアへの賛歌がアカペラで歌われた。この歌は11世紀のものであった。メゾ・ソプラノの歌声が教会の天井に反響して如何にも教会で歌ったという響きであった。

 5番目は、アルフォンソ10世(13世紀)の聖母マリア頌歌集より、であった。オルガンと歌であった。

 最後は、現代の作曲家トーマス・マイヤー・フィービッヒのアヴェ・マリス・ステラであった。これは7部に分かれていて、殆どが、アカペラとオルガンが交互に演奏された。パイプオルガンの部分の曲想は如何にも現代音楽という感じであった。

 歌手のアグネス・エルゲンスさんは直立で歌ったが、きれいな声の持ち主でメゾ・ソプラノということもあり、聴きやすかった。

 コンサートが終了したのは、19時30分であった。

 次回は、11月8日に同じ五反城教会でコンサートが開かれるが、私は予定があって聴きにいけないのが残念である。

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2009年10月19日 (月)

東本願寺の至宝展を見る

 10月25日まで、名古屋の松坂屋本店7階にある松坂屋美術館で開かれている「東本願寺至宝展」を見てきた。

 日本人は、こういうものに関心がある人が多いので入場者は次々と来ていた。最初の部分は、親鸞など本願寺の高僧の画像の掛け軸などがあった。

 ほとんどは大きな襖絵であった。狩野元信の「唐人物・花鳥図」円山応挙の「桜下亭襖絵・老梅図」などであった。円山応挙の作品はいくつか展示されていた。他には望月玉泉の「安養六種図」のような孔雀を描いた襖絵もいくつかあった。

 東本願寺は創建以来4度も火事で消失していて、現存のものは明治になってから建造されたものだという。全焼しているのでそれまでの襖絵とか仏像とかはほとんど残っていないようだ。

 再建のとき、襖絵を担当した京都の日本画各派の作品が展示されていた。

 最後の部分には、棟方志功の襖絵もあったが、前衛的抽象画で驚いた。いいのかどうかの判断はできなかった。棟方の作品では天女図が一番いいと思った。

 他には、徳川慶喜や家茂の写真と関わりを示す資料があった。

 東本願寺は徳川家康が江戸に幕府を開く前年に建てられたが、家康の寄進によるところが大きかった。家康は、日本統治の政策の一環として本願寺の後ろ盾になることが有利になると判断したに違いない。

 東本願寺は焼失の度に幕府などの支援により再建している。そして、現存のものは世界最大の木造建築物を誇っている。

 展示物の中に山奥から木を切り出して運んでくるようすを描いたものがあったが、大変な人数を使ったことがわかる。

 ローマ法王庁も東本願寺もミャンマーの黄金寺もすごい伽藍を誇っているが、宗教の精神からいうと首をかしげざるを得ない。

 本願寺の襖絵は芸術としては見るべきものがないとは言えないが、そうしたものが大きな宗教や時の権力の庇護のもとに作られたものである点にも思いを致すべきである。

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2009年10月15日 (木)

合唱のコンサート―昭和生涯教育センター祭り―

 10月31日(土)と11月1日(日)に、昭和区御器所の近くにある昭和生涯教育センターでセンター祭り(自遊ランド)が開催される。センターを中心に活動しているさまざまなグループが発表会や展示会をする。

 11月1日(日曜日)には、私たちの昭和男爵コーラスと女声コーラスのスイート・ポテトがジョイントでコンサートを開く。

 時間は、10時半から、女声コーラスのスイート・ポテトが合唱を披露し、11時から我が昭和男爵コーラスが歌うことになっている。

 スイート・ポテトは歴史が長く24年ににもなると聞く。昭和男爵コーラスは結成2年余で、センター祭りへの参加は3回目である。

 男爵というと偉そうに聞こえるが、本当は”男爵芋”のことである。先輩のスイート・ポテトがあるので男爵芋なのだが芋は外に出さずに男爵を名乗っているのだ。

 もともと昭和生涯学習センター主催の「50歳からの男声合唱隊」という短期講座があり、その修了者の有志により結成されたものだ。

 そういう訳で団員は合唱経験のない人が多かった。そのうち合唱経験が豊かな人たちも参加して現在に至っている。

 毎月2回の定期練習と1回の自主練習をしているが、この2年余で多少は進歩したのではないかと思っている。

 この間、「ふるさとメドレー」「千の風になって」「灯」「眠りの精」「春を待つ」などなどいろいろな曲を練習してきた。

 今回発表するのは、次の曲である。

◎ブラームスの子守歌(日本語・ドイツ語)

