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2020年10月30日 (金)

菅首相の「政治家の覚悟」のウソ

  菅義偉首相が野党時代の2012年3月に刊行した単行本「政治家の覚悟」(文芸春秋)を改訂した新書が、文春新書として20日に発売された。

  この本の中で「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」と公文書管理の重要性を訴える記述があった章などが削除されているという。

 

 菅氏は12年の単行本で、旧民主党政権が東日本大震災時、会議で十分に議事録を残していなかったことを批判し、「千年に一度という大災害に対して政府がどう考え、いかに対応したかを検証し、教訓を得るために、政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」などと断じていたのだ。

  文芸春秋は新書版として出すに当たって、公文書を残すのは当然だという部分が菅政権にとってまずいと忖度したのであろう。

  なぜなら、菅氏が、官房長官を務めた安倍晋三政権では、学校法人「森友学園」への国有地売却問題や首相主催の「桜を見る会」問題を巡り、政権に都合の悪い公文書や記録が改ざんされたり、廃棄されたりしていたのだ。著書で書いていたことと真逆のことを安倍政権ではやっていたのだ。菅首相は共犯者である。

  新型コロナウイルス対策を話し合う会議も、発言者や発言内容の詳細が分かる議事録を残していない。都合の悪いことは残らないようにしてしまい、それがまかり通って来たのであった。

 

 さらに12年1月28日の菅氏のオフィシャルブログには「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」「議事録を作成していなかったのは明らかな法律違反であるとともに、国民への背信行為」などと書かれているという。

  著書でもブログでも立派なことを述べているのだ。法律違反であり、国民への背信行為というのはまさにその通りである。それなのに安倍政権では法律違反、国民への背信行為をのうのうとやってきたのであった。

  そして当時の民主党政権について恣意(しい)的に国家を運営し、政権を担う資格がないのは明らかだと断じている。

  著書やブログで書いた正論がブーメランとして菅政権に突き刺さるのを回避しようとして、文芸春秋は削除したのだろうが、その事実を削除することはできない。記録として残されているのだ。

  菅政権が安倍政権のやった、公文書管理でも記録を残すことでも改ざんしたり、破棄したり、残さないことを継承していこうということだ。菅首相の政治家の覚悟とはそういうことであり、学術会議任命拒否の理由を明かさず、学術会議の在り方にすり替えたことにも覚悟の正体が現れている。

  メディアも国民もこの点をしっかりと監視していかなければならない。安倍政権のような誤魔化しは許してはならないのだ。

 

 

 

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