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2024年1月

2024年1月31日 (水)

高齢者がガムを噛む効果

 ネットニュースを見ていたら、「ガムを噛む習慣のある高齢者 身体・認知機能が高い傾向に」という記事があった。

 ガムを作っているロッテと東京大学高齢社会総合研究機構の飯島勝矢機構長らのグループとの共同研究で「ガム噛み習慣のある高齢者は、口腔機能のみならず、身体機能、認知機能が高い」ことが明らかになり、国際科学誌「Geriatrics & Gerontology International (2024年)」に掲載しているという。

 それによると、65歳以上の高齢者に対し、30分/週以上ガムを噛んでいる人をガム噛み習慣郡として、非ガム噛み習慣群と健康状態について比較。「オーラルフレイル(口腔機能の些細な衰え)」では、ガム噛み習慣群のほうがオーラルフレイルの優勝率が0.58倍と低いという結果になった。

 このほかにもガム噛み習慣群は、握力でもわずかながら強く、開眼片足立ちでも5秒近く長くでき、認知機能試験では、わずかに点数が高いという結果になっているそうだ。

 戦後進駐軍が来ると彼らはガムを噛んでいた。進駐軍が通るとガムを頂戴と言ってねだったものであった。

 子どもの頃は風船ガムが流行り、子どもらはみんな風船ガムを噛んでは膨らましていた。できる風船の大きさを競ったこともあった。

 今から70年ほど前、私が大学生の頃、ガムを嚙むと脳の働きがよくなると言われ、ガムをよく噛んだことがある。

 昔から食事の時によく噛むことが勧められてきた。子どもの頃は親からよく噛んで食べるようにやかましくいわれたものであった。

 何もガムでなくても口を動かして噛むということがよいのだ。噛むことの効果としては、上記の他に、ロッテのガム噛み効果の研究では、頭皮の血行を良くしたり、表情筋を鍛えたり、ストレスをやわらげたりと、さまざまな効果があるという。

 週に30分程度のガム噛み行動するだけでも、ガム噛みしていない人に比べて良い結果が得られているという。

 私はいつもガムをポケットに入れているのだが噛まないので駄目だ。これからはガムを噛むようにしようと思う。

2024年1月30日 (火)

現行の健康保険証を残せという記事

 ネットニュースを見ていたら、「現行の保険証残した方がよい」と7割回答 マイナ保険証の利用者アンケート 広島県内」という記事があった。中国新聞が報じたものである。

 マイナンバーカードを使った「マイナ保険証」を巡り、広島県保険医協会(広島市南区)は県民を対象にしたアンケートの結果をまとめた。マイナ保険証を使ったことがある人のうち7割が現行の健康保険証の存続を望んでいるとして、健康保険証を原則廃止とする政府方針の撤回を訴えている。

 昨年11月10日から今年1月9日までに、県内在住の531人からはがきやインターネットで回答を得た。マイナ保険証を使った経験のある98人のうち71・4%が「現行の健康保険証を残した方がよい」と回答。使った感想として「顔認証の精度が悪い」などの不満が寄せられたという。全体では85・5%が健康保険証の存続を望んだ
 

 同協会の堂垣内あづさ事務局長は能登半島地震に触れ「災害時にマイナ保険証は停電やインターネットの遮断で使えない。現行の保険証を残す対応を政府に求めていく」としている。

 私は現行の健康保険証を残すべきだと何度も訴えてきた。岸田政権は今年12月をもって現行保険証を廃止すると決定している。

 広島以外の多くの県でも保険医協会は現行保険証を残すべきだと主張している。言現行の紙の保険証は、安全で携帯に便利である。マイナ保険証の様に落としたら困るという不安はない。医院の窓口で提示するだけでよい。こんな便利なものを政府はどうして廃止するのか。

 それはマイナーカードを強引に普及したいだけである。マイナーカードによって得られるビッグデータを大企業などが欲しがっているからだと聞く。

 国民の生活を第一に考えて現行の健康保険証存続をすべきである。

2024年1月29日 (月)

恵方巻は食べたことがない

 もうすぐ節分、「恵方巻」がスーパー、コンビニ、その他で盛んに予約するように宣伝されている。新聞の折り込み広告にも大きな恵方巻の宣伝があった。早いところでは昨年の秋から宣伝していた。どうして恵方巻がこれほどまでに宣伝競争をされるのであろうか。不思議でならない。恵方巻を買う人が多いからなのか、売るところが多いからなのか。多分両方であろう。

 恵方巻の値段もいろいろである。高いところでは1万円というのもあるという。私はこれまでに恵方巻を一度も食べたことがない。食べたいと思ったことがないから買わないのだ。

 もともとは大阪のすし屋かなんかが売り上げを伸ばすために始めたのだと聞いたことがある。太い巻き寿司と恵方を向いて食べるという縁起を担いだところが当たったのだろう。私はそんな縁起は全く興味がない。

 恵方巻には日持ちを良くするための「pH調整剤」「酸化防止剤」、味を調える調味料、きれいな色を付ける「着色料」など、かなりの添加物が使われているというう。

 食べるのはせいぜい1本だろうから、添加物などは気にすることはないのかもしれないが。

 バレンタインチョコと同じで見事に商魂に乗せられてしまったようだ。

2024年1月28日 (日)

女性の進出

 26日の朝日新聞に「政府税調会長に翁百合氏」という記事があった。政府税制調査会会長に女性が選ばれるのは初めてだという。

 日本航空の社長にCA出身の鳥取美津子氏が就任することになったというニュースがあり驚いたのであったが、その次は日本共産党の委員長に田村智子氏が就任したというニュースがあった。今回で3人目である。

 以前にも法政大の田中優子総長とか日大の林真理子学長などがあるにはあったが。

 ネットで調べたら、イギリスの政治経済誌・エコノミストが、29か国を対象にした2021年の「女性の働きやすさ」ランキングによると、1位は2年連続のスウェーデンで、2位がアイスランド、3位がフィンランド、さらに4位がノルウェーと、北欧の国が上位を占めた。これは管理職における女性の割合や給与水準の男女格差など、10の指標を基準にランキングをつけたもの。

 日本は何位だったのかというと……ワースト2位の28位。

 さらに世界が持つ課題の改善を目ざす国際機関・世界経済フォーラムが156か国を対象にした「The Global Gender Gap Report 2021」がある。こちらは経済・政治・教育・健康の4分野に振り分けた14の指標を基準にしたランキングで、この数値が高いほど男女の違いから生じる不平等を指すジェンダーギャップが少ないという評価になる。2021年の1位はアイスランド、2位はフィンランド、3位はノルウェーと、こちらも北欧の国が上位を占めた。

 日本は、こちらでも下位の総合120位となっています。やはり男女格差が大きいという結果である。

 日本は女性が男性より低く扱われ、男性は出世するのに女性はし難い社会であった。私の若い頃から男性は一家を支える存在で、女性は家庭を守るものとされてきた伝統があるからだろう。

 でも、女性も勤めにでるようになり、社会活動でも女性が活躍するようになった。日本でもやっと女性が上に立つことができる時代になってきたのだろう。

 今年を皮切りに女性の進出や、働きやすい状況に変わっていくのな大歓迎すべきことだ。世界の評価も変わっていくだろう。

2024年1月27日 (土)

