« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年3月

2019年3月31日 (日)

壊れやすくて高く部品調達に不便なTOTO製品

 TOTOと言えば名の通ったメーカーである。8年前に浴室とトイレを改装したときに、迷わずTOTOを選んだ。延長保証を付けて使用してきた。ところが、トイレが5年間に4回も故障し、その度に修理に来てもらった。幸い保障期間中だったから部品の交換をしても無料であった。でも、5回目の不具合が見つかったときTOTOをやめてPanasonicのビューティトワレというトイレにした。

 今度は昨年9月頃から浴室のシャワーヘッドから、水を止めるとピューッと水が噴き出すようになった。ヘッドを調べてみても最初のうちはどうして吹き出るのか分からなかった。水を止めるときはヘッドのボタンで留めると吹き出るので、元栓のボタンで止めるようにして使っていた。そのうちにヘッドの背中の手で持つところに、目で見て分からないくらいの細い切れ目が2cmぐらいあって、そこから噴き出ることが分かった。元で止めないとそこから絶えず水が少しずつ出てきた。

 数日前に靴底を修理するシューグーでその部分を蔽ってみた。でも小さい泡のような水がその近くから出た。それで塗る範囲を広げてみたがやはり水が浸み出てきた。

 仕方がないのでヘッドを取り換えることにしてTOTOへ電話をした。何とヘッドだけで送料・代引き手数料を入れて6012円もすることが分かった。高いと言ったが、替えなければどうしようもないので送ってもらうことにした。ホームセンターで買えば多分半額ぐらいでホースつきで買えると思うのだが、純正品は実に高い。そんな高い製品なら簡単に壊れないものにすべきだと思った。

 TOTOにするまで使っていたシャワーは30年ぐらいでホースを取り換えただけでヘッドは40年以上も使えたのだ。

 壊れたシャワーヘッドを引き取って調べてもらえないかと思って修理部門に電話をした。係りの者が出ていろいろと説明をしてくれた。それによると元栓で止めないと水がヘッドまで行くので、その圧力で長い間に不具合が生じることがあると言った。ホースは膨らんでいないかと聞かれたのでホースは異常がないことを伝えた。長々と説明はしてくれたが、どうして目に見えるか見えないような線ができて水が漏れるのかの説明はなかった。また引きとって調べるということもやってもらえなかった。

 もう一つ驚いたのは、パーツを扱う代理店が名古屋に1軒しかないことであった。以前にトイレが故障をしたときは地下鉄で天白区植田まで買いに行ったことがあった。現在は南区に1軒あるだけだという。名古屋には伏見にTOTOの展示場があるのでそこで部品を扱えばよいいのに扱っていないのだ。

 TOTO製品を使って壊れやすいのと値段が高いのと対応の悪さにガッカリした。トイレは5年で他社に替えたが高いものについた。シャワーは部品交換だが値段が高すぎる。TOTOは信頼のおけないメーカーだと思った。

| | コメント (0)

2019年3月30日 (土)

デコポン、せとか、そしてグレープフルーツ

 ネットでニュースを見ていたら、「グレープフルーツの消費が大きく減少」という記事があった。グレープフルーツは美味しい柑橘類で、フロリダや南アフリカから輸入されている。以前はグレープフルーツをよく食べていたが、そう言われてみると自分も食べなくなったことに気付いた。若者の中にはグレープフルーツという名前さえ知らない者がいるというから驚きである。

 買われなくなった理由は、柑橘類の種類が増えて、しかも、美味しいのがたくさん出回るようになったからのようだ。たしかに果物売り場へ行くと冬から春にかけてさまざまな柑橘類が並んでいる。今はデコポン(不知火)、せとか、はるみ、きよみ、カラーオレンジ、文旦、甘夏、はっさく・・・いろいろある。そしてどのミカンもそれぞれ甘くておいしいのだ。グレープフルーツが売れなくなったのもうなづける。

 先日店員に勧められて「せとか」を買ってみた。甘くておいしいというのだ。「せとか」は新しい品種で皮が薄くて、種がなく、袋もやわらかい。そして甘い。柑橘類の最高級品だと書いてあった。

 「清見」に「アンコール」をかけあわせて、さらに「マーコット」をかけてつくられ、2001年(平成10年)に品種登録されたのだ。「清見」も「宮川早生」に「とろ火たオレンジ」を掛けあわせた物だそうだから、外来種の血が多いミカンである。外見も外国のものに似ている気がする。ミカンの王様だけあって値段も高い。

 しかし、私はデコポン(不知火)が好きである。今回も「せとか」と愛媛産「デコポン」を食べ比べてみたが、デコポンの方が甘くておいしく感じた。デコポンは以前にも書いたと思うが、不知火の仲間でブランドネームである。熊本県などで作られ全国統一糖酸度基準」を満たした物が「デコポン」として出荷できるのだ。つまり不知火の品質保証品なのだ。

 デコポンはこれも「清見」と「ポンカン」の掛け合わせである。1972年に作られた。ここ数年で産地が広がり、生産が増えている。昔同じ形をした「三宝柑」というのがあったが外見が似ていても味は全く異なる。

 今年の初めにデコポン(不知火)が出始めてからずっと買っている。熊本産、鹿児島産、愛媛産、和歌山産、三ヶ日産、三重産、愛知産などだ。美味しいと感じたのは熊本、鹿児島、愛媛、三ヶ日であった。

 

  

| | コメント (0)

2019年3月29日 (金)

愛知の高校生、憲法9条改正「模擬国民投票」活動に感動

 我が家は朝日新聞なので知らなかったが、たまたま「高校生から学ぼう」というチラシに毎日新聞の記事が載っていて、愛知の高校生が憲法改正についての「1万人模擬国民投票」を全国の高校生に呼びかけたことを知り感動した。

 統一地方選挙が始まったが、2月の愛知の知事選挙で十代の投票率が30.60%(内訳は18歳が36.12%、19歳は25.19%)だったというので、若者の政治への関心が低いと思っていた。しかし、毎日が報じた記事を読むと若者の中にも関心を持って、しかも行動に移したということをを知って素晴らしことだと嬉しくなった。

 憲法9条に自衛隊の存在を明記する自民党の改憲案への賛否を問う内容で、愛知を中心に岩手、東京、熊本など15都府県の中学・高校生が7702票を当時、賛成2009票、反対5404票、無効289票だった。

 有効投票のうち賛成27.1%、反対は72.9%で、都道府県別でも同じ傾向がみっれたという。投票したのは主に高校3年生だったので、実行委員会は高校1年、2年生にも呼びかけて今秋まで投票を延長すると決めたそうだ。

 呼びかけの中心メンバーの前実行委員長の栗山リンダさんは「予想以上に反対が多くて驚いた。ニュースは私たちと無関係ではないので、関心を持って関心を持って考えて欲しいと話した。

 また、元実行委員長の日本福祉大学付属高校2年の阿部咲音sんは「自分で物事を主体的に考えるきっかけづくりにしていきたい」と意気込んでいるという。

 この企画は、昨年5月、高校生が平和な世界の実現などについて話し合った「全国高校生サミット」で、愛知県内の高校生らでつくる愛知県高校生フェスチバル実行委員会のメンバーが提案し、サミット参加校が授業や文化祭などで今月まで投票を呼び掛けてきたのだそうだ。若者だからネットに詳しいと思うのでSNSは使わなかったのだろうか。

 高校生たちがこういう素晴らし活動をしているのを知って将来に明るいものを感じた。大学生も見習って行動を起こしてもらいたいものだと切に思う。愛知の高校生が口火を切ったということで愛知に住むものとして誇りに思う。

| | コメント (0)

2019年3月28日 (木)

面白い日本語、「お」が付くと意味がかわる言葉など

 朝日新聞の「折々のことば」欄に、日本語には、「お」をつけると意味が大きく崩れる例が少なくないと、糸井通浩という日本語・古典文学研究者が集めた例を紹介していた。(谷間の想像力)


 「にぎり」と「おにぎり」では食費の予算が大きく違うといい、「ひや」と「おひや」、「めでたい」と「おめでたい」などいくつかを挙げている。「おめでたい」奴だと言われるとバカにされている感じだ。むかしエノケンの唄「しゃれ男」に「俺は村中で一番オメデタイと言われた男・・・」というのがあった。


 「しゃれ」と「「おしゃれ」も全く意味がかわる。他には「ふくろ」と「おふくろ」、「はこ」と「おはこ」の例を紹介し、音の僅かな差が世界を緻密に分けて行くとコメントしている。


 また、濁点の有無も同じようなことが起こるとして、「はけに毛があり、はげに毛なし」ちいう江戸時代のしゃれ言葉を挙げている。「かき」と「かぎ」、「かき」と「がき」、「ほん」と「ぼん」、「こて」と「ごて」、「きり」と「ぎり」「してん」と「じてん」は「支点、支点、視点、始点、四点、死点」と幾つもあり、「辞典、時点、事典、自転、字典、自店、次点」などいろいろある。


 私は外国人に日本語を教えていてこのところは「漢字」の読み方を扱っているが。同音異議語が多いので外国人は大変だろうと想像する。「志望、脂肪、死亡」、「危機、記紀、機器、嬉々、喜々、嬉々」「絶つ、立つ、建つ、経つ、断つ」


 ところで、「お」がつくと意味が変る言葉は、「け」、「バンザイ」、「とり」、「しろい」、「しろ」、「きもの」「から」、「じゅう」、「しらす」・・・・探してみると面白い。「お」があるかないかで意味が大きく変わることをこの年まで知らなかった。まだまだ他にも日本語の面白さがあるのだろう。

| | コメント (2)

