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2018年1月

2018年1月31日 (水)

教育現場が委縮しているという記事

 DIAMONDonlineに福井新聞デジタルからの転載記事があった。「ため口の生徒、一喝したいが躊躇 保護者、教委の存在よぎる」というタイトルであった。以下に記事をコピペし最後に感想を書く。

 ――学校現場が萎縮している、と福井市の公立中に勤務するベテラン男性教師(58)は訴える。

 「先生が『バカ』なんて言うていいんか? 教育委員会に言うぞ」

 騒がしさを注意された生徒の一部が、インターネットから得たであろう情報をちらつかせ、同級生と話すような「ため口」で教師に迫る。一喝したいが、保護者や市教委の存在がよぎり躊躇する。そんな光景が当たり前のようにあるという。

 同市の20代の教師は池田中の男子生徒自殺の調査委員会報告書に戸惑う。大きな声で叱る。忘れた宿題を何度もやらせる。自殺の要因に挙げられた点は、普段やっている指導と変わらない気がしたからだ。

 「大声を出さず、一人一人の心情を思って…」。頭では理解できるが、それで授業中に騒がしい生徒や、意図的に宿題をやらない生徒は変わるのか。手に負えない生徒を見るたび疑問が浮かぶ。

 福井市教委には毎年120件前後、保護者からの「訴え」が直接届く。「学校で受け止めているものを加えればもっと多い」(市教委)。

 同市の中学校に勤める50代後半の校長は「学校に対する批判、非難の声が強すぎないだろうか」と考えている。「教師が“聖職”と呼ばれていたころは、学校で問題が起きると、親御さんはまず子どもたちが何をしたかを確認してくれた」。今は教師の言動だけを切り取って、あげつらうかのようなケースが少なくないと感じる。

 福井市の50代の女性教師も「能力のある先生が、親とのトラブルに悩んで疲弊していくケースを何回も見てきた」と話す。

 正しくても生徒に強く言えない先生、騒いで注意されても謝らない生徒、過ちを犯した子を怒れない親…。現場教師の話からは、かつてと一変した3者の姿が浮かび上がる。

 校長や女性教師らベテランは「親御さんが学校と一緒に考えてくれれば、子どもは期待以上の成果を出す」と強調する。逆だと子どもが抱える問題は解決せず、むしろ悪化するという。――

 私は教育現場から離れて20年以上になるので現在の様子は全く分からない。私が勤めている頃にも中学校が荒れたし、退職する頃には小学校も荒れた。これについては以前にも書いたことがある。

 記事の中にあるように「生徒や児童が教育委員会に言うぞ」と教員に向かって言うということも出始めていた。最初は親が子どもの前でそう言っていたのでろうが、実際に事あるごとに教育委員会に電話をする親が増えて行ったのであった。

 こうした風潮は全国的なものだと思われる。記事の中の校長の「学校に対する批判、非難の声が強すぎないだろうか」という受け止めはその通りなのだと思う。

 私が教員になった頃は、戦後15年ほど経っていたが、まだ「聖職者」と言われていた時代であった。給料は安いが尊敬の眼で見られていた。親は子どもを注意したり叱る時、「先生に言うよ」と先生を権威として借りていたものであった。学校での児童の様子を話すと素直に聞いてくれた。

 それがいつの頃からか少しずつ変化し始めて、親は先生を見下しはて監視するようになったのだ。一説では高度経済成長で親の経済的地位が高くなったためだという。

 親の態度が変わったので子どもの学校や教員に対する態度も変わったのだと思う。私が現職の頃は、親と教師がお互いに理解しあって、補い合って、子どもを教育していくという理想に燃えていたものであった。こういう記事を読むと今の現場の教員がどれほど辛苦を舐めているかと心が痛む。親が自己中になったと言われるが、それではよくなるはずがないことをよく考えるべきである。

 30日のNHKニュースでは、福井の自殺について取り上げていた。「指導死」というのだそうだ。過激な指導により生徒をいたたまれなくし、あげくの果ては自殺に追い込むというのを「指導死」というそうだ。新しい概念が作られたのだ。

 福井の場合、校門のところで辺りに響き渡るような大声でどなり散らしたとNHKは言っていた。それは確かに行きすぎである。

 しかし、現場でどうにもならない好き勝手な行動をする生徒が増えているのだから児童生徒を指導、叱責する場合どのような言葉や使い方をしたらよいのかの範例が必要であろう。

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2018年1月30日 (火)

昼の帯ドラマ「越路吹雪物語」

 メーテレの昼の帯ドラマ「越路吹雪物語」を楽しみに見ている。この前の「トットちゃん」も黒柳徹子についての知らない面が見られて面白かったが、「越路吹雪物語」も私が抱いていた越路吹雪と全く違っていて興味深く見ている。

 

 越路吹雪と言えばシャンソンなどを低音の魅力的な声で歌うので好きな歌手の1人である。彼女の持ち歌のいくつかを私のカラオケレパートリにも入れている。例えば「愛の讃歌」「サントワマミー」おどけた曲の「ろくでなし」「ラストのダンスをわたしと」など・・・・。

 

 私は高い声が出ないのでカラオケではキーを下げることがあるが、越路吹雪の歌はそのままのキーで歌うことができるのだ。

 

 越路吹雪物語は子ども時代から始まった。父親の転勤で新潟県に一緒に行き、父親と下宿していたことを初めて知った。そして芸名の越路吹雪を父親が付けたエピソードも知った。吹雪の日にいたずら坊主の武藤という同級生に父親から買ってもらったブローチを投げ捨てられたのだが、その子がブローチを見つけてくれたということがあった。このブローチは宝塚の入学試験のときの岩谷時子との出会いの場面にも出てきた。

 

 越路吹雪が子どもの頃から勉強や読書が大嫌いだが、歌を歌うのがめっぽう好きな女の子だったということも知った。「栴檀は双葉より芳し」というが、まさにそんな女の子であった。

 

 宝塚受験の理由も勉強が嫌いで歌が好きということだけであった。踊りが出来ず合格が難しい状況だったが、声楽教師の伊藤先生が彼女の歌の才能を高く評価して何とか合格できたのだ。

 

 彼女は天性の明るい物怖じしない性格であったこと、宝塚の学校であの有名な月丘夢路と音羽信子と同室で、彼女らも越路のそうした性格を認めて踊りの勉強などを協力して助けていたことを知った。後に大スターとなる3人が入学当初からの縁があったというのは凄いことだと思った。

 

 越路吹雪が大変な食欲を持主であったことも知らなかった。食堂の賄のおばさんに可愛がられておまけを貰って食べていたとか、奢ってもらって食べに行ったときも人一倍一杯食べていたなどのエピソードも面白い。

 

 生涯の友となる岩谷時子も含めてすばらしい人運を持っていた。宝塚歌劇団のトップスター天代麗にも可愛がられて、その影響で嫌いだった本が好きになるエピソードも面白い。

 越路吹雪という大歌手が戦争時代と戦後をどのように通り抜け成長して行くのか楽しみな物語である。

 「越路吹雪 画像」の画像検索結果

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2018年1月29日 (月)

バカ売れだという「Fire and Fury」

 NHK「ニュースで英会話」でトランプ米大統領のことを扱った「Fire and Fury」を取り上げていた。この本がアメリカではアッという間に100万部以上を売り上げたそうだ。映像で見るとずいぶん分厚い本である。いくら内幕暴露本とはいえこんな厚い本がそんなにも売れるとは!

  トランプ大統領自身がこの本はウソで固められているとツイートしたことや、自分自身を精神が安定した天才だなどとツイートしたので、本の恰好の宣伝となってバカ売れしているらしい。

  トランプ大統領にはもともと根強い38%もの支持者がラストベルトを中心に今も存在すると言われる。その一方でトランプ大統領を辞めさせようという動きも活発である。その人たちに恰好の材料を提供しているようだ。

  著者はMichael Wolff氏で、最初はトランプ氏の許可を得て内部の取材ができたようだ。ところがトランプ大統領の周辺の重要人物が副大統領を除いてみんな辞めさせられてしまったので、その人たちも含めてトランプ氏がどんな人物かが語られたようだ。

  鳥飼玖美子氏はその本を読んだそうでいろいろな事実が描かれていると言っていた。鳥飼氏の話によると、トランプ大統領は、本を読むのが大嫌いで1ページも我慢できないのだとか。また周りの人からのブリーフィングにも耐えられないのだという。

  夜遅く親しい人と長々と電話をして秘密事項もしゃべってしまうのだそうだ。彼ができることは短いツイートと電話だけのようだ。そんな人物がよくも米国大統領になったものである。彼自身はビジネスで大成功し、テレビでも超有名になり、大統領にまでなったとツイートしているという。彼を選んだ半数の米国人は知性がないと思われる。

 以下の英文はWikipediaの冒頭部分:

Fire and Fury: Inside the Trump White House is a 2018 book by Michael Wolff which details the behavior of U.S. President Donald Trump and the staff of his 2016 presidential campaign and White House. The book highlights descriptions of Trump's behavior, chaotic interactions among senior White House staff, and derogatory comments about the Trump family by former White House Chief Strategist Steve Bannon. Trump is depicted as being held in low regard by his White House staff, leading Wolff to state that "100% of the people around him" believe Trump is unfit for office.

