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2018年9月

2018年9月30日 (日)

福島第一原発の汚染水処理

 29日の朝日新聞朝刊に福島第一原発の汚染水の記事があった。放射能で汚染された冷却水は多核種除去設備で処理され、900基のタンクに貯められているそうだが、浄化したはずの約89万トンのうち、8割超の約75万トンが放射性物質の放出基準値を上回っていたのだ。一部からは基準値の最大約2万倍の濃度が検出されていたという。

  安倍首相は東京オリンピック招致の演説で「UNDER CONTROL LED」と述べて東京にオリンピックを持って来た。しかし、実態はコントロールされていなかったのだ。

  基準値越えのデータの公表は、経産省が8月末に開いた、住民向けの公聴会がきっかけだという。それまでは高濃度の汚染水は、特殊な浄化装置にかければ、トリチウム以外は含まれていないことになっていた。

  実際は放射性のヨウ素やストロンチウムも基準を超えていることは、公聴会直前の報道や住民側の公聴会で明らかにされたのであった。もし、この指摘がなければ、うやむやに終わった可能性が高かったのだ。政府や東電は何とかして誤魔化そうとしている様子が見て取れる。 

 何故、東京電力は5何故、東京電力は5年間も公にしてこなかったのかこの点に関して、福島県在住のNさんは次のように述べている。

   ――201397日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで行なわれたIOC総会。安倍総理大臣は2020年東京オリンピック招致に向けたプレゼンテーションで「世界有数の安全な都市・東京。フクシマについて、お案じの向きには、私から保障をいたします。状況は統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」とスピーチ。さらにその後の質疑で「汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」と発言。

 一国の総理大臣の世界に向けた嘘八百発言はその後訂正されることなく、環境省・原子力規制委員会・経済産業省・資源エネルギー庁、そして東京電力は事実を公表できなくなった、というのが素直な解釈であると思います。――

  私もその見方に同感である。安倍総理が世界に向けて安全だと大見得を切ったのだ。だから他の政府官庁は「いや、事実は違います」とは言えくなったのだ。

  韓国はその点を見抜いたのか、福島辺りの海産物や農産物の輸入を禁止した。汚染水は少しづつ海洋に漏れ出ていると言われる。外海の海水が汚染されている可能性も否定できない。

  浄化した?汚染水を貯蔵しておくタンクの設置も出来なくなってきているという。そうすると少しずつ海洋に放出するしかない。しかし、それにはさらに浄化をする必要があるのだ。

  それにしても福島第一原発の破壊だけでこんなにも対策が大変で、巨額の金と時間と人手を使わなければならないだ。

  安倍政権はそれでも原発の再稼働や利用を進めている。発電コストが一番安いと言われた原発が、実は全くのフェイクであったことがばれたにも拘わらずにである

  ドイツのように原発は止めて、再生可能エネルギーの開発に切り替えるべきである。

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2018年9月29日 (土)

古物買い取り業者を初めて利用して

 昨日知らない番号から電話があったが、たまたま出てみたら、古物買い取り業者からであった。通常はこの手の電話には出ないようにしているのだが、この時は出たのであった。

  「リンガー」という会社だと名乗った。「次の日にお宅の近辺を回るので何か不用品はありませんか」と言った。「何でもよいからお値打ちに買い取りとります」と言った。それで新品同様の使ってない卓上ステレオを試しに処分しようと思った。

  3時間ほどして、今度は男性の声でまた電話があった。そしてさらに詳しく品物の名を挙げて何かないかと聞いてきた。古い腕時計やフィルムカメラならあると答えた。もう何十年も使っていない時計やカメラであった。

  翌日、業者がやってきた。いい加減な業者なら上には上げないで、玄関先で応対しようと思った。その前にネットで調べたら、「リンガーハット」という店は出て来たが「リンガー」というのは出てこなかったのだ。

  「いい加減な業者ではないのか」と尋ねたら、名刺を出して、さらに持っていたタブレットでHPを出して、こういう会社でラジオでコマーシャルをしていると言った。「総合買取RINNGER」という会社であった。それで部屋に通した。

  処分したい物品は、卓上ステレオ、古いファミコン、腕時計、テープレコーダーなどであった。その場で査定をして行った。

  楽器はないかと言ったので、ギターやマンドリンなどはみな人に上げてしまったと言った。ただ未使用のデジタルのサキソフォンはあると言って見せた。

  新品の腕時計も二つ見せたが、これらはよく出るので100円ぐらいだと言った。それで売らないことにした。

  結局ねじをまく古い腕時計をいくつかと古いテープレコーダーとデジタルサキソフォンなどを買い取ると言った。一番値が高かったのはサキソフォンで3000円であった。時計などをまとめて3000円で、合計6000円で買い取ってくれた。

  売れなかったのは、小さな電気機器2つ、ファミコン、大きいリュックサックなどであった。リュックサック類はブランドを見るのだと言った。テレホンカードは100円ぐらいからだと言っていた。

  部屋に飾ってあった年代物のウイスキーとブランデーを見て値が付けられると言ったが、自分が飲むので値は聞かなかった。

  最後にクーリングオフがあると言ったので驚いた。後で思い直したら8日以内に電話をすればよいのだそうだ。

  今回は人生で初めての古物商利用であったが、これから断捨離をしなければならないのでよい勉強になったと思った。「よい値で買い取りますよ」と言っても実際は厳しいのだということもよく分かった。

 

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2018年9月28日 (金)

iphoneXsを買った

 ガラケーからスマホに変えた時、iphoneを買ってから以降、ずっとIphpneを使って来た。3年前に買った6sのバッテリーを替えてこのままずっと使おうかと考えていた。12月までに交換すれば3400円ぐらいでやってくれると言っていた。でも、予約をしようと思ってもなかなか予約ができなかった。

  そうこうしている内にiphoneXsが発売ということになった。それでauの店に行き、見積もりをしてもらった。21日が発売日で、その日の夜、娘と婿からihoneXsを買ったという電話が入った。彼らは5sをつかっていたのでかなり辛抱をしていたことになる。

  そしてXsはとても良さそうだからと言って私に買い替えを勧めた。iphoneXsは従前の機種に比べて大変値段が高く、139000円もする。

  auの店に行っていろいろと説明をしてもらった。結局、48か月で支払うことにした。そうすることで2年経過後は買い替えても残りの金が0になるからだ。

  その他に、auのクーポンがあったのでそれで1万円値引いてもらえた。値引きはau walletに入れてくれるという。さらに6sを下取りにすることにして14500円ぐらいをWalletに入れてもらえると言った。

  これまでは電話は「スーパーカケホ」にしてあったが、5分を超すと料金を取られるのでいつも厳しい掛け方をしていた。それで「かけほうだい」にした。1080円加算するだけなので、気楽に掛けられる方がよいと考えたのだ。

  そういう訳で1年間毎月7570円払う計算となった。1年後は割引がなくなるので8200円ぐらいになるという。

  私も高齢だからいつまで使えるのか分からないから、思い切って新しい機種にしたのである。

  アドレス帳と写真の移動は簡単で、「おあずかりアプリ」を古いiphoneに入れて預け、新しいiphoneにも「おあずかりアプリ」を入れて戻すだけであった。6sまでは店の人にやってもらっていたが嘘みたいである。

  問題は「LINE」であった。店が詳しいLINEの設定を印刷した紙をくれた。それを読みながらおっかなびっくりでやった。終わってみれば簡単であったが、やっているときは苦労をした。

  大事なことは、古い器械で必要な設定をして、新しいiphoneにLINEアプリをダウンロードして設定をするのだ。その時にiphoneのIDとパスワードが必要である。

  その他ほしいアプリをAPP ストアでダウンロードをした。今度のiphoneは顔認証にしたのでiphoneを立ち上げるときは便利であるが、APPストアでの顔認証には問題があり、サポートを頼んだ。50分もかっかった。結局、APPストアの顔認証はオフにして従来のやり方でやれた。

 古い器械のデータは移行せずに新しいiphoneとして使っている。

 

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2018年9月27日 (木)

私の愛用の靴

 ジョギングやウオーキングを初めて40年近くになる。最初はジョギングをしていたが、その頃は安物の運動靴をはいていた。7年ぐらいして膝の関節を痛めてジョギングをやめた。その後は現在までウオーキングをつづけているのだ。

 ウオーキングを始めても運動靴を履いて歩いていたが、ジョギングやウオーキングには靴を選ぶことが大事だと知った。

 あるとき新聞で通信販売でウオーキングシューズを見つけた。スポーツ用品メーカーのミズノが作っている靴で定価は12000円ぐらいだったと思うが、よさそうなので試しに買って見ることにした。

 足にフィットして歩きやすい靴であった。ただ、毎日5km歩くので靴底が減る。それで友人が勧めてくれた「シューgoo」という米国製の靴底に塗る物を買った。

 以来、通販で同じ靴を買い、シューgooで補修しながら使い続けている。減る靴底は踵の部分でだいたい40日に1回補修をしている。シューgooはネットで買うと1本1300円ぐらいだが年に4本ぐらいは必要だ。

 最近は靴の値段もときどき安くセールするときがあり、先日も8980円(税別)という広告が出ていた。

 靴は周りは非常に丈夫でいつまでも履けそうな感じである。今履いている靴は何年になるか覚えがないほどである。でも、ボツボツ替えようかなと思っている。

 靴を作るミズノにお願いだが、靴底を何とかもっと丈夫にしてもらいたいものだ。補修剤のシューgooが高いので年に5000円前後はかかる。2年弱で靴1足が買える計算である。

 この靴は履きやすいので日常の靴も同じ物を履いている。外国旅行に行くときも同じである。普通の靴は改まった時に履くだけである。

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                       ウオーキング用

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                        普段履き用


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2018年9月26日 (水)

若者は酒離れなのか?

