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2018年8月

2018年8月31日 (金)

実にひどい、障害者雇用の不正

 障害者の雇用が水増しされていた問題は連日メディアで報道されている。しかも、中央省庁だけでなく、地方自治体でも行われ、立法の国会事務局や司法の裁判所でも行われていたというのだから、言うべき言葉を失う。何とも情けない、酷い実態である。

  8月29日の朝日新聞には中央官庁の詳しいい数字が出ていたが、合計で3460人が水増しされていたというのだ。税金を扱う国税庁は1002人も水増しだ。障害者の雇用については当時の法律で2.3%と決められていて、国谷自治体、企業などには法定雇用率以上の障害者を雇う義務がある。その義務を怠って誤魔化していたのだ。

  算入できる対象者は、厚生労働省のガイドラインで定めていて、原則、身体障害者手帳や知的障害者の療育手帳、精神障碍者保健福祉手帳などの公布を受けている人などとする。

  大事なことは、雇う側はこれらの証明書類を確認する必要があるのだが、それを怠っていたのだ。がんや糖尿病などの持病の人を本人に知らせずに障害者にしていたケースもあるという。

  朝日新聞によると、おもな水増しの手法は

 ①職員本人が申告した病名のみにもとづき障害者と判断

②法廷雇用率の対象者であることを本人に知らせずに算入

③歴代人事担当者が「障害者手帳などを確認しなくてもよい」と引き継ぎ

④本来は「0.5人」と数えるべき短時間勤務の職員を「1人」とカウント

 以上は中央官庁の例であるが、これらの手法はどの一つをとっても言語道断である。地方自治体にも裁判所にも広がっているというから、もっとさまざまな手法が取られているに違いない。

 障害者手帳など確実に障害者と証明されている書類を確認するだけなのに、そんな簡単なことがやられていないというのは信じられない。障害者が仕事を見つけるのは大変だと思われるが、そうした人たちを愚弄するにも甚だしい。

 一般企業の場合は罰則があり、おそらくこんな不正は少ないのだろうが、模範となるべき公的機関で堂々と不正が行われてきたというのは許せない。安倍政権になって森友・加計学園のような不正が行われても、のらりくらりと逃げ回って誤魔化してしまった。行政官庁もどこも責任感のない綱紀の乱れが当たり前になってしまっているのだ。

 こうした不正や誤魔化しに対して罰がないというのがおかしい。道義的にも法的にも責任をとらせるべきである。

 今後こうしたことがおきないように徹底した対策を講じるべきである。そして合法的に雇われる資格のある障害者をきちんと雇用すべきである。

 

 

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2018年8月30日 (木)

白内障の手術でよく見えるようになった―①―

 7年ぐらい前だと思うが右目の白内障の手術をした。そのことはblog7に書いた。その後左眼にも白内障が進行し、左右の見え方が違って、事実上右目だけで見るという状態になった。本を読むときや字を書く時などに大変不自由なので思い切って手術をすることにした。

 

 私がかかった杉田眼科は大変有名でいつも患者で溢れている。それで予約を取るのがなかなか難しい。2泊3日の入院でやればいいのだが、入院の予約は更に難しいので、日帰りで手術を受けることにした。

 

 本当は涼しくなった秋に手術をするのがよいと思ったのだが、自分のスケジュールを考えると都合の良い日に予約はできないので、残暑厳しい8月28日を手術日として予約した。暑さを心配していたら今年の夏は例年にない猛暑が続き、中でも名古屋は猛暑で有名になった。手術当日も36.5度という猛暑であった。

 

 病院は冷房があるからいいのだが、往復の時に暑さで汗をかくのが心配であった。手術当日は午前8時までに病院に入らなければならないので、7時12分の市バスで出かけた。市バスは1時間に1本しかないのだが、我が家の近くのバス停から栄の松坂屋前まで1本なので便利ではある。

 

 7時45分ごろに病院に入ると、待合室は座る場所がない状況であった。手術を受ける人は特別なので受付が済むと看護師さんが案内をしてくれた。4階の手術室の近くに待合室がありそこに入った。

 

 私と一緒に手術をするひとは7人であった。最高齢は95歳の老婦人で、目がはっきりとは見えないので手術をするようであった。

 

 待合室ででは看護師さんが血圧を計ったり、目薬をさしたり、事前の処置をした。私は朝家で計った時は普通だったのに上が204、下が104もあったのでびっくりした。その後私は胸のレントゲンを撮っていなかったのでレントゲン室に行った。そどうしてレントゲンが必要なのか技師に聞いたら、肺炎とか感染症の人などが稀に要るからだと言っていた。私は長い間胸のレントゲンは撮ったことがなかったのでガンでも見つかるかと思っていたが何事もなかったようであった。

 

 10時ごろに呼ばれて手術室へ案内された。パンツだけになって手術着に着かえた。手術室の隣で椅子に座って待っていた。ときどき手術が終わった人が眼帯をつけて出て来た。4人待っていたが、待ち時間が長いので落ち着かなかった。30分ぐらい待ってやっと順番がきた。白いスリッパのようなものを履いて看護師さんの後に従った。手術室へ入る前に空気でほこりなどを取る場所がありエアーを浴びた。

 

 

 

 

 

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2018年8月29日 (水)

「サザエさんをさがして」で住宅ローンを思い出す

 8月25日の朝日新聞B「『サザエさんをさがして』は住宅ローンを扱っていた。それを読んで我が家を建てたときのことを思い出した。

 現在も住んでいる我が家はほぼ50年も前に建てたものである。築50年という古家である。建てたのが30代の初めのことで、大学時代の友人の家を訪ねたとき、ローンで家を建てたのだと聞いて、自分も建てることを決めたのであった。

 友人は500万円ほどで建てたと言っていたが、500万円は当時の収入からすると大金であった。新聞記事では住宅金融公庫が一般的で、木造住宅の場合は償還期間は18年で年5.5%の固定金利であった。

 民間の住宅ローンは勃興期で、住宅ローンと言えば住宅金融公庫融資の時代であった。1967年の融資限度額は住宅だけなら80万円、土地付きで約140万円だったという。

 この年の国税庁の民間給与実態調査によると、平均年収62万円だった。35万人が応募して、10万2000人が当選し、実際に貸し付け契約をしたのは6万2000人。平均融資額は71万円で、平均年収の1.1倍であったと記事は書いている。

 はっきりとは覚えていないが、私も70年ごろに借りたと思う。その他に教職員共済組合からも友人に保証人になってもらって借りた記憶がある。

 妻の友人のご主人が建築士であったのでその人に設計管理をお願いして建てた。建築費用は350万円~400万円だったと思う。だから管材檜を使うことができず、カナダ産の輸入の栂を使用した安普請である。トタン屋根、アスベストの石綿板の外壁であった。それでも新築の家が建ったので嬉しかった。

 問題は安月給の中からの返済であった。これは今にして思うと大変ラッキーであったと言える。毎月の返金はいくらであったかは覚えていないが、高度成長期で月給は少しずつだが上がって行ったし、預金金利が8%という時期もあった。

 この少しあとに知人でその頃出来始めたマンションを2000万で買った人がいた。数年後にそのマンションを売ったら4000万円で売れたと言っていた。そんな時代であったのだ。

 そういう訳で今にして思うと、もっと借金をしてしっかりした家を建てておけばよかったと後悔している。

 私は家はメンテナンスが大事だと考えているから、安普請の家なので特に気を使った。10年後に建てました時は2部屋付け足しただけなのに350万円もかかってびっくりした。

 その後も屋根を治したり、外壁を替えたり、トイレや風呂をかえたり、耐震工事をするなど金をつぎ込んできた。だからトータルでは今新築が出来るぐらいの金を使ったことになる。

 ただ心配した返済は滞りなく終えて、退職時には無借金になっていた。以来借金は無いのが有難い。

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2018年8月28日 (火)

横断歩道に人がいるのに止まらない車

 8月25日の朝のウオーキング中の出来事である。コンビニのある交差点で信号が青になったので横断歩道を渡り始めた。その時私の後から右折してきた車が止まらずに、私の50cmぐらい前を走って行ったのだ。私はドキッとし、何という運転だと思った。

 すぐにナンバーを覚えようとしたが、朝なのでまだ暗くはっきりとは見えなかった。真っ赤な車でAquaぐらいの大きさの車であった。運が悪ければはねられ大けがをするところであった。そういう車は人をはねてもひき逃げしてしまうだろうと思った。

 いつものコースの山崎川を歩いて行って、左右田橋の横断歩道を渡ろうとしたら、左から来た黒い車が私の前を通過して行った。横断歩道に人がいる、または渡ろうとしていたら車は停止しなければならないというのが交通規則である。この朝は続けて2回も同じ経験をしたのであった。

 私はマックスバリューの前の横断歩道をほぼ毎日渡っている。横断歩道の前で停止してくれるまじめな運転者もいるが、無視をして通り過ぎて行く車も多い。

 そういう話しをCAFE VITAのマスターにしたら、彼は「横断歩道に人がいても止まらない車ばかりだ」と憤慨していた。

 愛知県はずーっと交通死亡事後ナンバーワンの県である。これを見ても愛知県は運転規則を守らないドライバーが如何に多いかが想定できる。トヨタ、三菱、日産などの自動車会社があるから交通事故が多いとは言えない。

 ずっと前朝日新聞「声」欄に、外国人の「日本では横断歩道に人がいても止まらない。西欧では考えられない」という投書が載った。西欧では日本と違って交通ルールが守られているようだ。外国人から見ると、愛知だけでなく日本のどこでも、横断歩道で渡る人がいたら停止するというルールが守られていないようである。

 私は運転を辞めたが横断歩道で停止しないなどという違反はしなかった。また人身事故も自分がやられたことはあるが、他人をやったことはない。最後もゴールド免許証で終った。

 交通法規を守って安全な運転を心がけてほしいと切望する。

 

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2018年8月27日 (月)

こんな雑誌があったとは!