◎アヴェヴェルム・コルプス(モーツアルト)

◎ヴォーカリーズ

◎高原列車

◎出船

◎遥かな友に

 さて、いかなるハーモニーになるか。乞う、ご期待である。

happy01写真は、昨年のセンター祭り出演。

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2009年10月14日 (水)

妙心寺―禅の心と美―展を見たけれど

 名古屋市博物館で10月10日から始まり11月23日まで開かれている「妙心寺―禅の心と美」を見た。Yさんが券をくれて一緒に行こうと誘ってくれたのだ。我が家は妙心寺の塔頭の檀家だからという興味もあった。日曜日ということもあってか参観者は非常に多く驚いた。

 展覧会は、2部に分かれていて、第1部は妙心寺開山から分派するまでの9代の高僧の画像と印可状と彫刻の坐像が中心であった。第2部は足利将軍や信長、秀吉、家康などの武将との関係を示す肖像画や江戸時代の白隠禅師の描いた仏画や書状などであった。

 有名なものとしては、瓢鯰図や長谷川等伯の寒山拾得、狩野探幽の障壁画、川合玉堂の描いた天井画の雲龍図などがあった。

 タイトルには、「禅の心と美」と記されているが、この展覧会を見た感じではとても禅の心と美を知ることは出来ないと思った。妙心寺や関係した寺に保存されている画像や仏像などを集めて展示しただけという印象であった。

 例えば、印可状の現代語訳が付されていればいいのだが何もなかった。彫像にしても木像なのかどうなのかの説明もなかった。

 禅の心を知るには、「公案」とそれについての解説でもあればいいのだがそれも無かった。

 不思議なのは、禅とは関係が無いはずの阿弥陀如来像や大日如来像などがあったことである。

 開山の関山慧玄は、雨漏りがするような貧乏寺に住んでいたというが、それが花園天皇の助力によって妙心寺を開いた。天皇と結びついてその庇護の下に発展したことが分かる。しかし、足利将軍により弾圧され一時は廃寺となったようだ。それを復活させたのも寺領の寄進などによってである。

 現在の妙心寺は京都花園に多くの塔頭を従えて、大徳寺と並ぶ広大なものである。

 禅の心から言えば、そうした建造物やきらびやかな袈裟や仏像などとは無縁のものである。不立文字で主として座禅と公案によって悟りを開くものではなかったか。

 

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2009年9月19日 (土)

尾張名古屋の職人展

 市民の第九コーラスで知り合った深田さんが「尾張名古屋の職人展」のことを教えてくれた。深田さんは、木魚の職人という珍しい職業に従事しておられる。

 職人展は、9月18日(金)から20日(日)まで、栄のオアシスとNHKの広場で開かれている。

 オアシスに行くと、小さなブースが長屋のように並んでいて、それぞれのブースでは職人たちが実演をしたり、製品を展示して説明をしたりしていた。

 ステージがあってそこでは、職人の芸や技術の説明とか実習が行われていた。

 深田さんは、息子さんと交代で実演をするのだ。行ったときは息子さんが巨大な木魚を削っていたが、そのうち深田さんと代わった。

 巨大な木魚は余程大きな寺で使うのだろう。注文が来てからでは遅いのであらましの工程を済ませておくのだと言う。

 弐千円で小さな木魚を売っていたが、叩いてみるととてもいい音がした。カスタネットのように使うといいだろうと思った。

 ドレミファソラシドの音階の木魚が並べてあり、叩いてもよいようになっていた。「靴がなる」を叩いてみたら、一応音階になっていた。

 帽子屋組合のブースで1000円の帽子を買った。建築組合、建具組合、曲げ物組合ではまな板を売っていた。建具組合のまな板を買った。500円であった。

 額屋のブースでは色紙額が1000円と安かった。

 名古屋扇子のブースでは扇子を作ってもらうとどのくらいかかるか尋ねた。

 驚いたのは、名古屋がランドセルの生産地であることであった。 伝統工芸なので大体が日本の物の中でランドセルが珍しかった。

 名古屋を中心にしていろいろな伝統工芸があることがわかった。この展覧会は今年で16回目を迎えたという。

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2009年9月13日 (日)

