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2017年9月

2017年9月30日 (土)

あまりにも身勝手な民進党―2度目の大罪

 民進党が今度の衆議院選挙で希望の党に合流することを決めた。両院議員総会で前原代表からの「どんな手段を使ってでも安倍政権を止めなければならない。名を捨てて実を取る決断だ」という合流提案を、ろくに議論もせずあっさりと受け入れてしまったのだ。

  最近まで細野氏らの、民進党を脱退して希望の党へ行った人たちに続く人が出るのを止めさせようとしていたのに、希望の党が立ち上がった途端、民進党は解党同然になり、立候補したい者は希望の党に公認を申請するように決めたのだ。

  数は減ったとはいえ、87人もいる党が、解党をしてできたばかりの希望の党へ合流というのは前代未聞のできごとである。

 前原代表は民進党への支持率が低いので、このままでは当選がおぼつかないと考え、小池人気にあやかるために解党を決めたのだ。

 それにしてもこの間代表になったばかりなのに、代表というのはそんなにも権限が強いものなのか。それ以上に不思議なのは民進党には菅元首相、野田元首相や岡田元代表、蓮舫前代表などがいるし、枝野幹事長もいるのに、どうして議論も尽くさずに簡単に合流を決めたのか納得できない。前回の選挙で民進党に投票した選挙民を無視しバカにした行動である。

 しかも、希望の党の小池代表は、公認に当たっては選別をすると言っている。無条件での受け入れではなく、安保法制や憲法改正に反対の人ははねのけるのだ。民進党と希望の党が政策協定した訳ではなく、一方的に何とかしてくれと泣きついたのだから、希望の党側からすれば当然のことであるが。

 とにかくなりふり構わずに民進党は希望の党に頭を下げたのだが、持参金として「政党交付金」を差し出すという。希望の党としては願ってもないことだが、そこまで卑屈にならなければならないのかと呆れる。元々政党交付金は民進党に交付されたものでそれを希望の党に持って行くのはおかしい。私は政党交付金には反対をしてきたが今回の使い方を見ても政党交付金は廃止すべきである。

 民進党は民主党時代に一度政権を取ったが、菅元首相が消費税導入を言い、野田元首相が身勝手解散をしてしまった。それが元で民進党は見放され安倍政権を誕生させたのであった。安倍政権によって憲法の解釈改憲や安保法制や特別機密保護法や共謀罪法などさまざまな改悪がなされてきた。その責任は民主党にある。それが1番目の大罪だ。

 今回の身勝手合流は2度目の大罪である。自分たちの保身だけを考え、地方議員や支持をした有権者のことを全く考えていないのだ。「二度の大罪」というのはそういうことである。

 小池知事は「寛容な保守政党を目指す」と言ったが「寛容な保守」とはどういう意味なのか。安倍政権とはどう違うのか。サッパリわからない。昨日も指摘したように小池氏は安倍首相と同じ戦前回帰派なのだ。騙されてはいけない。

 前原代表自身は以前小池氏と同じ党にいたことがあり、考え方も近いようだからいいと思っているのだろう。しかし民進党を解党して道づれにするとはとんでもないことだ。

 しかも民進党・共産党・社民党・自由党や市民連合などとの合意を破棄しての行動である。旧ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して日本を攻撃したのを思い出させる。おそらく勝てば官軍だと思っているのであろう。

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2017年9月29日 (金)

小池都知事主導の「希望の党」に”希望”はない

 安倍首相の身勝手解散に合わせて都民ファーストの会が「希望の党」という国政政党に変わった。そして小池百合子東京都知事が自ら代表に就いた。これは唐突なできごとではなく、前から着々と準備していたことのようだ。2月に「希望の党」の商標登録が申請されたというのだから。

  東京都都議会選挙で小池氏の率いる「都民ファースト」の会が大勝した勢いに乗って国政に進出しようというのだ。この動きに人気がない民進党は恥ずかしげもなく合流するという。

  小池都知事の下で選挙に臨めば当選しやすいという、浅はかな考えの連中が次々と馳せ参じているようである。橋下氏には「ガラクタばかり集めて」と揶揄されている。

  希望の党がどのような政策を掲げるのか定かではないが、新聞によると議員定数や議員報酬の縮減、、徹底した情報公開、地方分権、女性活躍社会、原発ゼロを掲げた。原発ゼロは小泉元首相の入れ智慧での大衆受けのスローガンであろう。政策について曖昧で具体性に乏しいと評されている。

  地方分権、女性活躍社会については安倍政権の看板でもあった。その違いがわからない。今後おそらく選挙向けの甘い政策が示されるのであろうが、気をつけなければいけないのは、小池氏の本性である。彼女は憲法を改正しなければいけないと言っているが、都知事選や都議選ではその点をぼかしたままである。しかし、小池氏の本音は現行憲法をやめて新しい憲法つまり大日本帝国憲法のようなものにしたいということである。

  2016年11月のAERAの記事は次のように書いている。

 日本最大の草の根右派組織”などと称される日本会議は、その主張を現実政治に反映させるため、一種の議員連盟である同懇談会を擁している。小池氏はかつて同懇談会で副会長や副幹事長職の一人に名を連ねたことがある。また、過去の言動などを見ると、日本会議の主張との親和性の高さが目につく。中でも注目すべきは、日本会議が現在最も力を入れて運動に取り組む改憲問題であろう。

 たとえば小池氏は2000年11月、衆院憲法調査会で次のように述べている。当時の東京都知事・石原慎太郎氏が参考人として招かれ、現行憲法は破棄せよという持論をとうとうと開陳したのを受けた発言である。

「いろいろと御示唆いただきました。結論から申し上げれば、いったん、現行の憲法を停止する、廃止する、その上で新しいものをつくっていく、私はその方が、今のものをどのようにどの部分を変えるというような議論では、本来もう間に合わないのではないかというふうに思っておりますので、基本的に賛同するところでございます」

 かなり明確な「現行憲法破棄論」であり、日本会議に集う一部の右派人士がいまなお唱える「明治憲法復元論」にすらつながるものともいえる。―

  小池氏は安倍首相と同じウルトラ右翼の保守なのだ。だから「こころ」の中山恭子氏も加わったし、維新の会とも通じるところがあるのだ。

  有権者はルックスや人気やポピュリズムの政策に惑わされることなく、希望の党の本質を見ることが大事である。希望の党には国民にとっての希望はないのだということを。

  おまけとして、こんな面白い情報を付記しておく。

― これはとんでもない未来予知かもしれません。詳細は以下から。
 本日爆誕した小池百合子都知事が代表を務める新党「
希望の党」。なんと12年前の2005年に総務省と明るい選挙推進協会が制作した「希望の党」を紹介する動画が発掘されて大きな話題となっています。

  監督は「ガメラ」シリーズや「就職戦線異状なし」、「デスノート」などで知られる金子修介さん。主演には渋谷飛鳥さんと木下ほうかさんというキャストで、20分間の短編作品です。

  あらすじとしては2005年当時らしく「誰に投票しても変わらない」と考えて選挙に行かない夫婦と、熱心に翌日の選挙に行くように勧める娘といういかにも「選挙に行こうキャンペーン作品」らしい出だし。

  しかしその選挙が終わると政権を取るのが耳慣れない「希望の党」という政党で、徐々にこれまでの終わりなき日常が変わっていき、ついに…というディストピア展開。そして万を持して楳図かずおが登場し、想像を超える超展開へとなだれ込みます。

 選挙に無関心なダメな大人と国の未来を考える真面目な子供、そしてそうした真面目さを易々と汲み上げて権力を奪取するポピュリズムとファシズム。その止められない暴走の末路など、まさしく2017年現在の日本の社会状況の危険性を浮き彫りにしてます。

この政党に「希望の党」という明るく分かりやすい名前を付けた金子監督。小池都知事の「希望の党」の行く末をどこまで予見しているのでしょうか?

  作品は金子監督が自らのYouTubeチャンネルにアップしており、前後編で閲覧が可能。

 http://buzzap.jp/news/20170925-kibou-no-tou/

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2017年9月28日 (木)

第15回ミュージックベルコンサート

 近所の清水さんがミュージックベルのグループを作って活動しておられるので、クリスマス会や福祉祭などで聴いている。その関係で数年前にミュージックベルコンサートを聴きに行った。そのときアンケートに住所などを書いたので、以来案内が来るようになった。

 今年も9月24日にイーブルなごやホールでコンサートを開くという案内をもらったので楽しみにしていた。

 オープニングは初参加の三重県から来たミュージック パレットというグループで、メンバーの半数ほどは障害者であった。練習が大変であったそうだが、上手に演奏した。

 曲は、365日の紙飛行機、 乾杯の歌、 糸

 2番目は、Bouqet de bellというグループで、2001年から始めたそうだが、この日は2名での演奏で、ビートルズの曲を楽しく演奏した。1人20個ぐらいのベルを操るのは大変だと思った。

 Ob-La-Di,Ob-La-Da,  Hey Jude,   Eight days a week,  Let It Be

 3番目は、ミュージックサークル アンダンテ   結成20年になるそうで、ディズニーの曲を演奏した。第28回ミュージック合奏コンテストで2部門で金賞を取ったというだけあって、リズムに乗っていい演奏であった。このグループは4名だった。

 その後体験コーナーで、「聖者の行進」のピアノに合わせて手や足を使ってリズムを練習し、それから練習用のベルが配られて、ステージの人の色の団扇に合わせてベルを鳴らした。私はド音のベルであった。曲は聖者の行進の最初の部分であった。

 休憩の後、4番目のグループは、Marbleで、2008年より活動してきたが、今回は2名の演奏であった。団員の募集を呼びかけていた。

 クラリネットをこわしちゃった、 オー・シャンゼリゼ、 魔女の宅急便、 クシコスポスト

 クシコスポストはピアノが加わって演奏したが、あの運動会で使われる速い曲を上手に演奏した。

 5番目は、Sonnetteで、2002年の結成で、第26回ミュージックベル合奏コンテスト金賞だそうだ。このグループは4名だった。

 アメージンググレーズ、 東京ヴギウギ、 河の流れのように、RPG

 ジャンルの異なる曲をうまく演奏していた。

 最期の6番目は、Twinkleで、ピアノとベルが二人の演奏であった。第26回ミュージックベルコンテストテクニカル部門銀賞受賞だそうだ。お客様を笑顔に!がモットーだということで、パフォーマンスを入れた演奏が楽しかった。

 せっかくの楽しい、いい演奏を聴かせてくれたのに、聴衆が少ないのが非常に残念であった。演奏するグループも最初のグループ以外は2名~3名で、どのグループもメンバーを増やしたいと言っていた。ミュージックベルへの関心が低いのか、余り知られていないのだろうかと思った。

 女性会館ホールは音響効果がよくないので、音響の良い文化小劇場を探すとよいのではないだろうか。

  主催のミュージックベルの会 ブログ

 http://bellnokai.exblog.jp/

 連絡先 山本 (052)805-7798  Email : yukariy@eos.ocn.ne.jp

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                       アンダンテ

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                         Marble

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                         Sonnette

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                         Twinkle

 

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2017年9月27日 (水)

こじつけの解散理由

 安倍首相が予定通り28日の衆議院臨時国会冒頭での解散を表明した。解散の理由は大仰な「国難突破解散」である。

  北朝鮮情勢が緊迫化しているので、「国難」としてそちらに耳目を集めようとしたのだろう。トランプ米大統領は北朝鮮を壊滅するなどと脅し、それに対して北朝鮮は「宣戦布告」だと応じた。もし、戦争が起きれば韓国だけでなく、日本も標的となり、集団的自衛権によって自衛隊が参戦することになるのは必定である。それ以上に、北朝鮮のミサイルが首都を直撃すれば大惨事になるだろう。