 友人が送ってくれた情報の中に下の広告があった。毎日新聞に掲載されたものだ。

 次のようなコメントがついていた。

 かつて文藝春秋や週刊文春で名を売った花田紀凱(かずよし)編集長も、今や<

ベ ヨイショ>の提灯行列記事を書く下僕に成り下がりました。花田紀凱責任編集

「月刊 Hanada」の見出しも顔写真もいずれ劣らぬ「お下品・お下

劣」の勢ぞろい。戦時中に発行されている雑誌と見まごうばかり。

 かつてシンガポール陥落で全国的に提灯行列が執り行われたことを想起します。こ

れが戦後73年経った「敗戦の日」から、わずか1週間後の雑誌の宣伝見出

しです。」

 ホント、ここまで安倍総理をよいしょする雑誌があるとは驚きである。明治150年。

安倍総理が目指しているのは、明治回帰である。応援団を得て急ピッチで明治回帰に突っ走っているなあ。

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2018年8月26日 (日)

「戦死者の実像 直視を」(毎日新聞)に共感 

 友人が送ってくれた8月18日の毎日新聞「[語るべき戦争の『もう一面』] 戦死者の実像 直視を」という保坂正康氏の提言を読んでその通りだと思った。これまで語られて来なかった?戦争の「もう一面」が大事なのだという指摘である。

  「『もう一面』とは、兵士たちが戦場でどのような戦いを与儀なくされたか、そしてどのように戦死していったか、を事実として見つめることを指している」と保坂氏は言う。

  「この事実を見ずして戦争を論じるのは、兵士たちをいかに侮辱していることかと私は思う」と続けている。

 私は保坂氏の言うところに全く同感で、これまでに「想像ができない兵士たちの戦場での苦労」などで書いた様に、戦場での兵士の悲惨な実態を知ることが大事だと思っていた。そして「日本軍兵士」(吉田裕著 中公新書)を買って来たところである。

  保坂氏は兵士たちの体験を詳細に確かめて来たという。そして第一次世界大戦で英国の海軍大臣だったチャーチルの「これからの戦争は中央の安全地帯で作戦を練る参謀と、それにもとづいて戦いを続ける兵士との残酷な二面性を持つ」という言葉を引いてその通りになったと言っている。

 太平洋戦争では240万の軍人、軍属、兵士などの戦死は7割近くが飢餓死であったという。飢餓死がいかに悲惨であったか、その例を挙げている。

  ●戦友の死体にたちまち蛆がわく。蛆は傷口に群がり、やがて全身が蛆だらけになる。骨と皮だった死体が蛆で膨れ上がる。ああ自分も明日にはこうなるのかとがくぜんとする」(ニューギニア戦線)

  ●食べるものは全くない。トカゲ、ミミズ,バッタ、とにかく口に入るものは何でも食べた。バッタの取り合いでけんかも起こった。動くものはまず口に入れた。最後は蛆虫も食べた(ガタルカナルでの兵士)

  ●水がなく、わずかに道路にある泥水もすすった。泥水に顔を突っ込んで死んでいる兵隊もいた。(インパール戦線)

  ●人肉を食べる話などは、より具体的で、そして悲惨である。

  ●どの戦線でも現地の人々が飼っている家畜を取り上げ、むしゃぶりついたという。

  ●北方戦線では、手足の凍傷から壊疽になり、麻酔なしで切断手術をしたという。

  傷口には蛆が湧くという話しは、原爆のヒロシマとか終戦後の満州などでの話にも出て来る。写真を見たことがあるが悲惨極まりない。戦死の7割が飢餓によるというのは戦線を拡大し補給網が断たれたから当然起こったことである。安全地帯にいる上層部は戦線を死守せよと命令したのであった。

 保坂氏は、「戦争で死ぬとは死体が悲惨な姿になることであり、死ぬまでの時間にしても弾丸が当たって一瞬のうちに亡くなる者(これが一番いいという)もいれば、傷を負って戦場に放置されたままゆっくりと死んでいく者もいる。精神的に異常になる者もいる」と書いている。

  NHKスペシャルなどで戦友を放置した証言を聞いたことがある。銃弾の雨の中ではどうしようもないのだ。

 日本軍は勇敢で優れていたと称える人たちがいるが、そうしたことは大本営にあって作戦を考えていただけの参謀の責任から目をそらされるトリックだと保坂氏は言う。

 ●ガタルカナル戦終結の大本営発表(昭和18年2月9日19時)

  「昨年8月以降引き続き上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し激戦敢闘よく敵戦力を撃砕しつつありしが、その目的を達成せるにより2月上旬同島を撤し他に転進せしめらrたり」

 これは全くのでたらめで、「敵に与えたる損害 人員2万5000人以上」「わが方の損害 人員戦死及び戦病死 1万6734名」に到っては、米軍の戦死者が1000人、日本は2万4600人が真実であったのだ。

 私も子どもながらに朝日新聞の紙面で大本営発表を読んで”皇軍”の素晴らしさに感動したものであったが、みなフェイクニュースであったのだ。そして全てのメディアは大本営発表をそのまま垂れ流して戦争遂行に協力していたのだ。

 若い人たちには、戦争は甘いものではなく戦う兵士は悲惨であることをよく知るべきである。

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2018年8月25日 (土)

スマートフォンバッテリーについて

 スマートフォンはiphoneを使っているが、いつも心配なのはバッテリーのことである。今の機種はiphone6sで買ってからもうすぐ3年になる。以前はバッテリーの減りが大変気になっていたが、今はあまり気にならなくなった。

  電話で話をするとバッテリーはよく減るが、インターネットの利用ではそんなに気にならないということもある。

  Yahooニュースを見ていたら、スマホの「バッテリーについて9つの嘘と真実」という記事を見つけた。

  私は毎晩寝るときに電源を切って寝ることにしている。そうすればバッテリーの減りが少ないと思っていたからである。ところがこの記事によると電源を切ることは関係がないというのだ。

  今のバッテリーはリチュウムイオンバッテリーだから、まったく問題にならないという。現代のバッテリーは常に充電のレヴェルを確認でき、デヴァイスが使用されていない状態であれば電源を切っているも同然の負担しかかからない。このため、電源を意識的に切ったところで、そこまで休みを与えることにはならないのだという。

  以前、Bluetoothにつなぎ放しにするとバッテリーが減るというのを読んで、Bluetoothは切るようにしてあるが、いつのまにかつながっていることがよくある。

  Bluetoothや弱いWi-Fiにつなぐとバッテリーが消耗するのは本当らしい。電車に乗っているとき、携帯電話の動きが“重く”なったと気づいたことはあるだろうか。それはおそらくデヴァイスがネットワークに接続するために、エネルギーを使い過ぎているのだという。

  今年の夏は猛暑で人間はバテテしまったが、バッテリーも熱には弱いのだという。気温が低い状態でバッテリーを使用することや、バッテリーを冷たいままにしておくことは、寿命の面では非常にいいことなのだそうだ。

 暑い空間にバッテリーを置いておくことは、その寿命を縮めることになる。バッテリーは熱くさせないほうがいい。充電しているときにバッテリーが熱くなりすぎたり、日光が当たるところやクルマの中に置いておくのはよくないのだ。

 バッテリーが最もダメージを受けるのは完全に充電されている状態か、まったく充電されていない状態だそうだ。

 バッテリーにとって最もいいのは、50パーセント充電されている状態である。つまり、リチウムイオンの半分がコバルト酸リチウムの層にあり、もう半分が黒鉛の層にある状態である。このバランスがバッテリーにとっての緊張を最も和らげ、充電できる回数を増やすことになるのだ。

 バッテリーを長もちさせたいと極めて真剣に考えているのであれば、充電を20~80パーセントの間に保てばいいことになる。しかし、それではいざ使用するときに半分の充電しかないことになるからきをつけるようにといっている。

 私は毎朝ウオーキングから帰宅するとバッテリーの充電をする。そして96%前後で止めることにしている。

 夜寝るときにバッテリーを充電ケーブルにつなぎ、朝起きるまでその状態にして充電している人が多いとおもわれるが、そうするとバッテリーに負荷がかかる状態に保っているということでいいことではないという。でも、メーカーが問題が起きないようにしているから、実際に悪影響があるわけではないそうだ。

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2018年8月24日 (金)

宮城のワタリガニを買った

 2週間ぐらい前だと思うが、NHKの「お早うにっぽん」で宮城県でワタリガニがよく獲れ、よく売れているというニュースを見た。どうしてたくさん獲れるのかという理由は忘れてしまったが、海流や水温の変化だと言っていたように思う。

  ニュースを見たとき、スーパーで売っていたら買いたいと思った。しかし店で見ることはなかった。ところが20日に行きつけの八百鮮スーパーに宮城県産のワタリガニがいっぱい並んでいた。値段は398円(税別)で大きな蟹なので安い感じであった。それで2杯買った。

  茹で方が分からないのでネットで調べたら、いくつか出てきた。

 ①蟹を水で洗うこと。

 ②生きている場合は急所を刺して殺すこと。

③水を沸騰させること。

 ④裏返しにして入れて10分煮ること。

 ⑤茹でたら背中を上にして皿などに置くこと。

  我が家で買って来たのは既に死んでいた。大きな琺瑯の鍋に2匹とも入れて手順通りに茹でた。

  妻は北陸出身なのでズワイガニを食べ慣れている。ワタリガニも蟹だから一緒だと言って食べ方を教えてくれた。

  甲羅を尻から上にめくってはずし、身を半分に割るのだ。足は鋏で切り蟹を食べるときの道具があるのでそれで身をかきだした。

  蟹を食べるのは正直言ってめんどくさい。でも、面倒な手間をかけないと美味しい身は食べられないのだ。

  私は最初に身を全部取り出して置いてさんばい酢でゆっくりと食べた。ずうたいは大きいのに身はほんの僅かしかなかった。

  食べながら、子どもの頃近所の人がワタリガニを獲りに行っていたことを思い出していた。針金でできた籠に餌を入れて蟹がいそうなところに仕掛けて置くのだ。朝籠を上げると蟹が入っているのだ。

 また、勤めるようになって知多半島までワタリガニを食べに行ったことも思い出した。一代で大きなレストランにしたマルハ食堂はワタリガニで有名であった。

 普段は食べないワタリガニだが今回は久しぶりに味わうことができた。

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2018年8月23日 (木)

高校野球決勝戦、金足農林残念、大阪桐蔭見事

 朝日新聞を購読しているので連日100回記念大会の記事で溢れていた。でも、テレビの中継は見なかった。決勝戦が秋田の金足農と大阪桐蔭ということに決まった。金足農は予選から一人で投げて来た好投手吉田輝星で、大阪桐蔭は打撃が優れているというから、これは面白いかもしれないと思い時間を作って観ることにしたのだ。

 私は判官びいきだから、初めての優勝旗を秋田にと意気込む金足農を応援することにした。ところが、期待に反して吉田投手は1回にワイルドピッチで1点を取られ、その後3番、4番を三振に打ち取ったので行けると思ったら、その後満塁になりタイムリー2塁打を打たれて2点を許してしまった。初回の3点は大きいと思った。

 金足農は3回に1点を返したが、4回にまた3点とられた。吉田投手は暑さと連戦で表情に疲れが見えていた。大阪桐蔭の柿木投手は3人ずつで終了することが多かったが、吉田投手は投球数が多かった。それだけ大阪桐蔭の選手の選球眼がよく、又よく打ったからであろう。

 吉田投手は4回途中で「下半身に力が入らなくなった」と後で話したそうだが、5回には何と6点も取られてしまった。5回には吉田投手は「おれ、もう投げられない」とマウンドに来た二塁手の菅原に言ったそうだ。やはり精神的にも疲れていたのだ。吉田は5回で降板しライトに回った。

