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2019年12月 5日 (木)

雑俳?

 2日の朝日新聞「折々のことば」に次のような句が紹介されていた。「生き字引 年寄りだから じき鼾」鷲田氏の知人の作だそうで、解説は「俳句ではよく、二つの事象を意味でつなげるのは不粋だとされるが、知人は『二物の接点が音韻に尽き、あとは皆目無意味な離れ方をした』駄洒落すれすれの”字違い句”を作って遊ぶ」とあった。

 これを読んだとき、頭に祖父が趣味としていた「狂俳」という文字が浮かんだ。夏休みに祖父の家にいたとき、「狂俳」という雑誌があったのを思い出したのだ。でも、「狂俳」は俳句ではなく、戯れの5・7.5の句だという程度にしか覚えていない。川柳とも違う、「狂俳」というジャンルがあることを知っただけであった。

 ネットで調べてみたら、「狂俳」とは、1.戯れや滑稽を主とする俳諧。2.雑排の冠付けの一。七五調で意味が浅く、内容は単純、としてあった。発祥の地は、岐阜の金華山の麓のあたりらしい。岐阜公園に発祥の地という石碑が立っているそうだ。どういう関係で岐阜や名古屋近辺で盛んであったようだ。冠付けといって、与えられた「お題」に五・七もしくは七・五で十二音で歌う世界最短の詩だという。江戸時代、農民などが時の権力に対抗する手段として12字に自分の思いを込めて表現したのが始まりという説明もあった。これは大事なことである。 

 江戸時代中期ごろから「雑排」というものが現れ、川柳、狂句、狂俳、前句付、冠付、折句などの総称だという。

 「折々の言葉」で紹介されているのは、どのジャンルに入るのか不明だが、雑排の一種であろう。次のような句が紹介されていた。

 ・残業と 残尿似たり 一時違い   ・李香蘭 一字違いで 備考欄   ・あしたのジョー アシカのショート二次違い

 なお、狂俳 村祭りというお題 鎮守の杜が賑やかい  無投票という題  政治離れが加速する  (阿久比の狂俳英比会作品) 

 戯れにしろ、遊びにしろ、俳句の様な制約がなく自由であるのがよいが、雑排の中ではやはり川柳が一番だと思う。

 

 

 

 

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コメント

常々不思議に思っているのは、俳句を作る人を「俳人」と言いますが、当の本人達はその呼称に違和感がないのかどうか。
「はいじん」と言われると私の語感では真っ先に「廃人」が浮かんでしまい、有り難いとはとても思わないのですが。
「雑俳」も現代人は「雑排水」を連想するのではと思います。
しかし「狂句」とか「狂俳」とか、わざとふざけると言いますか、ひねくれた物言いをするのが、俳人達の趣向なのでしょうか。
だとすると今現在の日本こそ雑俳の大傑作が生まれて然るべき状況と言えるでしょう。

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