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2023年1月22日 (日)

教員になり手がなくなっているという

 教員は戦前から戦後しばらくの間は「聖職」と言われていた。私が教員になった昭和37年頃でもまだ「聖職」とみる人が父母の中にいたように思う。

 「聖職」というと聞こえはよいが、詮ずる所安い給料で働かせるための言い草であったように思う。「聖職」だから金のことなど言うべきではないという雰囲気があった。

 教員は教職員給与特措法によって残業手当を出さないという仕組みになっていて、私はその中で働いてきたが、それが今も続いている。政府はこの四月の新年度に見直しを始めるという。

 見直しをするのは教員のなり手が年々少なくなっているからだ。教職員採用試験の受験者の減少が続いているのだ。驚いたのは大分県では23年度公立小学校採用試験で、採用見込み数200人に対し、受験者数は198人と定員割れとなったという。合格者数は159人と採用見込み数を大きく下回ったそうだ。

 大分県の公立小の女性教員は「人が足りず、現場はぎりぎり、長時間労働で何とかまわしている。みんなが定時で帰れるぐらいの仕事量にならないと、なり手は増えないのでは」と朝日新聞にあった。

 教員の仕事が多岐に渡り、部活や事務などが問題視された。部活については外部委託が見当されるようになったと聞くが、実態はどうなのか。事務については現職の頃がら大変だと言われてきた。何とかそれをこなしてきたが大変であった。

 成績処理などを家に持ち帰っていたが、通勤の電車の中でもテストの〇付けをしていた。通知表も家でやっていたが、今と違って問題視されなかった。それは当たり前であったのだ。

 授業の準備や研究もすべて時間外であった。それに驚くべきことだが有給休暇も取らせてもらえなかった。組合はそれを黙認していたので、名古屋では有志が有給休暇を取らせろという闘争をした。私が有給休暇を取ったのは退職直前の夏休みにカナダ旅行をしたときであった。

 今の教育現場を知らないが、新聞等で見ると私の頃よりもっとひどくなっているようだ。だから教員という仕事に魅力がなくなって教員のなり手がなくなっているのだ。

 教育は大事である。国の将来に関わると思うのだ。明治政府は日本の将来を見据えて教育政策を土台に据えた。今また見直すべき時に来たと思う。

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