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2021年8月13日 (金)

妹の80歳を祝った

 上の妹が80歳になるので兄弟姉妹で祝うために東海市へ行った。4人兄弟のうち3人が名古屋に住んでいるので本来なら名古屋でやるのだが、弟が歩行が不自由になったので住んでいる東海市まで出かけたのであった。

 行きは名鉄金山から普通列車で行ったのだが、途中で特急などの通過を待つのが3回もあり、高横須賀まで40分もかかった。駅まで弟の妻が車で迎えに来てくれた。

 東海市には父母の墓があり、弟が跡を継いで父母の面倒をみ、墓も守っている。それでちょうどお盆なので墓参りも兼ねてやることができてよかった。

 弟は83歳、一番下の妹は終戦の年の終わりに生まれたので75歳である。私が一番上で85歳8か月になった。兄弟姉妹4人がそろってこの年まで生きて来たのだが、父は88歳、母は93歳まで生きたので父母の年まではまだ少しある。コロナ禍や自然災害などあるのでいつどうなるか先のことは分からない。とにかく現時点で皆がそろっていることを喜ばねばならない。

 墓参りのあと、近くの夢庵というレストランで食事をした。それぞれが食べたいものを取って食べるというのが我々兄弟のやりかたである。私と上の妹は天ぷらと寿司の組み合わせの料理を選んだ。天ぷらは量が多かった。寿司は6貫であったがネタが大きくて美味しかった。

 11時半ごろ店に入ったときは数組の客がいたが、12時を過ぎると満席となったので驚いた。コロナで会食を避けるように言われているが、客は来るのだと思った。私たちも心配をしたのだが、手指の消毒をし、マスクを用意し、テーブルにはアクリル板の仕切りがあった。気を付けて久しぶりの会話をした。

 また兄弟姉妹がそろって会食をできるのは何時だろうと皆が感じた。集まることができる体の状態であることが必須である。我々兄弟姉妹が交流できているのは遺産相続でもめなかったからである。だから父母の死後もずっと仲良く交流を続けてこられたのだ。

 帰りは弟の妻が太田川駅まで送ってくれたので特急でも急行でも乗れる。急行に乗ったら金山まで15分であった。行きの普通とは大違いであった。

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