  北朝鮮情勢を国難というならば、なぜあえて今衆議院を解散するのか。まだ1年以上もある任期なのだ。政治の空白を作ってはいけないことは小学生でもわかることだ。

  もう一つの理由づけは「少子高齢化」だそうだ。「少子高齢化という最大の課題を克服するための大改革に挑戦する。子育て世代への投資を拡充するため、約束していた消費税の使い道を見直すことを決断した。」と言った。

  2014年11月の解散では、19年10月に消費税を10%に引き上げ、増収分のうち4兆円程度を「借金の穴埋め」に充て、残りの1兆円で社会保障を充実する予定だったのだ。

  それを選挙目当ての受けを狙った使途に変更するというのだ。「20年度までに3~5歳の幼稚園や保育所の費用の無償化。2歳児以下も所得が低い世帯は無償化するために2兆円程度を充てる」というのである。

  首相は、「税こそ民主主義。使い道を見直す大きな決断をする以上、国民に信を問わなければならない」と強調したのだ。だが待てよ、税がそんなに大切ならなぜ税金の無駄遣いの大義なき解散をするのか。

  さらに言えば、19年10月までは十分な時間があるではないか。今とってつけたように「大きな決断」をする必要など全くない。任期満了の選挙のときに決断をして信を問えばよいのだ。

  しかも、増税分の使途変更について、国会でも自民党内でも議論されたことはほとんどないのだ。首相の一存の理由づけなのだ。

  今回の臨時国会冒頭での解散の目的は、「森友・加計学園問題隠し」であることは、誰の眼にもはっきりしている。これに対し首相は「私自身(国会での)閉会中審査に出席するなど丁寧に説明する努力を重ねてきた」と述べた。「丁寧に」は口癖であるが、その答弁ははぐらかしの嘘っぱちのものであった。自分に都合の悪いことはどこまでも隠し通そうとし、追及をのらりくらりとのがれているのだ。

 こじつけの理由での衆議院解散には絶対に騙されないようにし、都議会選挙のときのように自民党に鉄槌を加えようではないか。

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2017年9月26日 (火)

第8回アジア文化芸術祭(特別ショー)を観た

 9月21日に、「ウインクあいち」で開催された第8回アジア文化芸術祭(特別ショー)を観た。特別ショーというのは、今回はスリランカの舞踊団だけの公演だからであろう。昨年までは日本の舞踊団なども出演していたからだ。

  出演したのは、スリランカの最高峰の舞踊団、「チャンナ ウィジェワルダナ・ウプリ パニバハラタ(チャンナ・ウプリ舞踊団)であった。この舞踊団はこれまで世界70か国で公演をし大絶賛を浴びて来たという。

  キャンディやサバラガムワ等の各地方の伝承する伝統舞踊を下敷きに、独自のダンスを創造したという。それらを構成するのがボディ・ランゲージで、女性の肉体を形作る三つの曲線「トリバハンガ」で美しく表現される。衣装も身体の美しさを見せるすてきなものであった。

  たしかに踊りは手や腕の動きを中心にしてしなやかにリズミカルに表現され、顔や目の表情と共に美しい。仏教国だけに掌を身体の前に合わせる仕草など仏教との関係を感じさせた。タイやベトナムなどの舞踊とは異なった動きが印象的であった。

  踊りは横長の太鼓を手でたたいて出す音とリズムに乗って踊られるのが特徴である。ドラム音はリズムを作るだけでなく、悪い予兆を消し環境を整えて、神を歓迎し8つの惑星の祝福を呼び起こすと信じられているそうだ。この太鼓の音とリズムが体と心に響いた。

  プログラムによると、スリランカの伝統的な踊りは、「ラウキカ」と「ワイディカ」の二つがあり、「ラウキカ」は観客を楽しませるための踊りであり、「ワイディカ」はヒーリングするために踊るのだという。

  今回の踊りの大半はヒーリングをするための「ワイディカ」が踊られた。 

  ◎マスクダンス 悪魔祓いの精神療法の一つ。よりきれいな環境を作ることで

            病気から身体を守る。

 

 ◎祝福と静けさ 多くの病気は、しばしば不潔な心の状態に起因する。仏教の

            精神を尊重し仏陀の祝福をもとめることで心を浄める。

 

    踊手の親指は火、人差し指は空気、中指はえーてる、薬指はアース、小指は水。右手は太陽、左手は月を表すという。

 

 ◎パーサラバ  シンハラ語で「足の位置、位置ずけ。運動」と呼ばれる足の動

            きから始める。足を使って地面を打ち、骨盤、胴体、手足、頭

            のためのさまざまな身体の動きで神経システムと圧力ポイン

            トを活性化する。

  ◎チャクラ    チャクラは、人間の中でポジチヴなエネルギーを生成し、陰

            と陽とのエネルギーを平衡させる、背骨に沿って位置するエ

            ネルギーセンターである。精神的プラナの流れを促す。その

            チャクラを目覚めさせる踊である。筋肉を強化しながら、血液

            循環、呼吸、心臓の働きを改善する。

  「ワイディカ」の踊りは健康や病気に関係があるのを知って驚いた。

  後半では、エンターテイメントの要素の強い「ラウキカ」が踊られた。

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2017年9月25日 (月)

身勝手解散で議員の首を切ってよいのか?

 安倍首相は臨時国会冒頭での解散を決めた。この解散には前に書いた様に全く大義がなく、完全な党利党略の解散であり、自らの疑惑、森友・加計問題隠しの解散である。

その上今回の解散は、突然であり、自民党と公明党以外は準備を整える時間がないのだ。卑怯な解散であり、総選挙である。民進党・共産党・自由党・社民党の野党4党が自民・公明に対抗するための選挙協力の相談をする時間を与えないのだから。

 どこから見ても卑劣極まりない解散だといえる。

  総選挙には550億円とも600億円とも言われる税金が使われる。それだけの国費を首相個人の思惑の解散だけで使ってよいとは思えない。その金を有効に使う途は他にいくらでもあるはずだ。

  憲法に首相の解散権が書いてると言われるが濫用についての歯止めはないようだ。歴代の首相も首相の伝家の宝刀の解散権を行使して来た。

  そこでふと思ったのは、参議院議員は6年間の身分が保障されているが、衆議院議員にはそれがないということである。折角選挙民から選ばれて議員となって国政に励んでいる(はず)のに、時の首相の一存で衆議院が解散され、身分を失ってしまう。もし議員をやりたければ再度立候補して選挙民に信を問うしかないのだ。

  今回の場合、まだ1年以上の任期を残して身分をはく奪されるのである。何とも納得がいかない仕組みである。

 Wikipediaには、次のように書いてあった。

 ―イギリスでは1990年代から解散権の制限について議論が巻き起こっていたが、キャメロン政権の成立にあたって保守党と連立を組む自民党が連立の前提として首相(保守党党首)が自らに都合がよい時に連立を解消して不意打ちで解散権を行使することのないよう解散権の制限を求め、2011年に議会任期固定法が成立し、内閣不信任決議に対する解散権行使か、下院の3分の2以上の賛成による自主解散のみが認められることとなった[5]

 日本における衆議院解散においても、内閣による裁量的な解散を否定し、内閣不信任に対抗しての解散のみが認められているとして、解散権の行使は日本国憲法第69条の場合に限定されるとする見解(69条説)がある。一方、69条説のように解散権を制限的に捉える見解に対しては、国政が国民の意思に従って行われることを原則とするのであれば国民の意思を問うことにつき限定すべき理由はないという批判がある。―

 日本では、安倍首相が2回目の行使をするように、身勝手な衆議院解散が罷り通っている。それに対して、イギリスのようにおかしいという議論が巻き起こらないのが不思議でならない。身分を失う議員も声をあげたらどうか。

 首相の身勝手な解散を封じるのならそれに限っての憲法改正に賛成である。

 

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2017年9月24日 (日)

Jアラートで民放が困っているとか

 先日の北朝鮮のミサイル発射で、NHKが延々とJアラートを流し続けたことを批判した。朝の連続ドラマ「ひよっこ」まで中止したのだ。それにはやり過ぎだという声も多くあるようだ。

 NHKはともかく、民間放送がJアラートに困っているということは知らなかった。ネットでそういう記事を見つけて初めて知った。

 「民放各局が悲鳴を上げている。北朝鮮がミサイルを発射するたびに、報道特番を編成しなければいけないためだ。15日朝もミサイル発射とともに、政府から全国瞬時警報システム(Jアラート)が発動され、対応に追われた。特に影響を受けるのが生放送の番組だという。」

  ニュース番組は切換えが容易だが、朝のワイドショーを放送しているときは困るそうだ。視聴率を取るためにエンターテイメントの要素を多くしているが、Jアラートのたびに予定していた放送が変更されて放送できなくなるからだ。

 今回実際に大打撃を受けたのが、「日本テレビ系『ZIP!』だったそうだ。Jアラートが発信された15日は、16日に最終回を迎えるドラマ『ウチの夫は仕事ができない』をプッシュする“電波ジャックの日”。ところが、Jアラートの影響で予定が飛んでしまったという。主演する関ジャニの錦戸亮や松岡茉優もスタンバイしたまま出番はなし。編成や制作スタッフは大混乱になったという。」

 視聴率が命の民放である。Jアラートで視聴率を取れるのならよいが、緊急のときは私もそうだがみなNHKの放送を見るからだ。

 これからも北朝鮮はミサイルを発射したり、核実験も行うだろう。そういう事態の時には民放各局も、政府に連動する形で、情報を発信しなければならない。そんな状況下にあって懸念されるのが、CMの売上額だという。

 番組の変更がされればスポンサーはCM出稿料の値下げを言ってくるかもしれないと危惧しているのだ。スポンサーだって変更が度重なれば黙っていないことは想像できる。何のために大金を払ってCMしているのか分からなくなるからだ。

 15日にときどき民放も見て見たが、NHKのようなことは少なかったように感じた。CMがあるからNHKのようなわけにはいかないのだ。民放はJアラートの被害者である。

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2017年9月23日 (土)

映画「ダンケルク」を観た

 9月18日の敬老の日に、山崎マザック美術館が敬老無料開放なので見に行った。その後、名古屋港水族館が半額だというので地下鉄でそちらに向かった。途中、名古屋港水族館の通常料金を調べたら敬老手帳を示せばいつでも半額だと分かった。それでミッドランドスクエアに映画を観に行くことにした。

  観たい映画は、「ダンケルク」と「関ヶ原」であった。関ヶ原は売り切れていたので、ダンケルクにした。この映画のことは8月の終わりごろ、NHKアサイチで取りあげていて、たまたまそれを見て興味を惹かれたのであった。

  14時からの部がまだ少し席があったのでよかった。コマーシャルや予告編のあと14時15分から上映が始まった。

  ダンケルクの街の中を一人の若い兵士が駆けて行くところからであった。銃声が響き敵が狙っていることが分かった。空からはビラが撒かれた。それには「完全に包囲された」と書いてあった。

  兵士は何とか海岸に出た。そこにはおびただしいイギリスの兵隊たちが集まって、何列もの行列を作っていた。救出の船を待っているのであった。一つの船に兵士たちが乗りこんだがドイツ軍の飛行機が襲撃してきた。

