日本軍人を恩赦したキリノ大統領
11日の朝日新聞「残響」(78年後の「戦争」)という連載記事第1回のタイトルは「戦犯開放した比大統領 妻子を殺されても選んだ赦し」であった。
日米の激戦地となったフィリピンでは、国民111万人が犠牲になったとされる。フィリピン軍による戦後の裁判では、民間人殺害や性暴力などの罪で日本軍の137人が有罪となり、半数以上が死刑の判決を受けた。しかし、執行されたのはわずか17人で、恩赦によって105人が日本に帰れたという。
1953年にBC級戦犯に恩赦を出したのが当時の大統領エルピディオ・キリノ氏であった。
キリノ元大統領は妻と長女三女、そして次男を日本兵に撃たれてなくしたのであった。日本兵4名が夫人を機関銃で撃ったという。抱いていた2歳の3女が投げ出されたのを銃剣で刺したというのだ。
身内をそんな惨い目にあわされたのにキリノ元大統領は寛大な恩赦をしたのだ。キリノ氏は53年7月に次の声明を出した。
「私は妻と3人の子を殺された者として日本人を恩赦する最後の一人となるだろう。私は自分の子孫や国民に、我々の友となる日本人への憎悪の念を残さないために、この措置を講じるのだ」
記事は、キリノ氏は日比友好の象徴的な人物である一方、日本でその存在を記憶する人は多くないと書いている。私もその一人である。この記事を読むまで全く知らなかった。何と素晴しい大統領だったかと強く心を打たれた。
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