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2019年5月

2019年5月31日 (金)

実に痛ましい川崎の連続殺傷事件

 川崎市多摩区登戸新町の路上で、両手に刃物を持った男が私立カリタス小学校のスクールバスを待っている児童や通行人が襲った事件は何とも言えない悲しい酷い事件であった。

 この事件はトランプ大統領が来ている時に起きた。本来ならトランプ氏関連のニュースがメインになるところだが、それが飛んでしまった。そしてトランプ大統領も哀悼のコメントを出した。

 私立カリタス小学校の児童が襲われたと聞いた時、単なる無差別の殺人だと思っていた。それは犯人とカリタス小の児童との関連がなかったからだ。NHKニュースでは犯罪心理学者が「拡大自殺」だとコメントしていた。「拡大自殺」という用語があることを初めて知った。無差別に関係のない者を巻き込んで自殺を図ることのようだ。大阪の池田小学校事件や東京の秋葉原の事件などが該当するという。

 事件の詳細が分かって来るに連れて、犯人は伯父の家に同居していることや、伯父伯母などとうまく行ってなくて孤立していたということが分かった。そのなかで従姉妹たちがカリタス小学校出身だということも分かった。どうやら強い妬みをもっていたようだ。

 それでカリタス小との接点ができ、犯人が自宅から2駅列車に乗って登戸まで行き、僅か10数秒で子どもたちを一気に襲った訳が納得できた。犯人が自殺してしまったの本当の理由を知ることは難しいかもしれないが、自分の置かれた境遇から来る深い恨みが「拡大自殺」に走らせたのかも知れない。

 こういう事件を防ぐことは非常に難しいのではないかと思われる。登戸多摩川の町内会では「見守り隊」を作り、通学路での子どもの安全を守る取り組みをしていたそうだが、公立小が対象で、学区外の私立カリタス小は交通の頻繁なところでもあり、考えていなかったという。でも、仮に対象としていたとしても防ぐのは困難であっただろう。アメリカでは銃による学校などでの乱射事件がよく起こる。学生も立ち上がって防ぐ取り組みをしているが、なかなか防止できていない。

 カリタス小は3台のスクールバスが8回にわたって輸送し、6回目のバスが事件に遭ったということだが、他の回の児童や親たちはぞっとしたに違いない。運が明暗を分けたのだ。

 朝日新聞で新潟青陵大学院の碓井教授は「疎外感や強い被害者意識がか、自分の人生を終わりにしよう、周りも道連れにしようという事例が多い。社会の中で絶望感を感じる人を減らすしかない」とコメントしている。

 社会の格差が広がり、米国でも日本でも富裕層と貧困層の格差が広がっている。大企業は内部留保をどんどんため込んでいるのに、働く者は仕事をしても非正規として安い賃金で働かされている。また絶望して仕事を探す意欲を失ったり、精神的な病になったりする人も増えている。

 これは政治の問題なのだ。国民全体の生活を見渡して不満を持つ人間を減らす施策が必要である。安倍総理は民主党政権時代は悪夢であったと評したが、自民党と公明党による政治、とりわけ安倍政権の6年間こそ悪夢である。

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2019年5月30日 (木)

現代ビジネスの記事が面白い

 ネットで見つけた現代ビジネスの記事が面白い。トランプ大統領と安倍首相の部分は以下のように書いてある。

 ――ドナルド・トランプ大統領来日フィーバーが、ここ数日、日本で起こった。

  世界を次々と不安と混乱に陥れている「ゴジラ」を、日本は笑顔で呼び寄せ、新天皇に会わせたり、ゴルフをやったり、相撲を見せたり、居酒屋で宴会やったり……。私はどうも、このフィーバーの輪に加わる気になれなかった。

 ●「ゴジラ」だと評している。言い得て妙がある。

  象徴的な光景があった。5月26日夕方6時頃、東京・六本木の炉端焼き店「田舎家東店」での日米両首脳の冒頭コメントだ。

  トランプ大統領:「われわれは素晴らしい時間を過ごした。そして首相と私は、貿易と軍事について、多くのことを話した。とても生産的な一日だ」

  安倍首相:「リラックスしながら、様々なことについて議論を行いたい、意見交換をしたいと思います」

  このように安倍首相は未来形で話し、トランプ大統領は過去形で話したのだった。そして安倍首相の目はにこやかに垂れ下がっていたが、トランプ大統領の目は鋭く、スキの無い様子だった。

 ●両者のコメントの「過去形」と「未来形」に注目しているところが鋭い。

  トランプ大統領は、「オレは遊びに来たわけではなくて、日本から多くの物を取っているんだぞ」と、自国民にアピールしたのである。先月、韓国の文在寅大統領をホワイトハウスに呼んだ時と同じモードだ。

  実際、トランプ大統領は、ツイッターでそのような内容のことをつぶやいている。

  〈 日本との貿易交渉で大きな進展ができつつある。農産物と牛肉が、大きな役割を果たす。日本の7月の選挙まで待ったら、大量だ。大きな数量を期待しているぞ!  〉

  「参院選が終わったら、アメリカに大きく妥協いたしますから、どうかその時まで待ってください」――そのように平伏している安倍首相の姿が浮かび上がってくるようだ。

 ●NHKや朝日新聞などはトランプ氏は「恩を売った」と指摘している。安倍総理はその借りを返さねばならないが・・・

  「すでにアメリカとはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)で妥結しており、また勝手にTPPを離脱したのはあなたであり、日本は大いに迷惑している。よってTPPのレベルを超える譲歩はできない」――このような正論を吐いているとは思えないのだ。

  ここ数日の「芸者外交」は、もどかしく思えた。安倍首相が常々自負している「毅然とした外交」は、どこかへ消し飛んでしまったようだった。

 ●「芸者外交」という評がいい。安倍首相は太鼓持ちと芸者の両方をひとりでやったのだ。トランプ氏のご機嫌取りに必死だった。

  トランプ大統領は、就任以来、2年半近くにわたって、世界の秩序を破壊し、不安定化してきた最大の「戦犯」である。関税の異常な引き上げによる自由貿易体制の破壊と保護主義礼賛、一企業に対する根拠を示さないイジメによるアジアのサプライチェーンの瓦解、北東アジアを危険な道に追い込む「ハノイの決裂」、7ヵ国で合意した中東の和平システム(イラン核合意)からの離脱によるシーレーンの不安定化、そして日米を基軸としたアジア太平洋の自由貿易体制(TPP)や、地球温暖化を阻止するための世界的合意(パリ協定)をも一蹴……。

 ●今度は「戦犯」と決めつけている。トランプ氏の思いつきツイッター政治に振り回されている。

  こうしたトランプの勝手気ままな振る舞いと、日本は本来なら一線を画しているはずだ。例えば、ドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領などは、今回の日本のような外交手法は取らないはずだ。

 ●メリケル首相やマクロン大統領のように振る舞えないのが見ていてもどかしい。

 

  詳細はhttps://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190528-00064883-gendaibiz-int&p=4

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2019年5月29日 (水)

これまでにない過剰警備過剰接待

 トランプ米大統領が2回目の来日をした。今回は国賓としての来日であった。NHKによると国賓は費用を日本側が持つのだそうだ。ということは我々の税金が使われているのだ。

 2回目の来日なのに、国賓というだけで今回はバカ騒ぎである。NHKなどテレビカメラは追いかけるし、新聞も記事が多い。そうしたことを通じて分かることは、異常なまでの警護と接待である。

 NHKは6本木の居酒屋での夕食を詳しく追ったが、現場とスタジオの両方から迫った。居酒屋に到着するまでの沿道には警官が多数配置されているのに、トランプ氏と安倍総理の車の前後左右などには2輪のパトカーがいっぱいで、それ以外に30台以上の黒い車が従っていた。何というものものしさ。

 両国国技館での相撲観戦の様子をNHKの中継で見たが、朝乃山と御嶽海の取り組みの前に入場した。トランプ夫妻と首相夫妻が花道を通ると観客は総立ちとなってスマホで写真を撮っていた。そのため取り組みが中断した。土俵下で待っていた朝乃山たちは大変であっただろう。

 観覧席は土俵間近の升席を4つ取り外し、特別に椅子を用意した。その近辺は関係者でかためた。そのために約1000人分の客を制限したのだという。それは警護のSPなどを多数配置せねばならないからだ。館内には警官も多数配置された。これまでフランスのシラク大統領など元首も観戦したことがあるが、トランプ大統領に対するような特別な扱いではなかった。

 トランプ氏の大相撲観戦をAP通信は幾分退屈そうに見えたと報じたそうだ。他にも同様な批評が出ていた。

 27日のNHK19時のニュースでは20時まで時間を延長して宮中晩さん会の様子を中継した。官邸が依頼したのか、NHKが忖度したのか、これも異例のことであった。トランプ氏は出発前に「日本の天皇にとても重大なことが起きている200年以上で初めてのことだ。安倍首相は『あなたは名誉ある賓客だ』と言った。世界中の国々のなかで、この200年のうちの最大の行事で、私が賓客なのだ」と語ったそうだ。天皇がかわり令和初の国賓を強調するためにこれまでにないテレビをしたのだろう。

 今回これほどまでにトランプ氏に気を遣い、過剰な警護と特別な接待をし、トランプ大統領と安倍首相の親密ぶりを大々的にアッピールした狙いは何であろうか。選挙を控えて政権党に有利にはたらくことを狙っていたのだ。

 安倍総理のことをアメリカのペットという米のメディアもあるそうだ。そこまでアメリカに可愛がられたいのだろうかと思うと情けなくなる。

 トランプ氏は、「多くは7月の選挙後に待つ。大きな成果を期待している」とツイートし、参議院選挙が終われば、農業分野などで日本側から譲歩を引き出しやすいと考えたようだ。日本は既に1機116億円もするF35ステルス戦闘機を145機も買うことになっているのだ。トランプ氏の言いなりになるような弱気は止めて欲しい。

 今回の過剰接待と警護で支出した費用も公開してほしいものだ。

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2019年5月28日 (火)

ココログがリニューアルして困ったこと

 私はblog「ららさんのつれづれ草」を書くのに、ニフティの無料blogサービス「ココログ」を利用して早くも10年になる。先日ココログがリニューアルしてインターフェイスがすっかり新しくなった。当初はバグがいろいろ発生したがそれが修正されて行った。

 以前に比べて使いやすくなったと感じるのだが、困ったことが一つある。それはblogを書いていて訂正するときに、普通wordなどでやるように、訂正したい部分を右クリックで選択し、それを切りとったり、コピーしたりできなくなったことだ。

 右クリックして選択しても、「コピー」や「切りとり」がないのだ。それでどうしたら以前のようにやれるのか、ココログのサポート画面で調べたがどこにも書いてない。質問を書いても返事がもらえないのだ。

 他の人たちはどうやって処理しているのか知りたいものだ。ニフティは無料のココログフリーには電話のサポートがないのでなんともならない。もし、このblogを読まれた方で「切り取り」と「コピー」のやり方をご存知の方がおられたら「コメント」の所に書いてくださると有難い。

 私は窮余の一策として、「ワードパッド」でblogを書いてそれをコピペする方法を考えた。幸いワードの文書をココログにコピペするのは、以前と違ってやりやすいのでいい方法だと思っている。メールや他のサイトからコピペするときも、いったんワードパッドにコピーしてからココログに写している。

 

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2019年5月27日 (月)

予讃委員会が休業状態でいいのか!