トランプ氏人気だが

 米国の共和党大統領予備選で初戦のアイオワ州に引き続きニューハンプシャー州でもトランプ氏が勝った。元国連大使の女性ヘイリー氏はニューハンプシャー州に勝機があるとみて、活動の資金や労力を集中させてきたと言われるが、43.2%の得票にとどまった。

 序盤のアイオワ、ニューハンプシャー両州を制した候補がとうの候補者指名を逃した前例はないという。

 民主党のバイデン大統領も「トランプ氏が共和党の候補者になることが明らかになった」と声明を出した。

 ヘイリー氏は撤退しないと表明したが、共和党内ではヘイリー氏の撤退を求める声が高まっているという。

 いくつかの訴訟が進行中のトランプ氏はどうして保守層に人気が高いのだろう。大統領選では民主党のバイデン氏と共和党のトランプ氏が争うと予想されていて、トランプ氏が勝つという予想である。

 民主党にはバイデン氏以外に大統領にふさわしい人物がいないのだろうか。トランプ氏だけは大統領になってほしくない。トランプ氏の言動には辟易する。

2024年1月26日 (金)

派閥を解散というが

 24日の朝日新聞に、自民党派閥の政治資金パーティをめぐる自演を受け、岸田首相が会長を務めてきた「宏池政策研究会」(岸田派、46にん)が23日、臨時の会合を開き、解散することを正式に決めたという記事があった。安倍派、二階派に続くもので、この他に森山派も解散を検討と言われる。

 岸田派の出席者からは解散に対する異存が出ず、「今までの絆を大事にしたい」といった声が多くあがったという。これまで一緒にやって来たのだからそれは理解できる。

 寺田稔元総務相は「いったん区切りをつけ、お互いに連絡を取り合いながら前に向かっていく」と記者団に語ったという。

 問題は自民党の派閥は、これまでにも「政治とカネ」のっ問題で世論の批判が高まるたびにいったん解散して再び集まった歴史がある。今回も将来の再結集をにおわせる発言が相次いだと指摘する。

 武井俊輔前外務大臣は会合後、「遠い未来に『宏池会』を掲げる機会があるかもしれない」と発言した。また別の中堅は「これからも岸田首相を応援するのは当たり前。集まったり、一緒に飯を食ったりするのが禁じられたわけじゃない」と活動の継続にも含みを残したという。

 領袖のいない安倍派はどうなるかは分からないが、他の派閥も解散しても時が経ってほとぼりが冷めればまた復活するものと思われる。

 本当に政策を研究するだけのグループならいいが、カネと人事の絡んだものはダメである。国民は誤魔化されないようにしっかりと監視していくことが大事である。

2024年1月25日 (木)

老衰死がいい 延命治療は要らない

 満88歳まで生きるとどのようにして死ぬのかが現実の問題となる。95歳まで生きたいとか100歳まで生きたいとかいう願望はない。

 ネットニュースを見ていたら、「老衰死を実現するために『リビングウイル』を」という記事があった。和田秀樹医師の本から取ったもののようだ。

 読んでみたら、老衰で死ぬのが自然で楽だと書いてあった。「人は死期が近づくと、食欲が衰え、体が水分や栄養を受けつけなくなって、何も口をつけずに衰弱していき、眠るように亡くなります。それが通常の老衰死です。」と。

 私の養父は93歳まで生き最後は自宅で亡くなった。布団の上に寝て1週間、その間苦しむこともなく亡くなった。布団に寝たときには死ぬことを覚悟していたのかも知れないと思うがわからない。老衰による死であった。

 養母もそのあと半年後に寝付いて亡くなった。亡くなる瞬間に大きな口をあいて息をしてから絶えた。老衰死であった。

 高僧の中には自ら死期を悟り水も断って死を迎える人がいたと聞く。

 昔は自宅で亡くなったので亡くなる過程を見ることができた。老衰死は自然で楽な死に方のようである。

 延命治療はしないほうがよいという。家族は病院に入れ治療を受けさせようとする。私の母は施設に入っていたが施設から病院に入れられてしまった。母が亡くなる時私はそばにいて看取ることができた。延命治療はしなかったので楽に逝ったと思う。
 

 記事によると「血液検査で脱水が認められると、点滴で水分を補いますが、水分を吸収しづらくなっている体に点滴を行うと、脚がむくんだり、場合によっては肺に水がたまったりします。肺に水がたまった状態は、海などでおぼれているのと同じで、とても苦しいのです。」とある。
 

 家族にとって何も口にせず枯れるように亡くなっていく様子をつらく感じるかもしれないが、本人は少しずつ意識が遠ざかりだんだんと眠るように亡くなるので、つらさもなく苦痛もほぼないことが分かっているという。

 脳内から幸せホルモンが出ると聞いたことがある。楽に死ねるようにできているようだ。野生の動物の場合はみな死期を知り自分で死ぬ場所を選んで死ぬようである。人間よりはるかに立派だ。

 記事によると、オランダでの研究では水分や栄養の補給をやめても、死期が近づくにつれて不快感が亡くなるということが分かったという。

 私は一切の延命治療は要らない。できれば自宅で養父母のように自然に死んで行きたい。

 

2024年1月24日 (水)

横這いの内閣支持率

 22日の朝日新聞に岸田内閣の支持率などが載った。それによると23%で前回と同じであった。他社の支持率を調べたら、読売が24%で、ANNが20.4%、、産経とFNNの合同では5.1%上がって27.6%だったという。

 朝日の調査によると、自民党の派閥が解散すれば政治の信頼回復につながるかという質問に「つながらない」が72%で「つながる」が19%であった。

 岸田首相が岸田派の解散を決めたことを評価するかに対しては「評価する」が61%で「評価しない」が29%であった。

 自民党が派閥を本気で解散するかは何とも言えないと思う。仮に解散したとしても政治の信頼は回復するとは思えない。

 岸田首相は衆院解散をどう考えているのだろう。政党支持率は自民が24%と前回より1%増えているが、野党は立憲が4%と前回より1%減っているし、維新は6%と2%増えている。

 自民党を離れた層が維新に流れると思われるが、維新は野党というより自民に近いからだ。

 1960年代頃は労働組合も強くて活動的であった。しかし昨今の労働組合は保守的で存在感さえない。市民を引っ張る力がないのが残念である。学生も保守化したのかノンポリ化したのか活動が見られない。

 自民党の安泰は続くと思われる。岸田首相は思い切って衆院解散をしてみたらよいと思う。

2024年1月23日 (火)

JAXA探査機ピンポイント月面着陸成功

 21日の朝日新聞1面記事は日本探査機SLIMの月面着陸であった。SLIMは昨年9月に打ち上げられたというから、長い宇宙旅行をして末に月面に降りたことになる。月はすぐそこにあるように見えるがそうでもないようだ。