  船は被弾し傾いて行った。砂浜に並んでいた兵士たちは列を崩して逃げた。戦闘機が行ってしまうとまた集まった。

  イギリスの空軍戦闘機メッサーシュミットが敵機と闘っている場面になった。この映画にはストーリーという程のものはない。

  場面があるだけである。海岸で救助の船を待つ大群の兵士たち、イギリスの港をでてダンケルクに向かう徴用された一隻の民間の船。そこには船長親子が乗っている。その船での出来事が映画の骨格ともいえる。

  空でのイギリス戦闘機の戦い、海岸での様子、救助された船が敵の飛行機に攻撃されて大混乱をする様子などが交互に描かれる。機銃の音、爆発の音などすざまじい。戦争とはこういうものだということを描いているようだ。

  この映画は「ダンケルクの奇跡」と呼ばれる英仏連合軍の撤退作戦の実話にもとづいて作られたのだ。それは1940年5月のことであった。40万もの軍隊が80万のドイツ軍に攻められて、最後はフランスのダンケルクという小さな港町に追い詰められたのだ。英国首相チャーチルは徹底抗戦をせずに撤退することを決断したのであった。この辺が日本軍の玉砕戦法とは真逆である。人の命を大切にしたことがわかる。

  撤退のために民間の船を徴用する命令が出された。漁民を始め船を持っている者は多くが自発的に危険な救出に向かったと言われる。全部で900隻の船で救出作戦が行われたのだ。救出されたのは33万人と言われる。この33万の兵力を失わなかったことで、後のノルマンディーの史上最大の作戦がやれたのだという。

  この映画にはそのような説明は一切ない。私が映画を観た後ネットで調べて知ったことである。映画を観る前に、史実を調べておくとよいと思った。

  映画を観ながら思ったのは、水や食料はどうしたのだろうということや、海水に浸かった鉄砲は使えるのだろうかということや、海水でずぶぬれになったから気持ち悪いだろうな・・・というようなことであった。

  船に助けられた兵士にジャムを塗った食パンが1枚ずつ支給される場面があったが、その途中で爆撃を受け船は沈んでいき、兵士たちは海に飛び込む。怪我をしていない者や体力のある者はよいが、そうでないものは死ぬしかないのだ。

  この映画では敵のドイツの名や敵の顔や姿などは出てこない。イギリス側からの視点で作られている。臨場感を増す為なのかもしれない。

 この映画の監督は、クリストファー・ノーランで、すごいのはCGを使わずに実写で撮っていることだ。どうやって撮影したのかと思う。素晴らしい迫力とリアリアティである。

 

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2017年9月22日 (金)

ホーキング博士の警告

 車椅子の物理学者として著名なホーキング博士が気になる未来予測を発表した。同博士の未来予測は、2017年6月15日のBBC放送のドキュメンタリー番組『新たな地球を求めての旅立ち』で紹介されて、世界各国で大きな反響を呼んだという。

 だが、残念ながら、日本ではまったく話題にならなかった。日本では森友学園や加計学園をめぐる「忖度問題」でマスコミは連日大騒ぎ。政治家も次の総選挙が近い、といった短期的視点に立っているため、ホーキング博士のような長期的問題提起には誰も関心を寄せないようだ。

  私もYahooニュースでこの記事を見つけるまでは知らなかった。日本のメディアはとりあげていなかったようだ。

  これまで、同博士は「人類の未来はあと1000年で終焉を迎える」との見通しを語っていた。
 ところが、この予測を全面的に見直した結果、「人類に残された時間は、せいぜい100年しかない」と軌道修正。なんと、900年も人類の未来を大幅にカットしてしまったのだ。

  100年というとすぐ来てしまう。しかも、100年後にそうなるというのではなく、100年後までにそうなるということなのだ。

 ホーキング博士曰く「人類は急いで別の惑星に移住することを考え、実行しなければならない。地球は生物が生存するにはあまりにも危険が大きくなり過ぎた」と言ったそうだが、そんなことが如何に科学が進歩したとはいえ可能なはずがない。一部の金持ちや権力者でも仮にロケットで他の星に行けたとしても自分たちだけでは生存できない。

 人類は2度の世界大戦は言うまでもなく、個人レベルでも地域間でも、些細ないざこざから流血騒動、そして人種や宗教が絡まり、紛争やテロが絶えない有様だ。

 こうした状況に加えて、人類が自ら首を絞めるような行為を重ねた結果、「地球温暖化」という脅威が出現した。トランプ大統領は「地球温暖化はフェイクニュースだ。そんなものは存在しない」と啖呵を切ったが、テキサス州を襲った前代未聞の大洪水やフロリダ州やカリブ海を飲み込むようなハリケーンは紛れもなく、温暖化のなせる業であった。

  日本でも今年になって雨が降るたびに「これまでに経験したことがないような豪雨」という警告が出されている。

 「知の巨人」と異名を取るホーキング博士が、この期に及んで、人類の未来を900年も短く予測せざるを得なくなったのは、偶然ではないだろう。昨年末からこの半年ほどの間に起った事態に原因があるということだという。

 その最たるものが北朝鮮の地下核実験やミサイル発射である。この間もミサイルが発射れされたし、核実験の準備が探知されたという。そしてトランプ大統領と金正恩委員長との「言葉のミサイル」が本物の核弾頭の撃ち合いになる可能性が高い、ということだ。

 北朝鮮の核保有をアメリカが認めることになった場合、韓国や台湾、そして日本も核保有の道を歩むことになる可能性が出てきた。それに言及する評論家や議員も出てきた。いわゆる「核兵器の拡散」というドミノ現象が広がり、何らかの判断ミスや操作ミスによって、地球全体が核爆発に飲み込まれる恐れも大きくなったということである。

  ホーキング博士の警告を一笑に付すのか、真剣に受け止めるのか。耳を傾けるべきであろう。

  (このニュースは国際政治経済学者 浜田和幸氏によるものである。)
 

 

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2017年9月21日 (木)

脱北者朴瑛美さんが語る北朝鮮の内実―②―

◎「人として生きていたかった」

 中国では、北朝鮮の難民30万人ほどが弱い立場にあります。

 その中で70%の北朝鮮人の女性、そして10代の女の子たちは、時にはたった200ドルの価格で売られ、犠牲になっているのです。

 コンパスを頼りにしてゴビ砂漠を歩いて横断しました。コンパスが動かなくなったら、星を頼りに自由に向かって行きました。私たちの側には星しかいないと感じました。

 モンゴルは、私たちにとって自由の瞬間だったのです。

 死か尊厳か。私たちはナイフを持ち歩き、北朝鮮に送還されそうになったらいつでも自殺する準備ができていたのです。私たちは、人として生きていたかったから。

 北朝鮮の人々をどう救うことができるのか、よく聞かれることがあります。あらゆる方法がありますが、いまは三つの方法を話したいと思います。

 一つ目。あなたがあなた自身を大切にするように、北朝鮮で起きている人道危機への認知をもっとあげることができます。

 二つ目。自由のために逃げようとしている北朝鮮の難民を助け、支援してください。

 三つ目。中国に本国送還を止めるよう、申し立てることです。

 

◎「誰も生まれた場所を理由に、迫害されるべきではない」

 世界でもっとも暗い所に光を当てなければいけません。

 これは、単に北朝鮮の人権の話ではなく、北朝鮮の独裁者たちが70年も犯してきた、私たちの権利についての話だからです。

 中国が本国送還を止めるために、世界中の政府はもっと圧力をかけなければいけません。特に、この「One Young World」に参加している中国代表者のみなさんが発言することで、その役割を果たすことができるのです。

 北朝鮮は、説明不可能な国です。誰も生まれた場所を理由に、迫害されるべきではありません。私たちは、政治体制より忘れ去られつつある人々にもっと注目するべきです。

 「One Young World」の私たちが、この人々を目に見えるようにするのです。各国代表者のみなさん、どうか私とともに、北朝鮮の人々を自由にするためのこの世界的な動きに参加してください。
 
 死ぬのを怯えながらゴビ砂漠を横断していた時、この世界で誰も私のことを気にしてくれていないと思っていました。星だけが側にいるように感じたのです。

 でも、あなたは私の話に耳を傾けてくれました。気にかけてくれたのです。ありがとうございました。

 

◎朴瑛美(パク・ヨンミ)さんの現在

 パク・ヨンミさんは、2015年に手記『生きるための選択』を出版。

 現在はアメリカに移住し、コロンビア大学で経済学を専攻している。また、世界各国での演説やSNSを通して情報発信をしている。

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2017年9月20日 (水)

脱北者朴瑛美さんが語る北朝鮮の内実―①―

 

朴瑛美(パク・ヨンミ)さん(23)。北朝鮮の脱北者、そして人権活動家だ。

 1993年、北朝鮮の恵山(ヘサン)に生まれたパクさん。生活をしのぐために闇商売をしていた父親は、逮捕され労働教化所に送られることに。飢餓に直面するようになったパクさんは、13歳で母親とともに中国へ渡った。しかし、中国で人身売買業者によって奴隷花嫁生活を強いられたため、モンゴルを経て韓国に亡命した。
 
 現在、アメリカのニューヨークを拠点に人権活動を行なっている彼女の声が知られるきっかけとなったのは、2014年。

 アイルランドのダブリンで開催された、若者を中心とした国際会議「One Young World Summit」でのスピーチだった。

 北朝鮮での過酷な生活、そして脱北してからも中国で人身売買の被害に遭った彼女が、世界に訴えたこととは。

 BuzzFeed Newsは当時パク・ヨンミさんが行なったスピーチを書き起こした。

 パクさんは、手を胸に当て、声を震わしながらこう語りはじめた。         

「北朝鮮は想像を絶する国」

 私は、今ここで話さなければいけません。 私ではなく、世界に伝えたいことがある北朝鮮の人々のために話さなければいけないからなのです。

 北朝鮮は想像を絶する国です。テレビのチャンネルは一つしかなく、インターネットはありません。歌いたい曲を歌う、話したいことを話す、着たいもの着る、考えたいことを考える自由がないのです。

 北朝鮮は、許可なしに国際電話をしたら処刑される、世界で唯一の国です。

「北朝鮮の人々は、今この瞬間も自由を求め、自由のために死んでいる」

 北朝鮮の人々は、今日も恐怖に陥っています。

 北朝鮮で育った頃、男性と女性とのラブストーリーを一度も見たことがありませんでした。ラブストーリーについての本、曲、報道、映画などなかったのです。ロミオとジュリエットのようなものはありませんでした。

 どの物語も、キムたち独裁者に関する、洗脳するためのプロパガンダだったのです。

 1993年に私は生まれました。しかし、「自由」や「人権」という言葉を知る前に生まれたとともに拉致されたのです。

 北朝鮮の人々は、今この瞬間も自由を求め、自由のために死んでいます。

 私が9歳の頃、友人の母親が公開処刑されるところを見ました。彼女の罪はハリウッド映画をみたことだったのです。

 政治体制への疑いを口にすると、三世帯の家族全員が投獄されたり処刑されます。

 私が4歳の頃、母からささやきもしてはいけない、と注意されました。鳥やネズミが聞いているから。私は、それを受け入れていました。北朝鮮の独裁者たちは私の心を読めていると思っていたからです。

 私たちが北朝鮮から逃げてから、父は中国で亡くなりました。私は、午前3時に密かに父を埋めました。私は14歳でした。泣くこともできませんでした。北朝鮮に送り返されるのが怖かったので。

 北朝鮮を逃げた日、母がレイプされるのを目にしました。強姦したのは、中国人のブローカーでした。彼は、最初私を襲おうとしていたのです。私は13歳でした。

 北朝鮮には、このような言葉があります。「女性は弱い。しかし、母親は強い」。私の母は、私を守るために、レイプさせたのです。

 

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2017年9月19日 (火)

税金使って党利党略の衆議院解散!

