秘境 トカラ列島中之島旅行―⑮―
宿へ戻ると、他の人たちは温泉へ行くところだった。車に乗せてもらって港近くの温泉へ行ったが満員だった。それで東の温泉に行った。
この温泉も海岸にあり道より低い。中に入ると似たような温泉であった。ただ海水が多く混じっているようで塩からかった。上がりのシャワーも何となく塩からい気がした。3カ所あるうち入っていないのは山の方にあるという温泉だけであった。
帰りは、YTさんとKさんが「支所の近くから橋を渡って行くとすぐ宿に出る」と言ったので、そこで車から降りてYTさんと歩いて行った。YTさんはあちこちを歩き回っているので島のことがよく分かったのだ。急な狭い坂道を上ると本当に直ぐ宿に出た。温泉や港へも近道だったが明日は変えるので時すでに遅しであった。
宿に戻ると荷物の整理をしてバックに詰めた。バックで持って来てよかったと思った。最初はスーツケースの重さが2.7kgもあるのでそれを減らすためであった。でも、使って見ると衣類などは抑えると小さくなったり変形するのだ詰めやすいのだ。
最後の晩の夕食にはトンカツが出た。刺身は宿の主人が釣って来たマグロだという。マスターが持って行った焼酎などがなくなったので、マスターは宿の焼酎を1本買った。アルコールはすべてマスターの奢りで感謝、感謝であった。
島を後にする日がやってきた。最後の温泉に入りに行き、出るとき封筒に1000円を入れて名前を書いて置いてきた。後から行ったYTさんがそれを見つけて箱の中に入れてくれたそうだ。Yさんは支所に持って行くのが一番良いと言っていた。島の人だけでなくよそ者も来るのでその方が安全だと言った。寄付をすると名前が掲示されるので今頃は出ているであろうか。
朝食のあと宿代を清算した。3泊3食+帰る日の朝食付で26680円だった。
本当なら4拍の予定であったが、初日に船が出なかったので3泊になったのだが、ちょうどよかったと思った。もう1泊したらやることが何もないからだ。YTさんのように島を歩き回るしかない。
フェリーの出航は10時半なので9時半ごろ港へ行った。
波止場に着くとヨットが停泊していた。韓国のソウルから来たのだという。女性1人と男性2人であった。男性一人は日本語が話せた。そこへマスターがやってきたので「この人は韓国語が話せるよ」と言った。マスターは韓国語で話をした。
こんなヨットを持っているということはかなりの金持ちだと思った。マスターの話しでは、フィリピンへ行くと言っていたとか。ヨットで太平洋を航海すうるのは波で大変だろうと思った。
フェリーが入るのでヨットを移動する方がよいと言った。ヨットの友綱が食い込んでいたのでYTさんやKさんが手伝った。やっとのことで綱をはずしヨットは移動して行った。
港には本田さんや若い子連れのママさんたちが来ていて、トカラのちょっとした土産物を売っていた。私も家への土産にいくつか買った。考えてみれば島で金を使うのがこれが最初で最後であった。
きっと本田さんたち若いママが土産物を売るというアイディアを思いついたのだろう。島の人たちにはそういう智慧は働かないのだとマスターがコメントしていた。
Yさんの奥さんの姉などが見送りに来ていた。宿の主人は鹿児島の病院へ行くのだと言っていた。
フェリーは奄美大島から順に島を巡って戻って来るのだ。港に入ると方向を転換して岸壁に付けた。
私たちは直ぐに乗船をした。部屋に行き荷物を置くとデッキに上って出航の様子を見た。

最後の夕食 
ソウルから来たヨット
入港するフェリー
方向転換するフェリー

港から見た中之島と御岳(9日)
« 秘境 トカラ列島中之島旅行―⑭― | トップページ | 秘境 トカラ列島中之島旅行―⑯― »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 松山にもコメダが(2023.12.24)
- 魚の新鮮な居魚屋網元(2023.12.23)
- 久しぶりに飛行機に乗ったが(2023.12.22)
- ベトナムの中秋節(2023.10.02)
- 山崎川沿いで見つけた花(2022.05.20)
コメント
この記事へのコメントは終了しました。


”トカラ列島中之島の旅”楽しく読んでいます。
お陰さまで知らない島々を知ることができました。屋久島から奄美大島まで、こんなに沢山の島があり、十島村の存在も初めて知りました。日本は島の多い国で、情報で得るとグーグルで「ネット旅」をしています。青ケ島
や大東島、みんな歴史があり、それぞれの文化があり興味がつきません。元気で素敵なメンバーのトカラ列島旅行記です。
投稿: 樋口耕一 | 2018年4月27日 (金) 09時28分