レオナール・フジタ(藤田嗣治)展を見た

 名古屋の松坂屋で13日まで開かれている、「レオナール・フジタ展」を見に行ってきた。前にmaronさんのblogで知って、見に行こうと思っていてうっかり忘れていた。10日は涼しい日だったのでこれ幸いと出かけた。

 藤田嗣治を有名にした「素晴らしき乳白色の地」の絵が何点かあったが、いずれも独特の色で表現したもので、本当に素晴らしいと思った。乳白色の裸婦が息づいていた。

 藤田嗣治は、いろいろなものに凝ったようで、アトリエのミニチュアなど本物を縮小した精巧なものである。また、自分で使うための陶器も制作しており、ユーモラスな絵が描かれた物が多くあった。

 展示の後半は、藤田が建てた「平和の聖母礼拝堂」の建設に至るまでの詳細であった。建設の準備の様子がよくわかったが、そこでも彼が壁画だけでなくステングラスや屋根の風見鶏、門扉まで全てに亘ってきちんと準備をした様子が伺えた。

 藤田はそこに眠っていると映像が伝えていたが、幸せであろう。

 彼は生涯に5回も結婚をしており、4回は西洋女性で、しかも、ユキを呼んだ女性は色が白くて美女であったようだ。男からみれば羨ましいと思う。最後に結婚したのは日本人で私が生まれる前に結婚し最後まで続いた。その君代夫人は今年の4月に亡くなられたそうだが知らなかった。

 この展覧会の目玉は、「構図」「争闘」という作品である。1992年にフランスのオルリー空港近くの倉庫から発見された大作で、相当傷んでいたのをフランスの美術修復のエキスパートたちが見事に修復したものだ。

 筋骨逞しい男性や女性が格闘する絵などが縦横3mの大きなカンバスに乳白色で描かれている。そのデッサンも何点かあり、東大寺の仁王像の筋肉を髣髴とさせた。

 今回この幻の作品が再び日本で公開されたのはよかった。

 藤田嗣治は、絵をかく技量がすぐれているし、宗教画から静物、人物まで素晴らしい才能を発揮している。

 私が、気に入ったのは、3人の裸の女神を描いた「優美神」で、丹沢をイメージした遠景、足元には百合などの花が咲き、肢体の美しい美女が描かれている。この作品を見ると、人物、静物、風景の全てを見事に描ききっていることが分かる。

 

 

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2009年9月 8日 (火)

どこが面白いのか?芥川賞の「終の住処」

 芥川賞受賞作品の磯崎憲一郎氏によって書かれた「終の住処」を読んだ。読み始めて直ぐに何という退屈な描写だろうかと思った。どこかで面白くなるのかと期待して読んだが結局最後まで退屈であった。

 この持って回った描写はどこかで見たことがあると思って記憶を辿ったら、中学校の同級生にませた頭がいい文学志向の奴がいて、私に、書き始めたという”小説”の冒頭の部分を得意げに見せてくれたことを思い出した。

 純文学とはこのような表現をしなければいけないのだと言わんばかりの書きぶりである。

 新婚の頃の妻の不可解な行動、それをいろいろと推察する主人公の心象風景なのかも知れないが、突然に公園の風景が描かれる。

 妻と主人公の母親との仲のよさ、上司との関係、黒いストッキングの女との不倫、娘の誕生、遊園地と観覧車、そしてサングラスの女と不倫や妻が口を利かなくなること、その間の数々の不倫、家を建てること、アメリカ行き・・・などなどのエピソードが唐突に語られ、脈絡がないので読み手を惑わせる。

 例えば、妻と会話をしない11年間であるが、その間娘が成長していく大事な時期と重なる。それなのに彼は妻との関係を修復する努力をせず、不倫にのめりこみ仕事に逃避をする。それでよくも娘がグレずに育ったものだと思う。何ともやりきれない身勝手な生き方としか言いようがない。

 結局、そりが合わない妻と死ぬまで過ごすことを暗示して終わるのだ。「その瞬間彼は、この家のこの部屋で、これから死に至るまでの年月を妻と過ごすことを知らされた。それはもはや長い時間ではなかった。」