 新聞やテレビの報道によると、安倍首相による9月28日の臨時国会冒頭での解散が濃厚になった。

  今、衆議院を解散すると、自民党に有利なのは素人目にも明らかである。それは若干の内閣支持率の上昇もあるが、なによりも自民党に対抗できる勢力が準備不足であることだ。

  一番望ましいのは、民進・共産・自由・社民の4党が安倍内閣打倒でまとまることだが、民進党はそれを望んでいない。小澤一郎氏は週刊朝日で野党4党の結束が大事だと指摘しているのだが、民進党の前原代表や支持母体の連合など反対者が多い。

  次に、都民ファーストの会だが、新党を作るのだろうがいかにも時間が足りないし、何よりもファーストの会は自民党の補完勢力であることだ。それは小池都知事がこれまでやってきたことや話してきたことを見ればはっきりしている。安倍首相と同じ戦前回帰派なのだ。

  さらに民進党のごたごたがある。山尾議員の離党を始め、五月雨のような離党者があり、前原代表の下に結集するのは容易ではない様相だ。

  28日解散で総選挙をすれば、新たな証拠も出ている森友・加計問題はうやむやのままになり、自民党が勝つことで国民の信頼が得られたとして、この問題を終わりにしてしまうであろう。

  臨時国会冒頭での衆議院の解散は自民党・公明党には絶対的に有利である。投票率は低くなるだろうが勝てばよいのだ。

  しかし、今回の衆議院解散総選挙は、前回の時と同じで全くの党利党略の選挙であり、大義名分は何一つないのだ。前回は2/3以上の議席を獲得し見事党利党略選挙に成功し、安保法制や集団的自衛権容認や特別機密保護法・・・・日本を戦争が出来る国にし、そのために人権を制約する法律を作って来た。

 あと残すのは憲法を変えることだけである。今度の解散総選挙で再び2/3以上の議席を獲得し、安倍首相自身の政治生命を延ばし、悲願をやり遂げ、歴史に名を残したいのだ。安倍個人の自己実現欲以外の何ものでもない。

 今解散をしなければならない理由は何もないのだ。ただ勝てるからやるというだけである。それを国民の税金を使ってやろうとしている。税金の無駄遣い以外に何もない。世論調査によると、60%以上の人は来年の任期満了まで選挙はしなくてよいと言っているのだ。

 残念で悔しくてならないが、泣いても喚いても28日解散はされるのだ。後は選挙民の良識を俟つしかない。

 

 

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2017年9月18日 (月)

子どもの頃の遊び―④―

 Dさんがメールで、子どもの頃やった遊びに「釘差し」があると書いてあった。それで、そういえば夢中になった遊びに「釘立て」があったことを思い出した。

 私が子どもの頃住んでいたのは、9軒の借家が向かい合いで並んでいて、その間が路地になっている、ふくろ小路だった。だから子供が遊ぶには格好の場所だったのだ。

  その路地のちょっと広くなったところで、私たちはラムネ(ビー玉)やシャッケン(メンコ)などをやったのだ。缶けりもそこでやった。路地の家と家の間に、人が通れるほどの間があり、隠れるのに好都合であった。

  「釘立て」は10cmぐらいの釘を使って、地面に打ち付け釘を立てるのだ。各自のホーム(その頃はホームなどという英語は禁止であったが)を決め、釘が立ったら線を引いて結ぶのだ。互いに他の子を線で閉じ込めるように釘を立てていくのである。閉じ込められたら負けである。

  また、うずまきを描いておき、その狭い幅の間を釘を立てながら進んで外に出るという遊び方もあった。

  釘立てでは、5mmもないような狭いところへ釘を立てる技術を持つ必要があった。そのためにいつもどうやって、どのくらいの力で釘を打つかを工夫しながらやった。

  夏になると、田んぼや野原に行ってヤンマとりをした。私が住んでいた南紀新宮では大人も子どもも夕方になると楽しんだものだ。

  そのやり方は、以前にもblogに書いたが、習字の反故紙を小さく切って、それに豆粒ぐらいの石を包んで、木綿糸の両端に括りつけるのだ。

  糸の真ん中あたりを利き手で持って、石をもう一方の手で持って、ヤンマが飛んでいる辺りに投げる。そうするとヤンマは餌が来たと勘違いをして降下して来る。糸がヤンマに絡んで石の重みで下に落ちて来るのである。

  この取り方は、母方の実家がある今の東海市では誰も知らなかったので驚いたことがある。こんな面白い遊びを知らなかったのだ。

  ヤンマには当然オスとメスがあって、オスは尻尾の付け根の辺りがブルーで、メスは緑色である。メスを獲った時は嬉しかった。なぜかというと、そのメスを笹の小枝の先に糸を結んで、その糸にヤンマを結んで頭の上で飛ばすのだ。そうするとヤンマのオスが見つけてさかり(交尾)に来る。交尾したところを捕まえるという寸法であった。これも実に楽しい遊びであった。

  魚の「かいどり」というのも面白かった。小川の流れを小石でせき止めるのだが、真ん中を開けておき、そこにタモ(網)を仕掛けるのだ。上流からバシャバシャと歩いて行くと、魚が下流に逃げてタモに入るのだ。

  田んぼや小川にはメダカがいっぱい泳いでいたが、私たちはメダカをバカにして誰も相手にしなかった。魚のうちには入れてなかったのである。

  山の小川の流れに行き、石をどけると沢蟹がいた。でも、だれも沢蟹を取って食べるものはいなかった。あの戦前戦後の食糧難のときでさえである。大人になってバーで沢蟹が出たことがあって、食べられるんだ!と驚いたものだ。

  これも以前に書いたことではあるが、熊野川には筏をもやってあって、その上に乗って手長海老を釣ったり、海老タモで掬ったりして獲った。でも、獲るのが楽しみでそれを家に持って帰り食べることはなかった。手長海老食べられることを知ったのは大人になって何十年もしてからのことだ。

  今思うと食糧難の時代に食べられるものはまだまだあったのだ。

  草を使った遊びもよくやった。一番よくやったのは「相撲取り草」と呼んでいた、花の部分が細長く5本ぐらいに分かれている野草で、その部分を結んで互いに引っ張り合って勝ち負けを競う遊びであった。

 葉が3枚あり可愛いピンクの花をつける草の、茎の部分の皮を剥いて糸にし、それを互いにからみあわせて相手の葉をちぎるという遊びもやった。糸のようになったものに土をまぶすと強くなると思ってやった。

 私の子どもの頃は、貧しかったが野、山、川、田んぼ、広場、路地など自然の中で飛び回っていろいろ工夫をして遊んでいた。懐かしい思い出である。

「ヤンマ 画像」の画像検索結果

                オス

 ※B玉について

  ソーダ飲料のラムネ口に入っている玉をA玉と言い、瑕があってはならないのだという。傷やいびつがあるのをB玉と言って、遊びに使われたのだという。(これはOさんから聞いた話しで、テレビで言っていたそうだ)

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2017年9月17日 (日)

3冊目の高血圧の本

 私は退職した頃血圧がやや高く、2年間ほど医者の処方する降圧剤を飲んだ。しかし、ある時これではいけないと思い、薬を飲むのを止め自力で血圧を下げるようにした。そのことについてはblogで取りあげたことがあるので、詳しくは書かない。

 ウオーキングと体重を減らすことで降圧剤なしで血圧を下げることができた。でも、70歳を超える頃からだと思うが、血圧が若干高くなることが多かった。それで血圧に関する本を買った。

 最初に買った本は、「高血圧は放っておけばよい」と言うような題名の本だった。この本は回し読みをしている内に戻って来なくなったので手元にはない。降圧剤は製薬会社の金儲けであり、血圧を気にすることはないと言う趣旨だったと記憶する。次に買ったのは、「9割の血圧は自分で防げる」という本であった。

 この間、血圧をコントロールするために、血圧を下げると言う昆布を食べたり、酢タマネギを作ったり、黒豆酢を作ったり、いろいろ試みた。数年前には血圧の基準値が改定された。

 けれども年を重ねるごとに血圧は高くなった。血圧を毎朝計りノートに記録しているが、今年になった頃から、142~85ぐらいのことが多い。それで1か月余り前から、ミツカンの血圧によいという黒酢を飲んでいるが、目だった効果はない。

 昨日本屋に行ったら、血圧を自力で下げると言う本が2冊あった。その内の1冊、「薬に頼らず血圧を下げる方法」(加藤雅俊著 アチーブメント出版)を買って来た。これで3冊目である。まだ読んでないので内容はわからない。

 前書きには「薬に頼る前に、あなた自身でできることはたくさんあります」と書いてある。「むしろ安易に薬を飲む方が、逆に疲れやすくなり、健康を害し、老化を早める可能性がある、という危険性について説明する」とも書いてある。

 厚生労働省平成26年度の調査によると、「高血圧性疾患の総患者数(継続的な治療を受けていると推測される患者数)は1010万8000人もいるという。第2位の歯肉・歯周疾患の331万5000人、第3位の糖尿病316万6000人をはるかに引き離してダントツである。

 医者から血圧を放っておくと脳梗塞や心臓病になると言われて降圧剤を飲んでいるのだ。先の本に書いてあったように製薬会社を儲けさせる片棒を担がされているのかもしれない。

 降圧剤を飲むのをやめて20年あまりになる。何とかしてこれからも降圧剤を飲まずに血圧をあげないようにしたいというのが願いである。この本を読むのが楽しみである。

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2017年9月16日 (土)

北朝鮮ミサイル発射に見るNHK放送の異常さ

 9月15日朝7時前に北朝鮮がまたまたミサイルを発射した。NHKの7時のニュースを見始めたら、最初のニュースが終わって7時2分ごろ急にJアラートに切り替わった。北海道と東北各県になぜか長野県が警戒地域に入っていた。

 そして「ミサイルが発射されたから建物の中か地下に避難してください」と言った。その警報が何度も繰り返された。

 7時14分ごろに、政府の発表でミサイルが北海道を通過したから避難しなくてもよいとアナウンスされた。ところが字幕では「建物か地下に避難してください」という警告がずっと続いたのだ。7時半にBSに切り替えるまで続いていた。

 NHKのニュースは、ミサイルのJアラート関連ばかりで、ときどき菅官房長官が官邸に現れたとか、防衛大臣が官邸に現れたとか、どうでもよいことを報じていた。

 先日国連安全保障理事会で、北朝鮮への新たな制裁が全会一致で採択されたばかりだが、今回の北朝鮮のミサイル発射はそれに対抗するものだろう。今回の発射は平壌の近くからで、飛行距離も前回より長かった。

 しかし、NHKの放送の異常さは何だろうと思った。執拗にJアラートを繰り返していた。他にニュースがなかったとは思えないのだが、30分以上も繰り返すのはどういう意図があったのか。

 ゲスの勘繰りでいうと、危機感を煽って国民に北朝鮮への恐怖感を抱かせようということだと思う。北朝鮮がやっていることにはもちろん反対である。しかし、いたずらに恐怖感を煽るというのはいかがなものか。もっと冷静に対応してしかるべきであろう。

 安倍内閣はこんなに一生懸命国民のことを考えているのだよという印象操作が感じられる。その先兵としてNHKが働いているのだ。

 ミサイルの発射はこれまでに何度もされているが、最初の頃は何も警告はなかった。それがだんだんとエスカレートして来て、前回は迎撃装置の配置や避難訓練まで行われた。そして、昨日の異常なまでの放送である。