 Yahooニュースを見ていたら、「若者の酒離れ 本当の理由」というAERA.dotの記事を見つけた。若者は酒離れ?と驚いた。以前に「草食男子」という言葉が流行り、若者は恋愛をしないとか、セックスにあまり関心がないとかが話題になった。今度は酒かと思った。

 「お酒は健康によくない」「赤い顔で酔っ払うのはカッコ悪い」──。さまざまな理由から、若者の“酒離れ”が進んでいる。厚生労働省の調査によると、飲酒習慣のある男性は「20~29歳」ではわずか10.9%しかないのだという。10.9%は如何にも少ない。

 厚生労働省が2016年に実施した「国民健康・栄養調査」の「飲酒の状況」を見ると、若年層になるほど酒を飲まない実態が浮き彫りになるという。

 飲酒習慣のある人が最も多いのは、

 男性では「50~59歳」の46.1%。

 「40~49歳」は37.9%、

 「30~39歳」は29.0%。

 「20~29歳」ではわずか10.9%。

 女性も男性ほど顕著ではないが、やはり減少傾向にあるそうだ。

 橋本健二・早稲田大学教授の分析によると、

 「非正規で働く若者が増えて低所得のため、酒を飲むだけの余裕がないというのが最大の要因です。酒は飲まなければ生きていけないというものではない。あくまで嗜好品ですから、酒代は真っ先に削られるのです」

 なるほど、低所得の若者が増えて、酒を飲む余裕がないのというか。いま、派遣社員やアルバイトなど非正規で働き、極端に生活水準が低い“アンダークラス”と呼ばれる階級が増加の一途をたどっているのはよく知れた話だ。

 橋本氏の試算によれば、15年時点でアンダークラスは929万人。労働者の3人に1人が非正規というのが現状で、所得の減少はフリーター化する若年層で著しいという。

 私が就職したときは、歓迎会で「お前は酒が飲めるか」と上司から聞かれたことを覚えている。さいわい私は酒が飲め、好きでもあったので、「飲めます」と答え酒を注いでもらった。田舎だったので、酒宴は大事な場所であったのだ。

 昔は酒で付き合いをするのは普通のことでいろんな形で酒を飲む機会が多かった。「飲みニュケーション」などという言葉ができたのはバブルの頃だろうか。

 それが今は橋本氏によると 「非正規労働者だから、正社員のように同期や上司との強いつながりがなく、会社関係で飲むこともない。シフト制の職場だと労働時間もまちまちなので、みんなが一斉に仕事が終わって帰りに飲むという機会もない。かつて『1億総中流』と呼ばれたころは、日本人の大多数はビールと日本酒を中心とする『酒文化』を共有してきたわけですが、それが崩壊の危機にあるのです」ということだ。

 

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2018年9月25日 (火)

沖縄知事選事前投票で「投票用紙撮影」とは!

 沖縄知事選がたけなわだと思うが、当地ではどうなっているのかサッパリわからない。玉城陣営が頑張っているのか佐喜真陣営がりードしているのか。

  そんな中、23日の朝日新聞に、「証拠に投票用紙撮影」情報という記事があった。今回の沖縄県知事選では期日前投票が大幅に増えているという。両陣営が投票を呼び掛けているということだが、それだけ盛り上がっているのであろう。

  その事前投票で、「投票用紙の証拠写真を撮らせている」という情報がネット上で飛び交っているというのだ。それを読んで「エッツ?」と驚いてしまった。そんなことが許されるのか!?一体誰が考えたのかは知らないが、投票は秘密保持が大前提である。それなのに写真に撮って誰かに提出するというのだ。

  たしかに今はスマホで簡単に写真が撮れるから、「○○候補に投票しました」という証拠写真を撮ることは簡単であろう。それを提出しろという方からみれば、このぐらい確実な確認方法は他にはない。

  企業や団体などが社員らに「指示通りに投票したかを確認するために撮らせているのだそうだが、そんなことをするのは佐喜真陣営に決まっている。指示された社員や団体員などは表面上は投票したことにして実際は投票しなかったという訳にはいかない。

  県内の弁護士たちは選管に「投票の自由や投票の秘密を侵害する由々しき事態」として、投票所での写真撮影を禁じるように求めたというが当然のことである。

  総務省によると、公職選挙法には、投票所での自分の投票用紙の撮影に関する明確な規定はないのだそうが。法の抜け穴を見つけてやっているということだ。これは早急に法を改正して投票所での写真撮影を禁止すべきであろう。

  これからの地方自治体選挙や来年の参議院選挙できっと投票した証拠写真提出が厳しく行われるに違いない。そうなると権力を持つ側が圧倒的に有利となる。

  これまでの選挙では自分の投票用紙を撮影して提出させた例はなかったのかどうかを検証する必要があるだろう。

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2018年9月24日 (月)

名古屋でオリオン座が見られた!!

 最近火星が大接近しており、18日の夜も南の空に大きな赤い星が輝いていた。見ることが出来る星は、後は木星、金星、シリウスぐらいである。都会の空は街の明かりで星空が消されてしまったのだ。

  30年ぐらい昔は、さそり座とかオリオン座とか北斗七星なども見ることができたのだが、今では見ることができない。そういう訳で星の瞬く空を見たのは、今年の4月にトカラ列島の中之島へ行ったときであった。

  19日の朝のことである。早く目が覚めたので4時40分ごろ家を出た。玄関のところから空に白い明るい星が光っているのが見られた。右の方には半月が輝いていた。今朝は空がよく晴れているのだと思った。

  明るい星はきっとシリウスだろうと思ったが、念のためにスマホに入れてある「星座」アプリで確かめることにした。このアプリは大変優れモノで確かめたい星に合わせるだけで、星の名だけでなく、星座も教えてくれるのだ。

  星に合わせたら思った通りシリウスであった。南の空のやや東寄りに単独でかがやいているから誰でもすぐに目にとまる。

  アプリを見ていたらシリウスの近くにオリオン座があることが分かった。肉眼で見えるはずがないと思いながら空を見たら、光は弱いがオリオン座らしきものが見えた。目を凝らして見ると確かにオリオン座であった、

  私は嬉しくなった。名古屋では何十年も見られなかったオリオン座が見られたのであった。注意してその辺りの空や真上の空を見たら、その他にも幾つもの星が光っていた。アプリで名前を調べた。

  我が家の近辺も街灯が明るいので残念であったが、それでも思ったよりたくさんの星を見ることができたのでいっぺんに元気が倍増した。そしていつもより元気よく歩き始めた。

  ときどき空を見上げてシリウスやオリオンを見た。名古屋でも見ることが出来たのは、空が澄んでいたことと白内障の手術で眼がよく見えるようになったからだと思う。

  これからの秋の夜空を見る楽しみが一つ増えた。

※23日の朝は月がでていなくて、空が澄んでいたのか非常にはっきりと見ることができた。

 

 

「オリオン座 画像」の画像検索結果 、

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2018年9月23日 (日)

アイフォンパスコードを忘れるとたいへんなことになる!!

 Iphone6sを使っているが、IOS12にアップグレードできるようになったので早速実行した。設定を進める中で、パスコードの設定を進めてきた。これまではパスコードを使わないでやって来た。パスコードを一々入れるのが面倒だからだ。

  今回注意書を読んでみると、パスコードなしにすると一部動かないアプリがあると書いてあった。それで今回はパスコードを設定することにした。

  いろいろ考えて数字を決めて入力した。しばらくしてiphoneを使う必要があってパスコードを入れて起動しようとしたが、「パスコードが間違っています」というメッセージが出て使えない。

  パスコードを必死で思い出し、それらしいものを入力したが全く駄目であった。それでアップルのサポートに電話しようと思った。

 iphoneが使えないので、固定電話で掛けなければならない。電話番号が分からないので、ネットで「アップルのサポート電話番号」と入れて検索をした。

  アップルのサポートサイトが出たが、どこに日本のサポート電話番号があるのか分からなかった。世界のサポートが探せる国旗が地域別に並んでいたので、アジアを探したら日本があった。それをクリックしたが、電話番号は出でこない。すったもんだと20分も苦闘して駄目だと諦めた。

  次にキャリアのauのサポートを探した。こちらは簡単に見つかった。電話をして事情を説明した。応対したスタッフは「パスコードを忘れるとパソコンを使ってリセットするしかない」と言った。リセットするということはiphoneの中のデータを全て失うことになる。これは大変なことだと思った。リセットのやり方は教えてくれると言ったが、アップルのサポートに頼んだ方がよいと閃いた。それで電話番号を教えてもらった。

  アップルのサポートに電話をすると、やはり同じことを言った。パソコンでリセットしないといけないというのだ。そのときデータを回復するにはicloedを使っていれば簡単に出来ると言った。

  しかし、もしパスコード思い出すことが出来れば一番良いから、それをやってみてはどうかと言った。ただし、10回まででそれ以上はできないと言った。私はすでに5回試していた。もう思い出せないと思ったので、リセットをすることにした。

  リセットをするには、ityuneをアップデートしなければならないという。それで指示に従って操作をした。でも、アップデートには時間がかかるので30分ぐらいしたら電話をくれると言った。

  私のパソコンは動作が重いのでアップデートには時間がかかる。待っている間、何とかパスコードを思い出さないかとありそうな数字をいろいろ思い出そうとした。

  そしてある数字を思いついた。それを試してみると、それがパスコードであった。跳び上がるほど嬉しかった。

  アップデートのトの方は終わる寸前に、「パソコンのインストーラに不具合が出てできません」というようなメッセージが出て失敗に終わった。

  アップルサポートから電話が来たので、スタッフにパスコードを思い出したこととアップデート失敗を伝えた。アップデートは必要な時にやることにして、この件は一件落着であった。

 今回の失敗で分かったことは、iphoneのパスコードを忘れると大変なことになるということだ。すぐにメモをしておかなければならない。

 もう一つは、iphone側の問題である。パスコードの設定の場面で、パスコードは大事だからすぐメモをするように注意書を入れておくことだ。

 そしてアップルのサポート電話は簡単に探せるようにHPを作ることだ。20分も探して諦めなければならないなんてもってのほかだ。

 

 

 

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2018年9月22日 (土)

安倍政権をヨイショするマスメディ

 自民党総裁選挙が終わって予想どうり安倍首相が三選された。石破氏は党員票の45%を獲得したとはいえ、安倍氏の55%のは及ばなかった。メディアは石橋氏の善戦であったという。また安倍陣営は圧勝できなかったとちょっと落胆だという。

  私は前にも書いた様に安倍でも石破でも自民党は一緒だと思っている。石破氏は国民に正直であれとちょっと安倍氏を皮肉ったが、もともと安倍政権が進める政策を支持して共に現在の日本を作って来たのた。その最大の悪は、戦争を出来る国に変えたことであった。また戦前の日本のように変える帰る準備として共謀罪法をつくった。

