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2018年8月 4日 (土)

北海道名づけの由来を初めて知った

 北海道、東北、九州、四国など地域を呼ぶ名前がいろいろあるが、北海道という呼び方がどのようにしてつけられたのかは知らなかった。東海道という呼び方があるので、北の方だから北海道かな?ぐらいに思っていた。

  8月1日の天声人語を読んで、初めてその由来を知った。この歳になってやっと知るとは!と思ったことである。

  江戸時代末までは蝦夷地と呼ばれていたのだ。アイヌ人が住んでいたので和人地と対応して呼んでいたようだ。それを明治政府になって1969年7月に開拓使を設置し、8月に太政官布告によって北海道と改めたのだ。

  呼称を決めるとき、「開拓判官」の要職にあった松浦武四郎が6つの案を出した。日高見道、北加伊道、海北道、海島道、東北道、千島道であった。

  その中から「北のアイヌの地」の意を込めた北加伊道が採用され、「北海道」という字に改められたのだという。

  松浦武四郎は「北加伊道」を本命としていた。アイヌの人々への敬意が窺われるという。なるほどそうだったのかと頷いた。「北のアイヌの地」という意味だったのだ。

  アイヌが原住民として住んでいた北海道や千島や樺太などはもともとはアイヌの地(アイヌモシリ)である。それを和人が侵略して日本に統合したのだ。琉球もそうだし、アメリカインディアン、オーストラリアのアボリジニ、ニュージランドのマオリなども被征服民族である。征服した側はそうした民族に対し力で抑圧をし収奪をした。

  天声人語によると、「松浦武四郎は江戸末期、蝦夷地を6度調査する。踏破して見えたのは、松前藩と商人たちによる収奪であった。アイヌの土地を奪い、過酷な労働を強い、娘をさらう。その実態を幕府に訴え、明治政府には救済策も進言したが、認められず、官職を辞した。」と記す。

  そして武四郎の歌を記している。その歌に感銘を受けた。

  心せよ えみしもおなじ人にして この国民の数ならぬかは

  アイヌも同じ人間だという認識、それを奴隷のように扱い収奪するやり方に抗して職を辞したのであった。

 

 辞して後名乗った号は「馬角斎」であったそうだ。今年松浦武四郎の生誕200年だという。三重県松阪市に松浦武四郎記念館があると紹介している。いつか訪ねてみたいと思う。

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