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2021年2月23日 (火)

形容動詞という呼び方

 中学校で初めて文法というものを習ったと記憶するが、様子を表すものを学校文法では形容詞と形容動詞という分け方をしていた。

 美しい、おいしい、楽しい…というような語句が形容詞の仲間で、きれいな、静かな、親切な…のような語句が形容動詞と呼ばれている。

 どうして形容動詞というのかは知らなかったが、習ったままにそういうものだと覚えていた。

 日本語教室で外国人に日本語を教えるようになって、外国人向けには語句の形で見分けられるように、イ形容詞,ナ形容詞と呼んでいることを知った。「美しい」は言い切りの形がイで終わっているのでイ形容詞で、「静かな」は言い切りの形がナで終わっているのでナ形容詞である。とても分かりやすい。どうして学校文法では難しい呼び方をするのだろうと思ったものである。

 「日本語びいき」(清水由美著 中公文庫)を読んでいて、その由来を知った。形容動詞はむかしナリ活用だった語句の仲間で、ナラズーナリーナルーナレバーナロウのようにラ行動詞の活用に似た変化をする。それで意味は形容詞だが変化が動詞みたいなので形容動詞と呼んだのだと説明してあった。

 外国人向けの日本語文法を考えた人は誰だか知らないが、イ形容詞,ナ形容詞と名付けたのは凄いと思った。

 50年ぐらい前に、国語学者の大久保忠利先生から、国連に登録されている日本語文法が当時400以上あるということを聞いたことがある。エッ、そんなにもあるのと驚いたので今でも覚えている。

 有名なのは橋本文法、時枝文法で、文部省は学校文法を使っていた。しかし、いずれも形容詞、形容動詞という品詞分類をしていた。せめて学校文法には、イ形容詞、ナ形容詞という呼び方を取り入れたらよいのにと思う。

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コメント

大久保忠利氏とはなつかしいお名前です。
時々私が感心するのは、道ですれ違う3才か4才の子供が「時間」や「比較」その他の抽象概念を表す言葉を普通に使っていることです。
つまり小学校に入学するまでには中学校の3年間で習う英語に匹敵する言語能力は獲得しているように思えるのです、
そこから小学校、中学校と更に勉強を重ねるのに対して、中学校3年間の英語も徹底的に身に着けていない上に、そのあとも週に数時間の勉強を重ねるだけでは、日本人の英語力がどうとか嘆くこと自体が間違いでしょう。
他方、たとえばドナルド・キーン氏のように日本語の古文から現代語、中国語の古文、西洋語と、日本人の国文学者ではなかなか太刀打ちできない言語能力の持ち主であったにもかかわらず、日本語の発音に関しては明らかに「外人」のままでした。
しかしその後の世代では、顔を見なければ並みの日本人よりも綺麗で流暢でしっかりした内容の日本語を話す人がめずらしくなくなっています。いったいあの人達はどのようにして日本語を身に着けのか、とても興味をひかれます。

投稿: たりらりら | 2021年2月23日 (火) 18時18分

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