2019年3月27日 (水)

実際はもっと増えるだろう、消費税増税で「家計見直す」6割という時事通信世論調査

 Yahooニュースに、時事通信が実施した「生活のゆとりに関する世論調査」というのがあった。それによると58.5%が「ゆとりを感じていない」と回答したそうだ。前年の同じ調和から3.0%増加だ。10月に消費税が10%に引きげられたら「家計を見直す」と答えた人も57.2%あったという。
  生活全体のゆとりを感じている→6.9%
  どちらかと言えば感じている  →32.9%   合わせて39.8%
  ゆとりを感じていない      →21.4%
  どちらかと言えば感じていない→37.1%    合わせて58.5%(前年比3.0ポイント増)
 サンデーモーニングで寺島コメンテーターが解説していたが、可処分所得が年々減っていて90年代の終わりごろと比べると50.4万円減っていると言っていた。安倍政権はアベノミクスを打ち出して成果が上がったかのように言ってきたが、大企業の内部留保の莫大な増加に寄与しただけで、一般国民の家計はむしろ苦しくなっているのだ。この間、貧困高齢者、貧困女性、貧困子ども・・・・など貧困をかぶした言葉ができた。若い人たちの収入の低さも問題視され、実際に自動車離れとか、アルコール離れとか、旅行離れ・・・・のように支出に影響される「○○離れ」が言われるようになった。
 高齢になると生活支援が必要な人が増えるが、例えば要支援2では以前は1時間だったのが、45分に短縮されて困っているということがNHKで放送された。
 ゆとりのない生活感を抱く人が増えてきたのはアベノミクスの失敗の結果である。
 消費税が引き上げられると家計の支出を見直すと答えた人は57.2%、見直さないは37.2%だったそうだ。見直すは男性では40.5%だったが、女性では65.5%で女性の方ははるかに影響を深刻に受け止めようとしている。
何を見直すかについては、
  食費→59.4%   外食旅行など娯楽費→39.5%   水道光熱費37.6%
  携帯電話やインターネットなどの通信費→31.2%、  
  衣料品や宝飾品の購入→31.0%
 我が家の支出は食費と水道光熱費で家計の大半を占める。年々もともと少ない年金が減らされ、介護保険料や健康保険料が上げられ高齢者健康保険料が上げられていく。だから可処分所得は減って行く。この上消費税が10%になったらますます苦しくなるのは目に見えている。
 消費税値上げには汎愛である。内部留保を増やしている企業や大金持ちへの優遇を止めて税金を取るようにすべきである。


| | コメント (0)

2019年3月26日 (火)

「原発支援へ補助制度案」などとんでもない

 3月23日の朝日新聞一面トップ記事は「原発支援へ補助制度案」という記事であった。経済産業省が、原発で発電する電力会社に対する補助制度の創設を検討していることが分かったというのだ。温室効果ガス対策を名目に、原発で作った電気を買う電力を買う電力小売り事業者に「費用を負担させる仕組み」を想定しており、実現すれば消費者や企業が払う電気料金に、原発を支える費用が上乗せされることになるとリードには説明してあった。
 原発は温室効果ガスを排出しない「ゼロエミッション電源」で、環境への付加価値をもたらしている、というりくつだそうだ。原発がゼロエミッション電源であることには誰も異を唱えないだろう。しかし、あの東日本大震災と大津波で福島第一原発が崩壊して、強力な放射能を出し続けている「デブリ」の処置になす術もない。冷却に使った汚染水の置き場もなくなってきて、それをどうするかさえ決められない状況である。
 政府は耐用年数が無くなって来た原発も延長して使おうとし、再稼働を始めた。それらの原発が発電した電力は再生可能エネルギーに押され続けていて、経済産業省幹部は「再エネがここまで入ってくるとは思わなかった」とぼやいているそうだが、それはチェルノブイリや米スリーマイル島などの原発事故や福島第一原発事故を見ても当然のことだ。「誤算であった」などと呑気なことを言っている場合ではない。
 大手電力会社幹部が「原発はリスクが大きすぎる。制度支援がなければ続けることは難しい」と述べたそうだが、正直でいい。当事者も認めざるを得ないのだ。次の大災害がいつ起こるか分からない。明日かも知れないのだ。そしてまた既存の原発に大事故が起きればその経済的、時間的、人材的負担はとてつもつかない規模になろう。
 安全でクリーンな「再生可能エネルギー」に発電のシフトを替えて、そちらに補助をして行く方がどれだけ環境破壊を守ることになるか小学生でも分かることである。「再生エネルギーに押されている」と危機感を抱いていると聞いて嬉しくなった。ドイツのように再生可能エネルギー開発に全力を挙げるべきである。

| | コメント (0)

2019年3月25日 (月)

いい映画だった「グリーンブック」

 アカデミー賞を3部門で受賞した「グリーンブック」を見たいと思って22日にミッドランドスクエアに出かけた。この映画は実話をもとに作られたということである。そして、黒人差別の酷かった時代を背景にしているということで興味を持ったのだ。
 映画が始まった初めの内は何のことか分からなかった。それは主人公のトニー・リップがニューヨークの「コカパバーナ」という一流のナイトクラブの用心棒として働いているということを描きたかったのだろう。そのクラブが改修で職を失ってしまう。トニーは大食漢なので家で家族と過ごして金を稼ぐために大食い競争に出たり、質屋で金を借りたりしている。
 そこへ「ドクター」から雇うから面接に来るように言われる。その「ドクター」が住んでいるところは何とカーネギーホールの上の階であった。ドクターというのは医者だと思っていたら医者ではなかったのだ。ドクター・シャリーと言って黒人の天才ピアニストであった。超豪華な部屋に住んでいた。後で分かるのだが大統領(実話ではケネディ)の前で演奏したこともあるという人物だ。それほどの人間だから高収入を得ることができたのだ。
 シャリーから南部への演奏旅行を頼まれるが嫌だと言って一旦は断る。しかし電話がかかって来てトニーの妻と話し引き受けることになるのだ。時は1962年であった。その頃は黒人差別が極めて厳しく特にアメリカ南部はその先鋒を行っていた。そんなところへ演奏旅行に行くというのであった。行く手には様々な困難が予想されたがシャリーはあえて向かったのであった。
 フォードかリンカーンか知らないが大きな車2台で出かけるのだ。1台にはシャーリーが乗ってトニーが運転をし、もう一台には彼のクルーのベースとチェリストが乗って出発した。
 運転手のトニーはイタリア系アメリカ人で人種差別の思想を持っていた。腕っぷしは強いが粗野で「Dear」を「Deer」綴るような教養の低さであった。一方シャリーは後で分かるのだが、音楽、心理学、典礼芸術の3つの博士号を持っているのでドクターと呼ばれていたのだ。
 彼は2歳で母親からピアノを習い、9歳でレニーグラード音楽院に入学している。教養が深く、礼儀正しく、紳士であった。この対照的な二人が人種差別が強烈な南部の諸都市を巡る中で、トニーはシャーリーの音楽にじかに触れ、素晴らしさに感動し、黒人差別の実態を実際に見てシャリーに対する見方を変えて行くのだ。
 シャリーは演奏では大歓迎をされるのだが、宿泊は黒人専用のホテルであったり、レストランも黒人用のものであったり、夜間外出も黒人は禁止されているなど人種差別をもろに受けるのだ。
 二人の南部旅行はクリスマスイブまでの8週間であるが、実話では1年間だったそうだ。二人はお互いに理解し合いイブにニューヨークに帰り、最後はシャーリーがイブを祝っているトニーの家を訪ねたところで終る。実話では二人は生涯の友となったそうだ。
 「グリーンブック」は1936年から1966年まで発行されていた黒人向けの旅行ガイドブックだそうだ。シャーリーが南部旅行をしていた時代、キング牧師やマルコムXなどが差別と闘っていたときでもある。日本人なども黄色人種として差別を受けていた。米国の人種差別は実に根深いものがあったのだ。その時代を描いて人種差別の今を考えさせる映画だとも言われている。


| | コメント (1)

2019年3月24日 (日)

便が詰まって悪戦苦闘

 春分の日も朝6時40分ごろいつものようにトイレに行った。この朝は雨でウオーキングに行かないので起きるのが遅かった。便意はあったので直ぐに出るだろうと思っていたが、どうした訳かなかなかでなかった。私は便は起きると必ず1回、食事後に1回、場合によっては3回トイレに行くことがある。ほとんどが快便で、長いのが肛門を出て行く感触が心地よい。長い時は70cmぐらいはありそうな感じである。
 ところが2週間ぐらい前から、ときどき排便に時間がかかるようになり、最初出て2回目まで15分ぐらいかかることもあった。トイレの後はウオーキングにでかけるので、きちんと出しておかないと途中で困るかもしれないのだ。
 この日の朝はこれまでと様子が違っていた。便意はあるのに出てこないのだ。15分ぐらい座っていろいろ考えてみた。最悪の場合は割り箸で妻にほじくり出してもらうか、9時まで待って肛門科へ行くかなどと考えた。
 手でお尻を触れてみるとすごくかたくなって膨らんでいた。それを揉みほぐそうと試みた。それでも出てこなかった。水を飲んだらよいかも知れないと思って飲んでみた。また動いた方がよいかもしれないと思って歩いたり身体を動かしたりした。シャワートイレで温水をかけてもみた。何をやっても駄目であった。
 ネットで調べてみようと思い、「便が出ない時」と入れて、スマホで検索した。ヒットしたのは薬の広告ばかりであった。言葉を変えて検索したら一つ出てきた。私と同じような質問をしてそれに7~8人の人が答えていた。
 それを読んんでプラスチックの手袋をして指でかきだすとよいというのがあったので試してみることにした。中指を肛門に入れると直ぐに便の塊に触れた。それをかきだしたがほんのちょっと出ただけであった。2~3回やってみて、温水をかけたり、手でマッサージしたりした。いろいろやってみた。6時50分ごろに強い便意を感じたので下腹に思い切り力を入れた。頭に血が上って血圧が一気に上がっただろうと思った。我慢していきんでいると、やっとのことで大量の便が出ていった。
 しばらくしてもう一度同じことをして何とかすっきりした感じになった。時計を見ると7時近かった。1時間15分余りの苦闘であったが、便が出てよかったと安堵した。気が付いたのだがこの日は春分の日なので医院はどこも休みであった。心から安堵した。長生きをすると思わぬことを経験するものである。

| | コメント (1)