 このところ新聞やテレビで国会関係のニュースが少ないと思っていたら、予算委員会が休業状態だと25日の朝日新聞社説で知った。衆議院で84日間、参議院でも58日間も予算委員会が開かれていないというのだ。

 野党は何度も開催を申し入れていて、参議院では先月、野党が委員3分の1以上による「開会要求書」を自民党の予算委員長に提出した。国会の規則では、この要求があれば「委員長は委員会を開かなければならない「と定めている。それなのに自民党は無視して開かないのだ。

 衆議院では野党の議員数が規則の規定に足りないが、野党は開催を求めている。しかし、自民党野田聖子委員長は応じていないのだ。

 安倍政権は昨年、憲法に基づく野党の臨時国会召集要求を無視した。こういう横暴ともいえる国会になっているのは、与党が衆参両院で圧倒的な多数を占めているからである。

 予算委員会では予算案の審議だけでなく、国政全般にわたって質疑が行われる。国際問題、内政問題で安倍総理にきちんと説明をしてもらわなければならないことが目白押しなのに、予算委員会は開かれないのだ。

 それは7月に迫った参議院選挙があるからだ。国会の論戦で失点をすれば選挙に影響すると懸念するから、避けているのだ。内閣提出法案を最小限に絞り、野党との激しい対立が見込まれるものは見送ったそうだ。

 野党が要求している党首討論も、やっと会期末の6月19日に開くことを自民党は考えているようだが、党首討論で衆議院解散のきっかけにという目論みもあるとも言われる。

 先日公明党の支持者が早々に参議院選挙で支持してほしいと来訪した。そのとき公明党は自民党と一緒になって悪いことばかりやっているではないかと指摘した。するとその人は自民党が悪い政治を行わないようにブレーキを掛けていると説明した。

 予算委員会が開かれないことでも公明党が開くように自民党に働きかけた様子はない。与党が圧倒的多数を占めてやりたい放題というのが実情である。こういう状態を見せつけられれば、国民は政治に目を向けなくなるのは当然である。というか国民が政治に関心を失えば政権与党は有難いのだ。このままでは日本の民主主義は破滅へ向かって行くであろう。

 

 

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2019年5月26日 (日)

「資産寿命」国が世代別に指針という記事

 「人生100年時代へ向け、長い老後を暮らせる蓄えにあたる『資産寿命』をどう延ばすか。この問題について、金融庁が22日、初の指針案をまとめた」と23日朝日新聞1面トップニュースリードは伝えた。

 「働き盛りの現役期」、「定年退職前後」、「高齢期」の3つの時期ごとに、資産寿命の延ばし方の心構え指摘。政府がこういう指針を出す狙いは、年金などの公助の限界を認めて、「自助」を呼びかけているのだ。

 「資産寿命」という言葉は初めて知った。私は退職して23年高齢期の真っただ中にある。退職時は年金だけの生活をしなければならないので先行きどうなるのか不安であった。先輩に比べて退職金は若干減り始めていたし、何より金利が少なくなり、退職金を預けて金利で増やすなどはできなくなっていた。高度成長期の8%もあった金利の頃には、退職したら家を建て替えるつもりであったが、そんなことは夢のまた夢となっていた。

 資産寿命などという言葉はなかったが、退職して年金生活に入ると、まず日々の生活費のシュミレーションをして、出費を記録することにした。1年経つとどのぐらいの支出があったかを知ることができた。その頃は現在の歳まで生きるとは想像していなかったが、過ぎてみればあっという間であった。

 その間証券会社の勧めで投資信託を買ったり、株に手を出したりもしてみたが、結局どちらも大きな損で、株は含み損を抱え、専門家が運用する投資信託も大きな損になっている。友人の中には銀行に預けただけで何も運用をしていない者がいるが、振り返って見るとそれが一番賢明であった。

 この23年間金利はゼロからマイナスとなり、銀行に預けても金は増えることは無くなった。ただよかったと思うのは、デフレであったことだ。デフレのお蔭で金の値打ちがキープでき、何とか生活をしてこられたのだと思う。

 新聞によると、普通の生活を維持するためには月に34.5万円必要だと書いてあった。私が退職した時も同じぐらいの数字が言われていたように思う。普通の生活とはたまには旅行に行ったり、文化的なことを楽しむことである。

 この間年金が毎年と言っていいくらい減額され、当初より年額で80万円ぐらい少なくなった。さらに介護保険や高齢者健康保険の金額が増えた。だからそれに応じた生活をしなければならいが、幸い衣服は退職後はほとんど買っていない。というか現役の頃買った衣服も背広などは必要で無くなったのだ。靴も1万円ちょっとのウオーキングシューズを3足買ってそれが気に入っているのでそれでことが足りている。

 私も妻も外食はしないし、1日2食だから主なものは食費である。光熱費や税金など公的支出はどうしようもないが、これまでのところ天引きで払えている。指針によると私のような無職の高齢者夫婦は、家計収支で平均で月約万円の赤字で、蓄えを取り崩しながら生活すると、30年で2000万円近く必要だという。

 ただ問題は病気などの臨時の支出である。これが予想できないのだ。私の場合これまでは無事に過ぎて来たと言えるが、これから何年生きるかは想像もできないし、何が起きるか分からないから「資産寿命」も予想できない。

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2019年5月25日 (土)

雑草の庭

 我が家の小さな庭にはいろんな雑草が生えている。冬の間は何もない地面にいつのまにか、どこから来たのか雑草が共存している。一番大きいのは、ヨウシュヤマゴボウで、この草は多年草だとみえて毎年生え、しかも年々大きくなるから不思議である。葡萄のような実がなるが強毒だそうで食べられない。

 今白い花を咲かせているのは、ドクダミである。可憐な花なので妻が活け花にした。この草も多年草で、冬の間は何もないのに時期がくると生い茂る。ドクダミは薬草だが匂いがよくないので嫌われ者だ。でも干してドクダミ茶にすることができる。

 タンポポもどこからかやってきて根を下ろした。黄色い花が可愛いが丸い綿毛も可愛い。名もない草も飛んで来て生え、花を咲かせている。

 わざわざ種を撒いたのはススメウリである。芽が出るまでに時間がかかりなかなかでなかったが、やっと可愛い双葉が出てきた。ウリの仲間なので双葉もよく似ている。秋に丸い小さな実がなるのが楽しみである。

 雑草ではないが毎年出て来るのがミョウガである。妻がミョウガが大好きで根元にミョウガが出来るのを楽しみにしている。

 雑草の他に大王グミやクロガネモチなど、鳥の糞の中に混じって運ばれてきたと思われる木がある。大王グミは数年前まではたくさんなっていたが、花は咲いても実がならなくなった。今年はゼロだと思っていたが、剪定をしたときに10数個なっているのを見つけた。どうしたら以前のように実をならせてくれるか知りたいと思うが分からない。

 昔大きな庭のある知人の家に行ったとき、庭が自然のままに放置されているので驚いたことがあったが、自然の庭もよいものだ。我が家の小庭は雑草が入って来てもそのままにしてある。対照的なのが庭師に庭を作らせた友人で、リタイアした後は和風の小さな庭園をこよなく愛している

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          ヨウシュヤマゴボウと雑草

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               ミョウガ

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               スズメウリ

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             タンポポの綿毛

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            名前の分からない草

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                ドクダミ

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              活けたドクダミ

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          僅かに採れた大王グミ

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2019年5月24日 (金)

参議院選、野党の議席増を望むは34%とという朝日の世論調査に思う

  5月21日の朝日朝刊に、「夏の参院選 『議席増を望むのは・・・与党15%、野党34%、今のまま38%」という記事が載った。今回の参院選をきっかけに「政治が大きく変わってほしい」と答えた人は47%で、「それほどでもない」は43%だったそうだ。

 この数字をどう見るかは、人によって違うだろうが、私は安部政権は安泰だと受け取った。私は安部政権がやってきた悪政の数々を多くの人は真剣に考えていないのではないかと思う。

 特定秘密保護法(2013年)   集団的自衛権行使を認める閣議決定(2014年)

 安全保障関連法(2015年)   共謀罪法(2017年)

 森友学園問題(2016年~)     加計学園問題(2016年~)

 公文書改ざん問題(2019年)

 安倍政権の下で官邸による人事権「発動」について、20日の朝日朝刊は、2015年総務省自治税務局長の平嶋彰英氏左遷、2013年の防衛省金沢博範事務次官退任、2014年下村文科相が認めた局長人事を菅官房長官が覆す。前川元文科省事務次官への容赦ない攻撃等の例をあげて、「官邸に言われなくても、意向を推察して動く時代になった」という忖度のはびこりを指摘している。

 「官邸が霞が関の人事権をちゅうちょなく振るい、長期政権となった今、官僚が率先して官邸の意を汲もうとしている」と書いている。

 森友、加計学園問題で安倍首相や妻の関与が国会で追及を受けても、それに関連して財務省が公文書の改ざんをしても、真相は闇の中である。

 主なものだけでもこんなにいっぱい悪いことをしているのに、支持率は下がったことがあっても、すぐに回復、45%前後ある。安倍政権は衆参同日選挙を目論んでいるようだが、野党が分裂して弱いので、憲法改正に必要な議席を確保できると考えているのだろう。

 今回の世論調査を見ても、国民の政治への関心の低さを見ても、多くのメディアが政権忖度をしている状況を見ても、参院選挙または衆参同日選挙では与党と維新が絶対多数を握るのではないかという予感がする。

 小澤氏が言うように、野党や市民が大まかでも政策協定をして候補者の調整を急ぐことが喫緊の課題だ。

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2019年5月23日 (木)

ジョギングよりウオーキング!?

