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2017年8月 6日 (日)

原爆許すまじ!若い頃歌った「原爆の歌」

 広島に原爆が投下されて72回目の8月6日。今年は7月7日の国連総会で核兵器禁止条約が122か国の参加で採択された。しかし、核保有の米国など5か国や世界で唯一の被爆国日本は反対をしたのは残念でならない。

 毎年8月6日のヒロシマの日と9日のナガサキの日には世界から人々が集まってノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、核兵器禁止と廃棄を訴えるのに72年経ってもまだ全世界が一致できないのが現実である。

 私が高校生の頃「原爆の歌」が作られ日本中に広まった。素晴らしい歌詞でメロディーもよいので友人とよく歌った。その後もいろんな集会でも歌われたものであった。しかし月日が経つに連れてこの歌を聞かなくなったのは残念である。

 ビキニ環礁で焼津の漁船第五福竜丸が被爆した頃、東京・大井の町工場の工員・浅田石二が作った詞に、都立日比谷高校の社会科教師・木下航二が曲をつけ。発表は昭和29年7月28日。

 

作詞:浅田石二、作曲:木下航二

1 ふるさとの街焼かれ
  身よりの骨埋めし焼土
(やけつち)
  今は白い花咲く
  ああ許すまじ原爆を
  三度
(みたび)許すまじ原爆を
  われらの街に

2 ふるさとの海荒れて
  黒き雨喜びの日はなく
  今は舟に人もなし
  ああ許すまじ原爆を
  三度許すまじ原爆を
  われらの海に

3 ふるさとの空重く
  黒き雲今日も大地おおい
  今は空に陽もささず
  ああ許すまじ原爆を
  三度許すまじ原爆を
  われらの空に

4 はらからの絶え間なき
  労働に築きあぐ富と幸
  今はすべてついえ去らん
  ああ許すまじ原爆を
  三度許すまじ原爆を
  世界の上に

曲は下記のURLで:

http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_6629.html

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コメント

毎年8月6日の朝が来ると父は「また1年生きてしまった」と申し訳なさそうに呟いていました。爆心地にあった広島西練兵所(現在の広島そごうがある紙屋町)で被爆して肋骨や足を骨折しましたが兵舎の日陰で奇跡的に命は助かりました。ボロ布のように皮膚が焼け垂れ下がって、水を求めて元安川に多くの人が入りそのまま絶命したことなど、当時の地獄絵図の景色は何度も聞かされました。それでも証拠の品がないと言う理由で被爆認定されることもなく、軍人恩給や国から一言の謝罪もなく、母は想像を絶する苦労を強いられました。父が死んでもうすぐ50年になりますが、せめて被爆者名簿に名前が載るように広島市に連絡しようかと考えています。まだ5万人以上も父のように被爆認定されていない人がいるそうです。被爆したことまでなかったことにされては遺族としてはたまらない気持ちです。

投稿: danny | 2017年8月 6日 (日) 08時51分

私も若い頃この歌をよく聞き歌ったものである。特にああ許すまじから始まるサビの部分は強く人々の心に響くものがある。確かにららさんの言うように最近はあまり聞かなくなった。唯一の被曝国である日本の悲惨極まりない過去も風化して来たのだろうか。日本は現にアメリカの核の傘の下でかろうじて平和が保たれている。核兵器禁止条約に加盟することは、核の傘の下にあるという現実を否定するという理屈である。国際政治の厳しい現実は何とも複雑である。北朝鮮は現にアメリカから攻撃されれば日本が核攻撃の対象となると威嚇している。日本は何ら打つ手はない
ひたすら最悪のシナリオにならないことを祈るばかりである。

投稿: Toshi | 2017年8月 6日 (日) 07時05分

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