2019年3月23日 (土)

高血圧の基準値を変えるのは反対

  週刊誌などで、以前からこれまで『上(=収縮期血圧)140/下(=拡張期血圧)90』(単位=mmHg)といわれていた高血圧の基準が“見直されるのではないか”と報じられて来た。注目されているのは日本高血圧学会が4月に改訂する予定の『高血圧治療ガイドライン2019』である。それは『上130/下80』未満まで、降圧目標値が引き下げられる方針だからだ。

  これについて、「週刊女性自身」は、日本高血圧学会の元理事長で、新小山市民病院の理 事長・病院長の島田和幸さんに聞いた話しを載せている。

  高血圧の基準値は現状どおりの『上140/下90』で変わらないというのだ。今回、改訂される点は、それとは別に、“降圧目標値”という数字が新たに設定されるということだという。

 この降圧目標とは、高血圧とは呼べないけれど、心臓血管病の発症するリスクが高まる領域にある人に対して、『生活習慣の改善が必要ですよ』と促すために設定されたものだそうだ。

  現在、日本には「上140/下90」以上の高血圧患者が推定4,300万人いるとされている。もし、それが「上130/下80」に引き下げられると、日本は6,300万人の高血圧患者であふれることになる。“国民の2人に1人が高血圧”と認定されることになる。

  儲かるのは製薬会社と医者である。私も一時期血圧が高いことがあって薬を処方されていた。2週間に1回診察を受けに行き、血圧を計って薬をもらうのだ。それだけで1割負担とはいえ金を払い医者に行く時間をとられる。

  私は自分で血圧を下げる努力をして現在は高血圧の薬は処方されていない。先の島田医師の説明で、「降圧目標値」だというからホッとした。それでも降圧剤を飲まされる人は増えるに違いないと思っている。医者も製薬会社も簡単に儲けられるからだ。

 高血圧基準改定の震源地はアメリカである。2017年にいちはやく『130/80』以上がすべて『高血圧症』と診断されるように基準が改訂されたのだ。18年には、欧州高血圧学会と欧州心臓病学会が、基準値を『140/90』で据え置いたまま、『降圧目標』を『130/80』未満に引き下げたのだという。

 つまり、日本は欧州に見習ったのだ。アメリカでなくてよかった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月22日 (金)

墓仕舞いも大変だと知った

 今週の週刊朝日に「お墓の手続き」という記事が載っているのを広告で見つけたので、書店へ行った買って来て読んだ。記事によると墓仕舞いは大変だということが分かった。

  「墓仕舞いの主な流れ」には次のように書いてある。

 ①改葬先を決める→引っ越し先の墓地を決め、管理者から「受け入れ証明書」か「墓地使用許可書」を受け取る。

 ②「改葬許可申請書」を入手・記入する→今の墓地のある市区町村役場で手に入れる。ネットでダウンロードできる場合もある。

 ③今の墓地の管理者から承諾を得る→今の墓地の管理者から「埋葬証明書」を発行してもらう。お寺の住職や親族にも事情をきちんと説明しよう。

 ④「改葬許可証」を受け取る→今の墓地のある市区町村役場に「改葬許可申請書」と「埋葬証明書」を提出し、「改葬許可書」を発行してもらう。引っ越し先の「受け入れ証明書」や「墓地使用許可書」が必要な場合もあるので、役場に確認しておこう。

 ⑤今の墓地の管理者に「改葬許可書」を提示して、遺骨を取り出す。墓石の移転や撤去は石材店など業者に依頼する。

 ⑥新しい墓に納骨する→引っ越し先の墓地の管理者に「改葬許可書」を提出し納骨する。

  こうした手続きをとらずに勝手に墓仕舞いをすることは、墓地埋葬法で禁じられているという。手続きは行政書士らが代行できるそうだ。

  墓仕舞いで今の管理者のお寺から高額な「を離檀料」を求められるケースが多発しているそうだ。中には250万円も請求された例があるという。

  「離檀料」には法的な根拠がないから不当な請求に応じる必要はないという。その他にも墓石の撤去費用が必要で一基あたり何と50万円も要求されるという。また「魂抜き」の法要にも5万円~10万円もかかるという。

  さらに合葬墓や納骨堂などに移すにしても、10万円~150万円と高額な費用がかかるのだ。だから墓仕舞いと言っても金がなくてはやれない。

  なお、墓地については永代使用料を払っていても土地の所有権は得られないのだそうだ。毎年管理費を取られるし、お寺が有利にできている。

 こうして見て来ると、前に書いた様に遺骨を拾わない「ゼロ葬」とか、散骨をする人が増えているののうなずける。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月21日 (木)

小学校の卒業式の振袖袴に驚いた

 買い物の帰りに家の近くの小学校の前を通ったら、校門に「卒業式」の立看板が出ていた。「ああ、今日は卒業式か」と思った。天気よくて暖かい日差しの好日であった。「今年の卒業生は幸せだな」と思いながら帰宅した。
 コーヒーを飲みながらネットや新聞で小学校の卒業式で女子児童が羽織袴を着用する者が多いことについて問題にされていた。すっと以前だったと思うが男子児童で和服に袴の者がいることが話題になったことがあった。それでどんな服装の児童が多いか見てみようと思って小学校の校門まで行った。
 校門の中の校庭には父母などが大勢集まっていた。しばらく待っていると、担任の先生に引率されて卒業生が出てきて、紙で作った花のアーチをくぐって通って行った。
 見ていると予想以上に女子児童で振袖袴を着ている者が多かった。数えていなかったので分からないが各クラス10人ぐらいはいたように思う。男子児童で袴に和服の者はいたかもしれないが私は見なかった。スーツにネクタイ姿であった。後で妻が「家の前を袴の男の子が通って行ったよ」と言っていたので男子児童にも和服の者がいたのだ。
 卒業式の振袖袴といえば女子大学生の定番であったが、小学校にまで下りてきていることが驚きであった。子どもが和服を着用しているのに、親は和服の人が少ないように感じた。
 私が勤めていた20数年前は母親は黒の和服の礼服を着て来る人が多かった。子どもは一張羅の洋服であった。いったいいつ頃から大きく変わって来たのだろうか。
 ネットで調べると、小学生向けのレンタルの振袖袴の広告がたくさん出ている。一番安いので15000円ぐらいで、25000円とか45000円という高いのもあった。私見た感じでは25000円程度の物を来ている子が多かったように思うが定かではない。
 いくら卒業式とはいえ、私は振袖袴は行きすぎだと思う。馴れない着物を着て着崩れやトイレなどが心配であるし、経済的に余裕のない家庭ではレンタルしてやれないという問題もある。
 単に華美であるというだけでなく、周りとの関係で禁止した方がよいという傾向にあるのは肯ける。来年の卒業式はどうなるのであろうか。
Img_1036
Img_1035

| | コメント (0)

2019年3月20日 (水)

3月19日はココログのリニューアルの日で記事が書けず

 3月19日は、ニフティのblogサービスの「ココログ」が全面的に改変されることになり、メンテナンスが行われた。予定では13時で終わることになっていたが、14時ごろblogを書こうと思ってアクセスしたが「ただ今メンテナンス中」の表示が出て書けなかった。
 16時半ごろでもまだ駄目なので、いろいろ探して行くと「17時までメンテナンス」と書いたのが見つかった。でも17時過ぎになっても使えなかったので諦めた。
20日にblogを書こうと思ってアイコンをクリックしたら起動できなくなっていた。仕方がないのでココログのHPから入って行った。中は全く変わってしまって最初は戸惑った。blogを書きながらこれまでの方がよかったと思った。
 写真を挿入したが小さな写真しか入れられなかった。きっと入れられると思うのだがどうやったらいいのか分からないのであった。馴れるまで大変だろうと感じた。

| | コメント (0)

2019年3月19日 (火)

抗議集会「FIGHT FOR TRUTH」日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が主催した

 官房長官の記者会見で東京新聞の望月記者の質問に制限を加えたり、質問をさせないような働きかけをしていたことは知っていた。また女子中学生が望月記者を応援しようとSNSで訴えたら「子供がすることではない」などと叩かれたことをYahooニュースで知った。

