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2019年4月15日 (月)

「大学入学式 なぜスーツ『黒一色』?」という記事を読んで

 4月12日の朝日新聞「ニュースQ3」欄に、「大学入学式 なぜスーツ『黒一色』?」という記事があり読んでみて意外であった。今の大学の入学式は新入生はみな一様に黒のスーツを着て参加するというのだ。そして日本武道館で開かれたマンモス大学の明治大学の入学式の写真が掲載されていた。確かに男女とも黒のスーツ一色である。

 私が大学に入学したのは60年も前のことである。その頃は高校生も大学生も今でいう学ラン(学生服)であった。もちろん色は黒で四角い学生帽を被って嬉しかったものだ。私の大学は名のある大学ではなく戦後師範学校が大学というようになったのだ。それでも黒の詰襟学生服と大学帽は嬉しかったのだ。

 ただ、学生服と言っても、その頃は学生服の生地は高級のサージと安いギャバ(正しくはギャバジン)があった。私は安くて丈夫なギャバの詰襟学生服を買ってもらった。女子学生の服装はどんなものであったかは全く記憶がない。多分地味な任意の服であったのだろう。 

 いつ頃から、黒のスーツが定着したのか。記事によると、甲南大の田野教授(歴史社会学)は「1990年代後半から2000年初頭にかけて黒一色になった」と話している。就職氷河期で就活での服装の横並びが強まる中、無難な黒のリクルートスーツが主流になり、就活出来ることも考えて黒になったのではと言っている。なるほど、就活を見込んでのことか。

 私の頃は、もちろん就職面接も黒の詰襟学生服であった。学生らしいし、真面目な印象を与えたからだと思う。学生服からスーツになって行ったのは、高度経済成長で暮らしが豊かになったこととも関係があるのではないかと思う。

 私の最初のスーツは、名鉄百貨店でその頃はやりの「イージーオーダー」というやり方で作った、グレーと青が混ざったものであった。また祖父がお祝いにオーダーの紺色の背広を作ってくれた。これらのスーツは今もあるが着るところがない。

 記事によると、国際基督教大学の加藤恵津子・学生部長は「服装の統制は、言論や思想の統制と隣合せ。慣行に無批判に従う心性は、平和のうちに断ち切っておかねば。創造性や個性と言いながら、大学生がこの服選びでよいのか」と指摘している。確かに脳みそが同一思考に向かうことは危険である。立ち止まってこれでよいのかと振り返ることが大事である。

 一方で小学校の卒業式ではド派手な振袖や袴が流行っているがこれも横並びであることは間違いない。

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コメント

日本人というのは本当に「一色になる」のが好き、といいますか、それで安心する傾向が強いと言えます。
オリンピックの入場行進を見ても、世界には軍事政権の国はいくつもあるはずですが、それらの国の選手団よりも日本の選手団のほうが整然と行進するものです。
きのうの大河ドラマ「いだてん」には寺島しのぶ演じる二階堂トクヨという人物が登場してきました。
現在はお茶の水女子大学になっている東京女子師範学校の助教授だと説明されていました。
当時は女子が運動をするなどというのははしたないと考えられ、トクヨ自身も国語の教師になりたかったとか。
それなのに、日本に女子スポーツを植え付け、育てる立役者になってしまった。
トクヨというのは、あの時代にあって男にずけずけとものを言うタイプだったようです。
なのにどうして、言いたいこともまともに言えない、「一色になる」のが良いとされている象徴のような「体育会」が今現在の日本にも存在しているのか?
それだけでも面白いテーマになるのに、落語家の話題をごちゃごちゃ混ぜるために焦点がボケてしまい、まことにもったいない脚本です。

投稿: たりらりら | 2019年4月15日 (月) 18時34分

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