 今週のAERAの新聞広告に「究極の健康法 走るより1日8000歩」というのが載っていた。「その内20分早歩きで認知症も糖尿病も予防できる」と続いていた。

 8000歩というと、私が毎朝歩いているのと同じである。だいたい5kmで現在の歩行時間は67分ぐらいである。以前にも書いたようにこのウオーキングを40年近く続けている。

 2年ほど前に、ガッテンなどでインターバル歩行がよいと言っていたので、3分間速足、3分間ゆっくり歩行を繰り返したことがある。所要時間は普通のウオーキングと変わらないので、インターバル歩行はやめてしまったが、AERAによるとその内20分は早歩きがよいと書いてあるので、またインターバル歩行に戻してもよいかなと思う。

 AERAの広告には「5000人を追いかけた実証実験が示した『走るより歩く』の効果/『1日8千歩 +その内早歩き20分』でうつ病、睡眠障害、認知症から脳卒中、がん、動脈硬化、高血圧、糖尿病まで予防できる」と書いてある。

 私は50歳台の初めまではジョギングをしていた。その頃はジョギングガよいというのが定説で奨励されていたからである。その後ジョギングよりウオーキングの方が危険性が少なくで健康法によいということになった。私はジョギングで膝を痛めたこともあってウオーキングに切り替えて今日に到っている。

 AERAの記事は読んでいないので分からないが、ウオーキングの方がよいということを改めて指摘されたので心強い。ジョギングは膝を痛めたり、心臓を傷めたりすることがあるが、歩くことは靴さえ気をつけていれば、身体を痛める心配はない。

 私は朝起きると、しばらくしてから血圧を計り、水をコップ一杯飲み、大便を済ませてからウオーキングに出かける。雨の日は行かないが、名古屋の場合は1か月で雨で歩かないのはせいぜい2~3日である。

 ウオーキングを続けて来たからかどうかは分からないが、これまでのところ健康寿命を維持し、男性の平均寿命を超えた。人からは「若い」と言って貰って喜んでいる。

 これからも歩ける間はウオーキングは続けて行くつもりである。何歳まで歩くことができるかは予想できないが1日延ばしで行くしかない。

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2019年5月22日 (水)

1日2食で十分

  Yahooニュースで、、「1日3食は正しくない」というDiamond Onlineの記事を見つけた。
 

  私は、退職後はずっと1日2食で過ごしてきた。第一の目的は、体重を減らすことであった。勤めているときは給食があったし、児童たちに残さず食べることを奨励し、自分もたくさん食べていた。そういうこともあって体重が68kgぐらいあった。
 

 現職の時は、朝早くから夜遅くまで仕事で体を動かしていたから、エネルギーを必要としたが、退職後は生活がガラッと変わったので、食事を減らすのが大事だと考えたのであった。
 

 以前にもblogで書いたことがあるが、1日2食、ブランチと夕食にして、好きな飲酒は週一の休肝日以外は6日と決めて、それでも5kg減らすことを目標とした。そしてそれは成功して62kg前後になった。
 

 62k台をイエローカード、63kg台をレッドカードとした。時にはレッドカードになっても、61kg~62kgが多かった。
 

 ところがどういう訳か、今年の3月頃からレッドカードになり、たまに64kgを記録することもあった。今朝も63.8kgもあった。原因はホルモンの関係かと想像しているのだが不明である。
 

 1日2食の良いところは、カロリーの摂りすぎにならないことの他に、一回食事を抜くので、その分の出費を減らせることである。それよりもよいことは、妻の食事を用意する仕事を1回減らせることである。
 

 最近糖質の制限がやかましくいわれているが、食事を3回摂ると、昼食は麺類になることが多い。そういう点でも1回減ることによって糖質の制限になる。
 朝食を食べないとダメだとか、1日2食はダメだとかいう人がたくさんいるが、私は経験的にもそうは思わない。
 

 「1日3食は正しくない」という記事では、「1日3食を規則正しく食べるのが健康的とされています。そう学校で指導されたという人も多いですから、1日3食が当たり前だと思っていることでしょう。
  

 しかし、1日3食が健康にいいという証拠はどこにもありません。私自身はもう35年以上1日2食で超健康体です」と書いている。

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2019年5月21日 (火)

山崎川の鵜と小鷺

  先日の朝、ウオーキングで山崎川の親水広場へさしかかったとき、川を見ると岩の上で鵜が1羽を広げていた。暖かくなって鵜が水に潜っていたり、泳いでいるのを見ることがあった。でも、羽を広げているのを見るのは初めてだった。

 咄嗟にスマホを取り出し2枚写したら飛んで行ってしまった。鵜の傍には小鷺が来ていたが、小鷺も鵜と一緒に飛んで行った。

 小鷺は鵜を追っかけて来ることがある。鵜が潜って魚を獲る時、他の魚を散らすのを待っていて魚を獲るのだそうだ。山崎川ではあまり見ることはないが、友人が散歩する香流川では、たくさんの鵜と一緒に多くの小鷺がいるのをよく見かけるという。香流川の近くには小さい山や森林が多いから鳥も多いのだろう。

 山崎川でも新瑞橋より南に行けば、鵜や小鷺などが多く見られると、野鳥に詳しい山口さんが言っていた。親水広場はパロマ瑞穂スタジアムの近くにあり、そこまで飛んでくるのは余りいないようだ。

 普通は小鷺を見かけても1羽のことが多い。先日珍しく4羽見たときは嬉しかった。小鷺を見かけるとその日は何かいいことがありそうな気がする。

 鵜は真っ黒だが、小鷺は真っ白で対照的な身体の色をしている。囲碁をことを「烏鷺の争い」というが、発音では「鵜鷺の争い」でもよさそうだが、鵜と鷺は共存なので使わないのだろう。

 最近山崎川に看板が立って「鮎が住める川にしよう」と書いてあった。実現したら鵜が鮎を獲るところを見られるかもしれない。現在はシラハエを獲っているのだと思う。

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2019年5月20日 (月)

行き倒れの人を発見して

 17日の朝、いつもより早く4時半ごろウオーキングに出た。家の前で50mほど先を見ると何か大きな物体があるのが見えた。何だろうと思って近づくと、若い女性がうつむいて倒れていた。

 驚いてとっさにどう行動したらよいか脳が素早く回転した。救急隊を呼ぶべきだが警察はどうなのか、とか、蘇生術をすべきなのかなど・・・・。声をかけたのだが反応はなく、ピクリともしなかった。

 スマホで119番に掛けると直ぐに通じた。倒れている場所や状況を伝えた。電話で話している間に、足がピクリと動いたので、生きていることが分かった。救急車は直ぐに来ると言ったが、思ったより時間がかかった。しばらくすると呻くような声がした。

 様子を見守っていると、前の家から男性が出てきた。その家の主人だった。主人は「大丈夫です。」と言って女性を起こして家に連れて行った。

 それでまた119番に電話して救急車は要らないと言ったが、そのときピーポーという音が聞こえてきた。やっと来たと思って見ていると200mぐらい先の通りを走って行った。カーナビに従っているので大回りをしているのだと思った。やっと着いたら7分ぐらい経っていた。

 写真を撮ってあったので救急隊員に見せて、前の家だと教えた。そしてウオーキングに向かった。

 先日の朝日新聞に、今回のような緊急事態のとき、女性は男性より緊急蘇生措置をしてもらえる率が低いと出ていた。またNHKでもSEDの使用率が低いと報じていて、女性の場合はどうすればよいかと説明していた。でも、いざその場に立ってみると、今回のように若い女性だと身体に触れることが非常にためらわれた。

 そのことを元消防署に勤めていた人に話したら、ほっぺたを叩くとよいと言い、首の動脈に触れて脈を確かめるとよいと言った。首の脈がない場合は脳がダメージを受けるのだそうだ。

 女性は早朝の何時ごろから倒れていたのか分からないが、朝日新聞の配達が通ったのは3時45分ぐらいだったからそれより後なのだろう。早朝なので人も車も通らなかったようだ。

 主人の男性は「いつものことです」と言っていて、抱き起して連れて行ったが、いったいどうしたことなのか奇怪なことである。もし、奥さんが外で倒れていたとすれば、家にはいないことに気付かなかったのであろうか。

 

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2019年5月19日 (日)

70歳まで働く機会確保 企業に「努力義務」という記事

 5月16日の朝日新聞朝刊に「70歳まで働く機会確保 企業に『努力義務』」という記事があった。政府は15日の未来投資会議で、希望する人が70歳まで働ける機会の確保を企業の努力義務とする方針を示し、定年延長や転職支援などの7項目を企業が取り組む選択肢として示したという。来年の通常国会に高齢者雇用安定法改正案を提出する考えだそうだ。

 現行の制度では、65歳までの雇用の安定を確保するために、

①定年の廃止、 ②定年の延長、  ③継続雇用制度の導入

のいずれかの措置をとることを企業に義務付けている。

 この記事を読んだとき、私がリタイアして33年、随分変わったものだと痛感した。まだ60歳定年で定年と共に「年金」が支給され、年金生活に入った。60歳と言えばまだ元気でいくらでも働く意欲があったが、残念ながら教員の世界では運がよければ非常勤講師として1年間だけ働くことができた。

 運がよければというのは、私のように平教員で退職したものには再就職の門が非常に狭かったのだ。教務主任、教頭、校長などの役職者の場合は次の職場を斡旋されて数年間働くことができたのであった。

 私の場合、「運よく」1年間の非常勤講師にありつくことができた。同じときに退職した校長などをやった連中がいいところへ再就職したのを僻みながら。

 その後は仕方がないので、愛知国際プラザで日本語を教えるボランティアになって今日に至っている。ボランティアだから一銭ももらえない。ただ、外国人に日本語を教えるという楽しみだけである。