  ただ、石橋が立候補したことで、選挙となり、一応民主的な体裁を整えられたということであったのはよいことだ。

  それにしても驚いて開いた口がふさがらないのは、選挙前からマスメディアが揃って自民党総裁選挙を取り上げて宣伝しまくったことであった。これまでに一つの党の党首選挙で今回ほどメディアが取り上げたことがあったであろうか。

  特に酷かったのがNHKである。視聴料を取っているから、視聴者に知らせるのが義務だとばかりに毎日、毎日自民党総裁選を報道した。しかも、NHKを始め、民間放送もこぞって開票の実況放送をしたのだ。

  自民党総裁選挙は一国の総理大臣を選ぶ選挙と言っていいとはいえ、あれほどまでに宣伝をする必要があったであろうか。これは、この機会をとらえて安倍政権と自民党を応援しようという偏った報道であったというべきである。

  あれだけ連日報道すれば、国民の中に安倍政権、自民党が刷り込まれてしまう。やっぱり安倍さん、やっぱり自民党!となってしまうに違いない。

  第二次安倍政権以降メディアの幹部は安倍首相と頻繁に会食をして交流してきた。メディアがすり寄ることで安倍政権はまんまとメディア懐柔に成功したのであった。そして国連などからも指摘されているように報道の自由の狭い状態にされ、甘んじているのみか、権力を監視するというメディアの役割を放棄してしまった。その最たるものの一つが今回の報道ぶりである。

 

 

 

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2018年9月21日 (金)

いよいよ集団的自衛権行使するのか

 18日の朝日新聞朝刊を見て驚いた。「陸自 多国籍軍へ派遣検討 シナイ半島 政府、安保法を適用」という見出しが一面トップにあったのだ。

  2015年に成立した安全保障関連法によって付与された海外活動の新任務で、派遣が決まれば初適用となる。

  安保関連法の前に集団的自衛権行使容認を閣議決定し、事実上の憲法改正を行った。そして安保関連法の成立で自衛隊の海外派遣が出来るようにしたのであった。

  安倍政権は集団的自衛権による自衛隊の海外派遣をやりたくてうずうずしていたに違いない。そこで今回

 エジプト東部のシナイ半島でイスラエルエジプト両軍の活動を監視している多国籍監視軍(MFO)に陸上自衛隊員2人の派遣を検討しているのだ。

  今回はたった2人だ。陸上自衛部隊で行ってドンパチをする訳ではないと言いたいのだろう。まずは実績をつくろうということだ。スタートラインに立つということだ。

  この派遣は、安倍政権が言う「積極的平和主義」にもとづくものだという。「積極的」というと聞こえはよいが、実際は「積極的戦争主義」である。憲法9条を守ることは「消極的平和主義」だと言いたいのだ。しかし、以前にも論じたように憲法9条を守って平和を貫くことこそが「積極的平和主義」なのだ。

  政府が派遣の根拠と想定しているのは、安保法の成立で可能になった新任務「国際連携平和安全活動」という枠組みである。それによって、国連が統括する平和維持活動(PKO)でなくても、任務の内容がPKOに類する国際的な活動であれば自衛隊を派遣できるようになったのだ。

  司令部要員として佐官を2人派遣し様子をみるということのようだが、これが蟻の一穴となり今後はどんどん規模が大きくされることは必定だ。戦後73年、戦争が出来る国に変えられてしまったのだ。

  安保関連法の無効を叫び続けるしかないであろう。

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2018年9月20日 (木)

電車の吊り手

 DAIAMONDonlineの中に、「電車のつり革のナゾ、丸と三角の違いには地域性もあった!」という記事があった。こんなところに目を付けて記事にする人もいるのかと思った。筆者は枝久保達也 鉄道ジャーナリストとしてあった。

  都会に住んでいるので地下鉄にはしょっちゅう乗る。名古屋の地下鉄は△の吊り手だと思う。でも、名鉄には○があるようだ。

  吊り手は戦前はつり革と言ったそうで、革の帯が下がって持つところが付いていたので「つり革」と言ったそうだ。

 その後丸い輪のもつところの吊り手が長く続いて現在まで続いている。でも三角の吊り手が現れてそれが増えて行ったが、関東方面は三角の吊り手、関西は丸い吊り手が多いと記事にあった。

 丸い吊り手と三角の吊り手のどちらがよいかは決められないそうだが、三角の吊り手は安定して握ることができるという。丸い吊り手は位置を変えることができるので他の人が握ったのを嫌なときは場所を変えられるというのだ。

 地域性があるのは、関東は混むのでしっかりと握るために三角の吊り手になっているのだろうと書いている。名古屋の地下鉄は中間地帯だが、三角の吊り手なのは関東側ということなのだろう。近鉄は関西系だから丸い吊り手なのだろうか。 

 吊り手があるのは台湾とか韓国ぐらいで、西欧諸国ではつかまり棒が一般的なのだそうだ。そういえばフランスで地下鉄に乗った時つかまり棒だったように思う。台湾と韓国が吊り手だというのは戦前に日本に併合されていた名残かも知れないと思う。

 地下鉄での新しい車両はつかまり棒もある。つまり併用されているのだ。つかまり棒の良い点は背の高さに関係なくつかまれることだという。たしかに子どもからのっぽの大人までつかまることができる。

 私は高齢になってから必ず吊り手を持つことにしている。そうでないと動き出すときや停車するときふらつくことがあって危ないからだ。座席に座っていても必ず停車してから立ち上がることにしている。

 吊り手は子どもや背が低くなった高齢者はつかまることができない。どうしても席を譲ってあげるべきであろう。

 たかが吊り手だが考えさせられる面白い記事であった。

 最後におまけで、面白い吊り手の遊びを書いておく。以前名鉄電車であるグループで旅行した時座興にやったことだ。

 丸い吊り手に十円玉を載せると動き出しても落ちないで載っているのだ。ただうまく乗せるのが難しいが面白いので試してほしい。

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2018年9月19日 (水)

昭和男爵コーラス発表会は10月6日(土)

 私が所属する昭和男爵コーラスは、結成以来毎年秋の「昭和学習センターまつり」で、4月から練習をしてきた曲の発表をしている。

  今年は例年より早く、10月6日(土)にミニコンサートを開く。場所は昭和生涯学習センターの3階、視聴覚室である。今年も女声コーラスのスイートポテトとジョイントのコンサートである。

  時間は、スイートポテトが、10時半から11時で、昭和男爵コーラスは11時から11時半となっている。

  曲目はスイートポテトについては不明である。

  昭和男爵コーラスは、下記の4曲を披露する。

  ①アカシアの花   松阪直美 作詞  橋本国彦作曲 2部合唱 

   ラジオ歌謡として昭和23年に放送された。北海道での思い出を、アカシアに託して作詞したもの。

  ②北上夜曲  菊池規(のりみ) 作詞  安藤睦夫作曲  2部合唱

  昭和16年に学生であった二人が初めて作った歌だが、昭和35年ごろから歌声喫茶で大変人気のある曲で、今も根強い人気がある。

  ③あの素晴らしい愛をもう一度  北山修 作詞  加藤和彦 作曲 升本弘 編 

                       曲  4部合唱

  1947年にレコードが発売された。日本歌謡史上の不朽の名作として親しまれ

  ている。

  ④あの鐘をならすのはあなた  阿久悠 森田公作 作曲Tsing-moo編曲 3部

                     合唱

   1993年にリリースされ、レコード大賞を取った和田アキ子の代表作である。

 我がコーラスグループは早くも結成10年。平均年齢76歳である。病気になるなどして出られないメンバーもいるが、一生懸命に歌うので聞きに来ていただけたら嬉しい。

 

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2018年9月18日 (火)

人間はどこまで愚かなのか

 朝日新聞「耕論」に「AIと兵器 どこまで」という記事があった。リードによると、「人工知能(AI)が急速に進化する中、自らの判断で人を殺すことができる『キラーロボット』の開発の是非が問われている。AIを搭載することは、どこまで許されるのか」と書いてあり、3人の識者の意見が載っていた。

  その一人、栗原聡慶応大学教授は次のように述べている。「人の判断を必要とせずに攻撃できる兵器の開発が、進んでいます。プログラムで設定された範囲内で自動的に動く兵器は、既に実用化されています。」

  これは戦争の現場に人間が行かずに、自国で遠隔操作をして無人飛行機から攻撃をすることのことか。

  続けて、「将来は、自らの判断で標的を定め、人を殺傷できる兵器が実現するかもしれません。それが自律型致死兵器、別名、『キラーロボット』です。まだ存在しないと言われています」と述べている。

  栗原氏は「AI研究者として、社会のためになる、人間にとっていいものを作ろうとしているから、あらゆる兵器にAIを使って欲しくないし、使うべきではないと思っています。」と述べている。それは良心のある科学者なら当然のことである。

  そして次のようにも述べている。「AIを兵器に利用しないためには、先ず研究者が自らを律することが必要です」と。

  その通りであるが、過去には毒ガスとか高性能の銃や大砲などが研究され、作られてきた。中でも最大の凶器が原子爆弾や水素爆弾である。日本は世界で唯一、原爆を投下された国であり、広島と長崎の2か所が甚大な被害を蒙った。また通常兵器でも日本全国の都市が無差別爆撃されて焦土と化した。

  人間にあるまじき極悪非道な武器の使用を可能にしたのは、科学者である。彼らは血も涙もない人間であったのだ。将来非常に良心的なAIロボットが出てきて、自らの判断で武器使用を拒否するというならよいが、そんなことはあり得ないであろう。

  世界には今も核保有国があり、お互いに牽制し合っている。トランプ大統領は北朝鮮を攻撃しろと命じたそうだが、もし核戦争に発展したら地球はそれで終わりとなるかもしれないのだ。

 AIの武器への使用で、キラーロボットなどの人間に代わる兵器が現実化したら・・・・と思うとぞっとする。何としてでもそういう愚かな研究はしないでほしい。原爆の2の舞は御免である。人間の英知と良心でそれを避けてほしい。

 記事によると、7月にストックホルムで開かれた国際人工知能学会で、「自律型致死兵器に関する誓いという声明文が発表され、開発の規制を各国政府に求め、賛同者自身も開発や製造、使用に関わらない、と宣言したという。賛同した研究者や経営者は3000人だというが、世界の中での3千人では心もとない。賛同する輪を広げて行ってほしい。愚かな人間におさらばしよう。

