興味深い「さよなら、福沢諭吉」 明治維新150年回顧―⑨―
治安維持法で検挙され、精神障害になり、拘禁精神病と診断された人たち。これらの人たちがまぎれもない治安維持法の犠牲者である。
拘禁精神病と呼ばれる精神障害は、単に拘禁という物理的条件からくるものではない。それは、特高の過酷な取り調べ、転向の強要などの身体的、精神的侵害、そして、自分の信念と肉親の情愛との相克、葛藤、愛するものの裏切り、といった精神的苦悩の限界状況に由来する。このような状況におかれれば誰にでも起こりうる精神障害である。
千代子は、人間の良心と自由に対する権力の弾圧へ、からだを賭して無言の抗議をした。彼女の高等女学校時代の恩師で、アララギの歌人土屋文明が、1935年、雑誌『アララギ』に寄せた短歌三首を紹介する。
まをとめの、ただ素直にて行きしを、囚へられ獄にき、五年がほどにこころざしつつふれしをとめよ、新しき光の中におきて、思はむ
高き世をただめざす をとめらここにみれば 伊藤千代子がことぞかなしき
伊藤千代子はじめ戦争に反対して斃れた先駆者の志を継承し、どんな困難であっても平和を守り抜かなければならない。戦争に反対し、平和のために闘って斃れた伊藤千代子たちのこころざしを正しく受け継ぎ、戦争の過ちを再び繰り返さない拠りどころとしなければならない。
おわりに
ベラルーシのノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシェービッチが、過酷事故を起こした東電福島第一原発を視察した後の講演で「日本には抵抗の文化がない」と言っていたことが気になっていた。確かに日本の農村地域に残る「横並び思考」を踏まえれば、その通りだと思えるが、日本の歴史・文化を辿るとそうとは言えないのではないかと思う。日本には「抵抗の文化」はあった。乏しい歴史知識でも、中・近世の土一揆、一向一揆、百姓一揆は、江戸時代を通じて約3200件も起きている。明治政府に対する自由民権運動。そして米騒動があげられる。
個人としては、公害反対闘争の先駆者田中正造がいる。新藤謙「国家に抗した人びと」(寺子屋新書)によれば、海軍大佐でありながら、永久平和を願い軍備撤廃をめざした水野公徳。風刺精神を極限まで高めて川柳をつくりつづけた鶴彬。トルストイの思想に共鳴し、兵役拒否を貫き通した翻訳家・北御門二郎。陸軍参謀本部で軍部への怒りを日記に綴った作家・中井英夫。内心の自由を求め、ひたすらに思想と学問を深めていった歴史学者・家永三郎らが紹介されている。
最後に、手前味噌となるかもしれないが、赤岩栄(1903~1966)をあげたい。日本基督教団の牧師。牧師をしながら共産党入党宣言をしたこととから教団内の大きな問題になった。詳しくはウィキペディアなどを参照してほしい。
赤岩栄は上原教会の牧師をしていたが、小生の父はそこの教会員であった。父は赤岩栄を尊敬しており、赤岩栄は両親の結婚式の司式もしている。父は鉄道省の電気信号技師で、ATⅭ列車制御装置の先駆的研究をしていたが、教会の修養会などのお世話もしていたという。父は山口高校時代に学生運動をするなど当時としては過激派であったため、東大は思想的に難しいかもと、親戚からのアドバイスを受け、京大の電気通信科に入学した。父は小生3歳の時に他界しており。直接感化されたことはないが、そうした父のDNAのかけらを引き継いでいるのかもしれない。
赤岩栄は、晩年は、バルト神学を捨てて、ルズルフ・ブルマンの非神格化論の神学に影響されて、人間イエスを探求し、イエスを自ら実践する方法を探った。1966年に「キリスト教脱出記」(理論社)を出版し、正統なキリスト教信仰を廃して、内部からの鋭い問題提起とキリスト教批判とを行った。社会活動としては、全国生活と健康を守る会連合会(全生連)第3代会長などを務めている。
《参考文献》
『さよなら!福沢諭吉』第4号(2017年11月 発行世話人 安川寿之助)
二宮厚美『終活期の安倍政権』(2017年11月 新日本出版社)
鷲巣力『加藤周一を読む』(2011年9月 岩波書店)
藤田廣登『時代の預言者―伊藤千代子』(2005年7月 学習の友社)
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