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2018年8月26日 (日)

「戦死者の実像 直視を」(毎日新聞)に共感 

 友人が送ってくれた8月18日の毎日新聞「[語るべき戦争の『もう一面』] 戦死者の実像 直視を」という保坂正康氏の提言を読んでその通りだと思った。これまで語られて来なかった?戦争の「もう一面」が大事なのだという指摘である。

  「『もう一面』とは、兵士たちが戦場でどのような戦いを与儀なくされたか、そしてどのように戦死していったか、を事実として見つめることを指している」と保坂氏は言う。

  「この事実を見ずして戦争を論じるのは、兵士たちをいかに侮辱していることかと私は思う」と続けている。

 私は保坂氏の言うところに全く同感で、これまでに「想像ができない兵士たちの戦場での苦労」などで書いた様に、戦場での兵士の悲惨な実態を知ることが大事だと思っていた。そして「日本軍兵士」(吉田裕著 中公新書)を買って来たところである。

  保坂氏は兵士たちの体験を詳細に確かめて来たという。そして第一次世界大戦で英国の海軍大臣だったチャーチルの「これからの戦争は中央の安全地帯で作戦を練る参謀と、それにもとづいて戦いを続ける兵士との残酷な二面性を持つ」という言葉を引いてその通りになったと言っている。

 太平洋戦争では240万の軍人、軍属、兵士などの戦死は7割近くが飢餓死であったという。飢餓死がいかに悲惨であったか、その例を挙げている。

  ●戦友の死体にたちまち蛆がわく。蛆は傷口に群がり、やがて全身が蛆だらけになる。骨と皮だった死体が蛆で膨れ上がる。ああ自分も明日にはこうなるのかとがくぜんとする」(ニューギニア戦線)

  ●食べるものは全くない。トカゲ、ミミズ,バッタ、とにかく口に入るものは何でも食べた。バッタの取り合いでけんかも起こった。動くものはまず口に入れた。最後は蛆虫も食べた(ガタルカナルでの兵士)

  ●水がなく、わずかに道路にある泥水もすすった。泥水に顔を突っ込んで死んでいる兵隊もいた。(インパール戦線)

  ●人肉を食べる話などは、より具体的で、そして悲惨である。

  ●どの戦線でも現地の人々が飼っている家畜を取り上げ、むしゃぶりついたという。

  ●北方戦線では、手足の凍傷から壊疽になり、麻酔なしで切断手術をしたという。

  傷口には蛆が湧くという話しは、原爆のヒロシマとか終戦後の満州などでの話にも出て来る。写真を見たことがあるが悲惨極まりない。戦死の7割が飢餓によるというのは戦線を拡大し補給網が断たれたから当然起こったことである。安全地帯にいる上層部は戦線を死守せよと命令したのであった。

 保坂氏は、「戦争で死ぬとは死体が悲惨な姿になることであり、死ぬまでの時間にしても弾丸が当たって一瞬のうちに亡くなる者(これが一番いいという)もいれば、傷を負って戦場に放置されたままゆっくりと死んでいく者もいる。精神的に異常になる者もいる」と書いている。

  NHKスペシャルなどで戦友を放置した証言を聞いたことがある。銃弾の雨の中ではどうしようもないのだ。

 日本軍は勇敢で優れていたと称える人たちがいるが、そうしたことは大本営にあって作戦を考えていただけの参謀の責任から目をそらされるトリックだと保坂氏は言う。

 ●ガタルカナル戦終結の大本営発表(昭和18年2月9日19時)

  「昨年8月以降引き続き上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し激戦敢闘よく敵戦力を撃砕しつつありしが、その目的を達成せるにより2月上旬同島を撤し他に転進せしめらrたり」

 これは全くのでたらめで、「敵に与えたる損害 人員2万5000人以上」「わが方の損害 人員戦死及び戦病死 1万6734名」に到っては、米軍の戦死者が1000人、日本は2万4600人が真実であったのだ。

 私も子どもながらに朝日新聞の紙面で大本営発表を読んで”皇軍”の素晴らしさに感動したものであったが、みなフェイクニュースであったのだ。そして全てのメディアは大本営発表をそのまま垂れ流して戦争遂行に協力していたのだ。

 若い人たちには、戦争は甘いものではなく戦う兵士は悲惨であることをよく知るべきである。

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コメント

今夏のNHKの戦争特集番組「 ノモンハン 責任なき戦い」はなかなか見応えのある内容でであった。作家司馬遼太郎は太平洋戦争開戦前のこの事変?を調べれば調べるほど日本人であることが嫌になった述べ、執筆することを断念したとある。戦場での死は例外なく悲惨であるが、ノモンハンの場合は弾薬が尽きた段階でも降伏は許されず、機械化したソ連の圧倒的な兵器の前に夥しい屍を
晒したのであった。捕虜になった兵士は送還後、激戦地に配属され事実上の戦死を強いられまた退却の苦渋の決断をした小隊長は自殺を強いられた。驚くべきことにこの無謀極まりない作戦を画策した上層部は誰も責任を取らなかったのだ。この事変は後の太平洋戦争の戦場での作戦遂行の言わば縮図であった。この無責任体質は今も連綿と現下の政権に受け継がれている。

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