 

 

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2018年9月17日 (月)

冷蔵庫を買い替えた

 我が家の冷蔵庫は、15年前に星丘にヤマダ電機が新規開店したときに、特価販売したものを買ったものであった。それまでに使っていた中型の冷蔵庫は17年も使ったのと、大きいのが欲しかったので、いい機会だと思って買い替えたのであった。400Lの冷蔵庫でドアがワンタッチで開くタイプであった。

  その冷蔵庫が15年経って弱って来て、冷凍温度がー21度以下であったものが、この8月頃から10度前後にさがってしまった。さらに氷の貯蔵庫が逆に凍りつくようになった。

 そういうこともあって、10日ほど前にふらっとエディオン八事に行った。扇風機や冷蔵庫などを見て歩いた。冷蔵庫の展示コーナーへ行くと、思ったより安い冷蔵庫がいくつか展示してあった。

  しばらく見ていると、女性の店員が声を掛けて来た。見ると以前に買った時の店員Aさんであった。「前に私が貴女から買ったことを覚えていますか」と尋ねたら、「覚えています」と言った。それでその店員に冷蔵庫について説明をしてもらった。

  Aさんはこちらに質問に答えて丁寧に説明をしてくれた。冷蔵庫の価格が安くなっているのは今が入れ替えに時期なのだと言った。ということは冷蔵庫を買うにはいい時期だということだ。

  冷蔵庫のタイプは大別して、野菜室が下から三段目にあるか、一番下にあるかの2つであった。また冷蔵庫の外側をガラスでコーチングしたのとそうでないのがあった。ガラスでコーティングしたのは汚れがつきにくいが、磁石はくっつかないという。

  主流は野菜室が下にあるものらしく、ほとんどが下に設置してあった。でも、野菜室が下にあると跪かなければならずちょっと不便だと感じた。

  やはり、これまで使っていた冷蔵庫にように、野菜室は真ん中辺にある方が使いやすい。そういうタイプは東芝だけのようであった。

  それで東芝製品に絞って見て行った。すると400Lで値段が手頃な機種があった。以前の売価は198000円となっていたが、11万円の値札が付いていた。それでその機種の見積もりを作ってもらった。少し勉強をしてくれた。

  その時店員のAさんは「来週末から3日間さらに5000円安くなるので、よかったらその時にしたらどうですか」と言った。冷蔵庫は使えない訳ではないので次の週末まで待つことにした。

 その後扇風機売り場に行くと、時期外れで価格がとても安くなっていた。我が家の扇風機は持ち上げると首が抜けるなど、ガタがきていたので、この際買い替えることにした。支払いをしたときディスカウントのクーポンをくれた。

  特売の週末に行ったら確かに値段が下げてあった。5000円は大きい。もらったクーポンを見せたら10万円以上なので1万円を引くクーポンが使えると言った。そういう訳で元の売値の半額ぐらいで買うことが出来た。ちなみに前の冷蔵庫は17万円ぐらいだったと思う。

 Aさんは丁寧に説明をして誠実に応対してくれるので優秀な店員だと思った。それでIHクッキングヒーターの説明もしてもらった。

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2018年9月16日 (日)

初めて猿投温泉に行ってきた

 Kさんが、英国から来たDさんと猿投温泉に行こうと言った。入浴券は持っていると言った。Dさんは外国人だが温泉が大好きで、日本へ来ると温泉へ行っている。今回の来日は学会に出席のためであった。

  滞在期間が短く自由時間が余りないので名古屋から近い猿投温泉がよいということになったのだ。私は猿投山に登ったことはあるが、温泉には入ったことがない。興味があったので参加することにした。

  猿投温泉に行くには、無料シャトルバスを利用するのだ。地下鉄藤が丘駅前から出ているというので地下鉄で藤が丘まで行った。マツモトキヨシの前にバス乗場があると言ったので、探したが分からなかった。見回しているとすぐ前にKさんとMさんがいた。マツモトキヨシの店は目だたないので分からなかったのだ。

  Dさんは店内で何か買い物をしていた。バスは11時出発で、定刻に発車した。長手を通って青少年公園の前を進んだ。この辺りは以前によく来たことがあるので懐かしかった。でも、運転をやめたことが少しさびしかった。

 遠くに山が見えていて果物畑がある場所を走った。柿や桃や梨の木があるようであった。猿投は桃と梨の産地である。

 バスは左折して狭い道を山地に入っていった。金仙閣という旅館の前で客を下した。そこから数分登って目的の猿投温泉金仙の湯に着いた。丁度1時間であった。

 靴を靴箱に入れて受付カウンターに行くと靴箱の鍵を預け、代わりに衣装を入れる箱の鍵とタオルとバスタオルをくれた。この日は日曜なので入湯客が多いように感じた。

 左側に男湯があり、その隣に売店と休憩所があった。私たちは休憩所で待ちあわせることにした。

 脱衣所に入って行くと、銭湯のような脱衣箱がいっぱい並んでいた。箱は銭湯の箱の2倍ぐらいあった。

 温泉は大浴槽とバブル槽があった。身体を流して広い浴槽に入った。そのあとバブル槽に入った。背中などに泡が当たってマッサージをされている感じであった。

 それから階段を上って行くと、予想通り露天風呂があった。山の木に囲まれた和風の茶道の雰囲気の風呂であった。三か所の風呂をゆっくりと30分あまり楽しんだ。

 風呂から出たがDさんたちは長湯なのでまだ出ていなかった。それで売店を見たり、アイスクリームを買ってなめたり、休憩所でスマホを見たりした。

 カウンターの付近に食事は3800円などと書いてあったので髙い食事だと思ったが、地下にレストランがあり、千円前後で食べられるいろんな料理があった。

 私たちはその後大須に行ってスリランカ料理を食べることにしてそこでは昼食は食べなかった。Dさんたちは1時間20分ぐらいしてやっと出てきた。バスは2時に出発であった。

 猿投温泉は通常料金は1500円だが、割引の日があり敬老割引の日、女性割引の日、大人割引の日などがあって1080円と書いてあった。無料バスも藤が丘以外に金山とか市内から出る日もあるようだ。

 瀬戸方面とか足助方面の温泉に行ったことはあるが、猿投温泉は初めてであったが、なかなかいいと思った。

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2018年9月15日 (土)

辺野古移設を争点にしない佐喜真候補はずるい

 沖縄県知事選挙が告示された。立候補者は今のところ4人もいるが、事実上の対立候補は玉城候補と佐喜真候補である。

  玉木候補は「オール沖縄」が応援し、佐喜真候補は自民・公明に加えて維新と希望の党が推薦している。

  維新の党はもともと自民より右だから不思議ではないが、意外であったのは希望の党である。都知事選のとき民主党から大量に希望の党に流れ込んだからだ。小池都知事はもともと辺野古移設賛成だから、当然と言えば当然の推薦ではあるが。

  この4党の推薦によって佐喜真候補は盤石となった。それにたいして、玉城候補は「オール沖縄」から翁長前知事を応援した一部の保守系の人たちが抜けたので不利になったと言われている。

  ずるいのは佐喜真候補である。辺野古移設について完全に黙り込んであるのである。玉城候補は堂々と辺野古移設反対を掲げている。それに対し佐喜真候補は争点となることを避けているのだ。

  この作戦は、2月の名護市長選挙で、政権が推す候補が、「辺野古」への言及を徹底的に避ける作戦で辺野古移転反対派の現職を破ったことを再現しようとしているのだ。

  これは更に辺野古移転反対の立場の公明党県本部への配慮もあるといわれる。公明党は非常にずるく、羊頭を掲げて狗肉を売るようなところがある。羊頭とはもちろん辺野古移設反対だ。狗肉とは「本当は賛成」ということである。

  公明党を支持する沖縄の有権者にはよく考えて、良心に照らして投票をしてもらいたいと思う。また他の沖縄県の有権者の皆さんには佐喜真候補の卑怯な争点隠しと、沖縄振興予算を増やすという甘い蜜に飛びつかないように願いたい。

  沖縄から米軍基地をなくすことは沖縄の悲願であり、きれいな珊瑚礁を破壊して基地を造ることには反対のはずである。

  翁長前知事の時安倍政権によって沖縄振興予算が削られたのは残念だが、それは沖縄県民を愚弄したやり方であった。こうしたやり方を恐れるのではなく、その非を断固追及すべきである。

 今度の知事選では沖縄県民の良識を示して、玉城候補を知事に送り出して欲しい。わたしたちも何もできないが心から応援をしている。

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2018年9月14日 (金)

「消費者生活相談センター」を名乗るおおかしな葉書きに注意

 9月10日に、「消費者生活相談センター」というところから下のような葉書が届いた。NHKで注意を喚起している「葉書による振り込め詐欺」だと直感したので警察に電話をした。

 警察の話しでは、最近こうした葉書による詐欺が多く、地域に広く来ているようだということであった。対象が女性の場合が多いのだが私が男性なので珍しいと言っていた。

 だいたい差出人の「消費者生活相談センター」というのが怪しい。「消費生活センター」というのは公的機関として存在するが、「消費者生活相談」という機関はない。いかにも公的機関のように見せかけていることがわかる。

 さて、葉書の文面は下記の通りである。

 消費者問題に関する最終確認通知

 この度ご通知いたしましたのは貴方の利用されていた契約会社、ないしは運営会社側から契約不履行による民事訴訟として、訴状が提出されました事をご通知致します。

 裁判取り下げ最終期日を経て訴訟を開始致します。尚、このままご連絡なき場合は原告側の主張が全面的に受理され執行官立ち合いのもと給与及び動産物、不動産の差し押さえを強制的に履行されてしまう事例もございますので、裁判所による執行証書の交付を承諾していただくようお願い致します。

 裁判取り下げなどのご相談に関しましては担当職員にて受け賜ります。

 ※ 最近、個人情報を利用して強引な勧誘や押し付け商法等を行う悪質な業者がふえておりますので万が一身に覚えがない場合早急にご連絡ください。

                                    管理番号(り)218

         窓口受付時間      9:00~18:00 (土・日・祭日を除く)

                     〒103-0033  東京都文京区本郷4-8

   お問い合わせ窓口         03-5830-6668 

 

 消費者生活相談センター

 ◎「貴方の利用されていた契約会社、ないしは運営会社」という曖昧模糊とした表現がおか

   しい。

 ◎「訴状が提出された事を御通知致します」→消費者センターはそんな通知を絶対しない。

 ◎「強制的に履行」→書くなら「執行」だろう!

