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2023年9月 8日 (金)

葬式の読経

 久しぶりに葬儀に参加した。この頃は家族葬が多い。小さな家族葬だが、それでもお寺関係も入れて120万円ほどかかると言っていた。

 本願寺系の僧侶が1人で読経をした。僧侶の読経を聞きながら、意味不明のお経を歌の様に唱えるだけで何がよいのだろうと思った。本願寺なので途中で日本語の部分もあったが、文語の文章を読んでいるようであった。「ようであった」というのは僧侶の声が小さく発音が明瞭でないので何を言っているのか分からなかったのだ。文語であることはわかった。せっかく日本語を読んでいるのだからよくわかるようにして欲しいと思った。

 お経はどの宗派でも漢語のお経を音読みしている。聞いている方は何が何だかさっぱり分からない。葬儀はどこでもだいたい30分ぐらいお経を読む。さすがに僧侶も覚えきれないと見えて経典を開いて読む。読んでいる本人は意味が分かっているのだろうかと思うがどうなのか。ひょっとするとただ読んでいるだけかも知れない。

 昔の人は有難いと思ってお経を聞いていたのだろうが、現代人は有難いと思って聞く人はほとんどいないのではないだろうか。

 葬式のやり方も分かるものに変えなければ、ますますお寺離れが起きるのではないかと思う。思い切って口語で話して誰にでも分かるようにした方がよいと思うのだが。

 葬式の30分間お経を聞きながらそんなことを考えていた。

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