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2019年10月12日 (土)

結局諦めた「表現の不自由展」

 「表現の不自由展」が再開されてからどんなものかこの目で確かめたいと思っていた。でも毎日何か用があって会場へ行くことができなかった。新聞でどうやって入場券を買うのか、入場券はいつ、どこで買うのか調べたがそういう記事はなかった。ただ抽選があるということや誓約書をかかされることや時間に制限があることなどしか分からなかった。

 11日に暇ができたので12時ごろ家を出て栄に行った。オアシスに行くと市のインフォメーションセンターがあった。試しにそこで聞いてみようと思って入った。

 幸いというか、他に客はなく係の女性が3人いた。不自由展のチケットはどこでかえばよいのか尋ねたら、「ここで買えます」と言った。いくらか尋ねたら、トリエンナーレの1日券を買えばよいと言った。別の人が「抽選があります」と言った。

 私は「不自由展のチケットはないのですか」と再度尋ねたら、「トリエンナーレの券が必要です」と言った。1日券は1600円だという。「ほかのイベントも見ることができますよ」と言った。

 1時近くになっていたし、暑い日で身体が怠かったので「表現の不自由展」だけを見たかった。「1600円は高いですね。不自由展だけを見られるようにすればいいのに」と言ったら一人の人が頷いていた。

 不自由展は再開をしたが、実に不自由な展覧会だ。展覧会というのは時間中はいつでも自由に入れて好きなだけ見られるべきだ。それなのに入場人数を制限し、入場時間を制限し、誓約書までも書かせる。せめて「表現の不自由展」だけの入場券を作ればよいのにそれもやらない。何というやり方だと思った。1600円払って券を買っても抽選で外れる確率が高いなんて馬鹿げている。芸術の冒涜である。見たい人がたくさんいるのだから券を売って抽選なしで必ず見られるようにすべきだ。

 再開したから表現の自由は守ったなどととてもいえたものではない!

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