 日本の月面着陸は世界で5番目だという。1966年旧ソ連の「ルナ9号」が成功した。ソ連の威信を高めるものであった。

 2番目は69年のアメリカの「アポロ11号」で、私は職員旅行で信州に行っていた。人類が初めて月に降り立った様子をテレビで見て感動した。

 3番目は2013年の中国の探査機「嫦娥3号」で中国もやるなと思った。

 2023年にはインドの探査機「チャンドラヤーン3号が成功した。

 日本は3度目の正直で今回の成功となったが、その目玉は狙った場所から100m以内のピンポイント着陸で、成功したと見られているから凄い。

 ただ、太陽電池パネルによる発電ができていないので60点だとコメントしている。

 とはいえ日本も世界の仲間入りをしたことは誇らしい。朝日新聞の解説によると、月を目指すのは、月の北極や南極には水が氷の状態で存在することが分かっているので、将来の有人探査の際に、飲み水やロケットの燃料などに活用できるという。また鉄やチタンなどの鉱物もあり、ロケットの材料や、月面でのインフラ構築に使えるという。さらに遠い火星などの惑星にも行くことができると考えられているそうだ。

 地球上では他国を攻撃する戦争がいくつか起きているが、そういう互いを破壊することではなく、月面着陸の様な平和な競争はいいことだ。

 でも、喫緊の課題は地球温暖化防止である。そちらの方にも力を注いでほしい。

2024年1月22日 (月)

昭和区 区民ふれあい芸術祭

 昭和区の「区民ふれあい芸術祭」が2月3日(土}に昭和文化小劇場(地下鉄鶴舞線 川名駅 2番出口)で開かれる。

 9時30分開場 10時開演。

 私の属する昭和男爵コーラスは2番目の10時15分に出演する。歌う曲は「フニクリフニクラ」「二つのナポリターナ」「琵琶湖周航歌」で二つの「ナポリターナ」は「サンタルチア」と「帰れソレントへ」のメドレーである。

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2024年1月21日 (日)

裏金還流問題 特捜部は甘い

 政治資金パーティ収入の一部を裏金化したとされる事件で、パーティー券収入のノルマ超過分に関する収支を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、東京地検特捜部は19日、清和政策研究会(安倍派)と、志帥会(二階派)の会計責任者ら2人を政治資金規正法違反(虚偽記載)で在宅起訴し、宏池会(岸田派)の元会計責任者を略式起訴した。
 

 一連の事件では、自民の主要5派閥が同法違反容疑で刑事告発されたが、うち3派閥が立件される形となった。

 安倍派幹部議員らについては共謀に問えないとして不起訴処分にする。安倍派の5千万円超に上る大野参議院議員、4千万円超の谷川衆院議員は自民党を離党した。

 東京地検特捜部は徹底的に追及すると期待していたが、会計責任者と多額の裏金を受領した議員を立件したにとどまった。

 幹部らは、資金の還流は承知していたが収支報告書上の処理は会計責任者に任せていたとっ関与を否定した。また会計責任者も不記載は自分の判断でやったと述べたという。

 幹部が知っていたというのは当然のことで、還流については議員の誰もが知っていたからこそ金額の多少はあるにせよ皆がやっていたのだ。たまたま集金能力が低かったために金額が少なくて立件を逃れることができたのだ。

 自民党は企業から多額の献金を得てきた。それにもかかわらず国から政治活動資金を貰っている。共産党の様に国からの金は貰わないようにすべきだ。

 裏金還流事件をきっかけに国民は自民党に鉄槌をくらわすべきだが、フランスなどと違ってそういう動きにならないのが日本人だ。残念でならない。

2024年1月20日 (土)

睡眠時間はどのくらいがよい?

 私は睡眠については自然に任せている。床に入る時刻を夜9時前と決めていて特別のことがない限り9時までには床に入る。床に入って横向きで寝て静かにしていると10分ぐらいで寝入ってしまうようだ。夜中の2時前後にトイレに起きるが、その時水分を摂り布団に入る。この後は寝付くのに時間がかかる。どのくらいかかるかは日によって違うが朝4時過ぎに起きるように目覚ましをセットしておくので目覚ましの音で目が覚める。つまりいつの間にか、多分30分ぐらいのうちに寝入っているようだ。

 ネットに「寿命を縮めてしまう睡眠は? 8時間以上布団のなかにいると60歳以上は死亡率増加 医師が対処法を解説」という記事があった。興味を引いたので読んでみた。

 「加齢とともに睡眠やからだのリズムが変化し、活動量も減るため、からだが必要とする睡眠時間は減少していきます。昔と同じように長時間眠る必要がなくなるので、睡眠時間が短くなるのは自然なことです。多少の寝つきの悪さや早朝に目が覚めたりするのも年齢とともにある程度、避けられないこと。必ずしも不眠とはいえないのであまり悩みすぎる必要はありません」とあった。

 なるほど年を取ると活動量はぐんと減るから睡眠時間が短くてもよいということかと納得した。
 

 必要な睡眠時間を年齢別でみると、15歳では約8時間だが、25歳で約7時間、45歳で約6.5時間、65歳以降は約6時間と、高齢になるほど短くなるという。昔は8時間睡眠ということが勧められていたので退職するまではそれを守っていた。退職後は実質6時間ほどである。
 

 安達医師によると、60歳以上の眠り方のこつは、「眠くないときはベッドに入らず、眠くなったらベッドに入ること」というが、私は前述のように9時前には床に入ることにしている。眠くないということはなく、テレビを観ていると寝てしまうことが多い。

 寝るときは電気を消して暗闇にして寝る。寝る前にテレビを見たり、スマホを見るのはよくないといわれるが、スマホは見ない。

 

2024年1月19日 (金)

大地震の経験

 元日の能登半島地震から2週間が経った。毎日テレビや新聞では被害の状況が報道されている。海底が隆起するなど地殻変動の大きな地震であった。輪島では朝市の街が消失した。未だに家屋の被害の全容が掴めていない。

 17日には阪神淡路大震災から29年が経った。新聞には能登半島地震と共にという約4000個の祈りの紙灯篭の写真が載った。阪神淡路大地震は私の教員生活が終る直前であった。

 戦時中、戦後とも新宮市に住んでいた私自身の大地震の経験としては、1回目が1944(昭和19)年12月7日午後1時に発生した東南海地震海洋プレートの沈み込みに伴い発生したマグニチュード7.9の地震である。国民学校3年生でちょうど授業中であった。地震が起こると担任の先生が机の下に隠れろなどと指示をだした。ところが一人の子が教室を飛び出して階段を下りていったが、転んで転がり落ちて行った。

 地震が収まると運動場に集まり下校したが、途中倒壊している家があった。二階建ての家は二階部分が下に落ちているのがあった。幸い我が家は少し壊れただけであった。戦時中なのでこの地震は秘密にされたという。

 戦後の昭和46年12月21 日 4 時 19 分、和歌山県潮岬沖約 78km、深さ約 24km を震源とするマグニチュード 8.0 の大地震が起きた。

夜なかに寝ていると大きな揺れが来て一旦布団にもぐりこんだが危ないと思って小さな庭に飛び出した。神倉山という山の方を見ると、山が光で輝いていた。

 地震が収まると近所の人たちと近くの畑に避難した。布団を持ち出して土の上に敷いた。幸いこの地震では家は一部壊れただけで近所の家も1軒が半壊になっただけであったが、確か街の方は火災で焼けたと思う。私の小学校の講堂は避難所となった。

 その他三河地震や福井地震なども経験している。

 今怖れているのは南海トラフ大地震だ。いつ来てもおかしくないと言われており、今回の能登半島地震との関連性などの記事もある。

 もし、名古屋市で南海トラフ関連の大地震が起きたらどう対処するのか。行政は対策を用意しているのだろうか。能登半島の小さな市町村でも大変なのに名古屋のような大都市だと大混乱は必至である。