  読み終わって、描きたかったことは一体何だったのか、私のような文学音痴には皆目分からず、楽しむこともできなかった。

 それで芥川賞選考委員の評を読んでみたが、例によって短い抽象的な評で、要するに印象としていいとか、よさそうだとか、面白くないとか言っているだけであった。

 文学はもともと非常に主観的なものだから、それでよいのかも知れないが、この難解さを褒めて受賞作とした委員たちは「裸の王様」に出てくる大臣たちと同じだと思った。

終の住処

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2009年8月10日 (月)

あいち平和美術展を見てきた

 国語の研究会の仲間として、長年に亘り一緒に研究を続けて来た船津さんから美術展の案内を貰った。彼は、在職中から油絵を描いている。退職後は時間が出来たので趣味として熱が入っているようだ。

 美術展は「あいち平和美術展」といい、9日まで愛知県芸術文化センターのGギャラリーで開かれた。

 会場に入るといきなり入り口の所に彼の作品があったので驚いた。3点出品していた。多分彼のイタリアにいる娘さん一家を画材にしたものと思われた。一点は娘さんとおぼしき人物の休息。一点はその長男と思われる子ども。もう一点は、ヤギとくつろぐ家族で題名も「家族」である。私はこの家族が一番気に入った。ヤギも家族で人間も家族でみんなで家族を表現していると思ったからだ。

 

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 happy01 絵はクリックで拡大

 

 展示されているのは絵画だけではなくて、写真のコーナーもあり、彫刻も1点だけあった。また、点刻と書も少しあった。

 絵画は油絵の他に水彩画もあり、水彩画の中には野菜や灯台を精密に描いたものもあった。

 力量のある人、まだ未熟の人の絵など入り混じっていたが、それはどうということではない。平和を願うというメッセージを持った人たちが出品しているのだ。

 絵画の中には、ヒロシマの原爆ドームを取り入れたのが何点かあった。また、戦争の愚かさを訴えたものもあった。

 書には、ある従軍慰安婦の言葉とか原爆症認定の短歌などもあった。

 美術や書などを通して平和の大切さをアッピールすることは素晴らしいと思う。

 会場を出ようとしたら、古屋敷夫妻が来たところであった。偶然でしかも船津さんの絵の前であったのだ。彼も同じ国語研究会の仲間である。

 見終わってから、美術館の喫茶室でコーヒーを飲みながら歓談をし楽しいひと時を過ごした。

 私の気に入った作品を少し無断で紹介する。 絵はクリックで拡大。

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2009年8月 4日 (火)

朗読劇「月光の夏」を観て

 名古屋演劇鑑賞会に関係している知人の勧めで、朗読劇「月光の夏」を観た。8月1日の土曜日のマチネーとして、アートピアホールで上演された。

 開場時刻をやや過ぎた頃に行ったが、既に7割ぐらいの観客が入っていた。すぐに満席となったようだ。ただ観客に若い人は少なかったのが残念であった。

 この朗読劇は、原作・脚本が毛利恒之氏、演出が鈴木完一郎氏で、出演は劇団「東演」の男性能登剛、南保大樹、女性が岸並万里子、江上梨乃で、ピアノが根岸弥生であった。

 朗読劇は、実話をもとにしたものだそうで、構成と演出が素晴らしかった。

 演出者の説明も借りながらストーリーを書く。

  ピアノ1台と4人の朗読者によるピアノクインテット「月光の夏」ふたり

 第一楽章は「Largo} 昭和20年の初夏、2人の特攻隊員が突然鳥栖小学校に現れる。彼らはその学校にグランドピアノがあることを聞いてはるばると歩いてきたのであった。一人は音楽学校の学生から徴用された隊員でもう一人は熊本師範学校の学生から徴用された隊員であった。音楽教師の吉岡秀子が応対をした。

 音楽学校学生であった隊員は「明日出撃するので最後に是非ピアノを弾かせて欲しいと頼んだ。吉岡は楽譜は「べトーベンの月光しかない。」と言うと、それでいいからと弾き始めた。その音色は吉岡の心に染みた。隊員は「貴女の心にとどめておいて欲しい。」と言った。