 あれだけ騒がれてきた吉田投手であったが、一人で投げ抜いてきた疲れがあったのだろう。大阪桐蔭という好打・好守のチームの前ではなす術がなかったのだ。でも、吉田投手や金足農の選手たちにとっては非常によい経験をしたことになる。これからの人生できっと役立つときが来るであろう。

 秋田に優勝旗を持ち帰らなかったのは残念だろうが、選手全員が秋田生まれだと言っていた。どこかのチームのように他県からの輸入ではなく、地元だけで構成をして準決勝まで進んだのは立派である。

 大阪桐蔭は鍛え上げられた並外れた力を持つチームで、史上初、2回目の春夏連覇を果たし、100回記念大会の新調された優勝旗を勝ち取ったのは見事という他ない。

 異常に暑い中で行われた100回記念大会は大事もなく、さまざまなドラマを残して終了してよかった。全国では101回を目指して動きが始まっていることだろう。

 

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2018年8月22日 (水)

米紙400余がトランプ大統領に一斉社説で批判は凄い

 米国の400余りの新聞が、8月16日に一斉に「報道の自由」を訴える社説を載せた。これは自らに批判的なメディアをThe enemy of the people(国民の敵」と呼ばわって、執拗にメディア攻撃を繰り返すトランプ大統領に対抗したものである。

 トランプ氏は、これまで主としてツイッターというSNSを使って「フェイクニュース」だ「嘘つきだ」と断じて来た。ツイッターは字数が極限られており、論理的な文は書けない。どうしても感情に任せた呟きになってしまう。

 世界的に影響力を持つ米国の大統領が、そんなやり方で重要な政治発言も行っている。相手を論理的に根拠を挙げて説得するのではなく、感情発言で挑発をするのだ。北朝鮮の金正恩委員長を「バカなロケットマン」などと揶揄したのは一例で、万事そんな調子である。大統領がすべきことではない。

 この取り組みを呼びかけたボストン・グローブ紙は、「記者は敵ではない」と題して、「自由な報道機関を国営メディアに置き換えるのが、あらゆる腐敗した政権がます着手することだ」「米国の偉大さは権力者にも真実をつきつける自由な報道機関によって支えられている」と書いたそうだ。

 これに対してトランプ大統領は「ボストングローブが他の新聞と報道の自由に関して馴れ合いをしている」「本当の報道の自由以上に、我々の国のために私が欲しいものはない。実際は、報道は何を書いても言ってもいいが、大部分はフェイクニュースだ」と相変わらずフェイク呼ばわりをしている。

 ここにはフェイクニュースについての何の根拠も示されたいない。まるで何でも「アカ」だと攻撃したアカ攻撃と同じ手口である。戦時中は特に、戦後も「アカ」は人々に恐怖心を起こさせる単語であった。「フェイクニュース」も同じことを狙っているとしか思えない。

 ニューヨーク・タイムズは、「気に入らない事実を『フェイク(偽)ニュース』とするのは民主主義の源泉を脅かす。記者を『国民の敵』と呼ぶのは危険の一語に尽きる」などと記したという。

 米国の多くのメディアが一斉社説という論理的な手段でトランプ大統領に対抗したのは素晴らしいと思う。まだまだ捨てたものではない。

 ひるがえって、日本はどうかというと、何年も前に米国の有力紙から「政府広報機関」と評された読売や産経のような大新聞があるし、読売、産経、日経は言わずもがな、朝日、毎日などの有力紙やテレビ局も幹部が安倍首相との会食を度々していると週刊誌に書かれていたことがあった。

 安倍政権はトランプ氏より巧妙である。NHKを支配し、有力紙を手なずけ、数を恃んだやりたい放題の政治をしている。トランプ大統領の方が分かりやすくて微笑ましいくらいだ。

 今回のことは米国の出来事だなどと軽く見てはいけない。、「自由な報道機関を国営メディアに置き換えるのが、あらゆる腐敗した政権がます着手することだ」というボストングローブの指摘のように、メディアを如何に支配するか手なずけるかが政権にとっての重大事なのだ。

 日本のメディアは目を覚まして権力監視をしてほしい。

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2018年8月21日 (火)

南極のペンギンが危機に瀕しているというAVAAZの訴え

 AVAAZから南極のペンギンが危機に瀕しているという訴えが来た。下記に転載する。

 

差出人: "リサ・ローズ -- Avaaz" <avaaz@avaaz.org>
日時: 2018818 7:33:11 JST
宛先: ららさん
件名: たったの2羽だけ...?!

 

 
 
               
                            

 

                        
                                   
                                             
         

署名する

         


         
昨年、南極のペンギンの4万羽の群れのうち、生き残ったヒナはたったの2羽でした!すぐにでも無数の漁船団や気候変動から南極を守らないと、南極の生態系全体が崩壊してしまうと言われています。世界各国はまもなく、南極に巨大な保護区を設置するための投票をしようとしています。欧州の首脳たちは設置に前向きですが、これをしっかり実現させるためには、世論もこの計画を後押ししていることを示さないといけません。投票の前に、世論調査やメディア広告も展開しつつ、100万の声を集めましょう。ぜひご協力ください!          

         
                                                      
            

署名す 

            
         
         
       
      

      

みなさん
      
      
昨年の冬、南極にいるペンギンの群れで、1万8000羽のヒナが孵りました。ですが、生き残ったのはたったの2羽 -- それ以外は、みんな餓死してしまいました。
      
      
大規模な漁業と気候変動の影響で、南極の他の生き物たちも、数え切れないほどの種が絶滅の危機に瀕しているのです。専門家たちによると、南極の海をこの危機から救うことができるのは、保護区の緊急設置だけだそうです。そしてあと2カ国の賛成が得られれば、広大な海洋保護区のネットワークを南極に作り出すことができるのです。
      
      
投票はまもなくです。欧州各国の首脳たちなら、反対国を賛成へと導くことも可能なはず -- 私たちが今すぐに世論の巨大な支持を示すことができれば、首脳たちの背中を押すことができます。ぜひ大量の署名を集め、そして世論調査を実施し、メディア広告も展開しましょう。Avaazは、フランスのマクロン大統領と欧州連合(EU)に私たちの声を直接届け、手遅れになる前にこのペンギンの楽園を救うように訴えかけます
      
      南極の美しい自然を守るためにクリック
      
      
2016年には、私たちの何百万人もが、巨大な世論の声を形成し圧力をかけることで、南極海初の保護区をロス海に設置することに貢献しました。これは、地球上で最も大きな海洋保護区です。しかしながら、南極大陸を囲む、崩壊の危機にある海全体から見ると、これはごく狭い一部でしかありません。
      
      
気候変動の影響で、南極海の生き物たちの棲息環境はすでに厳しくなっています。さらに大規模な漁業が、この南極の生態系に追い打ちをかけギリギリのところまで追い詰めているのです。この貴重な生態系を守るためには、最低でもあと3箇所の保護区設置が必要とされています。そして、もし欧州各国の首脳に、世論も保護区設置を強く要望していると伝えることができれば、その実現は可能なのです。
      
      
この新たな海洋保護区を設置できるかどうかは、ただ一つの決断にかかっており、反対する国の中で、重要な鍵を握るのはロシアと中国の2カ国です。ですが、専門家によると、マクロン仏大統領と欧州委員会であれば、これら2カ国を説得し賛成票に変えることが可能だというのです。この南極の楽園を救うことを求める100万の美しい声を集めて、これら2カ国に働きかけるよう、マクロン大統領と欧州委員会の背中を押しましょう。ぜひご署名の上、このキャンペーンを拡散してください。
      
      南極の美しい自然を守るためにクリック

      

Avaaz」とは、さまざまな言語において「声」を意味します。私たちの繊細な地球を守るために声を上げることは、Avaazがもっとも得意とすることのひとつです。私たちは、世界各地で広大な保護区設置に貢献してきました。でも今回は、単にもう一つ保護区を設置するだけではありません。私たちは南極全体を包括するネットワークを作り上げることを目指しているのです。それが完全に達成されるまで、このキャンペーンを推し進めていきます。
      
      
希望と決意を込めて
      
      
リサ、パスカル、バート、クリストフ、マイク、ナタリヤ、そしてAvaazチーム一同
      
      
関連情報:
      
      
南極のアデリーペンギン、ひな大量餓死 生き残りは2羽のみ(AFPBB
      http://www.afpbb.com/articles/-/3146605
      
      
南極の生態系を無視してはならない(Nature Asia
      https://www.natureasia.com/ja-jp/life-sci/research/11990
      
      
人間の影響を受けていない海は13%、研究成果(ナショナル・ジオグラフィック)
      https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/073000337/
      
      
英語の関連情報:
      
      
ペンギンが餓死するなど、南極がおかしくなっている証拠(ガーディアン/英語)
      https://www.theguardian.com/commentisfree/2017/oct/13/penguins-starving-death-something-very-wrong-antarctic
      
      #ANTARCTICA2020
(南極2020未来へのビジョン(ASOC/英語)
      https://www.asoc.org/explore/latest-news/1751-antarctica2020-a-vision-for-the-future
      
      
「キングペンギンよ、さらば」気候変動で窮地に追い込まれると専門家は警告(Mashable/英語)
      https://mashable.com/2018/02/26/king-penguin-populations-decline-as-oceans-warm/#EPboQjyNimqG
      
      
東南極への海洋保護区設置計画、却下(ネイチャー/英語)
      https://www.nature.com/news/plans-rejected-for-east-antarctic-marine-park-1.22913
      
      EU
と中国、海洋パートナーシップに同意:中国の態度軟化の可能性(チャイナ・ダイアログ/英語)
      https://chinadialogueocean.net/3925-can-the-eu-and-china-work-together-in-antarctica/
      
      
なぜ遠く離れた南極が、地球温暖化においてこれほど重要なのか(ザ・カンバセーション/英語)
      https://theconversation.com/why-remote-antarctica-is-so-important-in-a-warming-world-88197

      
 

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2018年8月20日 (月)

ボランティアの鑑 2歳児を救助した尾畠春夫さん

 山口県で行方不明になっていた2歳の男児が3日目に発見されてよかったと胸を撫で下ろした。この子供を発見したのは、大分県からやって来た尾畠春夫さんという76歳の男性であった。

  多くの人々が捜索に当たった中で、尾畠さんが発見できたのは、それまでの経験を活かした感であった、子どもは高い方に行くと思ってそちらを探したと言っていた。魚屋をやっていたときに鍛えた大声で「よしくーん」と呼んだのが通じたという。

  尾畠さんが救助した後、どんな人であるかがネットや新聞などでいろいろ報じられた。それを読んで、「凄いボランティアだ」と感銘を受けた。

  朝日新聞の見出しには「人助けこそわが人生」と書いてあったが、尾畠さんは65歳で店をたたんで以後、ボランティアに励んで来たのだ。

  「学歴も何もない自分がここまでやってこられた。社会に恩返しがしたい」ということで始めたボランティアだそうだが、その範囲と費やした時間がそれこそ半端ないのだ。

  尾畠さんはいつでもすぐに出かけられるように、衣服が几帳面にロール状に丸めておいてあるそうだ。現場で着るつなぎやヘルメットも置かれ、ヘルメットには「朝は必ず来る」と励ましの言葉が書いてあるという。

