突然夢に現れた「隣組」の歌に思う
7日の真夜中眠っているとき「隣組」という歌の夢を見た。夢の中で昔の歌が突然現れることはときどきある。今回もその一つであった。全く何の関連もなく突然現れるのが不思議である。
「隣組」の歌は、
とんとん とんからりと 隣組
格子を開ければ 顔なじみ
廻して頂戴 回覧板
知らせられたり 知らせたり
で始まる歌で、夢に現れたのは一番のこの部分である。
ネットで調べたら、「隣組」という歌は、岡本一平作詞 飯田信夫作曲の戦時歌謡曲で、1940年6月に初放送されたとあった。
ネットによると、「隣組」とは、戦時中の日本における町内会の組織で、江戸時代の隣保組織である五人組・十人組に倣い、生活必需品の配給や防火訓練などの相互扶助が行われたほか、思想統制や住民同士の相互監視の役目も担っていた。
このことは私も子どもの頃に経験しており、その関係で「隣組」の歌は政府によって作られたつくられたものだと思っていた。子どもの頃よく歌ったものである。歌詞は4番まである。
昔は政府によって「隣組」が組織化されるまでもなく、「隣組」は自然に存在していた。
2番の歌詞には、
とんとん とんからりと 隣組
あれこれ面倒 味噌醤油
ご飯の炊き方 垣根越し
教えられたり 教えたり
とあるように、隣近所は親しく付き合っていて、ときには金の貸し借りもしていたぐらいである。
「あれこれ面倒 味噌醤油」は面倒を見合うと言いうシャレであるが、実際に味噌醤油なども融通しあっていた。
今も町内会組織はあるが、回覧板ぐらいで形骸化されている。隣近所の人と話をすることもない。「秋深し 隣は何をする人ぞ」状態である。
高齢化社会になった現在こそ「隣組」の付き合いは必要だと思うのだが・・・・。
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