 もう一人は、教頭の命を受けた小学生の歌にあわせて「海ゆかば」を弾いた。

 第二楽章は、ラジオ番組の作家三池の特攻隊員探し。

 二ヵ月後に戦争は終わった。それから45年たち、ピアノは廃棄されることになった。しかし、吉岡秀子はそのピアノを残したいと思い走り回る。そして秀子が語るその重いでは新聞やラジオで報道され、平和の記念碑としてピアノの保存が決まる。地元のラジオ局の石田りえはドキュメンタリ作家の三池安文と共にピアノを弾いたと思われる風間森介元少尉を訪ねる。しかし彼は一切を話そうとしない。

 第三楽章、テンポはAndante。特攻出撃を途中で放棄した隊員を幽閉していた「振武寮」の存在を知り、吉岡秀子と三池は鹿児島県知覧へ行く。そこには特攻平和記念館がある。そこで「月光」を弾いた海野光彦少尉の遺影を発見する。

 第四楽章、Agitato。三池の真摯な説得に遂に風間は自分が特攻隊の生き残りであること、その為に大変な思いをしたことなどを話し、鳥栖小学校でピアノを弾いたのは海野であることを話した。

 風間の母は、彼の遺髪と称するものが届けられたので入水自殺をしていた。戦争はどこまでも酷い。彼は鳥栖小学校を訪れてピアノを弾きたいと言う。

 吉岡秀子は小学校で待っていた。そこに風間が妻を伴って現れる。そして、妻が海野の妹であることを告げるのであった。

 風間が「月光」を弾き始める。

 この劇の中でピアノ演奏が3回ある。海野が弾く場面。風間が認める場面、そして最後の場面である。

 黒い服を着た出演者と黒くて暗い舞台で僅かに光が出演者を浮かび上がらせる。作者の毛利氏は、次のように書いている。

 ”単なる朗読とは違います。ベートーベンのソナタ「月光」のピアノ演奏と<ドラマリーディング>が織り成す、新機軸のライブ・ステージです。

 かつて、ラジオドラマは「心の劇場」と言われました。朗読劇もまた、観客の想像の世界をひろげます。のみならず、人間の息吹が伝わる、臨場感のある生の舞台です。名曲の調べと相まって胸で聴く、心の目で見る、感動のドラマをお届けします。戦争犠牲者の鎮魂と平和への祈りを込めて。”

 知覧基地から飛び立った若き特攻隊員でなくなった人は1036人にもなるという。中には15歳の少年も含まれていた。生きながらえた人と亡くなった人の運命の差は余りにも過酷である。

 先日NHKTVでガタルカナルの戦いを放映したが、それも同じである。生還した者と命を落としたものの差。これこそ戦争の悲劇である。戦争さえなければ、普通の生活をしてそれぞれの生を全う出来た筈なのに、「死は鴻毛より軽し」と平然と言う軍の命令によって天皇のために命を捧げさせられたのだ。

 過去の戦争によって相手国も含めて無数の犠牲者を出した。その事実を忘れないためにも語りつがれなければならない。その意味でもこの朗読劇は素晴らしいものであった。ベートーベンの月光がこのような実話に絡んでいるのをベートーベンが知ったら感無量の思いを抱くに違いないと思う。

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 知覧特攻平和会館

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2009年7月 6日 (月)

南山教会大聖堂でのコンサート

 7月4日(土)に、名古屋市の南山教会大聖堂で、「パイプオルガンと合唱による宗教音楽のひととき」と題するコンサートが開かれた。

 南山教会は八事や杁中に行く途中でいつも通るのだが中に入るのは初めてであった。

 内部は想像に反して丸天井のコンクリートで出来た近代的な空間でヨーロッパ風のカシードラルを想像していたので期待はずれであった。

 祭壇の前に木製のベンチが並んでいた。後ろにバルコニーがあり、真ん中にパイプオルガンがあった。

 合唱隊はバルコニーに並んで歌うのであった。

 コンサートは、18時丁度に始まった。グレゴリオ聖歌 「来たれ聖霊よ」の合唱から始まった。

 ついでパイプオルガン演奏でヨハン・セバスチャン・バッハの「来たれ、聖霊よ」

 J.S.バッハ 「主よ、人の望みの喜びを」(合唱とオルガン)

 J.S.バッハ 「前奏曲とフーガ ハ長調」のオルガン演奏

 シャルル・グノー 「主をほめ讃えよ」Cimg0155_2

 テオドール・デュポワ 「キリストの聖体の祭日」

 モーツアルト 「アヴェ ヴェルム コルプス」 (合唱とオルガン)