Jアラートの避難を呼びかける文言は、前日の14日に改められた。8月29日の発射の際は「頑丈な建物や地下に避難してください」というメッセージであった。それが15日には「建物の中、または地下に避難してください」に変わったのだ。

 建物の中でも、鉄筋の頑丈なマンションやビルならよいだろうが、戸建ての木造住宅ではあまり意味がないであろう。

 一部にトランプ大統領は北朝鮮の危険な行動を利用して日本や韓国に核兵器を配備させたいという狙いがあると言う人がいる。そんなことは絶対にあってはならないことだ。今度核戦争が起きたら地球は破滅に向かうであろう。

 金正恩にもトランプにもそういう狂気をさせてはならない。

 

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2017年9月15日 (金)

安倍内閣の支持率と猫の目政策

 9月上旬のNNNの世論調査によると、安倍内閣支持率は44%で不支持率を上回ったと出ていた。支持率が回復して来たのかと思った。

 9月11日の読売新聞世論調査の安倍内閣支持率は、50%で自民党関係者は安堵したとYahooのニュースに出ていた。50%とは予想外に多い数字であったので驚いた。

 加計学園問題や森友問題がうやむやのまま、臨時国会も開かず、ただ北朝鮮のミサイルと核実験によって支持率が若干もとに戻ったのかもしれない。

 9月12日発表の朝日新聞の世論調査では、安倍内閣支持率は38%、不支持率も同じ38%であった。「回復傾向にあるものの、無党派層の支持率は17%と相変わらず低い」とコメントしてあった。

 もともと安倍内閣支持が鮮明な読売新聞は、いつも世論調査で内閣支持率が高く、週刊誌などから叩かれている朝日新聞の調査は低い。それにしても読売と朝日の差は12%もあり大きい。

 安倍内閣は「地方創成」、「女性活躍」、「一億総活躍」、「働き方改革」、そして現在の「人づくり革命」と、くるくると看板を換えて来た。

 地方創成は石破元大臣が閣外に去ってどこかへ消えてしまったし、女性活躍もうやむやになってしまった。一億総活躍に到っては戦前の「一億火の玉」や終戦後の「一億総ざんげ」を思い起こさせただけで、誰もが活躍する社会はどこにもない。

 働き方改革は大企業などの経営者を喜ばせるだけで、実際に労働を提供する働く者が限界を超えて働かされる状況は改善されるどころかますますひどくなっている。

 そして今度は「人づくり革命」で、11日には「人生100年時代構想会議」が有識者によって開かれたという。

 安倍首相は挨拶で「人生100年時代を見据えた『人づくり革命』は、安倍内閣が目指す一億総活躍社会をつくり上げる上での本丸であり、安倍内閣最大のテーマだ」と強調したという。でも、「みんなにチャンス」から「人生100年時代」に変えた訳で、ころころと目先を変えていくだけだ。

 「革命」というと安倍首相は大嫌いな用語のはずだが、それを取りいれたのは、創価学会池田氏の「人間革命」を忖度したからであろうか。公明党のご機嫌もとったということだ。

 森友学園、加計学園で明らかになったように、安倍首相は親友とかコネを大事にして、そのためなら普通ではありえない便宜を与えるのだ。

 政治家というものは国家100年の大計をはかるぐらいでなければならないし、一部大企業や富裕層だけでなく、底辺層や中間層のことに重点的に配慮した政策を遂行すべきなのだ。

 この10月にも衆議院総選挙があるかもしれないと言われている。有権者はよく見て、よく考えて、しっかりと判断をしなけらばなrない。

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2017年9月14日 (木)

子どもの頃の遊び―③

 私たちが子どもの頃によく遊んだ勝ち負けを競う遊びでは、「ラムネ」がある。これも一般的には「ビー玉」と言うようだが、私たちは「ラムネ」と呼んでいた。どうしてそう呼んだのかは知らない。その頃人気があった「ラムネ」という飲み物にガラス玉が入っていたことから来たのかも知れない。小さなガラス玉である。

  地面に畳一畳分ぐらいの四角を書き、一方の端にラムネ(ビー玉)を並べ、それに自分のビー玉をぶつけて、相手の玉に当たれば自分のものとすることができるのだ。

  これも遊び方がいろいろあり、「一歩」と言って玉を投げた後一歩足をフィールドに入れてもOKなやり方や枠外から投げる難しいやり方があった。

  ラムネ玉のサイズは大中小あり、一番大きいのは「大玉」と言って、それを取るには3回当てなければならなかった。

  この遊びも簡単ではなく、当てる技術を身に着ける必要があった。難しいがらそれを克服する面白さがある訳だ。模様が入った玉は2回当てであった。

  メンコと同じように相手のものを貰える「ホンコ」と、もらえない「ウソコ」があった。私はビー玉にも強くて、布の袋にいっぱい溜めていた。

 ビー玉の遊びにはこの他にも、地面に窪みを4カ所掘って、スタート地点から親指ではじきながら回るというのもあった。ゴルフに似ている遊びであった。

 勝負を競う遊びには、このほかにもバイ独楽があった。東京辺りではベーゴマというやつだ。子ども用には高さ2cm、直径3cmぐらいの漏斗状の独楽があったが、本格的なものは厚さが1cm弱の平たい独楽があった。

 バケツの上に布を張って、その上で独楽を回し、外にはじかれた独楽が負けであった。中学生以上の子たちは、本格的ベーゴマを使って勝負をしていた。向かいのお兄さんは上手で、独楽をやすりで磨いて調節していた。

 独楽と言えば、直径8cmぐらいで鉄の芯棒がある独楽を使ってよくあそんだ。地面で回すのは初歩で、掌の上に載せて回したり、紐の上を滑らせたりした。また、「肩掛け」と言って、紐の端を肩に掛け、独楽を受け止めて紐の上で回すとか、腰に紐を当ててその上で回すという高度な遊びもあった。

 独楽を手のひらの上で回し、回っている間に追っかけたり逃げたりする鬼ごっこもよくやった。

 缶けりも楽しい遊びであった。アメリカ軍の放出の缶詰めの空き缶で遊んだ。円を描いてその中央に缶を置き、かくれんぼをするのだ。鬼が見つけると、名前を呼び、缶に足をタッチすると捕虜になるのだ。助けるには、誰かが缶を蹴飛ばして、その間に逃げて隠れるのだ。時には上着を友だちと交換して鬼を騙すこともあった。大変スリルのある遊びであった。この遊びは女の子も一緒になってやった。

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2017年9月13日 (水)

子どもの頃の遊び―②―

 安田武氏は、子どもの遊びは「勝ち負けを競うものではない」と言っているが、勝ち負けを競う遊びもいろいろあった。

 男の子の遊びで勝ち負けを競う最高のものは、「めんこ」であった。私たちは「シャッケン」と呼んでいた。四角い厚紙に相撲取りや侍や軍人などの絵、戦後は野球選手などの絵が書いてあった。丸い物もあり、金太郎などの絵が書いてあったと記憶する。

 主に使ったのは四角のやつで、地べたに置いてある相手の札を、自分の札を強く地面に打ち下ろして、風の勢いで相手の札をひっくり返す遊びであった。

 小さい木箱の上で争うやり方もあった。その場合は相手の札を箱から落としても勝ちなのだ。

 遊ぶとき「ホンケン」と「ウソケン」があり、ひっくり返した札を自分のものにできるのが「ホンケン」で遊んだ後で返すのが「ウソケン」であった。学校の先生はいつも「ホンケンをやってはいけない」と注意していたが、私たちはホンケンをよくやった。

 私はシャッケンが強くて、机の引き出しにいっぱい溜めていたくらいであった。シャッケンに勝つにはいろいろと考えなければならなかった。例えば、相手の札が地面との間にどのくらいの隙間があるかを見るとか、そのくらいの強さでどの辺りに打ち付けると相手の札をひっくり返せるか・・・などを絶えず考えてやっていた。

 相手の札の端に自分の札の端を打ち付ける技術も必要であった。そうすることで相手の札を飛ばすことができるのだ。

 また、札を対角線で折って中央を膨らませることも大事であった。何もしないで地面に打ち付けても風が強くでないのだ。膨らませてあると風が強く出たし、自分の札が地面にある時、密着性が高かった。

 たかがシャッケン(メンコ)、されどシャッケンである。私たち子どもは遊びを通じて自然に科学の勉強をしていたとも言えるのだ。

 私たちはシャッケンと言っていたが、名古屋の辺りではショウヤと言っていた。少年雑誌で東京の方ではメンコと言っていることを知った。ネットではメンコがヒットしたから、一般的にはメンコと言うらしい。しかし、この遊びも何時の頃からか遊ばれなくなった。それで担任しているクラスにシュヤを置いて放課に子どもたちに自由に遊ばせたことがある。

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2017年9月12日 (火)

快挙!桐生選手の9.98秒!!

 東洋大学の桐生選手が遂に10秒の壁を破って、日本人初めての9秒98を記録した。10日の朝日新聞一面トップを飾る記事となった。福井市であった日本学生対校選手権の決勝で達成したものだ。素晴らしい快挙であった。

 

 テレビで見ると、2位の多田選手もいい走りであったが、10秒07で2位であった。桐生選手は高校生の時に10秒01を出したが、その後は期待外れで、リオ・オリンピックでは日本選手4番手に甘んじた。

 

 その間サニーブラウンとかケンブリッジなどの選手が先を行っていた。そこへ桐生選手がまた耳目をさらったのだ。

 

 この快挙には9月9日に開催されたという運とスターターの素晴らしい判断という運もあったとネットニュースに出ていた。

 

 福井陸協の木原専務理事は、九月に開催されたことで「これはいい風が吹くな」と思ったという。それは迎い風の夏風から追い風の秋風になるからだという。

 

 しかし、追い風でも強いと参考記録にされてしまう。男子予選や直前の女子100mの決勝も追い風参考だった。

 

 スターターの福岡渉氏はこの風を熟知していたそうだ。風のリズムを吹き流しを見て読んだのだという。そしてタイミングよく「オン ユア マーク」を掛け号砲を撃ったのだ。スターターがそこまで気を使ってピストルを撃つとは知らなかった。

 運も味方に付けることが大事だと言われるが、桐生選手の快挙にそういう背景があったとは。桐生選手が見事な走りをみせて歴史を開いたが、日本にはケンブリッジ、サニーブラウン、山県、多田など多くの選手が10秒を切ろうと頑張っている。彼らも桐生選手の後に続いて9秒台に突入することを期待したい。

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子どもの頃の遊び―①

 9月10日の朝日新聞「折折のことば(鷲田清一)」は、次のようなものであった。

   遊びを遊ぶ    安田武

  凧あげ、蝉取り、竹馬、お手玉、綾とり、花いちもんめ。すっかり見かけなくなった昔の児戯には二つの特徴があった。自然を相手に「ゆっくりと、のびやかに」遊ぶこと。勝ち負けを競うものではないこと。遊びは「合理性を拒否する」ものなのに、余暇として計画したりすれば、遊びを再び合理性の中に閉じ込めることになると、評論家が一昔前警めていた。『遊びの論』から。

  私は「遊びの論」という本も安田武氏も知らないが、自然を相手に「ゆっくりと、のびやかに」遊ぶことはその通りだと納得できる。

  ここに挙げられているような昔の児戯は私の子どもの頃にはそれが当たり前であった。正月の頃は北風を利用して野原や田んぼの畔などで凧揚げをした。凧の足を新聞紙などを切って調節して空高く揚げた。