 同じ退職者でも知事とか市長とか局長などの高い地位にいた人たちは、週に2,3回の顔を出すだけで毎月何十万円も給料をもらえるのだ。

 政府官庁の役人たちも天下りができ、リタイア後の方が高給をもらっている。下等な仕事の連中は仕事をするには苦労して探さねばならない。

 NHKのニュースで、86歳で現役の警備員や80歳の女性警備員がいることを知った。元気で働ける内は働かざるを得ないと言っていた。年金で生活ができなければ年齢不問の仕事を探すしかないのだ。何という矛盾だろう。同じ人間に生まれても高等人間と下等人間では雲泥の差なのだ。

 政府の70歳まで働けるようにする政策も、年金を減らして、下等人間は働ける内は働けというものだ。

 

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2019年5月18日 (土)

安倍首相の日本語能力

 Yahooニュースを見ていたら「『已む』読めなかった? 安倍首相が歴史的儀式で驚きの大失言」というAERAdot。の記事が目に止まった。安倍首相の大失言というので読んでみた。

 4月30日、「退位礼正殿の儀」で、安倍晋三首相が「国民代表の辞」を読んだとき、とんでもない読み間違いをしてしまったというのだ。「代表の辞」のほぼ末尾にある 「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません」という部分を「願っていません」と読んでしまったというのだ。

 どうしてそうなったかというと、漢字で「願って已みません」書いてあったので正しく読めなかったのだ。この原稿を書いたのは、教養のある官僚とみえ、昔風に「已」という漢字で書いてあったのだ。そうは言ってもこの漢字の読み方は高等学校を出ていれば読めないはずがない。

 ところが安倍首相はどう読んだらよいかためらって「願っていません」と読んでしまったのだ。これについて報じた新聞はなかったようだ。安倍首相の名誉にかかわることとして忖度したのであろう。

 安倍首相の日本語能力については、この記事では次の事例も紹介している。「安倍氏は2017年1月24日、参議院本会議で蓮舫議員に対し『訂正』でんでんという指摘は全く当たりません』と答弁した。これは『云々』を、『伝々』と誤って覚えていたようだ。」と書いている。「訂正云々」を「でんでん」と読めばおかしいと気づくはずであるが、気付かなかったというのはかなりの日本語への無知をさらけだしている。

 安倍首相は、国会答弁では質問にまともに答えず、はぐらかしたり、無視したりするので有名である。そういう能力だけは長けているが、一般的日本語の能力はかなりひどいものだということが分かる。

 記事はさらに次のように指摘している。「当意即妙が求められる国会答弁なら『でんでん』も笑い話で済むが、今回の舞台は憲政史上初の儀式だ。その重要な場で国民を代表し、天皇、皇后両陛下に直接あいさつをするのに、下読みも十分にしなかったなら、怠慢の極み。皇室に対する敬意を欠いていると言われても仕方が無いだろう。」と。

 さらっとでも事前に目を通していなかったのだろうか。それとも下読みしたが「どうよむの?」とは恥ずかしくて聞けなかったのであろうか。臣安倍晋三たる者が何たる不敬。戦前ならたちどころに免職だ。

 一国の総理を選ぶにはその人の日本語能力も厳しくチェックすべきであろう。米国のトランプ大統領と言い、国の最高責任者の言語能力や判断力が危ぶまれるのは情けないことだ。

 

 

 

  

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2019年5月17日 (金)

他人ごとではない「老老介護の果てに」という記事

 朝日新聞5月13日朝刊の社会面に「無口な夫 老老介護の果てに」という記事があった。読んでみて他人ごとではないと感じた。

 リードには、「高齢者が高齢者を介護する「老老介護」。その疲れを理由に、無理心中や自殺をする人が後を絶たない。愛知県内でも3月以降、こうしたケースが続いており、介護で追い込まれていく高齢者の姿を映しだしている。」と書いてあった。

 続いて記事本文には、「厚生労働省の国民生活基礎調査(2017年)によると、国内の全世帯の約4分のⅠにあたる1319万7千世帯が高齢者(65歳以上)だけで暮らす。」と書いてあった。まさに我が家もその中に入るのだと自覚した。

 息子が亡くなって1年半余り、夫婦2人だけで暮らして来たのだが、老老という自覚はなかった。有難いことにまだ二人ともこれまでと同じように元気に生活しているからだ。でも、この記事を読んで、我々もいつ突然に老老介護になるやも知れないと思ったのだ。

 我が家の近所では、夫婦二人だけの世帯は我が家だけであるが、夫を亡くした独り暮らしの高齢女性は何人かいる。近くに子どもが住んでいる独居者はいいが、私のように子どもが遠くにいて独居の人もいる。

 我が家は二人で支え合って生活しているので元気なうちはよいが、どちらかが身体的に不自由になると、老老介護になってしまう。記事によると16年の同じ調査では、介護が必要な高齢者の約半数が、同居の高齢者に介護されている、いわゆる「老老介護」だという。調査を開始した01年から増加傾向にあるという。

 男性介護者は増えている。16年の同居の主な介護者の男女比は男性34%、女性66%だそうだ。女性の方が多いのは納得できるが男性介護者が07年より6ポイント増加と書いてある。

 我が家は私は毎朝ウオーキングに行き、日中もボランティアやコーラスなど外へ出て他者と交わる生活をしている。一方、妻は家の中にいて家事中心の生活である。私はサプリメントを摂るが妻は一切摂らない。私は医者によく行くが、妻は医者に行こうとしない。私は早寝早起きだが、妻は真逆である。国立の老人の健康を研究しているところで研究対象にしてほしいくらいだ。

 私は健康志向の生活をしているからといって、私の方が健康長寿でいられるかどうかは分からない。いつも心配をしているのは、どちらかが認知症などになって他方を介護しなければならなくなることだ。高齢になると認知症だけでなく、どんな障害が現れるかも予測できないのだ。

 そういう訳で日々年をとるから、日々老老介護の問題と向き合って行かなければならないのだ。

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2019年5月16日 (木)

ガリ板印刷から始まって

 私は愛知学芸大学に入ったが、将来は教員になることが分かっていたので、教員になったとき必要な技術は何かと考えて、書道クラブと美術謄写部というクラブに入った。書道クラブに入ったのは、教員は黒板を始め字を書くことが非常に多いので、少しでもきれいな字を書きたいと思ったからだ。

 また、美術謄写部に入ったのは、当時は印刷物を作るのに「筆耕」と言って、ガリ板を使って鉄筆で蝋を染み込ませた原紙に字などを書いていたからだ。美術謄写部ではガリ板で書く字などをきれいに書くことを学ぶことができた。沿溝法と言って、ガリ板のやすりの溝にそって鉄筆を動かし、四角い字を書くのであった。専門家の書いた字は実にきれいであった。少しでもそれに近づきたいと思ったのだ。

 教員になるとそうした技術は直ぐに役に立った。テストや印刷物をほぼ毎日作ったからだ。書道部でならったことも黒板に字を書くのが仕事だから役にたった。

 ガリ版で蝋原紙に書いたものは謄写板という印刷機で紙に印刷した。インキを塗ったローラーを謄写板びにるの網目の上を転がすとインキが浸み出て印刷できるのだ。学校には印刷室があったそこに謄写印刷器を置いてあった。

 謄写印刷器を使ったのは何年間ぐらいか定かではないが15年以上は使ったと思う。そのうちにファクシミリとういう印刷機ができて紙にペンで書いた原稿を器械が読み取って印刷するようになった。黒い紙の上に薄い黒いビニルのようなものが載っていてそれに写されるのであった。黒い紙はもったいないので切り絵に使ったことを覚えている。

 自分でも謄写印刷器を買って一式持っていたが、要らなくなったのであるときカンボジアへ寄付をした。

 ファクシミリ印刷を使っていたがワープロという器械が売り出された。教員になって30年以上経って最後の学校にいた頃であった。エプソンのワープロだったと思うのだが買った。タイピングは図書館でタイピングの本を借りて勉強した。

 タイピングについては、大学の4年の時に研究室の事務員が英文タイプライターを使っているのを見たことがあり、難しそうだという印象があったが、勉強して見たらホームポジションさえ覚えれば簡単だと分かった。以来ずっとタイピンピングをしている。

 私は書くよりはタイピングした方が楽なのでペンで書くことは余りない。謄写版印刷から始まってファクシミリ印刷、ワープロ印刷と印刷革命を経験してきたのであった。

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2019年5月15日 (水)

改めて知る「君死にたもうことなかれ」の凄さ!!

  先週末に「おしん」の第1回総集編を見た。その中で、おしんは雪の中で行き倒れのをた脱走兵でマタギの中村正俊に救われた。しばらく一緒に生活をするが、ある時おしんが興味をいだいた与謝野晶子の詩を朗読して聞かせるシーンがあった。
 

  その朗読を聞いて、あの有名な「君死にたもうことなかれ」の詩の凄さを改めて知った。
  

  何が凄いと言って、晶子が
「君死にたもうことなかれ、旅順の城はほろぶとも、滅びずとても、何事ぞ」と謳っているところと、もっと凄いのは
「君死にたまふことなかれ、すめらみことは、戦ひに おほみづからは出でまさね、」と、
「かたみに人の血を流し、獣の道に死ねよとは、死ぬるを人のほまれとは、 大みこゝろの深ければ、もとよりいかで思(おぼ)されむ。」
と謳っているところだ。
 

 あの絶対的権力者で神とも崇められた明治天皇を「自分からは戦場には行かない」と言い、戦場で死ぬのはかり出された一般国民だとはっきり言っているのだ。

  安倍首相は戦争への道を誤魔化しによって着々と開こうとしている。もし、いったん緩急あれども安倍総理自身は後方で号令を掛けるだけだ。
 

 戦争を獣の道と言い、戦死することを誉れとは、国民を思うこことの深い天皇は思われるはずがないと断じている。ただ獣の道は晶子の思慮の浅さを表している。なぜなら獣は決して無駄な戦いはしないからだ。智慧があるはずの人間だけが戦争をして殺し合うのだから。しかし、あの時代にこれほどはっきりと戦争の愚かさを告発したのは凄い勇気だと感嘆せずにはいられない。
 