 ◎「裁判所により執行証書の交付を承諾していただくようお願い」→「執行させようにしむけ

   るのか?

 ◎「裁判取り下げなどのご相談に関しましては担当職員が受け賜わります」→取り下げるの

  原告側だ。電話をさせるために誘導しているのだ。

 ◎※以下は如何にも親切ぶって公的機関のように装って電話をさせようとしている。

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2018年9月13日 (木)

感動した沖縄タイムスの翁長元知事の奥さんへのインタビュー―③―

 
最後まで周りに気を遣うお父さんだった

 でも翁長が弱いところを見せるのは本当に初めてです。撤回の前日に記者の質問に答えられるかなと言ったとき、そして、亡くなる2日前ですか。出会ってから本当に初めてと言っていいくらい。

 昨年の後半頃から、お風呂上がりに体重計に載るたびに体重が減ったようです。胃がんの後で75キロ。これをキープしようと維持してきたんですが、70キロになり、65キロになり。いくら何でも様子がおかしいんじゃないのと病院に行き、体重減も気になるけど、血糖が上がったことも気になると言われ、もしかしたら糖尿病かもと思い、その日のうちに検査したら膵臓に腫瘍が見つかりました。

 最後に入院したとき、1回だけ「苦しい」といったことがあるんです。病室で車いすに乗ろうとした時に私が支えていたんだけど、バランスを崩して、二人で転んだの。私に苦労させたと思ったんだろうね。そのとき、私にもたれかかるように「苦しい」と言ったの。1回だけ。

 そのとき、死期を覚悟していたのもしれない。もしかしたら恐怖があったのかもしれない。こんなことを私に言ったの。

 「この先、子どもたちにあたることがあるかもしれない。自分で自分をコントロールできなくなるかもしれないんだ。そのときは、子どもたちに伝えてほしい。今のお父さんは本当のお父さんじゃないよ。病気で自分をコントロールできなくなっているんだよ」と。

 でも、最後までそんな必要はなかった。最後の最後まで子どもたちにあたることはなかった。周りに気を遣うお父さんだった。

 でも、でもね。ずっと難しい顔をしていたでしょ。だから最後は見せてほしいと思った。翁長の本当の笑顔を。末っ子の甘えん坊の笑顔を。明るくよく笑う人だったんです。この4年間はほとんど見ることがなかったから。

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2018年9月12日 (水)

感動した沖縄タイムスの翁長元知事奥さんへのインタビュー―②―

私が翁長の背中を押した理由

 7月27日の記者会見の時、知事室からエレベーターに向かう廊下の窓際に腰を掛けて休んでいたのを記者たちが見て、記者会見で聞いたら、外反母趾(ぼし)と応えていたけど、あれは全然違う。

 前日、県庁に行って撤回に向けた最後の打ち合わせをして、公舎に「ただいま」と帰ってきた。玄関にあったいすに座って3分、廊下で3分、リビングで3分、寝室までの廊下でまた3分、5メートルを歩くのに20分かかる状況だったの。

 「記者会見で自分の思いを伝えることができるだろうか。記者の質問に答えることができるのだろうか」と私に言ったの。

 私は「できるに決まっているじゃないの。何のために頑張ってきたの。あなたがやらないで、誰がやるの」と背中を押しました。

 口の中いっぱいに口内炎ができていて、小さな粒の薬を飲むのも少しずつ少しずつ流し込むように。これも20分かかったかな。

 翌日起きて、送り出して、記者会見で30分間話し続けることができたと聞いて、私は「神様ありがとう」と何度も繰り返した。

 弱い姿を見せたくなかった人ですから、外反母趾と言ったんでしょう。私がそうじゃなかったと言ったことで、翁長は怒っているかもしれません。「なんで本当のことを言うんだよ」って。言葉が聞こえてくるようです。

 そんなきつい翁長の背中を私が押したのには理由があるんです。

もう新聞を読めないよ

 撤回が現実味を帯びてきた頃、国から「一般の職員にも損害賠償を求める可能性がある」という情報が伝わってきたんです。脅しのようにも聞こえるでしょ。

 県庁内は戦々恐々になったようで、翁長は「自分は政治家だから丸裸にされても、撤回をやる覚悟はある。でも一般職員をそんな矢面に立たせるわけがない」って、強く言ったんです。私たち家族もその責任を負う覚悟はありました。でも一般職員にそんなことを言うのはどうなんでしょうか。

 皆さんには本質を見てもらいたい。

 2期目の出馬についても、本人から直接聞いたわけではないけど、12月の任期を全うできないと感じているんじゃないかなと思うことがあったんです。

 例えば、4月に膵臓(すいぞう)に腫瘍が見つかる前から、公舎にあった自分の本の整理を始めたんです。大切にしていた本も捨てて。何をしているのと聞いたら、「これは君たちにはできないことだから、僕がやるんだ」と言うんです。何があっても新聞を読む人でした。胃がんの時も膵炎(すいえん)の時も、病室で私が来るのを待つというより、私が手に持つ新聞を待っているんです。

 それが、亡くなる2日前に、新聞を差し出すと「ごめん。もう新聞を読めないよ」って言うんです。新聞の情報を何よりも大切にしていた人ですから、私も「えっ」と思ったんです。この期待に応えてくださいよ。いつまでもいい新聞を作ることがこの期待に応えることですよ。皆さんには頑張ってもらいたいとずっと思っているんです。

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2018年9月11日 (火)

感動した沖縄タイムスの翁長元知事の奥さんへのインタビュー―①―

Yahooニュースに出ていた沖縄タイムスのインタビュー記事「『翁長雄志は命がけでした』妻樹子さんが語る壮絶な最期」は、沖縄の基地問題に翁長元沖縄県知事が命をかけて取り組んだ様子がよく分かり感動てきである。
沖縄の人たちの心を一つにしたかった

 撤回と聞いて「あなたが待ち望んでいたことよ。自分の責任でやりたかったと言うでしょうけど、皆さんが遺志を継いで頑張ろうと立ち上がってくれたのよ」と仏前に報告しました。

 翁長雄志は命がけでした。他の人にはなぜそこまでするのか、と理解できないかもしれません。政治家として自分に何ができるかを追い求めてきた人です。若い頃は何を考えているのか、何をやりたいのか、分からないこともありましたが、亡くなって初めて思うんです。ずっとつながっている。沖縄のことを思い、沖縄の人たちの心を一つにしたかったんだと。

 本人は亡くなる直前に言ったんです。辺野古問題で悩むことが多かったでしょ。「人がどう言うか、分からない。人がどう評価するか、分からない。でも、知っていてほしい。僕は精いっぱいやったんだ。これ以上できない、それでも足りないだろうか。僕の力がそこまでだったんだろうか」と。私が「ウチナーンチュだったらきっと分かるはずよ」と言ったんですよ。そしたら、翁長は静かに笑ってました。

県民が諦めなければ新基地は止められる

 7月27日に撤回を表明し、30日に入院しました。10日そこそこで亡くなったんですが、肉体的にはとっても大変、きつかったと思うんです。弱いところを見られたくないという思いが強かったですから。副知事や公室長が来たときも病室のいすに座って話をしていました。

 若い頃から政治一筋だったので、自分がいま何やるかが分かっていたのかもしれない。撤回の準備に入ったのも、自分の体調が本当に厳しくなってから。どうにか撤回まで持っていきたいと考えていた。

 ぎりぎりの状態で進め、結局、自分で撤回することなく亡くなってしまったけど。後は任せるということになり、本当に申し訳ないという気持ちだった。

 県民が諦めなければ辺野古の基地は造られないと思う。それは翁長も私も信じていた。県民が辺野古の基地はもうしょうがないということになれば、未来永劫(えいごう)沖縄に基地を置かれたままになる。それでいいのでしょうか。翁長は命をかけて、そこを問い続けた。もう一度踏ん張りたい。私にはそれしかできない。

 ウチナーンチュが一つになって、団結したとき、私たちが考えている以上の力強さがあると次男が県民大会で言ったでしょ。本当にその通りだと思うんです。一つになって立ち上がる。その強さを翁長は求めていたんだと思うんです。若い頃から。

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2018年9月10日 (月)

天声人語に書いてあったことから3つ000

 「天声人語」には毎朝眼を通している。はるか昔高校生の頃だったと思うが、「天声人語」を読むように勧められていた。その後受験勉強にもよいと言われたこともあった。

 最近の「天声人語」で面白いと思ったことが3つある。

 一つ目はよいことを毎日3つみつけようというものであった。提唱者の名前も紹介されていたが、手元に新聞がないので忘れてしまった。

 人間はとかく悪いことを思いがちだが、そうでなくてよいことを見つけるようにするとよいというのだ。寝るまでにその日のうちにあったよいことを3つ思い出すというものだ。私など以前に書いたことがあるが、年を取るとちょっとしたことで粗相をする。その度に「チェッ」と思いがっかりする。また何か嫌なことがあると気になる。

 悪いことを気にする傾向をただす方法として、一日の中で3つよいことを見つけるとよいというのだ。

 その記事を読んでから次の日曜の「新婚さんいらっしゃい」で、出演者の妻が夫の愚痴が多いのを治すために、寝る前にその日あったよいことを3つ言わせるようにしたら、よくなってきたと言っていた。偶然同じことを2度聞いたのであった。

 二つ目は、笑顔を作ると脳によい影響があるということである。割り箸を口に横に咥えるだけでもよいというのだ。それは実験でも証明されているという。

 私のコーラスの指揮者はいつも「笑顔」で発声するように言われる。でも、笑顔を作ることは難しい。コーラスの指揮者はよい笑顔を作るし、マジックで知り合いの女性も素敵な笑顔で演技をする。しかし、一般的には難しいので、割り箸の助けを借りるのもよいであろう。

 三つ目は北海道の大地震の次の朝7日の「天声人語」で、一部を引用する。「アイヌ民族による言い伝えである。国造神が天から降りてきて島をつくった。いい場所を選んだつもりが、アメマスという大きな魚の背中だった。島を背負わされた魚は怒って暴れ出し、地震を引き起こすようになった」というのだ。