  蝉取りは夏の子どもの遊びの楽しみの一つであった。小さな虫かごとタモや時には、長い竹の棒の先に鳥もちをつけて持って行き、学校の庭の木などで鳴いている蝉を捕まえた。蝉が逃げるときに小便をかけられることもあった。

  お手玉は女の子の遊びであった。私はジャグリングのようにお手玉を操ることはできなかったが、畳の上で指をひろげてやる遊びはときどきやった。

  綾取りも女の子の遊びだが、ときには男坊主も交じってやったものだ。私は上手な方であった。取りあっこをするほかに、橋とか竹ぼうきなどの形を作って楽しんだ。 

 小川へ出かけて鮒などを取ったり、シジミを拾ったりするのも楽しかった。先だって旅行に行ったとき女性のIさんとそんな話をした。カラス貝というムール貝のような大きい貝があったがそれは誰も取らなかった。食べないからだ。

 近くにどぶ川が流れていて、そこには蛙か一杯いた。溝蕎麦の葉っぱを相撲取り草の先に巻き付けて蛙釣りをした。蛙がとびついて釣れるのが面白いのであった。

 男の子の遊びに山や林に行って女郎蜘蛛を見つけて持ち帰り木の棒の上で闘わせるのも面白い遊びであった。

 こうした遊びは、確かにゆっくりと、のびやかなものであった。遊びの中で子どもは知恵を出し、頭を働かせていたし、自然に理科の勉強にもなっていたのだった。

 今の子たちには、都会にいる限りそうした遊びの機会はほとんどなくなってしまった。私が住んでいた田舎の町でもおそらく同じことであろうと思われる。 

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2017年9月11日 (月)

エルミタージュ美術館展

 9月8日にやっとエルミタージュ美術館展を観た。春に東京へ行ったときエルミタージュ美術館展をやっていたので観たかったのだが、残念ながら暇がなかった。外国旅行ができるようになってから、一度サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館へ行ってみたいと思っていたのだがついに果たせなかった。

 それが名古屋に来たので見に行こうと思っていたのだが、暑いので出かけるのが億劫で腰を上げられなかったのだ。ここに来てやっと少し気温が下がったのと会期が18日までなので思い切って出かけた。

 10階の入場券売り場で1600円出して当日券を買った。残念ながら敬老割引はなかった。入口で説明を聴くために音声ガイドを借りた。550円であった。

 パンフレットによると、エルミタージュ美術館には17000点もの絵画コレクションがあるという。その中から16世紀ルネサンスから17・18世紀のバロック・ロコロの「オールドマスター」巨匠たちの名画85点を展示してあるそうだ。

 入口には「戴冠式のローブを着たエカテリーナ二世の肖像」があった。誰かが美人だねと言っていた。以前に見に来たTさんはこの絵だけは撮影できたと言っていたが、この日はすべての絵を撮影してよいと書いてあったので驚いた。それでiphoneで気に入った絵を撮ることにした。会場では多くの人がスマホで写真を撮っていた。

 この展覧会を観に来た人は非常に多くて人気のほどが窺えた。私は音声ガイド以外に絵の傍にあるせつめいも読みながら見て行った。

  この時代の絵は聖母マリアやキリストなどをモチーフにしたものが多い。画家によって聖母や幼いキリストのイメージが異なるのが面白い。マリアは処女懐胎と言われているが、夫があるのは知らなかった。またエジプトまで逃げていたのも初めて知った。スペインで書かれたマリアは少女像で珍しかった。

次のような順で展示してあった。

 1.イタリア:ルネサンスからバロックへ

 2.:オランダ:市民絵画の黄金時代

 3。FRANDERS:フランドル:バロック的豊穣の時代

 4.SPEIN:神と聖人の世紀

 5.フランス:古典主義からロココへ

 6.:JERMANY & ENGLAND:美術大国の狭間で

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2017年9月10日 (日)

北陸旅行―⑤―北前船主屋敷・蔵六園

 朝食のバイキングはいつものようにいろいろな種類のものを取って食べた。珍しかったのは加賀あんころ餅があったことだ。金沢の辺りはあんころ餅が名物である。みんなにも勧め自分は2個食べた。

  この日は旅行第3日で、朝食の後解散なのだが、関西の連中が少しどこかを見たいと言った。フロントでは加賀温泉駅付近には美術館ぐらいしかないと言っていた。U君が「加賀周遊バスCANBUS」のパンフレットを持っていた。それによると柴山潟周辺を回るバスや山代温泉方面を回るバスがあることがわかった。

  一日周遊券は1000円で乗り降り自由であったが、バスの時刻表を見ると1時間に1本で不便であった。それでまず加賀温泉駅まで送ってもらった。

  案内所で聞くと、好きな場所で1回だけ乗降できるeco切符があることが分かった。それでお勧めの場所を聞いて、「北前船主屋敷」に行くことにした。そこにはお勧めの料理店も近くにあるということであった。

  私たち名古屋・三重組は14時13分の「しらさぎ10号」に乗ることにして切符を買った。関西組はサンダーバード、東京組は金沢から新幹線であった。周遊バスまでの時間があったので駅のコンビニの休憩室で座っていた。

 海周り周遊バスは柴山潟を一周する。私たは「北前船主屋敷」前で降りた。狭い路地を入って行くと、船主屋敷があった。500円の入館料だが敬老割引で少し安くなった。

 屋敷は大変広荘で高価な調度品がいっぱい置いてあった。それぞれの部屋に陶器とか北前船のレプリカとか写真とか資料を展示してあった。蔵が二つあり、その中も展示室になっていた。

 船主は1回の航海で莫大な金を儲けたが、船員たちは船頭も含めて実に安い賃金であったそうだ。船主に搾取されていたのだ。

 ただ、航海中に嵐に遭って大損害を蒙ることもよくあったそうだから大変な航海であったようだ。

 その後、近くの料理店に行ったが、予約をしていなかったのでダメだと言われた。その辺りには食事をするところがないのでがっかりであった。15分ほど歩きまわって探したが、閉店していた。

 仕方がないので、近くの蔵六園を見に行くことにした。600円の入館料で敬老割引はなかった。ここも北前船の船主酒谷氏の屋敷で、庭と建物が国の文化財になっていると言っていた。建物は紅がらを施してある。部屋にはいろいろな調度品を展示してあり、グッズを売っていた。抹茶などを提供していたのでS君たちは飲んでいた。

 料理店で断られたことを家主の奥さんに話すと、大変残念がっていた。夫婦でやっているとてもいい店で是非食べて欲しかったと言っていた。

 蔵六というのは亀のことで、手水の石が亀に似ているところから大聖寺藩主前田利幽によって付けられたのだという。また庭の石は北前船で全国から運んだ珍しいものだと言っていた。

 蔵六園を見た後周遊バスで残りの部分を回り、加賀温泉駅に戻った。そこで気が付いたのだが、駅の後ろの丘にとても高い観音像が立っていた。建てた人は破産したが観音は残っているのだそうだ。

 コンビニで寿司を買って車内で食べることにした。柿の葉寿司を買った人、笹の葉寿司を買った人がいた。私は「ますの寿司」を買った。名古屋駅には16時49分に着いた。行きあたりばったりだが、楽しい、余裕のある旅が終わった。

 その夜9時間も寝て、さらに午後1時間40分も昼寝をした。でも、女性のOさんやIさんはメールで疲れが取れ元気で趣味の活動をしたと言っていた。

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                    北前船主屋敷入口

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                        屋敷の中

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                       蔵六園の蔵

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                         亀 石
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                     蔵六園石の橋

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                      蔵六園庭園
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                       蔵六園庭園

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                   加賀温泉駅の後ろに観音像

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2017年9月 9日 (土)

北陸旅行―④―21世紀美術館,武家屋敷、加賀観光ホテル

 次は、能楽堂と21世紀美術館があるところへ行った。能楽堂と21世紀美術館は隣り合わせである。それぞれが見たい方へ行くことにした。

  私は21世紀美術館へ行った。「雪の女王」の展覧会をやっていたが興味がないので他の展示室の方へ行った。途中の展示室に入ると昆虫をかたどったオブジェをいっぱい並べた展示がしてあった。川越ゆりえという作家の「弱虫標本」という作品であった。

  ネットで調べると、「『人の感情の蠢きを虫にしたら』と発想し、心の動きを仮想の虫の姿態に呼応させて、幻想的な世界を表現します。」と書いてあった。

  仮想の昆虫の姿をカラフルな色を使って表現してあるユニークな作品であった。

  その後、他の展示室も見たかったが、先に偵察に行ったU君がどこも行列でとても見られないと言ったので、他の人たちは出て行った。私は、見る物を音に変えるという展示が面白そうなのでそこに並んだ。

  黒いベルトのような物を頭につけて眼を塞ぎ、天井から下がっている立方体や▽などのモノの方を向くと小さな音が聞こえてきた。でも、何のことか分からなかった。

  小さいプールのようなものがあって、その傍に行くと、水面の下に人が歩いているのが見えた。下の展示室の人の動きをあたかも水の中の動きに様に見せているのだった。

  時間がなくなったので、バスに戻った。O君だけがいないのでU君が探しに行って見つけて連れて来た。

  金沢見物の最後は、長町武家屋敷跡であった。武家屋敷があったところに昔の土塀が残っているのだが、中の建物は改築されたものが多かった。通りの雰囲気を見るということであった。

  急流の用水が屋敷の前を流れていた。その前にある和菓子店でみんなはソフトクリームを買ったので、私も買って歩きながらバスに戻った。

  後でパンフレットを見て分かったのだが、金沢で回った観光スポットは、定番コースと書いてあった。これに「近江町市場」へ行けば完璧であったのだ。近江町市場に行けなかったのが残念であった。

  16時半ごろ、バスが出発して今夜の宿泊地、片山津温泉の加賀観光ホテルに向かった。片山津温泉には勤めている頃2回来た覚えがある。その頃は歓楽温泉であった。

  片山津温泉は大きな柴山潟の周りにホテルが建っている。源泉の温度は75度と石川県では一番高い温度だそうだ。

  加賀観光ホテルも大きなホテルで、中は何度も迷うほどであった。7階の部屋からは柴山潟が一望できた。柴山潟には漁船がなぜか一艘もなかった。浴場も規模が大きかった。

  夕食は畳の部屋でお膳であったので、正座が苦手な私は小さな椅子を頼んだ。

  ◎青葉会席

  食前酒  季節の果実酒

  旬彩    旬彩盛り合わせ 四季豆腐 美味だし 筍松風 もろこし見立て

         野菜串 和え物

  造り    季節の鮮魚盛り  鯛 鮪 間八 甘海老 あしらい一式

  吸い物   小鍋仕立て 鯛潮汁 白髭葱 酢橘

  炊合せ  四季饅頭玉〆 天盛 青味 餡かけ

  焼肴    西京焼き 目鯛 空豆甘煮

  令肴    麺料理 加賀白山蕎麦 薩摩揚げ

  進肴    サラダ仕立て ローストビーフ

  酢物    切かに酢 蛇頭胡瓜 レモン

 食事    石川県産こしひかり米

 留椀    赤だし つみれ 浅葱 粉山椒

 香の物   4種盛 大根切漬け ワイン落橘 青菜漬け 添え物

 水菓子  グレープフルーツムース 添え物

 この献立も量が多くて食べきるのが大変であった。

 食事の後カラオケルームを2750円で1時間だけ借り切ってカラオケを楽しんだ。私は「風の盆」をうたった。女性のTさんはとても上手であった。

 最後は部屋に集まって飲みながら談笑した。

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                    川越ゆりえの「弱虫標本」

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                      水の中を歩く人