 与謝野晶子が素晴らしい反戦の詩「君死にたもうことなかれ」を書いたにもかかわらず、日本は急速に軍国化して軍事力を背景に、大東亜共栄圏という美しいスローガンで大陸などを侵略して行ったのであった。
 

 この晶子の詩に対して、当時の言論界の重鎮「大町桂月」は雑誌『太陽』において「教育勅語、宣戦詔勅を非難する大胆な行為である。」「乱臣なり、賊子なり。」と非難した。それに対して晶子は「当節のやうに死ねよ死ねよと申し候こと、またなにごとにも忠臣愛国などの文字や、畏おほき教育勅語などを引きて論ずることの流行は、この方かへって危険と申すものに候はずや。」と反論している。
 

 晶子の確固たる信念は驚嘆に値する。今また晶子が憂えたような事態が徐々に広がり始めていると感じるのは私だけであろうか。
 憲法に自衛隊を明記し、自衛隊が海外で戦えるようにすることや、非常事態事項を入れる憲法改正は第一段である。その後、国民を抑えつけ、ヒトラーがやったように非常事態事項を使って憲法を変え、天皇を元首とする大日本帝国憲法に戻したいという動きに注意しなければならない。

 

   君死にたまふことなかれ  与謝野晶子 
                     (1878~1942・大阪生まれ)
       ――旅順口包囲軍の中に在る弟を嘆きて
   

    あゝをとうとよ、君を泣く、
    君死にたまふことなかれ、
    末に生れし君なれば
   親のなさけはまさりしも、

    親は刃をにぎらせて
   人を殺せとをしえしや、
    人を殺して死ねよとて
   二十四までををそだてしや。

    堺の街のあきびとの
   旧家をほこるあるじにて
   親の名を継ぐ君なれば、
    君死にたまふうことなかれ、
    旅順の城はほろぶとも、
    ほろびずとても、何事ぞ、
    君は知らじな、あきびとの
   家のおきてに無かりけり。

    君死にたまふことなかれ、
    すめらみことは、戦ひに
   おほみづからは出でまさね、
    かたみに人の血を流し、
    獣の道に死ねよとは、
    死ぬるを人のほまれとは、
    大みこゝろの深ければ
   もとよりいかで思(おぼ)されむ。

    あゝをとうとよ、戦ひに
   君死にたまふことなかれ、
    すぎにし秋を父ぎみに
   おくれたまへる母ぎみは、
    なげきの中に、いたましく
   わが子を召され、家を守(も)り、
    安しと聞ける大御代も
   母のしら髪はまさりぬる。

    暖簾のかげに伏して泣く
   あえかにわかき新妻を、
    君忘するるや、思へるや、
    十月も添はでわかれたる
   少女ごころを思ひみよ、
    この世ひとりの君ならで
   あゝまた誰をたのむべき、
    君死にたまふことなかれ。
――『明星・1904年9月号初出』――

 

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2019年5月14日 (火)

ジューシイ・ゴールドという美味しい柑橘類

 いつも行くスーパーの「八百鮮」で「ジューシーゴールド」という柑橘類を売っていた。愛媛県産で7個で500円だった。店員に聞くと甘くてジューシイだと言ったので買った。
 

 家に帰って皮をむいたら予想していたより薄かったのでよかった。大変ジューシイで酸味が少なくて甘い。
 

 気に入ったので2日後また買いに行った。今度は熊本産だったが9個で500円だった。それで2パック買った。
 

 家に帰って「ジューシイゴールド」についてネットで調べたら、「河内晩柑」という品種のことだと分かった。河内晩柑なら昨年も買って食べたことがあった。

  この柑橘は名前が、河内晩柑・美生柑・ナダオレンジ・愛南ゴールド・宇和ゴールド、ジューシーゴールド、御荘ゴールド、夏ぶんたん、などと、別名がいろいろあることが分かった。みな特定の販売用の商標なのだ。
 

 晩柑とは、「遅い時期に採れる柑橘」のことで、特にこの河内晩柑は冬を乗り越え、新緑の季節を過ぎるまで(3〜7月)木に実らせたまま収穫できる珍しい柑橘なのだ。
 

 この前取り上げた「ナツミ」も木なりでおいしかったが、河内晩柑も負けぬくらいおいしい。
 

 河内晩柑は、約80年前に熊本県飽詫郡河内町の西村徳三郎氏の宅地で発生した文旦の血を引く偶発実生だという。昭和10年に同町の鑢(金へんに慮)一馬氏が発見した品種なのだ。
 

 河内というから大阪の河内だと思っていたが、熊本県であった。発祥の地である「河内」と遅い時期に採れるみかんの総称である「晩柑」を組み合わせて「河内晩柑」と名付けられたそうだ。

  果汁がたっぷりで商品名が「ジューシーゴールド」と呼ばれるのだ。外観も中身もグレープフルーツに似たところがあるが、風味が良く、さっぱりとした食味で、グレープフルーツのような苦味はない。


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2019年5月13日 (月)

相変わらず面白くない「いだてん東京オリンピック噺」

 NHKの大河ドラマ「いだてん東京オリンピック噺」は、4月28日の放送で7.1%という最低の視聴率を記録した。28日の「いだてん」は見ている内に訳が分からず、眠ってしまった。それでビデオに録って改めて見たが、古今亭志ん生のことと金栗四三のことがごちゃにでてきて、頭の中で整理して見たが、訳が分からなかった。これでは視聴率が下がるのも無理がないと思った。まだ7.1%あっただけよしとせねばなるまい。

 5月5日の「いだてん」は、金栗四三のことが中心で、ベルリンオリンピック中止で金栗が落ち込んだり、妻のスヤが東京へ出て来たり、駅伝を成功させたり・・・とまとまりがあったのが救いであった。

 「いだてん」で気に入らないところは、演技がオーバーなことだ。ドタバタ喜劇のようになっているところが多い。嘉納治五郎にしてもそういうところがある。

 5日のを見て、若い志ん生が浜松へ行ってそこで子どもの頃の田端政治と出会うところがあったが、こういうエピソードは要らないのではないか。また、突然東京オリンピックにとんで田端政治が現れる。ストーリーの流れが突然切れるので視聴者は戸惑うのである。

 駅伝を作ったことにしても、京都と東京の間をどのように争ったのがが分かり難くかった。丁寧な描写が欲しかったと思う。

 NHKの会長は「いだてん」に触れ、「芸術作品だ」と持ち上げたようだが、芸術は難解なものだから分かり難くてよいというものでもなかろう。日曜の夜に大衆が楽しむドラマなのだ。奇を衒うより、分かりやすく面白いものにすべきである。

 また、5月9日に開かれたNHKの定例会見で、ドラマ番組部長・藤沢浩一氏が大河ドラマ「いだてん」について言及。「視聴率に特効薬があれば……」と発言し、ネットで話題を呼んでいるという。

 「東京オリンピック噺」とあるように、NHKが安倍総理を忖度してヨイショのドラマにしたという見方もよく聞く。東京オリンピック協賛のドラマであることは間違いないが、面白くなければ逆効果である。安倍総理もいらいらしているのではないか?

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2019年5月12日 (日)

連休後半の東京、人人人!!―⑥―西荻窪・国立西洋美術館

 東京最後の日は、西荻窪と上野の国立西洋美術館へ行った。西荻窪は以前にNHKテレビで骨董の街として紹介された。また、5月2日の「ハルさんの休日」で古民家を改造した「RE:GENDO」という和風レストランが紹介された。そういうことで西荻窪へいくことにしたのであった。

 西荻窪は吉祥寺の次の駅で調布からはすぐであった。娘が西荻の美容院を利用しているので詳しい。それで案内をしてくれた。駅を南出口に出ると細い商店街を通って、神明通りに出た。西荻には人はあまりいなかった。しばらくその辺を歩いて、元に戻った。そしてテレビで見たRE:GENDOを探した。駅からすぐのところにあった。

 テレビで見た通りの木の塀の外観であった。開店は11時からで10分ほど待った。予約なしの人は私たちの他に前に3人いた。あとの人たちは予約をしていた。

 11時になって中へ入った。テーブル席は全て予約されていた。私たちはカウンター席に案内された。私たちより後に来た高齢の婦人は外で待たされた。一人だが席がないのだ。

 このレストランは古民家を改造したもので、テーブルは京都の西陣の模様を作っていた板を利用していた。テーブルの足は、何と鉄道のレールであった。オーナーは鳥取から出てきてこのユニークなレストランを作ったのだという。

 料理は創作の寿司で、ムラサキ米を使って一口おにぎりのようにめるめ、上に魚ではなく、ノビル、そら豆、キノコ、パプリカ、アスパラの5種類の野菜を載せてあった。下の写真のように味噌汁や漬物、ニンジンの和え物などがついて1500円であった。値段は安くないが予約で来るところを見ると店の雰囲気と味がよいからであろうと思った。

 RE:GENDOを出たら南のアンチーク街へ行った。途中の店で地図をもらい歩いた。西荻窪は杉並区で静かな住宅街があった。西洋のアンチークの店で婿はいろいろと説明を受けた。気さくに話してくれる店主であった。娘はガラスのインク壺を買った。土の中から掘り出されたのだという。

 西荻窪には駅の北にも骨董街があるが、時間の都合でそちらには行かなかった。駅に戻ると総武線で秋葉原まで行き、山手線に乗り換えて上野へ行った。上野駅は大変な混雑であった。

 婿が国立西洋美術館でやっているル・コルビジェの展覧会を見るというのでついて行った。以下美術館の説明を引用する。

 ーー20世紀建築の巨匠ル・コルビュジエ(1887-1965)が設計した国立西洋美術館本館は、2016年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。開館60周年を記念して開催される本展は、若きシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエの本名)が故郷のスイスを離れ、芸術の中心地パリで「ピュリスム(純粋主義)」の運動を推進した時代に焦点をあて、絵画、建築、都市計画、出版、インテリア・デザインなど多方面にわたった約10年間の活動を振り返ります。