2024年1月18日 (木)

直腸がんと生きるー15

 直腸がんが見つかってから10か月余り経過した。16日に病院に行った。私は一切の治療をしないと担当医に言ってあるので3か月に1回経過を見るだけである。

 症状にはこれまでの所変わったことは何もない。便が柔らかく細いことと便の回数が1日に10回前後、そして少量の便が出た後に小便が出ることはガンが見つかる少し前から続いている。担当医師にはそのことを話しただけである。

 医師は食事について聞いたので、野菜や果物をよく食べることやウインナーの様な加工肉を食べるのは減らしたことなどを話した。医師はドイツ人はウインナソーセージをよく食べるがドイツ人にがんが多いということはないと笑った。

 酒は飲むかと聞かれたので、以前は日本酒を2合飲んでいたが1合に減らしたと言った。1合ぐらいがよいと言った。

 内臓の写真を見ながら、所々に白いものがあるのは、血管の中に不純物がくっついているのだと言った。多くなると動脈瘤破裂などが起きるが、今のところは老化による程度で問題はないようだ。

 次回は血液を採ると言ったが、私が泌尿器科で採ることになっていると言ったら、結果を魅せてもらえばよいと言った。

 次回はちょうど1年経過する頃を予約した。

2024年1月17日 (水)

高血圧基準値を知ろう。高血圧ではなかった

 私は毎朝ウオーキングに行く前に上腕式の血圧計で血圧を測定している。血圧の値は小さなメモ帳に記録をしている。
時は血圧が145~955ぐらいあったが、最近はなぜか少し低くなってきている。4回測って上が139以下、下が89以下だと安心している。

 満88歳を過ぎたので血圧が高くなるのは当然だと思っているのだが、どういう訳かよくなってきていると感じるのだ。
日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン」では、上が130〜139㎜Hg(以下単位省略)かつ(または)下が85〜89の場合、「正常高値血圧」とみなされる。この数値は高血圧予備軍だということだ。
それに従えば私は高血圧予備軍ということになる。

 ところが実は高血圧ではないことが今回分かったのだ。それはスマートニュースにあった "最高血圧が「年齢+90」以下なら正常とされていた60年代…実は科学的根拠の信頼度が低い現代の基準値「140/90」にこだわる危険性"という記事を読んだからだ。

 高血圧予備軍の値を超えると、数値ごとに「Ⅰ度高血圧」「Ⅱ度高血圧」「Ⅲ度高血圧」「(孤立性)収縮期高血圧」と分類が変わっていくという。

 でも、上が140、下が90を超えると、太っていようが痩せていようが背が高かろうが低かろうが、若くても高齢でも一括りに高血圧とみなされる。そして薬を飲まされる。それが日本の高血圧事情だという。

 私も一時期医者に通って降圧剤を飲んだことがあったが、ある時おかしさに気がついてやめてしまった。以来今に至っている。

 昔は最高血圧が「年齢+90」以下なら正常だった。1960年代後半に日本の医学部で最も広く使われていた『内科診断学』という教科書にそう書いてあるという。それに従えば私の場合178が高血圧ということになる。

 1999年にWHO(世界保健機関)とISH(国際高血圧学会)が「140/90以上は高血圧」と定義した。それで日本高血圧学会は、2000年に「140/90以上」を高血圧とし、目標数値を「130/85未満」にまで引き下げたのだという。

 しかしこの時点ではまだ、70歳代の最高血圧の目標値は150〜160、80歳代では160〜170と、年齢によって幅をもたせていた。ところが2003年になると、日本高血圧学会はこの年齢別の数値も撤廃してしまった。それで典礼に関係なく一律に、140/90以上で降圧剤を処方する、としたのだそうだ。

 2014年に日本高血圧学会は、若年・中年層の降圧目標を130/85未満から140/90に引き上げて、後期高齢者に関しても、降圧目標を150/90と引き上げたという。

 このことは知らなかった。今日まで高血圧だと心配していたのだが、後期高齢者の私はOKということになる。でも、目標値が引き上げられた後も、多くの医者は相変わらずそれまでの数値を採用していて、140を超えたら「はい、高血圧です」と降圧剤を処方しているという。

 だいたい年齢にかかわらず一律に決めると言いうこと自体がおかしい。医者と製薬会社が儲けるためだと言われているのも無理はない。
  

 

 

2024年1月16日 (火)

毎晩夢を見るが

 毎晩夢を見る。夢の内容は日によって異なる。大体はあり得ない話ばかりである。今年見た夢では国会議事堂内でグループで会食をしたというのがあった。どんなグループかはわからない。もう一つおかしな夢があったが忘れてしまった。夢は見ても目が覚めるとすぐに忘れてしまう。

 そういえば国連総会議場へ行って何かやった夢があった。国連は知人と見に行ったことがあるのでそのことが頭にあったのだろう。

 昨日の朝見た夢は、いい夢であった。毛筆で近代詩文を書こうという夢であった。私は50代まで毛筆で毎日臨書をしていた。でも、中国の古典ばかりで、近代詩文は書いたことがなかった。

 知人のHさんやNさんが近代詩文を書くのでそのことは頭にあった。それで夢の中で近代詩文を書く構想を見たのだと思う。自分でも書けるという夢であった。

 その他にいい夢は、夢の中で英語をしゃべったり、中国語をしゃべることだ。英語をしゃべる夢は英会話を習っていた頃から時々見た。夢の中では英語や中国語を話せるのである。

 何となく覚えているのでは美ケ原のようなところへ行った夢がある。夢の中でどこかへ出かけるのも悪くない。

 艶夢を見てみたいと思うがこれまで1度しか見たことがない。

 今年の初夢は全く覚えていない。

 今朝の夢も覚えていない。

 今夜はどんな夢を見るのであろうか。

2024年1月15日 (月)

車を手放して5年余

 13日の朝日新聞beに「車を持っていますか?」というアンケート記事がああった。それによると、持っているのは72%、持っていないが28%であった。

 持っている人は、自分が運転が1944人、配偶者1232人、子ども409人、親38人であった。複数回答アリだから実際はどうなのか。

 私は82歳の終わりに免許証を返納して、車を人に上げてから早くも5年余りになる。車が無くても何の不自由も感じたことはない。むしろ交通事故を起こす心配がなくなったので気楽である。

 遠出ができなくなったが、歳を取り遠くへ車で旅行したいとは思わない。市内は高齢者の敬老パスがあるので地下鉄やバスが乗り放題であるが、実際は必要な時にしか使わない。

 今の若い人の車離れが言われているが、どうしてなのか。私が免許を取ったのは26歳ごろだったように思うが、車はまだ高くて安月給ではなかなか買えなかった。

 最初に車を買うときは軽自動車を見て回った。その頃はスバルが人気であった。友人などはスバルに乗っていたが、私は形が気に入らなかった。マツダのキャロルも何となく形が好きではなかった。

 結局、三菱自動車の軽の形がよいと思って三菱を買った。スバルの営業と三菱の営業が売り込んできたが、三菱に値引きをさせて買った。たしか30万円ぐらいだったと思う。共済で借金をしたと思う。月給が12000円~13000円だったから、大変な買い物であった。