 セザール・フランク 「天使の糧」(合唱とオルガン)

 最後はオルガン演奏でレオン・ポエルマン 「ゴシック組曲」

 パイプオルガンは吉田文さん、

 合唱は南山短期大学ヴォックス・アンジェリカ62名、

 指揮は、南山短期大学教授 吉田徳子さん、

 親子の共演であった。

 日本の教会でパイプオルガンを聴くのはこれが2回目で、最初は昨年の秋、中川区の五反城教会で、同じ吉田文さんの演奏を聴いた。

 自分たちもアヴェ ヴェルム コルプスを練習していることもあって、女声がどのように歌うのかと言う興味もあった。モーツアルトのこの曲はきれいなハーモニーで名曲だ。ボーイソプラノに似た歌い方で歌っていた。

 この聖堂は、観客席の後方に演奏場所があるので、音が背後から聞こえるというのが難点だが、さすがに吉田さんのオルガンは聖堂に広がって心地よく響いた。

 我が昭和男爵コーラスからは、ピアニストの先生を入れて8名が聴きに行った。わずか55分程度のミニコンサートであったが、楽しいひとときであった。

 最後に聖霊ホスピタルのホスピスを後援する「ぶどうの会」の大谷会長から支援の要請があった。

 私の知人からその人の知人が最近このホスピスで療養後亡くなったという話を聞いた。とてもよいホスピスであると話していた。

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2009年7月 3日 (金)

宗次ホール・名曲ランチタイム・コンサート

 名古屋の栄にある宗次ホールで、名曲ランチタイム・コンサートを聴いてきた。

「ベーター・ヴェルヒター&加納佐於梨デュオコンサート」で、演目は、

ハイドン 鍵盤トリオ(ヴァイオリンソナタ)第31番 ト長調

シューベルト ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第3番 ト短調

ブラームス ヴァイオリンソナタ 第3番 ニ短調 作品108

 アンコールがクライスラーの小品であった。

 宗次ホールは。初めてであった。11時半から12時半の1時間という短いコンサートであったが、とても充実したひとときであった。

 250席ぐらいの小ホールだが、客席はほぼ埋まっていた。こじんまりとしたいいホールである。

 ベーター・ヴェルヒターは、ウインフィルのメンバーを定年退職した人で、ソリストとして活躍し、プロフェサー称号を授与されたという。

 一番前の席で聴いたので、ヴァイオリンの糸がすれる音やピアノの音がリアルに耳に響いた。

 ハイドンは親しみやすく、シューベルトも明るく、ブラームスはきれいな旋律や激しい部分もあり、それぞれに楽しく聴くことができた。

 今回は、2000円であったが、通常はランチタイムコンサートは1000である。ちょっと昼に楽しむには手ごろだと思った。

http://www.munetsuguhall.com/link/index.php

宗次ホール 私たちの歓び、それは演奏者と聴衆の一体感。

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2009年6月22日 (月)

コンサートの案内

下記のようなコンサートの案内が来ましたので紹介します。私は南山教会には行った事がありませんが、聖堂にはパイプオルガンがあるそうです。私の属する昭和男爵コーラスグループの指揮者やピアニストの先生もお勧めです。

謹啓

梅雨の候、皆様ご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、来たる7月4日(土)18時より、南山教会にお
きましてホスピツ聖霊後援会「ぶどうの会」への後援チャリティー「パ
イプオルガンと合唱による宗教音楽のひととき」を開催するはこびとな
りましたので、ここにお知らせをいたします。
ホスピツ聖霊は2009年に聖霊病院の一つの病棟として新しく開設
されました。このホスピツ聖霊を支援する後援会が「ぶどうの会」で
す。今回は「天使の声」という意味の名前の南山短期大学聖歌隊・
ヴォックス アンジェリカがW. A.モーツァルトの「アヴェ 
ヴェルム コルプス」やグレゴリオ聖歌を歌います他、パイプオルガン
のメインの曲目としてボエルマン作曲の「ゴシック組曲」を演奏いたし
ます。耳慣れた曲目が多く、どなたさまにも楽しんでいただけるひとと
きとなるかと思います。
ご多用のところ大変恐縮ではございますが、皆様お誘いあわせのうえ、
是非ご来臨下さいますよう、心よりお願い申し上げます。