 第一次大戦の終結直後の1918年末、ジャンヌレと画家アメデ・オザンファンは、機械文明の進歩に対応した「構築と総合」の芸術を唱えるピュリスムの運動を始めました。そして、絵画制作に取り組みながら新しい建築の創造をめざしたジャンヌレは、1920年代パリの美術界の先端を行く芸術家たちとの交流から大きな糧を得て、近代建築の旗手「ル・コルビュジエ」へと生まれ変わります。

 本展はル・コルビュジエと彼の友人たちの美術作品約100点に、建築模型、出版物、映像など多数の資料を加えて構成されます。ル・コルビュジエが世に出た時代の精神を、彼自身が作り出した世界遺産建築の中で体感できる、またとない機会となるでしょう――

 私はコルビジェのことは全く知らなかったが、「音声ガイド」を借りて要所で説明を聞きながら見たので彼の功績やピュリズムのことがよくわかった。印象的だったのは、彼と絵の師匠のオザンファンと瓜ふたつの絵を描いていたのが、1920年ごろにピカソのキュビズムの影響を強く受け、ピュリズムが変って行ったことであった。そして親友であったオザンバンともたもとを分かつのだ。

 コルビジェ展を見たら常設展の部屋につながっていたので常設展も見た。ピカソ、マチス、ドガなどの他に、ルノー、セザンヌ、モネ、コローなど印象派の絵がたくさんあり、ロダンの彫刻など見ることができた。

 美術館を出ると東京駅へ行った。ものすごい混雑であったが、帰りの指定券は買ってあったので構内で休憩をすることにした。パン屋の前にテーブルと椅子があったが既に座っていた。ただ、椅子の上に荷物を置いている人がたくさんいた。それで店の人に注意をしてくれるように頼んだが、そこは店のスペースではなく、無料休憩所だと言った。店の前にあり一見cafeのように見えたのだ。やむなく店内の席が空くのを待った。

 帰りの新幹線は東京駅からはガラガラであったが、新横浜からほぼ満席になった。隣の席が中年の女性で、話しかけたら応じてくれたので名古屋まではあっという間であった。途中富士山が見られたのもよかった。もっていた手品を見せて3つほど上げた。

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              RE:GENDOレストラン

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                     創作寿司

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                親切に説明をしてくれた

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     コルビジェの絵

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      コルビジェ設計のサヴォア邸

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      エスプリ・ヌーボー館

 

 

 

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2019年5月11日 (土)

連休後半の東京、人人人!!―⑤―川越

 東京滞在第三日目は埼玉県の「川越」へ行った。以前にNHKの朝ドラで川越が舞台になっていて一度行ってみたいと思っていたのだ。池袋からは東武線で30分という近さだと書いてあったが、調布からは総武線で行って2回乗り換えしなければならない。

 川越に向かう電車の車窓からの風景はどこまでも続く平坦な武蔵野であった。徳川家康は秀吉に武蔵野をあてがわれたが大正解だったと感じた。今は所狭しと住宅が立ち並んでいる。

 川越に着くと列車から降りた人たちは同じ方向に向かっていた。まっすぐなクレアモール商店街のを歩いて行った。途中「蔵里」という場所にある蔵のレストランで早めの食事を摂ったが、この日はうどんしかないという。ザルのうどんを食べたが、讃岐うどんのように腰があり、つけ汁も美味しかった。

 広場では紙芝居をやっていた。出店で焼き菓子を売っていたので試食したおいしかった。聞くと障碍者がすべてを作っているのだそうだ。それで4袋買った。

 地図を見ながら歩いて行くと熊野神社があった。我が故郷新宮の熊野大社関係の神社だ。参拝をする人が列を作っていたので、脇からお詣りをした。熊野神社から「昭和の街」なのだが、私たちは元の道に戻って「大正浪漫夢通り」の方へ行った。子どもたちが作った鯉のぼりがいっぱいはためいていた。

 突き当たって三叉路を左に行くと「蔵造りの町並み」に出た。「昭和の街」からだと1本道だ。その辺りに来ると急に人が増え、通り一杯になって歩いていた。まるで新宿の駅のような混雑であった。「蔵造りの町並み」がみんなのお目当てなのだ。それにしてもこんなにたくさんの人が見に来るというのはどうしてだろうと思った。

 途中左手にお寺があるのが見えたのでそちらへ行った。突き当りが行伝寺であった。その手前に和風料理屋があった。店の人がいたので婿がいろいろ尋ねていた。その日のメイン料理は売り切れたと言っていた。婿は一度来たいと言って名刺をもらった。

 料理屋の前に小さなアンチークの店があり、入ったら西洋のアンチークを並べていた。婿はドイツ製の古い目覚ましが気に入ったらしく、いろいろと説明を聞いていた。娘と私は外で待った。

 「蔵造りの町並み」に戻り、混雑の中を歩いて行った。川越シンボルの「時の鐘」がそびえていた。それを見た。そこからしばらく行き、左へ行く道に行った。地図で見ると「菓子屋横丁」であった。ドラマではこの辺りの菓子屋が出ていたと思う。

 パン屋があり、行列ができていた。娘はパンを買うと言って並んだ。私はそばのベンチに腰を下ろした。客は一組ずつ店に入る仕組みであった。よほど小さな店とみえる。

 菓子屋横丁は通りが四角くなっていた。その一角で「恋心」という芋アンの饅頭をふかしていたので、買って食べたら餡が小豆のも入っていておいしかった。1個180円であった。

 川越の菓子はほとんど「川越芋」を使っていた。名古屋へは川越芋は来ないが、この辺りでは有名なサツマイモなのだ。歩いて行くとその川越芋の焼き芋を売っていた。黄色い柔らかい芋であった。婿は150円のを値切って買った。

 菓子屋横丁は見どころの最後にあり、我々は裏道を元に戻って、再び和風料理屋の前のアンチーク店に行った。婿が行きに見た目覚ましを買った。ドイツで作られチェコで使われていたもので1933年製だという。見るからに古ぼけていたが値段は大変高かった。

 「蔵造りの町並み」では地元のビールを売っていたので、買って飲んだがとても味がよかった。その後「大正浪漫夢通り」を戻って、「蔵里」の広場で休んだ。行きに焼き菓子を買った障害者の店でまた買った。酒の蔵の店で地酒を34種類そろえて試飲をしていたので娘の勧めで試飲をした。500円でチップを4つ買い、小さな猪口を器械の所に置き、チップを投入して、好みの銘柄を押すと自動で猪口一杯の酒が出る仕組みであった。この試飲も行列ができていた。私は吟醸酒を選んで試飲した。

 蔵の土産店で土産を買った。「一番人気」とタグが付いているのを買った。

 駅から菓子屋横丁まで往復したが、結構歩いたので疲れた。他にも見るところがあったが割愛した。川越人気は何なのか?分からなかったが、「小江戸」をキャッチフレーズに上手に観光客を呼び込んでいるようだ。 

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             大正浪漫夢通り

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         世界文化遺産の川越祭りの山車

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             蔵のある街並みの人

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           川越のシンボル、時の鐘

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         左の蒸篭で蒸して売っている芋饅頭「恋心」

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2019年5月10日 (金)

連休後半の東京、人人人!!―④―新大久保

 5.3憲法集会は途中で抜け出して、次の目的地へ向かった。メインの行事はほぼ終わっていたが、まだ来る人たちがたくさんいた。出口の所でカンパを集めていたので協力をした。国際展示場駅へ行ってまずトイレに入った。会場には仮設のトイレが3カ所用意されていたが、行列ができていたので駅のトイレにしたのだが、正解であった。

 娘に会場を出たことをラインで知らせた。新大久保で落ち合うことになっているのだ。大崎で山手線に乗り換え、新大久保駅に着くと、プラットフォームは乗る人と降りる人で動かないぐらい混雑していた。どうしてこんなに人が出入りするのかと驚いた。やっとのことで外に出ると、歩道は人で溢れていた。

 ミスタードーナツで待ちあわせようかと思ったが、空席はないだろうと思い、反対側を見るとマツモトキヨシがあったので、そこで待っていると連絡した。娘たちは総武線大久保駅で降りたのだがすぐに会うことができた。

 まず夕食をということで、ネットで調べてネパール料理の「モモ」というレストランに行った。下の写真のような料理を食べた。カリカリのナンのようなものがご飯にのっていた。赤い色をした辛いルーをご飯にかけて食べるのだそうで、そのまま食べたらものすごく辛かったのにご飯と一緒に食べたらそうでもなかった。カレーのように見えるのはスープだそうだ。ご飯の米は粘りもありおいしかった。ネパール風餃子も単品で取ったが小龍包に負けない美味しさであった。

 ネパール料理を食べるのは初めてでいい経験になった。料金も安く、サントリービールの中ジョッキがついて1250円であった。ネパールのビールも飲んだが少し苦みがあり、サントリーの方が口になじんだ。

 食事が済んだら新大久保の街を散策した。歩道はとにかく人が多く、ぶつかりそうであった。新大久保は韓国系の店が多いが東南アジア系や中国系の店も多かった。人もいっぱいいて外国人の中に日本人が少しという印象であった。

 新宿八百屋という店があり、野菜などを売っていたが、ディスカウントショップだということだが、私が行く「八百鮮」の方が安かった。娘はいくつかの野菜を買った。

 韓国の化粧品店やエステの店もいくつかあった。また若い人たち韓国風ホットドッグを食べていた。店は行列ができていた。今はやりなのだそうだ。なぜか救急車が2度も来た。パトカーもサイレンを鳴らして走っていた。何があったのかは分からなかった。途中で写真のような変わったオートバイを見つけた。

 帰りは総武線の大久保駅まで歩いたが、新大久保駅と大久保駅の間は距離が短かった。

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左上は辛いルー、隣は漬物、 カレーのように見えるスープ、煎餅のようなナン

細長いが粘り気もあるご飯、トレイの左の上はマトンだが美味しい

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                大変な人ごみ

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                   変わったバイク

 

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2019年5月 9日 (木)

連休後半の東京、人人人!!―③―5.3憲法集会

 5月3日の朝日新聞朝刊を見ていたら1ページの広告で、人の名前が一面に書いてあるのがあった。何だろうと思って見たら、「5.3憲法集会」の案内であった。

 開催場所は有明の「東京臨海広域防災公園」であった。折角東京に来たのだからまたとないチャンスだと思い、その日の行動の第一を集会に参加することにした。

 初めにコンサートがあり、11時から開始となっていたので、遅れないように9時のバスで三鷹駅まで行った。新宿で山手線に乗り換え大崎まで行った。そこでりんかい線に乗り換えるのだが、方向を間違えて乗り、恵比寿まで行ってしまった。

