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2024年5月21日 (火)

米艦の核持ち込みに関する密約

 19日の朝日新聞一面トップ記事は「核搭載艦 日本寄港容認の文書 60年安保改定 米『事前協議なしに』」であった。

 1960年の日米安全保障条約改定をめぐる交渉で、核兵器を積んだ米軍艦の日本寄港を事前協議なく認める密約を両政府が交わしていたことを示す米公文書が見つかったというのだ。信夫隆司日本大学名誉教授が、米国の国立公文書館やNPOの国家安全 保障公文書館で2004年以降に入手し、精査したという。

 岸信介首相は1958年2奪、領海を含め日本に核兵器を持ち込ませないと国会で答弁した。しかし、米政府は核搭載艦が自由に寄港できる環境を維持しようとしたのだ。結局米国の言いなりになって密約がなされたのだ。

 日本政府は密約を認めていないが、佐藤栄作首相が「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を表明したのは67年。核搭載館の寄港に加え、領海通過も事前協議の対象と説明してきた。

 米公文書には両政府の生々しいやり取りが記されているが、日本側は記録が不完全だという。

 こうして60数年間日本政府は国民に誤魔化し続けて来たのだ。国会で核を持ち込ませないと答弁したのは追及されないのか。改めて国会で真実を明らかにする必要があろう。

 佐藤首相がノーベル平和賞を受賞したのも非核三原則も祖に一つである。ノーベル賞をも欺いてことになる。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

自由民主主義の本家のような顔をしながら、戦後80年間が過ぎようとしても日本を植民地程度に扱うことをやめず、核兵器を乗せて横須賀港などに寄港し、軍人はフリーパスで日本に入国して犯罪を犯しても出国してしまう米国。
ただし公文書は保管し、決められた期間が過ぎると公開に応じる点はまともである。6ヶ月前の議事録でさえ都合が悪くなるとシュレッダーにかけてしまう日本の野蛮さとは対照的である。
それにしても安倍晋三は「ウソはつき続けていればウソではない」という5歳児以下の理屈を信条にしていたようだが、それは安倍一族というより佐藤一族の家訓、DNAとして脈々と続いてきたのではあるまいか。
佐藤栄作がノーベル平和賞を受賞した時には、根回しのために何百億円使ったのか、地獄の沙汰だけでなくノーベル賞も金次第か、などと陰口をたたかれたが、そんなことは当の本人も一族も蚊に食われた程にも感じていなかったにちがいない。
そういえば、「脈々」でも大阪万博のキャラクターらしい「ミャクミャク」がスペインの芸術家であるダリの盗作ではないのか、と指摘された途端にそのデザイナーは表に出てこなくなったようだ。あれほど叩かれてもIOCの会長の座に居座り続けている御仁とはやはり神経の図太さが違うようだ。

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