  こうした動きに対してマスメディアの対応は鈍いと感じていた。官邸記者会の記者たちがその場で抗議した様子はないし、メディアが直ちに反撃した様子もなかった。

  ここにきてやっと3月14日夜に抗議集会が開かれたことを知った。政府が官房長官の記者会見で、記者の質問の制限や妨害を行い、市民の「知る権利」を奪っていることに抗議して首相官邸前で開いたのだ。それを知ったのは友人が転送してくれた情報からである。

  その抗議集会を主宰したのは日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)で、集会の名は「FIGHT FOR TRUTH」である。MICは新聞、民放、出版の各労連などメディア関連の労働団体でつくる組織だ。当事者である東京新聞の望月衣塑子記者も参加していたという。

  ●これまでの経緯

 抗議集会のきっかけは、2018年12月26日に遡る。この日の菅義偉官房長官による定例会見で、望月記者が、沖縄県の米軍普天間基地の、名護市辺野古への移設工事に関する質問をした。「埋め立て現場ではいま、赤土が広がっております。どう対処するのか」

  この会見を主催しているのは、首相官邸にある記者クラブ「内閣記者会」である。その記者会に対し、首相官邸の報道室は、上村秀紀室長名で、望月記者の質問を「事実誤認」で「問題行為」と断定したうえで「事実を踏まえた質問をしてほしい」などと申し入れる文書を出した。

  さらに、政府は2019年2月15日、質問が「誤った事実認識に基づくものと考えられる」とする答弁書を閣議決定した。

  菅氏は望月記者の質問について「取材じゃないと思いますよ。決め打ちですよ」と発言。望月記者が質問を始めると、司会役の上村室長がマイクを握り「簡潔にお願いします」「簡潔にお願いします」と質問を妨げるかのように、何度も繰り返した。

  会見という公の場で、政府側が特定の記者を標的とするかのような行動に出るのは、異例だ。

  以上のことは新聞でも報じられていたので知っていた。

  望月記者は2017年6月、加計学園問題で「首相のご意向」と書かれた文書が存在した問題で、当初は「怪文書」と言って取り合おうとしなかった菅氏に23回に渡って質問を続けて食い下がり、文書の公開につながった経緯がある。

  凄いねばりで、記者の鑑ともいうべき存在だと思う。こうしたことが官邸は気に入らなかったのだ。

  ●MICの申し入れ

 新聞労連などでつくるMICは、政府側の動きを「政権に都合の悪い質問をする記者を黙らせようとしている」と強く警戒した。立ち上がった記者ら一連の動きを受け、MICは2月18日、抗議の声明を発表し、申し入れ文書の撤回を求めた。

  声明では、まず辺野古沖で「赤土が広がっていることは、現場の状況を見れば明白」と指摘し、「それをもとに記者が記者会見で質問することは自然な行為」と訴えた。

  全くその通りである。だから、首相官邸側の対応を「意に沿わない記者に『事実誤認』のレッテルを貼る卑劣な行為」と批判したのあ当然のことである。。
 
 MICは、続いて記者会見の意義を説明した。「記者会見は、記者が、会見場に直接足を運ぶことができない市民に代わって、様々な角度から質問をぶつけ、為政者の見解を問いただすことによって、市民の『知る権利』を保障する場です」

  「にもかかわらず、記者の質問内容にまで干渉する首相官邸の行為は『取材の自由』や全ての市民の『知る権利』を奪うものであり、断じて容認できません」

  そうだ!そうだ!

  望月記者に対する首相官邸の一連の行動は、森友・加計学園問題を皮切りに始まったとして、「メディアの現場で働く私たちは、不公正な記者会見のあり方をただちに改め、市民の『知る権利』を奪う記者弾圧をやめるよう、首相官邸に強く求めます」とした。

  行動がやや、遅かった印象ではある。

 ●望月記者の発言

 この抗議集会で望月記者は、「メディアが権力に厳しい質問ができなくなったとき、民主主義は衰退します」と述べ、首相官邸での記者会見では、望月記者だけでなく他社の記者にまで妨害行為が拡がっているといい、「この状況を看過することは絶対にできません」と訴えた。

  「いち記者の質問の背後に、会見に参加できない多くの声なき市民や記者たちの思いや疑問があることを全く想像できていないのか。愕然としました」、「官邸会見が政府にとって都合の良い広報の場と化していないか。1年半以上にわたって見続ける中で、日々私が感じていることです」と。

  ●朝日新聞「日曜に想う」で、大野博人編集委員が次のように書いている。

 国民の代表」とは選挙で選ばれた国会議員だ――。
 首相官邸が東京新聞記者の質問を制限した問題をめぐり、官邸側がそんな見解を示した。記者が会見に出ているのは民間企業である新聞社内の人事の結果だとも。国民の代表たりえないという主張のようだ。

 この見解について重ねて問われた菅義偉官房長官の言葉には迷いがない。
 「見解って、事実は事実じゃないでしょうか」

 こういうとんでもない考えの連中が官邸を牛耳っているのだ。日本はこの先とうなっていくのであろうか

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月18日 (月)

有名人は自覚し厳しく自律すべきだ

 マルチタレントのピエール瀧がコカインを使用したことがばれて逮捕された。本人も認めているという。

  ピエール瀧が出ている映画やビデオなどは大慌てで対応に迫られている。NHKの評判がよくない「いだてん」にも足袋職人として出演しているが、もともと少しでも視聴率をあげようとしてピエール瀧が起用されたと言われるからNHKも困っているであろう。

  こうした問題に対して15日の朝日新聞「天声人語」では無頼漢の坂口安吾の例を挙げて、作品まで見られなくするのはどうか、見る見ないは視聴者が決めればよいと書いた。これを読んで「エッ!?」と意外に思った。朝日新聞がそこまで言うかと思ったのだ。

 ネットを見ていると、有名タレントなどが「作品まで制限するのは行き過ぎだ」と発言している。私はその位厳しくして当然だと思う。

  ピエール瀧が使用したコカインは大麻など他の麻薬と違って金額が高く、よほどの金持ちでないと使えないと新聞に出ていた。

  彼は世田谷に3億5000万円の豪邸を持ち、高級車も2台持っているし、貯金も億単位であるはずだとYahooニュースに書いてあった。そのぐらいの稼ぎがあるからコカインに手が出せたのであろう。

  そのニュースによると、瀧容疑者を待っているのはうん十億円の賠償金だという。新井浩文も10数億円の賠償が取りざたされていたが、その比ではないと言われる。

  不思議でならないのは有名なタレントなどが、犯罪行為を犯したらどうなるかということに想像力が働かなかったのかということだ。

  禁止薬物のコカインの使用がばれたら仕事がなくなるだけでなく、巨額の賠償をしなければならないことに思い至らなかったということだ。つまり有名人はそれだけの社会的責任が重いのだということを日常考えて行動すべきである。

  ごく普通の一般人でも真面目な人は極めて慎重に行動し、他の人に迷惑をかけないように生きている。自分に厳しい人はギャンブルや賭け事に手を出すこともしない。

  自覚をもって厳しく自分を律して行けないような人間は、社会的にも厳しい制裁を与えるのは当然のことである。ちょっと人気が出てテレビに出るようになると直ぐに億単位の金が稼げる仕組みもおかしい。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月17日 (日)

日本でもセントパトリックデー

 一昨日NHKの「世界に発信!SNS英語術」を録画して見た。テーマは「#St.Patrick'sDay」であった。3月アイルランドでは祝日になっているそうだが、この祭りがアメリカなど世界各国で開かれるということだ。私はセントパトリックデーというものを初めて知った。

  人口が僅か480万人程度のアイルランドだが、何と世界には7000万人ものアイルランド人がいるのだそうだ。ケネディ元大統領やレーガン元大統領、あのオバマ元大統領もアイルランドに血が混じっているのだそうだ。

  この日はナショナルカラーである緑色のシャツや服装をして祝うのだそうで、アメリカでも盛んなのだと言っていた。緑色の服装をしないと「Pinch」と言って、抓られるのだとか。

 シカゴ川が緑に染められたり、ホワイトハウスの噴水池も緑にそめられるという。緑のビールもあるそうだ。

  昨日日本語教室でアメリカ人のメーガンさんに聞いたら、セントパトリックデーがあると言っていた。ただフロリダ出身のメーガンさんは緑色の服装は着なかったという。

  NHKの番組を見て「St.Patrick's Day」はきっと日本でも誰かが仕掛けるに違いないと思った。

  日本語教室が終わって大須に行く用があり、大須をへ行ったが、土曜日なので大変なにぎわいであった。仁王門広場まで来ると緑の風船飾りや緑色の服を着た人たちが目に入った。

  セントパトリックデーのことが頭にあったので、ピンときた。日曜日の3月17日がその日なので何かイベントをやるのだろうと思った。近くにいた緑のシャツを着た人に聞いたら、やはりセントパトリックデー関連だと言った。予想していた通り日本でも催されるようになったようだ。

  きっとその内に商魂たくましい誰かがセントパトリックデーを日本でも仕掛けるに違いないと思う。ハロウィーンのように。

  blogを書くためにネットで調べたら昨年は世界300カ所、日本でも14カ所でイベントが行われたそうだ。伊勢神宮の鳥居まで緑にライトアップされたというのだから驚きだ。

 ――アイルランドにカトリックを布教したセント・パトリック(聖パトリック)の功績を讃えて制定された日。3月17日はセント・パトリックの命日で、アイルランドでは祝日になっています。

 セント・パトリックは、キリスト教布教のため、432年にアイルランドに送られた司教です。461年に他界するまで、アイルランド中を旅しながらキリスト教を広め、各地に修道院・学校・教会を建てたと言われています。

