NHKスペシャル「人生100年時代を生きる」を見て
NHKスペシャル「人生100年時代を生きる あなたはどう終わりたいですか」を見た。人生の終末、身体が弱り救急車で病院に運ばれるかもしれない。そういう事態になったときどうしたらよいのかを考えておこうという番組だと思った。
高齢化社会になって100歳以上の人口が7万人になったが、さらに増え続けると予想されている。私は新聞の訃報をよく見るが、死亡年齢と葬儀の方法を見るためである。最近は80歳後半から90歳半ば辺りで亡くなる人が多いと感じる。私もその年に近くなったが、何歳まで生きられるかは分からない。
ただ思うのは、若い時予想も出来なかった高齢まで生きて来たので、もういつ人生を終えてもいいかなと思うようになった。生への欲望が弱くなったのだ。
健康には私なりのやり方で気をつけているので、今のところ普通に生活できている。「健康寿命」を延ばしていると自分では思っている。
政府の政策の転換によって在宅医療が進められるようになった。NHKスペシャルでは、在宅医療を受け自宅で死ぬことを選んでいた人が、脳梗塞とか心不全とかで倒れ、救急車で病院に入り治療を受ける場面を取り上げていた。
まず救急車を呼ぶかどうかが、家族にとって最初の決断を迫られるところである。家族は事態の急変に驚いて救急車を呼ぶが、もし呼ばなければ静かに命が消えていくのを待つことができた例を取り上げていた。
次は病院に運ばれたとして、救急治療によって延命医療を希望するかどうかを決めることである。延命医療を希望すれば、いわゆるスパゲティ状態にされて集中治療室に入り、その後どこかの病院に転院することになる。
胃瘻などの延命措置によって5年も6年も生きる人がいるそうだが、ただベッドの上で拘束されるだけで生活のQOL(Quority Of Life)はゼロと言ってよい。そのような状態で命を長らえることが幸せとはいえないと私は思う。
アンケートによると94%(だったと思う)の人が延命治療を望んでいないという。しかし、事態が急変したときに、本人は意思の表示が困難なので、家族など周りの人が判断を迫られることになる。しかも緊急の事態なので10分とか15分という短い時間で決断しなければならい。家族の情で少しでも命を延ばしてやりたいというのは理解できる。それが本人の望とところかどうかが問題である。
大事なことは、本人は意思表示ができないので、元気なうちに家族などと話し合うとか、文書にして置くとかによって、どのような措置を望むのかを明らかにして置くことである。番組ではそのことを強調していた。
もう一つ大事なことは、最近では一旦装着した救命装置、酸素呼吸とか胃瘻などを取り外してもよいことになったと番組では言っていた。全国の半数ぐらいの病院や医者は取り外しに賛成だという。だから本人も家族も平安な死を望むのなら取り外しを要求することだ。
私も延命治療は望まないし、倒れてそのまま息を引き取れるのならそれがよいと思っている。
私の養父母が亡くなった時は自宅で看取った。近所の内科医が来てくれたが、点滴をやっただけであった。養父は1週間自ら何も食べずに静かに息を引き取った。養母は大きく息をして亡くなった。今でもその様子が目に浮かぶ。私は何人もの死に立ち合って来た。昔はみな自宅で亡くなったのである。老衰は苦しむこともなく自然の死である。私も何とかして自宅で静かに逝きたいと願っている。
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