岸田首相が贈った必勝しゃもじ
岸田首相はインド訪問後3月21日、ウクライナの首都、キーウを電撃訪問した。その際、岸田首相はお土産として「必勝」と書かれた自身の地元・広島の特産品である「しゃもじ」を贈ったのが話題となった。
極秘裏に行われた電撃訪問であったが、周到に準備されていたものであることが「しゃもじ」からもうかがえる。
しゃもじは普通の大きさのものだと思っていたが、サンデーモーニングで見たら、何と人の背丈もある巨大なものであった。同じ画像を探したが見つからず、岸田氏自身が自民党広島県連から贈られた写真がネットにあった。(下の写真)
3月24日の参議院予算委員会で立憲民主党の石垣のりこ議員が、岸田首相に「しゃもじ」を贈った理由について質問すると、岸田首相は「外交の慣例として、地元(広島)の名産の土産を持っていくことをよくやる。今回、地元(広島)の名産である『しゃもじ』をお土産として使った」と説明した。
これについて石垣議員は批判したが、天声人語でもおかしいと書いていたし、その他からも批判が出ている。
宮島観光協会」によると、「しゃもじ」は正式には「杓子(しゃくし)」と呼ばれ、その発祥の地は世界遺産の厳島神社がある、安芸の「宮島」だという。
「必勝」と「しゃもじ」にはどういった関係があるのかというと、起源は日露戦争に遡るという。日露戦争の時代、宮島は軍人たちの出征地の一つとなっていたため、軍人たちは出征前、宮島の厳島神社を訪れ、無事に帰ってくることを祈念し、お守り代わりとして、しゃもじを奉納していたそうだ。
しゃもじは「飯(めし)をすくう」もの。つまり、「飯(めし)とる」もの。それが転じて、「敵を召し捕る」という意味になったいわばダジャレである、そして「勝つための縁起物」となったというのだ。
必勝しゃもじが日本が勝った日露戦争に起源を持つから、ロシアに勝つという縁起物として岸田首相は贈ったのであろう。
それでもウクライナがロシアとの戦争に勝つようにとの祈りを込めて贈ったのは釈然としないものがある。選挙とかスポーツとかコンクールや受験などでの縁起物ならよいが、戦争の縁起物として使うのは如何なものか。
ゼレンスキーしなどウクライナの人たちがどう受け止めたかを知りたいものである。
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