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2018年1月28日 (日)

また1人減った戦争を知る世代の保守政治家

 自民党の幹事長などを務めた、京都選出の自民党元衆議院議員野中広務氏が92歳でなくなった。氏は自民党の長老でありながら護憲派として知られ、生涯それを貫いた。また沖縄基地問題にも深い関心を持ち、沖縄の人たちからも惜しまれている。

  私も以前に引用し、1月25日の朝日新聞「折折のことば」でも取り上げられた、元中国大使丹羽宇一郎氏が著書「戦争の大問題」で紹介した自民党田中角栄元首相の言葉「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢となったときはとても危ない」が脳裏に浮かんだ。

 今の国会では、戦争を知らない世代の安倍首相が中心になって憲法改悪を進めようとしている。安倍首相は国会答弁で何故憲法に自衛隊明記が必要かを巡る二階自民党幹事長とのデキ質疑で述べた言葉は驚きだ。

 「自衛隊員たちに『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあれば命を張ってくれ』というのは余りにも無責任だ。」と答えた。安倍内閣も含めて歴代自民党内閣は自衛隊を合憲だとしてきたのを、ここに来て憲法違反だとはよく言えたものだ。安倍首相の論理はその場限りの場当たりではぐらかし答弁ばかりである。

 また松本文明内閣府副大臣が、米軍ヘリの不時着トラブルをめぐる国会で「それで何人死んだんだ」と野次を飛ばした。それがもとで副大臣を辞めることになった。自民党国会議員は相変わらず不心得な連中がいて性懲りもなく同じ人をバカにした失言を繰り返す。

 野中広務氏が存命だったら、こうした自民党の現状をどう見るのであろうか。あと自民党には、憲法を守り戦争への道を開かない野中氏のような信念をもった戦争を知る世代は何人いるのだろう。

 

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2018年1月27日 (土)

高齢者世帯の大変な実態

 昨日書いた葉書交換をしているF君が、ご近所で起きているある高齢世帯の実態を書き送ってくれた。それを読むと他人ごとでないと思う。

  ―我が家の裏の家の話しです。ご主人82歳(老人介護施設へ入所中。認知症)奥さん81歳(美容院を一人で経営している)お子さんは親と折り合いが悪くあまり家に寄り付かないです。

  昨日その裏の奥さんが家にやって来て妻に話しました。

 「奥さん、また話を聞いて。主人が今度SSという老人介護施設に入ったのよ。月々十数万円要るでしょ。バスの便が悪くて、タクシーを使うことが多いのよ。

  美容院の家賃と駐車場代で合わせて月に20万円要るのよ。昔のように私が稼げるといいんだけれど、私が年齢でしょ。だからお客さんがあまり来ないのよ。若い人は私のような年齢の美容師のところへは来ないのよ。年寄りのお客さんだけよ。年寄りのお客さんはあまり美容院まで来ないわよ。だから稼ぎが少なくなってきたのよ。

  そこへもって、主人が老人施設へ入って、お金が要るようになったので、困っているのよ。そいで今住んでいる家を売って、安いアパートへ移りたいと思っているのよ。ほんとこの年齢になってから難題が降りかかってきて往生してるのよ・・・・・」というお話でした。

  裏の家は、ご主人が、かつては小さいとはいえ社長をしておられ、奥さんが美容師をやっておられましたから、我が家よりうんと裕福な状態だと思っていました。それが思いもよらぬ窮状にあると聞いて愕然としました。他人の家の財状はわからないものです。老いてお金に窮するとは大変です―

  最近いくつかの週刊誌などで、高齢者の生活の問題や、年金が当てにできなくなってきている中で、高齢者が生きて行くためには金がどのくらいあればよいかなどを試算した記事が目につく。

  年金は減る、健康保険料や介護保険料などは増える、病気になったら医者に払う金も多くなっている・・・・などで、長生き社会になって、長寿はめでたいとは言えなくなってきた。

  人間は125歳まで生きられるなどという説が出てきているが、それは経済的にも安定している状態での話で、金に窮してとうやって長寿に耐えられるのかと思う。

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2018年1月26日 (金)

友人との葉書の交換

 私は勤めていた頃の民間の国語教育研究会である児童言語研究会の仲間であったF君と毎週葉書を交換している。彼が退職した時彼の方から葉書を書いて送って来たのに返事を書いたのが始まりである。

 彼はもともと愛知学芸大学哲学教室で私の後輩であった。それ以来の長い付き合いである。

 彼はいつも手書きで、びっしりと葉書の表にまで書いて来る。私はパソコンを使って「筆まめ」で書いている。彼が手書きをする理由は手書きの方が脳の刺激になってよいからということである。NHKのガッテンでもやっていたが、パソコンでキーを打つより、ペンで手で書いた方がよいことはいろんなところで言われている。

 パソコンは読みを入れると勝手に判断して字を探してくれるが、手書きの手紙ではそうは行かない。彼はいろいろな辞書を駆使して字や言葉を見つけて書くそうで、文章や文字に誤りがない。私などとても覚えていられない漢字でもきちんと書いてくるから大したものだ。私の場合は100%パソコンの変換頼りである。だからいざ手で文を書こうとすると書けないことが往々にしてあるのだ。

 ペンで字を書かないから書類などを書くのが苦手で、例えば名前や住所を記入するのさえ面倒臭いと感じるし、字もうまく書けないのだ。

 私も彼に見習って手書きにしようと思うこともあるのだが、この数年困ったことが出てきたのだ。それは右手が震えることである。寒い時などは特に震えがある。だから文字を書く時、心を落ち着かせて震えを小さくして書くようにしている。

 友人が書いて来る話題はいつも身辺のことである。家庭内のことや近所付き合いのことなどが多い。

 私はというと、身辺のことや近所づきあいのことは余りないので、政治・経済・国際問題・・・・・展覧会やコンサートその他諸々である。私は一度取り上げた話題については同じことは書かないように気をつけている。それはblogでも同じことである。

 二人の間の交換葉書も、私が出したのがいつのまにか2300枚ぐらいになっった。彼がくれたのは3000枚近くになる。それは一度に何枚も来ることがあるからだ。お互い、郵便局には大きな貢献をしていることになる。

 私の場合エコ葉書を使うことが多いが友人は普通のハガキである。友人は共稼ぎだったので年金も倍あるから心配はない。

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2018年1月25日 (木)

相変わらず野菜が高い!

 今日いつも私が行く「八百鮮」というディスカウントスーパーに行った。このスーパーは他のスーパーに比べると安いと思う。ただ何でも他より安いとは限らない。大型スーパーが特売するときにはそちらの方が安いこともある。

  先だって趣味のグループの会合で話題は野菜の値段が余りにも高いことであった。主婦の女性は「高くて鍋をやりたくてもやれない」と悲鳴をあげていた。周りのみんなも同感だと言っていた。

  鍋の主役の白菜など500円もするのだ。だからどこの店でも1/4カット、1/2などと小さくカットして売っているが、それでも高くて手が出しにくい。普通なら今頃安い大根も400円もしていた。安い時には1本100円ということもあるのにだ。

  先日NHKガッテンで「葉酸」が免疫を高めるのによいと言っていた。そしてホウレンソウ、ブロッコリーなど緑色野菜を中心にいろいろ紹介していた。いくら良いと言われても、1束税抜きで200円では手が引っ込んでしまう。小松菜も同じだ。ブロッコリーに到っては小さなのが350円もする。

  葉物野菜が高いと関係がないキノコ類も軒並み値が上げられている。また、水耕栽培の三つ葉などの野菜も同じである。輸入野菜のオクラとかピーマンなども同じである。

  年金生活の私には野菜は食べるなと言われているようだ。ある人がたまたま外食したらキャベツが付いていたのでそれを余さず食べたと言っていた。私も同じである。外食しても野菜の量が少なく申し訳程度だがひとかけらでも残さず食べる。

  昨年秋からの野菜の異常な高騰は、秋に大型台風が2回来たことや天候不順で種を蒔いてもうまく育たなかったからだと言われている。

  庶民は野菜の高騰を嘆いているが、安倍首相や麻生副総理などの超高給取りの人たちは屁とも感じていないであろう。それどころか安倍首相は物価が上がるのはよいことだと歓迎しているに違いない。これでアベノミクスで約束した2%の物価上昇は間違いなしとほくそ笑んでいるだろう。

  北朝鮮の脅威を強調して国難突破解散だと言って圧勝したが、野菜の高騰は差し迫った国難ではないのか。庶民は日々の生活を直撃して目減りしている収入をさらに減らされているのだ。

  そんなときにNHKは「葉酸」など取り上げるなと言いたい。庶民の大半は葉物野菜には手が出ないのだ。

  野菜が超高いこの冬、ミカンがまた不作で高いのだ。泣き面にハチとはこのことだ。こんなときでも安倍様、麻生様などは銀座千疋屋御用達でのほのんとしているのだろうな。

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2018年1月24日 (水)

久しぶりに風邪をひいて思った、医者は簡単に儲かる

 17日にマジックのボランティアにAさんが運転する車で行った。彼はマスクをしていた。風邪を引いたのだという。私は用心をしていたが、次の日喉がおかしくなった。風邪を引いたなと思ったがあいにく家には風邪薬がなかった。仕方がないので何十年も前の龍角散を飲んで寝た。

  次の朝早速風邪薬を買いにドラッグストアへ走った。これまで愛用していた「クシャンときたらルル3錠」のルルを買った。以前は1000円ぐらいで買えた100錠入りが税別で1280円もした。

  その日もマジックボランティアに行くことになっていた。運転するはずのAさんはインフルエンザで休んでいると言った。それを聞いて「やっぱりAさんからうつされたのだ」と思った。

  実は私はここ数年風邪を引いたことがなく、インフルエンザの予防接種も3年ほどしていない。予防接種など必要ないという医者もいるからだ。しかし、今年は違った。インフルエンザ患者の隣に座って密閉した車内で移動したために感染したのだと思った。

  熱は37度8分ほどあり身体の表面などが痛い感じがあったが、マジックに出かけた。マジックはいつものようにやれ皆さんに喜んでもらった。

  酒も飲んだし食事もいつもと同じ量食べた。その夜はルルを飲んで寝た。20日は日本語教室のある日であった。朝のウオーキングにも出かけた。

  体温は37.1度ぐらいになっていた。食事を普通にして出かけた。この日は担当する学習者が休んだので椅子に座っていたら少し寝た。

  終わったら八事のイオンに出かけた。ラウンジでコーヒーや水を飲んで買い物をして帰った。

  夕方娘から電話があり、私の体調を尋ねた。身体が少し痛く、熱は37度ぐらいだと言ったら医者に診てもらった方がよいと言った。それでかかりつけの医者に電話をしたら、「明日でいいから休日診療所に行きなさい」と言った。

  日曜日の朝体温は36.6度になっていた。身体の痛みも和らいだようであった。それで休日診療所には行かなかった。その日はルルだけ飲んで寝た。

  床に横になっていると、胸の中央より右の気管支辺りが、息を強く吐くとズルズルと音がした。気になったので月曜になったらすぐに医者に行くことにした。

  いつもより早く8時30分に医院に入ると先客が3人いた。ところが診察が始まると、後から来た人が先に呼ばれた。どうしてかと尋ねたら予約の人や検査がある人だと言った。

  この時期風邪やインフルエンザで患者は待合室に一杯になった。ようやく順番が来て診察室に入った。体温は35.5度であった。私の平熱である。

  医師は聴診器を当て、血圧を計った。血圧は130~60で問題なかった。医師は「レントゲンを撮ってもらいます。また血液検査もします」と言った。

  私は簡単に帰れると思っていたので意外に感じた。仕方がないので胸部レントゲンを1枚撮った。

  レントゲン写真を見て、「右に薄い影があります。CTを撮ってもらいます」と言った。胸部CTは瀧子にある施設で撮るのだ。予約でいっぱいだと言ったが運よく次の日の朝一が空いていた。その日は採血もした。去痰剤を処方されて帰った。