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                      長町武家屋敷跡
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                       急流の用水

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                    窓から柴山潟を望む

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2017年9月 8日 (金)

北陸旅行―③―金沢へ、東茶屋街・兼六園・金沢城

 9時10分にホテルのバスで魚津駅まで送ってもらった。駅に着くと「あいの風とやま鉄道」で金沢まで直行するか、富山まで行って新幹線「つるぎ」に乗り換えるか話し合った。そして、あいの風とやま鉄道は各駅停車だが安くつくのでそれで行くことに決まった。

  なくしたスマホを金沢駅まで貰いに行くU君は、往復の切符を買っていたし、スマホを受け取らなければならないので先に行った。

  残りの我々は時間があるので駅前で喫茶店を探した。たった一つだけ店が開いていた。その店に入ると、面白い冗談を言うマスターがいた。コーヒーを今どき珍しいサイフォンで炒れていた。重要有形文化財だとマスターが笑って言った。コーヒーは確かにおいしかった。

  あいの風とやま鉄道はICカードが使えるのがよかった。ローカル列車だがかなり混んでいた。U君が戻ってきたスマホで電話をしてきた。

  12時ごろに金沢駅に着いた。新幹線の関係と思われる工事をしていた。U君の案内でバスが待っているところまで行った。小型のバスを借り切って回るのだ。

  最初に「東茶屋街」へ行った。昔茶屋があったところのようだ。今はいろんな店になっていた。加賀友禅、九谷焼、輪島漆器、金箔などがメインであった。建物だけは昔の風情を残していた。紅がら格子の家も残っていた。

  金箔細工の店が二つあったが、その内の一つに入った。金沢は金箔を使った工芸品が名産である。計画を立てながら手術で来られなかったS君のために1品買った。

  その後私は1人で見て歩き、反対側にある通りも見た。人は少なかったが紅がら格子の家が並んでいた。運転手さんに聞くと、「西茶屋街」というのもあると言っていた。

  駐車料金は40分ほどで1980円もした。この後兼六園に向かった。私は兼六園には何度か来たことがある。兼六園の石川入口でバスを降りた。向かい側に金沢城があった。

  U君が入場券を買いに行った。私は敬老料金があるかもしれないと思って掲示を見たら、75歳以上は証明できるものがあれば無料と書いてあった。それでU君に伝えて、1人ひとり買った。310円が無料になった。

 貰った地図を片手に歩いた。明治記念の碑のところで、女性のOさんが「琴柱灯籠」を見たいと言った。それで探しながら戻って行った。通った道にあったのだが、気が付かなかったのだ。

 地図を見ながら歩いたのだが、入口の石川門の方向が分からなかった。試行錯誤をして何とか見覚えのあるところに来て石川門に出た。兼六園は1時間ほどで切り上げた。

 女性のTさんが「いつもこれが最後だと思いながら見るの」と言っていたが、天下の名園の兼六園に再び来ることはないかもしれない。

 石川門を出てすぐ前の金沢城址石川櫓に行った。中に入ると休憩所があり、ボランティアの人がいた。話しをすると、この日は石川櫓の中を特別公開中だと言った。それで見たい人はそちらに行くことになった。

 中は広間のようになっていて、窓のところに石を落す仕掛けがあった。見る物は部屋とその仕掛けぐらいであった。外に出ると城の方に行った女性たちが戻ってきた。

 金沢城址はこれと言って見る物はなかった。30分で城を後にした。

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                     コーヒーサイフォン

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                       紅がら格子
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                        琴柱灯籠

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                         石川櫓

 

 

 

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2017年9月 7日 (木)

北陸旅行―②―金太郎温泉

 八尾の町民広場には次々とバスが入ってきて、客を降ろして出て行った。やはり夜の踊りを目指して来るのだ。17時前に来るのは街を散策して夜に備えるためであろう。なぜなら17時から19時までは踊りがないからだ。夜は大変な混雑だろうと想像した。

 我々は17時に町民広場を離れた。向かうのは魚津市にある金太郎温泉だ。今夜はそこに泊まるのだ。八尾から60分ほどで着いた。

 大変大きなホテルで、金太郎温泉という看板が目立っていた。バスの運転手の話しでは魚津には温泉はここだけだそうだ。

 風呂がいろいろあったがその夜は大浴場に行った。大きな浴槽が4つもありその他に小さな浴槽やサウナも付属していた。湯は白く濁った硫黄のような匂いのするのや透明の湯があった。なめてみると塩辛かった。

 19時から食事をした。300人は入れるという大広間を仕切って小部屋が作ってあった。畳敷きの上にテーブルだったので有難かった。

 仲居さんが1人ついて世話をしてくれた。鍋が二つ載っていた。

 おしながき

 先付 もろこし豆富 オクラ モロヘイヤ 打ち明姜 旨出し汁

 前菜 旬菜盛り合わせ 

 向附 造り盛り合わせ 妻一色

 炊合 茄子 海老吉野煮

 強肴 白海老彩々 煎酒

 台物 海鮮陶板

 冷皿 ローストビーフ

 鍋物 薬膳鍋風 冬瓜 名水ポーク くこの実 白木茸

 酢物 太刀魚南蛮漬け

 留椀 清知る仕立て

 食事 富山産こしひかり

 香物 盛り合わせ

 果物 ガトーショコラ 季節の果物 

 食事の量は多かったが2時間かけて完食した。生ビール中ビンを3杯飲んだ。高校時代の同期なので、その頃の話しや同期生の消息などで話がはずんだ。

 カラオケをやるはずだったが、12500円と高いのでやめにした。食事の後は部屋に集まって缶ビールと焼酎で談笑した。私は10時には部屋に戻って寝た。

 翌朝今度は岩風呂に行った。中に入って驚いたのはどでかい岩を組んで積み上げてあったことだ。露天風呂も更に大きな岩を組んであった。いったいどうやって運んできたのだろうと思った。これまでに入った露天風呂で一番大きな岩風呂であった。

 朝食はバイキングであったが、種類が多かった。私は例によっていろんな菜を少しづつ取って楽しんだ。珍しかったのはゲンゲ、ニギス、ホタルイカの干物であった。

 金太郎温泉はあの昔話の金太郎とは全く関係がない。風呂に入ったときは客はそれほどいないと感じていたが、朝食の時は満席に近かった。中国人客はここにも来ていた。

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2017年9月 6日 (水)

北陸旅行①―おわら風の盆

 昨年榊原温泉で高校の同期の会をやったとき、来年は「おわら風の盆」に行こうと決まった。S君が中心になって企画してくれた。「おわら風の盆」は毎年9月1日~3日にかけて開催される。おわら風の盆は非常に有名で、一度は観たいと思っていたので、ずっと楽しみにしてきた。

  ところが8月の末にS君が手術をすることになり、参加できなくなった。それで相談した結果、大阪のS.S君が幹事を引き継ぐことになり、予定通り実行することになった。

  高山線の特急「ひだ」で富山まで行き、富山駅で関西や東京の連中と落ち合って、チャーターしたバスで八尾に行く計画であった。

  私と女性二人は「ひだ」で行くことにして切符を買った。指定席で7650円であった。一人は「ジパング」で買ったので、5300円であった。もう一人N君はバスで行くと言った。バスだと3000円ほどなのだそうだ。

  9月1日の8:43分名古屋駅発の「ひだ」に乗った。朝が早いので駅の売店で駅弁を買った。女性はビールも買っていた。Iさんが私にもくれた。

  岐阜を過ぎしばらくすると川が現れては消える沿線風景になった。飛騨川であった。ずっと車窓から飛騨川の景色を楽しむことが出来た。高山を過ぎると神通川に変わったと思う。だが、やはり川がずっと続いた。高山線は川に沿って走っているのでとてもいいと思った。

  富山の手前の停車駅が「八尾」であった。私たちはここで降りれば運賃が安く済んだのにとちょっと残念であった。

  富山駅に着くと関西や東京の連中は来ていた。バスで来るN君だけが来ていなかった。U君が新幹線の中で携帯電話をなくしたといっていた。その時はまだ見つかってなかったが、後で金沢駅まで行ったことが分かったが、次の日金沢に行くのでそこでもらえばよいのでよかった。

  そんな騒ぎもあったが、小型バスは予定通り、13時半に富山駅を出発した。運転手は女性であった。おわらの近くは渋滞しているかもしれないから到着が遅れることもあると言った。

  立山連峰を遠くに見ながらバスは田園地帯を走った。富山平野は収穫間近の色づいた稲の田んぼが広がっていた。

  心配した渋滞はなくバスが現地に着いた。町民広場というグランドのような広い場所があってそこで降車し、バスは別の場所に行って駐車して、後で迎えに来るのだ。バスの駐車料として貸切バス料金52400円の外に、何と40000円も取られたのには驚いた。

  降車した場所に沿って川が流れていて横の道を歩いて行った。コースは北回りと南回りがあり、私たちは南回りを取った。しばらく行くと禅寺橋という橋がありその辺りまで踊りが来るようであった。

  橋を渡ると長い坂があった。禅寺坂というのだ。坂道に沿って左側は崖のような垂直になっていて丸い石を積んだ見事な壁が続いていた。街はその何十メートルも上にあるのだ。この地は川が多くしばしば氾濫したのでだんだんと土地を髙くして行ったという。

  少し息を切らしながら坂を上ると宗禅寺という寺があり、しばらく行くと通りに出た。その辺りは西町というのだ。14時ごろに着いたが、昼の踊りが始まるのは15時からで、まだ時間が早いので人は少なく、車が走っていた。

  踊りの衣装を着た若い子にどこを通るのか尋ねたら、通りを指さしてあっちの方と言った。要領の得ない返事であった。店の人に聞いたら東町の方に行くことを勧めたので西町に残る組と東町に行く組に分かれた。

  道端の石に腰かけて待った。そこに坐っていた男の人が詳しくは知らないがと言いながら説明してくれた。前に蔵があるので珍しいと思ってよく見たら、宿屋であった。蔵の宿屋は面白いと思った。

  その脇に細い道があり、どうやらそちらの方に小学校があるらしかった。八尾小学校のグランドが「おわら演舞場」となっていて、指定席が3600円、自由席が2100円と書いてあった。

  15時近くになって公民館の前に人が集まった。踊りとお囃子の人たちが並んだ。15時になるとお囃子と踊りが始まった。歌い手が交代で歌った。踊り手は黄色い着物を着て編み笠を被った女性、赤い着物を着て編み笠を被った女性、男性は黒の法被であった。小さな子供たちも並んで見よう見まねで踊っていたのは微笑ましかった。

  三味線、胡弓、太鼓、笛などのお囃子で、越前おわら節に合わせて踊られた。聞いたところでは、全部で11の支部があり、踊りも歌も支部によって違うところがあるのだという。

  東町を見た後西町に戻ったが、もう一つの組はそこにはいなかった。電話があって禅寺橋のところで見ていると言った。そちらに行くことになって西町の通りを歩いて行った、かなり歩いた下新町公民館前の道で踊っている支部があったのでそれを観た。

  川が見えたので見に行くと、禅寺橋が見えたがそこではもう踊っていなかった。それで電話をして、こちらに上がって来るように言った。石垣の橋のところで狭い階段があったのでそれを伝えた。

  それから少し戻って広場に行くと、N君とU君がいた。U君は我々を探しにきたようであった。R君が体調を崩して女性たちと休んでいると言った。それで橋の方に行くことにして歩いて行ったら別の支部が踊っていた。

  それを見てさらに歩いて行くと、若い女の子たちのグループが休んでいた。八尾高校芸能部のようであった。傍の女性に話しかけたら部活担当の先生であった。中学生までは編み笠を被れないが、高校生になると被れるそうで、ここにいる1年生たちは初めて被るのだと話した。

  黄色い着物を着ている人が上手な人で、と赤い着物を着た人は若い女性かと尋ねたら、そうではないと言った。25歳までが揃いの着物を着られるようだ。高校生たちは上手に踊って通りを進んでいた。

  その後バスが迎えに来る17時までは時間があったが下に下りて行った。橋のたもとの警護所のテントで女性たちとR君が休んでいた。

  結局私たちが見たのは、15時から16時15分ぐらいまでの僅かな時間であった。夜の踊りを見られなかったのが非常に残念であった。

 なかにしれい作詞、作曲、菅原洋一が歌う「風の盆」の歌詞には、次のような言葉がある。

 1番 日が暮れた坂道を 踊るまぼろし 影法師

 2番 あんな哀しい夜祭が  世界のどこにあるだろう

     足音を忍ばせて 闇にしみいる 夜泣き歌

 3番 哀しい人はみんな来い

     八尾の町に泣きに来い

     夜流しを追いかけて 下駄の鼻緒も 切れるだろう

  おわら風の盆 行事運営委員会ガイドブックには、「3日間いつ見ても同じです。」と書いてあったが、やはり「おわら風の盆」は夜に見るべきであった。

 ただ天候に恵まれたのはよかった。雨が降ると中止になるからだ。

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2017年9月 5日 (火)

「名東マジックサロン」誕生!!

