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2018年9月 3日 (月)

NHK[『隠されたトラウマ』精神障害兵士8000人の記録」を見た

 NHKのETV特集「『隠されたトラウマ』 精神障害兵士8000人の記録」を再放送で見た。日中戦争から太平洋戦争終末にかけて、精神障害兵士は千葉県にあった国府台陸軍病院に送られた。そこには8000人分の「病床日誌(カルテ)」があった。 

 終戦でカルテなどは焼却するように命令されたが、8000人分の「病床日誌(カルテ)」は将来の研究に役立つ貴重な資料だからと軍医たちによって密かに保管された。それが千葉県のある精神科の倉庫に保管されているのだ。

 

 この病床日誌は分厚いもので一人ひとりの患者の全てが詳細に記録されていた。それが研究者によって分析され、日本兵の戦時のトラウマの全貌が明らかになった。

 

 私が3歳のときに日中戦争が始まったのだが、その頃から中国に出兵した兵士の中に精神障害の兆候を示す兵士が現れた。兵士は日本に送還され、国府台陸軍病院に入れられた。精神障害兵士の数は年々増加して行き、太平洋戦争でさらに大きく増えた。

 

 戦線が広がるに連れて中国のほか、東南アジア、フィリピン、インドネシアなどの広範な戦地で精神障害兵士が現れたのである。

 

 番組で発病地の多い中国河北省を中心に取材をしている。この辺りに派遣された軍隊は広大な地域の治安を守る任務があったが、中国共産党指導の八路軍と対峙した。彼らは広い農村などの面を支配していた。日本軍は線で守るしかなかったのだ。

 

 八路軍の兵士は一般人の中に紛れて、突然攻撃を仕掛けてくるので精神的にも緊張を強いられるであった。戦場では四六時中死の恐怖の中にいなくてはならない。さらに捕虜とした相手を殺すことを命令され、中には子どもを殺させられた兵士もいた。そういうことが病床日記に記録されているのだ。精神を病むのはそうした自分の意に反することをさせられた罪悪感も引き金となった。

 

 さらに日本軍独特の精神主義による上官からの酷い制裁に堪えられないことも発病原因となったのである。

 第一次世界大戦のとき、Shell Shock(砲弾病)というのが知られていたが、日本軍は精鋭なる日本軍人にはそういうのは1人もいないと公言していた。ところが日中戦争でヒステリーを起こす兵士がたくさん現れた。その貴重な映像があり、ヒステリーの症状を見ると、体が震える、立てない、歩けないなど悲惨なものである。軍はヒステリーのことを隠すために「臓躁病」と名づけて、そう呼んでいたのであった。

 精神障害は南方の戦地でも当然起こった。優勢な米軍に攻撃されて恐怖の余り精神に異常をきたしたのだ。手榴弾を抱えて自爆したり、銃口を口に当てて足指で引き金を引いて死ぬ兵士もいたのであった。

 番組では戦後帰国したがPTSDのため苦しんだ元兵士のことも取り上げていた。戦場での過酷な経験のよる精神障害は、平和な状況になっても治らずに続いたのだ。

 「病床日記」を紹介した医師も、精神障害兵士の身内の人も、こういうことは2度とあってはならないと言っていた。本当にその通りである。

 もし、私が召集されて戦地に行っていたらきっと耐えられずに精神障害になったであろう。ちょっと年齢が若かったので軍隊経験をせずにすんだのだ。

 

 

 

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