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2022年1月23日 (日)

昔の暖の取り方

 わが家には火鉢がとってある。座敷の片隅に置いてあるが一度も使ったことがない。この火鉢は昔親が使ったいたものだ。
 冬になると炭火を入れて座布団をしいて火鉢の火に手をあぶって温めていた。今の様なエアコンや石油ストーブやガスストーブのない時代であった。
 

 火鉢は便利で、手を温めないときはヤカンが掛けてあり、いつも湯が沸いていた。ヤカンから湯気が出るので湿気を保つのにもよかった。
 

 正月など餅があるときは金網を置いて餅を焼いて食べた。父は酒を飲むとき肴にするめを焼いていた。火鉢はどこの家でも大事な暖房器具であった。
 

 大事な暖房器具としてはその他に湯たんぽがあった。夜寝るとき母親がお釜で湯を沸かし、湯たんぽに熱湯を入れて布でくるんで布団の足元に置いてくれた。それで朝まで暖かく寝ることができた。
 

 布団に入れる炬燵もあったが火を使うので危険だから我が家では湯たんぽを使っていた。
 

 炬燵と言えば櫓炬燵があった。格子状に木で組み立てた高さ50cmぐらいの立方体で、中に炭火とか練炭を入れた。我が家では練炭は一酸化炭素が出るので炭火を使っていた。櫓炬燵の上に布団をかけてその中に足を入れて温まったのだ。炬燵の上で将棋などをして遊ぶこともあった。
 

 今、私はモフモフのものを毛布代わりに上布団に下に入れて寝ているが、これが大変優れモノで、これだけで温かく寝ている。子どもの頃は夜着という綿入れのものを着て寝ていた。
 

 夜起きているときは褞袍(ドテラ)を着ていたが、中学の頃初めて褞袍を買ってもらったときは嬉しかった。
 

 今と違って65年ぐらい前の子どもの頃は冬の寒さをしのぐのは大変であったのを思い出す。

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