 アイヌは北海道に追い詰められる前は東北地方にも住んでいたと思うから、震災が多かったことを伺わせる。

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2018年9月 9日 (日)

ボランティア活動で感謝状を頂いた

 9月5日に愛知国際プラザのアイリスホールで、公益財団法人愛知県国際交流協会のボランティア感謝状贈呈式があり、私も招待されたので出かけた。

 午後2時からということであったが、メールが入り、事前の準備があるので1、3時30分までにきてほしいということであった。

 受付を済ませて、会場に案内をされたが、指定席になっていた。この日感謝状を受けるのは語学ボランティア、ホームステイボランティア、サポートボランティアで、私たち日本語ボランティアはサポートグループに分類されていた。図書ボランティアも同じであった。

 事前の準備とは、感謝状を受け取る時の並び方と受け取り方であった。グループごとに並び方が決まっているからであった。

 2時から始まるところ、語学グループの一人が遅刻したので少し遅れて始まった。語学グループの24名の出席者が前に出て並び、一人ずつ順に感謝状と副賞を国際交流協会会長の元愛知県知事神田真秋氏から受けとった。受け取ると会長と一緒に写真を撮った。

 私たち日本語ボランティアも24名が参加した。3列に並んで名前を呼ばれると会長の前に行き感謝状と副賞を受け取り写真を撮った。

 授与の後会長の挨拶があり、「愛知国際交流協会ができて今年は35周年になります。ボランティアの皆さんのご協力がなければこの活動は成り立ちません。これまでのご活動に感謝します。感謝状をお贈りするのは今回が初めてです。これからもよろしくお願いします」と話した。

 ボランティア活動何年以上の人が対象かは触れなかったが、後で誰かが15年以上のようだと言っていた。ちなみに私は19年になる。我が土曜日午前のボランティアは古い人が6人もいる。一番古い人は20年で3人いる。

 定年はないのでこれからも健康であれば続けて行きたいと思っている。ささやかな草の根の国際交流である。

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                    副賞は袋は大きいがささやか




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2018年9月 8日 (土)

「日本政府は『海洋プラスチック憲章』に一日も早く署名をという訴え

 

プラスチックゴミの海洋汚染については以前に取り上げたことがある。先日標題のような訴えが届いた。大事なことなのでこのblogで紹介する。

       
 
               
   

 世界中で今、国境を越えて海のごみが問題になっています。ごみだらけの海岸や河口、海中をただようプラスチックごみ、クジラやウミガメの被害、そしてマイクロプラスチック・・・記事や動画や写真で見聞きしたことがあるのではないでしょうか。それは何が原因なのでしょう?国際社会の対策はどうなっているのでしょう?そして、日本の行動は?
   
   
海ごみのほとんどが生活ごみ。日本から流れ出たごみは太平洋を渡る
   
    JEAN
は日本での国際海岸クリーンアップ(ICC)を主宰していますが、その調査結果からは、海岸の漂着ごみの7080%が、川などを通って海に流れ出た、町なかの生活ごみであることがわかっています。
   
   
海に出たごみは風や海流によって運ばれ、国や地域を越えて漂流します。外国から来たごみが国内から出たごみに混じって日本の海岸で見つかることがあるように、日本からもごみは外洋に流れ出し、ハワイや北米大陸の太平洋に面した海岸などに漂着しています。
   
   
日中韓の間ではすでに2004年には海洋ごみ問題に取り組む必要性を共有していた
   
    1999
年から毎年開催されている日中韓3か国の環境大臣が集まって意見交換をする会合(TEMM)では、すでに2004年の共同声明で北西太平洋の海洋ごみ問題に共同で取り組む必要性の共有が発表されています。
   
    G7
では2015年に海洋ごみ問題への行動計画を発表、3年を経て行動宣言へ
   
    2014
年、国連環境計画が、世界の新たな環境問題として『プラスチックによる海洋汚染』を報告。翌2015年、ドイツで開催されたG7エルマウサミットでは、この問題が首脳宣言に盛り込まれ、対処のための行動計画が付属書として採択されました。経済協力や安全保障を主な課題とするG7サミットで、世界的課題として海洋ごみ問題が取り上げられるようになったのです。
   
   
翌年、安倍総理大臣が議長を務めたG7伊勢志摩サミットでも海洋ごみに対処することが再確認され、2018年のカナダでのG7シャルルボアサミットでは、プラスチックごみによる海洋生態系等への深刻な影響を懸念し、「健全な海洋及び強靱な沿岸部コミュニティのためのシャルルボワ・ブループリント」の付属書で「海洋プラスチック憲章」が提案されました。これは、海岸でのごみの回収活動に加えて、不必要な使い捨てプラスチック製品の削減、2040年までのプラスチック容器のリサイクル率100%達成など、プラスチックごみの削減に踏み込む発生源対策を世界規模で促進するための行動宣言です。
   
    2015
年の行動計画の採択を受けて、国内対策を進める努力をしてきた国々はこの「海洋プラスチック憲章」に署名しましたが、日本と米国は拒否しました。行動計画の採択から同じ3年という時間があったにもかかわらず、日本政府が述べた拒否の理由は「国内法が整備されておらず、社会にどの程度影響を与えるか現段階でわからない」。時を同じくして、国会では議員立法によって、新たにマイクロプラスチックの使用抑制が盛り込まれた『改正海岸漂着物処理推進法』が全会一致で成立しました。
   
    G7
以外の国々も次々と対策を進めているが、日本は?
   
   
日本は世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を持ち、多くの海洋資源の恩恵を受けていますので、海洋環境の保全に積極的に取り組む責務があります。
   
   
国連環境計画が20186月に発表した報告書には、すでにプラスチック汚染対策を行っている60を超す国々の取り組みが紹介されていますが、日本の名前はそこにはありません。そして日本が使い捨てプラスチックごみの1人あたりの発生量が世界第2位であることが載っています。
   
   
「海洋プラスチック憲章」に、一日も早い署名を
   
   
日本政府は、20196月に大阪で開催されるG20首脳会合までに、具体策や数値目標を盛り込んだ「プラスチック資源循環戦略」を取りまとめ、「海洋プラスチック憲章」に書かれている各種の対策目標を盛り込みたいと表明しました。
   
   
であれば、まず「海洋プラスチック憲章」に署名をしてからにすべきではないでしょうか。そして、国際社会の動きに追いつくためにも、
   
   
「海洋プラスチック憲章」に一日も早く署名してください。

   
   
 

発信者:一般社団法人JEAN

 

 

 
 
                           
   

   
 
 
   

   
 
 

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2018年9月 7日 (金)

自民党総裁選挙どちらが勝っても同じだが

 自民党総裁が安倍現総裁と石破氏の2氏によって争われることとなった。野田聖子氏は今回は諦め安倍氏を支持することにしたという。

  自民党総裁は誰がなっても同じだ。大きく変わることは期待できない。異なるのは安部氏が憲法9条を改めたいのに対し、石破氏は「緊急事態条項」を入れることだが、これは大変危険である。石破氏は災害非常事態に対処するために必要だというが、それは真っ赤なウソで、災害非常事態に対処するには現行の法制で十分可能なのだ。本心は強大な権力を握り有無を言わせず国民の諸権利を抑圧し、ヒトラーがやったように合法的に強引に政治を変えたいのだ。

  それにこれまで安倍政権がやって来た数々の悪法、集団的自衛権行使、安保法制、教育基本法の改悪、道徳教育の教科化、共謀罪・・・・さらに森友・加計問題、文科省、財務省などの高級官僚の数々の不正・・・・そして辺野古基地建設。こうしたことは全て自民党・公明とうの党員が賛成して進めてきたことである。いわば共謀なのだ。

  ただ、石橋氏が「正直・公正」を掲げたのに対し、党内から安倍氏のことを暗に批判することになるからという異論が出たことが理解できない。正直・公正ということは道徳教科書にもある立派な徳目である。もし、自民党に本当に正直で公正な政治家がいたなら安倍政権のようにはなっていないはずだ。私の眼から見ると、自民党も公明党も嘘つきばかりに見える。

  もう一つ情けないのは、安倍氏が石破氏との討論を避けていることだ。どうして堂々と言論で対峙できないのか。国会議員票の7割を押さえて圧倒的に有利だが、弱みのある地方票を集めるべく地方を回っているが、選挙なのだから国民の誰もが分かるように討論をすべきである。

  どの道誰がなっても変わらない自民党だが、自民党総裁は国会で首相になるのだ。嘘をつかない、誤魔化さない、はぐらかさない、日本のゆく道を託せる人物が首相になってほしいのだが。世論調査の選択にある「他の人よりよさそうだから」で選ばれてはたまらない。自民党には本当に人材がいないのだなあ。

 

 

 

 

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2018年9月 6日 (木)

うたごえフェスチバルを初めて見た

 混声合唱ホットスルーズの知人から、うたごえフェスチバルがあるから暇があったらどうぞというメールが入った。昼寝から起きたときにそれに気づいた。暇があったのですぐに出かけた。

  会場は東文化小劇場であった。15時半からだと思って気がせきながら地下鉄で行った。文化小劇場のエレベータで見たことがある男性がいたのでよく見ると、コーラス仲間だったMさんであった。彼はホットスルーズのメンバーでもあったので聴きにきたということであった。会場に入ると開演は16時だと分かった。それなら急ぐこともなかったと思った。

  プログラムには「2018名古屋中地区のうたごえフェスチバル」と書いてあった。土曜日と日曜日の2日間にわたって開かれるのであった。日曜日は暇がないので土曜日でよかった。

  「うたごえ」というと高校生の時、新宮市では東京などの大学に行っていた先輩たちが、丹鶴小学校の講堂を借りて始めたのに参加したことを思い出す。その頃は全国的にうたごえ運動が始まって間もない頃で、田舎の街にも持ち込まれたのであった。

  陸の孤島と言われた新宮であったが、東京、京都、大阪などと文化的には直結していた感じであった。誰でも気楽に楽しく歌を歌う「うたごえ」に参加することは先端を行くような気分もあった。

  ロシア民謡とか、原爆許すまじとかいろいろな歌を歌った。青年歌集というのがあって、それにはいい歌がたくさん載っていてハンディな歌集であった。この歌集は大学に入ってからも使った。