「名古屋オルガンの秋2009」の準備も着々と進んでおります。
チューバ&パイプオルガンのコンサート「死の舞踏」は11月
8日(日)15時に決定いたしました。中世と現代のマリア賛歌を
集めたメゾ・ソプラノ&オルガンは10月下旬に予定いたしており
ます他、11月下旬には加藤典子先生が率いる女声合唱団「かのこ
会」にもご出演いただき、ミサ形式の「祈り」をテーマにした女性合唱
とオルガンのコンサートを予定いたしております。前記の児玉たまみさ
んが語るオルガンとナレーションの為の「アンネの日記」(初演)とも
合わせまして、宜しくお願いいたします。

梅雨寒の日もめぐってまいります。
どうぞ皆様くれぐれもお風邪など召しませんようお気をつけてお過ごし
下さいませ。
謹白
吉田 文



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2009年5月17日 (日)

松坂屋美術館で「エッシャー展」を見た

Escher_taki  名古屋の松坂屋美術館で19日まで開催されている「迷宮への招待・エッシャー展」を見てきた。

 エッシャー(1898~1972)はオランダの版画家で、だまし絵(トロンプ・ルイユ)で有名である。

 長崎のハウステンポスが所蔵する世界屈指のエッシャー・コレクションから80点を選んで展示したものだ。

 エッシャーの絵は多分ハウステンポスに行ったときに見たと思うのだが、有名なだまし絵のことは知っていた。その期待で見に行ったのだが、若い頃の版画やだまし絵でない作品もありエッシャーが素晴らしい版画家であったことに驚いた。

 彼は大変緻密な写実的な写真のような絵を描くのだ。若い頃の昆虫の描写とか自画像を見るとそのことがよく分かる。

 自画像はまるでセピア色の写真のようである。

 それだけ素晴らしい描写力を持っているので、それを駆使して白と黒のコントラストだけで表現する版画も精密を極めている。

 もちろん「方形の極限」のような色を使った版画もあるが、私は、白黒だけの版画に眼を奪われた。

 彼の版画はリトグラフに向いているように思うのだが、板目木版も木口木版も素晴らしい。

 その技術を使って上の「滝}とか「上昇と下降」、「物見の塔」などのだまし絵が描かれた。彼は数学的なものに惹かれたようだが、その遊び心が楽しい。

 大人も子どもも楽しめるためか「少年サンデー」の表紙として紹介されたそうだ。

 コンピュータ・グラフィックスのデジタル画像とは違ったアナログ画像のよさを堪能した。

※下記のURLでエッシャーの作品が見られます

 http://www.worldofescher.com/gallery/

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2009年4月11日 (土)

アクティヴライフと石川美千子さんの「昭和のこどもたち」

 4月9日にナゴヤドームで開催されている「アクティヴライフ」に行った。旅行会社やJRや航空会社や自動車や介護関係や健康用具関係やいろいろな店などのブースがあり、その他にエンターテイメントとして講演会やコンサートも行われる。

 入場料が前売りで800円、当日が1000円で、12日の日曜日まで開かれている。今年は骨董などの店も出ていたのが特徴である。

 しかし、行ってみて、入場料を払ってまで見るほどのものではないと思った。だいたい企業や店などの宣伝が主体なのだから無料にすべきである。

 その他に、入り口が地下鉄の駅から遠くにあり、出口は更に遠いところにある。歩くだけで疲れてしまう。

 その中で唯一よかったのが、石川美千子さんの「昭和のこどもたち」という展覧会であった。

 桐塑という桐粉をもとに作った人形で昭和の前半頃までに全国で見られた生活や習慣や遊びを描いている。悪がきとか子守とか村の結婚風景とか縁先での家族の様子とか様々な場面が実にリアルにまるでその時代のその場に戻ったような感じでつくられている。

 人の肌や指先の皺や眼の動きなど本物のようである。衣服も身の回りの家庭用品なども小さくても本物そっくりに作られている。

 私が見た限りでは、どの一つをとっても、子どもの頃に見たり経験したりしたことなのだ。

 今日まで私は石川美千子という人形作家のことを知らなかったが、こんな素晴らしい仕事をする人がいたことに驚いた。

 確か以前に名古屋の高島屋で、長野県の人形作家(高橋まゆみさん)で農村風景や生活を描いた人の展覧会を見て感銘を受けたことがあるが、その人のと似た所はあるが作風はもっとリアルだと感じた。