 それでも自動車を買ったので嬉しかった。名神高速道路を走って京都に行ったり、中央道を走って塩尻の方へ行ったり、まだ小さかった子どもを乗せてドライブを楽しんだ。

 車を持つことはわくわくすることであったが、今の若者の車離れが理解できない。赤ん坊の時から車に乗っているので感激をしなくなったのだろうか。

2024年1月14日 (日)

ガン患者がすべき5つのことを読んで

 スマートニュースに「がんと言われたらやってほしい5つのこと」という記事があった。私は昨年3月末に直腸がんと診断されたので、興味を持って読んだ。

 外科医・免疫研究者・漢方医のトリプルメジャー医である新見正則医院 院長の新見正則先生が語ったことだ。

 がんの治療は大まかにいって外科治療、薬物療法、放射線射線治療などと、それらの組み合わせで行われるが、対象となる人が多いのが抗がん剤での治療である。しかし、副作用が出ることもある。

 最近の抗がん剤は、副作用の軽減に有効な薬剤も開発され、おしなべて副作用も軽くなっているが、抗がん剤は最初は効くけれど、いずれ効かなくなっていくことが多いという。だから、抗がん剤だけに治療を任せず、自分でも努力するべきことが5つあるというのだ。

①しっかり食べること。

 がん細胞を壊滅させるためには免疫を活性化する必要がある。免疫力、健康力をいちばん上げるのは良質の食事だという。
タンパク質は、プロテインを飲むよりも、お肉やらお豆腐やら、複合的なもののを口から食べたほうがビタミンやミネラルなどいろいろな微量元素が摂れていいという。NHKトリセツショーでも「朝たん」と言って、朝食でタンパク質を摂ることを勧めていた。

 炭水化物はがん細胞と健康な細胞、両方にとってのエネルギーになる。がん細胞のエネルギーにならないようにと炭水化物を減らすのは一理あるが、でも免疫を働かせて戦わないとならない本人のエネルギーまでもが切れてしまうとよくないから、食欲がないときは砂糖でも何でも食べられるものを食べるべきだという。

 免疫が大事だということは私も同感である。私はこれまでの所食事は普通に美味しく摂っている。少量の晩酌もしている。

②運動。

 毎朝4時ごろに起きて約5キロのウオーキングに出かける。雨の日以外は毎朝歩いている。

③④日光を浴びて、しっかり寝ること。

 買い物に行くときなどはエレクトリックアシスト自転車を使っている。NHKトリセツショーで1日最低10分の紫外線を浴びることが大事だと言っていた。日光を浴びることでよく寝られるようになるだけでなく、ビタミンDを体内に作ることができるという。

 この記事によると、日本人は大抵ビタミンDが欠乏している。Dは免疫力を高めるためにとても大切なビタミンだが、じゃあ薬を飲めばよいかというとそうでもないという。自分の体内でビタミンDを作り出せる状況にしてあげることが大事なのだ。類似するものも生成されるから、全部の数値が上がるという。

⑤『安心と希望』

 なんで私だけががんになってしまったの、つらい、しんどいと鬱々とするのではなく、前を向いて『何とかなる!』と言えることが大切。

 希望は人類にとって非常に大切である。一番大事なのは未来を向けるかどうか。万が一ステージ4のがんだとしても、『あの世に行けば先に行った人に会えるわね、それもいいわね』くらいに前向きに思っているおばあちゃんの多くが結構長く生きるんです。前向きな気持ちは持てれば持てるほどいいという。

 私は直腸がんの治療を一切しないと決めて実行している。この歳まで生きたからこれ以上生き続けたいとも思ない。成り行き任せである。

 ステージ2の直腸ガンと診断されて10か月になるがQOLは保たれている。困るのは便の回数が増えたのとぐらいだ。小便の前に便意を催すのだ。少量の便が出た後に小便が出る。

2024年1月13日 (土)

辺野古埋め立て着工

 防衛省は10日、軟弱地盤のある辺野古北側の大浦湾で工事を始めた。地盤改良工事のための設計変更を国が県に代わって承認した初の「代執行」を経て、県が認めなかった区域での着工に踏み切ったのだ。

 玉城沖縄県知事は「知事の権限を奪う代執行に至り、さらに工事の着手が強行されたことは、(政府が主張する)『丁寧な説明』とは到底真逆の極めて乱暴で粗雑な対応がなされたものと言わざるを得ない」と批判した。

 知事はまた、知事選や県民投票で示された埋め立て反対の民意が揺らぐことはない、とも強調した。

 工事車両が出入りする米軍キャンプ・シュワブのゲート前。政府が移設事業に着手して行こう、抗議の座り込みが3475日を数えた10日も、40人超の市民らが声を上げていたという。

 基地の中の沖縄と言われ、米軍はほしいままに振舞っている。日本の主権は及んでいないようだ。最近のオスプレイの墜落事故でも日本を無視した。

 米軍は日本占領軍ではないのだ。独立国の日本に多くの基地をもち勝手に振舞っている。米軍を基地から追い出すべきである。米軍はグアムなどへ行けばよいのだ。

 普天間基地を返還してもらうために辺野古に新しい基地を造って提供するなどやめるべきである。日本政府はどうして米国の言いなりになるのだろう。自民党政治が続く限り何ともならないのだろう。

2024年1月12日 (金)

現代に通じる貝原益軒の養生訓

 貝原益軒の養生訓はとても科学的だったという記事がスマートニュースにあった。貝原益軒の名と養生訓という書物の名は日本史の教科書で知っていたが、内容については全く知らなかった。

 益軒が今の様に医学が発達していない江戸時代に、83歳まで生きたそうだ。当時としては大変な長生きである。益軒は死の直前まで極めて健康で、『養生訓』の中で「夜に細かい字を書いて読み、歯も丈夫で一本たりとも虫歯がない」と記しているという。彼の人生はまさに「ピンピンころり」の理想形だと言えるだろうと記事は書く。

 益軒は「抜群の観察眼と学者としての洞察力で、自分や周りの長寿者の生活を細かく観察し、彼らが実践している生活習慣を参考にしたのだろう」と推察している。

①寝すぎはよくない。

 貝原が繰り返し指摘しているのが、「あまり寝すぎてはいけない」という教えだと、中国医学に詳しい薬剤師の松江一彦氏が解説している。

「『養生訓』は特に『昼寝をしてはいけない』と何度も説いています。実は高齢者の昼寝は現代でも問題になっていて、1時間を超えて昼寝をする人はアルツハイマー型認知症のリスクが高まるという研究もある。昼寝をするにしても、15分くらいに控えるのがいいでしょう」

 私はこの歳になって昼寝をするようになった。タイマーを40分にして寝るのだが、タイマーのベルで起きても、また寝てしまうことが多い。昼寝は15分か20分ぐらいがよいというのは知っているがそれが守れないのだ。

 益軒が昼寝をしてはいけないと指摘していたとは驚きである。

 また、8時間以上寝ると6~8時間寝る場合と比べて、心疾患のリスクが高まるという研究も発表されているという。

 子どもの頃は8時間睡眠がいいとされていた。でも、近年は6時間程度がよいと言われているようだ。私は実質6時間程度の睡眠である。

②座りすぎはよくない

 益軒は「座りすぎ」の弊害も指摘しているそうだ。昨年11月に厚生労働省が公表したガイドラインによると、座る時間が長くなるにつれて糖尿病などのリスク、さらには死亡リスクも高まるという。特に日本人の「座る時間」は世界的に見ても長く、たびたび問題視されてきたという。