 尾畠さんは、必ず軽ワゴン車に食糧や水、寝袋などの生活用具を積み込んで出動し、助ける相手側に負担を掛けないのが信条で、活動費は年金から捻出しているそうだ。何も欲しいものはないと言い、欲のない生活をしているようだ。

 毎日8km走って鍛錬をしているそうだが、顔は日焼けで黒い。力もあるようだ。これまで新潟中越地震以来、全国の地震、風水害などの被災地で活動してきたそうで、東日本大震災では南三陸町で計約500日間も活動したという。

 「何事も、対岸の火事だとは思わずに行動できる人が、もっと増えてほしい」と願っているそうだ。本当にボランティアの鑑で、こんな立派な無私の行動力のある人を他には知らない。今回のことで時の人となったが、天網恢恢疎にして漏らさずである。

 私など日本語ボランティアとマジックのボランティアでお茶を濁し、肉体的な、しかも人を助ける本格的なボランティアは一度もやったことがない。恥じ入るばかりである。

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2018年8月19日 (日)

戦争に行ったことによる兵士の精神疾患は無かったというウソ

 8月16日の朝日新聞では、「消された戦争」という記事で、太平洋戦争に赤紙で狩り出された日本兵の心の病のことを取上げていた。

  リードでは「戦場での体験や軍隊生活を原因として、心に傷を負った多くの日本兵がいた。しかし、そうした人たちは、この社会に存在しないかのように扱われてきた」とある。実際日本では戦争に行ったことによるPTSDが問題にされたことは無かったように思う。

  記事では、学徒出陣で、旧満州へ行き、戦後4年間はシベリアに抑留された男性が、帰国後、幻聴に襲われ、自傷行為を繰り返し、40代後半から30年間も精神科に入院。施設に移ってから精神科の診療所に通ったことを書いている。この男性は統合失調症とされて、その治療を受けてきたのであった。しかし、本当はPTSDではなかったのかと医師は言っている。

  上官の命令で殺したのだが子どもの泣き叫ぶ声が聞こえ、表情が浮かぶことに悩まされ続けたのだ。そのことを70年後に医師に告白したのであった。

  記事によると、戦時中、精神疾患を発病した日本兵は主に、千葉県の国府台陸軍病院に送られた。1937年から1945年の終戦までに1万人余りが入院した。

  当時の医師たちは精神疾患は個人の弱さに原因があると考え、専門病院は効率的に前線に戻すために設けられた。「『天皇の軍隊』にとって、心を病む兵士は、恥とされた」のだと歴史学者中村江里氏は話している。

  「当時の陸軍省医事課長は『戦争神経症なる精神病は幸いにして1名も発生していませぬことは、皇国民の特質士気の旺盛なることを如実に示すもの』と講演している」と記事はいう。

  天皇の赤子である日本人が心を病むなどというのはもっての外で、不忠義とされたのだ。「見過ごされてきた背景には、私たちの社会の偏見や差別もある」と先の中村氏は指摘している。

  国を挙げて戦うために、国民は教化され、誤った思考を正しいと思うようになっていたのだ。天皇陛下の御為にと、ただそれだけを忠義として尽くすように強制されたのであった。

  「内地へ帰されたら新聞にすぐ出されます。国賊を出したというので両親も兄弟も土地にいられません」と医師に訴えた記録が残っているという。私には容易に理解できることである。新聞も戦争協力であったから国賊扱いをして平気であったのだ。

  この新聞記事の中で驚いたことは、イラクやインド洋に派遣され、帰国後に自殺した自衛官が61人もいたということだ。歴代防衛大臣も安倍首相も何事もなかったかのように語り、自衛隊の海外派兵ができるようにしたがとんでもない話だ。兵士の命を「鴻毛より軽し」とした旧軍隊と変わりがないではないか。

 アメリカは、イラク、アフガニスタンなどに派遣した兵士が、帰国後PTSDを患った数の余りにも多いことで、日本に肩代わりをさせようとしているのだ。戦争へ行くことは生易しいことではないことを、若い人たちはよく知るべきである。

 

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2018年8月18日 (土)

AIの時代にBIを導入せよという考え方

 朝日新聞8月14日の「文化・文芸」欄「夏の集中講座 『ミライ×ヒト』」一時間目に、「AIと労働」という記事が載った。  

 遠くない将来に人工知能(AI)に人間の仕事が奪われるという説があるが、どう生きて行けばいいのか。経済学者で駒澤大学准教授の井上智洋氏にインタビューした記事だ。

 今のAIは一つの目的に特化したものには人間より力を発揮する。ビッグデータを駆使し問題を解決していくのだ。

 人間はというと、汎用的な知性を持ち、将棋も会話も事務的仕事もこなせる。2030年ごろには、人間と同じようなふるまいができる「汎用AI」開発のめどが立つと言われている。そうなると、企業は安くて効率よく働くAIを使うようになり、大半の人は仕事を失うことになる。

 そうなるのは、早くて2045年、遅くても2030年ぐらいだと井上氏は予測する。AIの進化についてはいろいろ議論があり、数学者の新井紀子氏は厳しい見方をしているが、それでも2040年ごろには40数%の仕事がAIにとってかわられると予測している。

 インタビューアーの記者は、「仕事の争奪が激しくなりますね。ロボットを所有する資本家のみが所得を得て、他の労働者は飢えるしかなくなるのですか」と聞いている。

 井上氏は「仕事をして十分な所得があるのは、1割ぐらいのスーパースター労働者だけになるのでは。『脱労働社会』ですね。スーパースター労働者と資本家がめっちゃ儲かるようになる社会です」と答えている。

 スーパースター労働者?安倍政権が決めた「高プロ」のことか?働き方改革法はそれを先取りしたのか?仕事を失う一般労働者のことなどどうでもよいというのだろうか。

 井上氏の提案は、「ベーシックインカム(BI)」だというのだ。BIとは、全ての人々に、最低限の生活費を一律に支給する制度だという。もし、今すぐ導入するなら、一人月に7万円ぐらいが妥当だという。

 一人7万円。二人なら14万円。5人家族なら35万円。これなら生活できるであろう。憲法25条にいう「最低で文化的な生活」はできそうだ。家族が多いほど楽になりそうだから、結婚して子どもを作れるであろう。何だか社会主義的な考え方である。

 AIの発達など社会の変化に合わせて、給付額や制度は柔軟に考えて行けばよいと言っている。

 AIに働かせて稼がせてそれをBIとして人間が平等に受け取る・・・・そんな夢みたいなことが実現するであろうか。資本家は飽くなき利益の追求を目指し、分配などに目もくれないであろう。実現するとしたらマルクスが予言した共産社会においてであろう。

 面白いのは、マルクスはAIの時代が来ることを予想できなかったことだ。しかし、彼の理想が科学や技術の発達で実現できそうになったことである。

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2018年8月17日 (金)

NHKスペシャル「駅の子の闘い」を見て

 8月12日に放送されたNHKスペシャル「”駅の子”の闘い~語りはじめた戦争孤児~」を見た。親を空襲で亡くしたり、親と離れ離れになったりして生まれた戦争孤児、その数は12万人にも及ぶという。12万人は想像していたより少ない感じだ。

  米軍の日本全国への無差別爆撃によって、日本中で戦災孤児が生まれたのだ。米軍の一般市民を対象にした無差別攻撃は、ナチスの暴虐以上の大戦争犯罪である。戦争に勝ったが故に断罪を逃れただけである。

  NHKスペシャルの中に出て来るが、山形県で戦災孤児になった女性は弟たちを連れて東京に来ている。福井県で孤児となった男性は大阪に来た。

  孤児たちが駅で寝泊まりする姿は全国で目撃され「駅の子」とも呼ばれたが、子どもたちに何があったのか、その実態はよくわかっていないという。

  今は駅で見られるのはホームレスと呼ばれる人たちだが、終戦間際から増えた孤児たちはあちこちをさまよい、シェルターとして駅を選んだのだ。

  NHKは、この3年間、孤児への聞き取りや、資料発掘を進めてきたそうだ。その結果、生々しい悲劇の実態が見えてきたのでNHKスペシャルとして放映したのだ。

  食べるものがないのは当然である。戦争末期、戦後は誰もが食糧に苦労していたのだ。上野駅は孤児たちの棲家となったが、通路の壁に背中をくっつけて座っていて隙間がない位であった。

  毎日餓死して行く孤児たちがいたという。でも、誰一人声を掛けてくれる人はいなかったそうだ。その様子はCGで再現されていた。大阪の優しい駅の子に励まされた福井の孤児は、その優しい友が悩んだ末自殺したのを知る。境遇に堪えかねて自殺する孤児も多かったようだ。

  餓死しないために、生きるために、盗みや売春をせざるをえない子どももいた。重い口を開き始めた孤児たちが訴えるのが、国や大人たちから「見捨てられた」という思いだ。

  「汚い」とさげずまれ、悪の塊のように見られた。「犬と同じ扱いだった」と話す孤児がいた。やさしい言葉をかけてくれる大人はいなかった。それどころか政府も何の手も打たなかったのだ。GHQは醜いから駅の子を排除せよと政府に命令した。

  政府や自治体はは孤児たちを集めたが、収容する施設はほとんどなかったので、中には鉄格子の中に隔離された孤児たちもいた。

  1947年7月からラジオドラマ「鐘の鳴る丘」が始まった。あのドラマは多くの人を惹きつけたが、孤児たちの現実はひどいものであったのだ。

  進学や就職してからも差別や偏見が続いた。だから孤児の多くは過去を隠し、1人で生きていくしかなかったのだ。「戦争が終わってから本当の闘いが始まった」という孤児たち。80代の後半になってやっと語りはじめた孤児の証言を元に作られた番組だ。

 孤児たちはほぼ同世代である。私は幸い両親がいて、食糧難の時期を親が守り抜いてくれたからひもじくても生きて来られた。12万人の孤児の内どのくらいが餓死などで亡くなったのだろう。どうやって生き抜いて来たのだろう。もし、自分がその境遇にいたらきっと餓死していただろうと思う。

  戦争はいけない。みんなを不幸にする。平和を守らねばならない。こういうと「観念論だ」と冷笑する人たちがいる。そういう人たちが日本を再び戦争が出来る国に引っ張っていっているのだ。観念論でいい。言葉で平和を守ろうではないか。 

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2018年8月16日 (木)

「肉弾三勇士 軍神になった若者たち

 Yahooニュースを見ていたら「「『肉弾三勇士』戦時中熱狂的なブームに 軍神になった若者たち」という記事を見つけた。西日本新聞に掲載されたものだ。

 「戦時中、福岡県久留米市にあった旧陸軍の工兵隊に所属していた無名の若者たちが「肉弾三勇士(爆弾三勇士)」として軍神とあがめられ、熱狂的なブームとなって国威発揚に利用された。本紙の前身である福岡日日新聞も、プロパガンダに一役買った。市内に残る三勇士の跡をたどった。」とある。

