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2019年9月10日 (火)

メールの文章に句読点を打つのは上の人に失礼?

 yahooニュースを見ていたら「メールの文章に句読点を打つのは失礼!?」という記事があった。上司から「メールの中に句読点を使うと、相手に対して『わざわざ読みやすい文章にしてやっているんだ』という“上から目線”になってしまうため失礼」ということを言われた、というものがツイッターにあったというのだ。

 これまで文書を書くときは、メールでもメッセージでもblogでも何でも句読点のつけ方に気を付けて書いてきた。句読点をメールに打つと上司に失礼などとは聞いたことがない。この上司がよほど無知なのであろう。相手が誰であろうと、わかりやすく読みやすい文章を書くのは当然のことであり、小学校で句読点のつけ方を教えられたはずだ。

 メールの場合は文章自体が短いから句読点がなくても読みづらさは少ないであろう。それにしても「お前は読めないだろうから読みやすくしてやっているのだ」とは勘繰りも激しすぎる。素直に受け止められないのが情けない。

 昔は句読点はなかったそうで、そもそも日本で句読点が使われ始めたのは、明治20~30年代だという。句読点のルールが初めて制定されたのは明治39年に文科省から示された『句読法案(句読点法案)』だという。おそらくこのころから「今まで使っていなかった句読点を使って『読みやすくする』ということは、失礼なのでは?」という見方をする人がいたかもしれない。でも、法律として句読点を使うようにしたわけだ。それは句読点によって、「相手が読みやすいように」という配慮から生まれたものだからだ。

 英語でもカンマやピリオドがあるし、中国語でも句読点を使っている。やはり読みやすさからだと思う。文の終わりは「。「。(句点)」途中は「、(読点)」だが、読点には決まりがないので書く人の自由である。ただ、気を付けて打たないと文の意味が間違ってとらえられることがある。

 句読点を付けない方がよい場合があるそうで、冠婚葬祭など、 慶事や年賀状などでは打たないほうが良いといわれているそうだ。これは句点・読点で文章を「区切る・終わらせる」ということが「縁を切る・終わらせる」という意味につながるためだという。また、毛筆で書く賞状などは、慣習として現在でもつけないことが多いようだ。

 



 

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