江戸時代は座ると言えば畳などの上に正座するとか腰を下ろす形であったと思われる。現代人は一般の人は正座やあぐらなどはせず、椅子に座っていると思う。

「中国医学では、座りすぎは下半身によくないと言われるという。下半身の筋肉は全身の血流を巡らせるポンプのような役割を担っているが、脚の筋肉を動かさないとそれがうまく働かないからだろうという。それは現代医学からみても合っている。

 椅子の生活ではふくらはぎを圧迫することはないがそれでもよくないのだろうか。エコノミー症候群といって飛行機に長時間乗っていると起きる症状である。防止には時々立って足を動かすことだと言われる。

 養生訓が現代科学の眼で見ても理に適っているというのは凄い。

2024年1月11日 (木)

「光る君へ」初回視聴率ワースト1位

 スマートニュースに「"「光る君へ」初回視聴率12・7% 63年以降で歴代ワースト…吉高由里子主演のNHK大河ドラマ" という記事があった。

 私はNHK大河ドラマを必ずっと観ているので「光る君へ」も初回を観た。紫式部の生まれや幼少の頃の様子を描いているようだ。中でも三郎という男の子(後の藤原道長)との川原での偶然出会いは大切なエピソードなのだろう。

 第1話は「約束の月」。平安中期、京に生を受けた少女まひろ(落井実結子)、のちの紫式部。父・藤原為時(岸谷五朗)の政治的な立場は低く、母・ちやは(国仲涼子)とつつましい暮らしをしている。ある日まひろは、三郎(木村皐誠)という少年と出会い、互いに素性を隠しながらも打ち解けあう。再び会う約束を交わす二人だったが…という展開だった。

 まひろはある日野に出ていて馬に乗った貴族とぶつかってしまう。それでまひろの母・ちやが貴族に胸を刺され殺されてしまう。ちや役の国仲涼子は初回でただけとなってしまった。紫式部は母を殺されて悲しい人生だ。

ネットで見ると、式部の母・ちやは殺されたのではなく、病気で亡くなったようだ。作者はどうして殺されたことにしたのだろう。

 初回を観ていて興味はそそられなかった。作者大石静子の頭の中の創作なのかと感じた。分かっていないことがおおいようだから、おそらく作者の創作であろう。

 物語は平安時代を舞台に、世界最古の長編小説とされる「源氏物語」を生み出した紫式部(吉高由里子)の生涯を描く。紫式部が心を寄せる藤原道長役を務めるのは俳優の柄本佑。道長は源氏物語の主人公・光源氏のモデルともされており、ドラマでは紫式部と幼なじみのような関係で愛し合い、時にぶつかり合う姿が描かれる。

 大石静子がどの様に紫式部を描いて行くのか楽しみではあるが。

 初回の視聴率が大河ドラマ史上最低だったというのは、ドラマの描き方が面白くなかったからかまたは紫式部という主人公に興味を持たれなかったからかとちらであろう。

 

2024年1月10日 (水)

ペリーが驚いた日本

「 太平の眠りを覚ます上喜撰 たった4杯で夜も眠れず」という秀逸な狂歌で歌われたペリーの黒船4隻が江戸湾入り口の浦賀沖に来たのは1853年であった。

 以下はネットで見つけた「『黒船』が日本にきたとき、実は『ペリー』もまた『驚愕』していた…彼が『日本人』について語った『驚くべき内容』」という記事をもとにした。

 ペリーには、長い歴史をもつ神秘の国の鎖国の扉を最初に開けるのは、新興国の米国でありたいという強い意識があったという。日本について研究して、ペリーは幕府を開国させるには毅然とした態度で圧力をかけることが必要であると確信した。そこで多数の新式大砲を備え、防水・腐食のためのタールを黒々と塗った大型蒸気船をそろえて威圧感を与えたのだという。
幕府や日本の驚きは上記の狂歌にも表れている。幕府は開国をせざるをえなかった。

 しかし、驚いたのは日本だけではなかった。ペリーも驚いたというのだ。

 ペリーは寺子屋や藩校などで学ぶ日本人の教育水準の高さや、職人の腕のよさ、礼節を尊ぶ国民性に感嘆しているのだ。中国や他の東洋諸国では女性が夫の従属物のように扱われ無知の中に放置されているのに対し、日本女性は夫の伴侶であり、教育や品位があるとし、既婚女性のお歯黒は奇異ではあるが一夫多妻制もない日本は、道徳や規範において東洋諸国のなかで異質であると、好感を表しているという。

 日本は江戸時代から教育に力を入れていた。今にも続く礼節を重んじる伝統があった。それをきちんと見ていたのだ。

 とくにペリーは日本人が潜在的にもっている技術力の高さを見いだし、次のように述べているという。

 「日本人は非常な精巧さと緻密さを示している。そして彼等の道具の粗末さ、機械に対する知識の不完全さを考慮するとき、彼等の手工業上の技術の完全なことはすばらしいもののようである。
日本の手工業者は世界におけるいかなる手工業者にも劣らず熟練して精通しており、国民の発明力をもっと自由に発達させるならば、日本人は最も成功している工業国民にいつまでも劣ってはいないことだろう。

 他の国民の物質的進歩の成果を学ぶ彼等の好奇心、それらを自らの使用にあてる敏速さによって、日本国民と他国民との交通から孤立させている政府の排外政策の程度が緩和されるならば、彼等はまもなく最も発達した国々の水準まで達するだろう。

 日本人が一度文明世界の過去及び現在の技能を所有したならば、強力な競争者として、将来の機械工業の成功を目指す競争に加わるだろう」

 ペリーは日本の技術力に眼を見張り、欧米諸国との交流によって急速に発展するであろうことを見抜いていたのだ。日本は開国によって僅かな年月の間に西洋に追いついたのであった。

 こういうペリーのエピソードは学校でも扱って欲しい。私はこの歳になるまで全く知らなかった。

2024年1月 9日 (火)

戦時中をうまく描いたブギウギ

 NHKの連続テレビ小説では物語が戦前から戦後に渡って描かれるものでは戦時中のエピソードが必ず入る。現在進行中の「ブギウギ」は戦時中の苦難について一番よく描かれていると思う。

 第14週の「戦争とうた」第66話では、特攻隊として出撃する人々、そして残された家族のあまりに苦しい物語が描かれた。

 スズ子(趣里)は慰問公演で富山に出向き、戦争で夫を失った静枝に歌を聴きに来るように言った。お寺の境内で歌うスゞ子。そこへ静江が娘を連れてやってくる。スゞ子は静枝に向けて「大空の弟」を歌唱した。静枝は戦争で夫を亡くしていたがスゞ子も弟を亡くしていたことを知り、心を開くのであった。

 そのころ、りつ子も慰問先の特攻隊員たちのために「別れのブルース」を歌唱する。軍歌でないといけないと言っていた上官も陰で聞いて感動する。10代の特攻隊員たちは「晴れ晴れとゆけます」「覚悟はできました」など感謝と別れの言葉を口にするのであった。