 「肉弾三勇士」というのは私も子どもの頃読んだことがある。「三勇士とは、いずれも1等兵の江下武二(佐賀県出身)、北川丞(長崎県出身)、作江伊之助(同)の3人。1932年、日中両軍が衝突した上海事変で、導火線に火がついたままの破壊筒(爆弾)を持って敵陣の鉄条網に突入して自爆、突撃路を開いたとされる。」と記事が書いている。

 私が生まれるより前の出来事であったが、国民の戦意発揚のために、喧伝されていたのだ。「軍神」という言葉に子ども心に凄いなあと尊敬の念を抱いたものである。日露戦争以後だと思うが、戦死した兵隊は靖国神社に祀られ神になった。中でも肉弾三勇士のように格段の功があった兵隊は「軍神」として崇められたのであった。神になれるとして命を軽んじたのが戦時中の政府や軍のやり方であった。

 マスメディアも全てがそれに加担をして賑々しく記事を書き、NHKはラジオで宣伝をしたのであった。西日本新聞の記事は次のように書いている。

 「最初に訪れたのは、久留米市山川町の神社「山川招魂社」だ。西南戦争や太平洋戦争の戦没者の慰霊碑と並んで「爆弾三勇士之碑」がひっそりと立っていた。裏に碑文が刻まれているが、容易に判読できない。かろうじて、碑の建立時期が「昭和58年」と読める。

    
 どれほどの人気だったのか。市史にその一端が記してある。福岡日日新聞には『壮烈三勇士の戦死 爆弾を身につけて、敵の鉄条網に躍り込んで爆死』との大見出しが躍り、他の新聞社も競って一大キャンペーンを展開し、歌を募集したり、小学生の感想文を掲載したりした。NHKは特別番組を放送。『美談』は映画や舞台、浪曲となり、『爆弾三勇士の名は全国に響き渡り、異常な興奮を巻き起こした』という。」
 
 私が読んだのは少年雑誌であったと思う。

 久留米市御井町の久留米大御井キャンパス横の九州沖縄農業研究センター久留米研究拠点は、センターやキャンパスはかつて工兵隊の敷地。三勇士の記念碑跡は、人目を避けるように敷地内の茂みにたたずんでいたという。「耕心園」(上の写真)とある中央部には三勇士の銅製レリーフがはめ込んであったが、戦時中の金属回収で供出されたという。

 「今は存在しないが、ほかにも記念の像や建物があった。市中心部の公会堂(旧市民会館)には等身大の銅像。御井キャンパスには、ブリヂストン創業者、石橋正二郎の寄贈で記念館が建てられ、坂本繁二郎が三勇士を描いた油絵が飾ってあったという。」一部の作品は今も行方が分からないという。
 久留米市文化財保護課学芸員の小沢さんは、「(日露戦争で神格化された)広瀬中佐のように三勇士も祭り上げられてしまい、国民的な機運の中で日中戦争から太平洋戦争へ突き進んだ。その歴史を振り返り、教訓を学んでほしい」と話したと紹介している。
 安倍政権のもとでマスメディアが政権になびいて、権力を監視するという本来のメディアの役目を捨て始めている。この西日本新聞の記事はそうした傾向に警鐘をならすものでもあろう。
 

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2018年8月15日 (水)

想像ができない兵士たちの戦場での苦労

 終戦の年は国民学校4年生であった。それまでは軍国少年として模範的であったと思う。家でとっていた朝日新聞の戦争記事をいつも読んでいた。そして「敵機○○機撃墜」とか「赫々たる戦果を挙げた」などの大本営発表を信じていた。日本が負けて来て「アッツ島玉砕」「サイパン島玉砕」などという記事にも天皇陛下のために立派に戦死をしたのだと思っていた。

  以前にも書いたことがあるが、友人のお兄さんが海軍士官で、短剣を腰につけた軍服姿に憧れて、自分も大きくなったら海軍士官になろうと決めていた。実際は運動神経が鈍く、高所恐怖症であったので、おそらく丙種合格ぐらいであったと思うのだが、その時はそんなことは思っても見なかった。

  田川水泡の「のらくろ」という漫画には戦争の場面も描かれていたが、勝ち戦であり、マンガだから戦場の怖さとかつらさなどは描かれていなかった。

  シンガポール陥落のとき、映画が作られて、私たちも見たのだが、兵隊たちの苦労はわからなかった。ただ重い背嚢を背負って重い銃を持って歩くのは大変だろうと思った程度であった。

  私の父は召集されなかったし、周りにも戦地に行った人はいなかったので、戦地でも苦労や戦いについて話を聞く機会はなかった。

  そういう訳で、実際の戦場での過酷な日々の暮らしについてや戦闘の怖さなどは全く知らない。

  召集をされて中国や南方の戦地に行った一般人の兵士たちは、どんなに大変だったかを想像しようとするのだができないのだ。

  食糧はどうしたのだろうとか、露営の時はどうやって眠ったのだろうとか、雨の中で行軍したり戦ったときは濡れた服はどうやって乾かしたのだろうとか、風呂に入れないから汚れた体はどうしたのだろうとか、実際に鉄砲を構えて敵兵を撃つときどんなことを思ったのだろうとか、玉砕のときはどんな気持ちだったのだろう・・・・など、本を読んだり、映画やテレビで観ても間接体験の域を出ないのだ。

  本当の戦場の怖さや辛さを経験した人たちは高齢になってしまった。75歳以下の人たちは全く戦争を知らない世代である。安倍首相や麻生財務相、山口公明党委員長、菅官房長官など政治家も戦争を知らないのだ。

  若い人も子どもたちも、マンガやテレビの映像で戦争を見るだけだから、自分が戦場に投げ込まれたら?などと考えることはないであろう。

  米国ではベトナム戦争やイラク侵略戦争などに行かされて、帰国後PTSD(POST- TRAUMATIC STRESS DISORDER 心的外傷後ストレス障害)になった元軍人がおびただしい数いる。戦場での限界的恐怖が帰国後に心的障害を起こして苦しむのだ。

  日本は平和憲法に守られて戦後73年間平和を享受してきた。安倍首相は次の臨時国会には憲法改正を持ち込むと明言した。自衛隊を憲法に明記したいのだ。すでに閣議決定で、集団的自衛権を認めるというずるいやり方で憲法を踏みにじり、安保法制により、米国の言いなりになって、海外派兵が出来るようになってしまった。

  戦争は怖い!!ということを若い人たちも知ることが必要だ。

 

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2018年8月14日 (火)

暑い日なのに出かける人が多い!

 8月11日の朝、早朝ウオーキングに出かけるとき、空には黒っぽいあつい雲が広がっていたが、家に戻るころには白い雲に変り始めていた。この日も暑くなる予感がした。

  朝食を食べて、前夜から来ていた娘は友だちに会うために出かけた。しばらくすると婿がコーヒーでも飲みに行きましょうと誘ってくれた。車を手放してしまったのでバスで行くしかなかった。

  スマホでバスの時刻を調べてバス停まで歩いて行った。バスは時間より遅れて来た。バスに乗ると客がたくさん乗っていた。土曜なのに遅かったのは客が多いからだと分かった。それにしてもこの暑い日に街へ出かける人が多いなあと思った。

  矢場町で降りて歩いて行くと、金券ショップがあったので婿は入って行った。松坂屋美術館のチケットはないかと尋ねたので、私は自分が持っていると婿の袖を引いた。でも、家を出るとき財布を忘れて来たので松坂屋のオーナーカードはなかった。折角ここまで来たのに残念でならなかった。

  歩いて行くとパルコがあったので、その中のカフェに行こうと婿が言った。南館にはレストランしかないようだったので西館に行った。9階に「VERVE」というCAFEレストランがあった。店員に見晴らしがよいところはないかと尋ねたら、広いホールを勧めてくれた。

  大きな沈み込むような革製のソファとテーブルがたくさん置いてあり、中央には何とグランドピアノが置いてあった。大きなガラス窓からは西の方の市街が眺望できた。

  コーヒーを頼んでソファに腰かけて話しをした。12時過ぎまでいたが、私たちがそこにいる間他の客は1人も来なかった。貸し切り状態で静かにチャットができた。昨年東京に行ったとき麻生か赤坂にこんな感じのがあったことを思い出した。ここもきっと結婚式場があって参会者の待合に使われるのだろう。CAFEレストランの方には客が来ていた。

  そこで別れて私はパルコ南館に行った。南館は若い人たちで、どの階も賑わっていたので驚いた。松坂屋は高齢者が多いが、隣のパルコは若い人ばかりで、私はちょっと恥ずかしくなった。どんな目でみられているのだろう?と思った。そして、こんな暑い日なのに物ともせず遊びに来る若者のエネルギーに感心した。私は誘われたからでて来たが、一人なら外に出ない。

 帰りのバスに乗るために地下鉄で栄まで行った。バス停は照り返しでものすごく暑かった。停留所のベンチに腰かけていたら、通りかかった高齢の女性が突然倒れた。顔面を打ったようであった。私は声を掛け、倒れた人の連れの女性と起こそうとしたが立ち上がれなかった。バスを待っていた高齢の男性が背中を支えてくれたので、女性は何とか立ち上がることができた。熱中症ではなく敷石につまずいたのであった。

 歳をとるといつどこで倒れるか分からない。顔面を大怪我したら大変だし、足などを折るかもしれない。気づかずに倒れるから困る。

 スマホで調べたら気温は38度であった。相変わらずの異常高温なのにみなさんは出歩かれるので元気がいいなあと思った。

 家に帰って冷たい麦茶を飲んで、アイスバーをかじったら元気が戻ったような気がした。

 

 

 

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2018年8月13日 (月)

報道ステーションなどがアベチャンネル化した?