 気管支の異常音を知りたいだけの簡単な気持ちで医院へ出かけたのだが、レントゲンを撮られ、採血をし、その上CTまで撮らされるとは夢にも思わなかった。そして思ったことは、医者は簡単に儲けることができるということだ。

 患者は受け身でしかも弱い立場である。医者が勧めれば拒否するのはよほど気が強い人出ないとできない。私の場合、咳もなく頭痛もなく身体の痛みも治まり、体温も平熱になっていたのだ。それなのに検査、検査である。医者の儲けの手口は検査と薬を出すことだとつくづく感じた。

 政府が医療費を減らそうと躍起になっても現場がこのようでは無理な話だ。ちなみにAさんは、医者にインフルエンザだと診断されたが、採血とかレントゲン撮影などは何もなかったという。

 私の場合、インフルエンザかどうかも診断がなくただ検査をやらされたのだ。

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2018年1月23日 (火)

「小中教員独自補充1万人」という記事

 朝日新聞1月21日朝刊のトップ記事は「小中教員独自補充1万人」だった。全国の公立小中学校教員の定数は国によって定められており、毎年5月1日現在の児童定数や、いじめ・不登校などの事情を考慮して国が決定するのだ。費用は1/3が国庫負担となっていて、17年度は事務職員らの分も含めた1兆5248億円であった。

  しかし、現実はそれでは不足するところもあるので、都道府県・政令都市の教育委員会が計約1万人の教員を独自予算で配置しているのだという。17年度は9997人で、この7年間で3割ふえているのだそうだ。

  87%もの教委が「教員の多忙化解消のためには、教員数の増加が必要」だとしている。それで独自配置をしているのだ。少子化に伴って教員の定数が減り、一方で授業時間数が増え、特別支援学級への配置や外国人児童の増加などで教員の業務がふえているという。

  公立小中学校教諭の勤務時間が10年前と比べて1日当たり30分から40分増えているそうだ。

  私が教員になったのは1962年だったと思うが、2年目に60名のクラスを持たされた。教室は後ろの壁まで机が並んでいた。当時は1学級の児童数が48人だったと記憶する。それから日教組の学級定員削減の運動もあり減ってきた。学級児童43名の頃、イギリスの教員から30名だと聞いて驚いたことがある。現在はどのくらいなのは全く知らない。

  私が勤めていた頃から教員の雑務が多く、仕事を家に持ち帰ることは当たり前であった。現在なら許されないことだが、帰りの電車の中で成績を出したこともあり、通知表を家で書くのも毎度のことであった。部活は全くの奉仕であったが若い教員は部活に熱を入れてやっていた。

  年次有給休暇も制度としてはあったが、実際は行使することが出来なかった。そのため名古屋などで年休闘争というのが行われた。私の場合現職の間年休を取ったことはほとんどない。そういった点は改善されていると思うが、教員の多忙化は今も変わらないようだ。

  私が現職の頃よかったとのは、有給休暇のように制度上はあっても有名無実という曖昧さがあったが、その曖昧さのお蔭でよかったこともあった。

 例えば勤務時間である。4時になればいつでも自由に学校を出ることができた。残った仕事は家に持ち帰るのだ。だから教員になった頃は、4時になると酒を買って来た飲み会が開かれることも度々あった。

 名古屋に来た頃はパチンコが好きな教務主任が率先して「さあ行くぞ」とパチンコ屋へ繰り出したものであった。

 今と違って夏休みは休みだという感覚で捉えられていた。だから旅行に行ったり自由にできて有難かった。私たちは教員には残業手当がない代わりだと思っていた。

 話しを元に戻して、教員の補充のことだが、これは当然国が予算を組んでやるべきことである。教員の雑務の整理は私が勤めていた頃から言われていたが、未だに言われているとは驚きである。

 1万人という教委が補充する教員がおそらく正規の教員ではなく、臨時雇いの教員ではないかと思う。そういう姑息なやりかたでなく、きちんと法律にもとずいて正規の教員として国が予算を組むべきだ。

 

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2018年1月22日 (月)

りんごが脳によいという記事

 DIAMOND onlineを見ていたら「りんごジュースが頭に効く」という記事があった。私はリンゴが大好きなので早速読んだ。

  2017年11月に刊行された「脳にいい食事大全」という本からの紹介記事であった。栄養コンサルタントのミシェル・ショーフロ・クックによる「脳のパフォーマンスを最大化するスーパーフード」である。

  1日1個のリンゴや1杯のジュースは、重要な脳内ホルモンの分泌を促し、脳の健康を高める。

  『American Journal of Alzheimerʼs Disease & Other Dementias』誌に掲載された研究によれば、毎日4オンス(約120cc)のリンゴジュースを2杯飲んだアルツハイマー病患者(重篤度=中~高)は、攻撃性、不安、妄想が27%減少した。『Journal of Nutrition,Health & Aging』誌に掲載された研究によれば、リンゴジュースの日常的な摂取には、脳の機能低下を促す不健康な食生活や遺伝的欠陥を補う効果があるという。

  また『Journal of Alzheimerʼs Disease』誌に掲載された研究によれば、動物の食事にリンゴジュースの濃縮物を加えたところ、フリーラジカルによる悪影響と、アルツハイマー病に一般的な認知機能の低下を防ぐ効果がみられた。

  さらに、動物が健康なアセチルコリンのレベルを維持するのにも役立った(食事にリンゴジュースの濃縮物を加えていない動物では、アセチルコリンのレベルが減少した)。アセチルコリンは、脳と神経細胞のコミュニケーションを助ける、一般的な神経伝達物質だ。

  「リンゴとリンゴジュースはさらに、コレステロールのレベルを適切に保ち、脳卒中を予防することで、脳の健康を維持する働きをする。イギリス、オックスフォード大学の研究者は、50歳以上の成人を対象に、1日1個のリンゴを食べることと、スタチン系薬剤(コレステロール値を下げるために使用される)を服用することの効果を比較した。英医学会会報に掲載されたこの研究の結果によれば、1日1個のリンゴを食べることは、スタチン系薬剤を服用することと同程度の、脳卒中や心臓発作による死亡率を低下させる効果がみられた。

  「リンゴが赤くなると医者が青くなる」という諺が西洋にはあると聞くが、上記の研究はそれを実証するものだ。

  リンゴは8月の終わりごろから出始めるが、この頃は種類が多くなって、しかも美味しいリンゴが多い。昔は国光がよいと言われたが、雲泥の差である。今の時期はサンフジがおいしい。だから毎日食べている。1日1個のリンゴが健康を改善してくれるなら安いものだ。フジリンゴは大きくていいのは150円ぐらいするが、小さくて安いのは70円~80円ぐらいだ。リンゴで健康を保とう。

 

 http://diamond.jp/articles/-/156283?display=b

 

 

 

 

 

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2018年1月21日 (日)

朝日新聞読者を売国奴呼ばわりする百田宗樹

 Yahooニュースを見ていたらとんでもない記事があった。それは「百田尚樹さん『売国新聞を支える読者も日本の敵』」という産経新聞の記事であった。産経新聞と言えば安倍政権を支えるメディアの最右翼として有名な新聞である。このような記事が出てもおかしくない。

 記事は次のように言う。「 作家の百田尚樹さん(61)が12日に自身のツイッターに朝日新聞の読者を指して『売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ』と投稿し、朝日新聞広報部は15日までに『特定の新聞の読者を敵視するような差別的な発言に強く抗議します』などとするツイートを朝日新聞広報部名で行った。百田さんは15日、これに再反論した。」
 

 朝日新聞が抗議をするのは当然である。私も朝日新聞の読者だが、日本の敵呼ばわりされて黙っている訳にはいかない。朝日新聞を読むことがなぜ売国奴になるのか。朝日新聞読者は名誉棄損で提訴すべきほどのことだ。

 百田宗樹の反論は、次のようなものだと産経は伝える。

 「朝日新聞は、慰安婦の日韓合意で、韓国の肩を持ったり、尖閣の中国潜水艦の記事を一面から外したり(他紙はすべて一面)、マジで潰れてもらわないといけない!!」。12日、百田さんはこのようなツイートを投稿した。

 怒りが収まらないのか、百田氏は続いて『これは首を賭けてもいい。もし、中国と日本が軍事衝突をすれば、朝日新聞は100パーセント、中国の肩を持つ。朝日新聞は日本の敵だが、そんな売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ』とも。」

 朝日新聞は潰れよとか、中国の肩を持つとか言いたい放題である。トランプ流に言えば、これこそフェイクニュースの極みである。それを喜んで報道する産経新聞は「ゲスの極み」である。社会の公器としての矜持を捨ててしまっている。

 朝日新聞は百田宗樹のような暴言には毅然として対処して、決してひるまないようにしてほしい。それでなくても朝日新聞は産経などや週刊誌から叩かれ、上げ足を取られ、腰がふらついていると感じられる。菅官房長官から名指しで攻撃される東京新聞ほどの強さは無いように思う。

 メディアが良心を失えば、後は戦前のように急速に右傾化し軍国主義に向かうであろう。朝日新聞よ、負けるな!

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2018年1月20日 (土)

葬儀って、何だ?―⑧―

 Yahooニュースを見ようとしたら、「小さな葬式」という広告が目に入った。NHKで紹介されたと謳っているので、中を覗いて見た。

  一般的に葬儀をすると全国平均で122万円かかると言われていると書いてあった。私の母が7年ほど前に亡くなったとき、実際は弟が仕切ったので詳細はわからないが、そのくらい掛かったと思う。

  その他にいろいろな費用が派生して総計では1000万円以上かかる場合があるという。説明によると、どうしてそんなに高いのか。お棺代は3万円~8万円ぐらいと言われるが、実質費用はたった8000円だというのだ。適正な価格を何も知らないのをいいことに高額な費用を要求されるのだという。

  その葬儀社では、適正な価格として19万3000円として、さらにそれ以上の料金が派生しないようにしているそうだ。

  そこに含まれているのは、寝台車、役所手続き、お棺、骨壺、自宅飾り、安置料、ドライアイス、枕飾り、着物、お棺用布団、霊柩車、お別れ用花、火葬料、スタッフだという。これらは必須のものと言える。

  上記の料金は「小さな火葬式」の場合で、搬送→火ご安置→火葬となっている。つまり、通夜や葬式は行わない最もシンプルなやり方である。これでも費用は19万3千円だが、早割を申し込むと17万8000円になると宣伝している。50%の人がこのやり方の葬儀を選んで好評だと言っている。

  平安会館のスタッフが10万円で葬儀をすると宣伝しているところもあると言っていたから、ネットで探せばもっと安いところもあるのだろう。

  この葬儀社では、通夜抜きの「小さな1日葬」で34万8000円、「小さな家族葬」なら49万8000円だそうだ。以上の葬儀にはお寺は含まれていないことに注意。

 以上はあくまでも参考のために取り上げたことで、平安会館や紫雲殿に見積もらせてみようと考えている。いずれにせよ予め元気なうちから準備をしておいてその場に立って誤魔化されないようにしておくことが大事だ。

 

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2018年1月19日 (金)

読めた!NHKが大河ドラマ「西郷どん」を大宣伝する訳

 NHKは1月からの大河ドラマを「西郷どん(せごどん)」とし、昨年暮れには大宣伝をして視聴を煽っていた。今年になっても、「日本人のお名前」や「鶴瓶の乾杯」などで西郷が取り上げられた。1月で既に2回放送されたが、「黒田丸」より視聴率がよいと胸を撫で下ろしているようだ。

  大河ドラマでは、以前に司馬遼太郎の「坂の上の雲」があり、幕末から明治にかけての動きが描かれた。今回西郷隆盛のドラマによって幕末から明治維新を描こうとしている。

  昨年の「女城主直虎」を見たが、歴史上名を知られていない主人公だったので、大河ドラマのタネが切れたのだと思った。それで今年は西郷という明治の元勲を再度取り上げたのだろうと思っていた。

  ところが新聞で野田聖子総務相が「明治維新をなぞっても次の日本は描けない。私たちはここで決別をしないといけない」と金沢市での講演で述べたという記事を読んで、政府は今年が明治維新150年になるので、記念施策を考えていることを知った。野田総務相の発言はそれを批判したもののようだ。

  この記事を読んでNHKがなぜ「西郷どん」を取り上げ、強力に進めているのかが分かった。明治150年だからなのだ。しかも、安倍政権が150年という節目に乗っかって、明治は良き時代であった、日本の近代化はそこから始まったのだという大宣伝を展開する先駆けであったのだ。つまり安倍政権の意図を「忖度」したのだ。

  政府はどのような形で明治150年の記念行事をするのかは不明だが、その内民放もふくめてメディアもこぞって大々的に扱うであろう。

  安倍政権の閣僚のほとんどが「日本会議」のメンバーであり、かねてから教科書の歴史認識をを変えたり、道徳を教科にしたり、憲法を変えようと動いてきた。彼らの究極の目標は明治憲法に戻すことだと言われる。つまり、天皇主権、富国強兵、言論統制、人権の抑圧などを狙っているのだ。

  もちろん、一気にはできないので安倍政権は着々と手を打ってきている。トクベツ機密保護法に始まって、集団自衛権の容認閣議決定、安保法制・・・・。後は憲法改訂だけである。今年は一気にそこまでやるだろうと言われている。明治150年はお誂えの年なのだ。

 

 

 

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2018年1月18日 (木)

「トランプ氏の『精神状態』、専門家70人超から検査求める声」というニュース

 Yahooニュースを見ていたら、「トランプ氏の『精神状態』、専門家70人超から検査求める声」というCNNのニュースがあった。

 「トランプ米大統領(71)の健康診断を担当した担当医に対し、専門家らが精神面の検査を求める書簡を送っていたことが14日までに分かった。

 書簡は11日、米国、カナダ、ドイツの著名な専門家ら70人を超える人たちが共同で送付した。この年齢層の米国人は定期的に精神面の検査を受けるのが標準になっていると指摘し、さらに国民は大統領の健康状態を明確に知る必要があると強調。トランプ氏の精神状態を懸念する声に基づいて認知症の検査を実施するべきだと提言した。

 専門家らはトランプ氏について、発言にまとまりがない、ろれつが回らない、古くからの友人の顔が分からない、同じ内容の発言を繰り返す、細かい動作をする能力が下がった、読んだり聞いたり理解したりするのが困難、判断力や計画立案、問題解決、衝動抑制の能力が疑わしい、最近目に見えて語い力が低下したといった所見を挙げている。」

 トランプ大統領は、毎朝早朝にツイッターで発信し、折に触れてツイッターで意見や反論をしている。ツイッターは字数が制限されていて論理的な文章は書けない。短い文なのでどうしても感情的、思いつき的になりやすい。彼は北朝鮮に対しても前に発信したことと違うことをツイートすることがよくあり、どれが彼の本音か分からないという批判がある。

 だいたい一国の大統領が軽々しくツイッターを使うべきではない。ましてや米国大統領ともなれば、世界に対して影響力が大きいのだ。

 彼はロシアとの関係の問題でもそうだが、自分に都合の悪いことはツイッターで頭から否定をする。今回の「精神状態」の検査を受けるべきだという勧告にも、自身を「極めて情緒が安定した天才」呼んで反論。ホワイトハウスはトランプ氏の精神状態を疑問視する声を「くだらない」と一蹴(いっしゅう)し、同氏が精神面の検査を受けることはないと述べた。

 私は70人超の専門家の方が正しいと思う。米国大統領は精神状態のおかしい人物では大変なことになりかねない。特に核のボタンの鍵を握っているのだから正しい判断ができないのは非常にきけんである。

 検査を受けてどうどうと精神に異常がないことを証明すればいいのだ。

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2018年1月17日 (水)

葬儀って、何だ?―⑦―

 日本人は主に仏教徒と言われるが、心から仏教を信じている敬虔な仏教徒はどのくらいいるだろうか。ほとんどいないのではないか。

  その証拠に、生まれるとお宮参りをし、七五三をやり、新年には神社へお参りに行く。だが初詣ではお寺も賑わう。また、二月の節分には観音様へお参りに行ったり、豆まきをしたりするが、最近で「恵方巻き」を恵方に向かって食べるなどということも出てきた。

 クリスマスやバレンタインデーやハロウインを楽しむかと思うと、結婚式はキリスト教会でという人も多い。そして死んだら仏教で葬儀をする。キリスト教徒でない限り教会ではやらないし、神道でもやる人は珍しい。

 要するに日本人は便利主義者であり、多神教なのだ。何しろ神様の数だって半端ではない。八百万(やおよろず)である。

  「葬式仏教」と言われるようになって久しく、最近では仏教による葬儀にも疑問を持つ人が増えてきている。そしてお寺離れも増えているのだ。

  私は訳の分からないお経で葬儀をするよりも、個人を身内で偲んで、個人のことを語り合ったり、もし個人が好きな音楽があったら、それを遺体の前でみんなで聴いて偲んだりするのがよいと思う。

  一番大事なことは「死」について、縁起でもないと忌み嫌うのではなく、自分が死んだ場合どうしてほしいかを家族に伝えておくことだと思う。

  有名人では「生前葬」をする人も現れたが、庶民は家族葬がよいと思うのだ。そのやり方も自分の好みでやってもらえばよい。

  亡くなった時最低限必要なことは、遺体をどうするかということである。病院で亡くなれば、運搬車が必要だ。遺体を安置する場所や遺体の処理も必要である。病院で亡くなれば看護師が遺体を清拭して寝巻を着せてくれるが、自宅の場合はどうするかだ。遺体を入れる棺桶も必須である。そして火葬場まで運ぶ手段も考えねばならない。

 葬儀をやってわかったことは、上に書いたような最低限必要なことは葬儀社に依頼するしかないことだ。

 そこで遺体の搬送車代は幾らか。棺桶は幾らか。納棺料は幾らか。安置する部屋の借り賃は幾らか。霊柩車は幾らか。遺影写真は幾らか。これらを葬儀社で調べておくのがよい。

 葬儀社は会員になると割り引き特典がありますよと宣伝しているが、本当に安くなるのかどうか。葬儀社によっては3000円で会員になれるところもあるし、当日でも会員になれるところもあるので調べておくことが大事だ。私の場合、平安会館に積み立てがあったのでそれを利用したが、そのために却って高くついたという印象があるのだ。

 どういう死に方をするかは死んでみなければ分からない。大地震などの大災害で死ねば個人での葬儀はできないかもしれない。だからあくまでも何事もなく普通に死に身内でやってもらえる場合ということになる。

 私は家族と、生きていて歩ける兄弟姉妹での家族葬でよいと考えている。そして、葬儀はよく歌った「第九の第4楽章」、大好きな「美しき青きドナウ」、カラオケでよく歌うフランク・シナトラの「マイウエイ」「エーデルワイス」岸洋子の「希望」越路吹雪の「愛の讃歌」、昭和男爵コーラスで歌った「遥かな友へ」「小雨の道」「贈る言葉」を録音したCDなどをかけて偲んで欲しい。宗教抜きの人前告別式がよい。私は結婚式も人前であったのだ。遺灰は太平洋の黒潮に散骨して貰えばよい。できれば故郷の新宮の海へ。

 

 

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2018年1月16日 (火)

葬儀って、何だ―⑥―

 今回久しぶりに葬儀を主宰してつくづく考えさせられた。いったい「葬儀って、何だ?」ということだ。

  おそらく自分や身内の葬儀について予め考えて計画を立てている人はほとんどいないであろう。昔は部落には講があったが、現代では私のようにどこかの葬儀社の会員になっていて、突然訪れる「死」に対して葬儀社の言うがままに葬儀を進めるのではないだろうか。

  経を挙げてもらう僧侶については、檀那寺がある人はそこに頼むであろうし、ない人は葬儀社などに紹介してもらうであろう。私の妻の両親のときはそうであった。

  私は神道の葬儀については、母の実家が神道なので3回経験したことがある。神道は大変簡潔である。神主さんんが祝詞(のりと)を用意してきてあげるのだが、戒名はなく本名で故人について述べ、御幣を振ってお祓いをする。参列者は霊前に榊をあげるのだ。

  神主さんへのお礼も大変少額であったと記憶する。私は神道がいいと思ったものだ。

  私はこれまで一度もキリスト教や他宗教の葬儀に出合ったことがないのでさっぱり分からないが、友人の話によるとキリスト教は多額の寄付を要求されると聞く。

  話しを元に戻して、葬儀について考えると、葬儀とは故人を送る儀式である。その送り方には民族によってもいろいろあるようだが、要するに故人のことを偲び遺体を土葬とか火葬などにすることである。同じ仏教でもチベットでは「鳥葬」で山の鳥に供すると聞いた。

  ゴビ砂漠へ行ったとき、砂漠に土盛りがいくつか見られたが、砂漠へ持って行ってそこに埋めるのだと思った。土盛りはやがては風によりなくなるのだろうが、それについてどうするのかは知らない。

  葬儀についても、私の母方の祖父のときは、身内は白い衣を着て、額に幽霊が付けているような三角の白い形をつけて、葬列を作って歩いて火葬場まで行った。いつのまにかそういうやり方はなくなった。葬儀のやり方も時代を反映して変わって行くのだ。

  この頃では「直葬」と言って、遺体を直接火葬場まで運ぶというやり方もある。主に身寄りのない孤独死の人を役場などがそのようにして弔うのだが、私の知人は、「俺が死んだら直葬にして、遺灰は海に撒くように家族に言ってある」と話していた。

  遺灰の扱い方も海に散骨するとか、樹木葬にするとかいろいろあるようだ。中国の「改革・開放」経済政策を進め、現在のような中国の発展のもとを築いた鄧小平は、葬儀は行わず遺灰は中国の領海に散布された。彼は唯物論者だから魂の存在などは信じなかったものと思われる。

  前にも書いたように、釈迦の時代は「輪廻転生」が一般的に信じられていたが、佛教の創始者「釈迦」は霊の存在とか輪廻転生とかはないと考えていた。また仏教による葬儀についても考えていなかった。釈迦が亡くなってその死を悲しむ弟子たちがたくさんいたであろうが、釈迦自身は悲しむではないと教えた。また偶像崇拝も説かなかった。釈迦は「生老病死」を超越した思想を説いたのであった。

 極楽浄土とか輪廻転生とか霊の存在などについて仏教に取りいれられたのは、佛教が伝播する中で、後世の僧侶によってなされたのだ。同じ仏教でも宗派がいろいろあり、国によっても同じ国の中でも異なるのはそのためである。

 経典は膨大なものがあるが、それは釈迦の後の世の高僧によって付加され伝承されたからである。宗派は自分に都合の良い経典をもとにしているのだ。

 

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2018年1月15日 (月)

葬儀って、何だ?―⑤―

 家に来た葬儀社のスタッフのAさんにお布施の件を話したら、面白い話を聞かせてくれた。Aさんのお兄さんが亡くなったとき、檀那寺に頼むとお布施は高いしお経の声がよくないので、平安会館に頼んで、声がよくて高くないお坊さんを紹介してもらったというのだ。

  そのお坊さんは声がよくて読経が栄えて、しかも、人柄が非常に良い人であったそうだ。お布施も20万円ですべてやってもらえたという。

  その後、お父さんが亡くなったので、またそのお坊さんにやってもらったというのだ。Aさんは1人になったので、そのお寺で葬儀をしたそうだ。お寺のお庫里さんがいろいろ世話をしてくれたという。でも、寺はお経以外はみんな無料でやってくれたのだという。

  お寺によってもいろいろあることがよく分かる。Aさんは檀那寺がよくなければかわればよいのだと言った。

  確かにその通りである。檀那寺というのは江戸時代に統治をするために作られたものである。強制的にどこかの宗派に属させられたのだ。キリスト教を排除することも重要な狙いであった。

  しかし、明治以後は宗教を選ぶのは自由になった。私の父方の祖先はキリスト教に宗旨替えをしたし、母は実家が神道であったが、結婚して浄土宗になり、その後墓を曹洞宗の寺に造ったので曹洞宗になった。我が家でもたまたま妙心寺系だったのでそのまま引き継いでいるだけである。

  お布施の話しに戻して、知人のKさんが夫を亡くし本願寺で葬儀をしたが、お坊さんにお布施のことを聞いたらいくらでもよいと言ったので、10万円でいいですかと聞いたらお寺はそれで結構ですと言ったので1万円プラスして渡したそうだ。

  お布施は喜捨とも言い、釈迦の時代からあったが、釈迦の時代は喜捨はどんなものでも喜んで受けた。現代でも京都などでは、お坊さんが修行の一環として托鉢に出かけることがあるが、たとえ僅かな米でも有難く受け取る。良寛は托鉢を持って里に出かけ喜捨を乞うて生活をした。

  本来は僧というのはそうあるべきなのだ。布施の多寡を問題にしてはならないのだ。清貧に甘んじることができなければ、ビジネスにすればよい。

  枕経○○分何円、通夜○○分何円、葬式の読経は会葬者の数や時間で何円、鐘を鳴らしたら何円、火葬場読経何円、初七日何円・・・・・などと見積もりを明記して提示すべきである。そして施主と話し合って納得したところで、契約するのだ。

  私の知人でお経のテープで法事を自分たちでやっている人がいるという話しをしたら、葬儀社のAさんは、平安会館でもいろいろなお経のCDを扱っていると言った。CDを買って月経や法事をやる人が増えているというのだ。それを聞いて私も納得した。何も高い金を払って坊さんのライブをやってもらわなくてもCDとか自分の読経でもいいのだ。

 そもそも訳の分からないお経を唱えてもらって何のご利益があるというのか?ただ形式で儀式としてやっているだけである。

 

 

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2018年1月14日 (日)

葬儀って、何だ?―④―

 葬儀の翌日、お布施を持って寺を訪ねた。普通、寺というのは門が開いていて誰でも境内に入れるものだが、門が閉じていた。

  中に入り和尚さんと会ってお布施を渡した。領収書はもらえないと思っていたが、ちゃんとくれた。49日の法事は4万円だと言った。土日は1年中予定が詰まっていると言ったので檀家はどのぐらいあるのか尋ねたら400軒余りと言ったので驚いた。

  昔、檀家が300軒ある寺は経済的に問題がないと聞いたことがあったが、檀家が多い寺なのだと知った。本堂を建て替えたとき私も応分の寄付をしたが立派な本堂であった。

  その次の日、平安会館のスタッフが諸経費の説明にやってきた。また別の職員であった。見積もりは聞いていたが、実際に掛かった費用の説明であった。

 無利子で積み立ててあったのが24万円だが、それをつかうのに消費税を12000円取られたので驚いた。説明を聞いても理解できなかった。

  積み立てを使ってできる祭壇セットが34万円であった。祭壇脇花、装飾花、供物並、プリント棺、遺影写真(着せ替え料2000円別途)、額並、枕飾り(机、布団、位牌、具足)、納棺用品並、遺体保冷用品、お骨箱、焼香用品、クラウン霊柩車。

  会葬礼状や記録帖、告別式案内状、忌中紙などは会葬礼状5枚、案内状5枚だけ使っただけで後は使わなかったが値引きはなかった。

  追加として支払ったのは夜間搬送29000円、保管料3日で15000円、霊安室使用料30000円、中陰台15000円、お寿司7000円、出立ち割子4800円、奉仕料30000円。 奉仕料まで取るのは知らなかった。 

  会員割引は、祭壇が-100000円、搬送値引き―29000円、保管料値引き―5000円。合計134000円の会員値引きであった。

  結局葬儀社に支払ったのは358704円で、寺に払ったのが350000円、合計708704円であった。

  葬儀社の料金が妥当なものか、高いのか、安いのかは素人にはさっぱりわからない。葬儀は結婚式と違って、予め準備をしたり、見積もりをとったりはできないのだ。突然のことであたふたしている中で葬儀社に任せるしかないのだ。

  昔は「講」があって田舎では近所の人たちが集まってすべてを取り仕切ってくれた。今は葬儀社に頼むしかないのだ。

 我が家の場合、4人だけの家族葬であった。もっと安くやれるような気がするが、ついつい葬儀社の言うがままに事を運んでしまった。

 ダイヤモンドオンラインの「はれのひ事件」に関する論評の中に、次のような部分があった。

 「まずはセレモニービジネスの問題点からご説明しよう。

 『明朗会計』が謳われ、数万円程度の家族葬などが普及した今でも、葬儀にまつわる消費者トラブルは後を絶たないのはご存じのとおりだ。筆者も十年ほど前、悪質な葬儀会社や、その被害者によく取材をしたものだが、悪質業者がなくならない理由は、葬儀が『一生に一度のセレモニーだから』という一点に尽きる。

 葬儀サービスを何度も利用するわけではないので、質の良し悪しや、価格の相場がわからない。契約や支払いなど、何もかもが初めてなので、業者側に言われるまま。どのあたりがそんなに高いのかと尋ねても、『普通はそれくらいしますよ』と説明されると、納得せざるを得ない。

 優良業者ならばそれでもまったく問題ないが、世の中には必ず、こういう構造を悪用する業者が現れる。要するに、悪意さえあれば簡単に消費者を「カモ」にすることができてしまう業態なのだ。」

 全く同感である。

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2018年1月13日 (土)

葬儀って、何だ?―③―

 この会場では葬儀は私たちのだけであった。葬儀の当日は会館で頼んでおいた出立ちの朝食を摂った。仕出しであった。その後棺の上に花束を置いた。 

 10時過ぎに導師が来て、10時30分に告別式が始まった。お経は30分ほど続いたが、例によって木魚と鐘の音と読経の音声が響き渡るだけで何を言っているのかはさっぱりわからなかった。禅宗なのでときどき「ナムカラヤーノトラヤノヤー」とか「般若波羅多」が耳に残るだけであった。

 お焼香も4人だけなので簡単に終わった。最後の方で導師が大声で「喝!」と言った。読経が終わると導師は退場し、棺が引き出されて花を入れて最後の別れをした。3日たつのに今にも生き返りそうな表情をしていた。

 火葬場まではクラウンの霊柩車で行った。私と妻は霊柩車に乗り、婿が運転する車が続いた。

  八事の火葬場に着くと、この日は少ないらしくすぐに火葬に入った。導師が簡単な経をあげて納められた。

  外のテラスで待っている人たちがいたが、私たちは休憩室に入った。平安会館の部屋でたった4人だが広い和室であった。若い人は灰になるまで時間がかかるそうで、1時間15分ぐらいで呼び出しがあった。

行くと棺を載せた台が引き出されて骨がのっていた。大きい骨は係りの人が骨壺に入れてくれ、私たちは二人一組になって小さい骨を入れた。

  「喉仏がきれいに出ていますよ」と言ったので、見ると仏様の形をしたお舎利があった。「こんなにきれいなのは珍しいです」と言っていた。喉仏を安置する箱は無料であった。

  我が家ではこれまでに喉仏がいくつかでた。生前の行いがよいと出ると言われるので嬉しかった。

  会館にもどると時ごろから初七日の法要をした。そのあと導師から話があると呼び出された。部屋に行くとお布施のことであった。代理の僧から伝わっていたのだ。

  婿が私たちの気持ちを説明した。導師は「お宅より収入が低い檀家でも55万円だしてくれますよ」と言った。お互いに気持ちを述べ合い、35万円で納得してもらった。その時分かったのだが、5万円は代理の僧に払われる金額だということだ。ということは50万円は導師の収入ということである。

 精進落としは自宅で家族4人で行った。

 

 

 

 

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2018年1月12日 (金)

葬儀って、何だ?―②―

 11時ごろお寺さんが枕経をあげにやってきた。型どおりに20分ぐらいお経をあげた。その後椅子に座ると、すぐに「信士で55頂きます」と言った。「55」とは55万円のことだと思ったが、こちらが尋ねもしないのにいきなりそう言われたので一瞬たじろいだ。55万円はいくらなんでも高いと思ったが、その場では「そうですか」と言った。「高いですね。まけてもらえませんか」などとは言えなかった。

 午後1時ごろに東京から婿が来てくれた。婿にその話をするとやはり高いと言った。2時ごろから会場の担当者と通夜や葬儀についての話し合いがあった。平安会館は担当者が毎日かわるようであった。

 家族だけ4人でやるので通夜や葬儀で渡すものとか礼状などは要らないのだが、葬儀社は案内状と礼状は5部用意するといった。お坊さんへの食事や土産については出すかお金で渡すかどうすると聞かれたが、55万円のことがあるので出さないことにした。

 花輪は対で2万円ということであったが、祭壇には花が付いているので、花輪はなしにして花屋で好きな花を買ってくることにした。

 写真をどうするかであったが、家で探しても最近の写真は見つからなかった。ただオランダに行ったとき友人の両親と撮った写真がピンボケだがとてもよい表情をしていたのでそれを使うことにした。

 次の日はお通夜であった。娘が仕事を早めに切り上げて来ることになっていた。写真はきれいに出来上がって来た。シャツを着ていたが背広に直してもらった。修正代が2000円であったが上手にできていた。

 通夜の始まる前に会館で食事をした。寿司を頼んでおいたのだが、5人前で7560円であったがおいしくなかった。こんなことならスーパーで寿司を買って来た方が安くてよいと思った。

 7時から通夜をしたのだが、坊さんは代理の人であった。そして読経も含めて7時15分に終わってしまった。何とたった15分であった。私たちがこれまで参加した通夜ではどこでも30分ぐらいはやっていた。

 私と婿は代理の坊さんに私たちの気持ちを導師に伝えてもらうことにした。私は枕経が終わると向うから「55」と言われたことや、通夜に代理が来てしかもたった15分で終ったことなどを話した。会館はいろいろ世話をして部屋や祭壇や車や霊柩車など全部含めて40万円(見積もり)なのに、坊さんは枕経、通夜、本葬、火葬場、初七日で55万円はどう見てもおかしいし、元来お布施なのに請求されるのもおかしいと話した。

 婿はお寺離れが進んでいる現状で、お寺はもっと企業努力をすべきだと指摘した。こういうやり方をしているとますます檀家が離れていくだろうと言った。そして35万円を払うからそれを承知してほしいと言った。

 代理の坊さんは私たちが話すのをきちんと聞いてくれた。その方は遠く岐阜県から来たということであった。そして我が旦那寺の墓経などにもよく行くが、そこで檀家さんからの不平を頻繁に聞くと話した。やはり檀家の中に不満が広がっていることが分かった。その坊さんは導師に伝えると約束した。

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2018年1月11日 (木)

葬儀って、何だ?―①―

 NHKのITを扱った番組に「人間って、何だ?」というのがある。それにならって「葬儀って、何だ」と題して葬儀について書くことにした。

 昨年暮れに息子が急死した。人が死ぬとその直後からしなければならないことが襲ってくる。私は若い頃に葬式を取り仕切ったことが何度かあるが、そのときは自宅での葬儀であった。

 その後も妻の父や母が亡くなったとき、やはり私が中心で葬儀を取り仕切った。義父のときは市営住宅の集会所で、母の時は平安会館の一室を借りて執り行った。

 自分としては経験豊富だと思っていたが、いざその場面に直面すると戸惑ってしまう。私は平安会館の積み立てを10年前に終わっており、その後勧められて紫雲殿の会員にもなった。どちらでやるか迷ったが、平安会館には積立があるので今回はそちらでやることにした。

 息子は市大病院で亡くなったのだが、看護師さんが身体を清拭して寝巻を着せてくれたあと遺体を会館まで運ばなくてはならない。夜遅くであったが会館の担当者が来て手配をしてくれた。お寺の都合を聞かなければならないので、お寺への連絡は私が行った。

 会場は家の割合近くなので、途中我が家の前を通って送ってくれた。会場までの運び代は3万円であった。

 東京にいる娘と連絡を取ったが非常に忙しいので土曜日まで待ってほしいと言った。それで3日後に葬儀をすることになった。それまでドライアイスが必要である。会館に着いたのが0時を回ったので、安置料は1日分安くなったが、ドライアイスは3日分で1万5千円かかった。ドライアイスは30cm四方位の板状で4枚使った。

 普通は遺体の傍にいて上げるのだが、家が近いし疲れていたので家に帰って寝た。

 次の朝は会館に頼んで用意してもらった朝食を会館で食べた。その後区役所に行って死亡届を出し、火葬許可書をもらった。混んでいたので時間がかかった。

 私たちは妻と娘夫婦の4人だけで葬儀をすることにしたので親戚にも知らせなかった。息子の勤め先には会葬や供花などは要りませんと断った。本当の家族葬だが、会場は洋式の部屋で、これまでに納めた24万円の積み立てに入っているという部屋であった。祭壇と導師の椅子と参会者用に10脚の椅子があった。

 

 

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2018年1月10日 (水)

スマートフォンをどのように使っているか

 ヤフーニュースを見ていたら、シニア層はスマートフォンをどのように使っているかについて不破雷蔵氏が書いた記事があった。

 シニア層のスマートフォンの利用実情を、ソニー生命保険が2017年12月に発表した調査報告書「シニアの生活意識調査2017」をもとにしている。この調査は、2017年11月21日から22日にかけて、50歳から79歳の男女に対してインターネット経由で行われたもので、有効回答数は1000人。男女比は1対1、年齢階層比は50代と60代・70代で1対1という。 。調査協力機関はネットエイジア。

  スマートフォンを使っているシニアがもっともよくしていることは通話、次いで電子メール。ニュース閲覧や写真撮影も6割強。メッセージアプリは5割強。そして、通話や写真撮影、天気予報チェック、メッセージアプリ、電卓、時間確認では女性の方が男性よりも多くの割合で使っていると分析している。 あ

 私はガラケイをiphoneに変えて4年3か月になる。最初は5s、現在のは6sである。2年で割賦の支払いを終えたのでそのまま使うことにしている。少しでも月々の支払いを安くしたいのと、私の使い方では別に7sとか8sなどは必要ないと考えるからだ。

 私の使い方も上記と似ていて、通話、LINE,facebook、微信、パソコンに来た電子メールのチェック、ニュース閲読、au関係の料金チェック、Google,写真撮影、時間確認、地図、天気予報・・・・で、ゲームやYOU TUBE、音楽などは一切していない。

 iphoneは持ち運びの出来るパソコンだと考えているが、私の利用はその多様な機能を使いこなしているとは言えず、一部を使っているだけである。

 この調査対象母集団(=50歳から79歳のインターネット利用者)のうちスマートフォンを利用している人(全体で53.0%、男性54.0%、女性52.0%)に対し、自分のスマートフォンで何をしているかを複数回答で尋ねたところ、もっとも多くの人が行っているのは通話だったそうだ。ほぼ9割の人が普段からスマートフォンでは通話をしていると自認しているという。

↑ 普段からスマートフォンで行っていること(2017年、複数回答、スマートフォンを使っている人限定、上位陣)

↑ 普段からスマートフォンで行っていること(2017年、複数回答、スマートフォンを使っている人限定、上位陣)

 これを回答者の性別で仕切り分けした結果が次のグラフ。

↑ 普段からスマートフォンで行っていること(2017年、複数回答、スマートフォンを使っている人限定、上位陣、男女別)

↑ 普段からスマートフォンで行っていること(2017年、複数回答、スマートフォンを使っている人限定、上位陣、男女別)

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2018年1月 9日 (火)

車の運転をやめるべきか思案中

 新聞に運転免許を返納する人が増加しているという記事があった。私の免許証は平成31年一杯までである。車の車検は昨年3月にやったので後2年だと思うが、いつのまにか車は買ってから11年余りたった。

 今日は久しぶりに片道40分ほど運転をした。本当は地下鉄とバスで行きたかったのだが、車を動かさないとバッテリーが上がっていまうからだ。これまでにもバッテリーを何度もダメにして買い替えている。

 車の走行キロ数はまだ4万キロにならない。11年にもなるというのにだ。そのくらい運転をしないのだ。

 80歳に近づく頃から運転をしたいと思わなくなった。何となく事故を起こすのが怖いと思うようになったのだ。高齢者の運転免許更新では認知症テストも実技も合格して免許の更新ができたのだが、運転をしたいとは思わない。

 娘からは口うるさく運転をやめるよう言われている。今朝もお父さんが危ないと叫ぶ夢を見たから運転をしないようにと電話があった。妻も「お父さんの運転する車には乗りたくない」と言いながら渋々乗っている。

 今日も気をつけて運転をしたのだが、他の車の割り込みとか、信号で止まっている車の陰から人が違法に横断してくるとか、信号が青で進みだしたら、2台の車が信号を無視して横切るとか、道路の脇に小さい子がいるのに気づくのが遅かったなどのことがあった。

 スピードは法定速度を守っているし、一旦停止も気をつけているし、進路変更にも気をつけているのだが、こちらが慎重に運転していても、他の車や人がどう動いて来るか分からないので怖い。

 ボツボツ運転をやめる時だと思いながらふんぎれないでいる。きっと私のような高齢者が多いだろうと想像する。

 

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2018年1月 8日 (月)

アプリhinadanを作った若宮正子さんに驚く

 6日朝のNHKお早うニッポンで82歳でアプリを開発した若宮正子さんを取り上げていた。たまたまニュースを見ていて知ったのであった。

  若宮さんはプログラマーという肩書で紹介されたので、勤めている頃はプログラマーだったのかと思って見ていたら違っていた。

  60歳で銀行を退職後パソコンを勉強したというのだ。そして80歳になってプログラミングの勉強をし、「hinadan(雛壇)」というアプリを作ったのだ。

  2017年の正月に御神籤を引いたら「末吉」だったのでよくないと思っていたら、hinadanアプリの開発で超多忙の1年になったという。アメリカに招かれてAPPLEのCEOと面会したり、各地の講演などに招かれ一躍有名人になったのだ。そして今年は国連で英語でITについて演説をすることになっているという。

  80歳でプログラミングを学び始め、82歳でアプリを作って発表したというのが凄いと感心した。私など彼女より先にパソコンを始めたが結局プログラミングには手が出せなかった。頭から難しいと諦めていたのだ。

  若宮さんは自身大変好奇心が強い人だと言い、興味を持ったら何にでも挑戦するという。「まずやってみることが大事で、ダメなら止めればよい」と話していた。

  またなにかをやることに年齢は関係ないと話していた。これからもどんどんとやりたいことに挑戦していくと言っていた。82歳なのに化粧をしてピンクの服を着て若々しい。すてきな女性である。

  世の中には80歳で絵を初めて有名になった女性とか、90歳で中国語を習い始めて95歳で中国で講演をした男性など凄い人がいる。最近自分が高齢であることが気になり始めていたが、若宮さんの話しを聞いてそれではいけないと思った。

  今年の2017年から作り始めて、3月3日のひな祭りの日にリリースすることができたという。人に聞いたり、本を開いたりして開発したんだそうだ。

 内容は、日本の伝統的な風習であるひな祭りを扱っており、いたってシンプル。
ひな壇に正しくお雛様やお人形たちを配置するというものだが、意外とわからなかったりするという。


 作ろうと思ったきっかけは、「若者向けのアプリは高齢者にはつまらない」ということのようだ。そして、若い人にも負けないアプリを!と取り組んだとのこと。

 早速hinadanをiphoneに入れた。まだ遊んでいないが、開発の意図は高齢者が容易に遊べるアプリを目指したということである。高齢女性などには若い人が設定をしてあげれば遊ぶのは簡単だと言っている。

 遊び方は簡単で、人形を雛壇の決まった場所に載せていくだけのことである。指で人形にタッチし、その指で場所の四角に触れる。あっていれば人形が入るし、間違っていれば間違いですという。ただ、スマホでは絵が小さすぎてよく判別できないのが欠点だ。ipadではやりやすかった。

 人形だけでなく、右近の桜や左近の橘やぼんぼりなども嵌めるようにするとよいと思った。私もそうだが雛壇を飾ったことはないので、女性でもできない人もいると思う。Kさんにやらせたらできなかった。

「若宮正子画像」の画像検索結果

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2018年1月 7日 (日)

憲法のあるべき姿とは?

 安倍首相は4日伊勢神宮を参拝したあとの記者会見で「今年こそ新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民にしっかりと提示する」と述べた。

  首相が考える憲法は、9条へ自衛隊を明記することであり、緊急事態条項創設である。参議院の合区解消や教育無償化は国民の目をそらすための目くらましである。

  長州出身の安倍首相は、明治維新に活躍し、歴史に名を遺した、元勲伊藤博文のように歴史に名を残したいの一念なのだ。安倍首相は非常に運が強い人だ。一度病気で退陣したが復帰し、選挙では大勝を続けて、悲願の憲法改悪が提案できる国会議員数を手に入れた。今やらなくては機会を失する恐れがある。

 5日の朝日新聞に、漫画家のやくみつるが「永田町に銅像でも建てるつもりかな?――『改憲之父』目指す安倍首相」という漫画を載せた。憲法を変えて歴史に名を残せば、どこかに銅像が建つのは間違いない。それも1つではなく幾つも建てられるであろう。

 安倍首相が目指すあるべき日本の姿は、日本会議が先導してきた日本である。大日本帝国憲法の精神をたいし、天皇主権にし、富国強兵を計ることである。閣内に十数名もの日本会議メンバーがいるのはそのためだ。

 私は日本のあるべき姿は現行憲法で十分示されていると考える。現行憲法を厳密に実施すれば国民は更に幸せになるはずだ。憲法を骨抜きにしてきたのは自民党・公明党なのだ。

 憲法9条は世界に誇る条文であり理想を掲げたものだ。平和憲法の精神を世界に広げることが真の意味での積極的平和外交である。安倍首相が唱える武力を背景にした積極的平和外交はまやかしである。

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2018年1月 6日 (土)

ネット・ゲーム依存は病気ーWHOが6月に指定

 

4日の朝日新聞朝刊一面トップは「ネットゲーム依存は『病気』」という記事であった。インターネットゲームやSNSなどのやり過ぎで日常生活に支障をきたす症状について、世界保健機構(WHO)は2018年6月に公表する国際疾病分類(ICD)に「Gaming disorder」(ゲーム症・障害)を盛り込むというのだ。

 
 ゲーム症・障害とは「持続または反復するゲーム行動」とし、具体的症状として次のものを挙げている。

 ①ゲームを最優先する。
 
 ②問題が起きてもゲームを続ける。
 
 ③個人や家族、社会、学習、仕事などに重大な問題が生じる。
 
 診断に必要な継続期間を「最低12ヶ月」とするが、幼少期は進行が早いとして、より短い期間でも依存症とするという。

 私はネットに限らずゲームには興味がなく、いっさいやらない。ずっと以前にテレビが問題になったことがあったが、テレビ依存症とまでは言われなかったように思う。また任天堂やソニーのゲーム機が大流行したこともあったが、ゲーム依存症までは言われなかった。
 
 今回WHOが「ゲーム症・障害」として病気と認定し、世界に警告をすることになったのは、スマホの普及により、いつでも、どこでも簡単にゲームで遊ぶことができる環境になり、子供も大人もそれにはまって抜けられない人が増えているからであろう。
 
 電車の中でゲームをしている人はよく見かけるが、限られた時間の退屈しのぎとしては悪くはない。テレビで見たのだが、アメリカでも食事中もスマホをいじっているのが増えて問題になっているという。日本でもスマホに時間を使って勉強などをおろそかにする子供や若者のことが問題視されている。
 
 依存症の専門家によると、ネット依存の人は酒や薬物の依存者のように脳の働きが大きく低下し、感情をうまくコントロールできなくなるとの研究が、国際医学誌に多数報告されているそうだ。
 
 ゲームによるものは「嗜癖行動」とし、SNSによるネット依存は「その他の嗜癖行動による障害」と分類するという。
 
 自分の行動をコントロールできないのは脳の働きの異常によるものと想像するのだが専門家でないから分からない。病気と認定することにより、その治療法や予防法の研究が進むことを期待する。

 ちなみに厚生労働省のデータでは、成人の約421万人(14年)、中高生約52万人(13年)がネット依存の疑いがあるという。

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2018年1月 5日 (金)

真の宗教なら核廃絶は当然

 朝日新聞1月3日の朝刊に、ローマ法王が核廃絶へのメッセージを込めたナガサキの写真入りカードを配布したという下記の記事が出ていた。

  ――カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)が昨年末、教会関係者に向け、1945年に原爆投下を受けた後の長崎で撮影された写真入りのカードを配布した。フランシスコ法王が配布するよう命じたもので、教会関係者によると、法王が年末にカードを配布するのは異例。「核なき世界」を訴えてきた法王が出した強いメッセージと受け止められている。――

  その写真は、米国の従軍カメラマン故ジョー・オダネル氏が45年に撮影した「焼き場に立つ少年」である。法王はこの写真に「戦争の結果」とするメッセージと自身のサインを添えた。

  写真には「亡くなった弟を背負い、火葬の順番を待つ少年。少年の悲しみは、かみしめて血のにじんだ唇に表れている」と、スペイン語での説明がつけられている。

  法王は昨年11月に核軍縮をテーマにしたシンポジウムの参加者に「核兵器は人類の平和と共存しない」と述べるなど、核廃絶を求めるメッセージを全世界に投げかけているという。

  真の宗教者ならば、核兵器廃絶を願うのは当然のことである。人類の平和と共存しないのは普通の感覚人間なら誰しも思うことである。

  今度核戦争が起これば人類だけでなく、地球そのものの持続さえ危ぶまれる。地球は人類だけのものではないのだ。

  昨年は核兵器禁止条約が採択されたし、ノーベル平和賞が核廃絶を目指して活動しているICANに授与された。今回の法王の行動はよいチャンスと捉えてのことであったのだろう。

  ローマ法王に続いて世界の宗教家が核廃絶に向けての行動を起こすべきである。私が知る限りでは、日本で原爆反対活動に加わっている日本の宗教団体は日蓮宗系の「日本山妙法寺」だけである。

 核兵器廃絶、原発廃棄をリトマス紙としてみるならば、世界に真の宗教はほとんどないことが明白である。

  

写真

   東京新聞から

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2018年1月 4日 (木)

2018年元日

  私は昨日のblogのように早く起きてウオーキングに行き、帰宅後娘たちが起きて来るまでblogを書いた。

  お節料理は例年の如く妻がメインに作り、娘が大晦日に伊達巻をつくり、婿が栗きんとんをつくった。

  我が家はブランチなので10時半ごろに食事をした。料理は昔風で非常に地味であるが海のもの山のものが揃っていて健康には非常にいい。味付けも上手でおいしく頂いた。私はお屠蘇が好きなのでおせち料理を肴に飲んだが日中なので1合ほどである。雑煮も大好きで、妻はいろいろな雑煮を作ってくれるので嬉しい。

  午後に婿や娘と歩いて神社やお寺に行った。川名神社まで歩いて行った。50mぐらいの列ができていた。今年はお参りはしなかった。

  娘と婿が御神籤を引いたら、娘が半凶で婿は大吉であった。私は「大吉は登り詰めた龍だよ」と言った。半凶というのは初めて見た。大凶は底なのであとは上るだけだ。

  川名神社のあと地下鉄に一区乗って杁中で降りて興正寺に行った。降りて気づいたのだが八事駅で降りた方が近いのであった。

  興正寺に入ると五重塔の前に建つ大仏が目に入ったが如何にもその場に似合わないゲスな感じを受けた。愛知県で絵一番古い五重の塔で形もよいのだが、大仏が前にあるので興ざめである。

  興正寺では100mぐらいの列かできていた。ここでもお詣りはせず雰囲気だけを楽しんだ。そして八事のイオンに行った。

  イオンでは甘栗の詰め放題を買った。1080で割安なので毎年買っている。ミニトマトも買いたかったが袋が小さく安くなさそうなのでやめた。

 100円ショップでタオルなどを買い、その後ラウンジに行ってコーヒーを飲んで一休みした。オーナーカードで無料である。

  婿がユニクロに行きたいと言ったので見に行ったが何も買わなかった。それから1階にあるauショップに行って「ガチャ」をやった。大吉の婿にやらせたが最低の5pであった。

  イオンの後大須へ行きたいというので地下鉄で大須駅まで行った。駅には若い人が溢れていたので驚いた。大須観音は150mぐらいの列ができていた。

  婿がアンチーク小物の店に行くと言ったのでついていった。88歳だという老婆が店をやっていて、小さな物を売っていた。ショーヤとかグリコのおまけまであったのでびっくりした。

  大須から帰ったら6時近くであった。夕食は婿の希望ですき焼きをすることになっていた。暮れに婿と肉のスギモトで買っておいた霜降りの牛肉、肩ロースともう一種類を食べた。1つ以外は柔らかくて美味しかった。婿が鍋奉行になって仕切った。私は婿と娘が誕生日祝いにくれた「獺祭」を飲んだ。人気があるだけに美味しかった。

  食事の後はみんなでウイーンフィルのニューイヤーコンサートをテレビで観た。音はステレオ装置から出したのでよい音で聴くことが出来る。楽友協会には行ったことはないがもう一つの同じような古いホールには行ったことがある。ホールの造りは変わりがない感じである。

  大好きな「美しき青きドナウ」そして「ラデツキ―行進曲」で終わった。

 

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                     興正寺の参詣者

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                      不粋な大仏

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                     大須観音狛犬?
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                        大須観音

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2018年1月 3日 (水)

昨年末は第九を歌えなかった

 12月24日に「第10回東海東京証券ゴールデンライフステージ2017」が愛知県芸術劇場大ホールであった。知り合いが出演するので聴きに行った。5階の天井桟敷であった。

 プログラムの題は「交響曲第九番『歓喜の歌』&小林幸子クリスマスコンサート」。ちょうどクリスマスイブであった。

 第一部はクラッシックで、演奏は名古屋フィルハーモニー交響楽団。指揮は円光寺雅彦さんで、幕開けはヘンデルのオラトリオ「メサイア」よりハレルヤコーラスであった。250人のゴールデンライフステージ合唱団が歌った。私も数年前に歌ったことがあるので懐かしかった。

 次に歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲よりアヴェ・マリアをソプラノの森麻季さんが歌った。素晴らしい歌声であった。

 3番目は、歌劇「カルメン」より闘牛士の歌”諸君らの乾杯を喜んで受けよう”をバリトンの宮本益光さんが朗々と歌った。

 4番目は、歌劇「カルメン」よりハバネラをメゾソプラノの林美智子さんがきれいに歌い上げた。

 5番目は、歌劇「ツーラントットより誰も寝てはならぬをテノールの中鉢聡さんが気持ちを込めて歌った。

 最後は恒例のベートーベンの交響曲第九番「合唱付き」作品125より、第4楽章。ゴールデンライフステージ合唱団の見せ場であった。昨年までは私も参加していたのだが、今年は年齢制限により出られなかったのが残念でならなかった。「歌う阿呆に聴く阿呆同じ阿呆なら歌わにゃ損損」だが、どうしようもなかった。歌を歌うのに年齢制限はどんなものか。元気で歌唱も衰えてなければ高齢でも頑張っている姿は聴く人に励ましになると思うのだが。

 合唱指導の近藤惠子先生の指導が素晴らしいので大変よくまとまっていて声もよく出ていた。自分が出ていると聴くことができないのでこういうふうに聴こえるのかと思いながら心の中で歌って聴いた。

 第2部の小林幸子クリスマスコンサートはガラッと変わって楽しいステージであった。幕開けはステージ一杯の大きな孔雀模様の衣装で登場した。その後は白や赤や黒の衣装に替え舞台上での早変わりもあった。

 後半は和服で演歌を歌った。そして最後は多分紅白で使った舞台いっぱいの衣装で終った。映像を多く使い、売れない時代のことなどを紹介していた。苦労した時代もあったことを知った。

 小林幸子のステージは初めてであったが歌がうまいことがよく分かった。素晴らしい歌声とエンターテイナーであった。

 クリスマスイヴに楽しいコンサートのひと時を過ごしたが惜しむらくはステージに立ちたかった。

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2018年1月 2日 (火)

2018初ウオーキング

 1月元旦、いつものように4時過ぎに起床した。スマホのLINEで「おめでとう」のスタンプを送った。それから「タオル握りしめ」を2分ずつ左右2回行ったあと血圧を測った。大晦日は129-77と調子がよかったが、この日も131-81とよかったので嬉しかった。「タオル握り」はNHKの「ガッテン」で紹介され、週間ポストでも取り上げられていた。

  タラの木茶を沸かしたり、目薬を差したり、酢とタラの木茶を飲んだり、トイレに行って大便をすませたりと朝の恒例行事を済ませた。

  いつもと違ってこの日はゆっくりと出かけるつもりであった。できれば日の出を見たいと思ったからだ。この数年は塩釜神社やトヨタビルなどへ行って初日の出を見ている。でも、今回はウオーキングに行くことにしたのだ。

  6時45分ごろに家を出た。外はまだ真っ暗で空は雲で覆われていた。歩いていると東の空に雲がないところができてきた。ひょっとすると日の出のころには雲が途切れるかもと思った。

  山崎川に出ると元旦のせいか人は一人もいなかった。風はなくそれほど寒くもなく絶好のウオーキング日和であった。しばらくいくと犬を散歩させている男性とあった。またしばらく行くとジョギングの若者が追い抜いていった。

  遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。元旦早々大変だなと思った。ついでに言うと、早朝の時間帯にはほぼ毎日救急車やパトカーのサイレンを聞く。

  折り返し地点の瑞穂スタジアムまでに出会った人は6人であった。昨日は川でカルガモが鳴いているのを聞いたが今日は聞かなかった。

 田辺公園のところで石に座って談笑している人が3人いた。普段はぼつぼつラジオ体操をする人たちが集まってくる時間だが、3人以外はまだ誰も来ていなかった。

 若い女性のジョガーが追い越していった。細すぎる体形であった。猫が鳴いていたのでその人は猫を見に行った。

 東の空が明るくなってきた。空は急速に明るくなっていく。東の空はきれいに晴れて雲ひとつなかったので初日を見られるだろうと思った。家につくころにはかなり明るかったが日の出にはまだ10分ほどあった。

 今年もまず最初のウオーキングを終えることができた。だんだん歩く速さが遅くなってきたが無理をせず楽しむようにしたいと思う。

 

 

 

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2018年1月 1日 (月)

2018年が明けて

 月並みだが「光陰矢の如し」、あっというまに1年が過ぎて新しい年2018年が始まった。昨年は安倍首相の「国難突破解散」という、こじつけ理由で衆議院総選挙があり、民進党の大チョンボにより自民党は大勝した。そして森友・加家問題はうやむやのうちに葬られた。

 今年は早々から憲法改悪の動きが始まるであろう。安倍首相は憲法9条に加える形で自衛隊を明記するつもりのようだ。加憲なら公明党も理解を示すことを期待しているのだろう。

 北朝鮮と米国トランプ大統領の非難合戦はどうなるのか。戦争に向かうのか。戦争だけは避けなければならないのだが。

 朝日新聞の天声人語に、宮沢元首相が「戦争は絶対にやってはならない」としばしば語っていたと書いてあったが、自民党にも以前は過去の戦争を真摯に反省する人もいたのだ。

 小泉元首相以後だと思うが、戦争を知らない世代が首相に就くようになり、安倍首相になって数を恃んで露骨に戦争への道を開いてきた。そして今年は総仕上げとして憲法を改悪しようとしている。

 太平洋戦争の当事者としての反省の上に立って、日本は戦争をしない、平和第一の先頭に立って国際連合でリードすべきなのに、米国トランプ大統領の言うがままになって臣従し、戦争が出来る法整備をし、武器の大量購入し軍備を増強しようとしている。

 株価はなぜか上昇を続けているが、喜んでいるのは安倍首相や大企業、富裕層だけだ。大半の国民は生活がますます苦しくなるばかりである。私は食料品の買い物をしているが、昨年は野菜や魚などの必須の食料が高騰したままで年末を迎えた。

 年金は減らされるばかりで、高齢化社会なのに年金での生活はおぼつかなくなってきている。非正規雇用者が増えて4割以上となったが、この人たちの将来は年金で生活できないと予想されている。

 朝日新聞では「8050」問題が取り上げられていた。高齢の親が引き籠りの子どもを抱えて困っている状況が全国に広がっているということである。80歳の親と50歳の子どもという象徴化によって「8050」と呼ぶのだが、50には「困る」という意味も含めてあるのだ。

 政治というのはすべての国民のために行われなければならないのに、一部大企業などの利益を優先に行われているのが大問題である。米国ではトランプ大統領が大幅な企業減税をして20%まで下げた。日本でもその動きに追従して法人税20%に向かうであろう。

 トリクルダウンは起こらなかったのに、相変わらずトリクルダウンがあるから待てと国民をだますのであろう。

 ◎戦争はしない!

 ◎核は兵器と原発の全てを廃止!

 ◎誰でも安心・安全な生活ができるよう全国民に配慮した政治を!

 これが私の望むところである。

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