 セント・パトリックにまつわる神話の中で、最もよく知られているのはアイルランドから蛇を駆逐したというもの。セント・パトリックのおかげで、今でもアイルランドに野生の蛇はいないそうです。――

 今日は大須へ行くとパレードか何かのイベントが見られるかもしれない。

Img_1032_2




 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月16日 (土)

緑内障を患って40年

 3月13日の朝日新聞朝刊に「緑内障 早期発見がかぎ」という記事が載った。10日~16日が世界緑内障週間ということだ。そんなものがあるのは全くしらなかった。日本には465万人もの患者がいるという。

 私が緑内障と診断されたのは40代の前半ごろであった。他の眼の病気で眼科へ行っていたのだが、それなのにある時緑内障が発見されたのだ。

  右目の視野の少し鼻寄りの所が欠けて片目をつぶると影になっているのがわかる。市大病院で右目をレーザーで手術して房水の通りをよくしてもらったこともあった。

  緑内障は完治しないので目薬が欠かせない。今日までの40年ほど目薬は毎日さしている。最初の頃から2本以上さしていた。面倒だが仕方がない。3本の目薬をさした時期もあった。

  その内に記事にもあるようにコソプトという目薬ができて、1本に2種類の薬が入っているものができた。それで1日1回さすタプロスという薬と併用している。コソプトは2回なので1日に計3回さすことになる。

  記事にもあったが、目薬をさして症状の悪化を防ぐしか方法がないのだから真面目に目薬をさしてきた。旅行のときも当然携行して行かなければならない。

  一旦視野が失われたら元に戻ることは無いと言われている。私の場合も右目の視野は少し欠けているがずっと目薬をさしてきたので40年間最初の頃の状態を保っている。

 健康雑誌で緑内障が改善したという大見出しの記事があったが、そんなことはあり得ないと思う。健康雑誌の記事は売るために大げさにいうだけで「フェイク」なのだ。

  友人で正常眼圧緑内障を患っている者がいる。私の場合は眼圧を計って眼圧が低く保たれていればよいのだが、正常眼圧緑内障の場合は眼圧ではわからないからどうするのだろうと思う。

  知人の連れ合いで私とほぼ同い年だが、緑内障で視力を失った人がいる。どうしてそうなったのか知らないが、緑内障は視力を失う人が多いようだ。

  先日眼科に行ったら、医者が目薬をささないと失明するよと言った。私は生きている間は失明しないように願っている。

  心配なのはこれから体調が悪くなって自力で眼科へ行けなくなった場合のことだ。また災害が起きて目薬を切らす場合もあると思うのでそれも心配である。記事には高齢になると自分で目薬をさせなくなることもあると書いてあった。それも心配である。認知症になったら目薬のことを忘れてしまうであろう。何とも困った持病であるがなってしまったものはどうしようもない。できるだけ自分でケアをするしかないのだ。

 ただ有難いのは、白内障の手術をしてから視力がよくなったことだ。遠方も小さな字もはっきり見えるのだ。この状態を死ぬまで保って行きたいと願っている。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月15日 (金)

コミュニティセンターへボランティアマジックで行った

 12日に知人に頼まれてコミュニティせんたーにマジックのボランティアで行った。頼まれたのは3か月ぐらい前のことで、高齢者に食事を提供するのでその前にマジックをやってほしいと聞いていた。

  コミュニティセンターでの食事会の余興では、何年も前に別のコミュニティセンターへ行ったことがあった。そのときも余興としてマジックを見てもらったのであった。

  今回は行ってみると警察官が来て高齢者向けの講話をしていた。それがメインで、マジックはお楽しみであったのだ。

  警察官は男女二人来ていて、男性の警察官が交通安全の話しをしていた。私も高齢者なので聞いた。

  交通安全の話しの後、スクリーンに動画を写して「特殊詐偽」への注意を促していた。NHKはニュースの時間に毎回「特殊詐偽」への警告を流している。またスーパーでもときどきアナウンスして警告している。

  特殊詐偽はどんどん巧妙になっていて、次々と新手が出てきて被害は増えている。他人ごとではない。

  講話の後お楽しみということで、私が紹介され、マジックを披露した。私のマジックはステージでやるような華麗なものではなく、身近の物を使った不思議な物であることを前置きして演じた。

  ロープの三つの輪が瞬間につながったり、2本のロープを結んでもらって作った輪と私が作った輪がつながるという手品でも驚いて見てくれた。

  大きなカードで作ったキティちゃんなどのキャラクター揃うマジック、3枚のカードで卵、ひよこ、めんどりと現れる手品、透明なペットボトルの筒にロープを通しシルクを結んで瞬間にロープが抜けるマジック・・・・35分ぐらい演じたが、参加するマジックもいくつか用意したので喜んでもらえた。

 コミュニティセンターではボランティアが独居の高齢者を集めて食事会などをやっていることは初めて知った。私も仕出しの弁当を一緒に食べたがおいしかった。集まった人は男性は二人しかいなくて後は女性ばかりであった。おしゃべりをしながら食事を楽しんでいた。

 ボランティアの話しによると、もっと多くの人に来てもらいたいのだが、身体が弱って介助なしに歩くのが困難な人が多くて残念だと言っていた。

 私は幸い今のところ慰問する側で有難いことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月14日 (木)

超AI入門3月7日の「暮らす」は身近でよかった

 私はNHKの「超AI入門 人間って何だ」をいつも見ている。最先端の技術について多少でも知りたいと思うからだ。3月7日に放送された「暮らす」は身近なことを扱っていて興味深かった。

 「片づけるロボッット」がメインだった。部屋に散らかした物を仕分けてそれがあるべき場所を探して戻すということをAIロボットが巧みにやるのには感心した。

 部屋に設置したカメラと自身が持っているカメラでまず全体を把握し、地図のようなものをつくるという。物にはいろいろな形状や材質があるがそれを学習してデータの中から選んで認知するらしい。

 また片づけるためにはその物体を掴まなければならないが、ハンカチのようなものは掴みにくい。玩具でもどこを掴んだら一番良いかを判断しなければならない。

 人間の場合は生れてから後の長い生活の中で学習してきたことが蓄積されているのでとっさに判断して掴んだり適切な場所に置いたりできるのだという。言われてみれば無意識のうちにやっているようだが、経験と学習によって出来るのだ。

 ロボットにも人間と同じようにやれるようなものを作ろうとしているそうで、お片付けロボットができれば、人間には大変な助っ人になる。現在でもかなりの正確さで片づけることが出来るようで期待が持てた。

 人間の場合は気分でやったりやらなかったりするが、ロボットは指示された通りに動くからいい。驚いたのは作業中に人間が「それはそこに置いて」と指示したのだができたことだ。指示語の指示を判断できるレベルまで来ているのだ。

 その他にお茶をたてるロボットまであった。和服を着たロボットが茶道のやり方に沿って茶さじでお茶適量掬ったり、お湯を注いだり、茶筅でさばいたり、勧めたりできるのには驚いた。

 AIによって一流シェフと同じ料理を作るとか、サービスをするとか、様々な分野でのロボットの活躍が期待できる時がまじかに迫っているようだ。

 50年ぐらい前に電気洗濯機が登場し、その後電気掃除機も登場し、主婦の仕事はずいぶん助けられたと言われたが、お片付けロボットや料理ロボットや洗濯ロボットが登場すると、家庭で人間がすることは無くなるのではないかとさえ思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月13日 (水)

大好きなデコポンと不知火

 今スーパーへ行くといろいろな柑橘類が並んでいる。今日行ったら紅甘夏も出ていた。輸入品も含めて種類が多い中で、私が好きなのは「デコポンか不知火」である。

  デコポンと不知火は同じ仲間だが呼名が違っていいるのは「デコポン」の名称は登録商標となっているからである。

  ネットで調べたら次のように説明してあった。

 ――長崎県にある農林水産省果樹試験場において、1972年に清見と中野3号ポンカンの交配種として誕生したタンゴールです。温州みかんとオレンジの本来の品種名は生産を始めた地域にちなんで「不知火(しらぬひ」)」と呼ばれ、「デコポン」は登録商標となっています。

 ●登録商標のデコポン
 「デコポン」は「不知火」の中で、糖度13度以上である事やクエン酸1.0以下など柑橘類のなかで唯一全国統一された基準「全国統一糖酸品質基準」を満たさなければ「デコポン」として出荷することができません。

  また、日園連に加盟する全国のJAのみがこの"デコポン"という商標を使用でき、加盟していない農園などでは使えません。そういった独自に出荷している農園では「不知火」として出荷する他、佐賀県の吉森果樹園では「凸百恵」という独自ブランドで出荷しています。

  余談ですが、 日本には、さまざまな生産地が独自に基準を設けて他の生産地のものと差別化を図るケースはありますが、全国的にこういった基準を設けている果物は他にありません。こういった制度がもっと広がると「はずれが」にあたってがっかりすることがなくなっていくでしょうね。――

   今年の1月のデコポンの出始めからデコポンや不知火を買って食べて来た。先日は三ヶ日さ産の不知火を買ったが甘みが強くてよかった。3日前に金山駅構内で愛知県産の物を売っていたが食べたら酸味が強くいつまでも酸っぱさが残った。

