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2020年8月15日 (土)

終戦の日を忘れてはならない

 8月15日は「終戦の日」である。でも、カレンダーにはそのことが記されていない。どうして「終戦の日」がカレンダーに載っていないのだろう。「終戦の日」という言い方にも異論を唱える人がいるからだろうか。その人たちは「敗戦の日」というべきだと言っている。またあの戦争を美化する人たちは「終戦の日」を屈辱の日ととらえているからだろうか。


 私は「終戦の日」でもよいと思うが、大事なことは歴史的事実を忘却の彼方に送らないことである。時が経つのは速いもので、今年は戦後75年である。昔戦争があったことを経験している人は年々少なくなっていく。

 広島・長崎の原爆の日の新聞記事には、被爆者が少なくなっていて、原爆について、次へ引き継いでいくことが難しくなってきていると書いてあった。あの戦争についても同じことが言える。

 私は終戦の日は国民学校4年生であった。だから戦争の記憶と言っても,戦場に行った経験はない。南紀新宮という田舎に住んでいたので、大都会に住んでいて爆撃されたという悲惨な経験はない。

 だが、わが街も連日連夜B29が上空を飛んでいき、生きた心地がしなかった。あのB29の唸るようなプロペラの音を聞くと恐怖に包まれた。B29が近づいて来ると防空壕に入るのだが、防空壕が直撃されたらひとたまりもないと想像すると、爆音が早く通り過ぎていくのを祈っていた。

 ある晩焼夷弾が雨あられの様に投下されるのを、防空壕の入り口から顔を出して見ていた。キラキラと光って、言葉は悪いがとてもきれいであった。花火と違ってその下では我が街の熊野地という地域が焼かれていたのであった。

 こんな田舎でもB29は無差別に焼夷弾を落とし、一般市民の生活を破壊するという暴挙をしたのであった。

 あの戦争は「鬼畜米英」との戦いであると叩き込まれ、日本は大東亜共栄圏のために正義の戦いをしているのだと思い込まされていた。

 大東亜共栄圏なのに、中国人のことを「チャンコロ」と蔑視し、朝鮮人も「チョーセン、チョーセン、パカにすんな。オナチ飯くて、トコチガウ?」などと蔑視していた。

 ラジオで「中部軍管区発表」という戦果の発表を聞いて胸をわくわくさせていた。新聞にはいつも大本営発表の日本軍の赫赫たる戦果が報じられた。負けた戦いも「玉砕」という美名で報じられた。大人はどう思っていたか知らないが、子どもはみな日本が勝つと信じていた。

 それが1945年8月15日の、敗戦を認めた天皇の勅語によって歴史的転回をしたのであったが、それを自覚するのはずっと後のことであった。

 あの日は天気が良い日であった。職場から帰って来た父は気を落としていて、遠くの山の開墾地に行くのをやめたと言って家に引っ込んでいた。父が戦争をどう見ていたかは全く知らなかった。ただ教員だったので、多くの生徒を鼓舞し戦場に送ったに違いなかった。

 私はその晩から安心して寝られるのでほっとしていた。

 戦争は2度とやってはいけない。戦後は戦争が間違いだったことを学び、戦争に反対し、平和を守ることが大切だと行動してきた。

 8月15日は、子どもや若い人たちも含めて、あの戦争について、さらに今でも世界のどこかで存在する戦争について考える日にしたいものだ。その意味でも、カレンダーに載せるべきである。

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コメント

8月15日と同じく忘れてはいけない日は、8月6日の広島原爆記念日と8月9日の長崎原爆記念日、それに6月23日の沖縄慰霊の日がありますね。沖縄住民と軍人合わせて20万人以上を犠牲にした沖縄戦の終結記念日に関しては、牛島司令官という軍人の自決した日を(正確には6月22日の未明)休日や記念日にするのはおかしいという廃止議論が長年あって、沖縄で降伏文書にサインされた9月7日を記念日にすべきという意見も多かったようですね。米国では逆に1941年12月8日の真珠湾攻撃の日を記念日にしたり、韓国では8月15日は光復節として日本統治から解放された日として祝日だったり、同じアジアでも侵略した国と侵略された国では終戦記念日がちがうことも記憶したいですね。

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