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2020年5月 8日 (金)

古関裕而作曲とは知らずに歌っていた曲のなんと多いことか

 四月から始まったNHK朝の連続小説「エール」は作曲家古関裕而と妻の金子の物語である。

 古関裕而の名は子供の頃からよくきいていたが、どんな曲を作ったのかは知らなかった。

 5月3日にNHKが放送した「あの日 あのとき あの番組『作曲家 古関裕而~昭和を奏でた音楽人生」を見て、そこで取り上げられていた歌の数々は、いずれも私がよく知っていて口ずさんだものばかりであった。

 驚いたのはそれらの歌を作曲したのが古関裕而であったことだ。あんなにたくさんの、私の世代なら誰でも知っている歌が古関裕而作曲だったとは!

 古関裕而は昭和10年に「船頭可愛や」で初めて大ヒットをしたというが、子供の頃よく耳にし自然に覚えたものであった。

 戦争中に軍部に協力して愛国の歌を作ったが「愛国の花」「露営の歌」「若鷲の歌」「暁に祈る」などは絶えず流され、ことあるごとに歌ったものであった。「若鷲の歌」などは子どもの私に、将来海軍軍人になる夢を抱かせたものであった。

 古関裕而は戦後、若鷲の歌などを歌って戦地で死んでいった若者のことを知り、深い後悔の念にかられたという。「長崎の鐘」を作ったとき、そうした気持ちも込めて作曲したと言っていた。

 戦後すぐにラジオで「鐘の鳴る丘」が放送されたが、いつも楽しみに聴いていた。その主題歌も古関裕而の作曲であったのは知らなかった。

 コーラスで歌った「高原列車は行く」も彼の作曲であった。有名な「君の名は」も古関裕而作曲であったとは知らずにいた。

 面白いのは、早稲田大学の応援歌と慶応大学の応援歌、阪神タイガース歌と巨人軍の歌というライバル同士の歌を作曲していることだ。

 古関裕而が凄いのは独学で音楽の勉強をして、クラッシックの曲から歌謡曲や行進曲まで幅広く、生涯に5000曲以上も作曲したことだ。

 こういう人を天才というのだろうが、如何に才能があったとはいえ、独学で作曲法や演奏や指揮などもマスターしたのは凄い。残念であったろうことはせっかくイギリスの作曲コンクールに入賞したのに、不況のためにイギリス留学を断念したことであった。もし、留学が実現していたらどんな作曲家になっていたかと思うと惜しくてならない。

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コメント

今現在の社会の苦難にとってあまりにもぴったりな「エール」という題名ですが、今年の東京五輪に合わせただけなのに、まさか製作も思うように進まなくなる状況になるとは誰も予想していなかったことでしょう。
日本人が作った行進曲でもっとも秀作にちがいない「オリンピック・マーチ」の作曲家とその妻をモデルにしているということで私も興味を持ち、朝ドラをそれ程見ていないのに今回は半分以上も見ています。
武満徹をはじめとする、霞か雲の気持ちを音で表しているかのような作品が芸術的で価値があると思われているのか、古関裕而は中村八大やいずみたく程にも評価されていないようにも思えて少々残念です。
ただし、戦時中に戦場へおもむく若者の戦意を高揚させる曲をいくつも作ったという事実を「エール」がどのように取り上げるのかは興味深い点です。
「花子とアン」のモデルとなった村岡花子も戦争に協力的な発言をかなりしたという事実はNHKらしく(?)あいまいにしたように思います。
そういえば、あのドラマでは「こぴっと」という甲州弁が使われていたことを現在の「COVID-19」で思い出しました。
二階堂ふみを見るのは初めてと言っていいくらいですが、顔が絶えず演技をしている、能面とは対照的な女優です。

投稿: たりらりら | 2020年5月 8日 (金) 15時00分

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