  2日前には鹿児島産の「大将季」というのを買った。店員が高級品種だと勧め値段も買いやすかったので買ってみたのだ。色が赤みがつよく食べたら香りも味もよかった。

  調べてみたら次のように説明してあった。

 ――1997(平成9)年に鹿児島県阿久根市にある大野孝一氏の農園で「不知火」の枝変わりが発見されました。大将季/だいまさきとはこれを増殖育成させ、2006(平成18)年に品種登録されたものです。出願時の名称は「紅将季」となっています。

 果実の形は扁球形で、一般的なデコポンに比べ頭のデコはやや低い傾向にあります。大きな特徴は色が果皮、果肉共にデコポンよりも赤みが濃い橙色であることです。――

 デコポンも不知火も大将季も皮は薄く柔らかいので、手で剥きやすく、ジョウノウも薄く、果肉と共に食べても気にならない。サジョウはとてもジューシーで、十分な甘さと適度な酸味がバランスがよく感じられる。種も入っていないので嬉しい。デコポン類には種が入っていないのもいい。

 デコポンを始めて食べたのは8年ぐらい前であっただろうか。それいらい大好物になったが、産地が増えているのは人気があることを示すものだ。

 熊本県がデコポンや不知火の産地として有名だが鹿児島県や和歌山県愛媛県など15の県でも不知火が生産されているそうだ。競い合って甘い安いものが出来ることを願っている。  

   Img_1024

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月12日 (火)

コンビニのオーナーは大変なんだ

 セブンイレブンの24時間営業が問題になっている。人手不足で夜間営業が困難になっているので、夜間営業をやめたいというオーナーにセブンイレブンは認めない。

 3月6日にコンビニ加盟店ユニオンがセブンイレブン・ジャパンに対して、同社が行う時間短縮の実験について団体交渉を申し入れたが、受け入れられなかった。オーナーとは労使関係にないという理由だとか。

  セブンイレブン・ジャパンと言えば日本最大の店舗数を誇るコンビニチェーンだ。株価も高い。しかし、その高利益がフランチャイズ店の犠牲の上に成り立っているというのはよくない。

  私はコンビニを利用することはほとんどない。コンビニの商品は高いからだ。それに買い物はたいてい昼間スーパーで済ませるからだ。

  私が毎朝ウオーキングに出かける道筋に2軒のセブンイレブンがある。我が家から400メートル余り先に3年前に1軒できたが、昨年200メートルぐらいの所にまたセブンイレブンができた。こんな近くにまた出来たのかと思った。

  ウオーキングのときセブンイレブンの前を通るのだが、4時過ぎでも買い物に来ている人を見かける。どちらの店にも車が止まっていることが多い。

  真夜中には何人ぐらいの利用者がいるのだろうと思う。都会だから様々な生活スタイルの人がいるので真夜中の営業を有難いと思う人もいるのだろう。でもその「コスパ」はどうなのだろう?人を使って営業して利益があるのだろうか。

  オーナーの中には夜間営業は止めたいという人がいるのは無理もないと思う。人手がないと自分が客の相手をしなければならず、それが続けば身体的にも精神的にもきついであろう。

  24時間営業の他に売れ残った食品を廃棄しなければならないということがある。期限切れ近くの商品を安くして売ることをセブンイレブンが許さないからだという。

  スーパーにしろコンビニにしろ食品ロスを減らすために安くして売りさばくようにすべきだと思うのだが、そうしているところはごく僅かしかないというのだ。廃棄した物の損はオーナーがかぶりセブンイレブンは痛くもかゆくもないからだろう。

  どうやら「搾取」の上に本社の利益が成り立っているようだ。家の近所にコンビニができる前にオーナーを募集していたので、知人に「オーナーになったらどう?」と言ったら、「とんでもない。オーナーは大変だよ」と言った。

  以前中国人のオーナーに日本語を教えたことがあったがその時も24時間のコンビニは大変だと話していた。

  加盟店ユニオンが加盟店舗を増やしてコンビニの営業形態の改善に努力していくしかないようだ。

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月11日 (月)

東日本大震災から8年、福島の原発廃炉は容易ではない

 東日本大震災は大地震による「想定外の大津波」による「想定外の大被害」であった。中でも福島第一原発の大事故はその最たるものであった。それは「原発は安全」「原発はローコスト」という神話が流布され誰もが信じ込まされてきたからであった。

  安倍首相は、「完全にコントロールされているから安心を」と言って東京オリンピックを招致した。そしてオリンピックを「復興オリンピック」と位置付けている。しかし、NHKの報道によれば被災者たちの多くは「復興オリンピック」に疑問符を投げかけている。被害者たちの置かれた状況から見れば当然のことだ。

  ここでは原発の廃炉を取り上げたい。安倍首相は「安全だ」と言ったが未だに廃炉の見通しは先が見通せていない。政府は「収束まで40年」と極めて楽観的な見通しを示しただけである。

  昨年6月に東京電力の小早川社長は福島第2原発の廃炉を明言したので、10基の原発が全て廃炉となる。昭和46年3月の第一号機の商業運転から47年。福島県から原発がなくなるのだ。

  しかし、廃炉と決まったからと言って手放しで喜ぶわけにはいかないのだ。廃炉の作業を進める行程で高濃度の放射能の大量飛散とか、高放射能による作業機器のトラブルとかが予想されるのだ。

  2月28日に第一原発2号機でデブリと見られる堆積物に直接触れる調査で極めて強い放射線があったと報じられた。それは予想されたことで驚くことではないが、作業の難しさを改めて知らされたのだ。

  廃炉を進めるのに高放射線にどのように対処したらよいのかは模索しながらやっていくしかないのだ。これまでにも何度かの失敗があった。試行錯誤で作業を進めるのだから事故は避けられないであろう。

  福島の「生業・福島原発訴訟」原告の根元仁さんは、「原発の廃炉とは、新たな被爆の始まりである」と指摘しておられる。それは福島など近隣の地域や現場で作業をする人たちの問題だけでなく、「想定外」のことが起きれば東京などにも影響が及ぶ恐れがあるのだ。

 「未知との遭遇」という映画があったが、原発廃炉は「未知との戦い」と言えるであろう。原発研究者や諸分野の学者などの英知を集めて、出来るだけ安全にことを進めてもらいたいと願うしかない。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月10日 (日)

横畠祐介内閣法制局長官は辞職すべきだ

 どんな悪いことをやっても頭を下げるだけで済んでしまう「やりたい放題」の安倍政権のもとでまたまた問題が発生した。

  横畠祐介内閣法制局長官があるまじき発言をしたのだ。横畠氏は6日の予算委で、安倍晋三首相に答弁を迫った立憲民主党会派の小西洋之氏への答弁で、国会の行政監視機能は「このような場で声を荒らげて発言することまで含むとは考えていない」と述べたのだ。

  内閣法制局は政府提出法案に憲法違反などがないか厳重にチェックする「法の番人」と呼ばれ、法律問題で内閣などに意見を述べる立場だ。そのトップが憲法で「国権の最高機関」とされる国会に対し、批判めいた発言をしたのだ。「越権行為」も甚だしい。

  横畠長官は参議院予算委員長から厳重注意を受け、「行政府にある者の立場を逸脱した誠に不適切なもの」と改めて謝罪し、「今後二度とこのような発言をせず、誠実に答弁していく」と釈明した。口先だけの謝罪であるのはミエミエである。

  立憲の杉尾秀哉氏が予算委で、「憲政史上に一大汚点を残した。辞めるべきだ」と迫ったが、横畠氏は「十分反省しているつもりだ。しっかりと職責を果たしたい」と辞任するつもりがないことを表明した。

 横畠氏といえば安倍首相の強い意向を受け、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更に貢献したのであった。そして自衛隊が集団的自衛権を行使して海外に行ける道筋をつけたのだ。この解釈改憲については憲法学者から「違憲」との批判が根強い。

 国会で絶対多数を誇る安倍政権は今回も横畠内閣法制局長官を辞めさせることはない。もし野党が参議院で多数を握っていれば安倍政権もやりたい放題はできないはずだ。絶対多数だからこそあぐらをかいて驕り高ぶることができるのだ。

 来るべき参議院選挙では野党が勝てる仕組みを作って市民と共同して多数を取らなければ、日本の政治はどこまで腐敗堕落するか分からない。無間地獄に落ちて行くだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2019年3月 9日 (土)

うたフェスなごや2019に出演

 3月5日名古屋金山のフォレストホール市民会館で「うたふぇすなごや2019」が開催された。以前フォレストホールを市が運営していた時は「シニアコーラス」として行われていたのだが経営主体が民間に変わって途絶えていた。私たちは強く要望したので名称を変えて復活したようである。コーラスグループの発表の場として大変有難いことである。

  参加団体は25グループで、小は4人のカルテットから大は80名ぐらいのグループまでさまざまであったが、10数名のグループが多かった。

  シニアコーラスの後を受けているので高齢者グループばかりであった。平日にやるので若い人たちのグループは参加できないということもある。

  私たちの昭和男爵コーラスは第一回の「シルバーコーラス」のときから参加している。私たちの平均年齢は75歳と高齢であるが、それよりもっと高齢の「ばあちゃん合唱団」というのがオオトリで出演していた。

  そのグループを聴きたくて私は最後まで残って聴いていた。沖縄にばあちゃんコーラスがあるということをどこかで聞いたことがあるが、名古屋にもあるのは知らなかった。この合唱団の正会員は80歳以上、準正会員は70歳以上なのだそうだ。最高齢は90歳だとか。

