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2018年6月

2018年6月30日 (土)

日本対ポーランド戦に深く落胆!!

 28日に行われたサッカーの日本対ポーランド戦を観た。朝新聞でテレビ放送の時刻を調べたがNHKの放送はなく、東海テレビの放送だけが書いてあった。

  夜スマホで調べたら、NHKは全試合放送と書いてあり、23時からBS1で放送としてあった。しかし、NHKが放送したのは総合テレビでコロンビアとセネガル戦であった。BSIはメジャーリーグの野球であった。どうしてこんなことがあるのか不思議であった。

  今回は23時キックオフなのでセネガル戦より楽かと思いながら東海テレビで観た。メンバーは6人も入れ替わっていたが、日本はポーランドに対して臆することなく向かっていった。前半戦では惜しいゴールシーンも2つあった。また評判を落としてキーパー川島のファイアプレーもあった。

  後半は開始直後に岡崎が負傷で交代した。後半も相手のコーナーキックを凌いで、日本も互角以上に戦った。ところがファウルでポーランドにセットプレーの機会を与えてしまった。ゴールまで距離はあったが、ポーランドは見事に得点をした。

  その後日本は必死に得点をしようとがんばったができなかった。コロンビアが1点入れたのでそれからはアナウンサーは「セネガルが点を入れなければフェアプレー差で日本が決勝進出ができる」とうるさいくらい繰り返した。

  勝ち点、得失点が同じ場合は受けたイエローカードの枚数の違いで4枚の日本が6枚のセネガルより上になり2位になると知った。

  後半戦30分過ぎぐらいだったろうか、日本はパス回しに徹し始めた。そして相手のポーランドも積極的にボールを取りに行かず眺めているだけであった。日本の気持ちを「忖度」して責めるのを止めたようで、あとは両チームとも時間が早く過ぎるのを待つ姿勢になった。

  当然スタンドからは大きなブーイングが起きた。コメンテーターは「ブーイングに負けることなくパス回しをすべし」と言っていた。

  このパス回しはキャプテンの長谷部が入ってから西野監督の指示として選手に伝えられたようであった。

 パス回しだけで時間が過ぎるのを見て、「これがスポーツか?フェアプレーを尊ぶなら堂々と戦うべきだ」と思った。日本は武士道の伝統を持ち、野球では「サムライ日本」と言っているが正々堂々たる態度を善しとしている。

 これが柔道であれば、指導が入る場面である。ボクシングでもレスリングでも警告があるはずだ。相撲なら八百長と言われるだろう。そんなアンフェアなことがピッチで堂々とおこなわれたのだ。フェアプレーの差でセネガルに勝ったというが、それは間違いだ。全員にイエローカードを渡すべきであったのだ。

 この西野監督のやり方について、NHKの朝のニュースでは決勝進出のために一番リスクが少ない方法であったとコメントしていた。

 ネットで調べたらBBC放送では、「残念だ。茶番であった」と酷評であったそうだ。またアイルランドのマイケル・オニール氏は「監督として他チームの結果に委ねるというのは唖然とさせられる。日本は評価が上がっていたが、次の試合ではボコボコにやられるとよい」と批評したそうだ。

 他にもとんでもないやり方だという批判が相次いだようだ。ロシア国営テレビも「この試合の最終場面のようなことは見たことがない。今後は日本を応援しない」と言ったそうだ。

 海外の批判が当然のとこである。私も眠いのを無理して観たことを後悔した。桜の花がきれいに咲いてパッと散る潔さを愛して来た日本がやるべきことではなかった。観客は入場料の返還を要求すべきである。

 とにかく「誤魔化してでも、ウソをついてでも、改ざんしてでも、通ればよいのだ」という安倍政権のやり方が乗り移ったとしか思えない。

 

 

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2018年6月29日 (金)

安倍首相の本音浮彫り―「党首討論使命終わった」発言

 6月27日の国会であった安倍首相と野党党首らによる党首討論の時、立憲民主党の枝野代表との討論で、党首討論について「歴史的使命が終わった」と発言したと新聞に出ていた。

  これは6月の党首討論の後、枝野氏が「意味のないことをだらだらとしゃべる首相を相手に、今の党首討論はほとんど歴史的意味を終えた」と記者団に述べたことを引き合いに出したものだという。

  枝野氏が持ち時間僅か15分の中で、「安倍政権の問題点を7つ列挙したい」と、約6分かけて、森友・加計学園問題を批判し続けたことに対し、首相は「質問というか演説」と指摘して、「今のやり取りを聞いて、本当に歴史的使命が終わってしまったと思った」と述べたのである。

 これは首相が言うべき言葉ではない。首相は国会で誠実に説明責任を果たすべき立場なのだ。

  もともと安倍首相は党首討論には乗り気でなく、やらないように避けて来たと言われる。野党の要求に仕方なく応じたと言えるのだ。

  しかし、安倍首相は限られた党首討論の時間の中で、質問の核心には答えず逃げの一手である。

  枝野氏に対して枝野氏の持ち時間を3分ほど超過したうえ、森友・加計問題には答えなかったのだ。

  共産党の志位委員長や無所属の会の岡田代表も森友・加計問題を取り上げ、首相の道義的的責任を追及したが、前回と同様に紋切型の答弁で応じたと新聞は伝える。

  加計問題をめぐり、志位氏が「加計学園が首相の名を使い国民の税金をかすめとった。そういう認識はあるのか」と繰り返し迫ったが、首相は「あずかりしらぬ」「答えようのないことだ」とかわしただけだ。

 そもそも森友・加計学園問題は安倍首相と昭恵夫人のお友だち優遇から生じているのだ。そして1年半にわたってまだ続いているのは、この問題をうそと誤魔化しでやり過ごそうと、あの手この手を繰り出して来たのが原因である。

 行政官僚に忖度をさせたり、公文書の改ざんをさせたり、国会に嘘の報告を提出したりし、そのうえで国会ではまじめに対処せず、言い逃れ、ウソの答弁、誤魔化しの答弁などでやり過ごしてきたのであった。

 安倍首相は相手の言い分を如何に巧みにそらすかということに脳を働かせているようで、その点は見上げたものだ。しかし、それが国会軽視、国民無視になっているのだ。それがやれるのは、いつも指摘するように、国会での2/3以上の議席があるからである。その上に胡坐をかいているのだ。

 与党を組む公明党や野党とはいえ組している維新の党も安倍首相をかばい続けている。このままでは政治不信がますます広がるばかりである。

 

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2018年6月28日 (木)

深夜の対セネガル戦観戦

 コロンビアに勝って勝ち点3をあげ、トップになった日本と、おなじく勝ち点3ながら2番に付けたセネガルとの対戦は同点引き分けに終わって一応ホッと胸を撫で下ろした。

  この試合、現地時間の関係で日本時間0時のキックオフであった。それで毎日夜9時前には寝る習慣の私は、観るか観ないか悩んだ。結局大河ドラマ「西郷どん」を見たら直ぐに寝て、12時ごろに妻に起こしてもらうことにした。

  いつもなら寝ると1時半か2時ごろにトイレに起きるまで寝ているのだが、この日は落ち着かなかったのかときどき目が覚めては寝て行った。妻の声で起きたら11時55分ぐらいであった。すぐにテレビをつけ、トイレを済ませた。

  0時のキックオフでどんな試合をするのか観ていたが、セネガルが日本エリアまで攻め込んで来ると事が多かった。セネガルの選手は背が高くて足が速かった。セネガルは噂通り強いと思っていたら、11分過ぎにセネガルのマネにゴールを許してしまった。

  キーパーの川島が両手ではじいたボールがその前にいたマネの膝に当たりゴールになったのであった。ネットニュースを見ていたらこの川島のプレーについてミスだと世界で批判が出ていると書いてあった。はじくべきではなかったというのだ。たしかに見ていてミスミス点を与えた印象はあった。

  その後日本は怖がって萎縮するかと思っていたら、立て直して相手陣地に入るようになった。そして乾選手のゴールで同点に追いついてホッとした。この乾の得点は大事だと思う。これがなければ同点にはならなかったのだから。

  休憩時間に第3ビールを持って来て後半戦を観た。試合終了後すぐに寝られるようにと考えたのであった。

 後半戦が開始して日本は相手エリアで闘うことが多くなったように感じた。パス回しをうまくやっていた。長谷部がイエローカードをもらったり、倒されて鼻血を出したりしたが、それだけ激しく戦ったということだろう。

  しかし後半戦もセネガルが勝ち越しの得点をしてハラハラさせられた。日本にもあわやのゴールが二つあったが得点にならず残念であった。控えにいた本田が香川に交代して入った。そしてコロンビア戦の時のようにコーナーキックの場面があったが、今回は得点できなかった。でも、その後本田が乾のボールを受けて蹴り込みゴールした。

 本田は3大会連続のゴールだそうだがまるで救世主のような活躍であった。けれども同点になったのは前半の乾の得点があったからで値打ちは同じだ。

 本田が全員で戦った結果だとコメントしていたが、試合の流れの中の一コマであってその前にみんなの戦いがあったからできたことだ。

 セネガルのように先に点を取り追いつかれるより、後で点を取って追いつく方が終わったあとの気分はよい。勝ち点1となったので安心して寝床に入れた。

 28日のポルトガル戦は午後11時からだという。夜遅くなのでまた観るのが大変だ。でも観たい。引き分け以上を期待したい。

 ところでサポーターの試合後の清掃だが日本はやったと出ていたが、前回やったセネガルはどうだったのか?

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2018年6月27日 (水)

沖縄慰霊祭で読まれた女子中学生の素晴らしい詩

 

午後7時のNHKニュースで「沖縄の日」のニュースを見た。ニュースのメインは糸満市摩文仁での慰霊祭で自作の詩を朗読する女子中学生相良倫子さんの姿であった。

 その詩を聞いて私は感動して涙が出た。中学生とは思えない非常にすぐれた内容の詩であった。相良さんは暗誦したと次の日の朝日新聞で知った。詩の全文が載ってなかったので残念であった。

 ネットで探したら全文が見つかったので嬉しかった。この詩朗読を安倍首相も聴いたに違いないがどう感じたのであろうか。安倍首相は辺野古の海岸の埋め立てをきょうこうしている。そのハブのような心には響かなかったであろう。

 沖縄には今も日本の7割以上の基地がある。いわば独立国のはずなのに被占領状態なのだ。沖縄の人びとの73年にわたる苦悩を汲み取り、基地をなくす方向に行くべきである。

 鎮魂と平和希求の素晴らしい詩の全文は、

 生きる

                    沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

     私は、生きている。

  マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、

    心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、

    草の匂いを鼻孔に感じ、

    遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

 

    私は今、生きている。

 

    私の生きるこの島は、

    何と美しい島だろう。

    青く輝く海、

    岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、

    山羊の嘶き、

    小川のせせらぎ、

    畑に続く小道、

    萌え出づる山の緑、

    優しい三線の響き、

    照りつける太陽の光。

 

    私はなんと美しい島に、

    生まれ育ったのだろう。

 

  ありったけの私の感覚器で、感受性で、

    島を感じる。心がじわりと熱くなる。

 

    私はこの瞬間を、生きている。

 

  この瞬間の素晴らしさが

    この瞬間の愛おしさが

  今と言う安らぎとなり

  私の中に広がりゆく。

 

たまらなく込み上げるこの気持ちを

    どう表現しよう。

    大切な今よ

    かけがえのない今よ

  私の生きる、この今よ。

 

    七十三年前、

    私の愛する島が、死の島と化したあの日。

    小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

    優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

    青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

    草の匂いは死臭で濁り、

    光り輝いていた海の水面は、

    戦艦で埋め尽くされた。

    火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、

    燃えつくされた民家、火薬の匂い。

    着弾に揺れる大地。血に染まった海。

    魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

    阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

 

  みんな、生きていたのだ。

    私と何も変わらない、

    懸命に生きる命だったのだ。

    彼らの人生を、それぞれの未来を。

    疑うことなく、思い描いていたんだ。

    家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

    仕事があった。生きがいがあった。

    日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

    壊されて、奪われた。

    生きた時代が違う。ただ、それだけで。

    無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

 

    摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

    悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

    私は手を強く握り、誓う。

    奪われた命に想いを馳せて、

    心から、誓う。

 

    私が生きている限り、

  こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

  もう二度と過去を未来にしないこと。

    全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越え て、平和である世界を目指すこと。

    生きる事、命を大切にできることを、

    誰からも侵されない世界を創ること。

    平和を創造する努力を、厭わないことを。

 

  あなたも、感じるだろう。

  この島の美しさを。

  あなたも、知っているだろう。

  この島の悲しみを。

  そして、あなたも、

    私と同じこの瞬間(とき)を

  一緒に生きているのだ。

 

    今を一緒に、生きているのだ。

 

  だから、きっとわかるはずなんだ。

    戦争の無意味さを。本当の平和を。

    頭じゃなくて、その心で。

    戦力という愚かな力を持つことで、

    得られる平和など、本当は無いことを。

    平和とは、あたり前に生きること。

  その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

 

    私は、今を生きている。

  みんなと一緒に。

  そして、これからも生きていく。

    一日一日を大切に。

    平和を想って。平和を祈って。

  なぜなら、未来は、

  この瞬間の延長線上にあるからだ。

  つまり、未来は、今なんだ。

 

    大好きな、私の島。

    誇り高き、みんなの島。

 そして、この島に生きる、すべての命。

    私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

 

  これからも、共に生きてゆこう。

  この青に囲まれた美しい故郷から。

    真の平和を発進しよう。

    一人一人が立ち上がって、

  みんなで未来を歩んでいこう。

 

    摩文仁の丘の風に吹かれ、

    私の命が鳴っている。

    過去と現在、未来の共鳴。

    鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

    命よ響け。生きゆく未来に。

    私は今を、生きていく。

「糸満市の慰霊祭で詩を読んだ相良倫子 画像」の画像検索結果

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2018年6月26日 (火)

今年80周年の岩波新書

 Yahooニュースで「時流におもねらず、時局と対峙する―岩波新書80年」という記事を見つけた。筆者は西所正道氏という。この記事によって岩波新書が今年80周年だということを知った。

  また岩波新書は現在100レーベル以上もあるといわれる「新書」の元祖だそうだ。私が高校生の時社会科の先生だったと思うが岩波新書を読むように勧められたのを思い出す。その頃は新書版の書籍は岩波だけだったように思うのだが。

  岩波新書は教養をつけるのに手頃で、学生のステイタスであったと思う。最初に読んだ本は何であったかはっきりとは思いだせないが、斉藤茂吉著の「万葉秀歌」であったように思う。

  石激る垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも 

 という志貴皇子の歌が最初に取り上げられており、この歌は今でも海馬にしまわれている。

  高校生の時、いつも学校の図書館を利用していて、私が夏目漱石の本を読んでいると伯母に話したら、岩波新書の「夏目漱石」全3巻を買ってくれた。

  書棚を探したらこれら2冊の本が出てきた。とても懐かしい。

  岩波新書の創刊は1938年11月20日で、一斉に20冊が刊行されたそうだ。第1号は『奉天三十年』上下巻で、著者はクリスティーというスコットランド人の伝道医師で、1883年に中国の奉天(現在の瀋陽〈しんよう〉)に渡航し、1922年に帰国するまで地元の人々に尽くした。その自伝的回想記である。

 岩波茂雄はこの本を読んで痛く感激し、翻訳を思い立ったそうだが、第1号にしたのはそれだけではなかったようだ。

  ―編集責任者の吉野源三郎(「 君たちはどう生きるのか」の原作者)は、『奉天三十年』を岩波新書第1号として選んだ理由について、「岩波新書の50年」で、「満州国」建設スローガンの「王道楽土」を偽善的とし、《武力による侵略につづいて強行された武断的政治によって、満洲の民衆がどんなに苦しんでいたか(後略)。クリスティーの「無私の奉仕」は、「力による征服」という当時の現実に対する何よりの批判であり、虚偽の「王道楽土」に対する無言の抗議という意味をもつものでした。この時期に創刊された新しい双書の先頭に『奉天三十年』がおかれたのは、そういう含みからでした》―と書いている。

  岩波新書が知識層または本当の知識を求める人たちから、ずっと愛されて来たのは、創刊当初からの「時流に抗し、時局と対峙(たいじ)する」という「志」にあるのだ。

 岩波茂雄による「岩波新書刊行の辞」も、政府や官僚、軍部の在り方に疑問を呈する激しい文章であり、吉野によると右翼からだいぶにらまれたようだという。

  敗戦から4年後の1949年4月に復活し、カバーの色も赤から青になった。1970年代ごろになると、読者層も変わってきたという。学生読者が相対的に減り、若いビジネスマンの読者が加わったそうだ。

  横書きの岩波新書『日本人の英語』が発行されたのは1988年。著者は当時、明治大学で専任講師を務めていたマーク・ピーターセンさんだった(現在は金沢星稜大学教授)。この本はすぐベストセラーになり、現在80刷90万部だそうだ。

  私はこの本を持っている。紙と印刷の質は格段によくなっている。もちろん読んだのだが、内容はすっかり忘れてしまったのでもう一度読み直してみようと思う。

 岩波新書歴代売り上げベスト3は、1位が『大往生』(永六輔著、1994年)の100刷/250万部、2位が『日本語練習帳』(大野晋著、1999年)の62刷/210万部、3位が『論文の書き方』(清水幾太郎著、1959年)の97刷/155万部(5月24日現在)だそうだ。

 新書版の書籍が数ある中で、権力におもねない姿勢を保ち続ける岩波新書にはこれからもよい書籍の先頭に立ってもらいたい。

 詳しくは:https://news.yahoo.co.jp/feature/989

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2018年6月25日 (月)

減り続ける老人クラブという記事を読んで

 19日の朝日新聞名古屋ページに、「減り続ける老人クラブ」という記事があった。リードには「高齢者が増える一方で、県内各地で活動する『老人クラブ」が減っている。60歳を過ぎても働き続ける人が多くなったことなどが原因とみられ、会員数の維持やクラブの存続が危ぶまれている」と書いてあった。

 「県老人クラブ連合会と名古屋市老人クラブ連合会によると、県内の老人クラブ数は、2008年の6468から昨年は5468に減少。会員数は年間1万人以上減り続け、2008年の48万3927人から昨年は37万5471人に減った」そうだ。

 私は60歳で定年になったが、我が町内にある老人クラブからの誘いはなかった。その頃は会員数も一定の数が確保されていて、市から補助が貰える程度の人数(たしか40人だったと思う)以上には増やさないで、仲間内で楽しくやろうということだったと聞く。

 以後も会員を誘うという動きななかったので、私が町内役員をやったとき、老人会のやり方はおかしいと指摘したことがある。我が町内の老人会は隣の町内会とで構成されていて、両方の町内から毎年5万円ずつ、つまり合計で10万円の補助を受けているのだ。

 市から補助を受け、町内からも補助を受けて活動をしている以上、毎年4月には老人会に入ってくださいと知らせるべきである。誰からも勧誘されず、老人会からの広報もなければ老人会の存在さえ知らない場合もあろう。実際知人の高齢者も知らなかったとか、誘われたことは一度もないと言っていた。

 こう書いたが、昨日の回覧板は老人クラブの勧誘であった。現在35名だと書いてあった。やはり参加者が減少しているのだろう。

 老人会の会長など役員は毎年同じ人がやることが多く、我が町内でも同じであった。それで気が合った会員だけで楽しくやろうということになるのだ。

 しかし老人会の会員数は近年減少していて市の補助金をもらうために会員を増やそうと苦労しているようである。

 私が一度だけ老人会に誘われたのは、別の町の町内の人からであった。会員数が減って補助金がもらえないので入ってくれないかというものであった。

 私はこれまでに老人会に入ったことは無く、入りたいとも思わない。老人会に入らなくても、コーラスとかマジックとか日本語教室とか英語会話とかカラオケなど「キョウヨウ、キョウイク」でいっぱいなのだ。

 そういうところは年代もいろいろあって、人もさまざまで楽しい。名古屋市も老人クラブに補助するより、文化活動を続けているクラブなどに補助をすべきだと思う。

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2018年6月24日 (日)

「良心宣言」というムーブメントの情報

 戦後70年の間に作り上げ守ってきた自由や人権や平和に関わる重要な事項を議席の絶対多数を後ろ盾にして次々と改悪してきました。特別機密保護法に始まり、安保法、集団的自衛権容認・・・・。そうした動きの中で権力を監視するべきメディアの動きは鈍く、国民の側に立って先頭に立って真実を伝え、権力を批判する力が弱まっているように感じる。

 そうした中で、一部ジャーナリストの中に「良心宣言」という動きが出てきたことを友人が送ってくれた情報で知った。メディアはおそらく伝えないだろうと思うが、大事なニュースである。

 発信者のメッセージも含めて下に載せる。

 ――皆さま 注目すべきムーブメントと関連集会の情報です。 ジャーナリストがそれぞれ「良心宣言」を書き、発信する運動が 始まろうとしています。 その出発を記念する集会が7月1日に開かれます。まずは添付の チラシを開いてご覧ください。

 集会は以下の通りです。 「良心宣言 ジャーナリズム2018」シンポジウム 7月1日(日)午後2時~4時30分  法政大学市谷キャンパス冨士見ゲート2階G201教室 パネリスト 望月衣塑子氏(東京新聞記者) 阿部 岳氏(沖縄タイムス記者) 資料代500円 主催の「良心宣言実行委員会」から届いたメッセージを以下に ご紹介します。 戸崎賢二 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 皆さまへ このたび、新聞記者や放送関係者、フリーランスのジャーナリスト、新聞OBなど 報道にかかわる、あるいはかかわってきた人たちが集まり、「良心宣言」の実行 委員会をつくりました。

  権力を監視することはメディアの大きな役割です。これに対し、テレビの電波を 停止するなどと脅す政権があります。市民の目線から質問し、報道する記者を 毛嫌いし、個人攻撃する動きもあります。

  ジャーナリストは何ものにも縛られず、自由に発想し、事実を追いかける。この 原点ともいうべき心意気がいまこそ、必要な時でしょう。その意味で、ひとり一人 の取材者が自分の思いを「良心宣言」として世に発し、読者であり、視聴者である 市民の期待に応え、結びつきを強めたいと考えました。

 全国のジャーナリストが 「良心宣言」のリレーをすることで取材者の連帯をつくりあげることができたらと 思っています。 その出発点として、7月1日に東京の法政大学でシンポジウム「ペンは負けない  カメラは見逃さない――良心宣言ジャーナリズム2018」を開きます。

  沖縄基地建設での露骨な権力行使を監視し続ける沖縄タイムス・阿部岳記者、官房 長官会見で本音を引き出すまで質問を続ける東京新聞・望月衣塑子記者に、その 心意気を語っていただきます。

 このシンポジウムには法政大学図書館司書課程、アジア太平洋メディア情報リテラ シー教育センターのご協力をいただきました。 ユネスコ(国連教育科学文化機関)の協賛も申請中です。 7月1日を、批判精神が旺盛なジャーナリズムの大きなうねりをつくる場にして いきたいと思います。 多くの方々のご参加をお待ちしています。どうぞよろしくお願いします。         

 2018年6月  良心宣言実行委委員会 ――

 なお ホームページは http://kan20.atukan.com/ です。

 趣旨書・実行委員名・何名かの良心宣言を掲載しています。

 

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2018年6月23日 (土)

また称賛された日本人サッカーサポーターの行為

 Yahooニュースを見ていて、「日本は『最高のファンを持っている』 ゴミ拾いの称賛は世界各国メディアに波及」という記事を見つけた。日本人にとって誇るべき内容であった。

  サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会1次リーグH組でコロンビアを撃破し一躍世界的に有名になったた日本代表であった。日本中が沸いた試合でもあった。

  この試合の後、客席でゴミ拾いをする日本人サポーターの様子が英公共放送「BBC」に特集され、一流のマナーが脚光を浴びた。

  そのBBCの放送の後、世界各国も続々と報道された。「なぜ、日本は最高のファンを持っているのかを再び示した」などと波及しているという。

  コロンビアの黄色い服を着たサポーターが圧倒的に多かったスタジアムで、試合後黙々とゴミ拾いに汗を流し、清掃に努めた日本人サポーターの姿が世界に広まっている。

 権威ある英公共放送「BBC」が「サムライブルーのサポーターは、一度もこの良きマナーを欠いたことがない」と報じ、国際大会で習慣化した振る舞いを高く評価。日本人にとって誇らしい称賛の輪は各国に波及したと記事は書く。

 実際試合後のサポーターのゴミ拾は何年か前に中国で開催された国際試合のときに報じられたのを読んだ覚えがある。この良き行いはずっと続いていたのだ。

 米大手放送局「CNN」は「日本とセネガルのファンがW杯のスタジアム清掃を手伝う」と見出しを打って特集。同じように清掃活動を行った同組のアフリカサポーターとともに紹介し、「写真や動画がソーシャルメディアで広がった」と伝えていると伝えているが、セネガルのサポーターも同様の清掃を行ったのは素晴らしい。

 ニューズウイークはJapan fans went around the stadium picking up litter after their win against Colombia という動画を流した。

 記事はさらに、「ニューズウィークは『礼儀正しい日本のファンがW杯勝利後にスタジアムを掃除』と日本人サポーターをメインに特集。『エカテリンブルグでセネガルと日本が戦う6月24日は、少なくともスタジアムが綺麗なままであることは確実だろう。どちらが勝ったとしても』」と記している。次のセネガルと日本戦は両国のサポーターによってクリーンな客席が保たれるだろうとつたえているそうだ。

  ドイツ紙「ディ・ヴェルト」は「ファンが試合後にスタジアムを掃除する日」と特集。「日本では各所に空瓶が転がっていることなどなく、東京ではごみを持ち帰って捨てることが慣習となっている」と試合会場はもちろん、日本国内も美化の伝統が根付いていると紹介しているそうだが、日本の街のクリーンさは有名で、この習慣は江戸時代以前からのものである。

 その他にも、英紙「サン」が日本のサポーターの行為を称賛し、フランス紙「ル・フィガロ」も「日本とセネガルのファンがスタンドを掃除」と報じているという。

 この記事は次のように結んでいる。「欧米各国で注目を浴びている日本人サポーター。同じく称賛の対象になっているサポーターを持つ次戦セネガル戦では綺麗な客席が保たれるだろう。ピッチでは熱く激しく、客席はクリーンに。日本人の美徳が、W杯に新たな価値を示す一戦となるかもしれない。」

 このよい習慣が今度のワールドカップを機に世界に広がることを期待したい。
 

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2018年6月22日 (金)

東京電力の福島第二原発廃炉に思う

  メディアの伝えるところによると、東京電力ホールディングスの小早川智明社長は十四日、福島県庁で内堀雅雄知事と面会し、福島第二原発(同県富岡町、楢葉町)の全四基を廃炉にする方向で検討すると表明した。

  まだ廃炉が決定した訳ではないが、原発は廃止すべきだと考える私たちにとって良いニュースであった。

  東電社長は、福島第一原発事故から七年が過ぎ、「このままあいまいでは復興の足かせになる」と理由を説明したが、遅きに失した。原発事故後、福島県は繰り返し、福島第二の廃炉を求めてきたのだ。

  東電は十七基の原発を持っていたが、福島県内の全十基が廃炉の見通しとなった。 廃炉が決まれば、東電が持つ原発は柏崎刈羽(新潟県)のみとなる。

  東電が経営再建の柱とする柏崎刈羽1~7号機は、6、7号機が再稼働に必要な新規制基準に適合済みで、再稼働に望みをつなげる。

 先の新潟県知事選挙で自民・公明・維新などが推す花角英世氏が柏崎刈羽原発再稼働を争点から隠して当選した。私はいずれ正体を現して再稼働を認めると睨んでいる。

   東電は、運転開始から三十年超の第二原発の廃炉費用を二千八百億円と見込んでいる。しかし、福島第一原発の廃炉も遅々として進まない中で、廃炉の費用は未知数である。、想定よりも費用が膨らむ可能性がある。

  原発事故による巨額の賠償費用を背負う東電にとって、第二原発の廃炉費用は新たな重荷になることも想定できる。作業は原子力規制委員会が計画を認めてから始まるが、大量に出る放射性廃棄物の処分先さえ決まっていないのだ。

2018.6.14東京新聞夕刊「“廃炉やっと認めたか”福島第二 避難者ら安堵、怒り」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201806/CK2018061402000273.html

 

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2018年6月21日 (木)

W杯コロンビア戦、勝ってよかった!!

 ロシアで行われているワールドカップの対コロンビア戦を観た。キックオフが9時なので、いつもなら寝ている時間だ。それに日本チームは監督交代とか、チームが仕上がっていないとか、よいニュースを聞いていなかったので、観ようかやめようか迷ったが、ビデオに録って後で観るのは気が抜けているから、ライブで観ることにした。

 テレビを観て驚いたのは、アリーナの観客席が真黄真黄でコロンビアのサポーターで埋まっていたことであった。コロンビアからそれほど多くのサポーターが駆けつけたのだ。後で選手が言っていたが、アウエーで闘ったのと同じであった。

 試合開始後3分で、コロンビアにハンドというファウルがあり、日本にチャンスが巡って来た。キッカーは香川選手で、どのように蹴るのか注目していた。ゴールのほぼ真ん中に向けて蹴ったのだが、相手のキーパーは右と予測していたのか右に飛んだので、ボールはネットを揺らし初得点となった。

 後で香川は「キーパーの予測をどうはずすか考えていた」と言っていたが、互いに脳の中で火花を散らしていたのだと思った。

 コロンビアの選手はどうしてハンドをしたのか、素人の私には分からない。そのためにPKだけでなく、退場という思いペナルティを課せられて、以後は10人で闘うことになったからだ。

 前半戦は日本にもチャンスがあったが決まらず、相手にPKを与えてしまった。それが決まったので、振出しに戻ってしまったと思ってがっかりした。

 後半戦は最初から日本が攻めていて、コロンビアはちょっと引いている印象を受けた。でもなかなか得点には結びつかなかった。

 途中でそれまでベンチにいた本田が香川と交代で投入された。私は本田の働きに注目した。交代4分後だったと思うが、コーナーキックのチャンスを得て本田が蹴った。それを大迫がヘッディングでゴールに入れ勝ち越した。

 試合後大迫は「このような練習を十分積みかさねて来たので成功した」と語っていた。それまで5度のコーナーキックのチャンスがあったのに、6度目で初めて成功したのであったやはり本田のキックの正確さが効いたのだろう。

 日本が勝ち越すとコロンビアは攻めが積極的になった印象で、日本側エリアにコロンビアがいることが多くなった。

 日本がさらに追加点を取ることを祈っていたが、それは成らず、アディショナルタイム5分となった。アナウンサーが「エッ、5分」と驚いていた。早く時間が進めと思いながら観ていた。普通なら5分は短いのだがこういうときは長い。

 やっと終了の笛が鳴っったときはほっとした。世界ランキング8位のコロンビアに61位の日本が勝ったのだ。しかも南米勢に勝ったのは初めてだと言っていた。

 布団に入ったのは11時半近くであったが、次の日は雨と予想されていてウオーキングには行けないと思いゆっくりと寝ることにした。気持ちの良い眠りであった。

 翌日のネットニュースには、本田選手が浮かれていないので称賛されたと出ていたが、日本選手は本当によくやり、楽しませてくれたと思う。次のセネガル戦も是非勝って欲しい。

速報‼ 日本代表がコロンビアに勝利! ワールドカップで南米勢に初の勝利をもぎ取る!

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2018年6月20日 (水)

鯉が恋する時期

 17日の朝、いつものように山崎川沿いにウオーキングをしていた。田辺公園を過ぎて鼎小橋の辺りに来たらバシャバシャという大きな音が川から聞こえてきた。橋に行って川を覗くと、白い水しぶきが盛んに上がっていた。

 よく見ると、黒い大きな鯉が何十匹も群れていた。そして時々バシャバシャと水しぶきを上げているのだ。丁度繁殖の時期だと思った。

 鯉の産卵のことは知らないが、鮭の場合、メスの鮭が浅瀬で尻尾を使って穴を掘り産卵するとオスが精子をぶっかけるということなので、鯉も似たようなことをするのではないかと思った。

 鯉が集まっている場所は浅瀬であった。上から見ていて、どれがメスでどれがオスなのかは分からなかった。ただ動いてバシャバシャとやる鯉がいるので、多分それがオスなのだろうと想像した。

 昔揖斐川にシラハエを釣りに行っていたが、そのときウグイやシラハエのオスが婚姻色に変わるのを見ていた。鯉の場合は婚姻色があるのかどうか知らない。

 普段山崎川で見ている鯉は、1匹か2匹が静かに泳いでいるだけである。だから鯉はあまりいないと思っていたのだが、随分たくさんいることが分かった。

 鯉が集まっている傍にコサギが1羽いて、逃げて来る小魚を狙っているようであった。あれだけ派手にバシャバシャやると、小魚は逃げてしまうのではないかと思ったが、コザギはその周りを動き回っていた。

 この川で生まれて大きく育つ鯉はどのくらいいるのだろうと思った。大半は小さいうちに食べられてしまい、成魚になるのはほんの僅かだろうと思う。

 鯉が集まってバシャバシャやっているところを写真に撮ったので、モーニングのときYさんに見せたら、犬の散歩のときに檀渓橋の下で見たと言っていた。

 今は鯉が恋をする時期なので、山崎川のあちこちの浅瀬で逢瀬を楽しんでいるに違いない。

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2018年6月19日 (火)

面白かった「AI vs 教科書が読めない子どもたち」―②―

 この本のポイントは「はじめにー私の未来予想図」を読むと分かる。

  AIに関する本が溢れ、AI論議が盛んに行われているという。そして、「AIが神になる」、「AIが人類を滅ぼす」、「シンギュラリティが到来する」などと騒がれているが、それについて新井氏は、そんなことは「ない」と断言している。

※シンギュラリティ  「人間の一般的な知能と同等レベルの知能」のAIが、自分自身よりも能力の高いAIを造り出すようになる地点。(新井氏の定義)

  今の若い人たちの子どもが生きている間ぐらいの近未来には、AIやAIを搭載したロボットが人間の仕事の全てを奪うことはないというのだ。

  なぜなら、AIはコンピュータであり、コンピュータは計算機であり、計算機は計算しかできないからだという。

  AIがコンピュータ上で実現されるソフトウエアである限り、、人間の知的活動の全てが数式で表現できなければ、AIが人間にとって代わることはない。今の数学にはその能力はないと言っている。コンピュータの速さや、アルゴリズムの問題ではなく、数学の限界なのだそうだ。

 ※アルゴリズム 数学、コンピューティング、言語学、或いは関連する分野において、問題を解くための手順を定式化した形で表現したものを言う。

 しかし、人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っているという。そうなった時にAIに代替できない新たな労働需要が生まれるはずだから、余剰労働力はそちらに吸収されるから心配ないという人たちがいるという楽観論者がいるが、それには新井氏は悲観的だと言っている。

 新井氏たちは日本人の読解力について大掛かりな調査と分析をしたが、中高生の多くは、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できないという驚くべきことが分かったそうだ。

 これはAIで対処できない新しい仕事は、多くの人間にとっても苦手な仕事である可能性が高いというのだ。

 「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社刊 1500円+税)は、上記のようなことがらを章を追って丁寧に分かりやすく説明してくれる。

 前半はAIについてその功と到達点と限界について、後半は全国的に行った読解力テストとその分析、対処法について書いている。大変面白い本である。

 AIは計算機であり、特定のことについては凄い力を発揮するが、万能で汎用的な仕事はできないということが分かった。そして改めて人間の脳や臓器などが非常に勝れていることを思った。

 AIが人間を超すには人間の脳や臓器などの完全な解明がなされない限り不可能なのだ。

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2018年6月18日 (月)

ー面白かった「AI vs 教科書が読めない子どもたち」―①―

 本屋に行って「こんぴら狗」という絵本を探していて、偶然に「AI vs 教科書が読めない子どもたち」という本を見つけた。どんな本かなと思って「はじめに」を読んでみたら面白そうだったので買った。

 イオンラウンジでコーヒーを飲みながら読み、帰りの電車でも読んだ。この本は数学者の新井紀子氏によって書かれたものである。新井氏は国立情報科学研究所教授で、2011年から人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトリーダーを務めている。

 東大入学挑戦ロボットの存在は、テレビで取りあげられたこともあって知っていたが、詳しいことは知らなかった。ただ話題として知っていただけだ。

 「はじめに」を読み始めたとき、まず気が付いたのは、分かりやすく易しい文章表現であった。私が若い頃は難解な文章が多く、また、難解な文章がよいのだとされていたように思う。そうした傾向に疑問を感じ、かねてから文章は易しく分かりやすく書くべきだと思っているので、新井氏は数学者なのに勝れた言語能力の人だと感じた。

 読み進めていって、当然専門的な事柄については理解できない部分もあった。特に私は数学が大の苦手で、数字を見ただけで、アレルギー反応を起こすほどだ。小学校の時約分や通分も出来なかったし、高校のとき微分積分は皆目分からなかった。大学入試で苦労したのも数学が駄目であったからだ。

 それに対して、国語は何の苦労もなかったと言っていいくらいだった。社会も歴史も好きであった。数学は駄目だったが、電気などには興味を持っていた。それで、パソコンに飛びついたのもMSドスの終わりの頃であったし、インターネットも最初からやっていた。

 ただシステムのことはほとんど分からず、ある程度の動作不良などは対処できるが、レジストリなどが絡んで来るとお手上げである。しかし、取り残されないようにパソコンの進歩にくっついてきた。

 だから最近やかましく言われ出したAIについても関心があり、その鮮やかな進歩には驚いていた。

 最初はAIがチェスでが名人を負かし、次いで碁でも将棋でも同じことが起こった。また掃除機のルンバやスピーカーのようにAIを組み込んだものが出現した。そしてルンバは我が家でも活躍している。自動車の自動運転技術も大きな話題となった。AIを組み込んだロボットも受け付けとか介護施設とかで活躍している。

 NHKで特別番組としてAIが取り上げられたことが今年あった。そのシリーズも見たが、私の中のAIの世界はAIでバラ色の未来であった。やがてAIが人間のような知能を持つのだろうと思っていた。ところがこの本を読んで私のAI観が覆されてしまったのだ。

 

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2018年6月17日 (日)

生活保護費削減について国連人権高等弁務官事務所が警告

 安倍政権は先に今年10月からの生活保護費の引き下げを決定した。食費などの生活費にあてる「生活扶助」を最大で5%、3年かけて引き下げる内容で、受給世帯の2/3にあたる67%で減額となると見込まれている。

 

 これに対して国連人権高等弁務官事務所は先月24日に特別報告者4名の連名で「貧困層の最低限の社会保障を脅かす」と警告する報道発表を公開した。この指摘に 政府は警告が発表されたその日に、OHCHRに抗議をしたというのだ。

 

 私はこのことを友人が送ってくれた東京新聞の記事で知った。朝日新聞では取り上げたのかどうか気が付かなかった。メディアはこうした大事なニュースは大きく取り上げるべきだが、NHKも何も伝えていない。東京新聞は立派である。

 

 警告はまず、「日本のような豊かな先進国におけるこのような措置は、貧困層が尊厳を持って行きる権利を踏みにじる意図的な政治決定を反映している」と指摘。引き下げの前提となっている安倍政権の社会保障費削減方針にも「日本は緊縮財政が必要なときにおいても、すべての人に基本的な社会的保護を保障する義務がある」と主張し、貧困層の人権への影響が考慮されていない点を憂慮している。

 

 さらに「引き下げによって高齢者や女性、障害者ら貧困に影響を受けやすい人々が、さらにきずつけられる」と危ぶみ、引き下げの見直しや負の影響を緩和する方策を要求している。(以上、記事から)

 

 日本は経済大国とはいえ、非正規労働者は増えるし、生活保護受給者も増加の一途である。安倍政権は生活保護の増加に適切に対応せず、保護費を削減するという安易な道を選んだのだ。

 

 一方で安倍政権は大企業を優遇し、法人税を大幅に下げたり、防衛費を増額したりしている。票につながらない貧困層は自己責任だと言いたいのだろう。日本の生活保護の捕捉率は2割程度だと聞く。何とも情けないことだ。

 

 

 

 

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2018年6月16日 (土)

The King's Speachを観て

 BSプレミアムで英国映画「The King's Speach」が放映されたので、録画をしておいて観た。劇場で上映されたとき観たいと思いながら観に行ってなかったのだ。2010年の暮れに制作されというからもう8年も前の映画だ。

  今の英国のクイーンエリザベスの父親ジョージ6世が、吃音を治して大事な演説を成功させるまでの葛藤を描いたものである。登場人物は全て本名である。実話をもとにしているので興味深く観た。

  ヨーク公アルバート王子が1925年大英帝国博覧会閉会式で父王のジョージ5世の代理として演説を行った。しかし、吃音症でうまく話せず悲惨な結果に終わったところから始まるのだが、

  エリザベス夫人はオーストラリアからきた言語療法士のライオネル・ローグを訪ねる。(実際は1922年に言語療法士と会っているそうで、映画では期間を短縮してあるという。)それまでさまざまな治療をやって来たがダメで新聞広告を見てやって来たのだと話す。

  ライオネルは治療は彼のオフィスでないとやらないという。エリザベスが「本当はヨーク公だ」と言うが受けつけない。

  エリザベスは嫌がるアルバート王子を説き伏せ、オッフィスに連れて行く。ライオネルは対等な関係でないと治療はしないという。アルバートは反発するが互いにファーストネームで呼び合う。王族と対等な関係で治療しようというライオネルの態度はいい。

  機嫌を損ねたアルバートに、ライオネルはこっそりと録音したレコードを土産だと言って渡す。

 ジョージ5世はアルバートに王族としての責務を果たせるようにと厳しく接する。帰宅後アルバートはもらったレコードをかけてみて、自分が滑らかに発声しているのを知り驚く。それでアルバートはライオネルのもとに行き、いろいろな訓練を受ける。

  アルバートが吃音になったのは5歳の頃で、厳しく右利きに直されたこと、乳母に虐待されたこと、吃音をバカにされたことなどを話す。

  1936年1月、ジョージ5世が亡くなる。国王にはふさわしくないと言われていた兄のデヴィット王子がエドワード8世として即位する。

  エドワード8世はアメリカ人で離婚歴があり、2度目の夫があるシンプソン夫人との結婚を望んでいた。シンプソン夫人は離婚するが、国王であり英国国教協会の長である者が離婚歴のある女性と結婚することは許されないことであった。エドワード8世のことを聞いて、ライオネルはアルバートに国王になるべきだと勧める。アルバート王子はそれはできないと言い、「平民に言われる筋合いはない」と言ってライオネルから離れる。

 エドワード8世は恋をとって1年も経たずに王位を退く。「王冠より恋」ということで世界の話題となったが、イギリス王室には恋を大事にする気風があるようだ。

 アルバート王子がジョージ6世として即位をするのだが、ジョージ6世はライオネルに謝り助けを求め、戴冠式の宣誓はうまく行く。

 この頃ドイツではヒトラーが力をつけ、英国はドイツのポーランド侵攻を機に1939年9月3日にドイツに宣戦を布告する。世界大戦の始まりである。

 この日ジョージ6世は大英帝国全土に演説をすることになる。ライオネルが傍らにいて助け、演説は完璧に行われた。二人はこの後も友情を保ち続けたというナレーションで終る。

 この映画を観て感じたのは、英国王室と日本の皇室の違いである。この時代は日本は軍国主義がひどくなり、天皇は現人神として神格化された。天皇陛下というときには、直立不動で言わねばならなかったぐらいだ。

 それに比べて英国王室はずいぶん開けていたことが分かる。王子や国王に対しての接し方でも普通の人と変わらないようだ。映画からはそうしたことがよく分かる。

「the king's speech 画像」の画像検索結果

 

 

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2018年6月15日 (金)

「万引き家族」を観に行った

 カンヌ国際映画祭で最高の賞パルムドールを受賞した是枝監督の映画「万引き家族」を観に行った。午後1時半の部を観たいと思って出かけミッドランドスクエアに12時半に着いた。チケット売り場には少し並んでいる人がいた。

  チケットは少し残っていたがスクリーンから3列目までであった。3列目辺りは上を向いて見なければならないので迷った。5列目の隅っこが1つあったのでそれに決めた。

  開場の10分前に行くと辺りは人で溢れていた。凄い人気なのだと思った。中に入ると満席であった。

  上映が始まった。男と少女がスーパーで万引きをするシーンからであった。男が万引きを教えているのだ。その帰り道で団地の隙間の向うで泣いている女の子を見つけて男は家に連れて帰った。

  狭いごちゃごちゃした家にはお婆さんや若い女などがいた。私は予備知識を持たずに観に行ったので映画が始まっても家族の関係が全く分からなかった。家族関係が分かったのは最後の方であった。

  ゆりという女の子が加わって6人の家族になったが、俳優で知っているのはお婆さんを演じている樹木希林だけであった。

  少女のように見えた子は翔太という少年で、「ゆり」に駄菓子屋で万引きを教えるのであった。映画を観ていていろんなシーンが現れてパッと切り替わって行くのだが、ストーリーらしいものはないようであった。

  映画の進行を観ながら、頭の中で何を描こうとしているのかを考えながら観るしかなかった。家に帰ってネットで解説を読んでやっと男は柴田治ということがわかった。彼は高層ビルの建築現場などの仕事をしている。映画の中で裸になってセックスをする女性が妻の信代だと分かった。信代はクリーニング店で真面目に働いていたのに首をきられてしまったのだ。またもう一人の風俗で働く若い女性は信代の妹、お婆さんは初枝と言ってこの小さな家の家主であることが分かった。

男と翔太とゆり以外は万引きをしないのか、他の者たちは容認しているのかは分からなかった。

 映画の中で男が翔太にお父さんと呼ばせようとしているので、血のつながりがないことは分かった。

  この6人は初枝の年金を頼りにしているがそれだけでは足りないので万引きをして必要な物を手に入れているのだとどの解説にも書いてある。初枝と柴田夫婦は親子なのかどうかは分からない。

  柴田夫婦は翔太やゆりを気の毒に思って家に連れて来たようなのだ。万引きはするがこの奇妙な寄合家族は仲良く暮らし、海水浴にでかけることもあった。寄合家族の貧しくても仲良く暮らす様子を描いて、家族について考えさせようということなのだろうか。

 1回見ただけでは分かり難い難解な映画だと思ったが、外国人にも受け止められてパルムドールを獲得したののはなぜだろう。

 ネットには、「世界からも高く評価されている経済大国日本で、しかも首都東京で起こるこのような実情を、包み隠さずに映し出したということに大きな衝撃と意義がある」というのがあった。

 まじめに働いても生活ができず、やむなく万引きをしてしまうとか、簡単に首を切れれるとか、ゆりのように親からネグレクトされるなどの社会的問題を照らしだしたことだというのだろうか。

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2018年6月14日 (木)

米朝首脳会談は実現したが

 長い間騒がれてきた米朝首脳会談はやっと実現した。史上初めてのことだという。トランプ大統領、金正恩委員長はいつ態度を変えるか予測がつかないので当日まで懐疑的に見ていた。

 両首脳はに米朝関係の改善を目指す共同声明に署名をし、金委員長は朝鮮半島の「完全な非核化」を約束したが、いつまでに、どうやって非核化を実現するのかの具体策は示さなかった。つまり米国が事前に強調していた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」は盛り込まれなかったのだ。またトランプ氏が目指していた朝鮮戦争の終結も入らなかった。

 私は当日Yahooニュースで見ていたが、トランプ大統領は「我々は期待をはるかに超えることをやり遂げた」と自賛し、金委員長は「世界はおそらく重大な変化を見ることになるだろう」と述べた。

 トランプ大統領は北朝鮮に安全の保障を与え、新しい米朝関係の構築を約束した。また、朝鮮半島の永続的で安定的な平和体制の構築に尽力するとした。今後はポンペオ米国務長官と北朝鮮高官による交渉に委ねられる訳だ。

 トランプ氏は拉致問題について、金正恩氏に提起したそうだが、おそらく「言っておいたよ」という程度のことであろう。

 今回の米朝会談は壮大な政治ショーだと見る向きがある。たしかに誰の眼にも作られた政治ショーと映ったであろう。それはトランプ氏のツイッターや話しでの巧みな誘導と演出にある。金氏も韓国大統領と会ったり、習近平主席と2度もあったり、プーチンロシア大統領と会ったり・・・と、政治ショーの盛り上げに余念がなかった。

 天声人語では、ヒッチコックを引き合いに出して、いつどうなるのか観客をハラハラさせたサスペンスであったと書いているが、その通りだ。そしてこのサスペンスはこれからも続くと誰もが見ている。

 今回の米朝首脳会談の場所を提供したシンガポールの首相は、「どうして場所を提供しバックアップしたのか」と問われて、「東南アジアの平和と安定のため」と答えている。シンガポールがどのくらいの金を使ったのかはわからないが、いいことをしたと思う。

 この先がサスペンスで終らないように、世界にとってハッピイエンドとなることを期待している。

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2018年6月13日 (水)

鳥の習性、 コサギとスズメ

 早朝、いつものウオーキングをしていて、山崎川の左右田橋の南に差し掛かったらバシャバシャという音が聞こえた。「何だろう?」思って川を覗くと、コサギが2羽とウが1羽いて、コサギがウを追いかけていた。

 碁のことを「烏鷺の闘い」というように、真っ黒いウはまっ白いコザギと対照的である。ウの行くところをコサギが先回りしたり、周りに行ったりしているのであった。

 ウが魚を取るとき水にもぐって行くが、他の魚が逃げるのでコサギはそれを狙っているのだ。

 コサギを見たいと思って毎朝探していたが、この3か月余り全く見なかった。久しぶりにコサギを見たので嬉しかった。

 昨年までは左右田橋の南の浅瀬でコサギをよく見かけたのだが、今年はこれまでに1回見ただけであった。

 この朝は下流からウを追いかけて来たのであろう。ウはサッと水にもぐったり、水面すれすれに素早く飛んで行く。コサギはそれを少し高いところを飛んで追いかけるのだ。しばらく見ていたら下流へ飛んで行ってしまった。今朝は運がよかったのだ。

 それにしても、コサギはどうやってウがいるところで魚が取れると学習したのであろうか。DNAの中に組み込まれているのであろうか。不思議である。ウの方はそんなコサギを煩がる様子は見られなかった。

 帰り道、田辺公園にさしかかったら、道沿いにある鉄パイプの低い柵に、スズメが6羽ほどとまっていて、傍を低く飛んでいるスズメも3~4羽いた。

 その鉄の柵では、毎朝一人の高齢の男性が腰を掛けて餌をばらまいている。今朝はまだ男性はきていなかったが、スズメはもうすぐ男性が来るのを覚えていて待っているのだと思った。

 この場所では男性が餌を撒くと、カラスとスズメが集まって来て拾っているが、カラスは男性の手に止まって餌を食べることもある。さすがにスズメは用心深いのか近くまでは行くが、手には止まらないようだ。

 以前、イギリスのロンドンの公園に行ったとき、男性がスズメを呼んで手に止まらせて餌を与えているのを見たことがある。ヨーロッパのスズメは人間が害を与えないことをよく知っているのだ。

 日本のスズメは、歴史的に害鳥としていじめられてきたので、DNAに人間には気を付けろというものが組み込まれているのであろう。でも、学習によってこの人は安全だと思うようになったようだ。

 誰も教えないのに習性が受け継がれて行くのはDNAに組み込まれて行くからだと思う。

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2018年6月12日 (火)

日本語教室学習者と能鑑賞

 日本語教室の日本文化に触れる行事の一環として、6月9日に名古屋能楽堂へ能を見に行った。事前に計画をして希望者を募り、おにぎりとお茶を用意した。

 名古屋能楽堂は名古屋城の外の一角にあり、国際プラザからは歩いて行けるので便利である。

 開始は午後1時で開場は午後12時半なので授業はいつもの通りにやった。そしておにぎりとお茶を配り、開場に間に合うように出かけた。

 能楽堂に着くと列ができていたが、開場して中に入ると正面のよいところに席を取ることができた。

 この日の公演は若鯱研究発表会の「若鯱能」で、無料であった。だから学習者にも気楽に勧めることができたのだ。

 1時になると喜多流の能で鱗形が始まった。ネットで調べると謡曲で、喜多流のものらしい。北条時政が、旗の紋を定めるため江の島の弁財天に参籠すると、弁財天が3つの鱗の旗を授けると書いてあった。

 たいへん長くて50分余り演じられた。日本人でも分からないので、学習者には退屈であったかもしれない。

 次は、和泉流の狂言で「杭か人か」であった。これもネットには「実は臆病者でありながら、日ごろから強がりを言う太郎冠者。主人は知りつつも真価を確かめようと、召使に留守番・夜回りを命じて出かけるふりをし、物陰から様子を伺っていると・・・。槍を持って強そうに振る舞う。主人にそれがバレてしまう。狂言は芝居なので言葉が聞き取れないと面白さが分かり難い。

 15分の休憩があった。他の人たちはみな帰って行った。残ったのは私と私が教えている学習者だけであった。

 休憩後は有名な舞囃子が3つあり、最初は金剛流の「高砂」、ついで観世流の「胡蝶」、金剛流の3番めが「船弁慶」であった。

 いずれも大鼓や小鼓や笛・たいこと地唄による舞であった。この3つの後休憩があり、観世流の能、「小鍛冶」があったが、学習者が帰ると言ったので能は見なかった。

 展示室を回って能面や衣装などを見た。そして能面をつけて写真を撮った。感想を聞いたら面白かったと言っていたのでよかったと思った。

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2018年6月11日 (月)

フェイクニュースか、真実か!?

 友人から送られてきた情報に面白いものがあった。それは、先週発売されたフライデー6月15日号に、安倍首相と昭恵夫人が夫婦喧嘩をしたという記事があったというのだ。

その原因は、森友疑惑の元凶と糾弾される事に耐えきれなくなった昭恵夫人が「私、国会に出ます」と涙ながらに申し出たところ、「この期に及んで何をいうのか」と安倍首相が激怒したというのだ。

 フライデーはどこから手に入れたのかは分からないが、昭恵さんはいいことを言った。首相が激怒するのは当然である。昭恵夫人に国会に出られたら自分の政治生命が断たれるからだ。

 森友学園の籠池前理事長も保釈されたことだし、佐川前理財局長の嘘の証言も追及されなければならない。

  週刊フライデーにはもう一つ重要な記事が載っているそうだ。それは、自民党が独自で行ったという世論調査の結果である。

  週刊フライデー(講談社)が独自で入手したとされるその世論調査によれば、3月に39・4%あった内閣支持率が4月には22・3%、5月には、なんと20・6%まで低下しているというのだ。

  大手メディアの世論調査では42%~38%であっり、「内閣支持率は下げどまり」だと報じられた。自民党の調査が本当だとすると安倍政権は既に末期状態だということになる。

 この情報を書いた人は次のようにコメントしている。

 

「もしこの数字を大手メディアが一斉に報じたら、たちどころに『安倍内閣3選確実』から、『安倍内閣退陣必至』に流れが変わる。9月を待たずに安倍政権が終る。

  なぜ大手メディアはこの自民党独自の世論調査結果を報じないのだろう。週刊フライデーが入手したぐらいだから大手メディアが入手できないはずがない。

  たとえ大手メディアが独自で入手できなくても、週刊フライデーが報じたのだから、それを確認することはできる。

  もし、大手メディアが、どこも、この自民党が独自に実施したとされるこの世論調査の結果を報じないなら、間違いなく大手メディアは安倍御用メディアだ。

 自民党の独自世論調査を国民に公表せよ!

 これが、「打倒安倍政権」の合言葉にならなければいけない。」

 大手メディアは今のところ何も報じていないようだし、ネットニュースにも出ていない。安倍政権に不利な情報は出さないようにしているのだろう。

 

 

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2018年6月10日 (日)

対照的な金の使い方、紀州のドンファンと九州の中本氏

 紀州のドンファンと呼ばれる資産家が亡くなって、その死因をめぐって連日メディアが騒いでいる。私の関心はそこではなく、50億円という資産とその使い方である。

  ネットニュースでは資産50億円のうち30億円を4000人の女性のために使ったと書いてあった。調べたら「紀州のドンファン 30億円を美女4000人に貢いだ男」という本が講談社文庫から出ていることが分かった。

  その他にも「俺は死ぬまで美女を抱く」とか、「いい女を抱くためだけに俺は大金持ちになった」という本もある。

  これらの本は本人が書いたのか、ゴーストライターが書いたのかは知らないが、美女に大金を使うことを自慢する人間がいることに驚いた。FNNニュースでは友人がこの男のことを金儲けだけを考えていると評していた。

  もともと資産があって、それを上手に運用して大金持ちになったのかどうかそれは知らない。だが、その金を美女を抱くために使って来たという生き方に疑問をもつ。

  世界中には一生懸命に生きながら、その日の生活にも困っている人が何億人もいる。ビルゲイツのように稼いだ金の一部を社会のために寄付するという考えはなかったのであろうか。美女に使うことを誇らしげに本にする男だから、そんな殊勝な考えはないのだろう。

 一方、7日の朝日新聞「ひと」欄には、紀州ドンファンと対照的な金銭価値観を持った人が紹介されていた。中本博雄さんという人で、タイトルは「貧しくてあきらめた九大に5億円を寄付した」であった。

 中本さんは、「無駄なお金を使うなら人にあげた方が生きる。財産ゼロという生き方をしたい」と語っている。家庭が貧しくてどうしても九大に進学できなかったそうだ。しかし、その後青写真で焼いていたコピーを普通の紙でやれないかと考えて6年後に成功したのだという。米国でも日本でも特許は取ったが、特許料はもらっていないそうだ。

 1987年に製図や印刷の会社を福岡市で創業した。今は息子に経営を譲り引退している。愛車は軽自動車、自宅は知久5年と地味な生活をしてきたようだ。

 「苦労して貯めたお金ですが、貧しくても勉学したい人が使えば何十年か後に生きると思うのです」と語っている。何と尊い志であろうか。

 紀州のドンファンの金の使い方にうんざりしていたときなのでピーンと心に響いた。自分の才覚で儲けた金だからどう使おうと勝手だと言えばそれまでだが、人間としてそれでいいのかと言いたくなる。米国のトランプ大統領も何十人もの美女と交渉し、口止め料を払ったことが顰蹙をかっている。紀州のドンファンとは相手にした美女の数が桁違いに少ないが金銭感覚は同じである。いずれもDEALなのだ。

 日本にも中本さんやビルゲイツのような人がいっぱい出てきてほしい。

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2018年6月 9日 (土)

名古屋ボストン美術館へ行ってきた

 2月18日~7月1日まで名古屋ボストン美術館で開かれている「GREATE COLLECTORS:BOSTON展」へ行ってきた。

  名古屋ボストン美術館は閉鎖されると聞いていたので、この展覧会が終わると閉鎖だと思っていたのだ。ところがこの後開かれる「ハピネス」が最終展だと分かった。「ハピネス」は7月24日~10月8日までだ。それで前売り券を1100円で買った。

  本家のボストン美術館はボストンにある。私はボストンに行ったときボストン美術館には是非行きたいと思って行ったのだ。ロダンやゴッホなど馴染みの作家のもの以外に、日本の浮世絵やエジプトの出土品などが豊富に展示されていたのを思い出す。

  名古屋ボストン美術館はボストン美術館の収蔵品から選んで持って来て展示するのだ。今年で20年になるというが閉鎖されるのは残念である。

  今回は全部で80点の作品が展示してあった。GREATE COLLECTORSというのはエジプトや中国や日本などで美術工芸品を集めた人のことで、精力的に収集して米国に持ち帰ったのだ。

  資金も大変だと思うが、江戸末期ごろに船で運ぶのも大変であっただろうと思った。今と違って船も動力も小さかったから途中で事故にあったらどうしようもない。

  私は音声ガイドを借りて見て回ったが、時間があったので説明を全て読みながら見て行った。それで全部を見るのに2時間半もかかってしまった。疲れたがよい時間を過ごせた。

  展示は古代エジプト美術から始まった。ボストン美術館には何万点ものエジプト・スーダンなどの出土品があるそうだ。大英博物館に行ったとき膨大なコレクションがあり驚いたが、エジプトの貴重な遺産が国外に行っているのだ。

  エジプト関係はメンカウラー頭部、ツタンカーメン頭部など11個であった。エジプトにも行ったことがあるのでそれを思い出しながら見た。

  次は、中国美術でボストン美術館が中国美術に関心を持ったのは大徳寺の五百羅漢図がボストンに行ったことがきっかけのようだ。

  陣容の九龍図巻という大作や周季常の観舎利光図など6点であった。

  次が日本美術で英一蝶の涅槃図や曽我蕭白の風仙図屏風、飲中八仙図、歌麿の三味線を弾く美人図など15点であった。

  4番目がフランス絵画で、ミレーの編み物の稽古、ブドウ畑にて、モネは睡蓮など4点でルーアン大聖堂は初めて見る描き方の作品であった。シスレー、コロ、セザンヌなどが続いて、最後はゴッホの郵便配達人とその奥さんを描いた子守唄ゆりかごをゆらすであった。ゴッホは異彩を放っていた。

 私は英国、ニューヨーク、ボストン、フランスなどで印象派の作品をたくさん見た。親しみやすい画風である。

 5番目はアメリカで12作品。アメリカの画家は馴染みがないが、なかなかの力作があると感じた。

 6番目は版画と写真で、エッチングの小品が多かった。

 最後は現代絵画で5点。日本の村上隆「If the Double Helix Wakes Up・・・」緑や青を使った抽象画の大作であったが、私はこの作家を知らなかった。

Photo
                 飲中八仙図 中央の掛け軸は釈迦の涅槃

        対照的に扱っている

 

 

 

 

 

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2018年6月 8日 (金)

財務省はやっと処分をしたが・・・甘すぎる!!

 財務省は4日、森友学園との国有地取引に関する決裁文書の改ざん問題で調査結果と関係職員20人の処分を発表した。

 これまで「書き換え」と表現して来たことを「改ざん」にした。なんとか少しでも大したことではないと見せようと「書き換え」ただけだと言い張って来たのをここに来て「改ざん」だと認めたのだ。公文書の改ざんは重大な犯罪である。大阪の検察は起訴に当たらずとしたが、とんでもないことだ。

 朝日新聞の一面の大見出しは「国会紛糾を恐れ改ざん」である。文書を廃棄したり、改ざんしたのは、国会審議で野党から質問攻めに遭うのを恐れて極力材料にならないようにしたというのだ。

 安倍首相は先週の国会で「私や妻にこの問題を持って行こうとするから(問題の)本質からそれていく」と述べたが、そもそも改ざんや文書破棄は首相や昭恵夫人の関与を否定するためになされたもので、これこそが問題の本質である。

 改ざんや文書廃棄は財務相や事務次官に報告されることなく、佐川前理財局長や中村稔理財局総武課長らが、いやがる近畿財務局の抵抗を押しのけて進めたのだ。近畿財務局のまじめな職員は2人も自殺をしてしまったほどだというのに。

 財務省が発表した関係者20人の処分だが、退職した佐川氏は「停職3か月相当」で退職金5000万円から500万円減額とした。中村総務課長は停職1か月である。佐藤慎一事務次官は減給10%1か月相当)で、麻生財務相はお咎めなしである。自主的に閣僚給料1年分の170万円を返納すると言ったが麻生氏のような大金持ちには170万円など蟻が噛んだ程の痛みもないだろう。第一年俸170万円は信じられない。

 こうした処分を見ると、じつに甘いものだと感じる。重大な公務員規律違反を犯して置きながらこの程度では、これからも改ざんや文書廃棄はなくならないであろう。

 安倍政権や与党は、森友・加計問題が長期化しているのを、他人事のように「いつまでやっているんだ。うんざりだ」という方向で国民の嫌気を誘おうとしている。そしてこの処分発表をもって一件落着にしようとしている。

 安倍首相は政治責任を問われて「こうしたことが2度と起こらないように対策を徹底して講じていくことだ」と言ったが、そんな言葉を誰が信じるか。これまで1年4か月も国会を混乱させてきた大本は首相や与党にあるのだ。国民はみなそう思っている。安倍首相も麻生財務相も辞めて新しい政権を作るべきだ。

 

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2018年6月 7日 (木)

生垣のカイヅカイブキを剪定

 今週は梅雨に入りそうだということで月曜日は最後の晴れ間になるかもしれないと思った。それで思い切って生垣のカイヅカイブキの剪定をすることにした。

 我が家の小さな庭には道路に面してちょっとした生垣がある。50年ぐらい前に家を建てたとき塀ではなくカイヅカイブキを植えたのだ。その頃空気汚染による公害が広がっており、名古屋も例外ではなかった。それで多少でも酸素を出す植物で寄与したいと思ったのであった。

 その頃我が家の生垣はサンゴジュであったが、京都の妻の親戚に行ったとき、カイヅカイブキの生垣だったのを見て素敵だと思って一目ぼれしたのであった。それで家を建て替えるのを機に生垣もカイヅカイブキにしたのだ。現在のは2代目である。

 カイヅカイブキの生垣は、剪定をしてきれいに整えたものは素敵だが手入れを怠るとみっともないものになる。1年に初夏の頃と晩秋の2回の剪定が欠かせない。

 初め植えた頃は大きな剪定バサミを使っていた。若かったのでそれで十分であった。

 ところが定年近くなってきたら体力が衰えて、剪定バサミを使うのはしんどくなってきた。それで電動の剪定機を買った。最初のものは目方が重かったが、それでも手でやるよりはずっと楽だった。

 しかし後期高齢になると重いのが苦痛になった。幸いその頃軽いのが発売されたのでそれを買った。以来ずっと使っている。

 剪定機を使っても立ての面をやるのは大変である。我が家の生垣は地上より1mぐらい上にあるので、髙いところを剪定するには手を上に伸ばさなくてはならないからだ。

 剪定に要した時間は70分ぐらいであるが、やった後は手が震えて字を書くことやPCのキーを打つのが大変だ。

 昨年までは息子に手伝ってもらっていたが、亡くなったので自分でやるしかない。最初に「思い切って」と書いたのは、剪定をするのに覚悟を決めなければならないからだ。

 業者に頼めばいいのだが、何万円かかかるのでやれるうちは自分でと思ってやったのだ。何とかやれたのでホッとしている。

 私の知人で退職後剪定を勉強して仕事にしている人がいるが、よくこんな大変な仕事をやれるものだと感心している。今から秋のことを思うと気が重くなるくらいだ。

 近所にカイヅカイブキの大きな生垣がある邸宅があって、そこの主人は何時も上手に剪定をしていた。でも、数年前に生垣を塀に変えてしまった。多分剪定が大変だからであろう。

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2018年6月 6日 (水)

どこまでも追及を!モリ・カケ問題

 

    

 日曜日に数人の人と食事をした。テレビではNHKの「日曜討論」をやっていた。話題は森友・加計問題であった。それを眺めていて異口同音に「(安倍首相は)いい加減に認めたらいいのに」と言った。本当にいつまでも嘘をついて「蛙に小便」(イケシャアシャア)である。国民はみな森友・加計問題の真実を見ぬいているのに。

  ネットでYahooニュースを見ていたら、JIJI.COMの「安倍首相否定も疑惑晴れず」という=加計氏と面会なお追及」という記事があった。

  28日の衆参両院予算委員会の集中審議で取りあげられた、愛媛県文書に記された安倍晋三首相と加計孝太郎理事長の「面会」が焦点となった件である。「首相は面会を全否定したが、正面から答えない場面も目立ち、疑惑の解明は進まなかった。」と記事は核。のらりくらりと答えたり、外した答弁をしたりしたことだ。

  学園は5月26日、国家戦略特区の申請を働き掛けるためにありもしない2人の面会を持ち出したというコメントを出した。これについて、28日の参院予算委で共産党の小池晃書記局長は「架空の面談をでっち上げられ、利用されたのに平然としている」と首相の姿勢に疑問を呈した。ふつうなら激怒するとか直ちに告訴するなどがあってしかるべきだが何にもないのだ。むしろよく言ってくれたと内心喜んでいるに違いない。 

 首相は「学園側からも『会っていない』とコメントが出された」、だから「私から直接依頼や指示を受けた人はいないことは明らかになっている」と面会の事実はないことが証明されたとしているのだ。

 「立憲民主党の福山哲郎幹事長も『架空面談』を取り上げ、不正に設置認可を受けた大学は補助金が減額される可能性を指摘した。首相は『偽りがあったら駄目』と認めつつ、認可には『私と加計理事長が会ったか会わないかは全く関わりがない』と主張。県文書も「伝聞の伝聞」と内容の不確かさを強調した。よくもこんなことが言えたものだと呆れる。

  補助金の減額について、6月2日の朝日新聞dejitalは「愛媛県の中村時広知事は2日、学園に建設補助金を出す今治市への財政支援について、「(見直しの検討は)一般的にはありうる」と伝えた。

 獣医学部設置に関連し、県は学園に建設補助金を出す今治市に3年間で約31億円を補助することになっていて、すでに約14億円が支払われているのだ。

 、中村知事は「おかしなことがあった場合は、当然(今年度支出分の)返還を請求する権利は担保する」とも述べたというが、それは税金を扱う知事としては当然の発言である。知事には正義に向けて大いに頑張ってもらいたい。

 JIJI.COMは、「『首相はもう詰んでいる。裁判に例えると証拠固めがほぼ終わって、本人自白がないだけの状況だ』。衆院会派「無所属の会」の江田憲司氏は加計問題についてこう指摘した。審議後、立憲など5野党国対委員長は、加計氏や柳瀬氏、首相夫人の昭恵氏らの国会招致とさらなる集中審議を求めていくことで一致。引き続き徹底追及する方針だ。」と書いているが、心ある野党にはこれからも徹底的に追及してほしい。

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2018年6月 5日 (火)

便利で簡単!iphoneで見たネットの記事を印刷

 スマホはいろんなことができて便利。私は最初からIphoneだが、インターネットで見たページも簡単に印刷できるので重宝している。

 以前はIphoneで撮った写真を印刷するとき、印刷機のアプリをダウンロードして使っていた。アプリがなくてもネットの記事を印刷できることが分かった。

 プリンタにWiFi機能がついていればAndroidでもできると思うのだが、実際にやってないので分からない。

 まず、プリンタの電源を入れておかなければならない。その後で、Iphoneの場合は、あるページを見てそれを印刷したいと思ったら、ページの右上にある□に上向きの↑がついた記号をタップする。

 次に下に現れる機能の中から、「Safariで開く」をタップする。するとページがSafariで開かれる。

 下に□に上向きの↑がついた記号が現れる。それをタップするといろいろな機能が現れるから、その中からプリントを探してタップする。

 プリンタが認識されていることを確認する。そしてオプションで印刷枚数や片面印刷か両面印刷かとかカラーか白黒かなどを決めて印刷をするのだ。

 要はページをSafariで開くことなのだ。それによって印刷が出来るようになるという訳だ。スマホの画面にインキの不足の警告まで現れる。親切である。
 ちなみにWiFiが入ったプリンタは私のは15000円で買ったが、6000円くらいからある。プリンターを買うならWiFi付きのがよい。

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2018年6月 4日 (月)

5.31と6.1の天声人語を読んで

 6月1日の天声人語には日本で初めてベートーベンの第九が演奏されたのが100年前の6月1日だと書いてあった。第1次世界大戦のとき徳島県板東の俘虜収容所にいたドイツ兵捕虜が第九を演奏したのだ。

