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2020年6月17日 (水)

「エール」は史実を曲げずにズッコケずに真面目に描け

 NHK連続テレビ小説「エール」で古山祐一(古関裕而)の最初のヒット曲「船頭かわいや」が藤丸(実際は音丸)という下駄屋の娘によって歌われ全く売れなかったということになっている。

 ある日妻の音(金子)が音楽学校の先生の双浦環(三浦環)にレコードを聴いてもらう。環がとてもいい曲だから私に歌わせて欲しいという。

 志村けんの小山田耕三(山田耕作)などが反対するが、双浦の強い売り込みでプロデューサーの廿日市はOKを出し、レコ―ディングをして売り出すと、世界的オペラ歌手が歌ったというので大ヒットする。そして祐一は専属を失う危機を逃れる。

 実際は「船頭可愛や」の大ヒットは音丸が歌った最初のもので、それはコロンビアの売り込みの努力によるものであった。

 三浦環が「船頭可愛や」を歌いたいと言って歌ったのは事実だがそれはずっと後の昭和14年のことで、しかもそのレコードの売れ行きは芳しくなかったのだ。

 フィクションとはいえ、モデルがあるものを全く事実と違うシチュエーションにして描いたのはおかしい。第一歌った本人たちに失礼である。

 藤丸(音丸)が祐一の友人鉄男の居酒屋で「船頭可愛やはもともと私の歌なのよ。双浦環さんのお陰?納得できない。バカヤロー」などとクダをまいて怒る場面があった。

 案の定ネットでは史実を変えて藤丸にきれさせるのはおかしい。」とか「下駄屋の娘あんなふうに落とす必要があるのか」などの苦言が殺到したと11日のニュースパスに出ていた。

 ストーリーを面白くするための作られたエピソードとはいえあまりにも軽率である。以前にも指摘したが、古関裕而など主な役をズッコケキャラクターとして描きお粗末なドタバタ喜劇にしている。もっと真面目に祐一や音などのキャラクターを描いてほしい。

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