 仕方がないので木場行きを待って乗り、国際展示場で降りたが11時近くになっていた。外に出ると駅前に機動隊警官がずらりと並んでいた。駅前広場には警視庁のバスがたくさん駐車してあった。物々しい雰囲気の中を歩いて行ったが、また方向を間違えて遠回りをしてしまった。交差点を渡って行ったが、機動隊警官がいっぱい並んでいた。ゆりかもめラインの有明駅の所に出た。有明駅と国際展示場駅は直ぐ近くにあることが分かった。

 両方の駅から出た人々は続々と公園に向かっていた。公園に着くと方々に幟が立っていていろいろなグループが集まっていた。前方にステージがあり、オープニングコンサートをやっていた。

 写真で分かるように、空には適当に雲があり、日差しが照りつけることなく、参加者は芝生の上でピクニックのように飲み食いしている人もたくさんいた。

 私は公園を回って友人が属している「商社」幟を探したがそれらしいものは見当たらなかった。仕方がないのでステージの方の芝生に座ったが、うまく座れなかった。見ると小さな椅子を用意して来ている人たちがいた。

 長く座れないのでどこか腰を下ろせるところはないか探した。三角ポストの台を重ねて置いてあるところがあり、ステージが見やすかったのでその上に尻をのせたらいい感じであった。

 人々は続々と切れ目なしに集まって来た。埼玉や栃木や茨城や神奈川や千葉などからも来ていてさすがは東京集会だと思った。上空を飛行機やヘリコプターが飛んでいたが羽田空港が近いからであろう。

  メイン集会が始まるまでは、小室等さん、谷川賢作さん、こむろゆいさん、河野俊二さん、うじきつよしさん、内田勘太郎さんなどの生演奏の歌を聴いた。メッセージソングであった。

 メイン集会は13時に始まった。司会は講談師の神田香織さんで、和服を着ていた。講談師だけあって歯切れよく司会をした。高田健さんの主催者挨拶があり、13:15からメインスピーカーの音楽評論家の湯川れい子さん、辺野古県民投票の会の元山仁士郎さん、京大教授の高山佳奈子さん、元NHKディレクターで武蔵大教授の永田浩三さんらが話した。

 湯川さんは83歳だそうだが、若々しく死ぬまで闘うと話した。永田さんは安倍首相や志位共産党委員長と同期だそうで、安倍首相の憲法改悪の意図を厳しく糾弾した。

 13:45からは各政党の代表が挨拶をした。トップは立憲民主党の枝野代表、次が国民民主党の玉木代表、3番目が共産党の志位委員長、4番目が社民党の委員などが話した。安倍首相の憲法9条への自衛隊明記を阻止するため、野党や市民連合が協力して参議院選を闘うことが大事だということで一致しているように聞こえたがどこまで信じてよいのだろうか。是非候補の調整を実現してもらいたいものだ。

 14:10に市民連合の訴えを東大名誉教授の広渡清吾さんが行った。会場はぎっしりと埋まっていた。翌日の新聞によると6万5千人だったそうだ。せめて皇居参賀の14万人ぐらいは集まって欲しいと思った。フランスだったら20万人以上集まるであろう。

 思い切って東京集会に行って様子が分かりよかった。憲法9条の戦争放棄は絶対に守り抜かねばならない。残念に感じたのは、高齢者が多く、若い人が少ないことであった。若い人はどうして戦争や平和への関心が低いのであろうか。最近の投票行動の低下とともに心配なことである。

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2019年5月 8日 (水)

連休後半の東京、人人人!!―②―落語をたっぷり2時間

 令和元年5月2日、浅草演芸ホールの昼席プログラム

   10:30  落語   林家小もん   落語  林家たけ平

   11:00  落語  古今亭志ん陽  マジック  伊藤夢葉      落語  春風亭一之輔   落語  林家九蔵

   12:00  漫才  にゃん子・金魚  落語    林家時蔵      落語  三遊亭歌奴    紙切り 林家二楽

   13:00  落語  三遊亭圓歌    落語    橘家圓太郎    ものまね  江戸家小猫  落語  三遊亭歌武蔵

   14;00  落語  柳家さん喬    曲芸    鏡味仙三郎社中  落語  鈴々舎馬風    落語  林家正蔵  

         仲入り

   15:00  落語  林家木久蔵   漫才    ロケット団       落語  林家ひろ木    落語  林家  きく麿

   16:00  浮世節  立花家橘之助  昼の部主任  落語  林家木久扇

   落語が17あり、テレビで名の知れた落語家も何人もいたが、古典落語のようにストーリーのある落語は少なかった。新作落語というか自分が作ったと思われる描写落語がほとんどであった。オオトリの林家木久扇も師匠の林家正蔵のエピソードを語ったもので、テレビでも聞いたことがあるものであった。出演の落語家は林家の名がつく落語家が多く、林家一門で、噺も笑いを取る新作であった。でも、落語は一人が15分ぐらいの噺をするので、笑いがあり退屈はしなかった。

 木久扇の「木久蔵ラーメン」を弟子たちが1箱1000円で大々的に売っていたのには驚いた。

 入れ替えなしなので、夜の部も聞くことができるのだが、終わりが20時半になり遅くなるし、昼の部の6時間で十分であった。

 浅草演芸ホールの隣に「東洋館」がある。いつもBSテレビ朝日で「お笑い演芸館」を放送しているので覗きたい気もあったが、やめにした。東洋館は漫才中心の演芸場だと分かった。「お笑い演芸館」もほとんどが漫才で納得した。

 

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2019年5月 7日 (火)

連休後半の東京、人人人!!―①―浅草演芸ホール

 10連休の後半の2日~5日にかけて東京へ出かけた。行きは名古屋駅からなので金券ショップで新幹線の切符を買った。帰りは混雑が予想されるので指定券を買っておいた。駅は大変な混雑であった。

 朝6時半ごろに家を出て名古屋駅に7時5分ぐらいに着いた。プラットフォームに行くと丁度「のぞみ」が止まっていて中を覗くと席が空いてたので乗ったら、乗客は数人で拍子抜けした。

 車中でその日はどこに行ったらよいかネットで調べた。そして浅草演芸ホールへ行くことにした。東京へ行くといつもは新宿末広亭へ行くのだが、浅草演芸ホールへはまだ行ったことがなかったのと、落語中心の寄席だと分かったからだ。

 名古屋を出るとき、天気がよかったので、富士山が見られることを期待していたが、だんだんと雲が出てきて、娘からは東京は雨が降りそうだとメールが入った。傘は要らないだろうと持ってこなかったのでしまったと思った。富士山は大きな雲に蔽われて全く見ることができなかった。

 8時40分ごろ東京に着き駅員に浅草への行き方を尋ねた。山手線で上野まで行き、地下鉄銀座線で浅草まで行った。浅草は何度も来たことがあるが演芸ホールは初めてなので人力車夫に尋ねた。

 仲見世を通って歩いて行ったが、いつもより人が多い感じがした。雨がぽつぽつと降って来て、笠をさしている人もいた。傘を売っていたので見たら500円だったのだ買わなかった。

 浅草寺まで行き、そこから左の道を少し行った辺りと見当がついたので歩いた行ったが、雨が強くなってきた。傘を買おうとコンビニに入ったが1000円もしたのでやめた。しばらく様子を見て小降りになったので演芸ホールは向かった。

 演芸ホールの開場までは15分もあり多くの人が並んでいた。その人数が予想以上に多かったが、係りの人がまだ座れますからと言っていたので少し安心をした。

 並んでいる間にまた雨が強くなったがどうしようもなかった。開場を早くしてくれればよいのにと思ったが定刻の開場であった。やっと3000円でチケットを買うことができ中に入った。係りの人は2階を勧めていたが、1階は満席かと聞いたら、ポツポツとありますと言ったので1階へ行って探した。運よく前から8列目に1つ空いていた。

 始まるころには横と後ろには立ち見の人が溢れていたので驚いた。昼席は10時半~4時半まで6時間あり、夜席も入れ替えなしで見ることが出来るのだ。立ち見の人は途中で帰る人の席を見つけるしかないのにどうするのだろうと思った。これまでこんなに超満員の寄席は見たことがなかった。

 もう一つ驚いたことは観客の顔ぶれであった。寄席は年寄りが多いのだが、浅草演芸ホールの客は若い人から中年の人、高齢の人まで幅広かった。今、女性の間でも落語が人気があると聞いていたが、落語に関心を持つ人が広がっていることを感じた。

 テレビでもTBS落語研究会とか、NHKの落語ディーバーなど関連の番組がいくつかあるし、落語家も700人以上いるというくらいだ。

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          浅草演芸ホールの前で並ぶ

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2019年5月 6日 (月)

SNSの英語術で知った「#FridaysForFuture」の凄さ

 NHKの「SNS英語術」は、SNSで発信された英語を教材として英語の勉強をしようという番組で、今のトッピックとそれに関連した英語を知ることができ興味深い番組である。

 4月19日に放送された番組は、「#FridaysForFuture」で、スエーデンの16歳の少女Gretaさんが実行し、発した金曜日ごとの学校ストライキに関するものであった。

 Gretaさんは、学校で地球温暖化について学んだことをきっかけに、自分ひとりで行動を始めたのであった。金曜日に学校を休んで国会や政府関係の建物の前に行き、座り込みをして、その様子をSNSで発信したのだ。

 そのツイッターを見て参加者が増えて行き、ヨーロッパやオーストラリアや香港などに広がり、3月15日には、何と世界120の国や地域で大規模なデモが行われるまでになったのだ。このデモは地球温暖化対策を要求するものである。 フランスでは僅かの期間に数人から20万人ものデモにまで発展したという。

 Gretaさんは国連の会議やダボス会議でも発言をするようになったが、パリ協定が実行されるまで金曜日ストを続けるという。エイプリルフールの4月1日には、ストを止めて学校の勉強に戻るという投稿をしたが、嘘であると告白するお茶目を発揮している。