  ピアニストは高齢の男性で指揮者も高齢の女性で2人とも足元がおぼつかなかったがしっかりとやっていた。合唱団の声も歳を感じさせないきれいな声であった。

  曲目は去りし友(東北民の鎮魂歌)、名古屋好き、すみれの花咲く頃であった。名古屋好きというのはオリジナルの歌なのかもしれない。

  昭和男爵コーラスは二番目の出演だったので午前10時50分からであった。あの素晴らしい愛をもう一度、小雨の丘、あの鐘を鳴らすのはあなたの3曲を歌った。早い時間なので観客は少なかったが一生懸命練習の成果を出して歌った。

  男声合唱は他には「男声合唱団昴」と「男声合唱を楽しむ会」だけであった。女声合唱団が多かったが、視覚障碍者と一緒の「あけぼの合唱団」とかアコーデオンとギター伴奏のウ「合唱団サボテン」のようなユニークなのもあった。

Img_1017

Img_1002


Img_1003


Img_1004


Img_1008


Img_1010


Img_1005


Img_1011
Img_1016
                    ばあちゃん合唱団

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 8日 (金)

初めて救急車を経験

 数日前のことである。コーラスの本番の前日リハーサルをやっていた。室内が暑くてたまらなく感じ、指揮者の後にあるホワイトボードが白さが増したり変に見えたりした。さらに生あくびが頻繁に襲ってきた。汗も出てきて頭がくらくらして、立っていられなくなって椅子に座った。

  すると突然尿を失禁しはじめ止めることができなかった。指揮者やコーラスのメンバーが心配して救急車を手配した。私は大げさだと思ったが連絡してしまったので仕方がなかった。

  救急車は直ぐに来て隊員が部屋に入ってきたときは少し良くなった感じであったが、担架で運ばれて救急車に乗せられた。グループの代表が付き添ってくれた。

  車内では心電図計や血圧計で測定をした。血圧は130と60という声が聞こえた。正常なので安心したが心房細動が少しあると言っていた。いろいろと質問をされた。

  幸い病院は近いところで引き受けてくれたので有難かった。病院に着くと救急治療室に運ばれた。待機していた医師や看護師が手早く心電図計につないだり点滴をつけたりした。

  医師は目の動きを調べたり、手の動きを調べたりした。そして血液を採って調べた。血液検査の結果が出るまで診察台の上で仰向けのままじっとしていた。1時間半ぐらいで結果がでた。医師は原因ははっきりしないが、血液検査のデータをかかりつけの医者に見せるように言った。そして帰宅してよいと言った。

  私はすっかり気分は回復していた。地下鉄で帰ってもよいと言った。また夕食のときに飲酒してもよいかと聞いたら構わないと言った。

  保険証を持っていなかったので、保証金を5000円納めて、後日保険証を持って行くことになった。看護師さんは「私はいつも保険証を持って外に出ています」と言った。

  考えてみれば今の保険証は薄いカードで携帯に便利なようにできている。それで帰宅後すぐに保険証をパス入れに入れて常時持ち歩くことにした。

  幸いというか直ぐに回復したので嬉しかった。次の日は本番で元気よく歌うことができた。

 付き添いで救急車に乗ったことはあるが、自分が運ばれることになるとは全く思っていなかった。結果からいうと休んでいれば回復したと思うのだが、仲間たちが大事をとって救急車を呼んでくれたのであった。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月 7日 (木)

子どもj時代の「まり」遊び

 先々週の日曜日のことである。買い物に行く途中で川名公園を通った。天気が良い暖かい日だったので公園には家族連れで遊びに来ている人たちで溢れていた。4歳ぐらいの男の子が小さいサッカーボールを転がして走っていた。子ども用サッカーボールで遊んでいる子が他にも何人か見られた。

  その光景を見て子どもの頃のことを思い出した。私が子どもの頃はサッカーは蹴球と言っていたがやっている人を見ることはなかった。そのぐらいだからサッカーボールのような大きなボールもなく軟式庭球用のボールを固くしたようなゴムまりで遊んでいた。今はテニスが有名だがその頃は「庭球」と言っていた。

  ボールも「まり」と言っていた。子どもが使う「まり」は「角一」というブランドだったと思う。そのまりを使って遊んだのだ。

  男の子は「まり蹴り」をして遊んだ。サッカーのようなものだが転がして遊んだ。また「まりぶつけ」というものもやった。鬼を決めて鬼が逃げるものにまりをぶつけ、当たったら交代するのだ。

  まりを使ってキャッチボールや自分の手で打って走るハンドベースという簡単な野球をした。

  こうした遊びは路地のようなところでもやれるので家の前の路地は子どもの遊び場であった。

  女の子はまりを使って「まりつき」をして遊んでいた。まりつきをするときは「まりつき唄」を歌ってやった。女の子はみんなスカートをはいていたので唄の最後まで行くと「オーライショ」と言ってスカートの後を引っ張りそこへ股をくぐらせたまりを入れて受け止めるのであった。

  簡単なまりつき唄は

  1銭貰って芋買いました。オーライショ。

  2銭貰って○○買いました。オーライショ。

  3銭貰ってサバ買いました。オーライショ。

  というようなものであった。私たち男坊主もたまに仲間に入れてもらってやることがあったが、難しくてなかなかできなかった。

 この時代はまだ1銭が大手を振って通用していた。

  ちょっと難しいのは

  一もんめのい助さん「い」の字が嫌いで 1万一千1百石1斗1斗 1斗ま いとまの御蔵に瓢箪ストコトンノスットコトン、スットコトン。 というような意味不明の唄であった。

  この歌は10番まであった。まりをつきながら足をくぐらせるなどのことをしなければならないので難しいのだ。大きい女の子はj上手にやっていた。

  まともな唄は「あんたがたどこさ」であった。

  あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ せんばさ せんば山にはタヌキがおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ うまかったとさ。(最後の部分が異なる)

  この唄でやるときは足や手をフルに使わなければならないので最後までしくじらずにやるのは大変そうであった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 6日 (水)

突如口を突いて出た歌―「船頭さん」

 私は道を歩いていたり、顔を洗っていたり、寝床のなかだったり・・・・何かの拍子に突然頭の中に歌が出てくることがある。それが不思議なことに全く意識にない歌が出てくるのだ。

  先日出てきた歌は、

     村の渡しの船頭さんは

     今年60のお爺さん

     歳はとってもお舟をこぐときは

     元気いっぱい櫓がしなる

     それ ぎっちら ぎっちら ぎっちらこ

 であった。どうしてこんな古い歌が突然頭に出て来たのか本当に不思議である。こういうことがよくあるのだ。

  ところでこの歌を口ずさんで驚いたのは、歌詞の中に「今年60のおじいさん」という句があることだ。60歳は還暦だが、今の人は身も心も若い。60歳でお爺さん、お婆さんと思う人は本人も周りにも一人もいないはずだ。70歳を超せば年寄りだと思うかもしれないが。

  それでこの歌がいつ頃作られたのか調べようと思った。でも、題名が分からない。試しに「村の渡しの船頭さん」と入れて検索したらちゃんとヒットした。題名は「船頭さん」だった。

  作られたのは1941年で作詞:武内俊子、作曲:河村光陽と分かった。戦時中の歌なので2番に「あれは戦地へ行くお馬」、3番に「村の御用やお国の御用」という句があり、戦後改作されたという。

  1940年ごろから軍部の介入が厳しくなり、国民の戦意高揚や、軍事政策を宣伝するためのものが多くなった。この童謡も軍部の意向を忖度して歌詞が作られたのであろう。

  この歌を覚えたのは戦時中だと思うのだが、2番、3番は全く覚えていなくて1番だけ鮮明に覚えていて突如でできたのであった。

  戦後しばらくまでは人生50年と言われていたから、60歳はお爺さんでもおかしくはない訳だ。今作るなら「今年70の」でいいだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 5日 (火)

1日も早く野党がまとまり参議院選に対処せよ

 国会で自民党・公明党の政権与党が絶対多数を誇り、野党とはいえ維新の会が政権を応援している構図のもとで、安倍政権はやりたい放題で、それを倣ってか官僚も公文書改ざん問題や書き換えや統計の不正処理や・・・・多すぎて思い出せないくらいだ。

  大臣のとんでもない発言も麻生副総理やオリンピック担当大臣や・・・・これも後を絶たないがみんな責任をとらないで平気である。

  安倍総理自体が森友・加計問題で大きな疑惑を残したままで誤魔化し通しているのだから他の政治家や官僚も右へならえをして平気なのだ。

  安倍総理は「悪夢のような民主党政権時代」と言ったが、悪夢なのは安倍政権の6年余りでこの事は前に取り上げた。池上彰氏が指摘したように「悪夢」だったのは自民党なのだ。

  この今の悪夢から早く逃れたいと切望しているのだが、それには参議院選挙で野党側が勝つしかない。

  野党がバラバラではこの状況を変えることは不可能であるのは誰が見ても分かることだ。毛利元就の「3本の矢」ではないが、立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党、自由党、社会保障を建てなおす国民会議などが共同して闘う態勢を作らない限り、勝てないのだ。

  共産党は早くから自党の候補者を下すなどして共に戦うことを提案している。自由党の小沢代表は、浜松の講演で次のように述べたとYahooニュースにあった。

 ―― (安倍政権は)とにかく平気でうそをつき、悪いことが見つかっても全く責任を取らない。なぜ、こんな政治がはびこるのか。野党がだらしないからだ。
 
 