 軍歌を歌わないことを貫いたりつ子(淡谷のり子がモデル)は立派であった。

 スズ子とりつ子は、改めて戦争のむごさや苦しみに直面し、音楽を通して自分以外の人々に起こっている現実と向き合うことになのであった。

 戦後80年、でも決して忘れてはいけないアの大東亜戦争である。私の様に体験したものには「銃後」と言われた国内の生活がどんなものであったかを知っているが、戦争を知らない者にはドラマを通して描かれることは大事だ。

 「ブギウギ」の作者は戦時中の暮らしをドラマを通してうまく描写できたと思う。これから始まる戦後がどう描かれるか楽しみである。特にスゞ子の「東京ブギウギ」がどの様にブレイクしていくのか。

 

2024年1月 8日 (月)

神の手歯科医

 昨年11月下旬に左上の奥歯が欠けてしまった。痛くもないし、しみることもないのでそのままにしていた。でも、下で触ると欠けたところが気になるので12月に予約をして、1月の6日に診てもらえることになった。

 罹りつけの歯科医院はコンドウ歯科(TEl.052-853-1211)で瑞穂区石川町2-4にある。この歯科医院は患者が多くなかなか予約がとれない。確か歯科医が8人ほどいるはずだ。幸い多忙な院長に診てもらうことができた。

 院長は欠けた奥歯を見ると、寝ている間に左奥歯をかんでいて力が加わっているので欠けたのだろうと言った。そして、耳の脇の咬合部やあごの下を抑えて痛いだろうと言った。確かに痛かった。右側は痛くないはずだと言って同じように抑えたが痛くは無かった。

 右側をもう少し使えるように調整すると言った。ほんの少し削ったりしていた。また前歯の辺りのかみ合わせも調整した。その間15~16分ぐらいであった。欠けた部分は埋めた。

 これでまた欠けるようであれば次は被せる治療をすると言った。予想と違って簡単に終わったので驚いた。そして「神の手」だと思った。院長は全国に指導に行くと言われ、患者も全国から来ると言われている。さすがだと思った。

 ちなみに私は現職の時に歯の治療をして、退職後30年近くは歯のクリーニングをしているだけである。80歳で20本以上の自分の歯が残っているともらえる「80ー20」の表彰状も貰った。88歳の現在も変わっていない。

 たまたま歯が欠けたので治療をしてもらったが30年ほどは治療はしていない。我が家の近辺には歯科医院が多く、200mに1軒ぐらいある。そんな中で患者を抱えているというのは凄いことだ。「神の手」だからだろう。

2024年1月 7日 (日)

気象庁の時間定義と自分の感覚のずれ

 スマートニュースを見ていたら、「夕方が始まるのは何時から?という記事があった。それによると気象庁の定義では15時からだとあった。15時は早すぎる。私の感覚では冬の場合16時ぐらいだと思う。夏は日照時間が長いので18時ぐらいからかなと思う。

 ちなみに午前中は0時から12っ時まで、午後は12時から24時までと定義している。12時を境に午前と午後に分けるのは私の感覚と合うが、午前中は夜明けぐらいから、午後は19時ぐらいまでかなと思う。

 未明は0時~3時となっているがこれも3時ぐらい~日の出前と思っている。明け方は3時~6時となっているが、私は日の出前の1時間ぐらいかなと思う。

 朝は6時~9時となっているがこれは私の感覚とも合う。昼前は9時~12時だが、私は10時半~12時かな。昼過ぎは12時~15時となっているが、私は12時~1時半ぐらいの感覚だ。

 日中は9時~18時となっているが、10時~16時かなと思う。夜は18時~24時となっているが、私は陽が沈んで暗くなってから夜が明けるまでだ。特に24時~2時は真夜中だと感じる。昔から丑三つどきは2時~2時半である。

 この気象庁の定義は気象予報用のものだそうで、これまでは自分の定義で気象予報を聞いてきたがこれからは少し注意して聞いてみようと思う。

 日常の会話では誰もが自分流の定義で行っていると思うのだが、それで困ったことは一度もない。「午前中に会議がある」とか「夕方に買い物に行く」とか「夜中にトイレに起きる」など。

2024年1月 6日 (土)

航空機衝突事故は人災だ

 今年の正月は、元日に能登半島震災が起き、2日には羽田空港で日航機と海保機が衝突するという信じられない事故が起きた。

 たまたまNHKをテレビを見ていたので衝突事故の様子を詳しく見ることができた。NHKは延々と事故の様子を放送し続けた。

 その時点ではどうして衝突したのかは不明であったし、日航機の乗客や乗員が脱出したというのは遅くなって分かった。

 4日の朝日新聞を見ると、海外のメディアは「奇跡の脱出」と報じたことが分かった。379人のクルーと乗客全員が脱出シューターで脱出した。キャビンアテンダントなどの日ごろの訓練にもとずく冷静な対応があったと言われる。

 機体の外側が燃えているのでどんなにか怖かっただろうと想像する。自分は年末に飛行機で松山に行って来たばかりであったので余計にそう思う。

 ところで、海保機と日航機エアバスの衝突は、海保機の機長は「滑走路への進入許可を得た上で進入した」と述べたという。しかし、国土交通省が発表した交信記録では、管制官は誘導路の「停止位置まで地上走行して下さい」と指示し、機長は「停止位置に向かいます」と反応している。日航機へは管制塔は着陸指示をしている。
 

 こうした状況から見る限り、海保機の機長や副操縦士の誤認は明らかである。海保機側には死者が出たが日航機側は全員無事であったのがなによりであった。
 

 この航空機史上に記録されるであろう衝突事故を教訓として、今後は2度とこうした人災による事故を起こさないようにしてほしい。

 天災は防げないが、人災は防げるのだ。

2024年1月 5日 (金)

ポチ袋のいわれを知った。

 暮れにスーパーに行ったとき「ポチ袋」を売っていた。正月が来るのでお年玉を入れる袋を売っているのだった。

 私はお年玉を上げる対象者がいないのでポチ袋は要らない。でも、どうして「ポチ袋」というのだろうと思った。人に聞いても知らなかったので疑問のままであった。

 3日にスマートニュースを見ていたら、「ポチ袋」の言われを説明している記事を見つけた。それによると、「ポチ」とは「これっぽっち」の「ぽち」が語源で、もとは関西の方言だという。

 「これっぽっち」は私も使ったことがあるし、名古屋でも使われている。

 江戸時代に大阪など関西では、芸妓さんたちに、『これっぽっちだけど……』と言いながらチップ、いわゆる“心付け”を渡す文化があったという。そのうちその心付け自体を『ぽち』と呼ぶようなったというのだ。

 最初は懐紙に包んで渡していたが、その和紙に家紋や絵を入れるなど趣向をこらすようになり、最終的に『ぽち』を入れる専用の小さな袋、ぽち袋が作られるようになっていったそうだ。でも、私が子どもの頃はお年玉としてお金を貰っていた。

 お年玉を入れるようになったのは、昭和30年ごろからだというから私が大学生の頃だ。高度成長期に入りお金を渡すようになり、ポチ袋が使われたという。

 自分の子どもや甥、姪にお年玉をあげるようになり、お年玉袋に入れて渡していたが、「ポチ袋」とは言わなかった。「ポチ袋」という呼び方はこの歳になって初めて知ったことである。

 孫がいないのでお年玉を上げることはないのが寂しい。

2024年1月 4日 (木)

Iイオンアプリ登録に4時間!!

