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2021年9月14日 (火)

「応援」と「頑張る」について

 東京オリンピックとパラリンピックでメダルを取った選手が、インタビューを受けたとき必ず口にする言葉が「皆様の応援のお陰です」とか「これからも応援をよろしくお願いします」であった。この言葉を聞くと私は違和感を覚えたものであった。

 それはたまたま観ていた競技でその選手が一生懸命に頑張っている姿を見て「頑張って!」と応援したのであって、初めから応援をしたわけではないのだ。その選手のことを知っているとか同じ県の出身であるとか知り合いであるということなら応援をするであろうが、一般の人はテレビの実況で、目的のために懸命にやっている姿を見て応援をしているのだ。その人たちの応援がやっている選手に届くわけでもない。

 マラソンンのように沿道で応援する場合は応援してくれていると感じるであろう。声援や拍手などでもっと頑張ろうという気持ちになるであろう。

 今回の東京オリンピックもパラリンピックの場合も無観客であったから、直接の応援を受ける場面はごくわずかであった。ただ、心の中で日本中のテレビを見ている人たちが応援してくれているに違いないと思いながら競技をしたかもしれないが。
「皆さんの応援のおかげです」「これからも応援してください」などのフレーズはオリンピックに限らず、野球、サッカー、その他でいつも聞く常套句であって日本人の定番の決まり文句なのだ。こういう場合外国ではどういうのであろう?知りたいものだ。

 8日の朝日新聞「多事奏論」で田玉編集委員が「野球選手のイチローは『これからも応援をお願いします!とは僕は絶対に言わない』『応援して頂けるような野球選手であるために、自分がやらないといけないことを続けていく』と言っていたと紹介してあった。さすがにイチロー選手だと感心した。

 同じ記事の中でこういうエピソードも紹介していた。パリで誘われて巨匠のコンテンポラリーダンスを観に行ったとき、公演の途中で客が次々に席を立って帰って行ったというのだ。中には大きな足音を立てて出ていく人もいたという。その時舞台で一生懸命に演じているのに、最後まで見るのが礼儀ではないかと思ったそうだ。

 後で出演者にインタビューをしたら、「全然気にしていませんでしたよ」と言い、欧州ではよくあることだ言ったそうだ。足音を立てて帰るのも客の「反応」だというのだ。

 ヨーロッパでの自分の思いを率直に表す観客の態度と、日本の控えめな相手の気持ちを思い測る態度との違いを知った。

「頑張る」「頑張って」は非常によく使われる日本語である。「頑張る」は何かを達成しようとして行動する自分自身の心である。「応援」はその姿を見た第3者の心である。スポーツにしろ芸能にしろ、懸命に頑張る姿を見ている人がどう受け止めるかなのだ。

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