 名東区在住の知人が、名東区社会福祉協議会の協力で、これまでにない形の新しいマジックサロンを立ち上げることになった。名称は「名東マジックサロン」である。

 第1回目は、9月14日に開かれる。

  マジックを覚えるにはマジッククラブに入会するのが手っ取り早い。そうしたマジッククラブは各地にある。

  今回作られるのはクラブではなくて、サロンである。マジックを覚えたり、見たりするだけでなく、集まった人たちがお茶を飲み、ちょっとした菓子をつまみ、談笑することも大切にした。

  コンセプトは、

  ①高齢者をはじめ誰でも気楽に参加できること。

  ②参加者が自由に交流できること。

  ③参加費が納得できるものであること。

  ④参加者が新しい簡単なマジックを覚えられること。

  ⑤参加者の中から、マジックのボランティアが生まれること。

  「名東マジックサロン」は、毎月1回、第2木曜日に「名東生涯学習センター」で開催される。

  参加費は、その都度500円を払う。(講師料、会場費、飲み物・菓子代等)

  ◎時間は次の通り。

  ○13:30  マジックを見て楽しむ。

  ○13:45  講師によるレクチャー約1時間。

  ○14:45  交流会(45分~60分)

  会員制ではないので、登録や会費の徴収はない。

 ※名東生涯学習センターへの行き方

 地下鉄東山線「本郷」下車。駅前バスセンターから①平針行、②猪高緑地行き。2つ目のバス停「楽陶館」下車。進行方向へ歩き、最初の信号から2つ目を左折、森に沿って歩く。

 ※問い合わせ

 吉田:080-3609-0764   社会福祉協議会:052-726-8664  

 名東生涯学習センター:252-703-2622(名東区社が丘3丁目802)    

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2017年9月 4日 (月)

桃も終わった

 今年は昨年に比べて桃の値段が高かった印象である。それでも桃が好きなので高いと思いながらも買って食べた。

 24日に散髪にいったついでに「うおだい」でこれが最後だと思って桃を買った。「あかつき」という品種で大きい4個で780円であった。

 冷蔵庫で冷やして食べたら意外にもあまくておいしかった。桃は当たり外れがある。値段が高くても甘くないのもある。先だって河口湖へ行ったとき1個600円の桃を傷があるので300円で買って食べたが、堅くて甘みも少なかった。

 今年の桃は食べ納めかと思っていたが、29日に「八百鮮」へ行ったら大きくて美味しそうな桃を4個824円で売っていたので買った。

 冷やして食べてみたらジューシーで甘くて大変美味しかった。「甘い桃」と書いてあったのは本当であったので嬉しかった。おそらくこれが今年の桃の食べ納めになるであろう。でも、美味しい桃で終れるのは有難い。

 来年は桃が豊作であることを願っている。

 今葡萄も美味しいし、梨も出ているが、どちらも値段が高い。今年の夏は雨が多くて梨のできなよくないとテレビで言っていた。

 ぼつぼつリンゴも出始めた。今年のリンゴの1番乗りは「きおう」であったのが意外だ。これから「つがる」とか「ジョナゴールド」などが出て来るであろうが、収穫量はどうであろうか。

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                       味がよい桃
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                        幸水梨

 

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2017年9月 3日 (日)

美味しいキュウリの漬物

 2週間ほど前、CAFE VITAのモーニングを食べに行ったら、いつも来ているYさんが「キュウリのキュウちゃん」そっくりの漬物を持って来ていた。少し味見させてもらったら、昔食べた「キュウリのキュウちゃん」ド同じであった。Yさんが自分で作ったのだという。

 「すごいじゃないですか。プロの味ですよ。これなら売れますよ」と言った。ご飯のとき箸休めによく合う。

 それで作り方を尋ねたら、次の時にレシピを持って来てくれると言った。そして次の日曜日にレシピを持って来てくれた。

 そのレシピで妻に作ってくれるように頼んだら、作ってくれた。レシピでは1kgのキュウリを使うことになっているが、私が適当に買って来たので妻は半分の500gで作った。

 できたのを見たら、ほんの僅かしかなかった。キュウリの量が減ってしまうからだ。でも、味はキュウリのキュウちゃんとよく似ていた。

 今、キュウリが安いので作るチャンスである。以下にレシピを記載しておく。

 ◎材 料 

  キュウリ 1kg    古生姜 適量   炒りゴマ  少々

  醤油   150cc   砂糖  200g   米酢  100cc   味醂  50cc

 ◎作り方

 1.キュウリを小口切りにする。塩を振りしんなりするまで置く。

 2.古生姜を線切りにする。

 3.キュウリがしんなりしたら、きつく絞る。

 4.醤油、砂糖、味醂を合わせて煮立てる。

 5.キュウリ、古生姜を入れて、冷めるまで置く。

 6.冷めたらザルに上げ、煮汁は煮立たせる。

  それを3回繰り返す。

  ※3回目は長く漬ける。

  ※仕上げにゴマを振りかける。

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                    500gで僅かしかできない

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2017年9月 2日 (土)

北朝鮮はミサイル発射で自己破産しないのか?

 北朝鮮が29日にまた北海道襟裳岬辺りを通る弾道でミサイルを発射した。ミサイルを作るのに一基いったいどのくらいのコストがかかるのか、ネットで調べてみたが確かなことは分からない。

 日本経済新聞によると、韓国の試算として、「韓国政府の推定によると1回の弾道ミサイル発射費用は約8億5千万ドル(約690億円)。大半の住民に1年間最低限の食料を配給できる金額だ。故金正日総書記は不法な武器輸出だけで年1億ドル以上の外貨を稼ぎ、核・ミサイル開発に多額の資金をつぎ込んできた。」と書いている。

 ミサイルと言っても大きさによりかかるコストはことなるが、大きなものだと住民1年間の最低限の食料を配給できる金額だというのだ。今年になってからでも何発も発射しているから、それを食糧に向ければ、これまでに300万人も餓死したと言われる住民を救えたはずである。

 ミサイル1発と何十万人もの住民の命が引き換えられている構図が浮かびあがってくる。高英起氏の記事によると、北朝鮮では、軍隊ですら飢えに苦しんでいるという。それで飢餓に苦しむ兵士たちは、共同農場を襲撃し、農作物を略奪する事件が頻発しているというのだ。

 飢えた兵士たちは、中国にまで侵入して強盗をしているそうだ。まもなく収穫を迎えるので農民たちは昼夜を分かたず厳戒態勢をしいているというのだ。でも、武装した集団に襲われればなすすべもないのだ。軍が絡んでいるので警察に訴えてもどうにもならないのだという。

 農民たちは「あんな土匪みたいな奴を使ってどんな戦争ができるのか」と嘲っているという。

  金正恩の前では猛烈な拍手を強制され、もししなかったり、いい加減なやり方をしたら、死刑になるかもしれないという程、徹底した抑え付けで秩序を保っているかに見える軍が、農民を苦しめるほど堕落しているとは信じられないが。

  軍紀の乱れた北朝鮮軍。腹が空いた北朝鮮軍。先軍節などで見る一糸乱れね行進からは想像もつかないが、そこまで食糧に悩まされているのにどうして金が掛かるミサイルを惜しげもなく打ち上げるのだろうか。

 トイレの付いた高級車で移動し、贅沢の限りを尽くしている金正恩には国情がつかめているのであろうか。

 かつての日本がそうであったように、身の程を知らぬやり方で圧政を進めていたのでは、やがて自滅する他はないと思われるのだが。

 可哀そうなのは、そういう政治指導者を頂いた国民である。

 

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2017年9月 1日 (金)

国民の不安を煽り思考停止に導くミサイル避難訓練

 北朝鮮がまたまたミサイルを発射した。それに対して落下に備えた避難訓練が全国各地で実施されている。朝日新聞によると、26日には津市でも行われた。

  「参加者たちは、訓練開始と共に、体育館に避難し、身をかがめた」という説明がついた写真が掲載されていた。

  この訓練は津市が消防庁の呼びかけに応えて実施したもので、住民たちが草刈で集まることになっていた市立榊原小学校が会場となったそうだ。

  三重県の担当者は「災害とは違い、『Jアラート』による防災無線放送など不慣れなことが多い。まずはどんなものかを知り、万が一の事態に備えることが必要だ」と、訓練の意義を話したという。

  もし北朝鮮のミサイルが飛んで来たとして、その場合はおそらく最も効果的な地域がターゲットとされるであろう。米軍基地なのか首都東京の霞が関付近なのか、あるいは原子力発電所なのか・・・・。北朝鮮はすでにシュミレーションをしているだろうが、それを知ることはできない。

  ターゲットを目がけて打ち込んで来るのだから、おそらく事前に察知して撃ち落とすということなど不可能であろう。仮に察知できたとしてもJアラートが間に合うのかどうか確かではない。

  ミサイルが撃ち込まれれば、逃げるなどということは不可能だし、仮に運よくビルの中に逃げたとしても無事でいられるかは分からない。ましてや学校体育館など、地震や台風ならともかくナンセンスだ。

  29日の朝のNHKは、ミサイルの発射関連のニュースばかりを繰り返した。ここには明らかに政府に協力して危機感を煽るという役割を果たし行くという忖度が働いているのだ。

  各地で避難訓練を実施するとか、ミサイルの飛来を殊更に強調するのは、国民の不安を煽り、冷静で合理的な思考・判断力を弱めようということにつながるのだ。

 素直に体育館に伏せる訓練を受けることで、北朝鮮は本当に日本を攻撃するのか、するとすればその理由は何か?そういうことを考えることを止めてしまうことになる。

 

 戦時中鬼畜米英とか竹槍で重装備の米軍に向かう訓練とかバケツリレーなどを思い起こさせる。あの時は危機意識を煽られ、試され、ナンセンスと分かっていても、それに抗することはできなかったのだ。

 ミサイル避難訓練は戦時中と同じくらい馬鹿げたことであることに気付くべきである。

 

 金正恩は、日本が北朝鮮攻撃の危機を煽って防衛予算増額に利用していると批判したが、それは当たっていると思う。あまり抵抗なく受け入れられるからだ。

 

 

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