 私が行くスーパーはマックスバリュー御器所店である。2日に買い物に行ったら「1月3日までイオンアプリで5%オフ」と書いてあった。

 以前はマックスバリューのアプリで割引などに使えたのだが、最近割引はIイオンアプリに統合されてしまったのだ。

 Iイオンアプリの登録をしていなかったので、午後に登録をすることにした。ところがやり始めて認証コードがSNSメッセージに送られて来なかった。何度試してもダメなので、イオンカードのサポートに電話をした。するとIイオンアプリのサポート電話を教えてくれた。

 そこでIイオンアプリに電話をしたら、調べてくれが、分からなかったので、スマホを買った店に電話をして調べてもらうようにと言った。

 auのサポートは遠隔操作で調べてくれたが分からなかった。そして、Iアプリのサポートで認証番号を送る電話番号を聞いてauの別のサポートに電話するようにと言った。

 教えてもらった電話番号が着信拒否になってないか自分で調べたが、拒否になっていないようであった。auのサポートに電話をしたら、遠隔操作で調べてくれた。そして着信拒否リストを調べたら、なんとものすごくある中で下の方にIイオンアプリの電話番号が見つかった。それを削除して登録をしたら今度は認証番号が送られてっきて登録できた。ここまでに実に3時間もかかった。

 そのあと必要事項を入れるのであったが、イオンカードの番号を入れるところでカードの番号が読めないというトラブルがあった。らちが明かないのでカード会社に電話をして何とか番号を知ることができた。そのためにすごく時間を取られた。

 カード番号など必要事項を入れて認証番号を貰う段になってまた分からないことがあった。Iイオンアプリのサポートで何とか完了することができたが、午後1時に始めて完了するまでに何と4時間もかかってしまった。正月2日はIイオンアプリで振り回されてしまいとんでもない正月になってしまった。

 これまでにもいろいろなサポートを受けたがこれほど大変だったのははじめてであった。

2024年1月 3日 (水)

紅白歌合戦を聴いて

 昨年は珍しくNHKの紅白歌合戦を3時間あまり見た。この頃はどんな歌が人気があるのかを知りたい気持ちもあった。

 以前と違って若い人の好みそうな歌が多く、演歌は少なくなったようだ。グループで歌うのが多く、ソロは少ないと感じた。

 ただ、どの歌も日本語に英語が混じっているのが不思議であった。そういう歌詞のつくり方が今のトレンドなのかもしれないが、どうして英語を入れなければならないのだろう。日本語には英語や和製英語がよく使われるようになったが、そういうことと関係があるのだろうか。

 英語が世界語になったとはいえ、大谷の言い方を借りて言えば、英語に憧れるのはやめよう。

 英語が混じるのは日本の歌手の歌だけでなく、今年多く見られた韓国などの歌手の歌も英語交じりであった。

 もう一つ紅白を見て感じたのは、歌に踊りのようなアクションがつくことだが、そのアクションがどれも似たような動きであった。何という動きなのか知らないが,HIPHOPというダンスなのだろうか。歌いながら踊る?のは大変だと思うが出て来る歌手がみんな似たような動きなのはいただけない。

 昔のようなメロディがきれいで聞かせる歌を作れないのだろうか。それにしても紅白が若者に人気がないというのはどうしてなのか。

2024年1月 2日 (火)

人気のお節料理

 Yahoo!ニュースに、「好きなおせち料理、1位は『お雑煮』 2位は? 紀文の『お正月全国調査』」という記事があった。この調査は調査は全国47都道府県20代~60代の既婚女性7015人を対象に2023年1月に行ったものだという。

 それによると自宅でおせち料理を用意した人は約5割とあった。昨年の9月頃からお節料理の広告が始まり、いろんなお節料理の予約が受け付けられていた。豪華なお節料理が多いが金額もかなりのものである。スーパーでは安めのお節だが、それでも高い。

 自宅でおせち料理を用意した人は46.1%。年代が上がるほど割合が高くなっているという。高齢者は昔から自分で用意してきたからであろう。

 我が家では毎年妻がお節料理を用意してきた。既製品のお節料理は一度も買ったことがない。

 記事によると、用意したおせち料理で最も多かったのは「かまぼこ」だという。紀文にしてみればこの結果は嬉しいであろう。我が家も毎年紀文の「かまぼこ」を用意している。

 北海道では「お雑煮」、関西では「黒豆」が1位となったが、他の地域ではかまぼこが1位を占めたそうだ。かまぼこ以外では、お雑煮、黒豆、伊達巻、数の子などが多く回答に上がっているという。

 我が家では、お雑煮はもちろんのこと、丹波の黒豆、数の子、栗きんとん、なます昆布巻きなどを用意した。

 好きなおせち料理についての質問で、1位になったのは「お雑煮」。「栗きんとん」、「黒豆」と続いたそうだ。私もお雑煮で、お雑煮はお節料理の中で欠かせないものである。、

 沖縄では、「だし巻き・厚焼玉子」、九州ではえび、北海道ではいくら・すじこやえびが人気が高いそうだ。

 私が育った南紀新宮では正月料理といえば、サンマ寿司、目張り寿司が定番で、どこの家庭でも用意をして、正月3が日の間食べていた。

2024年1月 1日 (月)

2024年年頭にあたって

 昨年2023年はイスラエルによるガザ攻撃が執拗を極め、ロシアによるウクライナ侵攻もとどまる気配がない。地球上に戦争があるということはまことに悲しいことである。

 ガザやウクライナの人々は新年をどんな気持ちで迎えたのであろうか。日本では戦争がなく平和な新年を寿ぐことができたのは有難いことである。

 新年の初詣ではガザやウクライナの戦争が一日も早く終わることを祈るしかない。

 日本はといえば、岸田政権は人気下落中であるが、2023年12月8~11日の時事通信の世論調査では内閣支持率が7.1%、毎日新聞においては12月16日、17日の調査で16%と、ついに10%台にまで内閣支持率が落ち込んでしまったのだ。岸田政権が進める政策が国民の期待を裏切るものだから人気が落ちるのも当然である。

 年末から捜査が行われている自民党の政治資金裏金問題。徹底的に解明されるとと今後こういうことが起こらないようにすることに取り組んでもらいたい。

 
 昨年12月22日に政府は現行の「紙の健康保険証」の廃止時期を盛り込んだ政令を閣議決定。これにより2024年12月2日に現行の健康保険証は廃止となり、この日以後、基本的にはマイナンバーカードを保険証として使用することになる。しかし、マイナンバーカード保険証様々なトラブルが発生し、不安を煽っている。紙の健康保険証を廃止する理由は一つもないのだ。今年中に現行の健康保険証を廃止することを撤回してもらいたい。

 防衛費の大幅増額や攻撃兵器の輸出などもやめてもらいたい。政府は、2023年度から5年間の防衛力整備の水準を、現行の計画の1.6倍にあたる43兆円程度として進めている。その初年度である2023年度は、前年度から1兆4千192億円の増額となった。

 防衛費の増額が本当に必要なのか。米国に忖度してのことではないのか。金は国民生活のために使うべきである。

 岸田政権と自民党の人気下落に対して野党の方はまとまりがなく、自党のことばかり考えているように見られる。今年は総選挙も予想される。自民党を一気に投げ倒すような行動を取ってほしい。小党乱立ではいつまでたっても自民党をのさばらせるだけである。

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