 Top_6_post_new_r11_c4 Top_6_post_new_r16_ http://homepage2.nifty.com/syowanokodomotati/index.html

参考 高橋まゆみさんのHP

  http://www.1-light.com/dollart.htm

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2009年2月23日 (月)

歓迎!!韓国で漢字復権

 19日の朝日新聞朝刊8面に「漢字復権韓国沸く」という記事が大きく載った。韓国の一部地域の小学校で漢字教育が復活し、家庭で子供に漢字を学ばせる親も増えてきたというのだ。それを巡ってハングル保守の論者との間に議論が百出しているそうである。

 ハングルのことは殆ど知らないが、印象としては、日本語を平仮名ばかりで文章を書くことに似ている様な気がする。

 以前、韓国を旅行したときに、それまで行ったどの国よりも外国に行った感じがした。それは漢字がなく、英語表記も殆どなかったからである。

 自然の風景はといえば、日本とそっくりなのに、ハングルのために”外国”という印象が強かったのだ。

 昔は、韓国でも漢字を使っていたのだし、一時はハングルと混ぜて使われたこともあると言う。

 同じことは、ベトナムにも当てはまる。ベトナムも中国に支配されていたときには漢字を使っていたのだ。それがフランスの植民地になって禁止されてしまった。

 私は、常々韓国もベトナムも漢字も併用すればよいと思ってきた。そうすれば中国、台湾、シンガポールも含めて一大漢字圏となり、少なくとも旅行者には大変役に立つ。また、彼我の文化を知る上でも多少の助けにはなると思うのだ。

 私は、日本に来ている中国人や韓国人に日本語を教えることが多いが、中国人は漢字が日本語学習の大きな助けになっているのに、韓国人は漢字で非常に苦労をしているのを見ている。

 韓国で漢字が学習され始めたというのはいいことだと思う。

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2009年1月10日 (土)

新年最初の日本語教室で思ったこと

 今日は、愛知国際プラザでの新年最初の日本語教室があった。顔ぶれは2学期とはかなり入れ替わって、新顔が多かった。

 私が2学期に担当した日系ブラジル人は仕事がなくなり正月に帰国したし、一人の韓国人は別のレベルに移ったので、韓国人2人とベトナム人が一人の3人になった。この人たちの日本語のレベルはかなり高い。今日は、新年をどのように過ごしたかを話し合った。

 韓国もベトナムもお正月は旧暦である。日本以外の中国、台湾、タイ(訂正→タイは4月だと指摘がありました

など東南アジアの国もみな旧暦で正月を祝うのがおもしろい。そういえば、ミャンマーだけは確か四月だったが。

 当然、彼らには正月という気分はない。が、正月のことを話し合う中で正月料理について話を聞いて、日本のお節料理は特別だということがわかった。

 もちろん、ベトナムにはバナナの葉に米を載せて、豚肉と特別な野菜を加えて味をつけて、大きな蒸し器で12時間もかけて蒸す料理とがあるし、韓国には、米を固めてそれを包丁で切って汁に入れて煮る料理があるということであった。

 それぞれ独特の料理があるのだが、日本のようなお節料理というほどのものはないという。

 考えてみたら、日本のお節料理は、縁起をかついだところはあるが、海のもの山のものなどバランスよく、健康にもよく、しかも、見た目も大変美しく作られている。いわば芸術作品のようなところがある。

 東アジアで日本だけ新暦の正月なのだが、それだけでなく、料理も独特の伝統料理を継承しているところが素晴らしいと思う。

 今年のお節料理は、報道によると、15万円のものがよく売れたのだという。いったいどんな料理であったか見ておけばよかったと後悔しているが、やはり、それぞれの家庭で手作りの御節料理をつくるのが一番よいと思う。

 それで思い出すのが、故郷新宮のお節料理である。どこの家庭も秋刀魚すし(秋刀魚のことをサイラと言っていた)と白い昆布すしをつくり、大きな皿に盛って3ヶ日食べるのだ。油の少ないサンマをうまく使った熊野ならではの郷土料理である。

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