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2020年8月18日 (火)

CBC「終戦の日スペシャル」から

 8月15日終戦の日にCBCが放送した「終戦75年スペシャル 『女性たちの8.15』と引き続いて放送された『綾瀬はるか戦争を聞く』」を観た。

 第一部の「女性たちの8.15」は、東京の跡見学園の講堂で、関口宏さんと作家の保阪正康氏が映像を見ながら対談し、時々女子高校生に感想を聞くというものであった。女子高校生は高1と高2から8人が選ばれていた。

 この中で、神風特攻隊後続隊というのがあって、当時の女子学生が志願していたのとを初めて知った。現在も生きている女性が当時の気持ちを話していたが、死ぬことを怖いとは思わなかったと言っていた。あの当時の日本の状況から少女たちはそのように洗脳されていたのだ。私もそうであったが。

 日本は追い詰められて、男子だけでなく、少女まで特攻に駆り立てるという状況にいたのだ。軍国少年という言葉はあるが、軍国少女と呼ばれていたのだ。

 第一部では、ひめゆり隊や国防婦人会なども取り上げていた。国防婦人会は戦争が激しくなると官制の自粛警察としての役割を負わされるようになった。

 第二部の「綾瀬はるか戦争を聞く」は、綾瀬はるかさんが、ずっと以前から戦争当時のことについて、経験をした女性を訪ね歩いて、収録したものから編成されたものであった。インタビューした女性の数は64人になると言っていた。

 彼女は、上皇后が言われたという、先の戦争で忘れてはならない4つの日に触れて、その日に関係した女性を取り上げていた。4つの日とは、終戦の日、広島に原爆が落とされた日、長崎に原爆が落とされた日、そして沖縄の日である。4人の女性の

 4人のエピソードが取り上げられたが、苦難に遭いながら、90歳以上になって今もなお元気で生きておられることに驚いた。

 どのエピソードにも感銘をうけたが、一番感銘を受けたのは、長崎の原爆資料館にある、「原爆廃墟に立つ少女」の写真にまつわるエピソードであった。

 足元に小さな焼け焦げた骸骨があり、傍に立つ少女がどこかを眺めている写真である。その少女を探して訪ねたのだ。少女は瀧智江子さんと言い、当時15歳であった。
 

 瀧さんの足元にあったのは母親で、眺めていたのは父親が防空壕から近所の7歳の少女を助け出すのを見ていたのだという。助け出された少女は菅原耐子さん7歳であった。
 

 この地は爆心からわずか300メートルの地点であった。そんな場所に瀧さんは立っていて、菅原さんはたった一人生き残ったのであった。
 

 菅原さんが生き残れたのは防空壕が奥深く、いくつも曲がりくねっていたからであった。そして瀧さんの父親に助けられたからであった。瀧さんは父親と母親を探しに来て廃墟に立っていたのであった。
 

 綾瀬はるかさんは瀧さんと会った後、瀧さんを伴って長崎まで菅原さんを探しに出かけた。そして菅原さんが生きていることを突き止め、面会をしたのであった。
 

 二人とも原爆のことは家族にもほとんど話していないと言った。被爆したことで学校などで言いようのない差別を受けて来たので、話したくないというのだ。
 

 爆心地の少女が二人とも生き延びて現在も生きておられるという奇跡に感動した。綾瀬はるかさんはいい仕事をして来たと思う。吉永小百合さんのように平和のためにこれからも戦争を語り継ぐ仕事を続けてもらいたい。
 

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