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2018年1月23日 (火)

「小中教員独自補充1万人」という記事

 朝日新聞1月21日朝刊のトップ記事は「小中教員独自補充1万人」だった。全国の公立小中学校教員の定数は国によって定められており、毎年5月1日現在の児童定数や、いじめ・不登校などの事情を考慮して国が決定するのだ。費用は1/3が国庫負担となっていて、17年度は事務職員らの分も含めた1兆5248億円であった。

  しかし、現実はそれでは不足するところもあるので、都道府県・政令都市の教育委員会が計約1万人の教員を独自予算で配置しているのだという。17年度は9997人で、この7年間で3割ふえているのだそうだ。

  87%もの教委が「教員の多忙化解消のためには、教員数の増加が必要」だとしている。それで独自配置をしているのだ。少子化に伴って教員の定数が減り、一方で授業時間数が増え、特別支援学級への配置や外国人児童の増加などで教員の業務がふえているという。

  公立小中学校教諭の勤務時間が10年前と比べて1日当たり30分から40分増えているそうだ。

  私が教員になったのは1962年だったと思うが、2年目に60名のクラスを持たされた。教室は後ろの壁まで机が並んでいた。当時は1学級の児童数が48人だったと記憶する。それから日教組の学級定員削減の運動もあり減ってきた。学級児童43名の頃、イギリスの教員から30名だと聞いて驚いたことがある。現在はどのくらいなのは全く知らない。

  私が勤めていた頃から教員の雑務が多く、仕事を家に持ち帰ることは当たり前であった。現在なら許されないことだが、帰りの電車の中で成績を出したこともあり、通知表を家で書くのも毎度のことであった。部活は全くの奉仕であったが若い教員は部活に熱を入れてやっていた。

  年次有給休暇も制度としてはあったが、実際は行使することが出来なかった。そのため名古屋などで年休闘争というのが行われた。私の場合現職の間年休を取ったことはほとんどない。そういった点は改善されていると思うが、教員の多忙化は今も変わらないようだ。

  私が現職の頃よかったとのは、有給休暇のように制度上はあっても有名無実という曖昧さがあったが、その曖昧さのお蔭でよかったこともあった。

 例えば勤務時間である。4時になればいつでも自由に学校を出ることができた。残った仕事は家に持ち帰るのだ。だから教員になった頃は、4時になると酒を買って来た飲み会が開かれることも度々あった。

 名古屋に来た頃はパチンコが好きな教務主任が率先して「さあ行くぞ」とパチンコ屋へ繰り出したものであった。

 今と違って夏休みは休みだという感覚で捉えられていた。だから旅行に行ったり自由にできて有難かった。私たちは教員には残業手当がない代わりだと思っていた。

 話しを元に戻して、教員の補充のことだが、これは当然国が予算を組んでやるべきことである。教員の雑務の整理は私が勤めていた頃から言われていたが、未だに言われているとは驚きである。

 1万人という教委が補充する教員がおそらく正規の教員ではなく、臨時雇いの教員ではないかと思う。そういう姑息なやりかたでなく、きちんと法律にもとずいて正規の教員として国が予算を組むべきだ。

 

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コメント

もう20年以上も前からどこの学校でも臨時採用の教員が多く採用されて、仕事の量は本採用の教員と同じで、部活の顧問も、担任もしていました。まだ教員採用試験に合格していない若い人が多いのですが、無免許の臨時採用教員に部活動や担任を受け持たせるのは非常に無責任で、何か問題が起きた時には、部活顧問や担任が責任を負うことになります。
軍備拡大につぎ込む税金をほんの少し教育に回せば教員の数が殖やせて、結果的に教員のストレスが少なくなり、心にゆとりが生まれて、その分子供の心に寄り添って、いじめに早く気が付いたり、自殺を防ぐことにもなると思います。

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