  また、「あけぼの合唱団」という街のうたごえ合唱団に参加して歌った。この合唱団のときにはNHKのラジオに出演したこともあった。

  そういう訳で「うたごえ」と聞くと60年ぐらい前のことが頭にあって、このフェスチバルも青年歌集にある様な歌を気楽に歌うコンサートかと想像していた。

 ところが実際は想像とは違って、レベルの高い合唱団もたくさんあり驚いた。ホットスルーズも2番目に出演していて素晴らしハーモニーを響かせていた。Mさんと進歩しているねと話した。

  うたごえフェスチバルに出演しているコーラスグループは、6人ぐらいの小さなものから30人以上の大グループまでいろいろである。歌の内容はどの歌も素敵な詩とメロディのものが選ばれていたが、合唱団で作詞作曲したものを披露するグループもあった。また、「悪魔の飽食」を歌う合唱団のようなメッセージ性の強い歌を歌うグループもあった。

  伴奏楽器は「うたごえ」らしく、アコーディオンとかギターのグループもあった。どこかで会場の聴衆も歌うところがあるかと思っていたがそれはなかった。

  この日だけで12グループ、翌日もそのくらいの合唱団が歌うので、随分いろいろな合唱団があるのだと思った。

 9月15日(土)には、天白文化小劇場で「2018 愛知のうたごえ『名古屋・尾張東部のうたごえフェスタ」が12時半から開かれる。

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2018年9月 5日 (水)

国民投票で改憲派が圧倒的に有利な理由―②―

 予想される改憲派のメディア・PR戦略・・・・

(1)1社管理による、改憲派統一イメージ運動の展開

 電通はあらゆる媒体で圧倒的な広告枠確保のシェアを誇る。さらにイメージ創出面においても優秀な制作陣を有しており、人々の心に残るCMやビジュアルを作ることができる・・・

(2)早期発注による広告枠の独占

 改憲派は電通を通じて発議までのスケジュールを想定して事前に広告発注を行い、テレビCMのゴールデンタイムをはじめあらゆる広告媒体(新聞・雑誌・ラジオ・ネット・交通広告等)の優良枠を国会発議の数ヶ月前に抑えることができる・・・

(3)国会発議直後から広告宣伝をフル回転

 もし投票日が発議後60日後の最も短い期間になった場合、改憲派は事前準備しているから発議後翌日から広告宣伝をフル回転できるのに対し、護憲派がテレビCMなどを放映開始できるのは、(制作日数を考慮すると)どんなに早くても2、3週間後となり、その間は改憲派の広告ばかりが放送・掲載されることになる・・・

(4)豊富な資金で多彩はCMを製作
 

 改憲派は豊富な資金に物を言わせて大量のタレントを動員し、出演者が毎日変わる「日替わりCM」も制作可能である。

 老若男女に人気の高いタレントや著名人をそれぞれの年齢別ターゲット層に合わせて出演させ・・・

(5)インターネット広告でも優位に

 インターネットにおいても、改憲派は主要ポータルサイトの広告欄を事前に全て押さえ、様々な種類の広告を展開できる・・・

(6)全国統一キャンペーンの実施能力

 全47都道府県をネットワーク化し、全ての県で実施される改憲イベントを一元管理できる・・・

 全国津々浦々の小さな集会にも、客寄せのために著名タレントを派遣することが可能。

 改憲派からの豊富な資金があれば、タレントが所属する事務所に高額の出演料を支払うことができるためだ。

(7)自民党の地方組織との連携

 改憲派の中心である自民党の全国組織と協働してフル稼働させ、市議・県議レベルでのミニ集会を毎日実施・・・

 さらに、要望に応じて弁士や有名タレントなどの派遣を行う。

 全国主要駅前などでの演説会でも同様。

 いかがだろうか。

 少し考えただけでも、電通がこれらの方策を展開してくることは容易に想像できる。

 なぜなら、ここで紹介した様々な方策は、電通が常日頃スポンサーのためにやっている仕事で、何ら特別なことではないからだ。

時間(事前準備)と資金の両方があれば、盤石のプロパガンダ戦略で護憲派を圧倒するだろう。

 護憲派はどうすべきか・・・・

(1)一刻も早く、活動の中心を決める。

(2)広告宣伝戦略(メディア戦略)の構築を急ぐ。

(3)広告宣伝費用を考えて集金目標を設定し、カンパを集める。

 筆者は現在、ジャーナリストの今井一氏が主催する「国民投票のルール改善を考え求める会」で、超党派議連結成を目指している。

 自民党の船田元氏、国民民主党の桜井充氏、立憲民主党の杉尾秀哉氏らが中心となって、秋の臨時国会で国民投票法におけるCM規制に関する改正案を出す予定だ。

 これにより、少しでも公正公平な投票を実現したい。

 だがそれでも、広告宣伝戦略において、改憲派が圧倒的に優位な状況は変わらないだろう。

 今までの護憲諸派の活動を見るに、集会実施や動員などには力をそそぐが、広告宣伝はおざなりにされてきた感が非常に強い。

 だが改憲派は間違いなく、その両方に力を入れてくる。

 護憲派は過去の古いやり方を改め、広告宣伝戦略も含めた大胆な国民運動を展開しない限り、このままでは国民投票本番で手痛い敗北を喫するだろう。

 

ほんま・りゅう
1962年生まれ。著述家。1989年、博報堂に入社。2006年に退社するまで営業を担当。その経験をもとに、広告が政治や社会に与える影響、メディアとの癒着などについて追及。憲法改正の国民投票法に与える広告の影響力について調べ、発表している。著書に『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、

『広告が憲法を殺す日』(集英社新書)ほか。

【月刊保団連 2018年8月号掲載】

 

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2018年9月 4日 (火)

国民投票で改憲派が圧倒的に有利になる理由―①―

 下記の文章は友人が送ってくれた情報である。これは竹山さんという方がまとめた労作である。これを読んで私は慄然とした。公平・公正であるべき民主国家に於いて金を持つものが政治でも圧倒的に有利であるというこ現実。もともと所得の低い層やリベラルな考えの人は財力を持たない。それに対し、大企業などをバックにした現政権側は無尽蔵ともいうべき財力をもっていて、国民投票となれば絶対有利である。その訳を教えてくれるのだ。

 「改憲広告代理店」――国民投票の落とし穴――

                                  著述家、元博報堂社員 本間 龍

 憲法改正に前向きな政党が衆参両院で3分の2以上の議席を占め、国会発議も可能な状態だが、2007年に施行された国民投票法には「広告無制限」という重大な欠陥がある。

・国民投票の勝敗を決定するのは、いま投票行動を決めていない無党派層であり、その層を取り込むために、改憲賛成・反対両派による激しい広告宣伝が予想されている。

 だが、現行の国民投票法は、より多くの広告資金を持つ側に圧倒的に有利な仕組みで、現状では豊富な政党助成金や企業献金を集められる改憲派が有利と考えられる。
その広告宣伝を担うであろう世界最大の広告代理店「電通」はどのようにして広告宣伝戦略を展開するのか解説し、活動方針が何も定まっていない護憲派の無防備を指摘する。

 ●国民投票とは、浮動票を奪い合う闘いである ・・・

 ●浮動票獲得に最も重要な宣伝広告費の制限がない ・・・

 ●国民投票の雌雄を決めるのは広告費である

 現行の国民投票法は公職選挙法に比べて非常に自由度が高い。何が自由なのかというと、

 ・国民投票運動にかけられる資金に上限がない
 

 ・海外からを含め、あらゆる寄付金に対する規制がない
 

 ・その寄付金を記録し、事後に報告する義務もない
 

 ・投票運動にかけた費用の総額、その内訳などの公表・報告義務がない

 ・メディアに対する広告規制がない ・・・

◎広告費の裏(真)の顔 ・・・

 それは巨額の広告費が、メディアの論調まで左右してしまうことだ。数億、数十億円というあまりに大きな金額の広告費を受けてしまうと、メディアはその広告主の意に沿わない報道や記事の掲載や放送を自主規制する恐れがある。

 例えば、2011年に発生した東京電力福島第一原発事故発生直前まで、原発ムラから巨額の広告費を受けていた主要メディアは、原発に対するネガティブな報道をしなくなっていた。

 東京電力の普及開発関係費(広告宣伝費)は毎年200億円以上・・・東京電力は、自らがつくった「安全神話」を過信して防災投資を怠り、事故を起こしたのだった。

 ◎他にも分かりやすい例がある。

 2016年の参院選と17年衆院選における自民党のテレビCMは、各局審査部(CM中身の真偽チェック、法的チェックをする部署)から強く公選法違反の可能性が指摘されていたのに、結局全局がそれを放映した。

 億単位の広告料に局の営業部門の目が眩んだか、審査部の異論を押し切ってOKを出していたのだ

・・・改憲派が優位なその他の理由・・・

 A 改憲派は運動の中心が定まっており、国民投票の実施スケジュールを管理できる

 B 改憲派の中心が政権与党であり、安倍首相という強力なアイコンを持っている

 C 改憲派は巨額の資金を有し、調達できる

 D 改憲派の広告及びPR戦略を担当するのは電通である ・・・

 そして実は前2項よりも、電通が改憲派の宣伝広告を担当するということこそが、国民投票の勝敗を左右する最も大きな要因となる。

 電通は2017年度売り上げが5兆2千億円を超える、世界最大の広告代理店である。

 戦後一貫して自民党の広告宣伝を担当しており、国民投票においても自民党を中心とする改憲派の広告宣伝を担当することは間違いない。

 そして電通はインターネットを除く全てのメディアでシェアトップの日本最大の広告代理店であり、全ての媒体において他社より優先的に購入できる広告枠を有している。

 また、日本のメディアの中で一番取引額が大きいテレビ業界(売り上げ規模約2兆円)でのシェアが約35%とダントツに高く(2017年電通発表)、非常に大きな影響力を持っている。

 

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2018年9月 3日 (月)

NHK[『隠されたトラウマ』精神障害兵士8000人の記録」を見た

 NHKのETV特集「『隠されたトラウマ』 精神障害兵士8000人の記録」を再放送で見た。日中戦争から太平洋戦争終末にかけて、精神障害兵士は千葉県にあった国府台陸軍病院に送られた。そこには8000人分の「病床日誌(カルテ)」があった。 

