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2019年11月19日 (火)

 開田高原、奈良井の宿バス旅行―②―

 開田高原の後、中山道の奈良井の宿に向かった。奈良井の宿は19号線を通るときいつも通過したが、中山道に残る江戸時代の街並みを見たことはなかったので、楽しみであった。奈良井へ行く19号線の両側の山はどこもかしこも見事な黄葉であった。 

 19号線に平行して奈良井川が流れ、その向こうにJR中央線が走り、その向こうに重要伝統的建造物保存地区の街並みがあった。説明のよると、奈良井の宿は木曽路の中でも最大の難所、鳥居峠の北に位置し、土豪奈良井氏が居館を構えていた。交通のかなめとなる宿として繁栄した。徳川家康によって 中山道の宿駅が定められ、幕府関係者など公用旅行者や参勤交代の大名通行のために人馬を常備し、要請に応じて提供したり、通信の業務を果たした。その街並みが住民の努力で保存されたので、昭和53年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

 バスは手前の権兵衛橋を渡った駐車場に入り、バスを降りて街並みへ歩いて行った。一見して江戸時代に戻った雰囲気で、奈良井駅まで続く街並みであった。見物時間は70分ほどと短かったが、私はゆっくりと歩いて左右の建物を見て歩いた。表札に「○○屋」という屋号が付いていた。帰りに立ち寄った店の主人に尋ねたら、この辺りは職人が多く、屋号を付けていたが、ない家も屋号を付けるようにしたのだと言った。

 通りには観光客は少なかったが、外国人もちらほら歩いていた。彼らはどうやって知って来たのだろうと思った。両側の家は、土産物店の他に民宿や旅館も見られた。店は檜物細工、塗り物、塗り櫛、塗り箸などの木工製品が多かった。近世よりそれによって生計を立てていたのだ。木曽谷の住民に尾張藩より下賜された白木御免木6000駄中の1/4、1500駄が奈良井に充てられていて生産量は群を抜いていたのだそうだ。

 百草丸を売っている店も多く、百草丸本舗という店があったので、尋ねたら、創業者の出身地だそうだ。現在の会社は木曽福島の方にあるという。私も百草丸を愛用し旅行には携行している。よく効くと思っている。

 所々に、清水を飲めるところがあった。たいていは寺や神社の入り口であった。曹洞宗、臨済宗、本願寺の寺があった。木曽の大橋の近くまで行き渡ろうと思ったが、遠かったのでやめて引き返した。

 途中でソフトクリームを売っている店があり、「さるなしのソフトクリーム」としてあった。その店に入りソフトクリームを食べた。1個300円であった。「さるなし」というのはどういう植物かと聞いたら、キウイの元祖で、日本や中国にある「さるなし」という果物が、ニュージーランドに行ってキウイになったのだという。初めて知った。「さるなし」は日本に今もあるが、最近では野生は少なく、栽培していると言っていた。

 「そば茶」というのを売っていたので、珍しいので買った。蕎麦で作ったのだそうだ。帰宅してそば茶を飲んだら香りがつよく独特の味わいがあった。蕎麦の実も食べられ健康にもよいと感じた。

 時間があれば中村屋などの建物の中に入って見学したかったが、できなかったのが残念であった。奈良井の宿に行くまでに有名な南木曽の街並み保存地区があるが、奈良井の宿もそれに劣らぬよい景観であった。

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