 (野党内での)過去のいきさつや恩讐(おんしゅう)を乗り越えるべきだ。私も股をくぐれと言われれば、なんぼでも股をくぐるし、謝りもする。日本の国、社会が危うくなっている。個人的な経過や感情にとらわれている場合ではない。
 

  この際、みんなまとまろう。一緒の政党になるのが難しければ、「オリーブの木」(小政党が選挙協力して政権の受け皿をつくる構想)でもいいから、一つのグループとして選挙を戦おう。

  なんとしても、5月くらいまでに野党の一体化を実現したい。7月の参院選で、自民党を過半数割れに追い込み、安倍内閣を退陣させたい。――

  2月20日の書記局長・幹事長会談で、候補者調整を「速やかにスムーズに行う」ことで合意したという。

 とにかくやりたい放題安倍政権下の「悪夢」を取り除くために力を合わせて参議院での多数を取ってもらいたい。そうすれば嘘をついたりいい加減な誤魔化しの行政ができなくなると思うのだ。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2019年3月 4日 (月)

「落語と漫才、楽しめるのは?」という記事

 2月23日の朝日新聞「be」読者と作る欄に「落語と漫才、楽しめるのは?」という記事が載った。それによるとトータルとして落語が61%、漫才が39%であった。

  最近落語家がふえ70人もいるというから驚きだが、東京ではちょっとしたサロンのようなところでも落語の席を設けるところが増えているようだ。

  beによると、落語が好きな理由は、

 ①古くから練られてきた笑い話

 ②落語家の芸を感じられる

 ③じっくいり聴ける

 ④漫才よりゆったりしている

 ⑤共感できる噺が多い

  などとなっていた。

  漫才が好きな理由は、

 ①掛け合いがおかしい

 ②テレビで手軽に観られる

 ③すぐ笑える

 ④現代の話しをしている

 ⑤時間が短い

 ⑥わかりやすい

  私はお笑が好きで落語も漫才も見るがどちらかというと落語派である。前にも書いたと思うが東京に行くと新宿末広亭に行く。寄席に行けば落語も漫才も色物も見られるが、主は落語である。

  江戸時代には江戸に400もの寄席があったそうだが、今は浅草演芸場、池袋演芸場、上野鈴本など僅かしかない。

  お笑い番組はときどきブームのようにできては消えていく。今はテレビで見られるのは「お笑い演芸館」ぐらいで、落語はNHkが日曜日午後2時に放送するものぐらいである。

  落語がよいと思うのは、噺が古くからよく練られて作られていて、新作でも巷の機微をうまく取り上げて笑いを誘っているからだ。

  漫才やコントを目指す若者も多く、競争は激しいと言われるが、落語に比べて昨今の漫才は怒鳴ったり、叩いたり、がさついていて、受け狙いが多く、言葉のおかしさで笑いをとる昔の漫才のような良さが無くなった。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 3日 (日)

NHK大河ドラマ「いだてん」の不評は当然

 脚本が宮藤官九郎ということで期待されて始まった大河ドラマ「いだてん」だが、視聴率が下がる一方で苦境に陥っているという。

  ――NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』が放送開始早々、大ピンチに陥っている。2月10日の第6回で早くも一桁視聴率に転落し、第7回、第8回もそれ以下と下り坂を転がっている。(ニフティニュース)――

  私は大河ドラマファンなので初回から観ているが前にも書いた様に「面白くない」のだ。その原因は脚本にあると見ている。ドラマの筋、ストーリーが非常に理解しにくいのである。場面がポンポン変わり脈絡がない。

  金栗四三は実在の人物だが一般的には無名の人物と言ってよい。だから視聴者が分かるように描いてくれればよいのだが、シーンとシーンをどうつなげていけばよいのか、このシーンは何のためにあるのか・・・・などが見ていて分からないのだ。 

 また登場人物も分かりにくいし、東京高等師範学校長で講道館創始者の役所広司が演じる嘉納治五郎の人物像もこれまで知っていたイメージとガラッと変わっていた。

  記事は次のように書く。――「NHK上層部は低視聴率を良しとはしていない。途中打ち切りの可能性も含めて、善後策の検討に入った。これ以上、視聴率が低下したら、打ち切ったとしても世論は納得するだろうから」(NHK関係者)――

  これまでにも半年で途中打ち切りなった「琉球の風」という番組があったそうで、このままいけば同じ運命を辿ることになると言っている。

  宮藤官九郎はドラマの展開に遊びを取り入れて面白くしようとしているのだろうが、分かりにくくて面白く感じないから視聴者が離れて行くわけで、私などは初めてのオリンピック参加がどのようにしてできたのかということだけを知りたくて面白くないのを我慢して見ているのだ。

 

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月 2日 (土)

3月になった

 3月1日の朝いつもより遅くウソ―キングに出かけた。玄関の外にでるとうすく明けかかった正面の空に三日月のような形の月が輝いていた。その右上の離れたところに木星が光っていた。左下をみると電線の陰に木星より光っている金星があった。月を挟んで左下から右上に金星、月、木星が並んだ恰好であった。

  空はよく晴れていた。こういう日は歩くのも気持ちがよい。元気よく歩いていった。30分ほど歩いて瑞穂競技場の前にある瑞穂橋の所に来た。ふと橋の下を見ると白いものが動いていた。もしや?と思ってよく見たらコサギであった。コサギが餌を探していた。その近くにはカルガモが群れていた。

  私はコサギが好きでいつもコサギを見るのを楽しみにしているのだが、冬の間は暗いうちに歩くのでコサギを見ることはない。この日は瑞穂橋まで来るともうすぐ日が出る時刻であった。だからコサギを見ることだ出来たのであろう。昨年秋以来半年ぶりであった。

  昨日の朝のNHKニュースの時間に気象予報士の南さんが「気象庁では3月になると春だときめています」と言っていた。月日が経つのは速いものでもう3月になったのだ。今日からは春なのだと思った。

  橋で折り返して戻って行き田辺公園を過ぎた所まで来ると川にコサギが1羽いた。ここでも餌を探しに来ていたのだ。コサギを2回も見たので何だか嬉しくなった。

 家に帰り庭に洗濯物を干しに出ると大王グミがいっぱい芽吹いていた。この間葉を落したばかりなのに新しい芽がでていた。季節に敏感なのだと思った。

  この朝は春の訪れを感じることができた朝であった。

Img_0994
                      大王グミの芽

Img_0993
                  金星         月        木星

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 1日 (金)

NHKスペシャル「大往生」を見て

 NHKスペシャル「大往生 自宅で死にたい」を録画しておいて観た。埼玉県新座市が舞台で、自宅で死にたいというお年寄りを80歳の老医師が車を運転して訪問医療をする話しであった。その老医師は小堀鴎一郎といい、森鴎外の孫で、東大病院の外科医を退職後訪問医療を始めたという。

  自宅で死にたいというのは誰しも願っていることだ思う。私も出来れば自宅で最期を迎えたいと思うがそれは何とも言えない。

  この番組で取り上げた中で驚いたのは、40代の全盲の娘さんが世話をするAさんという高齢者であった。Aさんは全盲の娘を不憫に思いずっと世話をしてきたのだ。奥さんが病に倒れた時も独りで介護をしたのだという。

  その奥さんが先に亡くなり、娘さんが残されたのだが、食事などはAさんが作ってきたそうだ。ところがAさんが寝たきりになり、全盲の娘さんに世話をしてもらわなければならなくなったのだ。

 小堀医師は患者の家を診察以外にも様子を見回っているので、Aさん宅も度々訪問して見ている。

  娘さんは親戚の人に料理の仕方を教えてもらい何とかできるようになった。Aさんは娘さんが作った料理をおいしいと言って食べていた。

  でもだんだんと弱って行き、うどんを2筋ほどしか食べられなくなった。そうなるともう死期は近くなる。

  小堀医師は娘さんに脈をさわったり、身体を触って容体の変化を知ることができるとおしえた。ある日娘さんから父の様子がおかしいと電話が入る。

  Aさんの姉や妹や甥姪など親戚が集まった中で娘さんは最後までお父さんに寄り添って看取ったのだ。

  Aさんと娘さんのケースは異例で特に大変だと思うが、小堀医師のような医師がいて自宅で療養し最期を迎えることができたのだ。

  自宅で療養する場合世話をする家族の負担が大変だという。どうして家族が疲れすぎないようにするかが大事だといっていたがその通りであろう。

  病人の食事だけでなく、排便んや排尿の世話や身体を清潔に保つ世話もしなければならない。私の養親のときはまだ若かった妻が二人の世話をしてくれた。大変だったと思う。

  養父の場合は静かな大往生で寝付いて1週間で亡くなったが、養母の場合は数か月寝たきりであった。当時はかかりつけの医師に往診をしてもらったが様子を診ただけであった。だから自然に楽に死を迎えられたのではないかと思っている。

  Aさんの場合も小堀医師は食べられなくなったからと点滴をするとか特別な延命治療はしていなかった。だからAさんは娘さんの介護によって自然に衰えて行き楽にな亡くなったと思う。

  政府は高齢者の療養費の削減のため自宅療養を勧めているが、そのためには訪問医療をする医師や看護師の数を増やすことが必要不可欠である。またケアマネージャーや訪問介護をする人の充実も欠かせない。

  家族がいても大変なのだが、一人暮らしや私のように夫婦だけの場合はどうしても外部の援助が必要である。そうしたことを政府は整備していくべきだが今のところは不十分である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »