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2018年5月 9日 (水)

護憲はアカか?

 安倍首相が憲法を改めることを提議してから、憲法を守ろうという運動や言動が制約を受けるようになってきた。

 さいたま市では、憲法9条の集会を通りがかりで見て詠んだ俳句が、公民館便りに掲載を拒まれた。東京都国分寺市では護憲団体がお祭りに参加できなかったという。

 金沢市では憲法記念日の、3日市庁舎前広場での護憲集会を計画していたが、市の許可が得られなかったという。これが改憲集会であれば文句なしに許可されたであろう。

 こうした動きは数年前から各地で見られるようになってきた。憲法を守るのは公務員の義務として憲法に明記されている。それは一般国民も同じである。

 憲法を守ろうという人たちやグループは、共産党や社会党などいわゆる「左」の人たちが多いので、左翼運動つまり「アカ」とみなしているのだと思われる。

 戦前は「アカ攻撃」が熾烈を極めたと言われる。戦後もそれは続いた。私が現職の間も随所で「アカ攻撃」が行われた。

 その攻撃を受けた最たるものが、日本教職員組合いわゆる「日教組」であった。私も属した日教組であるが、日教組に属する教員によって間違った教育が行われ道徳が低下したなどと言われた。

 「アカ」は人々の心に恐ろしいもの、いけないものという観念が戦前に植え付けられ、戦後もずっと続いていたのであった。

 この頃になって護憲を言ったり、運動をしたりする人は「アカ」とみなされるようになってきたようだ。「戦争反対」「平和を守ろう」ということが「アカ」とされるのは戦前を想起させる。

 「セクハラ」とか「パワハラ」とか「ハラスメント」がよく取り上げられるが、その言い方で言えば「アカハラ」であろう。

 憲法9条は世界に誇るべき条項であると思う。コスタリカ憲法にも似たような条項があると聞くが、日本は「戦争をしない」ことを前面に掲げて世界をリードすべきだと思うのだ。それこそが真の「積極的平和主義」である。安倍首相の進める「積極的平和主義」は自衛隊を軍隊にし、集団的自衛権を行使して軍事的に貢献しようというものである。

 あの忌まわしい戦争を知る人はどんどん少なくなり、戦争を知らない人たちが多数となってきた。自民党でも田中角栄氏や三木武夫氏や野中広務氏など戦争を知る人は戦争に反対であったが、今の自民党ではそういう人が退いてしまった。

 安倍首相や麻生氏や石破氏や岸田氏など、戦争を知らない人ばかりとなり、改憲をしようとしている。そういう人たちにとって目の上のたんこぶとなるのが「護憲」の運動である。だから躍起になって「アカハラ」をしようとしているのだ。

 現行憲法を守ることは「アカ」ではない。国民の義務である。公共施設を「護憲」の集会には使わせないなどの動きは、おそらく政権の思いを「忖度」してのことであろうが明らかに憲法違反である。

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