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2019年1月21日 (月)

映画「この道」を観て―①―

 1月の上旬の朝日新聞に映画「この道」について瀬戸内寂聴さんが語っていた記事があった。それを読んで上映されたら是非観に行きたいと思った。

  11日に封切られミッドランドスクエアシネマで上映されることが分かったが、直ぐに行く暇がなかった。18日にやっと時間が出来たので出かけた。苦労して事前にネットで調べて上映館はミッドランドシネマ2であることが分かった。

  11時30分からの上映だが、売り切れると行けないと思い現地には10時35分ごろ着いた。チケット売り場で空席を見てがっくりした。売れた席はたった一つであった。ネットの公式HPには大絶賛と書いてあったのにそんなにも人気がないのかと思った。

  時間が来て上映館に入ると観客は30人ほどいた。全員が高齢者であった。この時間若い人は働いているだろうが高齢者向けの映画なのだ。

  いきなり白秋が不倫相手の隣家の人妻のところにいるシーンから始まった。私は知らなかったが北原白秋は隣家の子どもがいて美人の奥さんと不倫の仲にあったのだ。

  シーンが変って、昭和27年小田原市では、「北原白秋・没後10周年記念コンサート」が開かれていた。

  歳をとった山田耕筰が指揮をしてオーケストラの演奏と少女合唱団で歌われている曲は、童謡「この道」であった、

  後で分かるのだが小田原市には「この道」の元になる白秋が好んだ山道があるのだ。「この道」については私も思い出がある。高等学校のとき音楽の授業で山崎先生がこの曲を指導して歌った。とてもいい曲だと思い今に至るまで大好きな曲の一つである。 

  演奏終了後、ひとりの記者が耕筰の元に取材に立ち寄る。「この道」の詩を書いた、北原白秋先生のことをぜひ聞かせて欲しいというが、耕筰は「彼のことは語りたくない」と初めは断る。しかし、ポツポツと彼のことを話し始める。「彼はダメはやつでした……」この映画は山田耕筰が女性記者に渋々語ったことを映像にするという形で進む。

  ダメなやつというのは女性に弱い白秋のことで、隣家の美しい女性との間が描かれる 明治43年(1910年)初夏。詩人の北原白秋は、隣家の人妻である俊子に夢中になっていた。

  与謝野晶子から諭されても、「かわいそうな女の人が隣にいたら、放っておくわけにいかないでしょう?」と開き直る。与謝野晶子が登場したので文学を通して近しい関係にあったことを知った。

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