文化・芸術

2018年6月 9日 (土)

名古屋ボストン美術館へ行ってきた

 2月18日~7月1日まで名古屋ボストン美術館で開かれている「GREATE COLLECTORS:BOSTON展」へ行ってきた。

  名古屋ボストン美術館は閉鎖されると聞いていたので、この展覧会が終わると閉鎖だと思っていたのだ。ところがこの後開かれる「ハピネス」が最終展だと分かった。「ハピネス」は7月24日~10月8日までだ。それで前売り券を1100円で買った。

  本家のボストン美術館はボストンにある。私はボストンに行ったときボストン美術館には是非行きたいと思って行ったのだ。ロダンやゴッホなど馴染みの作家のもの以外に、日本の浮世絵やエジプトの出土品などが豊富に展示されていたのを思い出す。

  名古屋ボストン美術館はボストン美術館の収蔵品から選んで持って来て展示するのだ。今年で20年になるというが閉鎖されるのは残念である。

  今回は全部で80点の作品が展示してあった。GREATE COLLECTORSというのはエジプトや中国や日本などで美術工芸品を集めた人のことで、精力的に収集して米国に持ち帰ったのだ。

  資金も大変だと思うが、江戸末期ごろに船で運ぶのも大変であっただろうと思った。今と違って船も動力も小さかったから途中で事故にあったらどうしようもない。

  私は音声ガイドを借りて見て回ったが、時間があったので説明を全て読みながら見て行った。それで全部を見るのに2時間半もかかってしまった。疲れたがよい時間を過ごせた。

  展示は古代エジプト美術から始まった。ボストン美術館には何万点ものエジプト・スーダンなどの出土品があるそうだ。大英博物館に行ったとき膨大なコレクションがあり驚いたが、エジプトの貴重な遺産が国外に行っているのだ。

  エジプト関係はメンカウラー頭部、ツタンカーメン頭部など11個であった。エジプトにも行ったことがあるのでそれを思い出しながら見た。

  次は、中国美術でボストン美術館が中国美術に関心を持ったのは大徳寺の五百羅漢図がボストンに行ったことがきっかけのようだ。

  陣容の九龍図巻という大作や周季常の観舎利光図など6点であった。

  次が日本美術で英一蝶の涅槃図や曽我蕭白の風仙図屏風、飲中八仙図、歌麿の三味線を弾く美人図など15点であった。

  4番目がフランス絵画で、ミレーの編み物の稽古、ブドウ畑にて、モネは睡蓮など4点でルーアン大聖堂は初めて見る描き方の作品であった。シスレー、コロ、セザンヌなどが続いて、最後はゴッホの郵便配達人とその奥さんを描いた子守唄ゆりかごをゆらすであった。ゴッホは異彩を放っていた。

 私は英国、ニューヨーク、ボストン、フランスなどで印象派の作品をたくさん見た。親しみやすい画風である。

 5番目はアメリカで12作品。アメリカの画家は馴染みがないが、なかなかの力作があると感じた。

 6番目は版画と写真で、エッチングの小品が多かった。

 最後は現代絵画で5点。日本の村上隆「If the Double Helix Wakes Up・・・」緑や青を使った抽象画の大作であったが、私はこの作家を知らなかった。

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                 飲中八仙図 中央の掛け軸は釈迦の涅槃

        対照的に扱っている

 

 

 

 

 

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2017年12月 8日 (金)

謡曲の鼓の発表会に行ってきた

 知人のYさんが狂言や小鼓や太鼓を習っていて、いつも案内をくれる。今回は一番キャリアの浅い大鼓を発表会で演奏するという。

  私は能は余り見たことがない。謡曲となると全く知識がない。今回はどんなものかを知る良い機会だと思って出かけた。

  会場は名古屋城前の名古屋能楽堂で、主催は叶石会であった。土曜日の午前中は日本語教室があるので終わるとすぐに出かけた。能楽堂までは歩いて10分程度である。

  12時半ごろ会場に入った。演奏中なので終るまで待とうかと思ったが、扉を細く開けて覗くと思い切って入った。絨毯が敷きつめてあるので音はしない。

  場内には40人ぐらいの人がまばらに座って聴いていた。小鼓の高い音と大鼓のポンという音や横笛、撥で打つ太鼓が鳴っていて、右手には男の人が4人座って謡曲を歌っていた。

  小鼓と大鼓を打つ人は声を出して叩いていた。歌い手の歌声は独特の低い響きを持った歌い方であった。義太夫などとは全く違う歌い方であった。残念なことに言葉がほとんど聞き取れなかった。

  大鼓と小鼓は気持ちよい響きで、西洋流にいうとパーカッション中心だと思った。大鼓はっ小脇に抱えて右手を思い切り広げてから打っていた。中指に何かはめてあるようで、それで高い音が出るのだろうと思った。小鼓は肩に載せて指で打つようだ。

  知人が出演するのは「紅葉狩」という曲で3時ごろからであった。それまでに次のような曲を聴いた。

 須磨源氏、小督、船弁慶、放下僧、高砂、花筐、江口、千寿、龍田、融。プログラムの曲名の上に「観」「喜」「宝」と書いてあるので観世、喜多、宝生のことだと分かるが、その違いは全く分からない。しかも横笛や撥太鼓を演奏する人がいずれも担当するのだ。

 門外漢の私には3時間聴いたら疲れた。最後の方にプロの演奏があることはわかっていたが、会場を出た。それでも知らなかった世界を覗くことができたのはよかったと知人に感謝している。

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                      紅葉狩
                

 

 

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2017年10月17日 (火)

トランプは米国のユネスコ脱退を決めた

 13日のNHK朝のニュースを聞いて驚いた。アメリカ・トランプ政権は12日、ユネスコ(=国連教育科学文化機関)から脱退すると発表したのだ。国際社会からは失望の声が上がっているというがそれは当然の反応である。

 ユネスコは国連の機関の一つで、世界遺産の登録などを行っている。トランプ政権は声明で、脱退することをユネスコ側に伝えたと発表した。脱退の理由は、同盟国のイスラエルに対する「偏見が続いている」ことなどだ。

 トランプ大統領の長女イヴァンかさんの夫がイスラエル人でユダヤ教徒である。それでイヴァンカさんも結婚を機にユダヤ教に改信したのだそうだ。

 ユネスコがこれまでどのように反イスラエルであったのかは分からない。例によって感性的な印象批評の発言である。

 アメリカはこれまでに600億ドルにものぼるユネスコ分担金を滞納したきたというのだから、昔からユネスコには非協力的であったのだ。

   アメリカ国務省・ナウアート報道官「我々は、ユネスコの改革を求めていて、反イスラエルの姿勢は終わらせないといけない」と語った。正式な脱退は来年12月31日付で、以降はオブザーバーとして関与するという。 

 これに対しユネスコは、「誠に遺憾だ」とする声明を発表、「多国間主義にとって損失だ」と失望感をあらわにした。 国際社会からの孤立を恐れないトランプ政権の姿勢が、改めて示された形である。

 トランプ大統領は元々反イスラムで、イスラム国からの入国を制限したり、厳しい対応をしてきた。オバマ元大統領など民主党政権はイスラエルとパレスティナの和解を取もとうとしたが、トランプ大統領はイスラエルをバックアップしている。

 今回のことでも、イスラエルはユネスコから脱退すると宣言した。ユネスコ活動はこれからどうなっていくのだろうか。

 

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2017年9月26日 (火)

第8回アジア文化芸術祭(特別ショー)を観た

 9月21日に、「ウインクあいち」で開催された第8回アジア文化芸術祭(特別ショー)を観た。特別ショーというのは、今回はスリランカの舞踊団だけの公演だからであろう。昨年までは日本の舞踊団なども出演していたからだ。

  出演したのは、スリランカの最高峰の舞踊団、「チャンナ ウィジェワルダナ・ウプリ パニバハラタ(チャンナ・ウプリ舞踊団)であった。この舞踊団はこれまで世界70か国で公演をし大絶賛を浴びて来たという。

  キャンディやサバラガムワ等の各地方の伝承する伝統舞踊を下敷きに、独自のダンスを創造したという。それらを構成するのがボディ・ランゲージで、女性の肉体を形作る三つの曲線「トリバハンガ」で美しく表現される。衣装も身体の美しさを見せるすてきなものであった。

  たしかに踊りは手や腕の動きを中心にしてしなやかにリズミカルに表現され、顔や目の表情と共に美しい。仏教国だけに掌を身体の前に合わせる仕草など仏教との関係を感じさせた。タイやベトナムなどの舞踊とは異なった動きが印象的であった。

  踊りは横長の太鼓を手でたたいて出す音とリズムに乗って踊られるのが特徴である。ドラム音はリズムを作るだけでなく、悪い予兆を消し環境を整えて、神を歓迎し8つの惑星の祝福を呼び起こすと信じられているそうだ。この太鼓の音とリズムが体と心に響いた。

  プログラムによると、スリランカの伝統的な踊りは、「ラウキカ」と「ワイディカ」の二つがあり、「ラウキカ」は観客を楽しませるための踊りであり、「ワイディカ」はヒーリングするために踊るのだという。

  今回の踊りの大半はヒーリングをするための「ワイディカ」が踊られた。 

  ◎マスクダンス 悪魔祓いの精神療法の一つ。よりきれいな環境を作ることで

            病気から身体を守る。

 

 ◎祝福と静けさ 多くの病気は、しばしば不潔な心の状態に起因する。仏教の

            精神を尊重し仏陀の祝福をもとめることで心を浄める。

 

    踊手の親指は火、人差し指は空気、中指はえーてる、薬指はアース、小指は水。右手は太陽、左手は月を表すという。

 

 ◎パーサラバ  シンハラ語で「足の位置、位置ずけ。運動」と呼ばれる足の動

            きから始める。足を使って地面を打ち、骨盤、胴体、手足、頭

            のためのさまざまな身体の動きで神経システムと圧力ポイン

            トを活性化する。

  ◎チャクラ    チャクラは、人間の中でポジチヴなエネルギーを生成し、陰

            と陽とのエネルギーを平衡させる、背骨に沿って位置するエ

            ネルギーセンターである。精神的プラナの流れを促す。その

            チャクラを目覚めさせる踊である。筋肉を強化しながら、血液

            循環、呼吸、心臓の働きを改善する。

  「ワイディカ」の踊りは健康や病気に関係があるのを知って驚いた。

  後半では、エンターテイメントの要素の強い「ラウキカ」が踊られた。

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2017年9月11日 (月)

エルミタージュ美術館展

 9月8日にやっとエルミタージュ美術館展を観た。春に東京へ行ったときエルミタージュ美術館展をやっていたので観たかったのだが、残念ながら暇がなかった。外国旅行ができるようになってから、一度サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館へ行ってみたいと思っていたのだがついに果たせなかった。

 それが名古屋に来たので見に行こうと思っていたのだが、暑いので出かけるのが億劫で腰を上げられなかったのだ。ここに来てやっと少し気温が下がったのと会期が18日までなので思い切って出かけた。

 10階の入場券売り場で1600円出して当日券を買った。残念ながら敬老割引はなかった。入口で説明を聴くために音声ガイドを借りた。550円であった。

 パンフレットによると、エルミタージュ美術館には17000点もの絵画コレクションがあるという。その中から16世紀ルネサンスから17・18世紀のバロック・ロコロの「オールドマスター」巨匠たちの名画85点を展示してあるそうだ。

 入口には「戴冠式のローブを着たエカテリーナ二世の肖像」があった。誰かが美人だねと言っていた。以前に見に来たTさんはこの絵だけは撮影できたと言っていたが、この日はすべての絵を撮影してよいと書いてあったので驚いた。それでiphoneで気に入った絵を撮ることにした。会場では多くの人がスマホで写真を撮っていた。

 この展覧会を観に来た人は非常に多くて人気のほどが窺えた。私は音声ガイド以外に絵の傍にあるせつめいも読みながら見て行った。

  この時代の絵は聖母マリアやキリストなどをモチーフにしたものが多い。画家によって聖母や幼いキリストのイメージが異なるのが面白い。マリアは処女懐胎と言われているが、夫があるのは知らなかった。またエジプトまで逃げていたのも初めて知った。スペインで書かれたマリアは少女像で珍しかった。

次のような順で展示してあった。

 1.イタリア:ルネサンスからバロックへ

 2.:オランダ:市民絵画の黄金時代

 3。FRANDERS:フランドル:バロック的豊穣の時代

 4.SPEIN:神と聖人の世紀

 5.フランス:古典主義からロココへ

 6.:JERMANY & ENGLAND:美術大国の狭間で

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2017年7月20日 (木)

也留舞会狂言を観に行った

 7月16日に、知人の吉村さんが所属する狂言の也留舞会主催の狂言を名古屋能楽堂に観に行った。

 能楽堂は鶴舞線地下鉄丸の内駅でおりて歩かなければならない。暑い日なので汗をかくと思ったら案の定能楽堂に着くと汗でぬれていた。駅の改札口から丁度15分かかった。

 開演は11時からで、その2分ぐらい前に能楽堂に入った。観客は少なくよい席がたくさん空いていた。それで最前列の中央に座った。ちょっと見上げる感じだが、表情が見られて声もよく聞こえる。

 公演は2部に分かれていて、第一部は11時から1時45分までであった。第2部は2時30分から5時まで予定されていた。

 第一番の演目は、「禁野」であった。供を連れず、自分で弓矢を携えて禁漁区に狩りに出かけた大名は、たまたま通りかかった奉公人に声をかけ、強引に道連れにして弓矢を持たせ従者のように扱う。それで弓矢を持たされた奉公人は怒って弓矢で大名を嚇すという話であった。

 大名を演じたのは女性で、奉公人を演じたのは奥津健太郎という人であった。発声を聞いてすぐに大ベテランだと分かった。

 後で分かったのだが、第2部冒頭の「昆布売」は同工異曲のものであった。大名が太刀を持って出かけるという設定であった。ストーリーはほぼ同じであった。

 「舎弟」 「痺」 「二九十八」 「腰祈」 「盆山」 

 「杭か人か」 「魚説法」 「茶壺」 までが第一部であった。

 この中で「痺」の太郎冠者を奨学3年生が、主を初舞台の高校2年生が演じた。小学生の演技は立派なものであった。

 「盆山」も小学校5年生と6年生が演じた。「杭か人か」は太郎冠者を中2の子が演じた。「魚説法」は新発意を小学年生、檀家を高校2年生の野村信朗さんが演じたが野村さんの発声は訓練されたものであった。名前から見ると多分宗家の息子だろうと思った。

 知人は、「腰祈」の祖父を演じた。山伏を奥津健太郎さん、太郎冠者を指導者の野村又三郎さんが演じたから、第一部のメインであったと思われる。

 大日本百科全書によると、狂言「腰祈」をつぎのように解説している。

 「 狂言の曲名。山伏狂言。大峯(おおみね)・葛城(かつらぎ)での修行を終えた出羽(でわ)の羽黒山の山伏が祖父(おおじ)(シテ)を訪ね、その曲がった腰を法力で伸ばして差し上げようと祈祷(きとう)を始める。効果はすぐに現れるが、伸びすぎてあおむくほどになったので、祖父は日月が拝めると喜びながらも少しかがめてくれるように頼む。そこでふたたび祈ると、今度は前にかがみすぎて前に倒れ伏してしまう。困った山伏は、太郎冠者(かじゃ)にちょうどよいときに杖(つえ)を支(か)えと命じて祈るが、また伸びすぎ、怒った祖父に追い込まれる。大蔵流には、杖でささえたときにシャギリという笛の囃子(はやし)になりめでたく終わる演出もある。法力に操られるように上下に激しく動く祖父の演技が見どころ。」

 吉村さんは100歳の老人を演じたが、面を被って腰を曲げての演技であった。山伏の祈りで体が変わるのを上手に演じていた。

 休憩の時間にコーヒーでも飲もうと思ったが、日本レストラン「大森」の喫茶タイムは14時半からであった。

 第二部は途中で帰った。吉村さんのお蔭で狂言は毎年観させてもらっているが、今年感じたことは、狂言を観る前に演目についての予備知識を持っておいた方がよいということであった。昔の言葉が出て来るのでストーリーを知っておいた方がセリフを聞き取りやすいと思うのだ。

 

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2016年12月20日 (火)

昭和文化小劇場のこけら落とし

 名古屋市の昭和区に新しい文化小劇場が造られた。地下鉄鶴舞線川名駅からすぐのところで、川名公園の一角にあり、交通の便もよい。

 私は買い物に行くとき、いつもその前を自転車で通り、建造の様子を見ていた。昭和区には昔から鶴舞公会堂があるので、文化小劇場の建設は最後になったようだ。

 その杮落としが15日から19日の月曜日まで開催された。「はじまりをたのしもう!区民ふれあい芸術祭」というタイトルであった。

 私が所属する昭和男爵コーラスも早くから参加の申し込みをしていた。そして、16日の午後3時56分からの出演が決まった。

 昭和文化小劇場の内覧会があったのだが、都合が悪くて行けなかったので、内部を見るのは初めてで楽しみであった。

 当日は、文化小劇場では声だしができないので、昭和生涯教育センターで発声などをしてから文化小劇場に行った。

 控室が空くまで、客席でオカリナの独奏とスイートポテトの女声合唱を聴いた。ステージは天井が大変高いので意外であったが、反響板がつけてあるようであった。客席も傾斜はそれほど急ではなくいいシートであった。

 控室へは舞台裏を通って行ったので驚いた。演劇の上演ができるように広い舞台裏になっていた。ただ、控室は正式のものが一つしかないみたいで、我々は物置が控室になっていた。控室の前が廊下で、そこからすぐに舞台の上手に出られるようになっていた。

 我々の演奏は、「風」、「夏の思い出」、「いい日旅立ち」、「昴」の4曲であった。客席は空席が目立ったが、出来立てのステージで歌うのは気持ちがよかった。ピアノは河合のグランドピアノであった。

 演奏が終わると、次のホットスルーズの混声合唱を聴いた。その後、桜花学園合唱部の女声合唱で、クリスマスキャロルやよく聴く曲を歌ったが、見事なハーモニーと歌声でびっくりした。指揮者は男性の先生であった。

 そこまで聴いて、休憩になったので帰ることにした。ついでにトイレにも行ったが、入口の傍の便利なところにきれいなトイレがあった。

 昭和文化小劇場は便利なところにあるし規模も手頃なのできっと多くの利用が見込まれるであろう。

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2016年12月 9日 (金)

第16回全国障害者美術・文芸作品展を見た

 7日に名古屋市民ギャラリー・栄に行ったら、7階で「騒げ、感性。」というパンフレットを渡された。何のことだろうと思って尋ねたら、12月9日(金)から11日(日)まで、「第16回全国障害者芸術・文化祭あいち大会が開催されるというものであった。

 そして、3日から11日までは、市民ギャラリーの7階で「美術・文芸作品展をやっているということであった。偶然に知ったのであったが、見ることにした。

 知的障害、身体障害、精神障害を持った人たちの作品で、全国から来たものであった。年齢は幼児から80歳台の人まで幅広いものであった。中には生まれつきではなく、途中で障害者になった人たちも含まれていた。

 作品は、絵、デザイン、陶芸、パッチワークや編み物等、書、俳句、写真・・・などいろいろあった。どれも心に訴えるよい作品ばかりであった。障害を持ちながら作品を作る喜びに溢れていた。根気よく描きこんだり、作りこんだ作品もあり、素晴らしいと思った。

 俳画は、「わが庵に 鳴く鶯の 初音かな」

       「冬隣り 暮れゆく庵の たたずまい」

       「一人居を 楽しむ老いの 夏点前」

       「朝靄の 川面に鴨の 浮寝かな」

 写真を撮らせてもらったので下に紹介する。

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                      雨蛙がかわいい

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                      すばらしい俳画

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                    素敵な陶器のフィギュア

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                   細かい描写の抽象画
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                       シーサー

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2016年11月12日 (土)

第7回アジア文化芸術祭を見る

 11月6日午後15時半から、愛知県芸術劇場大ホールで「第7回アジア文化芸術祭」というイベントが開かれた。

 前日にKさんから電話があり、見に行かないかと誘われた。主催はワールドリンク株式会社で、その社長のサマラクーンさんからこの催しのことを聞いていたのだ。私も一度見てみたと思っていたので出かけることにした。

 前売り券を買ってなかったので、芸文プレイガイドに電話したら、当日券を大ホール入口で14時から売ると言った。それで14時までに行って券を買うことにした。

 少し早めに着いたが、すでに並んでいる人たちが20名ぐらいいた。聞いてみると券は持っているが並んでいるのだと言った。開場1時間以上も前から並ぶので驚いた。

 14時になってもすぐに券を売らないので尋ねたら準備中だという。何とものんびりしたものだと思った。

 3時開場なのでずっと並んで待たなければならなかった。後ろにはスリランカの若い女性が6人いた。聞いたら実習生だと言った。3時になってもすぐには開場しなかった。並び疲れたので早く開けてほしいと思った。

 中に入ると正面扉から入ったがそこは2階の席であった。脇の階段で1階に降りて行くと折角待っていたのに遅れてしまった。でも舞台から7列目の通路のところの席を取ることができた。招待席のすぐ前であった。

 15時半の開演近くになって会場を見渡したが、意外にも席はがらがらであった。こんなことなら1時間以上も前に来て並ぶ必要はなかったとがっかりした。

 プログラム1番は日本の獅子舞で、岐阜県岩村の郷土芸能の「悪魔払い」というものをやった。女性の格好をしていたが男性であった。

 次はスリランカから来た舞踊団の踊りで、スリー・パーダ・ヴァンダナという釈迦に関係のある踊りであった。チャンナ・ウプリ舞踊団という男女合わせて11名の舞踊団であった。

 スリランカの舞踊はタイやヴェトナム辺りの舞踊と似たところもあり、掌、腕、動きなどに特徴がある。

 3番目は「5本の柱」という踊り。

 4番目は一宮の旭雅楽会による雅楽と踊りで、「君が代」と「舞楽・陵王」であった。君が代を雅楽で演奏すると趣が違ってすてきであった。

 5番目はスリランカ舞踊を学ぶ上で必須となっている「ヴァンナムへの招待」で、自然、歴史、伝説、宗教、芸能、神話にもとづいたヴァンナムと呼ばれる詩歌を基底に据えたものである。「5・6・8・9」「自然界で自由を謳歌」(孔雀)、「大きな牙を探して歩く(象)が演じられた。

 20分間の休憩のあと、後半は、

 9番 「デヴォルとパッティニ(二つの女神の踊り)」行く手を妨げる7つの火山を創出した女神パッティニにより、試練を課せられたデヴォルテ神が、それらの火の障害を乗り越え、スリランカに迎え入れられた様を描いた舞踊。

 10番 「ターラ」 キャンディ地方に伝承される、農耕の女神へ豊作を祈願する儀式に基づく踊り。

 11番 「安珍・清姫 恋の緋鹿の子」 日本舞踊の西川長秀とジャズダンサー麻生ユカたちのコラボという珍しい踊り

 12番 「カンノドゥ」 「眼を用いる」を意味するタミール語。目の動きで即興的に言葉を交わすことで愛を探求する試みを描写する。

 13番 「フェニックスの飛翔」  オーストリアのホップす歌手コンチータ・ヴェルストが歌った「フェニックスの様に立ち上がれ」を舞踊にした。内戦や津波などで蒙った挫折を克服すべく、スリランカの人たちの間に強い共感を呼んだ。

 13番 「Circuration~循環~」  フラメンコダンサー加藤おりはとギタリストとパーカッショニストのコラボ

 14番 「太鼓乱打」  ゲタ・ペラヤ(結び目のある太鼓)という、右の皮は猿かトカゲ、左は牛皮を用いた太鼓。聴衆も手を鳴らして楽しんだ。

 15番 最後は 「砂漠の薔薇」 英国のアーティスト、スティングがアルジェリアのアラブ民族音楽歌手シェブ・マミとデュエットしたものに振付けた。

 この文化芸術祭はスリランカの舞踊がメインで、それに日本の演者が友情出演した形であった。ヴァラエティに富んでいて3時間の演技も飽きさせなかった。

 スリランカはギリシャ、インド、アラブ、エジプト、ペルシャなどいろんな文化の影響があるように見受けられた。宗教は仏教徒が多いが、イスラムやヒンズーもいる。踊りの最後に両手を合わせるのは仏教のものであろう。

 腕を広げたり、掌を巧みに動かしたり、膝を曲げて立ったり、飛び跳ねたり、顔の動きも独特のものがある。音楽もリズムがはっきりしていて踊りはリズムに乗っているように感じた。

 どこかでタイ、インドネシア、ヴェトナム、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、インド、マレーシア、ラオスなどの踊りを一堂で見せてくれるといいのにと思った。

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                       雅楽 陵王
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                        ゲタ・ペラヤ

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2016年10月 7日 (金)

「夏目漱石の妻」を見て驚いた

NHKで毎週土曜日夜、4回に分けて放送されている「夏目漱石の妻」を見ているが、2回目の放送を見て非常に驚いた。それは、夏目漱石が、子供や妻に対して大暴れをするシーンが描かれているからだ。
 

妻の鏡子は、漱石に出て行けと言われて実家に戻るが、医師に、漱石は病気なのだと告げられて、漱石のもとに戻り、介護をしようと決意する。その辺は、鏡子は大変立派であると感心した。
 

  戻ったあとも、漱石はどうして戻ってきたと言って時々妻に怒鳴ったりする。漱石の病気は、ロンドンに留学した間に発病したと考えられている。そして病名は、神経衰弱と言うことになっている。
 

私は、漱石が体が弱いことや胃に問題を抱えていたことは知っていたが、ドラマで見るような時々激しい怒りの姿を見せる病気なのは知らなかった。
  調べてみたら、いろいろな人たちが漱石のこの病気について研究している事はわかった。病名についていろいろ言われているが、鬱とか躁うつ病などと言う人もいる。私の見たところでは、今で言う統合失調症(当時なら精神分裂病)だったのではないかと思う。
 

  私は高校生の頃夏目漱石が大好きで、学校の図書館に行っては、漱石が書いた小説を借りてきて読んだものである。どの小説を読んでも、漱石があのような精神病患っていたとは全く思えなかった。どの小説も、素晴らしい感銘を受けるものばかりであった。
 

夏目漱石は明治、大正を代表する大文豪として1,000円札の顔になったりしている。それだけにドラマによって、妻から見た漱石が描かれ、漱石の狂気な姿が浮かび上がらせられたのは衝撃であった。
 

しかし、漱石があのような病気であったとしても、それがために漱石の価値は寸毫も下がるものではない。ただ、非常に驚いたと言うだけのことである。
  世の中には、精神の病を持ちながら素晴らしい活動して、素晴らしい作品を作っている人たちがたくさんいる。そうした人たちへの励みとなり、偏見をなくすのに役立つかもしれない。そうなることを願っている。

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