  この捕虜は中国の青島での戦いで捕えられた約1000人ものドイツ兵だった。長引く収用生活の慰安に楽団が組まれたのだ。楽器はどうやって調達したのかと思うが、1000人の捕虜の中にオーケストラで第九を演奏できる人がいたことが驚きである。

  それだけでなく、天声人語は次のように書いている。「驚くのは、文化活動の広いすそ野があったことだ。捕虜によるドイツ史などの講演会があり、ドイツ語の新聞や本も発行されていた」

  どうしてそのようなことができたのか。収容所の所長は松江豊寿で捕虜の自主性を重んじる考えであった。地元民と交流したり、ピクニックへ行くこともできたという。

  さらに大事なことは、「日本が文明国だと示すため、国際法を守らねばと当時の軍は考えていた。捕虜を罪人のように扱ってはいけないと」。収容所の歴史を伝える鳴門市ドイツ館の前館長川上三郎氏はそう指摘したそうだ。

  私もこの場所を訪れたことがあり、そういう事実があったことに感銘を受けたのを思い出す。

  5月31日の天声人語は、真逆のことを取り上げている。その部分を引用する。

  「本の題名は『小さな抵抗』だが、その時にはとてつもなく大きな抵抗だったに違いない。著者の渡部良三さんは学徒兵として出陣し、中国の部隊に送られた。

  みなで朝食を摂っていた最中、上官から言われた。今日は捕虜をころさせてやる、と。度胸をつけるため中国兵を突き刺せという国際法無視の命令である。『おどおどして分隊長に恥をかかせないようにな』と言われ、みなが従う。しかしキリスト者の渡部さんは拒み、私刑の痛みに耐える日々が初めった。

 渡部さんは当時のことを短歌に詠んだ。

  『捕虜殺すは天皇の命令』の大音声 眼するどき教官は立つ

  『捕虜1人殺せぬやつに何ができる』むなぐら掴むののしり激し

  酷き殺し拒みて5日露営の夜 初のリンチに呻くもならず」

 この短歌を読むとまざまざと光景が眼に浮かぶ。私は子どもの頃、近所に中国へ戦いに行った人の奥さんがいて、夫が中国でやったことを聞いたことがある。日本軍がしたことは実に酷いものであった。

 また子どものころ読んだ雑誌に日本兵が中国人の家を探索に入り銃剣で突き刺す描写があり、身の毛がよだったことを思い出す。

 第一次大戦後辺りまでは国際法を守ろうとする日本軍であったが、中国に軍を派遣した頃から国際法を無視して残虐な行為をする軍に変わったのであろうか。

 南京事件はなかったと河村市長は述べて、南京との姉妹都市が解消したが、南京虐殺はそうした軍の変化の延長線上で行われたのだ。

 南京虐殺の博物館を見学したが、中国人の私を見る目の突き刺すようなまなざしを思い出す。

 2日連続の「天使人語」から触発されて書いた。

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2018年6月 3日 (日)

和語には「ラ行」で始まる言葉はなかった!?

 Yahooニュースを見ていたら、President Onlineの「日本にはもともとら行の言葉はなかった」という記事を見つけた。「南極と北極はどちらが寒い」とか「+-×÷=はどうして生まれた?」というようなちょっとした雑学を取り上げた記事の中にあったのだ。

 ラ行の言葉は確かに少なく、しりとりをするときラ行の言葉に持って行くと勝てるということは知っていた。
 
 辞書で調べたらラ行の中でもルで始まる言葉は特に少なく、留、瑠、婁、屡、流、琉、類、塁,累、涙、誄、泪、など14しかなく、後はこれらの字が頭に付いた「留守」「流行」のような熟語が少しあるだけである。ほとんどはルール、ルーキー、ルート、ループ、ルームのような西洋系外来語である。
 この記事によると、日本にはもともとラ行の言葉はなく、中国から漢字が渡来してそれを使ってラ行の言葉ができたのだという。確かにラ行で始まる言葉は音読みである。
 
 数字の「六」は和語のように感じられるが「ロク」は音読みで、「ムッツ」のように「ム」が訓読みである。
 
 こうしてみると、古い時代に漢字が入ってきて、その音を使うことにより、日本語の表現が豊かになったことがわかる。しかも、中国語はその後も何度か入ってきた。中国のどの地域から来たかで発音が異なるのだ。
 
 音読みには呉音・漢音・唐音(宋音・唐宋音)・慣用音などがある。漢音は7、8世紀、遣唐使や留学僧らによってもたらされた唐の首都長安(今の西安)の発音(秦音)である。
 
 呉音はそれよりずっと前の5世紀に中国南方から伝わったもので、漢音導入以前に日本に定着していた発音で、朝鮮半島の百済の王仁が「千字文」を持ってきたと歴史で習った。唐音は鎌倉時代以降、禅宗の留学僧や貿易商人らによって伝えられたものである。
 慣用音は、上記のどれにも収まらないものをいう。百姓読みなど誤った読み方が時代を経て定着した音読みが多い。「茶」における「チャ」(漢音「タ」・呉音「ダ」・唐音「サ」)という音は、誤った読み方ではないが、漢音と唐音の間に流入した音でどちらにも分類できないため辞書では慣用音とされる。(wikipedia)
 
 同じ漢字でも、たとえば、「明」という漢字は呉音の「ミョウ」と発音し、漢音では「メイ」と、唐音では「ミン」と読むのはそのためである。
 今、日本語教室で漢字の読み方と意味を例文を使って教えているが、日本語の漢字はつくづく難しいと思う。
 「日本語にはラ行の言葉はなかった」のが中国語の漢字の音と外来語で作られたというのは面白い。
 
 

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2018年6月 2日 (土)

愛車に決別

 

 50年余り乗り続けてきた自動車に決別をした。最後に乗っていた車はトヨタのラウムで、実用的なのと燃費がよいので買ったのであった。


 買ったばかりの頃満タンで鎌倉まで往復をすることができた。また和歌山県の勝浦へ行くとき、満タンで瀞峡まで行き、帰りは奈良まで回って帰ってきた。
 
 手放したとき11年経過していたが、走行距離は僅か4万3000kmであった。後期高齢になってからは週に1~2度ぐらいで、遠出をすることもなく、ほとんど乗らなかったからである。そのためバッテリーがしょっちゅう上がっていた。
 
 乗らなくなったのは、交通事故が怖くなったからである。自分が事故を起こすのを警戒したのはもちろんだが、他人にぶつけられるのも嫌だったのだ。だからいつも慎重に運転していた。
 
 運転免許更新の時、高齢者にはテストがあるが、それは無事にクリアして免許をもらっていたし、ゴールド免許である。
 
 まだ運転できるとは思っていたが、娘や妻がやめろとうるさく言うこともあって潮時かなと思ったのだ。
 
 運転免許の期限は今年中あるので、そのときに車をやめるつもりでいたのだが、たまたまCafe Vitaのマスターにその話をしたら、それまで時々貸してくれと言ったので貸していた。
 
 5月になって自動車税の通知書が来て、35000円ほど払わなくてはならないことになった。それで、9月には任意保険も切れることだし、この際車をやめようと決心したのだ。
 
 車を買った自動車屋に尋ねたらまだ売れると言ったが、マスターが欲しいと言ったのでただで上げた。その代わり登録変更の手続きなどは相手にやってもらった。
 
 車庫には車がなくなって広いスペースができ淋しさを感じたが、だんだんと慣れてきた。車を手放してからは、車の広告を見たり、走っている車を見たりしても、もう自分には縁がなくなったのだと思う。
 
 自動車を所有すると、購入代金、保険、税金、車検、ガソリン代・・・・などかなり費用がかかる。私の試算では、小型車でも年間30万円以上はかかるだろうと思われる。幸い、名古屋は交通が便利だし、敬老パスがあるし、これからは必要なときはタクシーを利用すればよいと思っている。
 
 運転免許証の方は有効期限が切れる年末まで持つつもりだ。

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2018年6月 1日 (金)

NHKや民放は森友・加計などをもっと追及すべき

 5月30日に久しぶりに党首討論が行われた。その夜のNHKニュースで党首討論は3番目に放送された。トップニュースは13年ぶりに逮捕された殺人犯のニュースで、2番目が例の日大アメフット関係のニュースであった。

  それを見て私が疑問に思ったのは、なぜ全国民に関係が深い党首討論がトップに来ないかということであった。殺人犯の逮捕や日大アメフトのニュースはそんなに大事なニュースだろうか?

  日大アメフトのニュースはあの事件が起きて以来連日これでもかこれでもかというぐらい詳しく扱われている。その間加計・森友問題の新しい大事なニュースがあったにも拘わらず、NHKも民放も日大アメフト関連を大きく取り上げていた。

  安倍政権がひたすら隠し通そうと嘘をつき続けている加計・森友問題こそ今一番追及すべき問題である。新しい証拠が次々と現れても「私も妻も関係ありません」の一点張り。財務省も文部省も文書を隠したり、改ざんをしてもそんなことはしていないという、

  NHKや民放はもっと積極的に取り上げて視聴者にアッピールすべきである。日大アメフト問題で視聴者の目をそちらに引きつけるべきではない。

 ちょっと前のことだが、友人から送られてきた次の情報は、NHKの姿勢を如実に語るものだ。筆者は森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」呼びかけ人代表であり、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表の醍醐 聰氏

 

「森友問題の真相究明に注力したNHK記者の左遷を許してはならない」

 「アベチャンネルと揶揄されてきたNHK報道ではあるが、森友問題を精力的に取材し、貴重な報道に貢献してきたNHK大阪の記者が記者職から外されようとしている。・・・・」

  「これまでから、特ダネをつかんだのになかなかオンエアされない、渋谷の報道局から大阪の報道部署の幹部に『どうしてあんなニュースを伝えたのか』といったクレームが何度かきたという。

  時にNHKは森友問題で他局に先駆けて重要な事実を伝えた。が、それは一部の記者の奮闘によるもの。今回の左遷人事の動きを見ても、渋谷のNHK報道局の幹部には『国民の知る権利への奉仕』、『権力と対峙するジャーナリズム精神』など、どこ吹く風だ。

 こんな腐った報道を続けながら受信契約を強制し、委託業者を使って受信料の支払いを威嚇するのは厚顔無恥も甚だしい。

  自分たちの生活の糧を誰から得ていると思っているのか!」

 

 

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