 終戦でカルテなどは焼却するように命令されたが、8000人分の「病床日誌(カルテ)」は将来の研究に役立つ貴重な資料だからと軍医たちによって密かに保管された。それが千葉県のある精神科の倉庫に保管されているのだ。

 

 この病床日誌は分厚いもので一人ひとりの患者の全てが詳細に記録されていた。それが研究者によって分析され、日本兵の戦時のトラウマの全貌が明らかになった。

 

 私が3歳のときに日中戦争が始まったのだが、その頃から中国に出兵した兵士の中に精神障害の兆候を示す兵士が現れた。兵士は日本に送還され、国府台陸軍病院に入れられた。精神障害兵士の数は年々増加して行き、太平洋戦争でさらに大きく増えた。

 

 戦線が広がるに連れて中国のほか、東南アジア、フィリピン、インドネシアなどの広範な戦地で精神障害兵士が現れたのである。

 

 番組で発病地の多い中国河北省を中心に取材をしている。この辺りに派遣された軍隊は広大な地域の治安を守る任務があったが、中国共産党指導の八路軍と対峙した。彼らは広い農村などの面を支配していた。日本軍は線で守るしかなかったのだ。

 

 八路軍の兵士は一般人の中に紛れて、突然攻撃を仕掛けてくるので精神的にも緊張を強いられるであった。戦場では四六時中死の恐怖の中にいなくてはならない。さらに捕虜とした相手を殺すことを命令され、中には子どもを殺させられた兵士もいた。そういうことが病床日記に記録されているのだ。精神を病むのはそうした自分の意に反することをさせられた罪悪感も引き金となった。

 

 さらに日本軍独特の精神主義による上官からの酷い制裁に堪えられないことも発病原因となったのである。

 第一次世界大戦のとき、Shell Shock(砲弾病)というのが知られていたが、日本軍は精鋭なる日本軍人にはそういうのは1人もいないと公言していた。ところが日中戦争でヒステリーを起こす兵士がたくさん現れた。その貴重な映像があり、ヒステリーの症状を見ると、体が震える、立てない、歩けないなど悲惨なものである。軍はヒステリーのことを隠すために「臓躁病」と名づけて、そう呼んでいたのであった。

 精神障害は南方の戦地でも当然起こった。優勢な米軍に攻撃されて恐怖の余り精神に異常をきたしたのだ。手榴弾を抱えて自爆したり、銃口を口に当てて足指で引き金を引いて死ぬ兵士もいたのであった。

 番組では戦後帰国したがPTSDのため苦しんだ元兵士のことも取り上げていた。戦場での過酷な経験のよる精神障害は、平和な状況になっても治らずに続いたのだ。

 「病床日記」を紹介した医師も、精神障害兵士の身内の人も、こういうことは2度とあってはならないと言っていた。本当にその通りである。

 もし、私が召集されて戦地に行っていたらきっと耐えられずに精神障害になったであろう。ちょっと年齢が若かったので軍隊経験をせずにすんだのだ。

 

 

 

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2018年9月 2日 (日)

白内障でよく見えるようになった―③―

 次の日からは1日4回刺す目薬が2つと3回さす目薬が1つあった。前回のときより増えていると思った。いつものように早く起きたので目薬をさした。鏡を見るとやはりシミなどが濃い茶色でより老けて見えた。

 朝刊が配達されて新聞を見たら活字が凄く黒く見えた。右目だけで見ると以前と変わらないのに両目で見ると色が濃いのだ。またテレビを観たら眼鏡がなくても観られることが分かった。それで眼鏡なしで遠くを見たらやはり見ることが出来た。

 今日から首から下は入浴してよいということなので、シャワーを浴びた。ただ頭髪は1週間洗えないのでどうしたものかと思っている。床屋や美容室などで洗ってもらうのはよいという。

 この日は昨日と同じく7時12分のバスで栄まで行くことにした。眼鏡はケースに入れて眼鏡なしで出かけたが違和感は全くなかった。バス停の付近に花が咲いていたので左目で見たら白はより白く、赤はより赤く見えることが分かった。手術によって色がはっきりと見えるのだと考えた。

 病院には前日と同じように7時45分ごろ着いたので、すぐに再診の受付をする器械に通した。私は48番であった。そして呼び出しを待った。8時から始まったが、なかなか呼ばれなかった。15分ぐらいしてやっと呼ばれた。早くから来て待っている人が50人もいるのだ。

 2階へ行って視力検査などをした。とてもよく見えていた。瞳孔を開ける目薬をさしてもらって待合へ行った。ここも待つ人でいっぱいでずいぶん待たされた。器械で目の奥を調べたようであった。

 それから3階にある指定された診察室に行って受付をした。電光掲示板に番号が掲示され何番目か、どのくらい待つかが表示されていた。行ったときは10番目で40分待ちと出ていた。一人4分で計算しているようであった。しかし、待っても番がなかなか来なかった。

 うまく行けば10時2分のバスに乗れると思い気が焦ったがどうにもならない。私のような他の病院からの紹介できた者は院長先生が担当するようで、患者の数が多かった。

  前j日手術を受けた95歳の女性も来ていた。片方の手術をしたがもう一方も悪いのだと言っていた。待つのが嫌でしきりに愚痴っていた。

 やっと番が来て診察室に入った。器械で目の奥を見て「きれいにできています」と言ったので安心した。先生に色が強く見えることを話した。「脳の感じ方なので時間が経つと変わってきます」と言った。眼鏡なしでも歩けることを話すと「初めは遠くに焦点が合っているのですが、だんだん通常のものに戻ります」と言った。右目の時に最初は非常にはっきり見えたのに時間が経つとゆるくなったことを思い出した。

 この後はかかりつけの医者に2~3日の内に行ってその指示に従うように言われた。目薬もそこでもらえばよいということであった。

 この日は眼鏡をせずに、金属製の穴の開いた保護カバーで歩いたのだが、保護カバーに開いている直径mmぐらいの小さな穴を通して周りの景色がよく見えることが分かった。新聞も読めるし、パソコンやスマホを使うこともできるのだ。カバーは1週間着用しなければならない。とはいえ完全ではないので1週間辛抱をしてカバーが要らなくなるのを待つのだ。

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2018年9月 1日 (土)

白内障の手術でよく見えるようになった―②―

 埃を取って大きな部屋に入ると、歯医者が使うようなリクライニングシートがいくつか置いてある大きな部屋に入った。すでに手術を終えた人が椅子に横になっていた。

  その隣の椅子に上るように言われ横になり天井を見た。看護師さんが位置を調整した。それから点滴の管、血圧計、心電図計などがつながれた。、目を洗う薬品や麻酔薬が点眼された。そういう準備は2人の看護師がやった。

  私の心配は、手術中に咳とかくしゃみなどをしないかということであった。普段家では大きなくしゃみをするので鼻や喉がムズムズしたら大変だと思っていた。

  準備にも結構時間がかかった。早くやってほしいと心の中で思っていた。看護師が手術台を動かした。隣の部屋に移動をしたのだ。その部屋の天井にはライトがついていていろんな道具が置いてあった。以前右目を手術したのにそういうことはすっかり忘れていたのだ。手術は1人ずつ手術室で行うのだ。

  看護師は顔を覆ったり最後の準備をしていた。早くやって・・・と思っていたらしばらくして医者が来た。「どこかむずむずするとかありましたら知らせて下さい」と言った。瞳を切開するのでそんなことがないように、また手術中に地震が来ないようにと祈った。

  目を開けて瞼をテープで固定された。麻酔が効いているのか目は何ともなかった。上の光を見ているように言われた。「赤い点のようなものが3つあるからそれを見ていてください」と言われた。丸のような四角のような形のピンクの光が3個あった。それ以外は何も見えなかった。

  ただ感触で今切り開いているなとかいうのは感じた。濁ったものをきれいに吸い出していくのだ。フィルムのような物を載せるとかいうことは分かったが、いつ人工のレンズを入れたのかは分からなかった。8分か10分か分からなないが医者が「終わりました」と告げた。前回よりちょっと長く掛かった印象であった。

  終わると椅子のまま大きな部屋に戻り、点滴などの器具が外された。そして下履きを履いて看護師の案内で着替え室に戻った。左目が塞がれているのでちょっと歩きにくかった。

  着替えて待合室の戻ると11時を回っていた。血圧を計ったが上が204、下が107もあって異常に高かった。待合室で待っている時先に終わった人が茶碗でお茶を飲んでいたので、貰えるのかと思ったがくれる様子はなかった。

  ロッカーに入れてある持ち物を取りに行ったとき、キッチンのようなところにお茶があるので飲んでもいいかと尋ねたら、看護師が「今お持ちします」と言った。やはり言ってみなければだめなのだ。

  お茶を飲んで30分ぐらい待っていたら隣の診察室にy呼ばれた。女医さんがいて眼帯をはずして眼を調べた。右目をやったときは別の部屋だったが外の景色がはっきりと見えて感激したことを思い出し、右目をつぶって左眼だけで見たら女医さんの顔がはっきり見えたので安心した。女医さんは問題ないと言ったので、とりあえずはうまく行ったのだと思った。

  術後は4回化のう止めの目薬をささなければならないと看護師がわかりやすい印刷物で説明してくれた。さす度にガーゼを取り換えなければならないのであった。ガーゼや眼を拭く物やバンソウコなどは1階の店で買うようにと指示された。

 帰れる時間まで時間つぶしに待合室を手術室の間にあるモニターで手術の様子を見た。どうやら95歳の女性の手術らしく、その家族が観ていた。

  看護師さんからいろいろな注意を聞いて、その部屋をでたのは12時15分ぐらいであった。1階の会計で清算をした。1割負担で約1万7000円であった。ガーゼ以外はみな家にあるので、1枚20円の目に当てるガーゼを4枚買った。

 家に帰るのに、前回はタクシーで帰ったが、今回はバスで帰ることにして栄のバスターミナルまで行った。待っている間暑かったがバスに乗ったら冷房で冷やされてよかった。

 夕方目薬をさすときに、ガーゼを取って顔を鏡で見たら、色が黒くてシミなどに濃い色がついていて、うでなのども強い日焼けをしたような色に見えた。右目だけで見ると普通に見えた。これはどういうことかと思った。

 

 

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