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2020年10月11日 (日)

予科練の歌(若鷲の歌)

 先週連続テレビ小説「エール」で描かれたのは古山裕一が、映画「決戦の大空へ」主題歌作曲のエピソードであった。裕一(古関裕而)は霞が関の予科練に1日体験入隊をして作曲したことになっているが、実際は詩を書いた西条八十と一緒に入隊したのだそうだ。

 裕一は長調の曲と短調の曲の2曲を用意し、幹部は長調の曲を選んだが、予科練生たちが短調の曲を選んだのでそれに決まったということになっている。不自然さを感じたのは予科練生たちがすぐに暗譜で「若鷲の歌」を歌ったことであった。練習もなしに歌えるはずがないのに。

 それはともかく、私はこの歌を「予科練の歌」という題名だと思っていた。なぜならいつも「予科練の歌」と言って歌っていたからだ。「若鷲の歌」と知ったのは初めてであった。

 この歌ができたのは昭和18年だというから、国民学校2年生の時であった。私たちはこの歌をよく歌ったので体にしみこんでいて、今でも1番の歌詞は覚えている。
 

 国民学校の頃この歌を歌いながら「7つボタン」に憧れていた。将来は予科練の海軍士官になるのが夢であった。紺色の服に7つボタンは格好良く魅力的であったのだ。もし予科練を受けられる年ごろになったとして、私の運動神経では全く無理であったはずだが、子どもの頃はそんなことはおかまいなしであった。

 「エール」では裕一の妻の音が教えていた男の子が予科練に合格して挨拶に来るシーンがあった。予科練は花形であったのだ。
 

 4番の歌詞の最後は「見事轟沈 した敵艦を 母へ写真で 送りたい」となっているが、戦争が激しくなり特攻隊に駆り出されるようになると自らの命と引き換えだから、轟沈させた写真を母に送ることなどできるはずはなかったのだ。

    若鷲の歌(別名予科練の歌)
    

    若い血潮の予科練の
    七つボタンは 桜に錨(いかり)
    今日も飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にゃ
    でっかい希望の 雲が湧く

    燃える元気な 予科練の
    腕はくろがね 心は火玉
    さっと巣立てば 荒海越えて
    行くぞ敵陣 なぐり込み

    仰ぐ先輩 予科練の
    手柄聞くたび 血潮が疼く
    ぐんと練れ練れ 攻撃精神
    大和魂にゃ 敵はない

    生命惜しまぬ 予科練の
    意気の翼は 勝利の翼
    見事轟沈 した敵艦を
    母へ写真で 送りたい

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