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2018年6月27日 (水)

沖縄慰霊祭で読まれた女子中学生の素晴らしい詩

 

午後7時のNHKニュースで「沖縄の日」のニュースを見た。ニュースのメインは糸満市摩文仁での慰霊祭で自作の詩を朗読する女子中学生相良倫子さんの姿であった。

 その詩を聞いて私は感動して涙が出た。中学生とは思えない非常にすぐれた内容の詩であった。相良さんは暗誦したと次の日の朝日新聞で知った。詩の全文が載ってなかったので残念であった。

 ネットで探したら全文が見つかったので嬉しかった。この詩朗読を安倍首相も聴いたに違いないがどう感じたのであろうか。安倍首相は辺野古の海岸の埋め立てをきょうこうしている。そのハブのような心には響かなかったであろう。

 沖縄には今も日本の7割以上の基地がある。いわば独立国のはずなのに被占領状態なのだ。沖縄の人びとの73年にわたる苦悩を汲み取り、基地をなくす方向に行くべきである。

 鎮魂と平和希求の素晴らしい詩の全文は、

 生きる

                    沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

     私は、生きている。

  マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、

    心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、

    草の匂いを鼻孔に感じ、

    遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

 

    私は今、生きている。

 

    私の生きるこの島は、

    何と美しい島だろう。

    青く輝く海、

    岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、

    山羊の嘶き、

    小川のせせらぎ、

    畑に続く小道、

    萌え出づる山の緑、

    優しい三線の響き、

    照りつける太陽の光。

 

    私はなんと美しい島に、

    生まれ育ったのだろう。

 

  ありったけの私の感覚器で、感受性で、

    島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 

    私はこの瞬間を、生きている。

 

  この瞬間の素晴らしさが

    この瞬間の愛おしさが

  今と言う安らぎとなり

  私の中に広がりゆく。

 

たまらなく込み上げるこの気持ちを

    どう表現しよう。

    大切な今よ

    かけがえのない今よ

  私の生きる、この今よ。

 

    七十三年前、

    私の愛する島が、死の島と化したあの日。

    小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

    優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

    青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

    草の匂いは死臭で濁り、

    光り輝いていた海の水面は、

    戦艦で埋め尽くされた。

    火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、

    燃えつくされた民家、火薬の匂い。

    着弾に揺れる大地。血に染まった海。

    魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

    阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 

  みんな、生きていたのだ。

    私と何も変わらない、

    懸命に生きる命だったのだ。

    彼らの人生を、それぞれの未来を。

    疑うことなく、思い描いていたんだ。

    家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

    仕事があった。生きがいがあった。

    日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

    壊されて、奪われた。

    生きた時代が違う。ただ、それだけで。

    無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 

    摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

    悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

    私は手を強く握り、誓う。

    奪われた命に想いを馳せて、

    心から、誓う。

 

    私が生きている限り、

  こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

  もう二度と過去を未来にしないこと。

    全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越え て、平和である世界を目指すこと。

    生きる事、命を大切にできることを、

    誰からも侵されない世界を創ること。

    平和を創造する努力を、厭わないことを。

 

  あなたも、感じるだろう。

  この島の美しさを。

  あなたも、知っているだろう。

  この島の悲しみを。

  そして、あなたも、

    私と同じこの瞬間(とき)を

  一緒に生きているのだ。

 

    今を一緒に、生きているのだ。

 

  だから、きっとわかるはずなんだ。

    戦争の無意味さを。本当の平和を。

    頭じゃなくて、その心で。

    戦力という愚かな力を持つことで、

    得られる平和など、本当は無いことを。

    平和とは、あたり前に生きること。

  その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 

    私は、今を生きている。

  みんなと一緒に。

  そして、これからも生きていく。

    一日一日を大切に。

    平和を想って。平和を祈って。

  なぜなら、未来は、

  この瞬間の延長線上にあるからだ。

  つまり、未来は、今なんだ。

 

    大好きな、私の島。

    誇り高き、みんなの島。

 そして、この島に生きる、すべての命。

    私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 

  これからも、共に生きてゆこう。

  この青に囲まれた美しい故郷から。

    真の平和を発進しよう。

    一人一人が立ち上がって、

  みんなで未来を歩んでいこう。

 

    摩文仁の丘の風に吹かれ、

    私の命が鳴っている。

    過去と現在、未来の共鳴。

    鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

    命よ響け。生きゆく未来に。

    私は今を、生きていく。

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コメント

感受性豊かで大変素晴らしい詩ですね。これを聞いた人や沖縄戦を体験された人たちは、きっと苦しくてつらかったあの頃に想いを巡らせ、平和の尊さを新たにされたと思います。この詩を聞いても読んでも、傲慢不遜な政治家には何も心に響かなかったでしょうね。毎日ウソでウソを塗り重ねることだけで、何も聞く人の心に響かない国会答弁は聞くに堪えませんね。彼らはこの中学生の何倍もの人生を生きてきて、一体何を学んできたのでしょうか。

投稿: danny | 2018年6月27日 (水) 09時43分

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