 このblogでもマスコミへの安倍政権の支配について何度も取り上げたが、またまた「報道ステーション」などが取り込まれたという情報が友人から届いた。

  私は「報道ステーション」も昼の「ワイドスクランブル」も見たことがないが、マスコミが政権の代弁機関になってしまうことについては聞き捨てならない。如何に取り上げることにした。

1.報道ステーションについて

  『報道ステーション』が政権批判しなくなり、小川彩佳アナが降板させられ、徳永有美アナに交代。

   さらに『ワイド!スクランブル』の橋本大二郎も降板させられ、安倍擁護発言でネトウヨに大人気の小松靖アナに。

   安倍一派のテレ朝支配は『報ステ』以外にも!杉田水脈まで擁護するネトウヨ局アナの小松靖が“お昼の顔”に。

   テレビはオワコンなどと言われながらも、森友・加計問題の例を見ても明らかなようにテレビが報道するかどうかが世論に大きく影響しているのは言うまでもない。

   ※オワコン(おわコン、終わコン、終わったコンテンツとも)とは、主に一般ユーザー又は、 個人ユーザーに飽きられてしまい、一時は栄えていたが現在では見捨てられてしまったこと、ブームが去って流行遅れになったこと、および時代に合わなくなった漫画・アニメや商品・サービスを意味するインターネットスラングである。

  テレビ朝日から政権批判が消え、お昼のテレビから政権批判が消える。このような言論状況で、三選した安倍首相が改憲に乗り出せば、いったいどうなってしまうのか。

  これから先、また森友・加計問題のような不正が起きても、テレビではまったく報道されず多くの国民は知らないまま不正がまかり通る。そんな未来がすぐそこに来ている。いよいよ本当にヤバい。』

  「『報ステ』では、政権批判をほとんどしなくなったとして、視聴者から訝る意見が相次いでいる。LGBTといった性的マイノリティーに対して『生産性がない』との持論で批判されている自民党の杉田水脈議員の騒動や西日本豪雨の時に酒を飲んで宴会を開いていた“赤坂自民亭”すら、ほとんどスルー同然という体たらくだ。

  この背景に見え隠れしているのが、テレ朝のドンと呼ばれる早河洋会長だという。会長は安倍首相と昵懇で、政権の意向を忖度し、批判色を弱めようとしているともっぱら言われている。

  このほどチーフプロデューサーに就いた人物は会長の子飼いという指摘もあるほどだという。

  そうして、権力の監視という報道の最大の役割を放棄して、カジノ法案強行採決の際には2年先の東京五輪を話題にしたり、スポーツの話題ばかり取り上げているのが今の『報ステ』なのだ」

   早河会長はサッカー日本代表、世界水泳、フィギュアなどのスポーツ放映権を獲得し、視聴率アップに貢献してきたことを自負しているそうだから、徳永アナの起用は2020年の東京五輪に向けてスポーツ報道をさらに増やそうという意向の表れなのだろう。

   しかしながら、現場から聞こえる声はブーイングばかり。「これじゃあ報道ではなく、スポーツニュース・ステーションだと現場ではスタッフが肩を落としているようだ。

  だいたい、徳永の不倫で別れた元夫は今もテレ朝に在籍している。毎日、局内を歩けば顔を合わせる可能性は高い。どういう神経なんでしょうね」(テレ朝関係者)

 2.NHKに関して

   【安室奈美恵さんが翁長知事に追悼コメント 「沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事」 NHKはこの部分を削除!】
 
(情報速報ドットコム)https://bit.ly/2OmTFwk 
 
 安室奈美恵さんが翁長知事への追悼コメントを公式ホームページ上に掲載しました。

 安室奈美恵さんのコメント全文...
 「お悔やみ申し上げます。 翁長知事の突然の訃報に大変驚いております。

 
ご病気の事はニュースで拝見しており、県民栄誉賞の授賞式でお会いした際には、お痩せになられた印象がありました。
 

 今思えばあの時も、体調が優れなかったにも関わらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました。
 

 沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、
 
これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております。
 
心から、ご冥福をお祈り致します。 安室奈美恵」

 内田樹さん RT @levinassien
 NHK
にはそれなりの言い分があるのでしょうけれど、「NHKは政府の広報になったのではないか」という批判にさらされている中でこういうことを敢えてやった以上、現政権と一蓮托生の覚悟を決めたということなんでしょうね。 https://twitter.com/kwave526/status/1027499129910378496

 

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2018年8月12日 (日)

プラスチックゴミ処理が大問題というニュース

 この春ごろからだと思うが、アメリカではスタバのようなコーヒーやソフトドリンクの店で、プラスチックストローを使用しないというニュースが話題になったことがあった。ストローぐらいでと思ったが、簡単に捨てられるので環境汚染に問題なのだ。

  プラスチックゴミによる海洋汚染については度々報じられてきた。中国や北朝鮮などの近海から日本海などに大量にプラゴミが流れ着くとか、太平洋ではプラゴミを飲みこんでしまう魚類の問題が言われてきた。先日もインドネシアでクジラの腹から大量のプラゴミが出たことが報じられた。

  日本は分別ごみが厳しく行われており、プラゴミはほとんど再利用されているものと思っていた。ところが、数日前のNHKお早うニッポンでプラスチックごみの処理が大問題だと報じていたのでびっくりした。

  私の妻はいつも、プラゴミをきれいに洗って、大きなゴミ袋に集めて捨てている。いつも驚くのはその半端ない、量である。週1回の回収日に出すのだが、大きな袋に一杯になる。

  NHKニュースによると、プラゴミを捨てる場合、汚れたままなのがほとんどだというのだ。コンビニなどから出るペットボトルは飲み残しが入ったままだし、プラスチックケースの食べ物は汚れたままなのだ。

  そうしたプラゴミは、これまでは業者がそのまま中国に輸出し、中国の業者が洗ったりして、再利用できるペレットにしていたそうだ。ところが洗った水をそのまま流すので河川などの水質汚濁が酷くなり、中国政府はプラゴミ輸入を禁止したのだ。

 それで日本国内で処理をしなければならなくなったが、焼却するには焼却炉が足りなくて、埋め立て処理も行われているが、埋め立て場の不足とか衛生面の問題も持ち上がってきているのだ。業者の中には不法投棄をするものもいて、その監視も大変なのだという。

 プラスチックは何度でも利用できるから問題ないと思っていたのだが、そんな大問題になっているのは全く知らなかった。きれいな状態でゴミになり、国内で再利用に使われるのはごく一部しかないようだ。

 私の妻などは優等生で表彰してもらいたいぐらいだが、プラゴミを出すときはきれいにして出すということを徹底する方策が喫緊の課題である。これまで中国が引き受けてくれていたことに感謝しなければならない。

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2018年8月11日 (土)

「ガッテン」が勧めるニンニクをオイルで煮て保存

 NHKのガッテンでやったニンニクの効用と臭いを消す技を昨日載せた。ガッテンでは臭いを抑えたニンニクをすぐ使えるように保存する方法として「丸ごとニンニクオイル」という方法を勧めていた。

  ニンニクを約200Gに対し、油を約250gの割合で煮るのだという。この割合を守って油の温度が上がりすぎないようにすることが大事だそうだ。ニンニクはMサイズ以上の大きさがよいそうだ。

  《作り方》

  ①ニンニク球の外側の皮を剥いて、かけらに分ける。(かけらの皮はむかない)

  ②小さめの鍋(18cm以下)にかけらのニンニクを入れ、ニンニクがひたひたにな

   るまで油を入れる。

  ③最弱火で15分ほど加熱する。

  このとき気をつけることは、温度が急激に上がると、ニンニクがはじける可能性

 があるのでゆっくりと加熱することだそうだ。

 

 IHヒーターや五徳が低いタイプは温度が急激に上がる恐れがあるので使わない

 ようにという。我が家ではIHヒーターだけど、弱火にしてやれば問題ないと思うの

 だが?

  泡がポコポコでてきたら温度の上がり過ぎでニンニクがはじける恐れがあるから、火を停めて蓋をする。火を止めたら、完全に冷えるまで鍋のまま余熱で中まで熱を通す。

 

 保存瓶などに入れて、冷蔵庫に保管すると1か月ほどもつそうだ。

 丸ごとオイルニンニクは、刻んだり、すりつぶしたりして使うことができるのだ。

 CAFE VITAのマスターはオリーブオイルで作っていた。

「オイルニンニク 画像」の画像検索結果

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2018年8月10日 (金)

翁長沖縄県知事急逝の報道に驚く

 9日の朝日新聞朝刊トップ記事に翁長沖縄県知事が急逝と出ていたので驚いた。前日のNHKニュースでは、沖縄県の副知事が職務代理を務めると発表した。そのときに翁長氏は入院して憔悴しきっているというので早く回復してほしいと願っていた。

 翁長沖縄県知事は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に強く反対していた。もともと自民党県連幹事長を務めたのに、14年の県知事選で、辺野古移設反対を掲げて現職に訳0万票もの大差をつけて当選したのであった。

 翁長氏は政治的立場の違いを超えて移設移設反対の支持を得られる象徴的人物であった。まだ67歳は若かった。これから更なる活躍を期待していたのに残念でならない。心からの哀悼の意を表したい。

 翁長氏の死去に伴い、7月に前知事による辺野古の埋め立て承認を撤回する手続きに入ると表明していた。それがどうなるか心配だが、翁長氏の遺志を尊重して副知事らが撤回することを願う。

 知事選は9月にも実施されるようだが、翁長氏を受け継ぎ幅広い支持を集められる候補は、反対派にはいないと新聞は書いている。沖縄県民の将来に基地を残さないという願いを保守・革新を超えて幅広くまとめられる候補者を探して欲しい。

 内心喜んでいるのは、政府・与党側であろう。知事選に向けて佐喜真淳宜野湾市長を擁立する準備を進めて来たからだ。県知事が同氏になれば辺野古基地移転をどんどん進められるのだ。

 残された時間は僅かしかない。辺野古への基地移転に反対する勢力が一刻も早く翁長知事の遺志を受け継ぐ、候補者を見つけることを祈っている。

「翁長知事 画像」の画像検索結果

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2018年8月 9日 (木)

「NHKガッテン」でニンニクの効用と臭みを抜く技

 8月1日のNHKガッテンでニンニクについて取り上げていた。ニンニクは世界中で食されている。特に中国、韓国などや西欧でもよく食べられている。中国では水餃子を食べるとき生のニンニクを齧るので驚いたことがある。韓国は飛行機に乗ったら機内はニンニク臭が漂っているくらいで、ニンニク好きは有名だ。

  日本人はニンニクを嫌いではないが、あの食べた後も放つ独特の臭さを敬遠する。そこで今回のガッテンでの目玉は”ニンニクの匂いを除去する秘策”であった。

  ニンニクの原産地はキルギス共和国と言われているそうだ。国土の40%が3000m以上の高地のキルギスでは、ニンニクが愛用されている。キルギスの料理には肉や野菜と共にニンニクが丸ごと煮込まれる。しかし食べても、食べた後も全然ニンニク臭はないというのだ。

  そこからガッテンは、ニンニクの臭いを消すにはニンニクを熱すればよいというのだ。ニンニクをかけらにばらして、それを15分ぐらい熱すると臭いを心配することなくおいしく食べられるようになるのだ。何とも簡単な方法ではないか。こんなことがなぜこれまで分からなかったのだろう。

  これまではニンニクをみじん切りにするなどして利用することが多かった。餃子にみじん切りニンニクを入れるなどである。ニンニクは切ると細胞が壊れ中に閉じ込められている「アリイン」という味や臭いの元になる硫黄化合物が外に出て来るので臭うのだ。かけらのままだと閉じ込められているので、そのまま熱すると「アリシン」というものに変り臭わなくなるが、健康に良い成分は変わらないのだ。