 トランプ米大統領はツイッターを使って毎日発信し、世界を混乱させているが、Gretaさんはその対極にある。トランプが離脱したパリ協定を積極的に前に進めようと行動しているのだ。そしてたった一人で始めたことが、ツイッターの威力で世界の若者を動かし、大きな運動に広がったのである。

 私はツイッターはやったことも見たこともないが、事と次第ではあっという間に世界中に広がる威力があるようだ。日本ではまだ#FridaysForFutureは行われていないようだが、日本の若者も呼応して立ち上がって欲しいものだ。次は月日の金曜日に大規模なデモを行うようだから、日本でも広がることを期待している。

 

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2019年5月 5日 (日)

平成元年は一億総中流だったのに

 1989年に平成が始まったが、その年の12月29日には日経平均が3万8915円の史上最高値をつけたのであった。その頃株を煽る人たちは4万円どころか6万円になるなどとはやしていたのを思い出す。90年代にバブルがはじけるまでは、「一億総中流」などと言われていた。景気よく始まった平成であった。しかし事は「平静」には進まなかった。

 2008年9月のリーマンショックによる景気悪化で、10月28日には6994円までおちこみ、2009年3月10日には終値で7054円を記録した。株価は時の政治情勢や経済指標などに影響されて絶えず変動しているが、平成最後の31年4月26日の日経平均は2万2258円で終った。

 平成の間には、大災害も頻発したが、株価も大きく変動したのであった。山内証券が潰れるなど経済も大揺れであった。アベノミクスも6年間で結局何の成果もあげられなかった。

 中央大学の山田昌弘教授(社会学者)によると、

 平成の始めには大卒の求人倍率は2倍以上あり、将来の収入や資産について不安を感じている若者は11%程度であったそうだが、それが2012年には30%にも増えているそうだ。

 以前はよい大学を出てよい就職をすれば将来に不安がないと思われていた。将来について楽観視することができたという。それに対して今の若者は「現状満足将来悲観」に変っているというのだ。

 それで「将来、公的年金がもらえない」「制度が破たんするかも」と不安になり、老後が心配だから「個人年金」をかけている学生がいると聞いて驚いたと言っている。

 私のような高齢者でも、残り何年生きるか分からないが、年金への不安はある。今現役の人たちは、年金受給が遅くなるので何歳から受けるとよいか戸惑っているようだ。若い人たちは先が長いので心配が大きいのは理解できる。

 令和になって、若い人たちが将来に不安がなく生活できるような政治を望みたい。それには若い人たちも政治に関心をもって、投票やデモなどの行動をすることが大事であろう。

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2019年5月 4日 (土)

天皇の言葉はご自分のもの?

 平成が終わるに当たって、NHKなどのテレビや新聞で平成天皇の業績を辿る番組や記事が溢れた。天皇にこれだけスポットが当たるのはおそらく史上初めてではないだろうか。

 そうした中で節目節目の天皇のお言葉も何度も紹介された。これまでお言葉を聞くたびにいつも抱く疑問があった。それは「お言葉」は天皇ご自身が考えられるのか、それとも宮内庁の誰かが書いた案を天皇がご覧になって決めるのかということである。

 お言葉の中には安倍総理が目指す方向と違うものもあった。天皇の憲法を守り、戦争に反対し平和を求める姿勢に多くの国民は共感を覚えた。もしお言葉がご自身のものであったのなら素晴らしいことだと思う。

 天皇が被災地を見舞われたときに発せられる言葉はご自身のものとわかるが、公式メッセージのお言葉はご自身のものかどうかが分からない。

 退位礼正殿の儀のお言葉は閣議決定されたと書いてあったからこれは納得であった。

 天皇のお言葉となると、各方面への影響が大きいので、一字一句気をつけて言わないと、どこかの失言大臣たちのように「取り消します」ではすまないであろう。そう考えると誰かが点検をするか案を作るかしているのだと推察されるのだが。

 新天皇はどんなお言葉を発せられるのであろうか。

 

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2019年5月 3日 (金)

NHK「なつぞら」楽しく見てます

 NHKの連続テレビ小説「なつぞら」はたしか100回記念だと思うが、北海道十勝平野を舞台にして、自然の豊かな景色がきれいで目を楽しませてくれる。またアニメーションの絵がすばらしい。

 「なつ」という戦災孤児が酪農家で育ててもらっているが、その家族が暖かくてよい。養子を演じている藤木直人がやさいい好人物の雰囲気を出しているし、母親の富士子を演じる松島菜々子が農家の嫁とは思えないほどきれいで、優しい雰囲気がある。

 何と言ってもピカイチは草刈正雄だ。祖父の演技が素晴らしい。原野を開拓して酪農農家で生計を立てて来たいっこく者の男だが、少ないセリフで眼の動きだけで存在感がある。そして本当は優しいおじいさんとしてなつにしたしまれている。

 なつは温かい家族の中で幸せに育ち、後継者としておじいさんから嘱望されるまでになった。なつがこの家に来た日から懸命に牛の世話をしてきたからだ。粟野咲莉のなつの子役もよかったが、その後を演じる広瀬すずがピッタリ役にはまっている。

  なつは養母と一緒に東京へ出て兄を探すが、これからどうなっていくのか楽しみである。ただいつかは東京に出るのだが、十勝を離れ、温かい家族とも離れてしまうであろうから寂しい。

 このドラマで凄いと思ったのは牛の出産シーンや病気のシーンだ。どうやって撮影したのかと思った。

 ネットではいつも涙が出ると評判のようだが、私も毎回涙を出しながら見ている。

 

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2019年5月 2日 (木)

非正規雇用者が平成年間で2.6倍

 平成最後の4月26日に、総務省が政府統計を用いて30年間の変化を分析した結果を発表したという囲み記事があった。それによると、「平成」の間に、非正規雇用者が2.6倍に増えたというのだ。

 1989年に817万人だった非正規雇用者数が2018年には約2.6ばいの2117万人に増加し、いまや就業者の3人に1人が非正規雇用者となった。

 一方で2018年の正規雇用者は3423万人で、30年間で微減した。1989年と言えばバブルが終わる前で暮れには日経平均が史上最高値をつけ、景気のよいときであった。その後90年代に入ってバブルがはじけ、長い景気低迷の時代に入ったのであった。

 2008年にはリーマンショックがあり、派遣切りや年越し派遣村など、正規雇用者との待遇格差や不安定な社会的地位が社会問題になってきた。

 非正規雇用者が増えるのは企業が利益を優先して、少しでも安い人件費にしようとするからだ。大企業の内部留保が平成の間に増え続けて、400兆円を超しているのと対照的である。

 非正規雇用者の賃金は正規雇用者の半分ぐらいといわれる。そのため若い人は経済的理由で結婚できない。若い人の車離れも車を買う余裕がないことも大きいのではなかろうか。国民年金を納めない人が増えているのも経済的不安があるからだと思うのだ。

 この平成の間に年金の支給額も減らされてきた。私の場合でも年に35万円ぐらいは減った。一方、国民保険や介護保険は増えている。生活を圧迫している。それでも何とか食べているのは、デフレであったことで物価の上昇が抑えられていたからだ。

 話しを元に戻して、政府は働き方改革を進めているが、その前に正規雇用者を増やさすことが大事である。国民の多くが生活に不安を抱える状況では消費も伸びない。消費税増額どころではないのだ。

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2019年5月 1日 (水)

第31回民謡剣持会

 第31回の民謡剣持会の発表会が4月28日に港文化小劇場であった。ここでも「平成最後」という冠が付けられていた。31回の発表会ということは、第1回は平成1年に開かれたのであろうか。高校野球の東邦のように平成の始めと終わりである。

 知人のSさんが出演するので毎年聴かせてもらっている。会員演奏だけで40数名で、ゲスト演奏などもあり、12時に始まって5時までの長丁場であった。その間休憩時間がないので適当にロビーに出るしかなかった。

 外山節・南部よしゃれ・南部酒屋酛すり唄の全員合奏で始まり、女性合唱で紅花摘み唄、男性合唱で築後酒造り唄が歌われた。女性は20めいほといたが、会員男性は僅か4人だった。

 女性合唱のとき、会主が女性会員の中の「令子」と「和子」という名の人を紹介し、二人で「令和」だと言った。今年よかったのは、歌う人がそれぞれの人の自分の民謡への思いをMCが紹介したことであった。40年、30年という古い会員もいるが、8年ぐらいの会員もいて、割合年を取ってから民謡を習い始める人もいることが分かった。大会の出て優勝したり、部門優勝した人も4人ほどいた。また非常に遠くの県から来ている人も何人かいて剣持会の民謡指導の優れていることを思わせた。

 途中でゲスト出演で「梅雅香会」の民謡踊りがあった。2回目の時は代表のソロだったが、なぜか舞台中央ではなく三味線演奏の前で踊っていたのが気になった。

 ゲストで意外性があったのは、米国人のグロスベック・ギャレットさんが琴の演奏をしたことであった。名古屋音大で勉強したとそうだ。曲目は有名な「春の海」であった。最初琴だから女性だと思っていたが、金髪の男性が出て来たので驚いた。

 ゲスト演奏は他には毎年おなじみの蟹江尾八会の蟹江尾八家元の端唄(青柳)と発掘したという「中川杭打ち唄」でよかった。もう一人もおなじみの森民謡会の森信佐句会主で相馬盆唄と木曾の山唄を歌った。

 最後は例年の「音心伝心」で、米谷大輔さんの「道南ナット節」橋本大輝さんの「日本一数え歌」「秋田酒屋唄」、琴のギャレットさんの「祭り太鼓」オオトリが会主剣持雄介さんの「磯原節」と「いかとり唄」で、「いかとり唄」は橋本さんの胡弓、ギャレットさんの琴、米谷さんの尺八、剣持さんの三味線で剣持さんが歌った。子守唄なのだそうだ。

 最後の方で恒例の抽選会があり、新潟のこしひかり2kgが景品であった。私は138だったが、139と136が当たりで籤運が悪いことを改めて自覚させられた。昨年も1番違いだったので(;O;)

 今年は最初から最後まで5時間聴いていたがさすがに疲れた。

 なお、来年は4月26日に港文化小劇場で午前11時半開場、12時開演で行うそうだ。

 

 

 

 

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