  ニンニクは昔から健康に良いと言われ、精力がつくなどと考えられてきた。世界中で科学者たちがニンニクについて調べているそうだ。

  そこで分かったニンニクの健康への効用は、

  ①血液をサラサラにし、コレステロールや血圧を下げるのは野菜の中でトップ。

  ②ガンの予防では野菜の中でトップ。

 ニンニクを食べる量は、一かけらでよいという。一かけらを1週間食べ続けて調べたら、

①血栓の出来やすさ、フィブリノゲン定数が272→221

②総コレステロールが244→224

③肝機能AST 21→18 ALT 24→17

④血圧 138/95→118/81

 ドイツの研究結果も紹介されていた。ニンニク半かけらを6か月食べ続けると、被験者221人の平均で、血圧が145→120、総コレステロールは16週で266→235

  次に、料理への効果は、

  ①コクだし効果

 うまみ成分が入った料理に加えると、味の厚みや持続性が増して、料理のコクがアップする。 豚汁やスープなどがオススメ。

  ②味をまとめる効果
 

 カレーに加えると、刺激が抑えられたり、一晩寝かせたようなまろやさがでたりする。 素材の味と調味料の味がなじみやすくなるため、しょうが焼きなどに加えるのもオススメ。

  ③臭み消し効果
 

 丸ごとにんにく自体は、ほとんどニオイがしないのに、料理に加えると肉や魚、野菜の生臭さを消してくれる効果がある。煮魚や、もつ煮などに入れるのがオススメ。

  大事なことは、ニンニクのかけらの薄い皮は剥かない。

 これからは毎日一かけらのニンニクを食べようと思う。ここまで

書いて来て、疑問が一つでた。それは韓国人や中国人のように、ニンニクをたくさん食べる人はニンニクの恩恵受けて、健康そのものであるのだろうかということである。血圧コレステロールなどが正常なのだろうか。

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2018年8月 8日 (水)

学力調査の結果を勤務評定に使うとは言語道断!!

 大阪市の吉村洋文市長が、小六と中三が受ける全国学力調査の結果を、校長や教員の評価やボーナスに反映させる意向を示した。

 吉村市長は大阪市が政令指定都市20市の中で平均正答率が2年連続で最下位だったことに非常な危機感を抱いたのだ。

 正答率の数値目標を設け、達成できたかを校長や教員の評価に反映させることにするというのだ。「結果に対して責任を負う制度に変える」「予算権をフルに使って意識改革をしたい」などと発言したという。

 一定の数値目標を達成したらボーナスを上げ、達成できなかったら減らしたり、勤務評定の尺度にも使うものとみられる。

 全国学力調査の成績がよくなかったからといって、それを教員の指導結果のせいにし、飴と鞭で正答率を上げさせようとするのだが、とんでもない発想である。学力調査の成績を向上させるために模擬テストをしたり、予想問題をやらせたりなど、あの手この手で本来の授業をそっちのけにして指導するようになるであろう。

 そもそも学力調査は子どもたちの苦手な点を把握し、授業改善につなげるものである。授業の中で幅広く培われるべき児童生徒の学力が歪められてしまうことは必定である。

 これまでの学力調査で、保護者の収入や学歴が子の学力と強く関係していることが判明している。またこれまでも他の調査でも、保護者の収入や学歴などの家庭環境が、学力の低下と関係していることも言われ続けて来た。社会的要因も大きいのだ。

 大阪の校長は「所得格差を埋めることが必要ではないか」と提案していると新聞記事に書いてある。家庭の収入が低下したのは自民党・公明党の政権の下で起きていることである。子どもの貧困、女性の貧困、高齢者の貧困、非正規労働者の増加等が叫ばれて久しい。

 子どもの学力の低下を教員の責任だけにすることはできない。文部科学省は学力調査の結果を教員の評価に使うことを禁止すべきである。維新の会の首長になってから大阪は教育が歪められて来ている。この上さらにとんでもない施策をするのは許されない。

 

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2018年8月 7日 (火)

有難くない新記録、名古屋の気温

 8月3日、名古屋は40.3度という気温の新記録であった。100万人都市では初めてのことだという。新記録樹立とはいえ、全然嬉しくないものだ。

  この気温は気象台の百葉箱の中の記録であって、実際に街を歩いていると40.3度なんてものではないことがよく分かる。

  新聞の写真では、記者が名古屋駅付近で測った温度計の気温が出ている。44.5度となっている。

   この日の朝、4時前に起床したのだが、ダイニングのテーブルに座っただけで額などから汗がにじんできた。身体全体が熱さを感じた。

  4時40分ぐらいにウオーキングに出たのだが、玄関の外に出ると風が吹いていて予想よりよかった。それで元気を出して歩き始めた。この日は用心をして冷たい麦茶を持って出かけ、途中で2回飲んだ。

  前日暑さに参ったので心配していたが無事に帰宅できた。家に帰るとすぐにエアコンをつけた。こんなことはこれまでにやったことがなかった。テレビでエアコンを惜しむなと警告していたので思い切ってつけたのであった。

  午後外出するまでは冷房の中にいたので快適であった。この日、午後からどうしても外出しなければならない用があって外に出て歩きはじめると体が冷えている最初の内はよかったのだが、すぐに暑さに負けてしまった。1時ごろから2時にかけて外を歩いたり地下鉄に乗ったりした。太陽はカンカンにに照りつけているし、何よりもコンクリートの道路からの照り返しが凄かった。顔が熱くてたまらなく、汗が身体を流れていた。

  地下鉄の駅でも御器所駅は暑く、電車が来たときに送ってきた風でホッとするぐらいであった。今池駅は割合に冷房が効いていて吹き出し口の下に立って待っていた。

  スマホの天気アプリを見たら、名古屋41度と出ていた。体感としてもその位はあると納得した。4時半ごろ妹の家から帰る時、義弟が「今日は41.3度だ」と言った。ニュースで発表されたのであろう。

 中国語で「悶熱」とか「酷熱」というが、字で見ると中国語の方がピッタリである。日本語でも「酷暑」というから同じか。これからもまだまだ酷暑が続くというからうんざりである。

 

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2018年8月 6日 (月)

大学受験で女性差別をするとは!

 3日の朝日新聞一面トップ記事を見て驚いた。東京医科大学が医学部医学科の一般入試で、女子の得点に一定割合の係数を掛けて一律に減点し、女子の合格者数を3割以下に抑えていたというのだ。

 東京医科大学と言えば、文部科学省の前局長の息子を不正合格させた大学である。同じ大学でまたもやあるまじき女性差別があったというのだ。

 点数操作は遅くとも2010年ごろから続いていたという。2010年の一般入試で、女子の合格者が4割弱となり、前年を大幅に上回ったのを受けて、得点に掛ける減点の係数を増やしたのだという。

 この結果、女子の合格率は10年は10.2%で男子の8.6%を上回っていたのが、11年以降は女子の合格率が男子を上回ることは一度もないというのだ。

 なぜ、そうまでして女子の合格者を減らさなければならないのか。理由は「女性は大学卒業後に出産や子育てで現場を離れるケースが多く、医師不足を防ぐため」と東京医科大学の関係者が説明したそうだ。

 まるで理由にならない理由である。完全な女性蔑視であり差別である。ある予備校の話として女子の医学部希望者の方が男子の希望者より優秀だと記事にあった。それはあり得る話である。

 

 安倍首相は女性活躍社会を標ぼうしているが、医師は女性の進出が最も遅れているのだそうだ。大学入試で差別をしているようでは無理もない。

 文部科学省によると、入試の募集要項に男女比の調整を明記してあれば、大学の責任で特定の受験者を優先して合格させることができるという。しかし、東京医科大の募集要項にはその記載はなかった。

 いったい明記して募集をしている医学部はどのぐらいあるのだろう?

 東京医大に限らず、女子が医学部に合格しずらいということは、以前から指摘されてきたそうだ。女性医師らで作る「日本女性医療者連合」の対馬ルリ子理事は「やっぱりね、という思いです」と話したそうだ。

 差別の難関をくぐって合格した女医はきっと優秀に違いない。これからは女医にかかりたいものだが、女医の数が少ないので無理な話である。

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2018年8月 5日 (日)

NHK連続テレビ小説「半分、青い」はドタバタ

 NHK連続テレビ小説「半分、青い」が残すところ2か月弱となった。2日の朝日新聞の文化・文芸欄に「レビュー 朝ドラ『半分、青い』」が載った。従来の「朝ドラ」のイメージ覆す要素も満載で、SNS上でも議論が沸騰しているのだという。賛否両論が飛び交っているということで、 漫画家の海野つなみ氏とライターの田幸和歌子氏がコメントしていた。

 海野氏は「私は楽しんで見ています」と言い、先が読めない面白さがあると述べている。確かに先が読めないところが多く、突然物語が変化していく。

 律が出なくなったのもそうだし、百均の大納言で知り合った森山との突然の結婚や離婚の動きもそうである。

 この朝ドラはこれまでのと違ってモデルがなく、作者北川悦史子氏の完全な創作である。だから自由自在に変化をできるのだろう。

 このドラマが始まった時からそうであったが、ドタバタ喜劇みたいなところがちらつく。秋風羽織のキャラクターもそうであったが、最近では百均オーナーの三姉妹の言動が非常にオーバーで吉本喜劇みたいだ。結婚式で祭壇を倒してしまうところなどその典型であった。

 鈴愛の言葉が子どもの時からため口なのもずっと気になっている。子どもの頃はまだよいとしてもいい大人になっても、母になっても年上の人にため口で話しているのは頂けない。家庭教育はどうなっているのだと言いたい。

4日はとうとう鈴愛と涼太は離婚してしまった。鈴愛が「愛している。好きで好きでたまらない」と言っているのに、涼太は受け入れず自分のやりたいことをやろうというのだ。可愛い娘と奥さんがいてそんな身勝手な離婚などあり得ない。第一、映画監督と家庭が両立しないとは絶対にない。

 娘もあっけらかんとして「お父さんにふられたのよ」と言っているが、それもおかしい。あれほどの娘ならかすがいになるはずだからだ。

 田幸氏は、「私は恋愛部分よりも、描かれる時代に注目している。日本が失速していくその先の時代をシビアに描く」と言っているが、時間の進み方が非常に速く、子どもが生まれたと思ったらすぐに4年も経っているなど、ドラマの随所で時間をすっ飛ばしている。

 だから高度成長期終わりから平成の景気低迷の時代を描けているとは思えない。深みのないトテンパタンのドラマである。面白いと感じている人たちは何をそうか感じるのであろうか。私はツイッターをやらないのでSNS上での議論は全く蚊帳の外である。

 前から面白くないドラマだということを書こうと思っていたが丁度良い機会だと思って書いた。 

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2018年8月 4日 (土)

北海道名づけの由来を初めて知った

 北海道、東北、九州、四国など地域を呼ぶ名前がいろいろあるが、北海道という呼び方がどのようにしてつけられたのかは知らなかった。東海道という呼び方があるので、北の方だから北海道かな?ぐらいに思っていた。

  8月1日の天声人語を読んで、初めてその由来を知った。この歳になってやっと知るとは!と思ったことである。

  江戸時代末までは蝦夷地と呼ばれていたのだ。アイヌ人が住んでいたので和人地と対応して呼んでいたようだ。それを明治政府になって1969年7月に開拓使を設置し、8月に太政官布告によって北海道と改めたのだ。

  呼称を決めるとき、「開拓判官」の要職にあった松浦武四郎が6つの案を出した。日高見道、北加伊道、海北道、海島道、東北道、千島道であった。

  その中から「北のアイヌの地」の意を込めた北加伊道が採用され、「北海道」という字に改められたのだという。

  松浦武四郎は「北加伊道」を本命としていた。アイヌの人々への敬意が窺われるという。なるほどそうだったのかと頷いた。「北のアイヌの地」という意味だったのだ。

  アイヌが原住民として住んでいた北海道や千島や樺太などはもともとはアイヌの地(アイヌモシリ)である。それを和人が侵略して日本に統合したのだ。琉球もそうだし、アメリカインディアン、オーストラリアのアボリジニ、ニュージランドのマオリなども被征服民族である。征服した側はそうした民族に対し力で抑圧をし収奪をした。

  天声人語によると、「松浦武四郎は江戸末期、蝦夷地を6度調査する。踏破して見えたのは、松前藩と商人たちによる収奪であった。アイヌの土地を奪い、過酷な労働を強い、娘をさらう。その実態を幕府に訴え、明治政府には救済策も進言したが、認められず、官職を辞した。」と記す。

  そして武四郎の歌を記している。その歌に感銘を受けた。

  心せよ えみしもおなじ人にして この国民の数ならぬかは

  アイヌも同じ人間だという認識、それを奴隷のように扱い収奪するやり方に抗して職を辞したのであった。

 

 辞して後名乗った号は「馬角斎」であったそうだ。今年松浦武四郎の生誕200年だという。三重県松阪市に松浦武四郎記念館があると紹介している。いつか訪ねてみたいと思う。

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2018年8月 3日 (金)

中国の食品は汚染されている理由という記事

 先日、スーパーで殻つき落花生を買って来た。以前は中国の殻つき落花生が好きでよく食べていたのだが、週刊誌や新聞などで中国の食品は汚染されていて危険だとか、加工食品でも製造過程に問題があるなどと報道されて以来、出来るだけ買わないようにしている。

  我が家では餃子や春巻きなどは妻が作ってくれるので加工品を買うことはない。魚でも骨抜きと謳った加工品があるが中国製である。

  今はどうか知らないが、野菜類も中国からの輸入品が多くあった。ネギやサトイモなどが多かったと思う。そうしたものは買わない。

  落花生を買ったのは、久しぶりだからたまにはいいだろうと思ったのであった。中国の落花生の本場山東省産だと書いてあるが、落花生は地面の中に実を結ぶので汚染された土の影響をもろに受けるように思う。

  中国が工業発展をして各地に製造工場が作られたが、問題は大気汚染だけでなく、工場で使われた有害な物質を含んだ水が垂れ流しになり、それが水質汚染をし、その水を使って農作物が栽培されていることである。

  中国人もその事実を知っているが、やむを得ず毎日食べているようだ。ネットの現代ビジネスの記事に「中国「食品汚染」本当の原因は…現地人の衝撃告発」というのを見つけた。その中に中国人が書いた水質汚染の農作物の実態が書いてあった。

  〈中国の農作物は、しばしば水によって汚染させられています。そしてそのことを、人々は「仕方がない」と諦めています。これは、私の故郷の、広東省と江西省の境にある、小さな村の話です。>という書き出しで始まる文章、途中を省いて引用する。

   〈不思議なのは、村人たちが、川の水質が重金属汚染の規準値を明らかに超えていると知っているのに、何事もなかったように汚染された川の水を灌漑して耕作を続け、その土壌で育てられた作物を市場に納めていることです。そして村人たち自身は、「お婆さんのたぶさ」の泉から引かれた清水で育てた作物だけを食べているのです。〉

 この告発文を紹介した人は「多くの中国人は、中国の食物に、化学汚染をはじめ様々な問題があることを知っています。それは、この村の人々だけではないでしょう。」と述べている。
 

 だいぶ前にNHK番組でも取りあげられたが中国の汚染は深刻である。日本もかつては大気汚染や水質汚染の公害で騒がれたが、その後の対処によって抜け出すことができた。中国はまだその公害の最中なのだ。

  中国からの輸入食品を買わなければ安心とはいかないのが怖い。中華料理店やファミリーレストランなどでは安く提供するために中国から輸入した食材を使っているといわれる。

 家で気をつけていても、外食で知らぬままに安全性が疑わしい食品を食べているということがあるのだ。

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2018年8月 2日 (木)

元号か西暦か

 7月30日の朝日新聞「平成と天皇」という記事の第6部として「元号はいま」というのがあった。昨年の眞子さまと小室圭さんの婚約内定の記者会見で2人の出会いを問われて、真子さまが「初めてきちんとお話をしたのは2012年・・・・」と西暦で答えた。皇族が元号を使わなかったことに、保守派の一部には衝撃が走ったと書いている。

 

 一部の保守派というのは天皇中心の戦前回帰を望む連中に違いない。右翼など戦前の天皇制を懐かしむ人たちが元号を第一に考えるのは理解できる。

 

 大阪大学の名誉教授加地伸行氏は「ショックを受けたと記し、「なぜ、西暦というキリスト教の暦に合わせる必要があるのか。我々は生きている時間を、元号によって、天皇の存在と連動して考えて来た。おそれが失われれば、日本人のあり方そのものが変質しかねない」とお述べているそうだ。

 

 しかし、元号でやってきたのは、江戸時代が終わるまでは確かにそうであった。それは西暦が入って来ていなかったからだ。

 

 明治以後も敗戦までは元号が強調されたが、それは天皇中心の国家造りがめざされたからであった。天皇を現人神として神格化までしたのであった。それと同時に軍国主義が台頭し戦争へと突き進んだ。その過程では元号は大事であった。

 戦後は元号と共に西暦も使われるようになった。歴史上の年代を覚えるのに西暦で語呂合わせをして「人群れさわぐ江戸開幕(1603徳川幕府ができた)」のように年表を覚えたものであった。江戸時代末期までは元号は度々変わっているので、元号で覚えるのは不可能と言ってよい。

 しかし、明治、大正、昭和と元号で時代区分をするのは日本人にとって意味があるものだ。西暦だとそのようには行かない。だから元号のよいところ、西暦の便利なところを使い分ければよいと思う。

 記事によると、朝日新聞が昨年7月に行った世論調査で「元号の制度を今後も続けていく方がよいと思うか」とたずねたら、続ける方がよいが75%にのぼったそうだ。

 70歳以上で70%、60代の74%に対して、18歳~29歳が76%、30代が80%で、若い世代の支持が高かったという。

 役所に出す文書などは西暦でよいと思う。オリンピックは2020年と西暦で強調されている。西暦は今や世界標準と言っていいのだから、目くじらたてずに、西暦がよいところには使えばよいのだ。嫌でも英語が世界で使われているのと同じことだ。

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2018年8月 1日 (水)

ヒジキはタバコより危険という記事、本当?

 私はワカメ、海苔、ヒジキなど海藻類が好きで、ヒジキは子どもの頃母がよく料理に使ってくれたので馴染みが深い。

  Yahooニュースを見ていたら、「タバコより危険?『ヒジキ』で寿命が縮まる!?」という記事があった。AllAboutの記事だ。何事ぞと思って読んだ。

  2004年7月英国食品規格庁より、ひじきは健康を害するため食べない方がよいとの勧告が出された。理由は「無機ヒ素」を多く含むためだというのだ。今から14年も前の話しである。これまでに聞いたこともなかった。何を今更と思った。

  、「ヒ素」は農薬や殺鼠剤に使われる毒物である。ヒ素には「有機ヒ素」と「無機ヒ素」があり、毒性は「無機ヒ素」のほうが強いといわれている。WHO(世界保健機関)のファクトシートによると「飲料水や食事からのヒ素の長期にわたる摂取は、がんや皮膚病変の原因となりうる。また、心血管疾患、神経疾患、糖尿病の発症にも関連している。」そうだ。「ヒ素」は和歌山の毒カレー事件で有名になった。だから危険なのはよく知っている。

  「損失余命」というのがあって、身体に悪影響を及ぼす食事や行動によって、どのくらい寿命が縮まるかを示す考え方なのだそうだ。この用語は初めて知った。『それで寿命は何秒縮む?』という書籍で紹介されたことから広まったようだという。

  それによると、タバコを1本吸うと12分縮まる、コーヒーを1杯飲むと20秒、ソーセージを1本食べると25秒縮まるそうで、ひじきの損失余命は小鉢1杯で58分と考えられているらしい。

  ヒジキの安全性について、 厚生労働省が、実際に日本人が食べているひじきの量から危険性の有無を、東京都福祉保健局が「ひじきに含まれるヒ素」でまとめていて、それによると……

1. WHOが定めた無機ヒ素の耐用週間摂取量は15μg/kg体重/週だから、体重50kgの人の場合、1日に107μg(1週間に750μg)までは大丈夫。

2. ひじきに含まれる無機ヒ素は最大22.7mg/kg(22.7μg/g)で、1日あたり4.7g以上を食べ続けない限り、健康に悪影響を与えることはない。

 平均的な日本人の食生活では、ひじきの摂取量は1日0.6g程度。だから全く問題ないといえる。

 厚生労働省の発表にも「海藻中に含まれるヒ素によるヒ素中毒の健康被害が起きたとの報告はありません」と明記されている。

  ヒジキのヒ素を除去する調理法は、英国食品規格庁の勧告を受け、農林水産省が調理による無機ヒ素含量の変化を調べたという。平成18~20年度にスーパーなどから取り寄せた乾燥ひじきを水洗い、水戻し、茹でる、茹でこぼす等の工程でどのくらいヒ素の含量が変化するのかを調べたそうだ。

 ・水戻し……30分間水に浸し、戻し水を捨てて水洗い

 ・茹で戻し……水に入れて茹で、沸騰後5分茹でる。茹でた湯を捨てて、水洗い

 ・茹でこぼし……30分水に浸し、戻し水を捨てる。お湯に入れ茹で、沸騰後5分間茹でる。さらに茹でた湯を捨てて水洗い

 最も重要なことは、戻し汁は使わないことだという。戻し汁を使うと折角除去したヒ素が入ってしまうからだ。

 ヒジキには、葉酸が含まれるし、食物繊維やカルシウムや鉄などが豊富だからよい食品である。毎日食べる訳ではないし、この記事の情報を頭において食べればよいのだ。

※http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/anzen_info/hijiki.html

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